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ここは人類最前線7 ~魔性争乱~  作者: 小林晴幸
ピクニックに逝こう!
73/122

71.異物混入

前話に引き続きメルヘン(魔)でお送りいたします。

 


 夜明けと共に、やってきましたエーリューズニル地方!

 そして私の隣で勇者様はぐったり憔悴中。

 左手は私と繋いだまま、へばっておいでです。

 地に座し、崩された足がまさに「崩れ落ちた」って感じでしょうか。

「勇者様、すっごいぜはぜは言ってますね……」

「だ、だれ、の……っせ…………」

 最早、息も絶え絶え。

 会話も激しく乱れた呼吸のせいで途切れ途切れ。

 夜明けまでぶっ続け☆深夜の耐久森林徘徊は勇者様をそこまで追い詰めたのでしょうか。随分とお疲れの様子ですが、そんなに辛いモノだったでしょうか。

 いえ、でも勇者様だって、普段から荒行としか思えない修行の毎日だし。

 今更、この程度の運動でこんなに疲労しますかね。

「うんど、うの……総量、は、と……もか、く、ペー……スと、てん、しょ、んが……っ あと、メルヘン」

 勇者様は頑張って疲労の原因を伝えようとしてくれるんですけれど。

 ですが途切れがちな言葉では、何を伝えたいのかよくわかりません。

 辛うじて、最後の「メルヘン」だけ聞き取れましたけど。

 メルヘンがどうしたんでしょうか……もしかして丑三つ時に遭遇した邪小人ジェネラルの歓待舞踏~トライデントの舞・粗塩~が気に入ったんでしょうか。

 そう言えば勇者様、大きな声で何か色々叫んでいましたからね。

 半分はツッコミでも、もう半分は悲鳴かと思っていたんですけど。

 もしかして嬉しい悲鳴ってやつだったのかな……なんと特殊な。

「勇者様……邪小人ジェネラルのダンスバトル、もっとお付き合いしたかったんですか? だったら帰り道でまた来ても良いですけど……きっと邪小人さん達も歓迎してくれるし」

「ち、ちが……っぐ、げほ、げほっ」

 勇者様ってば!

 急に大きな声を出そうとするから、咳き込み始めてしまいました。

 どうも無理しがちな方です。

 私は少しでも勇者様の呼吸を楽に……じゃない、呼吸が楽になるよう、さすさすと彼の無防備な背中を摩ります。

「ああ、ほら、お水飲みますか?」

「……いる」

 これは大変、と。

 私は勇者様にそっと水筒を差し出しました。

「助かる……っ」

「慌てないで、ゆっくり飲んで下さいね」

「ああ」

 勇者様は私から水筒を受け取ると、そっと傾けて……


「あ」


 飲もうという瞬間、私が上げた声にぴたりと動きを止めました。

 警戒の眼差しが、私を見上げてきます。

「リアンカ……いまの、「あ」って何?」

「あ、ああ……いえ、いえいえ、お気になさらず」

「いや、気にするから」

「あれ? 勇者様、話し方が落ち着いてきましたね」

「話を逸らさないでくれ。俺はいま物凄く頑張って喋っている。正直、くるしぃ……」

「変なところで無理しないで下さいよ!」

 本当に勇者様ったら、無理をするんですから。

 早くお水を飲めば良いのに。

 でも勇者様は水筒に警戒の眼差しを注いで、一向に呑もうとしません。

 これじゃあ埒が明かないな、と。

 私は婉曲に勇者様の疑問へお答えしました。

「大丈夫です、勇者様。身体の害に……――『勇者様の身体』の害になるようなモノは入っていませんから!」

「何が入っているっていうんだ、この水筒――!!」

 叫んだ直後、勇者様はまた盛大に咳き込み始めました。

 このままじゃいけませんね……

 本当に大したものが入っている訳ではないので、私は勇者様の背中を摩りながら本当のところを教えます。

「本当に大丈夫ですよー。中に入っているのは、檸檬と生姜のエキスを薄く混ぜたお水ですから。慣れない人にはちょっと風味がきついかもしれませんけど、喉には効くんですよ?」

「え……なんだ、本当に無害だったのか」

 ただ勇者様が何も知らずに呑んで、ただの水とは思えない違和感に噴出さないかなぁ……なんて一瞬思っただけだったんです。

 生姜や檸檬は効きますけど、風味がきついので無理って人いますからね。

 でも勇者様は王家のお生まれです。

 香辛料やハーブの種類も豊富で豪華な食事で育った人です。

 しかも重症な薬物耐性が付くほど、種々様々な薬に身体を慣らした経験付き。

 複雑な味の違いがわかる勇者様なら、今更そのくらいの刺激は気にしないんじゃないかなー……と思い直した訳で。

「済まない、リアンカ……疑心に振り回された俺を許してくれ。今、俺は一瞬どころでなく無実の君を疑った」

「大丈夫です、気にしないで下さい! あ、あとそれとは別に『ナニか』が一種類入っているだけですから」

「おい。ナニかってなんだ」

「大丈夫ですよ、勇者様。……私を疑ったお詫びに、ここは男らしく潔く、一気飲みしてくれますよね……?」

「君さっき、ゆっくり飲めって言っていなかったか!?」


 ちなみに入っているのはただの蜂蜜です。



 警戒する勇者様にほんの一リットルばかり一気をしてもらって。

 私達は改めて、目の前に広がる赤紫色の荒野に足を向けました。

 勇者様にとっては、初めて足を踏み入れる魔境の一地方。

 死霊が集う、エーリューズニル地方。

 死霊使い(りっちゃん)のご実家から徒歩十三分。

 ここは剣が通じない魔物も多い場所です。

 だけど勇者様ほどのキラキラ(物理)ぶりなら、闇の住民である死霊の皆さんは勇者様のことを避けて通っちゃうかも……?

「……なんて、思ってはいませんよね? 魔境のアンデッドな皆さんは気合いの入り方が違いますから、舐めて考えちゃ駄目ですよ!」

「リアンカ、死者が気合いで何をするって言うんだ」

「魔境のアンデッドさんは死後三日以内の新入りでも根性で真夏の太陽に耐えます」

「なんという根性!? いや、普通に考えて滅ぶだろう」

「気合いで身体から脱出しかける霊魂を押し留めるそうです」

「魂って……根性論で現世に留まれるような代物だっただろうか」

 きっと勇者様の持っている『人間の常識』との間に齟齬が生じたのでしょう。

 魔境で生まれ育った私には何が勇者様の感性と異なるのか、よく分かりませんが……魔境の非常識ぶりに、勇者様が黄昏ておいでです。

 勇者様、まだ夜明け前(あさ)ですよ!

「ほら、勇者様? 見て下さい、骨ペンギンですよ~」

「アレは魔物なのか、魔獣なのか……俺には鳥の骨格標本が二足歩行しているようにしか見えないんだが」

「骨ペンギンはこの地方固有の生物で、一応は魔物ですかね。日の出に備えて移動しているところだと思います」

「朝が来るからねぐらに帰る、とか?」

「いいえ? 日向ぼっこのベストスポットに向かっているところだと思います。場所取り合戦が始まるので急いでいるんでしょう」

「骨なのに!? 骨なのに、日向ぼっこ!?」

「うふふ、勇者様ったら! 固有の生物だって言ったじゃないですか、アレはアンデッドじゃありませんからね?」

「骨にしか見えないのにあれで生きているっていうのか!」

「ちなみに日向ぼっこは骨に付着して浸食しようとする寄生虫を殺す為に、欠かせない日課だそうですよ。エンペラー骨ペンギンの長老がそう言っていました」

「エンペラー骨ペンギン!? しかも複数種類いるのか!?」

「あ、骨ペンギンが走り出した!」

「うわ……なんという見本のようなナイスフォーム! 短距離走者のようだ……けどペンギンが走っても良いのか!?」

「勇者様、骨ペンギンは飛べないから走るんですよ」

「泳げよ! ペンギンだろ、そこは泳げよ……!」

「ペンギンだから必ずしも泳がないといけないなんて、誰が決めたんですか。骨ペンギンは見た目と違って足が速いんですよ。体重が軽いから」

「なあ、リアンカ……アレは本当に生きているんだろうか。俺にはどう見ても怪奇現象の一種にしか見えないんだ」

「あんな姿でも、生きているんですよ、勇者様……例えどんな姿に生まれようと、立派に生きている尊い命なんです」

「リアンカ……」


「まあ、魔物ですけど」


 半分以上魔力によって動いている、魔法生物に近いイキモノです。

 不可思議なエネルギーに頼って生きているという意味では、真っ当な生物とは全然呼べませんけどね!

 所詮は不思議生物なので、生命活動も特殊ですしね!

 骨を残さず灰にして海に散骨しない限り復活するんですよね、彼ら。

「くそ、俺の感動を返してくれ……!」

 淡々と骨ペンギンの生態を説明したら、何故か勇者様が広げた右手に顔を沈めて落ち込んでしまいました。

 どうしたんでしょうね、勇者様ってば。


 群れなし、群がるように走る骨ペンギンを乾いた横目で見送って、歩くこと暫し。

 空へと枝を伸ばす人面樹の丘で。

「ちょっとここで休憩しましょうか。朝ごはんを食べましょう」

「ここで!?」

 地面に敷物を転がして、いそいそと勇者様にお弁当を配布します。

 今日の朝ごはんは手軽に食べられるホットサンド。

 まぁちゃんに時間の流れを封印してもらっておいたので、出来たての味がするはずです!

「リアンカ……この包み、魔法の気配がするのは気のせいか? どうやって開ければ良いんだろうか」

「普通にリボンを解いて下さい。それで魔法が解けるよう、まぁちゃんが設定して封印してくれましたから!」

「……『時間』を封印なんて人間がやろうと思ったら魔力の枯渇で術師が五千人は死ぬぞ」

「それ以前に技術力不足で再現できないんじゃないですかね? 魔族でもかなりの実力者じゃないと出来ないんですから」

「それを、お弁当の鮮度を保つ為に?」

「はい!」

「なんという高等技術の無駄遣い……!」

「失礼な。無駄じゃないですよ、だってお陰で御飯が美味しいじゃないですか! 誰もが喜ぶ技術利用ですよ」

「リアンカ、俺は思うんだ……君達、自分の欲求にちょっと忠実すぎはしないか」

「素直に生きる、それが自然な生き方というものです」

「尤もらしく言っているけれど、自重って言葉を覚えような?」

「そのくらい知っていますよ! 体現していないだけで」

「知っているなら使おう、知識!」

 勇者様は頭を抱えてしまいました。

 でも、手に握った朝食はしっかり食べてくれます。

 私も会話を切り上げて、はもっと一口かじってみました。

 焼き立てパンとバターの香り……素敵!

「……からっ!?」

 ごふ……っと。

 正面に座った勇者様がむせました。

 あ、勇者様に当たりましたね?

「からい、からい、すっごく辛い……!! 何だこれ!」

「実は、勇者様……」

 口を押さえて辛い辛いと騒ぐ勇者様にお水を差しだしながら、私は(おごそ)かに告げました。


「このホットサンド、一つだけ唐辛子ペースト入り辛子(マスタード)増量サンドが……」


「混じってるのか!? 混じってたんだな……!? たった2人きりでロシアンルーレットとかなんてリスキーな!」

 所作に気を使う余裕もないらしく、私の差し出したお水をがっと受け取るとごっくごっくと一気飲み! いつになく乱暴な動作です。

 勇者様ったら豪快!

「違いますよ、2人じゃなくって8人です! 私達だけじゃなくって他の人の分も作って渡しましたから」

「他に被害者候補が6人もいたのか……」

「ええ、父さんと母さんと、まぁちゃんとせっちゃん。それからレイちゃんとりっちゃんに差し入れました」

「さりげなく凄まじく恐れ知らずなことを……! あの村長にまで被害を拡大させかけたとか、君はどれだけ無謀なんだ」

「あの、と言われても……私にとっては実のお父さんですからねぇ。そういう気遅れとは無縁の相手じゃないでしょうか」

「色々な意味で精神力が強靭過ぎる!」

「しかし八分の一で見事引っ掛かるとは……勇者様、幸運の女神様の加護って、ちゃんと機能しているんですか?」

「止めてくれ。そういうことを言われると俺まで不安になる」

 つまりは女神様の加護でもカバーしきれないくらい、勇者様の不運が凄い……と。何かに祟られてたりしませんか、勇者様。

「ふふ、勇者様ったら……口の横に赤いの(ケチャップ)付いてますよ?」

「え、あ……済まない」

 普通のパンなら、千切って食べられますけど。

 具をみっちりと詰めたサンドウィッチは、千切ったが最後、中身の落下事故を起こします。

 どうしてもかぶりつかずにはいられない類の食べ物。

 そういう率直な食べ方には不慣れなせいか、勇者様が珍しく口元を汚してしまったようです。

 いつも食べ方一つ見ても綺麗で洗練されている勇者様。

 口元を汚すなんて、彼の滅多にない現場を目撃してしまいました。

 勇者様は私の言葉に、懐からハンカチを取り出して口元を拭います。

 そうですよね、布なら広範囲の汚れも綺麗に出来ますものね。

 朝の日差しが気持ち良い朝。

 和やかに2人でお弁当を囲むというのも(たま)には良いですね。

 やっぱりピクニックって良いなぁ。

 

 これで終わりじゃありませんけど。



 メインイベントは、今夜決行です。

 目的地まであと――もうすぐ。

 

 




……よし!

これでデート???らしいほのぼの平和シーンは稼げたかな!?

稼げた、と。そう思うことにしましょう!

所詮相手は勇者様とリアンカの二人。

デート???しても精々がこんなもんだと……!

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