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ここは人類最前線7 ~魔性争乱~  作者: 小林晴幸
武闘大会本選・団体戦の部
84/122

82.心の休まらない休息



 勇者様の悲しい叫びで幕を閉じた、団体準決勝戦。

 万能まぁちゃんの素敵な力(物理)によって、とうとう正気を取り戻したアディオンさん。

 試合の後、彼は勇者様に回収されました。


 アディオンさんってば正気に戻った途端にアスパラに怯えだしたんですけど、どんな心境の変化……いえ、これを『正気』って呼ぶんでしたら、そもそも怯えている方が正しい反応なんでしょうか。

 怯えていた筈なのに、懐の深さ∞とでも言いかねない大らかさでアスパラを受け入れていた解脱モード……。

 アディオンさんの身に、一体何が起きてああなっていたんでしょうね?

 今はすっきり正気に戻ったので、アスパラを見ると頭を抱えてぷるぷるしています。

 どうも、アディオンさんにも勇者様並の精神的外傷(トラウマ)が刻まれちゃったご様子。

 これを正気に戻った弊害と呼ぶべきかどうか……。

 果たして正気に戻って幸せなのか否かは、さておき。

 何とか元の真人間?に戻ったアディオンさんに勇者様が下したのは、有態に言うと『帰還命令』ってヤツでした。

「アディオンをこのまま魔境に置いていて……またアスパラに取り憑かれやしないかと思うと、居ても立ってもいられなくなるんだ……!!」

 勇者様ハウス(※勇者様は常時不在)からアディオンさんを引き取って来た勇者様が、居間で項垂れながら語ったお言葉です。

 そのお言葉は御尤もだな、と思いました。

 それに割と何でもありの魔境で、一つや二つ大きい黒歴史抱えちゃったくらいで身動きの取れなくなっちゃったらしいアディオンさんの様な方は、あまり環境に適応できないんじゃないかって思うんですよ。

 勇者様は労わりと友愛に満ちた眼差しで、アディオンさんの背中を叩きました。

故郷(クニ)に……婚約者のところに帰れ。それで、ゆっくり養生するんだ。アディオン」

「そうですよ、モノは考えようです。アディオンさん! 変わり果てたお姿を婚約者さん?に見られなくて済んで不幸中の幸いでしたね!」

「あ、ちょ……っリアンカ、敢えてわざわざ言わなくても!」

「あれ?」

 私は何か、言ってはいけないことを言っちゃったんでしょうか。

 何故か、アディオンさんが更にどん底気分で落ち込み始めました。

 

 そんな彼が人間の領域に送り返されることで本決まりとなったのは、ほんの数時間後のことでした。

 さよなら、アディオンさん。

 かなり厄介で獰猛な魔物が異常に出没する魔境を一人旅は厳しい物があるでしょうけれど……お身体に気を付けて!




 さて、団体戦の部とは言え、次の試合は決勝です。 

 互いに万全の状態で戦えるようにと、準決勝戦と決勝戦の間には身体を休める為の休養日が設定されています。

 まあ、たった一日だけですけど。


 その、休養日。

 明日の試合へと思いを馳せ、まだ一部門目なのに大変な目に遭ったと勇者様は溜息をついておられます。

「なんだか随分と試合期間は長く感じたものだが……過ぎてみれば、あっという間だった気もする」

「大丈夫ですよ、勇者様。まだ全然過ぎてませんから。むしろ決勝戦(あした)が本番です☆」

「そう、だな……リアンカの言う通りだ。明日に備えて、まだ他にもやれることがあるだろう」

 そう言って、勇者様は武器を磨こ……うとして、苦々しいお顔で着ぐるみの手入れを始めました。

 そうですよね、団体戦じゃ武器とか全然使えませんでしたよね。

 だって勇者様は、全身凶器(着ぐるみ)だったんですから。

 まあ、準決勝じゃ突発的にハリセン振り回していましたけれど。


 ……って、そうだ。

 お伝えするのを忘れていました。

「勇者様」

「なんだ?」

「もう身バレしたんで、着ぐるみは着なくっても良いですよ?」

「…………もっと早く言おうか、リアンカ」

「着ぐるみの代わりに、画伯が素敵★衣装をご用意してくれましたから」

「リアンカ、もっと早く言おうか。俺の心の準備的な意味合いで!」

「ちなみにこちらがその衣装」

「話を聞い……って、なんだその衣装?!」


 びらりと勇者様の眼前に、両手で広げたこの衣装。

 勇者様も目を奪われた様子で、その視線はきっちりがっちり固定化されています!

 然もありなん。

 画伯の本気が滾る衣装ですからね! 


 勇者様の新★衣装は、一部がシースルーでした。


 具体的に言うと、背中と腕と、脇腹と。

 それからズボンも太腿の三分の一から下がシースルー。

 そして随所にアニマルモチーフの飾りが、これでもかと自己主張していました。こう、デコラティブな感じに。

 手首や足首、首の回りといった全体のバランス的にくびれた場所には斑模様の毛皮が配されていて、微妙に野性的ですね。こう、蛮族っぽい感じで。

 そしてオプションで、震動に反応してパタパタと揺れる狼の尻尾と、それからカンガルーの耳が付いていました。


 衣装の全体を、まじまじと遠い目で眺めて。

 勇者様が頭を抱えました。


 画伯の、本気の遊び心が感じられます。

 あと悪戯心。

 透け感凄まじい一部と、動物の飾りを取っ払えばそこまでおかしく……いや、こんなの着てる人、そうそういませんね。

 動物の飾りとシースルーを取っ払ったら、何もなくなっちゃう!

 というかそれやったら、ズボンと前掛けだけになっちゃいますね。

 透明部分を切り落としたらズボンも短パンに早変わりなので、前から見たらアレに見えるかもしれません。

 裸エプロンとか(笑)

 今時分、そんな斬新な格好で闊歩している人は魔族でも見ません。

「……っこんな破廉恥な格好、俺には無理だ!」

「大丈夫ですよ、きっと似合います☆」

「そんな慰めを望んでいた訳じゃない! これ、どう見ても明らかに大事な何かを失う部類の衣装だろう!?」

「勇者様……私との約束、破っちゃうんですか……?」

「………………」

 嫌なことでも約束なら我を殺し、羞恥心を投げ打ってでも守る。

 そんな勇者様の律儀さと誠実さは、とても尊いものだと思います。

「こうなるって、たぶん俺、わかってた……」

 大事な何かを失う覚悟を、一方的に突き付けられ。

 何か色々と諦めた勇者様は今日も見事に目が死んでいます。

 これで何事か起れば綺麗な輝きを取り戻すのですから、本当に勇者様って心身ともに頑丈です。

「……あ、そうだ。リアンカ」

「はい、なんですか?」

「リアンカに聞いてみようと思っていたんだが……

 

 次の試合で俺と当たる、『おうまい』がどんなチームかわかるか?」


「………………」

 我慢……!

 我慢です、私!

 特に私の腹筋と表情筋!

 今ここで爆笑したら、色々台無しになっちゃいますから!

 微笑で表情を硬直させた私に、ほら勇者様が不審な目を向けているから。

「え、えーと、勇者様が決勝で当たる……『おうまい』でしたか?」

「ああ、何か知らないか? 誰に聞いても、何故か何も答えてくれないんだ。多少なりとも事前に知ることが出来れば、明日の試合も少しは有利に運べる気がするんだが……(ことごと)く、このチームとは試合時間が重なっていたらしい。今まで一度も、戦う様子を見たことがないんだ」

「へえー……そうなんですかぁ」

「そればかりか、気のせいなら良いんだが……」

「どうしたんですか?」

「『おうまい』のことを尋ねる度、皆に憐憫の目で見られている気がするんだ」

 それ多分、気のせいじゃないと思います。

 何となくその反応に、心当たりはあったけど。

 私は内心を隠す微笑みを顔面にぺっとり貼り付け、不自然にならないよう勇者様に本当(・・)のことを教えてあげました。

「『おうまい』、ですかー……名前は聞いたことあるんですけどねー? でも私、『おうまい』の試合を観戦したことなくって」

 何しろ、試合する側だったので。

 観客席にはいませんでしたし、全体を俯瞰もしていなかったので。

 これは『観戦はしてない』と言っても誤りじゃない筈です。

「詳しいことは、私の口から語れそうにありません」

「そうか……リアンカでも知らないとなると、余程の相手かもしれないな。情報を統制し、皆に口にしないよう働きかける力を持った何者か……俺に、勝てるだろうか」

「そこは、勇者様の頑張り次第なんじゃないですか? 勇者様が本気を出せば勝てないことはないと思いますよ! 戦う前から弱気になっちゃ駄目です」

「…………それもそう、だな。済まないリアンカ、情けないことを言った。弱音みたいな言を吐くべきじゃないな」

 そう言って、勇者様は薄く笑みを浮かべます。

 先程までの(衣装に)悄然としていた様子はどこへやら。

 強敵の予感を前に、戦士としての魂が疼いたのでしょうか。

 活力を取り戻したようで、勇者様は力強く頷いておられました。


 一見、力強い勇者様の元気な様子。

 それが何故か空気にとけちゃいそうな儚いものに感じられたのは……なんででしょうねー?




 そして、翌日のこと。

 決勝まで勝ち上がった時点で相手は強敵と考えた勇者様。

 その判断は、誤りか否か。

 そこは私には何も言えませんけど。

 勇者様は万全準備を整えて、戦いの場に赴かれました。


 胸と腹と腰の辺りしか隠してくれない、シースルー衣装で。


 勇者様の羞恥心が犠牲になりました。

 だけどこれから、勇者様の本体にも何らかの被害が及ぶ可能性大です。

 だって、決勝ってことで。

 私の仲間達(・・・・・)も、かなりやる気になっていましたから。


 審判の声が、高らかと響き渡ります。

 この決勝戦を飾る、勝ち残ったチームを指して。

『――それではこの栄えある決勝に勝ち残った、我らが英雄(ヒーロー)のお目見えだぁ!』

 声に、導かれ。

 私達は石段を上がる。

 試合の舞台へと、姿を曝して。

『Aブロックの代表は、敵対する者を一人の例外なく震え上がらせ、試合の数だけ惨劇(トラウ…ドラマ)を積み上げてきた恐るべき彼ら……揃いのガスマスクも色鮮やかな、チーム【おうまい】!!』

 悲鳴じみた甲高さで、観衆の沸く声が聞こえます。

 私達の登場は、大きな拍手で迎え入れられました。

『続きましてはBブロックから選出された犠牲sy……じゃなかったっ代表選手! 気でも狂っt……驚きの着ぐるみ、その中から現れたるは確かな実績と覚悟を決めた被害sy……孤高(ぼっち)の挑戦者『千匹皮』選手ー!!』

 おやー?

 何故か審判が噛みまくりだったんですけど、どうしたんでしょうね?


 先に紹介された私達が待ち受ける試合場。

 そこに、勇者様は。

 何故か快速ダッシュでやって来ました。

 風の如く駆け抜けてきましたよ?


 そして、私達の顔……というか居並ぶガスマスク(色違い)の集団を見るなり、勇者様は己の格好に対する羞恥も忘れ果てた様子で。

 盛大な動きで両膝をついて地面に崩れ落ち、項垂れ、それでも声と意気だけは落ちることなく。

 常よりも大きな声ではっきりと、勇者様は叫びました!



「なにやってんだ君達は―――――――っ!!」



 こうして、いざ尋常に私達は向かい合い。

 魔族の伝統行事『武闘大会』……その団体戦決勝が、始まろうとしていました。





 勇者様の格好

  → 前から見るとワイルド裸エプロンもしくは金太郎。


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