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ここは人類最前線7 ~魔性争乱~  作者: 小林晴幸
ピクニックに逝こう!
77/122

75.今日はなんだか光線日和




 しゃぎゃぁぁあああっと。

 なんとも狂気を感じさせる雄叫びが朝焼けの空に響き渡ります。

 さあ、薔薇の鑑賞会も佳境です!

「リアンカ、君はこれを『鑑賞会』と呼ぶのか……っ」

「え? だって勇者様、充分にお花を愛でて観察してってしましたよね?」

「……『鑑賞会』とは、いつから戦いの場になったんだ?」

「勇者様のちょっと格好良いとこ見てみたい♪ という訳で頑張ってください、勇者様!」

 ここまで、怪獣と化した薔薇さんのふるう茨の鞭だの、花弁カッターだの、謎の光線だのを身軽にかわしながらの会話です。

 勇者様は頭痛を堪えるかのように、難しいお顔で額を押さえています。

 それでも尚、軽快な身のこなしで足はステップを踏んでいます。

 これも修業の成果なのか、それとも生来の才能か。

 もしかしたらダンスで鍛えた足さばきなんでしょうかね、王族凄い。

「というかリアンカ、回避能力高くないか!? 思った以上に身軽で驚いているんだけれど」

「ふふ♪ これぞまぁちゃんやせっちゃんを相手に、枕投げや雪合戦で鍛えた身のこなしです! 遊びだと割とガチで能力発揮する2人と遊んでいたら、自然と上達しました」

「手加減抜きか!? 何やってるんだ、まぁ殿!」

「真剣勝負でハンデはあっても手加減は抜きなんですよ、勇者様! それに魔境の民ならこれくらいの芸当軽いもんです」

「く……っ相変わらず常識を超越し過ぎだ魔境クオリティ!」

 私もまた、スカートの裾を押さえながら避けまくってますけど。

 そんな私の回避行動を、勇者様は目を見張って凄いと褒めて下さいます。

 ちょっと、照れますね。

 でも勇者様にそんな風に言われても、私なんてまだまだまだまだ。

 勇者様みたいな優雅な身のこなしに比べたら、隔絶した稚拙さです。

 勇者様って本当に何をやっても絵になるんですね。

 うん、比べるのもおこがましいです。

「ちょっと待て。いや、そもそも……この薔薇園は夜の間は出入り不可能という話だったよな?」

「はい♪」

「なあ、リアンカ」

「はい?」

 やがて考えは結論に達したのか、勇者様は緩く首を振りながら真っ直ぐな目を私に向けてきました。

「夜間の出入りが出来ないというのなら……既に日の出を迎えた今、この薔薇園の脱出は可能なんじゃないか?」

 どうやら、今になって思いついたようですが。

 でもね、勇者様。

 そんなに簡単に済むのなら、さっさと私も提案しています。

「……という訳で、勇者様」

「いや、どんな訳か聞かされていないんだが」

「何はともあれ、あちらをご覧下さい!」

 なんだかんだで付き合いの良い勇者様は、私の指さした方を疑う様子もなく見ました!

 それは、薔薇園の入口がある方向。

 果たして、そこに広がる光景は――!


「はいはい、押さないで。順番に並んで、並んでー」

「譲り合いの精神ですよー。小さなお子さんのいるご家族から順番にお並び下さーい」

「種族の優先順位は、事前説明の通り『人間・妖精・獣人・その他・魔族』とさせていただきます。異論があるお客様は俺達を拳で説得して下さい」


 そこには、交通整理に励む6人の魔族と入口に向かう種々様々な人種が連なる長蛇の列が……!

 勇者様は、そんな彼らを無言で見ていた。

 やがて、私の方へと再び顔を向けてぽつりと呟く。

「なにあれ」

「例年の風物詩、『薔薇園見学ツアー』参加者と添乗員(コンダクター)の皆様ですが」

「いつの間にあんな群衆が……さっきまではいなかったよな?」

「それは私達が薔薇の花を摘んでいる間に、ですよ!」

「この薔薇園に入れる者は限られてるって言ってなかったか!?」

「限られてますけど、だったらどうして勇者様は此処に入ることが出来たんですか?」

「…………有資格者と同行していれば、問題なく立ち入ることが出来る……ということか?」

「That’s right! その通りですよ、勇者様」

「……で? 観光ツアー化した、と?」

「商魂たくましい人って、どこにでもいますよね」

「こんな危険区域でなに考えてるんだ、魔族―!!」

 勇者様はどうやら交通整理に励んでいるのが全員魔族であることから、旅行の企画を立てた実行犯が魔族であると推察したようです。

 うん、勇者様ったら大当たり☆

「企画する方も参加する方も、一体何を考えてるんだ!?」

「ええと、人生の余暇を如何にして楽しく面白おかしく過ごすか……ということでしょうか」

「それでこんな危険な場所に自ら飛び込むなんて、どうかしている!!」

「大丈夫ですよ、勇者様! 魔境で活動している時点で、みんなある程度は猛者ですから! ただ、家族旅行ってことで幼いお子さんや引退済みのご隠居なんかも参加してますからねー……懸念事項はそこでしょうか」

「家族旅行にこんないつ何時怪物に襲われるとも知れない場所を選ぶなぁぁああああっ!」

「何言ってるんですか、勇者様! 魔境に化け物の出ない場所なんてありませんよ!」

「嫌な断定口調!! だけどうっかり納得してしまったのは何故だ!?」

「勇者様は彼らに些細な旅行すら楽しむなって言うんですか!?」

「そうは言っていない! そうは言っていないんだ……! 俺は、俺はただ……もう少し身辺の危機管理に気を使った旅行先は無かったのかと!」

「魔境にそんな場所がある訳ないじゃないですか」

「嫌な断定口調part2!」

 こんな奇想天外な環境に勇者様が到達してから、既に一年が経つんですが……彼はいつまで経ってもどこか慣れませんね。

 いえ、それなりに環境に適応してはいるんですけれど。

 感性や常識といった面で、未だに人間社会のソレを捨てきれずにいるようです。

 まあ、それが勇者様らしさってやつなのですけれど!

「それで? 勇者様はどうやら一刻も早くこの薔薇園を脱出したいご様子ですが……あのか弱いお子さんや足腰の弱ったご老人までもがちゃんと順番を守ってお行儀よく並んでいる行列を前に、彼らを押し退けてでも先に逃げたいと?」

「俺がそんなことを思う訳がないだろう!!?」

「そうですよねー、わかっていて聞きました。で、現状を把握した勇者様はどうするんですか?」

 何よりも勇者様自身の良識が故に、易々とは脱出できないこの状況。

 これでとんでもない外道で鬼畜な性根の腐った野郎だったら、子供を蹴飛ばしてでも我先に脱出するんでしょうけれど。

 そんなことは微塵も考え至らず、むしろ率先して弱者の避難誘導や保護に奔走しそうなのが勇者様です。

 それは彼の国のお国柄や、勇者様の善良な人品の好さから明らかで。

 そんな勇者様がどんな道を選ぶのか、何となく察しはついていますが。

 とりあえず、勇者様から確たるお言葉をいただきましょう。

 それによって、今後の方針も決定したいところです。


 そして勇者様は、私の期待に漏れずこう仰いました。


「……俺が、あの化け物を引き付ける」

「え? 惹きつける? ……とうとう勇者様の魅力が人外にまで」

「誰がそんなこと言った!? そうじゃない、そうじゃなくって……俺が時間を稼ぐから、彼らが安全に、確実に避難できるようにリアンカも協力してあげてくれ」


 やっぱり、こういう時。

 こんな風にあっさりと、当然のように。

 勇者様は『勇者の模範解答』を考えるよりも先に、自然に口にする。


 ああ、やっぱり勇者様は『勇者様』だなぁ。

 

 こんなに『らしい』人って、ちょっと早々その辺にはいませんよね。


「勇者様、勝算はあるんですか?」

 ないんでしたら、秘蔵のドーピング剤を提供しても良いですけど。

 首を傾げる私に、勇者様は覚悟を決めたお顔で言いました。

「大丈夫だ……あんな怪獣の様に変貌しようと、所詮その本質は植物。そして『植物』相手の戦い方は、半年前に既に見出している」

 嫌な予感がしました。

 それが外れであることを祈りつつ、私は彼の言葉の先を促します。

 だけど、私の予感は当たってしまったようです。


「相手が『植物』なら、燃やしてしまえば良い。そうだろう、リアンカ!」


 そう言って、勇者様が構えたのは。

 以前、うちの御先祖様が憑依(?)した謎の植物相手に大活躍の見せ場を発揮した、トリオン爺さんお手製の十徳魔法剣……。

 柄頭のルーペが、つるりとした光沢を放つ。

 あ、本気で燃やす気だ。

 本体ではなかったとはいえ、仮にも『魔境最強の羊飼い』に通用した技なら……あの薔薇にも効くだろうと、危機感が急激に募りました。

 結果、私は手を出してしまいました。


「『そうだろう?』じゃありませんよ、この勇者様!」

「いたぁっ!?」


 私は思わず、勇者様の頭を全力で叩いていました。

 つい咄嗟に、その辺に転がっていたタングステンで。

 勇者様は殴りつけられた前頭部を擦りながら、困惑の眼差しで私を見下ろしてきます。

 ……『ちょっと痛い』って風情ですけど、怪我一つありませんね。

 瘤すら出来ないとは、流石は勇者様。

 だけど今の私はちょっと憤慨していたので、気にも止めません!

「勇者様、そんなこと言っていると勿体ないお化けが出ますよ!」

「勿体ないオバケ!?」

「具体的に言うと、魔境の薬学関係者と錬金術関係の方々から詰め寄られて吊るし上げられますよ。当然、ハテノ村の薬師は総出で最前列から責め立てさせていただきます」

「なんて恐ろしい……!! なんだ、公開処刑か。君達は、俺に何をする気だ」

「勇者様……忘れないで下さい。例え化けようと変貌しようと凶暴化しようと、薔薇(アレ)は貴重な素材なんですから。アレを燃やして根絶やしにされようものなら、本気で薬師総がかりのお仕置き大会を開催しちゃいますよ?」

「死ぬ。そんなことになったら、俺が死ぬ……済まない、リアンカ。ちゃんと死滅させないように配慮するから…………って、それ以前にあんな危険植物を堂々と薬に使う方が問題だろう!?」

「使えるモノは何でも研究・改良・開発するのが魔境薬師のこころいきです!!」

「性根が逞しすぎて俺は頭痛がしてきた」

「良いですか、戦うのは構いません。ちょっと乱暴に痛めつけるのも良いでしょう。でも根絶は駄目です、根絶は。あと焼き畑なんかして土壌に変な影響が出たら、目も当てられません。何とか来年には復活しているくらいの打撃に留めて下さい!」

「さりげなく難しい注文を……!」

「勇者様の実力なら、そのくらいは容易いと信じています!」

「く……っ君は俺のハードルをどこまで上げる気だ!?」

「天まで届け、私達の希望☆」

「……それじゃあ、これ以上ハードルを上げられない内に努力するとしよう。このまま話していたら、ハードルが更に上がりそうだ」

「それが賢明ですね、勇者様」

 そうして、勇者様は赤く狂い咲く薔薇に向かって走っていかれました。


 さて、あの薔薇。

 品種改良した古代の女魔王は次元の挟間を漂っていた謎の巨大蜥蜴 (らしきモノ)の尾……回収時、まだ動いていたらしい……を生命力増強の為に。

 そして女性への敵意を高める為、嫉妬深さに定評のある悪魔の貴婦人……夫に近づく者は老若男女全て害し、挙句の果てには実の娘をも排除しようとして夫に成敗された毒夫人……の背骨を混ぜ込んだ凶悪生物なのだそうですが。

 呪われた怪物が相手だと思うと、光の申し子の如き勇者様は相性的に悪くないと思うんですけれど。


 牙を剥く、複数の口。

 蔓の先に生じたそれらから、電流を帯びた光線が雨のように降り注ぐ。

 大きく裂けた蜥蜴の如き頭部からもまた、青白いブレスが放たれた。

 触れればただでは済まない。

 そう思わせる攻撃の数々にも、勇者様は怯まない。

 アレらが光属性の攻撃であれば、勇者様は当たっても無効化するでしょう。

 ですが過去の調べで、あの薔薇が発する光線攻撃は光っていながら光属性を持っていないことが判明しています。

 それどころか、既存の属性のどれに当て嵌めて良いのかも不明。

 近い特性として挙げられたのは、確か高密度の毒素。

 高位魔族や、魔王家の方なら皮膚一枚で跳ね返す代物ですが。

 人間には、効果は抜群です。

 勇者様だって直撃したらひとたまりも……いや、どうでしょう?

 勇者様の皮膚だったら、もしかして……?

 私はごくりと生唾を飲み込み、事の成り行きを静観するしかありません。

 相変わらずこっちにも飛んでくる、流れ弾を避けながらも見守り続けましょう。

 私だけ一人先に逃げることはないと、勝手にお約束します。

 それが勇者様を此処にご案内した、案内人としての責任というものです。

 うん、勇者様が窮地に立たされたら、ちゃんと回収します。

 勇者様、あの光線に当たったらどうなるかな……


 だけど、勇者様は鮮やかなステップと身のこなしで。

 縦横無尽に走る光線を、掠りそうになりながらも全て避けていく。

 時に紙一重の時もあったけれど、彼の眼差しは少しも揺れない。

 危うげなく、とは言えなかったけれど。

 着実に怪物に肉薄する、勢いに乗る。

 怪物は埒の明かない状況に焦れたのでしょうか。

 着実に怪物へと迫る勇者様を前に、その戦法は一変した。

 遠距離から仕留めるのは不可能だと察したのかもしれません。

 光線を発していた蔓は鞭のようにしなり、勇者様に直接襲いかかる。

 肉薄する茨の蔓を前に、勇者様は剣を握り直して身構えた。


「――いつまでも触手に翻弄されてばかりの俺と思うな!」


 勇者様、その宣言はちょっとどうかと思う。


 だけど宣言に違わぬ冴えを、勇者様の剣技は見せた。

 閃いた、と思った瞬間に。

 勇者様に食いかかろうとしていた蔓がバラバラと地に落ちる。

 千切れたモノではなく、切り裂かれた鋭い切断痕。

 あの蔓、結構頑丈なはずなんですけど。

 いつの間にか勇者様は、魔境植物を余裕で切り裂けるほどの膂力を勝ち得ていたようです。

 緑色のどろっとした粘液を撒き散らし、跳ねる触sy……じゃない、薔薇の蔓。

 茨の棘が、勇者様の頬を掠った。

 ……けど、無傷!

 勇者様は薔薇の棘くらいじゃ傷を負わない! 

 あの茨、毒があるんですけど勇者様は大丈夫でしょうか?

 いえ、傷を負っていないなら体内に入り込みもしませんね。

 なんということでしょう。数多くの猛者を沈めた薔薇の毒も、勇者様には無効です!

 勇者様の皮膚が、薔薇の棘を通さない程に強靭だったから!

 皮膚接触で吸入される毒じゃなくって良かったね、勇者様!

 次第によっては触っただけでアウトです。


 だけど、蔓が撒き散らしている粘液はどうでしょう?


 アレはアレで、有害物質の筈ですが。

 まるで血飛沫みたいに、勇者様に降り注ぐ。

 だけど植物系の魔物を相手にする時の心得が、勇者様にもあったのでしょう。

 植物系の魔物で最も注意すべきは、やはり毒性の有無。

 魔境に数多く生息する植物モンスターの皆さんとも、勇者様は一時期親しんでいたと聞いたことがありますし。

 ……うん、画伯に修行の一環だって言われて突撃させられてたとか、何とか。

 でもその時の経験が、今に活かされました。

 勇者様は誰に注意を受けずとも、薔薇の粘液を警戒していたようです。

 大きく斜め後方に飛び退り、飛沫の有効範囲を脱する。

 いきなりの動作に相手の動きが、遅れる。

 それまでぐいぐい進んでいたモノが急に後退するとは予想外だったのか。

 蜥蜴の首が、戸惑うように巡らせられる。

 その目は、完全に勇者様を見失っていた。

 勇者様はその隙を見逃しませんでした。


 勇者様は(おもむろ)に、手指を踊らせ……

 良く見たら、指先に何か挟んでいます。

 アレは……!


 勇者様の光の加護(ライトエフェクト)!!


 ご自身の周囲を常に舞い踊っている光を、勇者様は投げました!

 というか、すっかりアレ、技に昇華させちゃってません!?

 即席手裏剣扱いしてますよね、あれ絶対!

 まるで忍ばせる気は微塵もない暗器のようです。

 陽光の加護のお陰でしょうか。

 勇者様が扱うと、『光』はその威力や効果を増加させる。

 まるで矢のように真っ直ぐ突き進んだ光☆手裏剣は、勇者様の狙いを(あやま)たず。


 ぶすっとぐさっと、蜥蜴の目にぶっ刺さりました。

 勿論、両目です。


 ありゃ痛い……。

 (ライトエフェクト)は、見るからに刺々しいブツでした。

 それが容赦なく両目に突き刺さり、蜥蜴は血の涙を撒き散らしながら耳の痛くなるような絶叫を(ほとばし)らせます。

 これ、精神力の弱い相手には麻痺効果くらい出ますよ……!

 麻痺耐性完璧な私には意味ありませんけれど!

 

 ちらりと、背後。

 薔薇園の出入り口に向かう行列を見ます。

 気弱な人だったら倒れていてもおかしくありませんが……


 行列に並ぶ方々は、平然とのったり歩いていました。

 それどころか、良い見世物とばかりに勇者様の戦いに野次を飛ばしていました。

 片手に握ったジョッキはエールですか?

 子供が勇者様を指さして、興奮した様子で「キラキラ! キラキラ!」と叫んでいます。

 ……うん、皆さん平気そうですね!

 やっぱり彼らも魔境の人々ですねー……と、思いました。





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