93.星降る☆夜への誘い
さーあ、前回のクイズのお答えはー……?
そんな頑張って耐えなくても、と。
こっちが心配になるような耐久力で『苦役』に曝されていた勇者様。
それでもやっぱり最後は耐えられなかったらしく、最後には我慢できないとばかりの必死さ、性急さで脱兎の如く場外に逃亡した勇者様。
え? 何の事かって?
ざっくりと語る、前回の試合の顛末です。
お色気たっぷり、露出がっつりの肉食お姉様達に周囲を取り囲まれ、捕食されんばかりに攻められて……あれは真剣に可哀想でした。
勇者様の魅了能力、いつの間にか威力上がってないかな?
心配になるくらいのモテ(苦)ぶりでした。
でもあの勇者様を逃がすまいと十重二十重と展開していた凄まじい包囲網を、あっさりと抜けて易々逃亡を成功させた勇者様も凄いと思います。本当に、凄いと思っています。
逃がすか、と追跡を開始したお姉様(歴戦の勇士)からも逃亡を成功させている時点で、勇者様の逃亡能力の高さが窺えます。
それらも全部過去の辛い体験やら鍛錬やら何やらの経験値が成せる業かと思うと、同情心も一入です。
御夕飯の時間に間に合うように帰ってきた辺りが、また凄い。
結構、ギリギリだったけど。
全身が生傷だらけな上に、衣服が乱れて鉤裂き三昧だったけど。
白銀のヅラや衣服の端々に葉っぱや小枝が刺さって、奇妙なアクセントになっています。
体にくっ付いた植物が植生していた場所はというと……心当たりから大体の位置を割り出すと、どうも村から離れた森まで行っていたようです。あと村を挟んで反対側の山岳地帯にも行ったみたいですね。
精々が半日足らずの時間帯で、随分と広範囲に渡って逃げ回っていたようです。
顔面蒼白で虚ろな目をした勇者様。
追いかけ回されるのも逃げ回るのも、随分と手慣れている勇者様。
そうですか、これが魔境に来る以前の勇者様の日常の一端ですか。
今日だけでどんな過酷な逃走劇が行われたのか……聞くに聞けませんね!
勇者様に聞いたらまた、部屋に引籠ってしまいそうな気がしました。
だから、言葉にはしないで。
温かな態度で、勇者様を労って差し上げようと思います。
「………………あの、リアンカ? 村長さんも奥さんも……無言で、じっと温かい眼差しを注ぐのは止めてくれないか!? そっちの方が凄まじく居た堪れないんだが!」
「勇者様……疲れているんですよ、きっと」
「そうよ、勇者さん。神経過敏になっているのね、お可哀想に」
「ほら、勇者さん。温かいトナカイスープだ、食べなさい。今日は野生で良いトナカイの肉が手に入ったから」
「またトナカイですか……村長さん、トナカイお好きですね」
そう言って勇者様がそっと視線をやった先には、お台所からそっと顔が半分見えたトナカイさんが……
【八つ目トナうなカイ】
種別:魔物(馴鹿型)
特徴:ぱっと見ただのトナカイに見えなくもない
だが良く見ると裂けた口が三つ、目が八つ
能力:口から火を吐き、角の先から電撃攻撃を放つ
牙には神経毒があり、噛み付きには注意を要する
キャッチフレーズ:角の先からシャイニング☆
「……っ怖いよ! なにアレ!?」
「今日の晩御飯☆ですが」
「なんでこっち向いてるんだ! 誰だ、絶妙に食卓から見える様に生首配置したのは……!」
「 俺 」
「まぁ殿か、おいぃ!!」
「うふふ、まぁちゃんったら悪戯っ子さんなんだから☆」
「いや、叔母さんも設置場所の角度に随分拘ってたろ?」
「く……っこの一族は本当に悪戯好き過ぎる!」
「今日のトナカイはまぁちゃんが獲って来てくれたんですよー。勇者様に美味しい物を食べて元気出してほしいって、コキュートス地方までわざわざ足を延ばして狩ってきてくれたんです☆」
「それで同時にドッキリトラップまで一緒に仕掛けるのは止めてくれないか!? 元気づけられるどころか心臓跳ねただろ!」
「何分、当家の家風なもので……」
「悪ぃ悪ぃ性分だ」
「全然反省する気ないな、おい」
「我が家で魔物の生首は、時としてジョークグッズ扱いですよー?」
「……血生臭いな、おい」
「けど、トナカイのお陰で嫌なこと一気に吹っ飛んだろ」
「なんて嫌なショック療法……!! それで本当に嫌なことが吹っ飛んだ自分が嫌だ」
とっても自然体で同席、夕食を共にしている魔王様。
一緒に晩御飯を食べることに、勇者様も疑問はない様子。
というか同席率が高いので、勇者様も今更まぁちゃんが一緒にご飯を食べていることに疑問はないようです。
前はまぁちゃんがいるのを発見する度に、勇者様のツッコミがあったんですが……いつしか何も言わなくなりました。これも慣れですね。
まあ、そもそも親戚なので我が家にいても不思議じゃないんですけど。
だけど我が家で寛ぐまぁちゃんに、勇者様が馴染んできたこと……それがちょっと寂しく感じるのは何故でしょう。
食卓にまぁちゃんがいることに、特にツッコミはなく。
勇者様は未だにトナカイさんの生首にぶつぶつ何事か呟きつつ、平然と手元のトナカイスープを掻き混ぜます。
視線は頑なに、お台所のトナカイさんから逸らされてましたけど。
ちなみにあの頭は、後で薬の素材にするから別に分けていたりします。
角と、頭蓋骨と、眼球とー……と様々な部位を無駄なく使うつもりです☆
魔力も程良くあるらしいので、魔法薬の材料にしても良いですよね。
魔法薬はむぅちゃんの専門なので、仲良く山分けにしましょう。
「全く……本当に、まぁ殿もリアンカも悪戯が過ぎるんじゃないか? あの八つの目と目が合った時の俺の心情もわかってほしい。ドキッとしたぞ、ドキッと」
「それは、恋だな」
「っておいこらぁ適当にいい加減なことを言うのは止めろ。まぁ殿、そのしたり顔が凄まじく見当違い直撃でスープ吹き出しそうになっただろ!?」
「あはは、その場合は父さんの顔にスープ直撃ですねー」
「なんて恐ろしいことを言うんだ、リアンカ……!」
食事を始めると同時に、平素と変わらぬ軽いネタをまぁちゃんが仕込んでいてくれたお陰でしょうか。
和気藹々とした夕食の空気に、勇者様も少し気分が上向きになったようです。
未だ着換えてないので、格好はボロボロになった『失われし白銀の栄光』閣下のままでしたが……
はて? ボロボロの衣服なんて、着る人をみすぼらしく見せるだけだと思ってたんですが……なんででしょうね?
勇者様だと、妙に様になります。
不思議なことに一種独特の雰囲気すら漂っているような……。
勇者様ほどの美形だと、衣装がどんなにボロボロになってもアクセントにしかならないのでしょうか。
どんな衣服も着こなせるだろうな、とは思っていましたが。
まさか半ば袖が取れかけていたり、裾が引き裂けた服すらも着こなすとは想像以上でした。
勇者様の着こなし力は、私の想定を軽々越えていたようです。
ああ、でも、まぁちゃんだって半裸でその辺うろうろしていても、全然見苦しくなりませんしね。
美形って得なんですねー。
見ている側からすると、とってもお得なイキモノに思えます。
さて、そろそろ場も温まってきたところで。
勇者様を精一杯慰めようと、私とまぁちゃんは勇者様が逃亡している間、頭を突き付け合わせて色々と案を練っていました。
……え? 碌でもないことになる予想しかできない?
誰ですか、そんな私達が可哀想な子みたいに言う人は。
今回はちゃんと真面目に、勇者様を励まそうと考えたんです!
そう、勇者様の為になることをしてあげようって……!
「勇者様!」
「ん、どうしたんだ? リアンカ」
「明日の夜なんですけど……実は、星がたくさん降ってくる日なんです。二年に一回、この季節の新月の夜だけに起こる魔境の夜の一大自然現象なんですよ!」
「おお、そうそう。それな、なんと魔境のイベントの中でも珍しい、誰かが干渉したでも仕込んだ訳でもねぇ自然現象なんだぜ?」
「星が、降る……? 流星群か何かかな」
「そんな感じ、かな? それで勇者様、明日は夜明かしで星降る光景を見に行きませんか? 得難いモノがありますよ」
「元々、このあたりに不案内なレイヴィスに見せてやる予定じゃあったんだけどな。俺とリアンカで弁当こさえて、せっちゃんと子竜共が飲み物用意する予定だ。当然、お前も来るよな?」
「ああ、皆が行くのか……姫も参加するとなると、まぁ殿が許可しているんだから安全なイベント、かな」
「魔境基準だけどな」
「魔境基準ですけどね!」
「うわ……どうしようか、『魔境基準』。その言葉を聞いた途端、一気に危険なニオイが仄かに漂うんだが」
「この辺でも割と人気のイベントなんですけどねー? 見応えには自信をもって保証しますよ」
「今年はどんだけの数が振ってくるかね……年によっちゃ千近く降る時もあるっつうが」
「へえ、随分と沢山降るんだな……。流星群、か。あまり見たことがないんだよな……」
「興味があるなら、そこは参加一択ですよ☆ 勇者様!」
「そう、だな……最近バタバタしていた、し。偶にはこういうのも良い、かな?」
首を傾げながらも、やっぱり勇者様は気になっている様子で。
割と勇者様もロマンチストなところがありますからね。
興味を引きそうなイベント情報を、まぁちゃんと二人で吟味した甲斐があります。
こうして勇者様は明日の夜の予定を、私達と同行することに決めてました。
武闘大会、勇者様の演出ではしゃいで、夢中になって。
折角、里から出てきているのに放置気味だったレイちゃん。
彼も同行することですし、レイちゃんのことも構っちゃおうと思います。
元々は勇者様を励ます、という趣旨だったけど。
こうなってくると、私自身がわくわくしてしまいます。
だって、みんなでお出かけとか遊びに、とか。
こういうの、小さい頃から大好きなんですから。
明日の夜、本当に楽しみです。
ハテノ村からは少し歩きますが、星見の丘という名所があります。
古代においては重要な儀式の場所だったそうですが……
今では二年に一度、ドワーフ鍛冶師達の祭典会場化しているくらいで普段は目立ったことの無い場所です。
一面の草の原が続く、緑の丘で。
明日は一体、どのくらいの星が降るんでしょう?
――つい先日、薔薇園に付き合ってもらった時に。
勇者様の愛剣を、薔薇園に置き忘れてきてしまいましたから。
今は予備の剣を使っているそうですが……やはり、以前の剣に比べて二歩も三歩も品質で劣っているらしく。
勇者様の能力に見合っていないとかで、使い辛そうだから。
これからも、一年をぶっ通しの武闘大会はまだまだ続きます。
頭脳戦の部が終わっても、個人戦の部がまだまだ続きます。
そう、まだ先は長い訳で。
どうせだったら、より良い武器を勇者様だって使いたいですよね?
だから、明日は十分な量の星が降って……確保できると良いな。
勇者様の分の、隕鉄。
明日は、たくさんの星が降る夜(言葉通りの意味で)。
まずは、b。




