79.【武闘大会本選:団体戦の部】そして決勝へ……(3)
前回までのあらすじ☆
順調に戦いを制していく勇者様の前に、敵として立ちはだかったのは……かつて最も信頼する腹心として長く同じ時間を過ごしてきた従者アディオンだった!
幼い頃から勇者様を支えてきたアディオン。
昔は厚く臣として勇者様に忠誠心を捧げていた彼も、遠く離れていた間にすっかり変わってしまっていた。
二人はもう、わかりあえないのだろうか?
アディオンの配下達が、いま大きな壁(物理)として勇者様を阻む!
勇者様は、果たして忠臣アディオンを取り戻すことができるのだろうか!?
「――アディオン、俺は絶対にお前を正気に戻してみせる!」
いま、勇者様の熱い炎が燃え上がる!
……以上、前回までのあらすじ(嘘は言っていない)でした☆
というところで、今回のお話にGO!
まるで火の鳥の如く燃え盛る、バーニング☆勇者様。
その前に居並ぶ、五体のアスパラガス。
うん、可燃性ですね。
この時点で、勇者様の勝利は決まったかに見えました。
火炎の勢いに頭部(着ぐるみ)が吹っ飛ばされ、勇者様の凛々しいお顔が見えていますが……アスパラを相手にしているとは思えない、真剣な眼差しです。
あまりにも強い視線は、炎を身に纏って尚、アスパラ達に対して微塵も油断するつもりはないという勇者様の本気を感じさせました。
さわ、さわ……と。
顕わになった勇者様のお顔を見て騒ぐ人達がいます。
観客席にいる、人間や魔族……この一年数か月ですっかり勇者様と顔馴染みになった、ハテノ村の村民や魔王城の魔族さん達です。
彼らは勇者様の他に二つとない美顔を見て、一目で誰かを察しました。
彼らの囁きさざめく声が、私の耳にも届きます。
「不憫様だ……」
「不憫様、あんな所に」
「おい、マジかよ……勇者さん何やってんだ」
「予選レースは突破したのに、あの酒乱の部以外で姿を見ないと思ったら……まさか着ぐるみとは」
「あんなイカレタ着ぐるみの中に不憫様が!?」
「不憫様!」
「不憫様ー!」
みんなも動揺しているのか、心の声が隠し切れていません。
というか心の声が駄々漏れだって気付いてないかもしれません。
彼らの唱和するように重なりあった声が、たぶん遠くまで……試合場の舞台まで聞こえたんでしょう。
それまで神々しく黄金の炎を巻き上げていた勇者様が。
厳しい眼差しをアスパラに注ぎ、構えていた勇者様が。
アスパラに向けていた集中が一時的に破壊された様子で、観客席の方に思わずとばかり顔を向けました。
「ちょっと待て、『不憫様』って誰だ俺のことかおいぃ――――!!」
わあ、大きな隙が生まれたね☆
そしてついでに、以前からまことしやかに密やかに、勇者様に聞こえないところで囁かれまくっていた異名が、とうとう勇者様本人に知られてしまったようです。
まあ、こんなところで口を滑らせたら、反応の頗るよろしい勇者様に知られないでいられる筈もありません。
こういうのも二つ名って言うんでしょうかね?
驚愕の表情を浮かべる勇者様は、思わぬ自分の異名に唖然としたまま。
棒立ちという程ではありませんが、軽く硬直しているように見えました。
その隙を、逃す手はなく。
「ふんっだ、ばぁぁああああああああっ」
この機を逃すまいとでも思ったのでしょうか。
アスパラが……アスパラ・ラ・マンが、勇者様に躍りかかりました。
その二本の腕……腕……えーと、腕? 的なナニかで握った武器に、アスパラの気迫も殺意も乗せて。
アスパラ・ラ・マンの武器は、二本の 牛 蒡 でした。
それぞれ一本ずつ装備して、二刀流です。刀じゃなくて牛蒡だけど。
左から右へと流れる、横薙ぎ二閃の軌跡。
牛蒡は、勇者様の頭部と胸部のあった高さを狙って宙を走る。
一気に腰を落とし、姿勢を低く変えて回避する勇者様。
頭につけた猫耳が、ふるんっと動きに合わせて可愛く揺れました。
物理現象的な炎ではないのでしょうか。
やはり陽光の神の加護によるものなのか、勇者様の身体から発せられる炎は、ご自身の装備品を害することはありません。
炎の中にあって、十全の姿を保っています。
そう、 猫 耳 さ え も 。
余所事に気を取られていたとはいえ、そこは勇者様も人間の国々では名の知れた戦士です。
咄嗟の回避ながら避けた牛蒡。
アスパラが両腕(?)を振り切ったところで無造作に手を伸ばし、掴み止めました。
アスパラ・ラ・マンの動きが、一瞬止まります。
その一瞬の間さえあれば、勇者様には充分でした。
視覚に移る光さえも燃え尽くす勢いで。
勇者様の両腕に宿った炎が明度を増す。
新たに噴き上がった黄金の火の粉が、勇者様の腕を伝って二本の牛蒡に襲いかかりました。
咄嗟に牛蒡を掴んでいた手(?)を離し、距離を取るアスパラ。
その判断が僅かでも遅れていれば、アスパラ・ラ・マンは牛蒡と運命を共にしたことでしょう。
牛蒡は眩い炎に襲いかかられ……瞬く間に、消し炭に変わりました。
食べモノは大事にしましょう、勇者様。
いえ、もしかしたら勇者様的にはただ掴んだだけの、不可効力だったのかもしれませんけれど。
武器を失ったアスパラ・ラ・マン。
他のアスパラ達もまた、火勢高まるばかりの勇者様に一定距離以上近寄れずにいます。
うん、野菜ですからね!
近づき過ぎたら燃えちゃいますよね!
どうしたものかと攻めあぐねたか、まごまごと奇怪な動きを繰り返すアスパラ(×五)。
だけどとうとう、意を決したように最初の特攻野郎が一歩を踏み出しました!
それは、緑の。
とってもとっても果てしなく混沌とした緑の。
アスパラグリーンカレー。
「……って誰に調理されたんだ、おいぃ!?」
既に出会い頭からして調理済みだった、アスパラグリーンカレー。
他のアスパラと並んでいる時は、お隣に並び立つアスパラ達に紛れて程良く印象も弱められていましたが。
改めて前に出られると、その異質さが鼻につきます。
ええ、とってもスパイシー☆なかほりが……
というかアスパラって、調理されても「アスパラ」認識で良いんでしょうか。
「野菜」というより「野菜料理」になっているような。
具材の一つになり下がったモノを、他のアスパラと同列に数えて良いのか悩みます。
勇者様もその点が気になったのでしょうか。
いっそ怒りさえ感じさせる面持ちで、アスパラグリーンカレーをびしびしと指差して叫んでおられます。
「これはないだろ、これは! もうこうなると主体はアスパラじゃなくってカレーじゃないか!」
そのご意見には全面的に同意です、勇者様。
だけど指摘されているアスパラの方は、特に気にした様子もなく。
再度、重々しい足取りで勇者様に接近……しようとして、あまりの熱気に怖気づいたのかもだもだしています。
それでも一度決めたモノを、覆すまいと奮起したのでしょう。
次に顔(……顔?)を上げた時、アスパラは両足(?)を広げて仁王立ちになりました。
二本の腕(?)を高く掲げ、アスパラグリーンカレーは叫んだ!
「ふ~ん、だ~……ばぁぁぁあああああああああああ!!」
瞬間、カッと視界に焼けつく白い光を発して。
アスパラが変貌を始めた。
『――お、おおぉっとこれはー!? なんとここにきて、この局面で!
アスパラグリーンカレー選手、まさかのジョブ進化だぁぁあああああ!』
審判、思いがけない事態に大はしゃぎですね。
どうやらアスパラを包んだあの光は、上位の存在へと変貌を遂げるジョブ進化の光だったようです。
人間には適応されないシステムだけど、エルフさん達はどうやってあんな設定を生み出したんでしょうね?
不可解さが、観衆のどよめきをより大きなモノに育てました。
勇者様も警戒の眼差しで、アスパラの出方を窺っています。
ここで先手必勝とばかり、相手が動けずにいる時を狙って攻撃しようなんて間違っても思わないところが、勇者様の勇者様たる所以だと思います。
わざわざ変身シーンを完了するまで待っていてあげるのは、きっと勇者様の優しさですね。
その甘さが、時に彼を苦しめますが。
今回は果たして、どんな結果が導き出されるのでしょうか。
やがて進化が始まった時と同じように唐突に、光が止みました。
どうやら変身が完了したようです。
光が消えた時、現れた姿は――……
『お、おおっと! これはまさか、衝撃の変☆身だぁぁああああああ!』
審判の、はしゃいだ叫びが轟きました。
彼は高らかに、現場に起きた変事を告げる。
いま、いったい、何が起きたのかを。
『なんと、なんと! アスパラグリーンカレー選手がアスパラスープカレー選手に大・進・化を遂げてしまったぞぅ!!』
なんとアスパラさんがカレーからスープカレーに進化したそうです。
それって進化なんですかね。
私もついつい、首を傾げてしまいます。
勿論、こんな事態に勇者様が黙っている筈もなく。
我らが勇者様は肩をぷるぷると震わせながら、叫びました。
「カレー鍋に帰れ!! 液状化してまで寄って来るな!」
叫ぶと同時に。
勇者様の回し蹴りがスープカレーを襲撃しようとしたのですが。
むしろ襲ってくる勇者様を待ちかねたとばかりに。
スープカレーが、その体(液状)を大きく広げ……
まるで津波のように、どっぱあんと勇者様に覆い被さっていきました。
「な……っまさか! 液状化した体で、鎮火させるつもりか!?」
それ本当にそんなまさかですよ。
え、自己犠牲?
こんなカレー臭の漂う消火法、初めて見ました。
でも水そのものじゃないし……カレーって燃えませんか?
でもアスパラから溶け出したエキスが、良い仕事をしてしまったのか。
勇者様を覆っていた黄金火炎の、火勢が見て明らかに衰えました。
「ゆ、勇者様ー!? 勇者様のお力は、アスパラに負けてしまうんですか!?」
「そ、そんな訳あるかぁぁああああっ!!」
アスパラに負ける、となると勇者様的に耐え難い何かがあったのか。
一度は衰えたかに思われた炎が勢いを取り戻し……
「う、うおぉぉぉおおおおおおおおおっ……!」
「ふ、ふ、ふ……ふんだばぁぁああああああああ!」
我慢比べのような両者の張り合いは、暫く続き。
どちらが今、押しているのか。
それを知らせる指標の様に、炎の勢いは強まったり弱まったりを繰り返し。
やがて……
勇者様を覆っていたスープカレーが、蒸発しました。
「「「………………」」」
…………
………………
……わーお。
『……お、おーっと、『千匹皮』選手、アスパラグリーンカレーを消滅させてしまったぁ! このアスパラ殺し!』
「待て、そんなつも……りがなかったとは言わないが、『アスパラ殺し』ってなんだ、罵り文句なのか!? アスパラを傷つけることは悪なのか? だったらご家庭の主婦の皆さんはどうなるんだ!」
『少なくとも食材を粗悪に扱ったことは悪だと思われます』
「正論だけど納得いかない! アスパラはもう食材認識から外れた何かだろう!?」
勇者様も結果に動揺が隠せません。
必ず殺める技と書いて、必殺技。
どうやら勇者様の新☆必殺技で命を落とした記念すべき最初の餌食は、アスパラスープカレーのようです。
残るアスパラは4本。




