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ここは人類最前線7 ~魔性争乱~  作者: 小林晴幸
星降る夜に遭いましょう
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94.星降る夜に ~ドワーフ達の祭典~

毎度おなじみ魔境の謎イベント発生。

参加者はリアンカちゃん、まぁちゃん、せっちゃん。

ロロイ、リリフ、レイヴィス。

それから勇者様。




 血沸き、肉踊る。

 そんな言葉を体現する、漢の祭典(フェスティバル)

 いま私達の目の前で繰り広げられているのが、それです。

「り、リアンカ……これは、一体」

「勇者様? どうしたんですか」

「なんだか想像していたものと、目の前の光景が噛み合わないんだが……流星群っていうから、親子連れや若い男女が多いかと……」

「勇者様」

「うん? どうしたんだ、真顔で」

「誰も流星群だと明言はしていませんが」

「って、おい!?」

 流星群じゃないなら、何だと?……と。

 星降る夜(物理)の実態を御存知ないのか、勇者様は顔を引き攣らせておいでです。

 その視界には、きっと映っていることでしょう。


 上半身を剥き出しにして、入念に柔軟運動をするおじさん。

 しきりと全力での素振りを繰り返す、おじさん。

 ぐいぐいと腰を捻りながら、意気揚々と鼓舞の雄叫びをあげるおじさん。

 何やら結跏趺坐のポーズで滝汗を流しながら気を錬る、おじさん。

 なんだかよくわからない藁人形の前で祈りを捧げる、おじさん。

 「ふん、ふん、ふん……っ」と鼻息荒く棍棒を素ぶりする、おじさん。

 みんな一様に筋肉むきむきです。

 がっしりとした体型の、鬚を蓄えたおじさん達。


 漢臭いドワーフの一群が、そこにいました。


 みんな、思い思いに意気を高める行為に走っています。

 うん、まあ、これから起こることを思えば、無理もないです。

 だけど傍目にはきっと異様な光景。

 勇者様はどうやらもっと物静かで落ち着いたイベントだと思っていたみたいですけど……ドワーフさん達にとっては二年に一度、待ちに待った『お祭り』の夜。

 戦の前の腹ごしらえ、とお肉メインの夜食を扱う出店が立ち並び、そこかしこで補助魔法の使い手達が自分を売り込む声が響きます。

 ドワーフさん達以外にも、一気呵成の声を上げる物々しく武装した男達とか、ごつい風貌の大小様々な頑丈一鉄を売りにしたゴーレムの数々が闊歩していたりとか、とっても豊富で賑やかなラインナップでお送りしております。

 更にはブースト系の魔法道具を売る呼び込みの声が響き、協力する相手を募る勧誘の声が聞こえ……いずれも野太く厳つい声が方々から聞こえてくる様は、まさに『お祭り騒ぎ』。

 『しっとり』という言葉とは無縁です。

 一応、『ただの見物人』もそれなりにいるけど……やっぱり大多数は今夜のお祭り騒ぎに自分も乗り出そうと鼻息荒く気を高ぶらせた荒くれさん達ばかり。

 しかも身体に厚みのある、見るからに重量級といった方々が多いので、どうしたって益荒男(ますらお)達が衆目の目を引きます。

 だけど皆さんが昂るのも、仕方ない話です。

 より多くの『星』を手に入れる為、入念に準備してきた人達なんですから。

 今夜は長丁場。

 皆、思い思いのところに仲間同士で集まって陣地を作り、武器や防具の手入れを入念に行います。

 私達もそんな彼らに交じって、まずは腹ごしらえと致しましょう。

 腹が減っては戦なんて無理って昔の偉い人も言ってたし!

 お酒を飲んだり肉を食べたりする人達の為に飲食スペース……簡素な木のテーブルとイス……も方々に設置されていましたけど、今夜は沢山の人が此処にいます。

 ちょっとご飯を食べる間、ならまだ構いませんが。

 ずっと腰を据えてとなると、飲食スペースの一画を占領するのは申し訳ない。

 だって私達の面子を考えると……きっと、隣接する席は他の人も使い難いだろうし。

 生粋の魔境育ちとか、馴染みのある人なら気にしないかも知れないけど。

 でもやっぱりまぁちゃんは魔王で、せっちゃんはその妹で。

 あまり二人の人格を知らない人にとっては、近寄り難いなんて勘違いをされてしまうかもしれません。

 だから私達は、飲食スペース以外に陣地を確保!

 赤々と燃える大きな篝火の傍に、持参した布を敷きました。

「直接布を敷いたら夜露で湿らないか?」

「大丈夫だろ。すぐに蒸発すっし」

「蒸発!?」

 ぎょっと目を見張る勇者様の手に、せっちゃんがゴブレットを滑り込ませます。

 中身は何ですかね?

 私の疑問に答えてくれたのは、飲み物担当の内二名。

 せっちゃんとリリフの二人でした。

「柘榴シロップの炭酸水割ですのー!」

「ロロイお手製の炭酸ジュースですね」

「え、ロロイが作ったのか?」

「ロロイは水竜なので」

「そんな理由でジュース作り押し付けたのか、リリフ」

「炭酸水を何もないところから自作出来る時点で、適任でしょう」

「だからってなんで俺が――……」

「わあ、とっても美味しいよ! 凄いね、ロロイが作ったの?」

「……本当か、リャン姉」

「うんうん、本当だよ! 私が果実酒作る時にお手伝いして欲しいくらい☆ 今度、発泡性の林檎酒試してみようかなって思ってたし」

「手伝う。勿論、その時には俺を呼んでくれるな?」

「え、本当にお手伝いしてくれるの? やった、ロロイ良い子!」

「りゃ、リャン姉……! 頭は撫でないでくれ。俺はもうリャン姉より大きいんだから、みっともないだろ」

「えぇ……つい数か月前までは私が見下ろすくらい小さかったのに」

「前は前、今は今だ」

 仕方のないことかもしれませんが、真竜の子は成長する時はあっという間です。

 ロロイやリリフほど急いで急成長する子は滅多にいないそうですが、それでも人間での数歳分に相当する成長を一瞬で遂げてしまう。

 ロロイだって十歳ちょっとくらいの大きさだった年の瀬までは、私が撫でても気持ちよさそうに目を細めて甘受してたのに。

 私より大きくなった今のロロイは、つんと澄ました顔でそっぽを向いてしまう。

 これも成長と思えばおめでたいことなのかもしれませんが、ちょっと寂しいですね。


 だけど嫌がられたものの、何故か私の手は振り払われませんでした。


 それを良いことに、もうちょっとと名残惜しさに負けてロロイの頭を撫でてみる。

 撫でるというより、指で髪をすく感覚に近いかもしれません。

 見た目が成長したせいか……なんだか、以前と同じように無遠慮に撫でるのが躊躇われました。

 今でもまだ少し見慣れない姿が、ちょっと知らない人の様に見えたので。

「…………ふふん」

 ん?

 撫で続けていても、文句が出ない。

 だからまだ撫でていたら……不意に、何故か。


 鼻でせせら笑うような声が聞こえました。


 声の発信源はロロイの様に聞こえたんだけど……

 気のせいかな? 聞き間違いかな?

 ロロイって人を鼻で笑うような子だったかな。

 なんとなく気になって、ロロイが何を見ての反応なのか、と。

 その視線の先を辿ると……そこにいたのは、

「レイちゃん?」

 そう、そこにいたのは、私の従弟のレイちゃんで。

 そう言えばさっきから押し黙って何も喋っていないなぁと。

 よくよく観察してみたら、レイちゃんは。


 何故か、拗ねたような、むっとしたお顔をしていました。


 え、あっれー……?

 レイちゃん、どうした。

 なんとなくだけど、レイちゃんもロロイを見ている気がする。

 実年齢と外見がちぐはぐな二人が、視線を合わせてバチバチと……なんか火花が散ってる気がするのは、気のせいだろーか。

 あれ、この二人って仲悪かったっけ?

 古い記憶を掘り起こしてみても、そんな素振りがあったかなかったか……何しろ二人とも、普段の生息圏は離れている上、『前』というのがもう何年も前なので。

 しかもその時は二人とも幼児だよ。

 仲が良いとか悪いとか、一概には言えない年齢だった気がする。

 これはどうしたことか、と。

 血縁とは言えあまり馴染みのないレイちゃんに聞くのが(はばか)られたので、まずは気心の知れたロロイに聞いてみましょう!

「ロロイ、ロロイ」

「ん、なんだリャン姉」

「二人ともどうしたの? なんだかレイちゃんとの間に、妙な雰囲気があるけど」

「ああ……。リャン姉が気にする事じゃない」

「その言いぶりだと、やっぱり何かあるの?」

「……リャン姉とまぁ兄は弁当を、俺やリリフ、セツ姉は飲み物を用意したしな。自分は手ぶらで何も用意してないってことが気になるんじゃないか? お客様待遇で居た堪れない、と」

 はんっと。

 ロロイから、また鼻で笑うような声が……

 まあ、成長して少年から青年になったロロイは、顔立ちの鋭利さが増した為か鼻で笑う仕草も似合います。

 でも似合うからって仲間内でその態度はどうだろう?

 やっぱり二人は仲が悪いのかな?


 そして、その時。

 ロロイの言葉を受けて、勇者様に流れ弾が直撃していた。


 勇者様 → 不器用。

 この図式から考えられる通り……勇者様も、手ぶら参加だったので。

 ロロイの言葉が胸に刺さっていたのは勇者様だけだったという……。

 何故なら、ロロイの言葉を受けて。

 憤慨したように、レイちゃんが思わずと立ち上がって叫んでいたから。

「な……っ馬鹿にするな! 俺だって手土産ぐらい持参して来ている。だから手ぶらじゃない!! ちゃんと用意ぐらいは考えて来たんだ、そんじょそこらの気が利かない男と一緒だと考えるな」


 レイちゃんがそう言った、瞬間。

 勇者様に言葉の流れ弾が命中しました。


 「うぐ……っ」と呻いて、胸を押さえていらっしゃいます。

 刺さったんだね、刺さったんですね、勇者様。

 ごめんね、勇者様。

 今日は勇者様の慰労会だから、何もしなくって良いよーなんて私が言ったばっかりに!

 

 レイちゃんがずいっと突き出してきたのは、手頃な大きさの風呂敷包み。

 手渡されたので遠慮なく開くと、な、なんとそこには……!


 ハテノ村からかなり離れた熱帯気候地域の密林で、お役所勤めに疲れて流れ着いた『武士』の末裔ハリマさん一族が丹精込めて育てた高級青果、完熟スターフルーツ『蒼赤星』の箱詰めが……!!


 わぁお、高級品だ♪

 自分で自分の目が輝くのがわかります。

 お弁当を食べた後、早速切り分けましょう!

 私が言葉もなく喜ぶ様を満足気に視界に収め、レイちゃんが心なしか胸を張って余裕ありありな表情を浮かべます。

 誰の嘲弄も跳ね返す、そんな気力に溢れた薄笑い。

「今日は星見の宴だと耳にしたからな。会の意図に合わせて選んでみたんだが、どうだ? リアンカ、俺は決して気の利かない青二才じゃないだろ?」

「自分の口で言うとか、な……はっ 煽り耐性低いのが見え見えだ。聞かれてもいないのに自慢げに説明し出す、小物が」

「……は? 変な言いがかりをつけてきたのはお前だろう。人のことを手ぶら参加のお客様待遇がどうの、なんて。主催者でもないお前に言われる筋合いはなかったんじゃないか」

「それを今更言う辺りが、なんとも……」

 何故か得意げだったレイちゃんに対して、更に難癖をつけるかのように煽り立てるロロイ。

 それに応じるレイちゃんも短気さんとしか言いようがありませんが、やっぱりその辺は若いし、経験不足だし仕方ない気がします。


 ……が、しかし。


 さっきから二人が丁々発止と難癖をつけ合うに応じて。

 二人の争いとは無関係の筈の勇者様が流れ弾喰らってるんですが。

 むしろ勇者様の方がダメージ喰らってるんですが。


 勇者様……肩身が狭い、とか。

 別に気にしなくても良いんですよ……? 

 あ、ああ……! 勇者様が涙目でぷるぷる震えて……!


 どうやら突如勃発したロロイとレイちゃんの喧嘩を止めたいようですが、右手を挙げては下げてと上下させるのみ。

 その行き場のない手、喉を震わせながらも出せない声。

 喧嘩を止めようと思いながらも、実際には「自分こそが本当に何もしていないお客様待遇」という負い目のせいですかね。

 飲み物や果物を用意するという点で勇者様よりも貢献度の高い二人に苦言を呈することが出来ずにいる様子。

 勇者様って打たれた後の回復力は高いですけど……打たれ強いかって聞かれると、そう言えば弱かったですね。

 打たれた後の回復力は高いですけど。

 起き上がり小法師(おきあがりこぼし)並に。

「てめぇら、喧嘩なら余所でやれ。飯の席がまずくなる」


 がつんっ ごすっ ぐしゃっ


「ぐぅっ」

「いったぁ……!」

「つまらねぇ意地の張り合いしやがって。飯だの飲み物だの、食い物のことで争ってんじゃねーよ。飯くらい仲良く食え、餓鬼共が」

「「うぅ……っ」」

 ついには見かねたまぁちゃんの拳が振るわれるまで、勇者様は涙目でおろおろしていらっしゃいました。

 涙目でまぁちゃんの拳骨を喰らった頭頂部を押さえるロロイ、レイちゃん(喧嘩両成敗)共々、目の潤み具合がお揃いですね。

 参加者の約半数が涙目という謎のお弁当タイムが始まりました。





次回、勇者様の思考が停止します。

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