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ここは人類最前線7 ~魔性争乱~  作者: 小林晴幸
武闘大会本選・頭脳戦の部
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89.【武闘大会本選:頭脳戦の部】ネタ試合発動……?



 白銀の(ヅラ)を長く靡かせて、颯爽と歩くその姿。

 黒を基調とした衣装の中、まるで『漆黒』を際立たせるように。

 鎖骨が見えるほどに襟の開かれた、深紅のシャツは血の色の如く。

 ちりりと微かな金属音を響かせるのは、眼帯から垂れる金鎖。

 体の線を際立たせながらも、露出度低く抑えた衣装は独特の妖しい雰囲気を演出する。

 何かの制服めいた衣装は、それだけでも雰囲気があったが……纏う者の空気を、更に触れ難く神秘的なまでに高め上げた。

 特殊な製法で織られているのか、黒い筈の布は光を照り返して紫の光沢を宿し、見る者を幻惑するようだった。

 精緻な装飾の数々は重たげながらも絶妙のバランスで纏められ、洗練された上品さを際立たせている。

 着る者を選り好みする衣装は、完璧に着こなされていた。

 

 ああ、なんて見事なのでしょう。

 本当に……見れば見るほど、見応えのある麗しさを有した、


  痛 い 人 です。


「どう? どう? まぁちゃん、凄い力作でしょ!」

「おおぅ……気合入りまくってんなぁ。勇者が着てこそ様になってんが、アレって物凄ぇ紙一重だろ。勇者じゃねえ奴が来たら完璧に浮くぜ……?」

 まぁちゃんからお褒めの言葉を授かってしまいました☆

 勿論、アレは勇者様が着るからこそ凝りに凝った作品です。

 これで別の方が着るという話だったら、恐らくあの衣装は生まれませんでした。

 うん、その場合はネタにしかならない。間違いありません。

 見る者の視線を掻っ攫い、今や勇者様は会場中の注目の的でした。


 どの部門の試合でも、勇者様が観衆の視線を独り占めしていたことに違いはありませんけどね?




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 頭の痛い気分を押さえて、視線を振りきるように歩いた。

 この試合の会場は、他の部門で戦った時とは形式が異なるようだ。

 他の部門の予選も、団体戦に(単独で)出場した時も。

 試合場の真ん中には広く武骨な武舞台が設置されていただけだったが。

 いま、俺を迎え入れようとしている舞台は、見覚えのあるモノとは形状からして違いがあった。


 広く場所の取られた、戦闘の為の舞台がある点に違いはない。

 だがただの石畳が敷き詰められただけだった舞台は、白と黒とで二色に塗り分けられる。

 格子……いや、市松模様と言った方がいいだろうか。

 均等に互い違いで並ぶ白と黒の正方形は、まさしくゲームの盤面を思わせる。

 だが、俺がそちらに登ることはない。

 俺が向かうように指定されたのは、その奥……

 観客席からよく見える位置に設置された、露台のような場所だった。

 此処からでもよく見える。

 露台には、小さな卓と……向い合せに二脚の椅子が設置されていた。

 そここそが、今日の俺の戦いの舞台。

 

 盤上遊戯。

 駒を交わし、戦わせる。

 そんな場面を、こんな公衆の面前で……と。

 今まで経験したことの無い類の戦いであることは間違いない。


 対戦相手は既に席についている。

 どんな相手が待っているのか。

 さりげなく視線を走らせ、確認してみるも、そこにいるのは見知らぬ相手。

 辛うじて、わかることは魔族だということくらいだ。

 それも背中に蝙蝠の翼を生やしていることから『魔族』だと思っただけで、本当に魔族なのか確証はない。

 年の頃は、見た目だけで測るのなら四十歳前後。

 だが魔族は『魔族』と一括りに呼んでも、人によって寿命の長さが大きく異なる。

 千年以上も生きる者もあれば、二百年ほどで寿命を迎える者もいるという。

 魔族である時点で、誰であろうと人間よりは長く生きる場合がほとんどだが……どうも、内包する強い魔力が延命効果を持つらしい。

 魔力の弱い者が多い人間が、命の長さで太刀打ちできるはずもない。

 そして寿命の長さは、彼らの外見と実年齢を乖離させる。

 目の前の相手も、実際には何年生きているのか見当もつかない。

 それだけに油断は禁物だ。

 少なくとも、俺より長く生きていることは確実だ。

 年月の積み重ねによる思考力の深まりや経験は、若造の俺とは比べ物にもならないはず。

 そんな相手を覆せる一手を、俺は得ることが出来るだろうか?

 ……全ては、ゲーム次第。

 何が当たるかはわからないが……出来れば、俺の得意とするゲームのどれかが当たれば…………無理かな。

 自分の運のなさから客観的に判断して、得意なゲームに当たる可能性は低く見積もった方がよさそうな気がした。

 その方が、不得手なゲームに当たった時の心理的打撃も低く済む。


『さあ! これで両選手が出揃いました。いやぁ……こうして改めてみると、凄く…………その、様になっておられますね、『失われし白銀の栄光(ロスト・グローリー)』選手。とても凝った衣装を着ておいでですが、それは今日の為に?』

 言及するな。

 審判の調子のいい言葉に、口元が引きつりかけた。


 テンション高く審判に話しかけられた瞬間。

 脱兎のごとく逃げ出してしまいたい気持ちにかられる。

 そっと反らした視線の先では、対戦相手が俺のことを真顔で凝視していた。

 とても、とても答えづらい質問だ。

 なんでこの審判、こんな個人的な質問を繰り出してきたんだ。

 俺は頭痛に苛まれる頭から意識を逸らし、口調についてそういえばリアンカから指定を受けていたな、と記憶を馳せた。

 彼女は、この格好の時に使うべき言葉遣いについて何と言っていた?

 


 ――とりあえず、雰囲気を出しましょう!

 ヤマダさんからは「直接監修したかったが……」と非常に残念そうなお言葉と共に指示書が届いていますよ?

 とりあえず一人称は『我』で統一するのがベターだそうです。

 あと口調は尊大であれば尊大であるほど好ましいそうですよ?


 碌な意見じゃなかった。


 

 だが、自分の正体を誤魔化すという意味でも……

 普段の自分からは程遠い印象を与えることは、有用かもしれない。

 少しでも正体を察せられる危険性を削るため、だ。

 ひどく精神力を削られるのを、感じたが。

 俺はゆっくりと慎重に、重い口を開いた。

 いつもの自分であれば、絶対にしない振舞いを……と念頭に置いて。


「これは吾輩への供物。所以など知らんな」


 盛大に何かを間違えた気がした。


 あれ、俺……何か間違えた?

 ………………

 ……………………

 だけど何を間違えたのか、パッと思い至らない。

 間違えた、ということだけはわかったんだが……。


 ……はっ! 一人称か!?

 一人称、間違えた!


 そういえば、リアンカから受け取った伝言メモには『我』と書かれていた気がする。

 書かれていた内容があんまりなものだったので、すぐに握り潰してしまってあまり覚えていなかった。きっとそれが敗因だ。

 俺はさっきなんて言った?


 ……『吾輩』と、言ったか?



 遠く、観客席の方で。

 なんだかリアンカとまぁ殿に、盛大に笑われたような気がした。

 ここまで声が聞こえた訳でもなく、錯覚のはずなんだが……多分。



「………………」

 …………なるべく、口は開かないようにしよう。

 可能な限り喋らずに済ませたい。

 俺は、そんな気持ちでいっぱいだった。

『えぇ~っと……閣下(・・)にはそんな華美な貢ぎ物をくれるファンがいる……と。熱心な方なんでしょうね、きっと!』

 ……審判が、自発的に特定の敬称を繰り出してきた。

 何をどう考えて、そんな発想に至ったんだ。

 頭が痛い。切実に。



 この瞬間。

 黒い宿命(さだめ)を背負った『失われし白銀の栄光』の通称として、『閣下』の呼び名が定着した。



『――さてさて、場も温まって来たところで♪』

 温まったか?

 ……一部、温まった……か?

『そろそろ両選手が覇を競う手段……この試合で戦うゲームを極める籤引きに移りましょう! ナニが出るかは天運次第! 彼らの運命を決めるのは……?』

 天運か…………

 ……それ、俺にとっては一番身を任せたら危険なヤツじゃないだうか。

 得意なものを、とまでは言わない。

 せめて、無難なモノが当たってくれ……!!


 そんなつもりは、全くなかったが。

 この一年、まぁ殿と連日駒を競わせてきた記憶が蘇る。

 彼と行ったゲームの数々。

 恐らく、魔境で普及しているという大概のゲームには手を出していた筈だ。

 それ以外にも旅の中、人間諸国の各地で地域特有のゲームにも手を伸ばした。

 あれらの経験から思うに、大概のゲームはカバーできる、はず!

 それでも無難なモノが当たってくれと、願わずにはいられなかった。


 俺達の注目を一身に集めた審判の手が、籤引き箱に手を伸ばし……


 掴み出された籤には、見たことのない未知の文字が書かれていた。

 魔境独自の文字か?

 俺の見識にはない文字だ。

 知らない文字という事実に、不安が過る。

 眉が、自然と寄った。

 審判は此方の反応を確認することもなく、高らかな声で籤を読み上げた。


『決まりましたぁぁああああ! 頭脳戦の部、記念すべき第一試合は、【ラゴンメフF】です!』


 はじめてきくゲーム名だった。



 ふと、卓の対面。

 対戦相手になる魔族を見ると……項垂れて、頭を抱えていた。

 盛大に目が泳ぐ、狼狽も顕わな表情。

 それだけで、悟った。

 自分がこの魔境でも、マニアックなナニかを引き当てたのだと。



   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



「まぁちゃん、ラゴンなんとかって知ってる?」

「知らねー。リアンカは知ってるか?」

「あはは☆ まぁちゃんが知らないのに、私が知る訳ないよね」

「けど生粋の魔境育ちの俺らが知らねぇってのも珍しいよな……?」

「俺、知ってるよー」

「私も知っています」

「え? ヨシュアンさんに、りっちゃんも?」

「てめぇらが知ってるってことは……魔境でプレイされてんのか?」

「いえ、一般的に知られてはいないでしょう」

「俺らが知ってるのも、前々大会で一番の泥仕合を演じたのがアレだったからってだけだし」

「ほほう? 前々大会の頭脳戦の部っつぅと……あれか。試合は見てねぇけど、確かヨシュアンがリーヴィルに勝ったつう奇跡(ミラクル)が起きた年だったか」

「えっ!? 画伯、りっちゃんに勝ったの? 勝てたの!? 凄いね!」

「お二人とも……私にとっては屈辱の記憶なので、そこは流していただく訳には……」

「いや、弄る」

「流す訳ないよー!」

「ああ……」

「あっははー……陛下もリアンカちゃんも、二人共ってば。思い出話はいつでも出来るけど、ゲームの説明は今欲しいんじゃないかなー?」

「それもそうですね」

「ああ、仕方ねーか。俺らが知らねえってのもよっぽどだろうし、一丁解説頼むぜ」

「了解☆」


 こういった具合に、ヨシュアンさんに解説をお願いしたんですけれど。

 余程、本当に余程知名度の低いゲームだったのか。

 ゲームに疑問を抱く人が多すぎた為でしょう。

 審判が簡単な概要を説明し始めたので、ヨシュアンさんはすぐに用無しとなりました。



   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



『このゲームは今から千年少し前、魔境で一瞬だけ流行ったモノになります。発祥地は大陸の南西部、今ではアルハン岬と呼ばれる場所ですね』

 アルハン岬……俺の生国からは少し離れているが、人間の国々がある一帯ではある。

 確かあの辺りには、古くからリフルィング族という土着の民を中心にした商業国家が……

『当時、現地では漁礁の占有権を巡り、ラゴン族とメフF族が泥沼の闘争を繰り広げていたそうです』


 全く知らない謎の部族名が飛び出した。


 何者だ、その部族。


『流れる血があまりに多すぎたため、次第に融和の道を探り始めた彼らが神の前に己の正当性示し、主導的立場を平和的に競う為に始めた神事が、このゲームの発祥だとされています』

 今更だが、ラゴンはともかくメフF? F???

 Fってなんだ、何かの略なのか……?

『それではゲームのルール説明に移りたいと思います!』

 俺の疑問を全て置き去りにして、ゲームの説明が始まった。

 釈然としないナニかがどうしても残されたが……

 ここは身を入れて説明を聞こう。

 ルールがわからなければ、やり様がない。


 そして説明されたゲームのルールに、俺は全力で疼く身体を我慢する羽目となった。


『まず、駒の種類から。このゲームは四種類の駒を用いて戦わせます。

 最も大事な駒は【王将】……部族の長を現すモノで、自分から攻撃する手段を持たない駒になります。どんな試合運びを見せようと、最終的に敵の王将を奪った側が勝利となるので、両選手は自分の王将を必死で守ってください。

 それから敵陣を攻撃できる駒が【戦車】【暗殺者(アサシン)】【弓兵】の三種類で……』


 戦車と暗殺者と、弓兵。


 待て。

 戦車と弓兵はともかく、暗殺者は待て。

 というかもっと他に必要な駒があるだろう! 例えば歩兵とか!


 誰か、誰でも良い……!

 審判に、駒の種類についてツッコミを入れてくれ!

 せめて【歩兵】くらいはいないのか、とか。

 【暗殺者】ってなんだよ、神事にそんな物騒なモノが必要か!?とか。

 言いたいことが後から後から溢れそうだ。

 膝に置いた手に力を入れることで、全身の疼きを何とか堪える。

 だが、我慢がいつまで保つか……ボロを出さずに、いられるか。

 盛大に問い質したい気持ちを、俺は必死で胸の奥に抑え込んだ。

 とりあえず、ゲームの考案者だという二つの部族に全力で物申したい気分に陥った。


 



 知名度のひっくい、謎ゲーム。

 運営側がネタとして、時々誰も知らないようなのを籤に混ぜるらしい。



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