87.魔境名物温泉血煙り慕情 ~もう一人の、真っ裸~
実は全員が着用入浴中だったという事実に、ようやく気付いた勇者様。
それでも何故か、何故かですけど。
勇者様は未だに目を閉じておいでです。
いえ、一回はそろりそろりと目を開けかけたんですけど……
真正面にいた私と、眼差しと眼差しがこんにちは。
「!!」
そうしたら、次の瞬間。
大慌てで目を閉じて、それから開いてくれなくなりました。
なんですか、その反応。
「勇者様ったら失礼ですよ!」
「なんでもいい……何でも良いから、服を着ろ!」
「既に着ています!」
「それじゃなくって、それよりもっと分厚いヤツ!!」
「これ以上分厚い服を着てお湯の中なんて、衣装が滅茶苦茶身に纏わりついて身動きできなくなります」
「今でも身体に張り付いて纏わりついた状態じゃないかー!」
「勇者様……あの一瞬で、実は結構しっかり見てました?」
「…………」
あれ、勇者様ったら難しいお顔で押し黙っちゃいましたよ?
その様子を私の背越しに見ていたヨシュアンさんが、ふむふむと頷きました。
「勇者君、むっつり疑惑……と」
「ヨシュアン殿、言ってはなんだが、貴方に比べたら誰だってむっつりに入ると思うんだ。何しろ貴方は……その、オープン過ぎて」
「一理ありますねー……って、あ」
「ん? リアンカ……?」
「勇者様……私、さっきこの場で真っ裸なの、勇者様だけって言っちゃいましたよね」
「あ、ああ、そう聞いたが……」
「訂正します」
「え゛」
この場に、真っ裸はもう一人いました。
だけどあまりに自然体過ぎて、意識していなかったと言いましょうか、気に留めていなかったと言いましょうか。
ともかく、もう一人全裸がいた訳で。
「そういえば、ヨシュアンさんも全裸でした」
「何やってるんだ、ヨシュアンどのー!?」
あ、勇者様の目が開眼した。
あまりに衝撃だったのか、勇者様の目がカッと見開かれて。
その目に浮かぶのは、驚愕と……軽蔑、かな?
どうやらヨシュアンさんがナチュラルに変態行為に走ったものと判断したようで。
咎めるような視線が、ヨシュアンさんを探し……
私越しに、すぐ見つけることが出来たのでしょう。
今にもお説教しようと開かれた彼の口は……しかしすぐ、ぽかーんと大口を開けて茫然とすることになりました。
ヨシュアンさんの、その姿を見て。
正確に言うと、その下半身を見て。
「――魚?」
ヨシュアンさんの下半身。
そこには白い二本の足の代わりに……鮮やかな鱗に彩られた、魚の尾っぽがありました。
これでホタテ貝の乳バンドを身につければ、ヨシュアンさんの夏の定番一発芸、『残念過ぎる夏のガッカリマーメイド☆』です。
だけど別にビキニをつけてはいないので、今のヨシュアンさんは常と変らぬ普通のノーマル状態ヨシュアンさんと言えるでしょう。
ただ、個人的な本能の問題で、下半身が魚と化しているだけ。
ヨシュアンさんはお母さんからセイレーンの血を引いているので、一定量を超す液体に身を浸すと下半身がどうしても魚になってしまうんだそうです。
「ヨシュアン、貴方一人で場所を取り過ぎです。狭苦しい。もう少し縮こまりなさい」
「ちょっとリーヴィル、嵩減らしなんて出来る訳ないじゃん。これ不可効力だって、ほら、セイレーンの習性的な……?」
「黙りなさい、ハーフの分際で。片腹おかしいにも程があります」
「リーヴィルってば、ひどー。ハーフ差別ー」
「貴方、魚より割合鳥成分の方が多めでしょう。父君はガルーダなんですから」
「それでも血に染みついた習性ってのは抜けないもんなの!」
ヨシュアンさんは普段が酷過ぎるので、ついうっかりみんな忘れ気味ですが。
彼の御面相は成人した男性(しかも本業(?)軍人)とは思えない、可憐な美少女顔で。
しかも肌は白く筋肉が付き辛いのか、全体的に細めの姿。
下半身が魚に変わる特性から、浴衣は要らないと潔く素肌を曝した真っ裸状態でこの場に参加していらっしゃいますが。
……なんとなく目に毒っぽく見えるのは、気のせいですかね?
男にしては線が細いせいか、なんとなく胸の抉れた美少女マーメイド(全裸)がそこにいるようにしか見えないんですけど。
そう、胸の抉れた有翼美少女マーメイド(全裸)が。
下半身が魚になっても、ヨシュアンさんの翼はばっさばっさと豪快にくっついたままなので、1人で占有している敷地は確かに広めですねー……。
「女顔の男性で、脱いでますます男に見えなくなる人って結構珍しいんじゃないかな?」
「ま、大概の場合は脱げば男ってのは一目瞭然になっからな。大概の場合は」
「ヨシュアンさん、色白いね。美白だね」
「あいつのあの肩の細さはなんなんだろーな……」
どこからどう見ても男を悩殺する色気全開のヨシュアンさん。
今はその才能で以て魔境中の野郎どもの信奉を集めるカリスマ☆ですが……別に才能がなければないで、その時はその時。
才能がなくともヨシュアンさんはもしかしたら、別の方面で野郎どもの信奉を集める才能を発揮していたかもしれません。
その場合、頭の腐ったお姉様達からの人気も、きっと一気に高まったことでしょう。
実に恐ろしきは、セイレーンの血……ということでしょうか。
魅了系女妖種族の血を引いたら、男でもあんな風になっちゃうんですね。
「良かったですね、勇者様! 美貌で言えば勇者様の方が上ですが……色モノ度でいえば遙かにヨシュアンさんの方がレベルが上ですよ!」
「待て。その物言い……リアンカ、君は俺のことを色モノだと……!?」
「さーて、勇者様も宴会場の空気に馴染んできたようですしー。そろそろ何か面白いことでも起きますかねー」
「起きませんか、じゃなくって起きる……なのか。断定するのか」
「リアンカちゃん、俺に良いアイディアがあるよー!」
「はい、ヨシュアンさん? どんな良いアイディアが?」
「一発芸大会じゃいつもと同じだし、ここはひとつ賞品ありの脱衣ジャンケン大会とか、どう?」
「待て! ちょっと待てこらおい!? そのルールで行くと俺が圧倒的に不利……ってそれ以前にヨシュアン殿は布の一枚すら羽織っていないじゃないか! 勝負以前に戦う前からして負けも同然じゃないか! あとこの場の、こんな……こんな、全員薄着にも程がある状況で脱衣ゲームとか…………馬鹿じゃないか!? 馬鹿じゃないか!! 考えるまでもなく馬鹿だろう、ヨシュアン殿!」
「わあ。勇者様が元気になったー」
「これは元気になった、じゃない! 憤慨しているんだ! まぁ殿も止めろ!」
「いや、俺がなんか言う前に、お前が仁王立ちで言い始めたし。っつか勇者?」
「なんだ?」
「腰に白い手拭一枚の姿で仁王立ちとか、勇気あんなー。褒め称えてやろう。よ、破廉恥!」
「……………………はっ」
ヨシュアンさんの恐らく確信犯な発言に、いきり立って立ち上がっていた勇者様。
だけどまぁちゃんに指摘されて、恥ずかしくなったのか。
慌ててざぶんとお湯に頭まで潜ってしまいました。
そして私はさっきからずっとまぁちゃんに目隠しされているんですけど……勇者様もお湯に隠れたみたいだし、まぁちゃん、そろそろ手を離そう?
解放されてちらりとせっちゃんの方を見ると。
「主様、吃驚させちゃいました……?」
「次はせっちゃんがリリフに「だ~れだ?」ってしますの! ちゃんと当てて下さいですの。ね?」
「は、はい!」
「いや、事前に宣告しといて当てるも何も……」
「ロロイ、黙りなさい!」
「はいはい」
……あちらはどうやらリリフが目隠しに走っていたようです。
私もせっちゃんも、大事にされてるなぁ。
そんな今更過ぎることを、ぼんやり実感してしまいました。
かつてなく無防備な勇者様をおちょくり過ぎると、事故が起きるんじゃないかとまぁちゃんが懸念した為、この日はいつになく勇者様にとって穏やかな宴会と化した気がします。
その心中まで、穏やかに済んでいたかは不明ですが。
最後の一人が逆上せてギブアップするまで続く、温泉での宴会。
勇者様に宴会芸を要求しようとしたら、悉くまぁちゃんに止められて少しがっかりです。
だから代わりに、祝われる立場ですが私が宴会芸で盛り上げることにしました。
温泉なので水芸は面白みがありませんよね?
さて、一体どうやって皆の度肝を抜きましょう。
イケる口の人達に新作果実酒を振舞いながら、ちょっと思い悩みます。
面白いことは今までの十八年の人生で、大体やり尽くした感があります。
……いえ、たかが十八年の人生如きじゃ、やり尽くしたなんて言うのは烏滸がましいってわかってますが。
ですが現状の私のスペックでやれることは、大体やったんじゃないかなって思うんです。
そろそろ限界に、もしくは新しい分野に挑戦すべき時が来ているのでしょうか。
「……うん、新しい道を模索するべきかな?」
「なあ、リアンカ……いま何か、碌でもない決意の呟きが聞こえた気がするんだが。俺の気のせいだろうか……?」
「勇者様ったら勘が良いですね!」
「まさかの肯定! 自分でも碌でもないと思うようなことを考えていたのか!?」
「それに限りなく近しいナニかを考えていたような気がします」
「今すぐ、即刻、その考えは破却しろ!」
「勇者様、私と組んで人体アートとかして見る気……ありません?」
「駄目だ……これ、本当に碌でもない流れに入るパターンだ!」
「具体的に言うと、勇者様の玉のお肌にペイントします」
「俺の身体はキャンバスか!?」
「大丈夫、入れ墨用の道具は使いませんから!」
「それの何処に安心材料が……!」
「少なくとも、痕は残らずに済みますよ?」
「そんな本気で問題なさそうな、純粋に見える顔で迫るのは止めて……っていうか近い! 近い近いちかい!! リアンカ、こんな無防備な姿で異性に近づくのは駄目だろう……!?」
「勇者様の意気地なし……! ちょっとその胸からお腹にかけて、巨大な人面描こうってだけじゃないですか!」
「ちょっと待て、腹踊りか。腹踊りをさせる気か」
「おーい、リアンカ? 今日の勇者はポロリ事故が発生する確率激高だから、そっとしとけっつったろー?」
「リアンカちゃん、俺どっちかって言うと勇者君には腹踊りよりポールダn……」
「沈め、ヨシュアン」
「ヨシュアン……貴方は、愚かな人でした」
途中から会話に乱入してきたヨシュアンさんが、何を言おうとしたのかは知りません。
だけどまぁちゃんとりっちゃん、二人がかりで温泉に頭まで沈められるような何かを言おうとした、ということだけはわかります。
多分、卑猥なナニかを言おうとしたんでしょう。
ヨシュアンさんって、本当にアダルトな人ですねー。
こんな感じで、宴会はワイワイ賑やかに過ぎていきました。
途中でヨシュアンさんが六回くらい沈められたり。
途中でりっちゃんが何だか怖い顔でヨシュアンさんの首を絞めたりしましたが……まあ、これ系の事故は魔境じゃ珍しくもありません。
でもその度に慌てるのが、勇者様で。
事故を心配して、今日はもうおちょくるのを止めましたけど。
それでも振り回されるのが、たぶん勇者様の運命なのでしょう。
あたふたとする彼の姿からは、一所懸命という言葉が連想されます。
そう、勇者様は。
今は周囲のことに手いっぱいで……恐らく、頭から抜け落ちているのでしょう。
一日、一日と着実に予定が近づく度、彼を思い悩ませていたアレから。
団体戦は着ぐるみという、勇者様にとって一人ハンデ状態でした。
だけどそれでも、勇者様にとっては心労という意味で垣根が低い方だったようです。
最後の最後、決勝で私達が登場して盛大に頭を抱えていたようですけどね!
それでも。
それでも、ですよ?
着ぐるみという格好は、彼にとって。
まだ心理抵抗の少ない格好だったから。
団体戦は今日で終わりました。
そう、終わってしまったのです。
そうしたら、どうなるのか?
また新しい分野の試合が始まる訳で。
そして勇者様の試合における格好は、団体戦以外は……
ちなみに次の部門は、頭脳戦の部。
主にボードゲームや兵法を競う場面になる訳ですが。
そこで勇者様に設けたテーマカラーは【黒】。
モチーフは【黒歴史】です。
さあ、ヤマダさん監修のレベルアップした衣装が、勇者様を待っていますよ……(笑)
次回、以前募集した勇者様の中二風リングネームの採用案がとうとう明らかに……!?




