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ここは人類最前線7 ~魔性争乱~  作者: 小林晴幸
ピクニックに逝こう!
74/122

72.勇者よ、安らかに眠れ



 青紫を帯びた氷が、キラキラと結晶化して外敵を傷つける。

 入ることの出来る者も、かなり制限されるこの場所。

 枯れ果て、凍り付いた茨のトンネルを潜れば……

 そこはさよなら駅……じゃなかった、蒼焔女王の薔薇園です。

「見て下さい、勇者様! 目的地に到・着!です!!」

「うわぁ!」

 私はテンション高く、勇者様を突き飛ばした。

 普段なら私程度にいくら突き飛ばされようが、微塵も揺らがぬ勇者様。

 でもちょっと不意を突いたくらいで簡単に体勢を崩してしまうのは、やっぱり視界に不自由があるからでしょうか☆

「勇者様、そのヘルム……取らないんですか?」

「取れなくしたのは誰か忘れてないか!?」

「あ、私のせいでしたっけ」

 失敗、失敗☆

 勇者様に妙に馴染んでいたから、違和感忘れついでに被っている理由まで忘れかけていました。

 勇者様の頭部を覆う、バケツヘルムのこと。

「ごめんなさい、勇者様……ちゃんと私が責任もって除去するので、許して下さい」

「除去って言い方が、またなんというか……」

「それに万全の調子で挑まないと、此処は……」

「リアンカ、なんで言葉を濁すんだ。今、何を言おうとした」

「大丈夫ですよ、勇者様☆ ちゃんとこのバケツヘルムは取って差し上げます!」

「それよりも此処に何があるのか説明してもらいたいんだが……!」

 無残に勇者様の顔面側のヘルムを切り裂いたお陰で、視界の確保や食事は何とか出来るモノの……やっぱり、この状態じゃ視界は狭くなっちゃいますよね。

 私はそんな勇者様を窮屈から解放して差し上げるべく、そっと懐に手を忍ばせました。

 取り出すモノは、もう決まっています。

 掌に丁度納まる、楕円形。

 ラヴェンダーの香り漂うこの一品。

 人は、このアイテムをこう呼びます。


 石鹸……と。


「リアンカ、それで何をするつもりだ……?」

「すぐにピカピカ☆綺麗にして差し上げます」

「こんな第二の皮膚が如くぴったりフィットしている兜が、石鹸の泡如きで取れるとでも!?」

「え、取れる……?」

「……なんだその怪訝な疑問形」

「溶けるじゃなくて?」

「待て。いま何を言った。そしてそれは本当に石鹸なのか」

「そこはめぇちゃん特製☆この石鹸の威力を信じていただくほか……!」

「石鹸に『威力』ってあまり聞かない表現だなぁ、おい!?」

 めぇちゃんの石鹸は、どんな強固な汚れもピッカリ落とします。

 下手に接触すると、余計な『汚れ』まで落ちちゃう程です。

 私は手首をしっかり自由にすると、勇者様の頭に手を寄せました。

 鷲掴みです。

「さあ、勇者様……余計な汚れが落ちないように気をつけましょう!」

「汚れに余計なって枕詞初めて聞いたー!?」

 まずは勇者様の上半身を剥かねばなりません、が……

 どうしましょう。

 勇者様に凄く抵抗されて困ります。

「勇者様、服まで溶けても良いんですか!?」

「溶けっ? 思い留まれリアンカ、その石鹸の成分は何なんだ……!! 石鹸の泡で滑らせようってことじゃなかったのか!?」

「? いつ、私がそんなことを言いました?」

「物凄く自然なきょとん顔されたー!」

 結局、勇者様の抵抗は激しく。

 議論の末、ご自分で『汚れ』を落としてくるとのこと。

 石鹸を預け、薔薇園の中を流れる小川にご案内。

 少し離れた所にいてほしいと言われたので、私は退避です。

 ちゃんと洗わないと、その時は私が洗います。

 そう言ったら勇者様はしっかり洗浄することを誓ってくれました。


 ――三十分後。

 全身に疲労感を漂わせ、勇者様は戻って参りました。

 その頭には鋼の一片もなく、更に輝きを増した濡れ光る金髪のキューティクルが陽光にきゅらきゅらきゅら……と光を弾いて踊らせています。

 勇者様のお肌も、いつも以上に透き通るような美しさ。

 ですが勇者様のご機嫌は優れぬ様子。

 口元を引き攣らせ、若干青い顔をされていました。

「…………鋼の兜を溶かす、とか。なんなんだこの石鹸」

「あれ、勇者様? いつも首に巻いているスカーフはどうしたんですか?」

「………………溶けた」

「ああ……ちゃんと首を出しておかないから」

 どうやら頭から垂れ落ちた石鹸の泡が、勇者様のスカーフを汚れと見なして溶かしつくしてしまったようです。

 大体、使い慣れてない人が似たような事故を起こすんですよねー。

 生体には完全無害。

 しかしその肌に触れ、密着するモノは例外なく洗い落とす。

 めぇちゃんの特製石鹸は今日も超強力です☆


 視界を中途半端に邪魔していた兜を失ったことで、勇者様の視界が開けた為でしょうか。

 改めて周囲を……この『薔薇園』を見回し、勇者様は感嘆の溜息をつきました。

「凄いな、誰が手入れしているのか知らないが整備が整っている。見た限り植わっているのは、人間の国でも咲いていそうな普通の薔薇ばかりじゃないか? 此処だけを見ると魔境とは思えないくらいだ」

「こうしている時に、一見するとそう見えることは否定しません」

「なんだか引っ掛かる言い方だな……でも不思議だ」

「花が一輪も咲いていないことが、ですか?」

「ああ。こんなに見事な薔薇園なのに、花の見頃を調整していないのか? 全部、花は蕾ばかりじゃないか。蕾も大きく膨らんではいるが……花の咲く時期を微妙にずらして、花の頃を長くする技法は魔境じゃ普及していないんだろうか」

「いえ、そんなことはありませんよ? 造園家の方々の間じゃ、勇者様の仰る通り年中何かしらの花が咲くように調整していますとも」

「だけどこの薔薇園は……薔薇園だよな? 此処は、蕾しかない」

「此処は特別な薔薇園ですからね。誰かがお世話をしている訳でもありませんし」

「え? 誰の手も入っていないのに、こんな見事な薔薇園の様相を保っているのか?」

「そこは、それ……古の魔女王の怨念というものが」

「待て。まだ話を聞く覚悟が出来ていない。一気におどろおどろしい話に持っていくのは待て」

「そこをさくっと割愛してお話しますが、この薔薇園、花がまともに咲くのは年に一夜だけなんですよ」

「え? これだけの花があるのに?」

「そうです。全部一斉に、一晩だけ」

「まさか今回の遠出の趣旨は……」

「はい、その通り☆ 実は今夜です」

「そうか、良かった。良かった……! 思ったよりもまともなイベントで!」

「花が咲き始めるのは月の光を浴びた瞬間です。まだ時間もありますし、今夜は一晩中花の観賞から明日の日没まで休息抜きの予定です」

「いきなり予定がハードモード!」

「正直、休息を取る余裕がありませんから」

「そして不穏な前振りが……!?」

「……という訳で、今夜から明日にかけて潰れることのないよう、今の内にしっかり仮眠をとりましょう!」

「今更だが、これもう絶対にピクニックじゃない……!!」

「大丈夫です、勇者様! ピクニックの定義はお散歩してお弁当を食べることですから! ちゃんと条件はクリアしています!」

「散歩って規模じゃないだろ、この遠征ーっ」

 勇者様は何だか納得できないようですが、別に納得していただけなくてもピクニックはピクニック。

 たとえ夜通し歩こうが、散歩は散歩です。

 途中で走ったり空を滑空したり激流下りをしたりといったこともありましたが、全ては誤差の範囲内でしょう!

 それよりも今は、今夜に備える方が大事! 

 明日は体力勝負ですから。

 私は適当な芝生の上に、厚手の敷物を転がしました。

 それから野営用にいつも使っている、ひよこさん模様の毛布も。

 この毛布、せっちゃんとお揃いなんですよね♪

「ほら、勇者様? 寝ましょー」

「ちょっと待て」

「異論は認めません」

「もう少し容赦してくれ!? リアンカ、君は……俺と並んで寝るつもりか?」

「雑魚寝なんて今更じゃないですか」

「助けてくれ、まぁ殿……! 貴方の従妹が本気できょとんと俺を見るんだ」

 勇者様用に持ってきたネコさん模様の毛布も折角広げたんですが。

 何故か勇者様は、私を困ったように見るばかり。

 近寄ってこないのは、何か警戒しているんでしょうか。

 別に悪戯なんて……今は、しないのに。

「リアンカ、君は……もう少し慎みを持った方が良い」

「キツツキなら持っていますが」

「慎みだ、つ・つ・し・み! ツツしか合ってない! というか持っているのか、キツツキ!?」

「勇者様、ツッコミという勇者様最大の使命に夢中になるのも分かりますが、そろそろ本当に休んだ方が……」

「最大の使命!? 俺に求められる最大の役目はツッコミなのか!?」

 このままの様子だと、勇者様はずっと起きていそうで。

 埒が明かないな、と思いましたので。

 私は勇者様にとことこ近寄り、

「うぅんと……おやすみ、勇者様!」

 ちょいっと勇者様の身体に抱きつきました。

 それまで何か色々と喚いていた勇者様が、ぎしっと硬直して。

 動きを止めた、その一瞬。


  ぷすっ


 薬物耐性の高い勇者様にだって、効き目は抜群☆

 お手製眠り薬を塗布した針で、勇者様の首筋をぷすっとしてやりました。

 躊躇い無用と一息にやることがコツです。

 流れるような動作を心がけましょう。

「な、なに、を……っ」

「おやすみなさい、勇者様」

 朦朧とした意識での抵抗も、儚く。

 勇者様はすぐに意識を手放しました。

 (夢の国に)バイバイ、勇者様!

 

 崩れ落ちかけた勇者様の身体を、しっかりと抱き止めて。

 それでも身長と体重に差があるから、潰れそうになるけど。

 背負ったままずーるずるりと勇者様の足を引きずり、運びましょう。

 寝る準備を万端整えた敷物の上にいらっしゃいませー。

 風邪を引かないよう、毛布できっちりと包みます。

 なんだか黄金の仮面(マスク)を被せたくなりますね!

 更に安らかに眠りを演出する為、オルゴールを配しました。

 丁度頭上にあった薔薇のアーチから、しっかりと吊るします。

 風に乗ってくるくると回転する、オルゴール。

 流れる音色は子守女の悲哀を唄う、切ないメロディ。

 安眠ついでにお香も焚いておきましょう。

 疲労回復に良く効く香が何かあったはずです。


『エルフ印のハーブ香 ~緑黄色野菜~ 』


 …………これで良いかな。

 うん、良しとしましょう。

 出先なので万全と言えなくても仕方ありません。

 他にやることはあるかな?

 ありませんね?

 それでは勇者様の傍にそっと抱き枕(ver.アスパラ)を添えて……

 今度こそ、おやすみなさい!

 私は自分の毛布を身体に巻き付け、勇者様の隣に寝そべりました。

 温かい日差しのお陰で、すぐに眠気が差してきま……s……zzz。



 その日、勇者様は。

 ぽかぽかと温かくうららかな薔薇園での昼下がり。

 赤い液体を目っぽい部分から垂らしつつ、勇者様のことをあやそうとしてくるアスパラガスの夢を見て魘された。

 身動きの取れない、毛布の中。

 どんなに藻掻いても、日が沈むまで彼の目は覚めなかった。

 疲労回復どころか疲労困憊した仮眠休憩だったことは言うまでもない。


 

 


子守唄のイメージは『島原の子守唄』的な感じでどーぞw

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