80.【武闘大会本選:団体戦の部】そして決勝へ……(4)
勇者様が、アスパラを天に召させてしまいました。
アスパラの、スープカレーを。
さあ勇者様、残るアスパラは四本ですよ!
全部を滅さない限り、本丸……アディオンさんの元へは通さぬ構えで立ち塞がっております。
とはいっても、炎を身に纏うなんて特殊能力に目覚めた勇者様を前に可燃物共はちょっとたじたじでしたが。
それでも奮起し、逃げずに踏ん張るアスパラ。
一体、あの野菜共に何がそこまでさせるのか。
アスパラに対するアディオンさんのカリスマは末恐ろしいですね!
当のアディオンさんは……
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢の如し。
たけき者も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ――」
……相変わらず琵琶を弾き奏でておいでですね!
耳馴染みのない不思議な呪文を唱えているけど、あれは何でしょうか。
周囲の状況を見ているのか、見ていないのか。
主であるはずの、勇者様。
そして勇者様に蹴散らされようとしている、アスパラ。
睨みあう両者から離れたところで、まるで他人事みたいに。
自分の中の世界に没入しているが如き集中力で、一心不乱に琵琶を奏でるアディオンさん。
気のせいじゃなければ、一種のトランス状態に陥っているような……。
アディオンさんはアディオンさんで、微妙に気になりますけど。
当面は変化が起きそうにないので、今は一先ず置いておきましょう。
やはり気になるのは、何はともあれ勇者様とアスパラです。
こんなに興味深い試合は、今大会始まって初めてかもしれない。
スープカレーの後追い一号もとい、心構えを完了させたのはアスパラ守護神でした。
加えてアスパラ・ラ・マンが並び立ちます。
覚悟を決めた野菜の顔で、互いに頷きを交わす両者。
アスパラ・ラ・マンは先程武器(牛蒡)を失った筈。
あの過熱するばかりの勇者様を前に、徒手空拳で挑むつもりなのでしょうか。
アスパラ守護神の、ピーマンの盾も中々無謀ですけど。
「だば!」
「ふんだばー」
おや、アスパラ力士が……背中から、何かをもぎ取りました。
まわしの装飾かと思われたそれは……
なんと、 エ ノ キ 茸 です!
加熱したら超しんなりしそう!
えっと、まさかエノキを武器に戦うつもりなんですか?
「ふんだばーだば!」
張り切った様子で、両手にエノキ(全長百五十cm)を掲げるアスパラ・ラ・マン。
やる気だ。
思いっきり、エノキで戦うつもりですよ。あのアスパラ!
更にはそんなアスパラ・ラ・マンのやる気に触発されたのか、アスパラ守護神の様子が……
アスパラ守護神は、両手(?)にピーマンシールドを構えていたのですが。
右に構えていた方のピーマンを、無造作に放り捨てました。
その空いた手に、新たに構えたものは。
分厚さ三十cm、長さ二百cm程の。
鮮やかピンクな ブ ロ ッ ク ベ ー コ ン 。
あ、あんなものをのこのこと構えて!
めらめらめっさ燃えてる、勇者様に突撃しようって言うんですか!?
え、これもうむしろ、eat me状態じゃ……。
自ら料理(言葉通りの意味で)されようとしてません!?
ベーコンのアスパラ巻きにしてもらおうとしてますよね!?
あのアスパラども、戦う気が本当にあるんでしょうか。
様子は悲壮な決意を固めている感じなのに、武器が相手に自分を食えと強要しているようなチョイスなんですけど。
こんな時こそ、彼の出番だと思う訳で。
勇者様の様子を窺い見てみると。
あ、頭抱えてますね。
しっかりと立ったまま、片手に自分の顔を沈めておいでです。
ですが俯いていた顔を、しっかりと上げて。
我らが人類の希望☆勇者様はしっかりと強い眼差しで言って下さいました。
「お前ら一体どういうつもりだ。俺に調理させる気か!?」
びしぃっとアスパラに指を突き付ける勇者様。
そうですよね、どう見ても調理させようってつもりにしか見えませんよね。
勇者様の顔が、苦々しげに歪みました。
「言っておくが……俺の自炊能力は酷いものだが、それでも俺に調理させようっていうのか。廃棄食材に成り果てる覚悟はあるんだろうな!?」
堂々と、ご自身の料理の壊滅ぶりを宣言した勇者様。
そうですよね、勇者様って自炊力低いですもんね。
自活は難しそうな程度には、家事が出来ません。
器用そうに見えるんですが……実際、山籠りなんかで困っている様子はないので、サバイバル能力に不足はないんだと思います。
頼んだら、ちゃんと狩人顔負けの狩猟能力で獲物を取って来てくれますし。
ただ、その加工技術がないだけで。
まあ、勇者様は生まれながらの王子様ですから。
家事なんてやったことはないでしょうし、家庭内労働に関する能力が低くてもおかしくはないんですけれど。
きっと今まで、必要とされる能力ではなかったでしょうから。
そんな勇者様が、料理なんて当然ながら出来る筈もなく。
そして自分の能力と才能に自覚のある勇者様は、アスパラに向かって堂々と言い放ちました。
「美味しく料理されたいのなら、食われたいのなら、しっかりした料理人のとこに行け!!」
ごもっとも。
思わず、私は勇者様へと温かな拍手を贈りました。
いいえ、私だけではありません。
勇者様のお言葉に共感したのでしょうか。
観客席中の、観衆が。
勇者様に盛大な拍手を贈り、大きな音の波が……!
そして湧き上がる、『勇者』コール。
「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「にゃんこ! 勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「不憫!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」 「不憫!」 「勇者!」 「勇者!」 「勇者!」
なんて大きく、温かな歓声……!
勇者様のお言葉が、こんなに大勢に認められたんですね!
さあ、その勇者様の反応は?
「誰だ!? いま、俺のことを『にゃんこ!』って呼んだ奴……! それからさり気無く『不憫!』って叫んだ奴、2人いるだろ後で問い詰めるからなこらぁ――――!!」
わあ☆ 勇者様ったら安定の地獄耳☆
どうやら大歓声にはご不満だった様子。
生温い目で見守る私達に、勇者様は顔を引き攣らせて呻いていました。
尋常に向かい合う、勇者様とアスパラ。
アスパラ守護神(ベーコン装備)とアスパラ・ラ・マン(エノキ装備)はじりり、と躊躇いの残る足運びでしたが……とうとう、彼らも思い切りました。
「「ふんだばぁぁああああああっ」」
第一陣とばかりに迫る、ブロックベーコン!
しかし勇者様は向かってくるベーコンを、べちっと弾いて叩き落しました。
ですがその隙に、勇者様の背後に回り込むアスパラが一匹。
アスパラ守護神の大きな体が目隠し代りに死角となったのか。
アスパラ・ラ・マンが二本のエノキを振るう!
ぺちっ!
ぺちぺちぺちぺち!
ああ、何ということでしょう!
武器のリーチという絶対的な差を活かして、距離を取ったままアスパラ達が勇者様に危害を……!
背後に回った余裕なのか、アスパラの奴もエノキを叩きたい放題……というか勇者様、固まってません?
勇者様の剥き出しの頬が、エノキでびたびたやられています。
「……って、エノキで殴られてダメージ喰らうかぁああ!!」
怒りにか、羞恥にか、何なのか。
激情のままにわなわなと震える勇者様。
確かに宣言の通り、ダメージは通っていないようですが……
考えてみれば、あの人間とは思えない異常な防御力と回復力と耐久力を誇る勇者様です。
今更、少々エノキなんぞに殴られた程度で、打撃になる筈もなく。
黄金の炎が、今までで一番強く噴き上がりました!
まるで火柱のよう。
見た目も派手な、遠くからも一目瞭然の輝く炎。
私は勇者様の激情を現したかのような炎に向けて、叫びました。
「ふぁいやー!」
「た~まやー、ですのー!」
「ん? じゃ、か~ぎやー」
私に続いて、せっちゃんやまぁちゃんも叫びます。
そうしたら、勇者様に叫び返されてしまいました。
「俺は花火扱いか!」
似て非なる何かだと思われます。
突撃虚しく、可燃性の武器も悲しげに。
勇者様の攻撃には容赦がありませんでした。
「ふん、ふんだば~……」
へたり込んだアスパラ・ラ・マンに着ぐるみキックをげしっと決めて、踏みつける。
炎上するアスパラ・ラ・マン。
それを止めようと向ってくるアスパラ守護神の盾を弾き、ガラ空きになった胴体に放たれる着ぐるみパンチ。
燃え上がるアスパラ守護神。
悲しげな声を残して、燃え尽きていくアスパラ。
わあ、どうしてでしょう。
絶対正義の化身の如き、普段から清く正しい勇者様なのに。
今だけは悪役に見えます。
少なくとも食べ物を粗末に扱う点だけ見れば悪かもしれない。
「俺は、このアスパラを食料だとは認めない……!」
「さっき調理云々言ってたくせにー」
「調理されたがるか否かはアスパラ側の問題だ。だが、俺の意識は彼らのことを野菜ではなくモンスターだと認識している」
勇者様は、本気で容赦がありませんでした。
消し炭にされたアスパラを背に、一歩一歩と進み出る勇者様。
残された二本のアスパラ……アスパラ力士とアスパラ救世主が、互いの顔を見合わせました。
次の瞬間、二本のアスパラの足が、同時に動き出します!
「「ふ、ふ、ふんだばーっ!」」
「……って、この期に及んで万歳アタックか!!」
綺麗な万歳姿勢で突貫した、二本のアスパラ。
だけど何の工夫もない突撃じゃ……
前の三本の、二の舞にしかなれません。
「勝気がないなら向かってくるなー!!」
勇者様のお顔は、引き攣っていました。
でも引き攣ったまま、突撃してきたアスパラに炎を放つ。
どうやら黄金炎を身に纏うばかりではなく、遠隔操作も覚えた模様。
勇者様ったら、掌から火の玉を飛ばしましたよ!
この試合だけで、勇者様はどれだけ成長するつもりなのでしょう。
勇者様の成長を過激に促す何かが、アスパラにはあるのかもしれません。
並いる敵を、灰塵に帰して。
着ぐるみ勇者様はずし、ずしと重々しい足取りで進みます。
あの重々しさは、勇者様の背負った業の重さか覚悟の重さか……
それとも単に、気が重いだけか。
ですが立ち止まることも、諦めることもありません。
何故ならそれが勇者様だから。
過ちを身に宿し、誰かの制止を必要とする人がいる限り……勇者様は、前に進むのを止めない。
だってそれこそが、勇者様だから!
今もほら、見て下さい?
とっても据わった目ですね。
引き攣ってニヒルな笑みに見えないこともない口元をゆっくりと開き、噛締めるように、一音一音。
まるで誰かに言い聞かせるような口調で、勇者様が呟きました。
「――残るは君ひとりだ、アディオン」
そんな、勇者様のお声に応えるようにして。
試合が始まってからずっと、目を瞑って一心不乱に琵琶を奏でていた人が……アディオンさんが、すっと静かに目を開けた。
まさかアスパラがこんなに引っ張るとは、小林も思っていませんでした。
勇者様、軽くキレてないですか。あなた。




