84.【武闘大会本選:団体戦の部】「喰らえ、この腐れトマト!」
いじめ、かっこわるい。
本気になったむぅちゃんが右手を掲げました。
そこに何が始まるのかと、私も勇者様もむぅちゃんの右手を凝視してしまいます。
私は野次馬根性で。
勇者様は全開の警戒心で。
ある意味では、何かが起こることを期待していたとも言えます。
ですが。
むぅちゃんは私達に目もくれず、一言だけ言い放ちました。
「姫、GO」
…………。
……思いがけない言葉だったので。
私の思考に空隙が生じました。
多分それは、勇者様も同じです。
勇者様の硬直は、私よりも酷かったと思います。
私は「そう言えば……」とチラリ視線を走らせました。
そういえば、魔王の王錫振りかぶったまま、せっちゃんはどうしたっけ?……と。
せっちゃんは、変わらずそこにいました。
ただ勇者様の言動が盛り上がっていたので、律儀にも待っていてくれたらしく。
王錫を構えたまま、「よろしいですの? もうよろしいんですの?」と上目遣いの視線で訴えながら、待機中。
せっちゃんは今日も良い子です。
だけど、むぅちゃんからGOサインが出ましたから。
聞いた瞬間に、綻んだんだと思います。
にこっと嬉しそうに無邪気な笑みを浮かべて。
構えたままだった王錫を、豪快に振り抜きました。
斜め下から振り上げるような、大振りの一撃。
だけど凄まじい速度は風を切り裂き、強引に突き進む。
大振りとはいえ、ああまで鋭い攻撃から逃れきるのは至難の技でしょう。
急激な空気の流れで、勇者様も己の置かれた状況を認識したようです。
顔を引き攣らせ、身構えるも時遅し。
「いっきまっす、のー!!」
「ボディっ!!?」
凶悪な空気の唸りを伴い、せっちゃんの全力☆フルスウィングが勇者様に改めて襲いかかりました。
手加減?
多分、されてるんじゃないかな。多分。
「く、くぅ……っ」
勇者様の二本の腕が、マジカル☆ステッキ(ガチ)を受け止めようと苦心するけれど……彼の足はせっちゃんの力(物理)に押され、じりじりと後退していく。
「勇者さんのお力、とっても強いんですのね!」
「そ、そう、いう……っ姫は、余裕だな!」
「もうちょっと強くした方が良いですの?」
「心が折れそうだな……! 姫の様な稚い女性に、あからさまに加減されるだなんてっ」
擦れた地面に、抉れたような線が生じていきます。
単純な力比べでも、押され気味で。
他に手を回す余裕もなさそうな、一杯いっぱい具合。
そこに追い打ちをかけないのは、逆に失礼ですよね?
そして、案の定。
「いくよ」
本気になったと見せかけたのは、勇者様の気を引いて隙を生み出す作戦だったのでしょうか。
先程までの苛立ちぶりは、嘘のように静まり返り。
いつものように平坦なテンションで、淡々と。
むぅちゃんが懐に手を突っ込み、取り出したものは。
……恋文?
見るも露骨な桃色のお手紙が、十通くらい。
それぞれ封筒にもレースの縁飾りや、はぁと型の封蝋などなど……可愛らしい装飾が施されています。
うん、どっからどう見ても、女の子が想い人に充てた手紙です。
まるで扇のようにびらりと広げられ、掲げられています。
え? っていうか、何故にこの場面で恋文?
誰から誰に充てた、どういう意味のある恋文なのか。
なんとなくわかるような、わからないような。
「そ、それは……っ」
だけど若干一名、それが何なのか明らかに御存知の方が。
……心当たりがあるんですね? 勇者様。
顔を真っ青にさせた勇者様に、むぅちゃんは手紙をびしりと突き付け高らかに声を張りました。
「勇者さん、お故郷から届いたラブコール最新版だよ。さあ喰らえ」
「う、うわぁぁあああああっ!? どっから手に入れたー!?」
勇者様が恐怖に彩られた、取り乱し気味の悲鳴を上げます。
だけどその身体は、相変わらずせっちゃんの攻撃を捌くに捌けず立ち往生。
手紙自体に物理的な攻撃力がある筈もないのですが。
触ること自体に抵抗がある……ということでしょうか。
手紙を突き付けてくるむぅちゃんから少しでも逃げたいと、身を捩る姿が蓑を剥がれた蓑虫の様で憐みを誘います。
お陰で全力を出し切るのが難しくなったらしく、せっちゃんにがんがん押し出されてずるずると足が滑っていきます。
今にも転びそうですね!
「勇者様? あれはただのお手紙、つまりは単なる紙の束ですよ? わかってます?」
「それでも恐ろしいものには違いないだろう!? 恋の神のおまじない☆とやらで、生国の方では「まじない」と称した「恋の呪詛」が流行しているらしいってサディアスから警告の手紙が来ているんだ! 迂闊に開封すると何が起こるか……!」
おっと!
どうやらむぅちゃんの取り出した恋文は、予想以上の危険物だったようです!
勇者様は触れることすら嫌だと警戒しているのに、それを容赦なく掴んだばかりかうりうりと突き出してくるむぅちゃんの勇気に脱帽です。
今この時ばかりは、きっと勇者様よりもむぅちゃんの方が勇敢という言葉が似合うに違いない。
「一通目のお便り、ペンネーム:クラミジアさん」
「それはペンネームじゃない! 本名だ!」
「二通目はミリエラさん、三通目がオリビアさん、四通目は……」
「止めろ! 読みあげなくて良い!」
「せっかく宛先が目の前にいるんだから、確実にお届けしてあげるのも親切心ってやつなのかな」
「だから精神攻撃は止めろ……!! ちょ、人の服の中に突っ込もうとするな!」
身悶える、勇者様。
背後から勇者様の服に手紙を差し込んでいこうとする、むぅちゃん。
強引にむぅちゃんを振り払おうとして、勇者様の姿勢が崩れました。
「「「あ」」」
そして、よろけたところに。
めぇちゃんが真っ黒な薬瓶を綺麗なフォームで投げつけ、一秒の時間差を置いてモモさんが棒手裏剣を投げつけました。
姿勢は崩れ、両手はせっちゃんの攻撃を押さえに抑えきれなくなりつつ。
そこに放たれた容赦のない投擲は、勇者様を再起不能にしようと思ったら……きっと出来ることでしょう。
だってモモさんの棒手裏剣、試合前に私が「魔王用の即効性睡眠薬」を塗布しておきましたし。
その威力、効果の程は既に実証済みです。
加えてめぇちゃんの投げつけた黒い薬瓶には……多くを語りはしません。
ただ一つ言うことがあるとすれば、それは。
薬瓶にはラベルの代わりに、象徴的な一つのマークが白く刻まれていました。
【☠】型の、特徴的なマークが。
それまでせっちゃんのマジカル☆ステッキを掴んで食い止めていた、勇者様。
集中砲火に晒された勇者様は、咄嗟に先ずせっちゃんの杖から手を離して小さく縮こまる様に屈みました。
一瞬前まで勇者様がいた場所を、大きく空振りする王錫。
勢いがつき過ぎたせいか、せっちゃんの上体が大ぶりに振り回される形で、前のめりに泳ぎかけます。
正面足下に屈みこんだ勇者様はそんなせっちゃんの足下を、底から掬い上げる様にして担ぎ上げます。
まるで、倒立前転を促すように。
せっちゃんが、勇者様の後方にころりん転がってしまいました。
「きゃぅっ」
だけど、そこはせっちゃんも魔王の眷属。
両手はしっかりと地面について、己の身体を跳ね上げて。
まるでバネ仕掛けのような勢いで、そのまま自身にかかる力のベクトルを殺すことなく前方に跳び、宙返りを加えて両足でしっかりと着地しました。
その間に、勇者様は己へと手紙を押し付けて来ていたむぅちゃんの襟首を掴み、見事な一本背負い!
めぇちゃん謹製の真っ黒薬瓶は空中で捌かれ、勇者様の斜め後方へと落ちる様に軌道を変えられてしまいました。
モモさんの棒手裏剣は、野生の勘的なもので察知する何かがあったのか……それとも勇者様の観察眼に引っ掛かるものがあったのか。
勇者様に掠ることもなく、余裕を持って避けられてしまいました。
瞬くような間に見せつけられた、一連の流れ。
ヤバいですね。
前から重々承知していたつもりですが……やはり単純な戦闘能力という面で考えると、勇者様と私達の間には大きな差があるようです。
やっぱり、非戦闘員の私達では正攻法じゃ太刀打ちできそうもありません。
「わあ。せっちゃん、ちょっと吃驚しちゃいましたのー」
あ、せっちゃんは別です。私達とは別、うん。
魔王の一族に生まれたせっちゃんが。
戦闘能力で他の追随を許さないまぁちゃんの実妹の、せっちゃんが。
当然ながら、実力者じゃない……なんてこと、ある筈もなく。
ただせっちゃんが本気で動くと、純粋に身体能力の違いから私達が動きに付いていけなくなってしまうので。
基本、私達に合わせて動きを抑えてくれています。
必然的に手加減状態のせっちゃん。
彼女が本気で戦う気になったら……その時はきっと、私達は必要なくなってしまうことでしょう。
それじゃ、団体戦の意味がないからって。
せっちゃんは試合の間は、本気とは無縁でいる気のようです。
本気にならない、せっちゃん。
それは試合が無駄に長引く原因になることでしょう。
果たして、それは勇者様にとって利となるか害となるのか……
取敢えずせっちゃん一人に頼りきるのは本意ではないので、私達もやれる限りのアレコレで勇者様を苦戦させてやろうと思っています。
――さて、気付いてみれば【おうまい】チームの皆が行動に移っています。
見物していてちょっと出遅れてしまいましたが……
この流れに、乗り遅れる訳にはいきません。
私も参戦です!
私は即座に腰のポーチに手を伸ばし……
ぐいっと力強くひっ掴んで取り出したのは、真っ赤な真っ赤な熟れ過ぎトマトの瓶詰(手足付き)。
ちなみに魔境妖精郷の、エルフさん達の畑直産品です☆
食べようと思って購入したっきり、うっかり忘れて放置して、腐れかけた傷みトマト(手足付き)と言い換えることも出来ます。
当然、もう食べるのはちょっと……という状態で。
このまま捨てるのも、なんだか惜しいし。
何かに使えないものかと瓶に移して持って来ていたんです。
咄嗟に掴んだモノが、これだった訳ですが。
資源は有効活用、これ大事。
攻撃力のありそうな攻撃は、他の皆がやってるし。
私くらいは、こういう手段に出ても構いませんよね☆
掴み出したトマトを手に、投擲の有効圏内に踏み込む私。
私が手にした物体を目にして、勇者様の顔が引きつりました。
私の手の中では、腐れかけたトマトがうごうごと短い手足をばたつかせています。
……傷んでいる割には、活きの良いトマトですねー。
新鮮な内にサラダにでもすれば、さぞかし美味しかったでしょうに。
今更ながらに残念で仕方ありません。
「待て。それはちょっと待て。待って下さいリアンカさぁん!?」
「勇者様……待てと言われて、私が待った試しがありましたか?」
「悲しいことにパッと心当たりが浮かばない!」
「ああ、それは悲しいですねー。私も悲しいです」
一応、何回かは勇者様の制止を聞き届けた記憶もあるのですが。
他の制止を振り切った心当たりの方が多すぎて、記憶が埋没してしまったようですね。私も覚えてはいますが、いつ、どんな状況で制止を聞き入れたのかは記憶も朧です。
「さあ勇者様! 覚悟と懺悔はお済みですか?」
「済んでいると思うのか! というか懺悔!? 俺を殺す気か!」
「大丈夫だいじょーぶ、大丈夫ですよ、勇者様」
「……何が、大丈夫なんだ?」
「精々、四分の三殺しで済みます」
「全然大丈夫じゃない!? ほとんど死んでるじゃないかソレ!」
「勇者様だったら瀕死の重傷を負ったって……蘇生できるって。私、信じてます!」
「そんな信頼は要らないから! 人の復活力を過信するのは止めろ! あと人の生命力に不安が生じるってどんなトマトだソレ!?」
「腐りつつあるトマト、略すると差し詰め……トマトゾンビ、でしょうか」
「それもう野菜じゃなくって立派な魔物だろ!? 手足が生えている時点で十分グレイゾーンだったけどな!」
「嫌ですね、勇者様! トマトは灰色じゃなくって赤ですよ!」
「そういう意味じゃねぇええええええっ!」
という訳で。
私は染み抜きに苦労必至の一人トマト祭り開催に踏み切りました。
狙いを付けた先は、勇者様の麗しき御尊顔。もろ顔面。
これでトマト汁が目にでも入ったら儲けものです。
さあ、沁みちゃえ。
「喰らえ、この腐れトマト!」
「文字通りの意味で!?」
こぞって攻撃に乗り出す私達を、忙しなく見比べて。
寄ってたかって精神的にも肉体的にも追い詰められながら。
勇者様が、必死な声で叫びました。
「ちょ、ちょっと待……ぁぁあああああっ!?」
私の号令を皮切りに、更なる一斉砲火が始まりました!
「リアンカがトマトを投げるんなら……僕はマンドラゴラ(鉢)でも投げるかな」
「それじゃあ私はドリアンでも投げようかしら」
「せっちゃんはこれにしますのー!」
「おおぅ……石、ね。ダイレクトに危険だわ」
「モモは何を投げますの?」
「…………それでは、これを」
「それ、何かしら」
「煙玉(催涙性)ですね。昨夜作ったばかりなので、効力は失せていない筈かと」
チーム【おうまい】は、連帯感も結束もバッチリ☆ですが。
私がトマトを持ち出してきたことで、何故か『ナニかを投げる縛り』が発生しました。
皆のこういう、ノリの良さはやっぱり魔境育ち故ですね☆
一名、モモさんのみ魔境育ちじゃありませんけど。
でも諦念の浮かんだ眼差しで私達に追従しているあたり、順応性は抜群です☆
四方八方に散開した私達は、手に手にそれぞれのブツを振りかぶり……
勇者様めがけて、間断なく投げまくったのです!
殺到する様々なブツ。
避けようにも、全てを避けきることは難しい。
だって私達の方に若干名、勇者様が避ける動きを予測して、かなり際どく避け難い位置を狙って投げている人がいますからね!
とりあえず、トマトは勇者様の顔面に命中しました。
既に勇者様にとって、野菜に手足が生えている程度は野菜か魔物か灰色判定。
だけどアスパラはアウト、それは絶対。




