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ここは人類最前線7 ~魔性争乱~  作者: 小林晴幸
ピクニックに逝こう!
76/122

74.防犯設備魔境式




「――大体、このくらいで良いですかね」


 月が空の天辺を超えて、やや傾いてきた頃。

 せっせと花を摘んでいた手を休め、私は空を見上げました。

 少し離れたところには、度を超して張り切った結果、夢中で花を摘みまくって少々お疲れ気味の勇者様。

 いつも全力で生きる様は、見ていて気持ちの良いものがあります。

 今回は勇者様が随分と頑張ってくれたので、想定していたよりも多めの量を確保して終えられそうです。

「もう良いのか? まだ摘めそうな気がするんだが……」

「何事も程々に、ですよ。勇者様。取り過ぎは良くありません」

「程々に……か。何故だろう、言っていることは真っ当なのに、リアンカの言葉かと思うと微妙に釈然としないのは」

「もう充分に取り過ぎの領域ですし、あんまり摘んでも持って帰るには専用の容器に入れないといけませんから。予備に持って来ていた瓶も満杯です」

「そういえば、特殊な容器じゃないと駄目だって言っていたか……確かに、もう入りそうにないな。どうせ後で潰すと聞いて、ついぎゅうぎゅうに詰め込み過ぎてしまった感じはする」

「第一、この花の効き目ってそれはもう強烈なんですよ? 香水瓶一つ分の容量は、本当にそれはもうほんのちょっとなんです。あまり注ぎ込み過ぎると、本気で凶器になりますからね。女性にとって」

「具体的に、どれぐらいの量を必要とするものなんだ?」

「そうですね、標準的な香水瓶一つに対して、必要なのは花弁一枚の半分ってところでしょうか」

「……つまり、それぐらい強烈に効くということか」

 効き目が本気できっついのは、古の女魔王様の本気によるものでしょうが。

 量を抑制しなければまともな薬剤として使用できない辺り、やはり効能は過剰気味かもしれません。

 女魔王様も当人自身が女なので、使用は相当にきつかったと思うんですけどね……まさに諸刃の剣、自爆アイテム。

 自分までダメージを食らうことをわかっていながらも、必要とせずにはいられなかったのでしょう。

 同じぐらいの切実さを抱える勇者様は男性なので、完成した香水に被害を受けることはないでしょう。

 そうなると使用に躊躇うことはなさそうですが……連続して使用されると、深刻に近くにいる私への被害が懸念されます。

 それに一年に一回しか収穫できない材料はそれなりに貴重ですし。

 勇者様には是非とも大切に、残量を惜しんで使っていただきたい。

「それで、リアンカ?」

「はい?」

「収穫はここまでだとして……この後はどうする? まだ朝まで時間があるが、仮眠を取るなら番をするが」

「いえ、朝まで花でも眺めて散策しましょう」

「だけど、リアンカ。君の体力が保たないんじゃ……」

「完徹は毎年のことですし、私だけ休むのは申し訳がありません。でも、それより何より……ここで夜に休息を、なんて永眠を望む様なものですよ?」

「……なに?」

 怪訝そうに眉を寄せながら。

 それでも勇者様のお顔には「やっぱり……」と諦念の色が見えます。

 そうですね、私も散々不穏を煽るような言動を混ぜていましたから。

 勇者様は、とうに予想済みだったかもしれません。


「実はここの薔薇……危険☆植物なんです」

「やっぱりか!!」


 さあ、具体的にどう危険なのかと説明する前に!

 月が傾き始めて、そろそろ活動(・・)が始まる頃合ですから。

 注意深く、薔薇の茂みの様子を窺うと……


  しゅぴっ


 鞭のようにしなりながら、素早い動作で伸びるモノ。

 棘だらけの、薔薇の蔓。

 一直線の真っ直ぐ、勇者様に向かって伸びていく。

 そして、勇者様に叩き落されました。

「なんだ……また、触手か」

「勇者様、目が死んでますよ!」

「もういい加減、コレ系の魔物に絡まれるのにはうんざりしているんだ……!」

「……勇者様って、そんなに薔薇に縁がありましたっけ?」

「そっちじゃない、触手だ。触手」

「勇者様、あれは触手じゃなくって薔薇の蔓ですよ!」

「ビジュアル似たようなモノじゃないか!」

「薬師的には全然違います! あと、気になるんですけど」

「なんだ!?」

「勇者様ってそんなに触手に縁があるんですか?」

「………………」

「勇者様?」

「……リアンカ、君の知らないところで……色々、な? 色々、あったんだ」

「わあ、勇者様の哀愁が凄いことに……」

 勇者様の目は、見事なまでに『死んだ魚の目』を体現していました。

 

 古の女魔王が、度重なる女難の中で最後の頼みの綱として研究・精製した薔薇の香水。

 でもそれは、言い換えてみればそれまで女魔王に群がっていた女性達にとっては、何よりも忌まわしい呪いの香水で。

 この香水をもう二度と作れないようにと、女魔王の薔薇園への放火を始めとした破壊工作の限りが計画されたそうです。

 それの対抗策として、魔王は薔薇自体を強化……不届き者に、薔薇そのものが自分で身を守れるよう防衛機能を持たせたといいます。

 それ以前に。

 薔薇に『特殊な魔力』と『強靭な生命力』を持たせる為、品種改良の段階で種々様々な……うん、それはもう様々な、魔改造を施していたらしく。

 改良の段階で薔薇の遺伝子に組み込んだアレやらソレやらも特異な影響をもたらしたらしく、薔薇は不穏な習性を獲得しました。


 その本領が発揮されるのは、花開いてから最初に太陽光を浴びた瞬間。

 だけど前夜の月が傾いた瞬間から、じわじわと本性を現し始める……


「ようは防犯の為に敢えて矯正されなかった、物騒な性質が暴れ始めるということで。こんなところで寝たら蔓に巻きつかれて死出の旅路に向かうまで解放してもらえませんよー」

「そんな呑気に言っている場合か!?」

 ちなみに薔薇園は、お日様が照っている時間帯しか出入り出来ない仕掛けになっています。

 侵入者は絶対に逃がさないという執念から設けられた罠ですね!

 薔薇園に入ったが最後、一晩は戦慄の夜を体験せざるを得ません。

 唯一平和に過ごせるのが、薔薇が一斉に枯れる冬至の夜から花の咲く今夜まで。

 新しい花が付き、開いた瞬間から此処は危険地帯と化します。

 一度暴走が始まると、後は昼夜関係なしに侵入者を捕食しまくる暴虐の薔薇と化しますから!

「焼き尽くせ、そんな危険な薔薇!」

「なんてことをいうんですか、勿体ない! 勇者様、何度も言いますけどこの薔薇は、古代の魔王が心血を注いで研究開発した超貴重な素材なんですよ!? 女性除け以外にも、高性能な魔力の触媒として高値で取引されるような代物なんですから!」

「君達ちょっと命かけ過ぎだろう!? こんな危険地帯に、こんな危険な目に遭いながら、あんな危険植物を刈り取るのはどうなんだろうか! 必要に迫られたとしても、躊躇くらいはしないものだろうか」

「何を仰るウサギさん!」

「……うさぎ?」

「ここの薔薇は確かに危険植物ですけど、専用の容器に入れて封印したら全然危険じゃないんですから。後は容器の外に出した時、日光に当たらないように注意すれば完璧です☆」

「つまり、容器から出している時に日光に当たったら?」

「古の魔王が心血を注いで作り上げた植物系魔物(モンスター)の降臨ですね!」

「駄目じゃないか! それ、駄目じゃないか……!」

「大丈夫ですよ、香水作りは基本的に夜に行うよう決めてますから☆」

「それでも容器が壊れたり、とか……万が一を考えよう!」

「勇者様……杞憂って言葉を知っていますか?」

「知ってるけどな、これは杞憂に当てはまらないんじゃないだろうか。当然の懸念だ!」

「悪い未来を心配したって人間、どうにもならないんですよ! 人生、なるようになる。逆にいえばなるようにしかなりませんけど、そこをどうなるのか左右させてこそ腕が鳴ります!」

「リアンカ、君は一体どこを目指しているんだ……!」


 襲いかかってくる蔓の一切を、勇者様が私に近寄らせまいと奮闘しておられます。

 今回、使っておられるのは毎度おなじみトリオン爺さん作の魔法剣(十徳機能付き)。

 向かってくる蔓を切り裂き、弾き返しと勇者様は三面六臂の活躍ぶりです。

 あまりに素早いので、勇者様が三人いるような錯覚を覚えます。

 こうして見ると、修行の成果でしょうか。

 勇者様もずいぶんと速度が上がりましたねー……

 私の予想では、三回くらい蔓に足を取られて逆さ吊りの憂き目に遭ってそうな気がしていたんですけれど。

「う、うわぁぁあああああああっ!?」

 ……って、思ってたら案の定!

 勇者様、アレですか?

 お約束は守ろうって言うサービス精神ですか?

 四方八方から一息に押し寄せた薔薇の蔓に、勇者様の四肢は完全に拘束されてしまいました。

 どうやら個人の対応能力の限界を超える数の蔓には、流石に対処も間に合わなかった様子。

 一瞬で八本の蔓を無効化したのは見事でしたが、その四倍の数で押し寄せられてはどうにもならなかったようです。

 うわ、蛇玉みたい……。

 うごうごと蠢く触sy……じゃない、薔薇の蔓に全身を絡め取られ、巻きつかれた勇者様。

 幸い、全身の骨をベキボキに折られてしまうほど、勇者様の肉体は(やわ)じゃありません。

 巻き付かれて難儀しようとも、骨さえ折れなければどうにでもなります。

 ……あ、棘がありましたっけ。


 勇者様の骨をべっきべきにしてクラゲさんに仲間入りさせるほどの力は、ないようですが。

 蔓にはそれぞれ、鋭い棘が無数にありました。

 あれは痛い!

 そして私の記憶が確かなら、あの棘って軽い麻痺毒があったような……あの麻痺毒も良い麻酔薬の原料になるんですよねぇ。

 ついでにあの蔓、何本か持って帰れませんかね?

 まぁちゃんがいたら、結構あっさり捕獲してくれるんですけど……

「く、くそ……っこんな蔓なんて、引き千切って…………あぁ、くっ 何本も束ねられていて、強度が増している!」

 勇者様には荷が重そうです。

「ゆーうしゃっさまー! だいじょーぶでーすかー?」

「って、リアンカ! なんで君は襲われないんだ!?」

「日頃の行い……ですかね?」

「納得がいかない!!」

「日頃のなんたらというのは冗談で、たぶん私がハテノ村村長の血筋だからだと思いますよ? 代々、歴代の魔王に特別扱いを受けていたのは伊達じゃありません」

 この薔薇園の本来の主人である古の魔王もまた、ハテノ村の村長とは同じお乳で育った仲だと聞いています。

 いわゆる乳兄弟というやつですね、やったぁ!

 あと、まぁちゃんやせっちゃんも魔王の血筋だからか、この薔薇園に入っても攻撃を受けることはありません。

 こちらから手を出したら、防衛機能に引っ掛かって襲いかかられますけどね!

 それもまぁちゃんさえいれば、魔王の実力で捩じ伏せてもらえるんですけど。

「なんという理不尽……! って、それだったら何も収穫は今日に(こだわ)らなくたって良かったんじゃ!?」

「勇者様、巻き付かれても余裕がありますねー……」

「…………不本意ながら、巻き付かれるのも微妙に慣れた。この蔓は巻き付くだけで、締め付けは厳しいが……それ以上の被害はないから切羽詰ってないだけだ」

「触手に、巻き付かれる以上の何をされるって言うんですか?」

「それは……いや、言うのは止めておこう。捕食されかかった時の様子なんて、詳しく話すことでもないだろう」

「今度、ホットミルクでも飲みながらゆっくりお話を聞かせてもらいますね?」

「話したくないんだって察してくれ!!」

 そうそう、勇者様の疑問ですが。

 ここの薔薇、積極的に襲いかかられないんなら収穫し放題じゃないかって?

 とんでもありません!

 ここの薔薇は、暴走変異し始める前のものでなければ駄目なんです。

 魔物化しちゃうと、効能まで変質しちゃって使えないんですよね。

 だから他の人と同じように、今夜の一時しか機会はない訳ですが。

「勇者様、まだ余裕ありますか?」

「会話が出来る程度には……!」

「そうですか……そろそろ抜け出さないと、摂り込まれますよ?」

「!!?」


 獲物を逃がさない為の、機能なのか何なのか。

 ここの薔薇、捕獲した獲物を樹液で固めて拘束し、魔物化した瞬間に喰い殺せるよう準備する性質があるんですよねー……


 ……といったような主旨のことをお伝えすると、勇者様のお顔が俄然青褪めました。

 勇者様、ファイト!

 私はここから、勇者様の雄姿を応援しようと思います。

 本当に危なくなったら、勿論手を貸しますけど……ね?



 そうして、勇者様が。

 ようようやっと、薔薇の蔓を噛み千切るという野性的な手段で、なんとか薔薇の拘束から抜け出すことに成功した頃。


 東の果てに、朝日が差しました。

 あ、夜が明けた。



 敢えて、人間の口で表現するなら。

 しゃぎゃあああああああああああああああっ!!

 ……そうとしか表現できない叫びが、薔薇園一杯に響き渡る。

「な、なんだ、アレは……!?」

 軽く擦り剥け、蚯蚓腫れも鮮やかな手首を摩りながら、勇者様が瞠目する。

 その視線の先には……


 この薔薇園を象徴する、この薔薇園を支配する。

 色鮮やかな深紅へと変貌を遂げた、巨大な薔薇の魔物(モンスター)

 植物の魔物の筈なのに、長く伸びた蔓の先が弾けてギザギザの牙を生やした口が形成されていく。

 赤い薔薇と緑の身体。

 その、真中に。

 蜥蜴の様な形状の、大きな頭部が生えていた。




 


 ビオラ●テ降臨。

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