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ここは人類最前線7 ~魔性争乱~  作者: 小林晴幸
武闘大会本選・団体戦の部
79/122

77.【武闘大会本選:団体戦の部】そして決勝へ……(1)



 ――武闘大会本選・団体戦の部。

 今この時、二つの場所で二つの試合が勝敗を決しようとしていた。



【団体戦準決勝:Aブロック】


 駆け抜ける少女の『ガスマスク』から伸びた黒髪が、鞭のようにしなり、翻る!

 躍動する様は、まるで黒猫の尾の如く。

「むぅちゃん、GO!ですのっ」

 駆け目指した地点で合流した少年の手を、彼女は足を止めることもなく掴み、引き寄せ……

 真上に向けて、全力で振り抜いた!

 強引な力が加圧となり、少年の小柄な体に負荷をかける。

 しかし見た目よりもずっと頑丈な半魔の肉体は、人間であれば引き裂けそうな圧力にも容易く耐え抜く。

 少女の信じられない力で空へと投げ上げられた少年の眼には、『ガスマスク』越しに眼下の光景が良く見えた。

 図らずも、戦闘の全体図を俯瞰する形になる。


 ぶつかりあう『対戦相手(てき)』の人数は、五人。

 内の四人は、少年もよく知る相手だ。

 リゲル。

 シリウス。

 ベテルギウス。

 プロキオン。

 そして少年が良く知らぬ相手、カノープス。

 普段から軍の作戦行動でもよく組んでいる五人なのだという。

 きっと訓練でもよく連携を磨いているのだろう。

 彼らは互いの位置関係を相互に理解し、それぞれの動きを阻害することもなく目まぐるしく立ち位置を変える。

 常に移動しながら、互いを補助し合う姿はまるで群体のようだ。

 本職軍人の意地が、よくよく見て取れた。


 だが、そんな彼らも攻撃をしあぐねいている。

 単純に相性の悪さというものもあったのだろう。

 彼ら五人は魔族。

 種族的な特性として、生まれながらに魔に親しんでいる。

 当然ながら魔法という遠距離の攻撃手段も有していたが、彼らの持ち味は近接戦闘にこそあった。

 魔法で戦うよりも、武器を手に取り突撃する方が性に合っている。

 しかし対戦相手が自分達を少しも寄せ付けないとなると、彼らには魔法で戦うしか道がなくなる。

 運が悪いのは彼らが相手を無傷で殲滅出来るほど、魔法の加減に長けていなかったことだ。


 だというのに、彼らの対戦相手は。

 『ガスマスク』で面相を隠した、少年の仲間達は。

 無傷で抑え込む以外の如何な勝利も許されぬ相手。

 傷一つ付けてはいけないと、誰よりも魔族の彼らが骨身に刻み込んだ。

 微かにでも害することは、速攻でベテルギウス達の敗北条件に直結する。

 何故なら試合に勝った直後に、『魔王』によって凹られる未来がまざまざと目に浮かぶからだ。

 傷つけずに勝てという、無茶過ぎる指令が彼らを苦しめた。


 遊撃に走り、接近と後退を巧みに使い分けて相手を牽制し、攪乱する桃色ガスマスク。

 加圧式ポンプを無言でしゃこしゃこと動かし続ける黄色ガスマスク。

 そして加圧式ポンプから伸びたホースを掴み、先端から白っぽい煙を盛大に噴射させまくっているノーマルガスマスク。

 魔族達は先程から、噴射されている煙を警戒して一定距離以上近寄れずにいた。

 そこに襲いかかる、紫ガスマスク!

「いっきまっす、のー!」

 鈴のように可憐な声を響かせ、少女は両腕に握った杖を振るった。

 軽々と扱う姿からは予想も出来ない、重量を感じさせる空気の摩擦音。

 衝撃は空気を伝播し、どれほどの威力があるのかを周囲に伝える。

 ハルバートを両手に構えた魔族も、受けるだけで精根尽きてしまいそうな勢いだ。

 男の全身が力みに合わせ、膨らんで見える。

 全力で迎え打とうとするも、少女の放った威力が大きすぎて男は身動ぎすら許されぬ。

 喰いしばった奥歯が軋む。

 自身の歯を砕かんばかりに、男は全身の力を振り絞っていた。


 そこに。

 遥かな頭上から。


 予想外の来襲。

 少年の追撃が文字通り、落ちてきた。

「……いっせぇの、せっ!」

 ――落下にかかる重力と全体重その他諸々を……重量感のある、その一点に集約させて。


 黒土のたっぷりと詰まった素焼きの【植木鉢】が、小柄な少年の両手に掴まれたまま、ベテルギウスの脳天に命中した。


 瞬間、僅かな間。

 会場中の空気が固まった。

 植木鉢から伸びた緑の葉っぱが、そよと風に揺れる。

 五枚花弁の花は淡いピンク。

 ふわりと落下の衝撃になびき……そして。


 花を中心にカッと白い光が空間に走った。

 同時に、植木鉢に大きな罅が入って割れ、砕け散る。

 それを待っていたかのように。

 

 ずおぉっと。


 植木鉢の中に納まりきっていたとは思えない大きさの根が、大きく姿を広げて土の中から飛び出してきた。

 根は、己の真下にいたベテルギウスの体を絡め取る!

 瞬く間に全身を拘束された魔族が藻掻くもぎっちりみっちりと青年を縛り上げた根は、人の腕よりも太く強く、びくともしない。

 魔境産、異常植物の強さは尋常ではない。

 それもハテノ村の薬師が品種改良した特別製だ。

 急速に、現在進行形で異常な成長を遂げているとしか思えぬ根は肥大化していく。

「う、うおぉぉおっ!?」

 ベテルギウスの、魔力を吸収して。

 やあ滋養の良い栄養源みっけ★

 魔力を養分に育つ魔境植物は、珍しくない。

 というか、多い。

 その中でもこれは、吸収に容赦がなかった。

 一般的な魔族なら、一度吸いつかれたが最後三日くらい寝込む勢いで養分(まりょく)を奪いとっていく。

 戦闘力の大部分を魔力に頼っている戦闘民族・魔族にとって、これ以上に慈悲のない無力化の手段もあるまい。

 やがて太さを増し、勢いよく伸び続ける根は本体……草の真下を固めていた土をも崩し吹き飛ばす。

 その全容が、空気にさらされ露わとなった。


 根っこの本体は、人の様な形をしていた。


 空気に触れるや否や、根っこの顔っぽい部分がハッと動きを止める。

 植物には元来備わっていない筈の、『両の(まなこ)』がカッと見開かれた。

 眼の下、顔っぽい部分の下部。

 そこは横一直線に、勝手に引き裂ける。

 まるで牙のずらっと生えた、口の様な形状で。

『――きぇぇえええええええええええええええええええ……!!』

 開いた奥から、この世のものとも思えない壮絶な『音』が……叫びが轟き、試合場一杯に響き渡った。

 ぎょっとした観衆は咄嗟に耳を塞ぎ、耳を塞いでも無駄な至近距離……試合の舞台に立たされていた魔族の青年達が、一様に顔を引き攣らせて異口同音。

 思わずといった様子で根っこに負けず劣らず、声高らかに裏返った叫びを上げた。


「「「「「ま、マンドラゴラぁぁあああああああっ!!」」」」」


 それは、有名な……あまりにも、有名な。

 叫び声に死の呪いを有する、恐ろしい魔草の名であった。

 そして魔族の青年達は。

 魔草の名を呼ぶ叫びを最後に、次々と昏倒していった。

 試合の舞台に今なお立つのは、ただ五人。

 色違いのガスマスクでそれぞれに面を隠した、チーム『おうまい』の面子のみであった。

 

 強力な状態異常耐性と、職業から培った抗体特性。

 そして事前に配布された、高性能耳栓。

 準備の良さと体質が、彼らに大いに利する勝利であった。


 ちなみに今回使用されたマンドラゴラは、先にも言ったがハテノ村の薬師達によって品種改良された特別製である。

 その声に含まれる呪力にも調整がかけられており、声を耳にしても死ぬ者はいない……精々が全身麻痺に襲われ、意識を一瞬で刈り取られるくらいである。

 またその有効射程も従来のマンドラゴラよりは範囲を狭められており、主な被害者はベテルギウス達の他数名に限られる。

 会場の観衆からも何名かの気絶被害を出しつつ、彼らは決勝戦進出の権利を勝ち取った。

 



【団体戦準決勝:Bブロック】


 一方、Aブロックの勝敗が決まる少し前のこと。。

 団体戦の決勝まで勝ち上がってしまったチーム『おうまい』と宿命の対決を繰り広げる羽目に陥ってしまう犠牲者決定戦……もとい、決勝で戦う相手を極める戦闘が、Bブロックでは始まっていた。

 彼らはリアンカちゃんが巧みに試合時間を裏から調整した結果、自分達が決勝に勝ち残ってしまった場合、一体誰と戦わねばならないのか…………それをまだ知らない。

 知らず、知らずにぶつかりあおうとしていた。


 審判が悲運に見舞われようとしている男達の簡単な紹介を、観客席に向けて発する。

「――赤コーナーを勝ちあがって参りましたのは、なんと人間の身でありながら、この団体戦を単騎で駆け抜けた色々な意味で異色なこの男! 全身着ぐるみの癖に俊敏な、『千匹皮』選手だー!!」

 審判の声に沸く、観客席。

 大歓声に迎え入れられ、姿を見せたのは……

 試合に勝ち上がる度、異なる動物の要素を加えられて合成獣(キメラ)化が進んだ着ぐるみを身に纏い、堂々たる足取りで彼が現れる!

 もったりとした幼児体型フォルムの頭部から生えているのはキリンの角にロバとコモンマーモセットの耳!

 面相はスローロリスと白鼻芯の文様が混ざりあい、鼻面を突き破ってバビルサの牙が反り返り、後頭部は獅子の鬣に飾り立てられている。

 胴体の全面は九等分するかの如くそれぞれ違う模様の皮が継ぎ接ぎされ、背中はまた異なる動物の毛皮を模した模様で十八等分されていた。そして服部にはカンガルーの袋が付けられている。

 両手両足はそれぞれ違う動物のモノが採用されており、右前脚はコアラ、左前脚は狐、右後脚はオカピ、左後脚は兎のようだ。

 そうして、ふっさりとお尻から馬の尻尾が垂れている。

 最早何の動物なのかもわからない、珍妙な着ぐるみがそこにいた。

 重い足取りで、一歩一歩。

 たし……たし……と確実に踏みしめて試合場に堂々とした立ち姿を披露する彼の内心は……得体のしれない着ぐるみのせいで、ようとして知れない。

 彼の着ぐるみ(すがた)は、千匹には程足りないものの……名の由来通りの、見事な合成ぶりであった。

「――そして、青コーナー! こんないかれた着ぐるみと戦うのは、こちらもまた正気を疑う立ち姿! 絶対的な脅威を前にも不屈の闘志を見せつけ続けてくれた、畑の戦士たち……! 縦横無尽に走り回る『侵食する緑(グリーンライフ)』チームー!!」

 ……審判の、叫び声に。

 着ぐるみの中の人は本能的な悪寒に襲われた。

 何やら、嫌な予感が駆け廻る。

 そして、悲しいことに。

 彼のこの手の勘は……絶対に外れないのだ。

 というよりも、外れようがないくらいの頻度で、彼は常時運に恵まれない。

 果たして、審判の声に応じて姿を現した者達は。


「ふんだばー、ふんだばー」

「だばー!」

「だばだばだったふんだっばー」


 着ぐるみの中の人の両腕を、瞬間。

 見事な鳥肌が支配した。





 リアンカちゃん、せっちゃんは言うに及ばず。

 むぅちゃん、めぇちゃんもマンドラゴラの叫びは割と平気。

 【おうまい】の面子ではモモさんだけが威力直撃なので、耳栓装備。


 次回、宿命の主従対決。

 果たして勇者様は、あの人を取り戻すことが……あの人のSAN値を回復させることができるのか……!?

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