78.【武闘大会本選:団体戦の部】そして決勝へ……(2)
勇者様がかつてなく燃えています。
着ぐるみ男の眼前に立ちはだかったモノ。
それは……大柄な五体の『アスパラガス』と。
そして幼い頃から見慣れていた筈の、一人の青年。
しかし着ぐるみ男の『知らない彼』になって久しい、あの人だった。
五体のアスパラに担がれるようにして、細身の青年が試合の舞台に舞い降りる。
悟りを開いた、その眼差し。
静謐な表情の中に、得体の知れない奥深さがある。
『アディオン! アディオン、お前……なんでこんなところに…………こんな、ところに、アスパラなんて連れて出場しちゃってるんだー!?』
相対する、主従。
着ぐるみの中の人は抑えきれないとばかりに激情を口から吐き出すも、音の吸収性抜群☆な着ぐるみに阻まれて声など届かない。
彼の叫びも、感情も、届けたい相手に届かせられないのだ。
必死な動作も、着ぐるみという異様な姿ではコミカルな仕草にしか見えない悲哀。
状態異常:悟りに侵された青年は、目の前にいるのが己の主人だと気づく様子もなく。
ただ、すっと……静けさを内包した動作で両の掌を合わせる。
全てを見通すかのような眼差しが、しかし着ぐるみの中は見通せないままに『千匹皮』へと注がれた。
「今日は、よろしくお願い致します。どうぞ尋常に、良き試合となることを――……」
青年の口調すらも、声音の調子すらも。
着ぐるみの中の人が良く知る、聞き覚えている、馴染んだものとは遠くかけ離れて聞こえた。
まるで中身だけをそっくりと入れ替えた、別人かの如く。
――アディオン、君は……!
君は、一体どれだけ遠くに行ってしまったっていうんだ。
屈強なアスパラを複数従えた、その姿が遠い。心情的に。
夜空に瞬く何万光年先の星よりも、遠い。心情的に。
戦慄する、着ぐるみの中の人。即ち勇者様。
作者は一体どれほどの苦難を彼に与えれば気が済むのだろうか。
狼狽え、よろける着ぐるみの奥で。
今この時になって。
戦わねばならない局面を突き付けられ、向き合う主従(だったはず)。
真っ向から相対する場面に引きずり込まれて、初めて、着ぐるみ男はアディオンさんの姿を直視する。
逃避した現実の向こうで避けに避けまくっていた……アスパラマスターと向き合う覚悟。
それを持つことを、勇者様は運命に迫られていた。
そう、今こそ。
すれ違い、道を違えてしまった主従が向き合うべき時。
その蟠りに決着を付けねばならない。
彼らは、彼らの道を見出さねばならないのだ。
勇者様がアスパラと、殴り合うことで。
遠いあの日から、変わり果ててしまった両者。
運命の主従対決が……始まる。
試合が始まるに際して、着ぐるみ男は一つのことを心に決めた。
今まであまりにも直視するのが辛くて、ずっと目を逸らしてきた従者を前に……硬過ぎる位に、覚悟を決めた。
「アディオン……もう、手遅れかもしれない。だが」
悲壮な色に満ちた声は、着ぐるみの綿に吸収されて消える。
着ぐるみの中の人以外には、誰にも聞こえない。
だが己自身へと決意を表明する為に。
彼は、きりっとした声で宣した。
「一発殴って、君を正気に戻す……!」
斜め四十五度。
手首の角度は正確に。
一発と言わず、十六発ぐらい殴ることをお勧めします。
果たしてアディオンさんの頭の中のチャンネルは、正確な周波数を取り戻せるのか……!?
「――というのが、此処までの流れだそうです」
「リアンカ、お前それ誰に言ってんだ」
「うーんと、なんだか説明しなきゃいけない気がして」
皆さん、こんにちは。
先程までガスマスク装着して奮闘していた私ですが、今はBブロックで奮闘中の勇者様の雄姿を悠然と観戦中です。
早い物で勇者様が邪小人さんの呪いにかかってから、早一ヶ月。
魔族さんの武闘大会は各部門につき一か月の時間をかけて試合を消化、全ての試合日程が終了するのに一年がかかる大掛かりな大会ですが。
最初に始まった団体戦本選も、明日の決勝で終わりを迎えようとしています。
既にAブロックからは、私とせっちゃんのチームが勝ち上がりました。
その試合相手が、この戦いで決まるんですねー。
私達の試合は割と速攻で決着がつきました。
試合も前倒しで始まりましたしね。
でも勇者様達の方は逆に試合時間が押しまくり、試合開始も予定時間がずれ込んでしまったようです。
Aブロックで決着がついた段階では、まだ勇者様達の勝敗も決まっていないって言うから。
これは見物せねば、と。
喜んで駆け付けた次第です。
そして、試合を見て思いました。
うん、急いで見に来て良かった。
この対戦カード、組み合わせを見た時から絶対に見逃せないって思ってたんです。
駆けつけた甲斐はあったと、深く頷いてジュースを飲み干しました。
眼下の試合は、予想以上に面白いことになっています。
勇者様着ぐるみ単品VS.アスパラ軍団っていう。
なんということでしょう!
勇者様のトラウマ直撃です腹筋痛い。
勇者様は私を笑い死にさせるおつもりでしょうか。
何とか敵の首領であるアディオンさん。
何故か座禅を組んで琵琶を奏でるアディオンさん。
その演奏に一体、どんな意味があるというのか。
謎めく存在に進化を遂げた従者(悟)に肉薄しようと、まるっとボディの着ぐるみが駆ける!
弾むボディが全身から躍動する! 足がもつれて転びかける!
そこにアディオンさんの平和だけは死守してみせると、まるで十重二十重と重なる様に壁となって立ちはだかるグリーンアスパラ(×5)!
アディオンさんを前に焦っちゃったのか、うっかり姿勢を崩しかけた着ぐるみにアスパラ達が殺到する……その様子は、さながら群れからはぐれたトムソンガゼルの子に襲い掛かる雌獅子の群れの如く!
審判の実況によると、敵の面子は多種多様です。
前衛として防御に腐心する、アスパラ守護神。
異様な存在感を放つピーマンの盾が印象的です。
アスパラ守護神に並び立つのは、重量感を感じさせる横幅のアスパラ力士。
押せ押せの一手で押し寄せる威容は圧力たっぷりですね☆
その他にもアスパラ救世主にアスパラグリーンカレー、アスパラ・ラ・マン……と、字面だけパッと見たって何が何やら意味不明な面子が取りそろえられているようです。
アスパラってなんでしたっけー。割とマジで。
なんだかアスパラガスという野菜の定義が、ぐらっぐらに揺れまくっているのを感じます。
魔境アルフヘイムのエルフさん達も、なんてモノを生み出してしまったのでしょう。
そしてそれを平然と率いているアディオンさんは何なんでしょう。
噂によると、彼がただの一介のアスパラ(?)をここまで進化させたとのことですが……
アディオンさん、一体何をしたの。
去年の夏、初めてお会いした頃は平凡な方の様に見えたんですが……どうやら、彼には秘められた才能があった、ということでしょうか。
ここまで非凡な方に変貌するとは、付き合いの長い勇者様ですら予想していなかったようですからね。
ある意味で、才能豊か。
意外性という意味で、人間って底知れないイキモノなんですねー……。
あ、アスパラ(×5)が肩を並べて、一斉にショルダータックルに走りました。
なんて息の合った鉄壁の攻勢!
まるで壁の如く立ちはだかり、迫りくる怒濤の突進劇!
アスパラそれぞれの全長は、三~四mといったところでしょうか。
あんなモノに迫って来られたら、勇者様の平常心が死んじゃうかもしれません。
しかし、平常心は死ぬかと思われたのですが。
勇者様が次に取った行動は、思いもよらぬモノでした。
あの不屈の闘志に恵まれた、勇者様が。
まさかこんな冗談みたいな敵を相手に、ツッコミの一つも満足に入れられないまま、諦めてしまうとも思えないのですが……
勇者様はそれまで構えていた両の拳を、自然な動作ですっと身体の両脇に降ろしてしまわれました。
自然体。
そんな言葉を彷彿とする、泰然自若とした……どことなく存在感が空虚に薄れる。
底知れない何かを感じさせる、勇者様(ver.着ぐるみ)の立ち姿。
あんな勇者様は、初めて見ます……!
突っ込みどころが満載な敵を前に、あんなに勇者様の気配が凪ぐなんて!?
このままじゃアスパラに撥ねられる!
危ない!……と、観衆すらも息を詰めて目を瞑った。
だけど、勇者様がこのままで終わるような気はしなかったから。
私は逆に目を強く開き、食い入るように全てを見守ろうとした。
今度は、私の予想通り。
やっぱり勇者様は、緑黄色野菜に屈してしまう気なんて、微塵もなくて。
襲いかかるアスパラの先端が、勇者様に触れようかという一瞬。
凪いでいた勇者様の気配が、ぐわっと膨れ上がった。
「――アスパラなんぞに……良い様にされて、堪るかぁぁああああああああっ!!」
瞬間。
勇者様は、火の鳥になりました。
なんということでしょう!
まさか、まさかこの局面で……新技に目覚めちゃったんですか!
他のどんな強敵でもなく、アスパラ相手に新たな能力が発現しちゃったんですか!?
眼下には未だかつて見たことのない、黄金に輝く勇者様。
身(着ぐるみ)に纏った炎が、空気を炙って陽炎を生み出す……。
どう見ても明らかに、陽光の神のご加護に由来する大技っぽいですね。
まぁちゃんも初見らしいので、完全完璧に今目覚めたばかりの能力のようです。
野菜を相手に、なんてものに目覚めるんですか勇者様!
でもそんな貴方がどうしようもなく勇者様っぽい!
これ……笑ってもいいですか?
もう既に笑っちゃってるんですけどね!
全身から噴き出す、黄金色の炎。
まるで感情の激発に、引きずられるようにして起きた異変。
燃え踊る、不可避の火炎。
炎の流れに弾き飛ばされるようにして。
勇者様の頭(着ぐるみ)が吹っ飛びました。
頭部を失ったことで、必然的に露わとなる勇者様の頭部(真打ち)。
己にも、譲れないモノがあるのだと。
その意を示すように、彼の両の眼には強い意志が灯って輝いていた。
それはもう、キラキラと。
光の加護が、良い仕事をしていました。
その全てを。
露わになった勇者様の頭部で激しく存在を主張する。
見事な 猫 耳 のせいで、全てが台無しになっていましたが。
あ、そういえば。
アレ、私が着用を強制したんでした。
いざという時には行動の阻害をする着ぐるみを脱いで、戦えるように。
でも着ぐるみを脱いだとしても、仮装のコンセプトから逸脱することのない様に。
今の勇者様の仮装テーマは、『千匹皮』。
即ち、合成獣な訳ですが。
あの着ぐるみに覆い隠された本当の姿もまた……
ぶっちゃけ、酷いことになっていますよ。やったね☆
我ながら、良い仕事をしたと思いました。
思った以上に後を引いてしまいました。
あっれ、一話で決着つけようと思ったのに。
小林が無意識に惜しいと思ってしまったのかもしれません。
アスパラ達をここで退場させるには、まだ早すぎる……と。
結果、勇者様が新技☆に目覚めました。




