91.【武闘大会本選:頭脳戦の部】力技解決法
何となく、周囲から漏れ聞こえてきた噂話に気まずい思いをしつつ。
今はどうにもならない秋祭のイベントどうこうよりも、いよいよ始まる勇者様の試合を見守りましょう。
だけど、何やら試合開始を前に、勇者様が審判に何か主張しているような……?
他の方であれば、あまりに不利な条件を変える様に抗議しているのかな?と思うところですが。
ですが、相手はあの勇者様です。
誠実で、理不尽に思えることでも何故か耐え抜く忍耐の人。
ちょっと理不尽臭くはありますが、ルールはルール。
既にそれと規定されていたルールに対して、勇者様がクレームを付けるとは思えません。
勇者様は公明正大で、清廉潔白な人ですから。
でもそれじゃあ、一体何を訴えているんでしょう?
首を捻っていましたが、理由は程無く判明しました。
勇者様はずっと、審判に交渉していたのです。
この武闘大会、頭脳戦の部。
最大のウリは盤上遊戯の駒の動きを、実際の戦士に置き換えて進めること。
試合場の真ん中に大きく設けられた白と黒、二色市松模様の舞台。
真四角の台上には、既に受付で登録していた戦士達。
屈強な戦士達が遊戯盤に配された駒と同じ位置に陣取っています。
……こうして実際の戦士達に置き換えて見てみると、王将の孤立感が凄まじいですね。
さて、こんな状況下で。
勇者様は一体どんな条件を求めて交渉したのか?
それは勇者様……『失われし白銀の栄光』選手が真四角の舞台上に足を踏み入れたことで明らかになりました。
あれ? これはまさか……?
おお、と高まる期待の中で。
勇者様の声が、響いて私の耳を打ちました。
「――王将の駒は、お……われ……吾輩自ら務めさせて、も、もらおう!」
勇者様、一人称ブレブレですね!
それはともかく、ですよ?
このゲームは王将を取った側の勝ち。
そして更に言うなら王将に自分から攻撃する権利はありませんけど、反撃や防御の許可は出ています。
それを踏まえて、考えれば勇者様の思惑は明らか。
つまりアレですね。
王将という餌に寄って来る敵駒を返り討ちにするつもりですね。
勇者様が、形振り構わず本気で勝ちに来ています……!
観客席からの注目を集めたまま。
まるで視線を気にする素振りもなく、悠然と試合場の上を歩く勇者様。
……まあ生まれた時から注目されることが宿命の様な外見と能力と身分をお持ちの勇者様ですから、今更注目にたじろぐこともないのでしょうけど。きっと慣れっこなんですよね、ええ。
堂々と王将の開始地点に立つ、勇者様。
しかしその周囲は……
試合開始前にして、『王将包囲網』が完成していました。
この状況で、一撃でも喰らっちゃいけないという状況で。
全てを切り抜けられるだけの能力を持つとなると……
勇者様の『王将』は孤立無援。
周囲を敵に囲まれた環境下で、敵からの攻撃を一切食らうことなく返り討ちにしていく能力を求められます。
本来は駒になってくれた戦士達の力量を見定め、適切に運用していく慧眼を求められるんでしょうけど……
やっぱり、他人に任せるには精神的に厳しいものがありそうです。
勇者様が自ら名乗りを上げるのも、気持ちはわかる気がします。
どう考えても、この場にいる駒の誰より勇者様が強そうだし。
何しろ駒として参加申請している方の多くは、武闘大会の予選や本選で既に脱落してしまった敗退者さん達なので。
敗退してしまったけど、何かの形で大会に参加したい。
遠方からわざわざ大会に出る為だけに旅してきて、あっさり負けちゃった挑戦者さんに多いパターンです。
これも一種の思い出作りなんでしょう。多分。
この場にいる初見の戦士の誰よりも、自分自身こそが勇者様にとっては最も信頼の置ける、力量確かな戦士で。
実力も定かではない行きずりの人間に命運を託すこと。
それは、勇者様が拒んでもおかしくない。
それこそが最も正しく賢い選択であったように思えます。
だって本当に、有効打一発貰ったらそこで終わっちゃいますから。
それにこの大会、駒の運行を実際の戦士達に反映させる……ってルールですけど、別に対戦者本人が駒になっちゃ駄目なんて誰も言っていませんしね。
これってルールの盲点ってヤツでしょうか。
しかし、勇者様。
私は勇者様のことを見くびっていたようです。
確かに柔軟なところはありますが……その思考は、もうちょっとなんというか、こう……固定観念にとらわれるというか、堅いというか。
ばっさり言ってしまって、こういうルールの裏側を突けるような人だと思っていませんでした。
あくまでも正々堂々と杓子定規にルールを厳守し、真っ向から勝負する方だと思っていましたから。
これも魔境に来て、誰かに影響された部分なんですかね?
そうして始まった試合。
王将として自ら盤上に立った勇者様の周囲には、十重二十重と形成された隙間のない包囲網。
全方位、敵です。
そして勝負は、勇者様が試合相手に先攻を譲る形で始まりました。
まあ、他の駒はともかく、これじゃ勇者様も動きようがないですからね。
むしろ先にさっさと有象無象を蹴散らそうという魂胆でしょうか。
『失われし白銀の栄光』の姿になった勇者様の力量を知る者は、この場に私達の他にいません。
つまり、対戦相手も『失われし白銀の栄光』の実力など知る由もなく。
勇者様を囲む物量作戦的な駒戦士達は、対戦相手の指令を受けて動き出しました。
ただし、一人ずつ。
いくら包囲しているとはいえ、これはそもそも盤上遊戯。
手緩いことだと思いますけど、一斉攻撃とはいかないようです。
盤上の駒を進めるが如く、一人ひとり順番に動かしていく。
つまりは『一対多数』というより『一対一(×α)』状態。
さて、ここで一つ問題です。
私の目から見ても、勇者様は一年前と比べて随分と強くなった気がします。
だけど元々人類領域においては、戦士として殆ど天辺取ってた勇者様。
更に言うと【酔拳の部】を除いた全部門で華麗に予選を勝ち抜き、本選まで出場した選ばれし戦士である勇者様。
そんな彼が、予選すら勝ち抜けなかった程度の有象無象を相手に。
一対一の状況で、遅れを取るでしょうか?
「死にさらぁぁぁああああせぃっ!!」
「……っ」
勿論、そんなはずありませんでした。
周囲を十重二十重に固められていようと。
孤立無援の孤軍奮闘だろうと。
それが物量作戦的な展開にならない限り、勇者様は大丈夫みたいです。
今もほら、巨大遊戯盤の上。
背後から迫る、大木槌の鬚男(ヴァイキング風)をさらっといなしています。
半身になって大木槌を擦り抜け、更には左手で受け流し。
鬚男の巨体が僅かに体幹ずらした瞬間。
「ふ……っ」
小さく鋭く、呼気を響かせながら。
勇者様の右拳が、鬚男の鳩尾を打ちました。
鬚男の金属鎧に接触した瞬間、銅鑼を鳴らすような音がした。
……これ、鬚男死んじゃわないですかねー?
反撃許可しかないから、と。
勇者様は律儀に迎撃中。
倒された駒戦士は次々と折り重なり合い、なんというか死屍累々。
これ、一回目のターン中に敵の王将以外討ち取れるんじゃないかな?
全部、カウンター攻撃で。
ちなみに現在の勇者様が装備している武器らしい武器は、
乗 馬 鞭 1つ。
こんなもので戦っていられるかと思ったのか、なんなのか。
勇者様はずっと拳で応戦中。
思い思いの武器で向かってくる男達を全て拳一つで沈めていきます。
わあ、とっても漢らしい。
これぞまさに『漢』と書いて『おとこ』ってヤツですか?
だけど今のお姿(黒歴史ver.)にとってもミスマッチ。
閣下と呼ばれちゃうような外見の青年が、拳骨で屈強なむくつけき大男達を沈めていく光景はなんというか……シュールですね?
「勇者様も随分と強くなりましたねー。戦闘要員じゃない私にはよくわかりませんが、今の攻撃なんて一年前だったら剣がなかったら避けるしか出来なかったんじゃないですか?」
そこを剣がなくても十分な反撃が出来ているあたり、随分と体術を鍛えたんでしょうね。
「おう、俺がしごいてやったんだからな。あの程度の芸当、出来て当然だろ」
「出来てなかったら?」
「重石背負わせて鍛え直しに決まってんだろ?」
「わぁ……勇者様、何kgの重石抱かせられちゃうんだろ」
「……kg?」
実現したかもしれない未来に胸をドキドキさせていると、まぁちゃんが心底不思議そうな顔で訊き返してきました。
あれ?
「待って下さい、陛下。……重量の単位、どの程度を想定していたんですか」
「t?」
「わー……勇者様、良かったね。普段から努力していたお陰で、ちょっぴり辛い未来を回避できたみたいですよー」
その瞬間。
向かってくる狐顔の男の吹き矢を回避し、
更には暗器の鈎爪を叩き落として回し蹴りを叩きこみながら。
勇者様は己の背筋をぞくっと謎の危機感が駆け抜けるのを感じた。
おや、どうしたんでしょう。
勇者様が何だか若干青い顔できょろきょろ周囲を見回していますが……余所事に気を取られていて、良いんでしょうか。
次の刺客が、死角から角材で殴りかかろうとしていますけど。
「お、ちゃんと気付いてたみたいだね! うんうん、反撃も隙なく行えてる! ふふっ、俺も色々教えた甲斐があるよ」
「あ? ヨシュアン、てめぇが何教えたって?」
「ああ、そういえば……一時期は画伯も勇者様の修行に結構頻繁に付き合ってあげてましたよね。何故か両腕の骨を折っちゃって入院してから機会も途絶えてましたけど」
「あははははは……リアンカちゃん? さりげなく思い出したくない記憶を差し挟むの止めてー」
「確か、初夏の頃まではやっていましたね。勇者さんを追って姦しい女性達がやって来る直前まで続いていましたか」
「あの時は軽度の骨折で済んだから、三日で退院出来たけどさぁ」
「腕折っても三日で退院って、画伯も回復力すっごいよね」
「俺も魔族の端くれだっからねー」
「ふぅん? それでヨシュアン、勇者にゃ具体的に何教えたんだよ」
「空中戦のいろはとかが主ですかね☆ 後は雑談のついでに猫耳娘の神秘とかー、野郎のツボを突いた定番のシチュエーション考察とかー、流行りの女性用エロ下着の構造についてとか、実用性に富んだビキニアーマー開発に力を注いでいるドワーフ鍛冶師ドン爺の情熱溢れるアレコレに……」
「おいこら、何教えてんだ馬鹿」
指折り数えて何を教えたのか回想に耽る、ヨシュアンさん。
だけど最初の『空中戦』はともかく、後が酷い。なんて酷い。
勇者様は真面目だから、教えを請う立場としてヨシュアンさんに絡まれたら拒否できなかっただろうに。ツッコミは入れるだろうけど。
これっていわゆる、猥談ってやつですか?
いえ、男性がどんな猥褻な話を好むのか知りませんけど。
もしかしたら勇者様も男性なので、意外と乗り気で聞いていたのかも知れませんけれど。
それともこの程度、紳士の皆さんにとっては挨拶程度の小ネタに分類されちゃうんでしょうか。
勇者様が画伯の話をどんな顔で聞いていたのか、妙に気になります。
私の想像では、引き攣った顔でドン引きしてそうなんですけど……実際、どうだったんでしょう?
女性の私としては微妙な気分。
目の前で真面目にそういう話をされたら、きっと居た堪れない。
「りっちゃん、裁定を」
「有罪です」
りっちゃんの手には。
何時の間にか、モーニングスターが握られていました。
この日、この試合。
【頭脳戦の部】の第一回戦は勇者様の勝ちで幕を閉じました。
ちょっと余所見をしていたので、細部まで見ていなかったんですけど。
どうやら最初に押し寄せてきた、敵の戦闘駒を全て無事返り討ちにして。
敵は王将ただ一人という状況下を作り出し、遠方にいた自分の戦闘駒を招き寄せ、余裕を持って敵王将を討ち取ったそうです。
だけど、正直な話。
もう既に結果の見えていた勇者様の試合なんかよりも。
実は……観客席で突如発生した、画伯vs.りっちゃんの終わりなき追いかけっこの方が見応えあって、面白くって……。
ついついそちらに目を奪われ、勇者様の試合に集中できていなかったことは、勇者様本人には秘密です。
勇者様が迎撃に専念している最中。
観客席では、もう一つの戦いが繰り広げられていた。
リーヴィルがモーニングスターを振り抜いた瞬間。
二つの刺付き鉄球がそれぞれ風を切る音が、至近距離からヨシュアンの耳を打つ。
音だけで、既にそれは威力を伴っている。
一瞬前まで顔のあった丁度その場所を、二つの鉄球は全てを破砕せんと空気ごと引き裂いていった。
とっさに腰を落とし難を逃れたヨシュアンだが、しかしまだ安心はできない。
すかさずリーヴィルの追撃があることを、経験で知っていたからだ。
もう何度も二人は追いかけっこを繰り返した仲である。
いや、それ以前から、もう十年にも及ぶ長い付き合いなのだ。
既に互いの癖は知り尽くしている。
これで完全にヨシュアンの方にリーヴィルを害したという事実があるのであれば、非があるのであればまだ大人しく殴られもしただろう。
だが、今回のこれは話が別だ。
被害を被ったのはリーヴィルとは別の者であるし、被害者が断罪するのであればともかく、リーヴィルにヨシュアンを責める権利はない。
それに、ヨシュアンも来月には試合を控える身だ。
今ここで怪我を負う訳にはいかない。
うっかり重症を貰うことなどあっては、折角の試合に差し支えることは明らかだ。
ヨシュアンとて戦闘民族『魔族』の端くれ。
武闘大会への参加は、密かに楽しみにしていたのだ。
「リーヴィル、ちょ……っ好い加減にしてくれない!?」
「好い加減にするのは貴方の方です、ヨシュアン!」
「一時間前とか一日前とか、割とついさっきの罪状で責められるんなら兎も角! なんで去年のネタで追いかけられなきゃなんないかなぁ!」
「貴方が全く普段の素行を悔い改めないからでは!?」
「そんなほいほい行いを改めてたら俺じゃないだろ!」
「……改心する気はないようですね。では遠慮なく殴らせてもらいましょう」
「やっべ、墓穴堀った!? だけどリーヴィル、お前に責められる謂れないし! そもそもお前って、そんな風紀に五月蝿いキャラじゃなかったじゃん! 陛下のこと以外には割と寛容だったじゃん!!」
「それはかつての私です! 大目に見ていればつけ上がるだけだと知り、私も考えを改めました。特に貴方に関しては……私が五月蝿く言わないのを良いことに、あんなものを書いたんじゃないですか!?」
「うっわまた墓穴掘った。そのことはもう十分に鉄槌受けたよね、俺!? 文字通りの意味で!!」
「今再び、貴方に罰を与えるのも必要なことでしょう」
「冗談じゃないね! 去年のたかが雑談ごときで腕やら翼やら折られて堪るかー!!」
気合の入った叫びに、力を得るようにして。
リーヴィルの振るったモーニングスターの脅威の粉砕力から再び紙一重で擦り抜けたヨシュアン。
彼はバックステップで距離を取り、詰められる前に今度は自分からリーヴィルの懐へと飛び込んだ。
全力フルスイングで振り抜かれたばかりの腕。
リーヴィルの懐は、大きく開けていた。
しかし術師タイプとはいえ、リーヴィルもまた魔族。
咄嗟の状況把握力、反応速度は人間の比ではない。
自分の懐へと飛び込んできたヨシュアンの顔面を狙って、身に纏ったローブに若干動きを阻害されながらも膝を突き出していた。
瞬間。
ヨシュアンの背と、側頭部に生えた翼が一気に開いた。
羽の空気を打つ音が、バッと響く。
急激に高まる空気の抵抗。
勢いのついていた自身の体に、広がった翼が制動をかける。
ヨシュアンの身にかかっていた速度は減衰し、まるで一瞬時間が止まったと錯覚させるかのように。
リーヴィルの予期していたタイミングは、完全にずらされた。
その一瞬がリーヴィルの放った攻撃との間に時間のずれを生む。
翼という万民が持つ訳ではない器官を用いで得た好機。
ヨシュアンは軍人という職務上、リーヴィルよりも戦闘慣れしていた。
本能的に戦うことを好む魔族の中、職務による順応の度合いなど些細なモノ。
だが時に、その些細な差が決定的なものとなる。
自分に向かって放たれた膝を足場に、ヨシュアンは更に跳躍した。
真上から、リーヴィルの頭を飛び越えるようにして。
側頭部の翼がぱたりと動き、ヨシュアンの姿勢を制御し、計算した動きとの誤差を調整する。
リーヴィルの背後に着地と同時、屈んだことでヨシュアンの姿はリーヴィルの視界から消えた。
僅かな間ではあっても、死角を突くことは有利に働く。
自分の姿をリーヴィルが見失ったと、ヨシュアンには確信があった。
確信が真実であると、確認する必要もない。
確認する間があれば、他のことが出来る。
ヨシュアンの足は屈みこむと同時に、リーヴィルへと足払いを仕掛けていた。
だが……
書いている内にずるずる長くなりそうだったので、此処でとめときます。
隣でいきなりこんなんが始まったのでリアンカちゃんはそっちに気を取られてしまっていたようです。そして勇者様の試合の、肝心な部分を見逃した……と。
とりあえず追いかけっこの結末は、珍しくヨシュアンさんが逃げ切ったとだけ(笑)




