表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここは人類最前線7 ~魔性争乱~  作者: 小林晴幸
武闘大会本選・団体戦の部
85/122

83.【武闘大会本選:団体戦の部】精神攻撃は前哨戦



「なにやってんだ君達は―――――――っ!!」


 問われたならば、お答えしましょう!

 概ね勇者様の予想通りだと思いますけど!

「当然、決勝戦を相争う……そのつもりに決まっているだろう、Bブロックの覇者君?」

 私が答えるよりも先に、ノリノリの台詞を棒読みで告げるのは……めぇちゃん。

 その台詞、誰が考えたんですか!?

 そして勇者様は、めぇちゃんの台詞を聞いて開いた掌に顔を沈めました。

「何がしたいのか、理解不能だが……バレバレだ! 顔は隠せたとしても、全然正体隠せてないからな。そのガスマスク!」

「……ばれてしまったとなれば、仕方ないわね!」

「はい、ここで姫の台詞」

 何時の間に、何を仕込んでいたというのでしょう。

 知らない間に、ズルいです! 私だけ仲間外れですか!?

 しれっとむぅちゃんが指パッチンで送った合図に反応して、せっちゃんが一歩進みでます。

 そのまま、ばばっと景気良く両腕を大きく広げて、叫びました。

「ふははははー。よくぞ見抜いたな、勇者よー。だが見抜かれたとしても関係ないわー。わたしが相手だー(棒)」

 

 せっちゃんの台詞は、全文通して物凄い棒読みでした。


 勇者様が沈鬱な表情で、悲しげに肩を落としています。

 片手で顔を隠して、肩を震わせるその姿。

 笑っているんですか? それとも泣いているんですか、勇者様。

 せっちゃんは「やりきった!」という空気で、満足げに胸を張っているんだけど……すっごく可愛いよ、せっちゃん!

 棒読みとか如何でも良いというか、むしろソレすら「可愛い要素」にしか思えません。

「姉様、姉様! せっちゃん、やりましたの! ちゃんと噛まずに全部言いきれましたのよ。褒めて下さいですのー!!」

「せっちゃん、無敵に可愛い……!」

「わぁい、せっちゃん褒められましたのー!」

 ひしっと抱きしめあう、ガスマスク(×2)。

「なんなんだ、この茶番……っ」

 遣る瀬無い響きで、勇者様の呟きが絞り出されます。

「……っそもそも! チーム【おうまい】って何のつもりだ!?」

「え? それは勿論、このチームの発起人がせっちゃんでしたから。それを慮ってのことですけど」

「ちなみに第二候補は【やくしーず】だったわよね」

「誰が案を出したのか覚えてないけど、ダサいよね」

 うんうんと頷きあって、チーム名を決めるにあたりちょっとだけ悩んだ日のことを思い出します。

 あの時はチームを構成する面子を強制招集して、皆で円卓囲んで会議したんですよねー。

 チーム名に対する意気込みもなければ、こだわりもない。

 揉める気は一切ありませんでしたが、各々のやる気がなさ過ぎて逆に名前を決めるまでに紆余ったことも、今では思い出です。

 三十分くらいで話も纏まりましたけどね!

「や、やくしーずに……チーム【おうまい】…………王妹のチームだから【おうまい】って、顔は隠している癖に、正体は隠す気ゼロなのか!」

「どっかの誰かさんは最後まで気付かなかったけどね」

「ぐぅ……っ」

 言い返せずに、言葉は喉に詰まってしまったのか。

 勇者様が肩を戦慄(わなな)かせ、押し黙ります。

 審判の賑やかな声が、横合いから勇者様に突き刺さりました。

『さあ、【千匹皮】選手にとって苦しい時間がやって参りました! いよいよ試合開始かと思われた、その前に! なんと試合前から【おうまい】チームの精神攻撃は始まっているのかー!?』

 試合開始の合図よりも、先に。

 地に膝をつく勇者様を見て、審判がそんなことを言ったんですけど。

 苦しい時間が来るも何も、まだ試合すら始まっていませんよー?

 苦戦の気配はまだ微塵もないのに、気が早すぎます。

 私達が試合も関係なしに勇者様を攻撃しているなんて……濡れ衣も良いところですよ!

 むぅちゃんもそう思ったのか、不満げな態度で前に進み出て、審判にびしっと言いました。

「精神攻撃? 馬鹿言わないでくれる」

『お、おお……? と、仰ると?』

「さっきの聞いてなかった? 勇者さん、まだ『ぐうの音』が出てるじゃないか。それが出せなくなってからが本当の勝負だよね」

「よ、容赦ないなおいぃぃぃいいいいいいいっ!!」

『ムルグセスト選手、なんとナチュラルに鬼畜発言! ――武闘大会運営委員本部の、クウィルフリート本部長! お子さんの成長ぶりを見ていかがですか!?』

『は? 俺? あー……うちの坊主も大きくなったもんだよなぁ。この前まであんっな小さかったってのに……』

 ほのぼの、しみじみとしたくぅ小父さんの声が響きます。

 特にむぅちゃんを咎めようって感じはありません。

「それで良いのか、保護者……っ」

 多分、それで良いんでしょう。


 そうして、始まった試合で。

 勇者様は私達に警戒を隠しません。

 なんだか今まで見たどの試合よりも身構えているように見えるんですけど、気のせいですか?

「先手、必勝……!」

 誰よりも早く動いたのは、めぇちゃん。

 懐に堂々と手を突っ込み、引きずりだしたもの。

 それが何か、はっきりと確認させる間も与えないとばかり。

 礼の開始位置から動いてさえいない勇者様に、割と近距離から投げつける。


 でも、所詮私達は薬師。

 戦闘要員じゃありません。

 めぇちゃんの球速は、勇者様の反射神経に勝てるモノではなかったようで。

 勇者様の顔面めがけて投げつけられたブツは。

 ぱしっと勇者様に空中で掴み止められてしまいました。

 改めて勇者様が覗きこむと、そこには真っ黒で中身の見えない瓶が一つ。

 そして簡潔な文字が記されていました。


  【 濃 硫 酸 (磯) 】


「…………なあ、言って良いか」

「ええ、なにかしら?」

 にっこりと余裕の笑みを浮かべているんだろうなぁと予感させる、めぇちゃんのご機嫌なお声。

 だけど勇者様は相反して固く強張った声をしていて。

「危険物を投げるな……! あと、(磯)ってなんだ(磯)って!!」

「あら、聞きたいのかしら?」

「……いや、良い。聞かなくて構わn」

「磯巾着の(磯)よ、もちろん」

「やっぱりかぁぁあああ! やっぱり、ソレか!!」

 おおっと、勇者様が瓶を投げ捨てましたよ!?

 危険物を危険とわかっていて投棄するなんて勇者様らしくありません。

 勇者様は麗しのご尊顔を軽くしかめ、どこか悲しげにすら見えます。

「だ・か・ら! 人のトラウマを抉ろうとするな! 試合で精神攻撃は止めてくれ!!」

「アスパラと磯巾着にトラウマのある男……憐れだね」

「そこ! ぼそっと呟いたつもりだろうけど聞こえているからな!? わかっているんだぞ、ムー!」

 勇者様、大はしゃぎです。

 おやおや、あんなに楽しそうで……微笑ましいですね!

 でも良いんでしょうか?

 勇者様だってわかっているでしょうに……今は試合中、なんですよ?

 そう、ほら!

 こうして勇者様が気を取られている間にも……


 牽制と陽動は、薬師にだってお手の物なんですから!


 しゅたた、たた……っと。

 軽やかに地を駆ける姿はよく仕込まれた猟犬の様。

 なのに足音はほとんどせず、気配も希薄。

 こうして目に留めていても、次の瞬間には見失ってしまいそうです。

 『彼』は……ハテノ村薬師三人衆で身柄を預かる、モモさんは。

 忍者の面目躍如といったところでしょうか?

 単純な戦闘能力では比較にならないだろう格上の相手……勇者様が相手だっていうのに、気負うこともなく。

 死角から確実に忍び寄ると、魔法みたいな手捌きで勇者様に縄をかけました。

 流石は玄人(プロ)……! 手並みも鮮やか!

 でもぐるぐる巻きにする程の余裕はなかったのでしょう。

 モモさんが拘束したのは、勇者様の手首に留まります。

 それでも意表を突かれたからでしょうか、勇者様は狼狽えていましたけれど。

 勇者様の手首にかけられた縄を、桃さんが強く引く。

 まるで宙吊りにするように、高く頭上まで。

 体は上に伸ばされ、手をひっぱり上げられて。

 ガラ空きになったドテッ腹を狙うのは……


「あに様のマジカル☆ステッキでっすのー!」


 我らが魔王妹、せっちゃん!

 せっちゃんはうさぎさんみたいにぴょんこと跳ねると、異空間からずりずりと引きずり出した……禍々しくも壮麗な長杖を元気良く振りかぶる!

 どっかで見たようなソレを見て、思わずと勇者様は叫んだ。

「だからソレ王錫だろ!!」

 そう、それは見たことがある筈です。

 マジもんのマジカル☆ステッキ……魔王陛下の王錫(ガチ)だったんですから。

 あれは確か、勇者様のお国に遊びに行った時、まぁちゃんが洒落でせっちゃんに貸出した逸品です。

 まぁちゃんが回収するのを忘れているようで、未だにせっちゃんの手元にある訳ですが。

「というか、まぁ殿!? まだセツ姫に王錫貸しっ放しだったのかー!?」

 用途別に、魔王の王錫って複数あるんですけど。

 流石にずっと貸しっ放しは王様としてどうかと思うよ、まぁちゃん!

 でも勇者様の反応が面白いから良いけどね!


 そうして勇者様のガラ空きボディに、せっちゃんの全力フルスウィングが叩きこまれようかという時。

 これは直撃したら勇者様でもただでは済まないかもしれない。

 そんな一撃であることを察知したのでしょう。

 勇者様も半年ばかり旅路を共にしたせっちゃんの実力は、その一端をまざまざと刻みつけられているはず。

 だからこそ、なのでしょうか。

「う、うおおおおっ」

 勇者様が勇者様らしからぬ、猛々しく獰猛な雄叫びをあげて。

 ご自身の手首を絡め取っていた縄を、引き千切りました!

 わあ、勇者様ってば今日はいつになくワイルド!

 そう見えるのも、衣装の効果かもしれません。

 画伯、首周りにライオンの鬣を配したのは正解でしたね。

「馬鹿な……」

 勇者様が縄を引き千切った反動で、僅かに踏鞴を踏みかけ。

 大きく体勢を崩す前に持ち直し、距離を取るモモさん。

 だけど彼は、感情を封じる術に長けた忍者とは思えぬ同様に震えていました。

「これは、赤斑狼蜘蛛の糸とオリハルコンの糸を編み上げて作った特殊な補縛縄なのに……!? 人の力でどうにかなる代物じゃないはずだ!」

「モモさん……相手は勇者様ですよ? 八割方人間止めてるモノと考えて動くべきです」

「ちょっと待て! 色々と物申したくなる物言いは止めろ。後、俺は人間を止めた覚えはないからな……!?」

「え……っ」

「そこで『おかしな言葉を聞いた』と言わんばかりに怪訝な顔をするのは止めてくれ!」

 勇者様、まだ人間止めるつもりなかったんですか!?

 その割には、アレとか。コレとか。

 人外に片足突っ込んでるとしか思えない行動の数々を、私はどう判断すべきでしょうか。

 人間でいたい割には、結構積極的に人間の限界突破していますよね!?

 主に肉体的な耐久力の面で。

「どうやら、焼き切った……のかな」

「え? むぅちゃん、どういうこと?」

「勇者さんが縄を引き千切る一瞬、炎の力を感じたよ。焼いて強度を下げて、引き裂きやすくしたんじゃないか」

「へー……」

 私は思いました。

 別にそんな小細工を弄さなくっても、と。

「そんな小細工に走らなくっても、最近の勇者さんの実力なら縄ぶっ千切るくらいやれそうなものだけどね」

「あ、うん! 私もそう思った」

 どうやら感じたことは、同じだったようです。

 むぅちゃんはガスマスクの向こうでどんな顔をしているのでしょう。

 勇者様の方を、無言にじぃっと数秒眺めた後。

 落ち着いた不思議な声音で、ぼそっと言いました。

「何にしろ……この僕の前で、よくあんな拙い炎を見せたものだよね」

 あれー……もしかしてむぅちゃん、本気になった?

 炎の扱いに関しては、むぅちゃんは一日の長があるどころじゃありません。

 実のお父さんである、くぅ小父さんは炎の魔人。

 半魔とはいえ、むぅちゃんは物心つく前から炎と身近に育ってきました。

 小さい頃はよく人体発火現象ごっことか、ついうっかり放火未遂とか繰り返していたものです。

 その度に、ご両親が大慌てで消火に走っていましたけど。

 あの頃はむぅちゃんと遊ぶ時は、必ず消火用のバケツと水が必須でしたからねー……燃えてしまうモノ(代表例:植物)の尊さを教えることで炎の扱いに対する自制を学ばせようというご両親の方針が、今にして思えばむぅちゃんの職業選択の大きな岐路になったと言えなくもありません。

 色々な意味で生まれた時から側に親しくあり、人生に大きな影響を与えてきた炎を操る才能。

 それはむぅちゃんの人格形成にも深く関わっているはず。

 それだけに、炎に対して何かしらの拘りがあっても当然です。


 そんな拘りいっぱいの、炎。

 一方勇者様は、最近やっと魔法の腕が魔境基準で半人前並みになってきたところ。


 ……どうやらむぅちゃんは、勇者様の炎魔法の扱いに物申したい部分がある様子。

 何か、むぅちゃん的に見るに堪えない拙さがあったのでしょう。


 それがどうやら、むぅちゃんのやる気に燃料を注いだようです。


 戦闘で本気になったむぅちゃんは、滅多に見られるものじゃありません。

 恐らく手強いと思いますけど……どうしますか、勇者様?


 



せっちゃん

 →良い子でおとなしく待機中。

「まだですのー。もうちょっと、待ちますの!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ