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ここは人類最前線7 ~魔性争乱~  作者: 小林晴幸
ピクニックに逝こう!
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69.びしょびしょに濡れた勇者様

勇者様水難注意報。


リアンカ

「勇者様なら鯨にも勝てるって……私、信じています」

勇者様

「君はそうやっていつも俺を追い詰める……!」

 



 一年間に及ぶ関わりの中で、ついに無害認定を下された勇者様。

 勇者様は、紳士だから。

 決して「こいつは度胸がねえし」って意味じゃないと思いますよ?

「信頼は、されている。信頼、されているはずなのに、この『見縊られている』感は何なんだ……!」

「んじゃ勇者、てめぇリアンカに何か悪さするのかよ」

「リアンカに害を及ぼすような真似は決してしないが!」

「だったら別に良いじゃねーか」

「なんだろう、この釈然としない気持ちは……」

 黄昏る勇者様の眼差しは、未だ昇らぬ太陽が既に見えているかのようでした。つまり、とっても遠かったです。


  


 武闘大会の予選も大体終わりを迎え、本戦を前に間が空きます。

 空いた時間に、参加選手達は余念無く準備を整えるのが常ですが。


 私は違います。

 違う準備を密かに整えてきました。

 そう、勇者様に……あの約束を果たしてもらう為です。

 

 さあ、ピクニックの始まりですよ!


 勇者様が魔境に来てから、一年が経とうとしています。

 聞けば勇者様のお誕生日もそろそろだとか。

 初春生まれなんですね、勇者様。

 だったら飛びきりの場所にご案内しようと、私は俄然張り切りました。


 まあ、元々あらかじめ行先は決めてあったんですけどね。


「そんな訳で、行きましょう。勇者様!」

「どこへ!?」

「ちなみに行先は秘密です☆」

「くっそぅ……なんて不安になるんだ」

「つべこべ言わず、GO!なのです」

 起き抜けで未だ身支度も整わぬ勇者様をいそいそと急かし、私はせっせと拵えたお弁当をバスケットに詰めて家を出ます。

 まだ夜は明けていません。

 でももう、朝なのです。

「なあ、リアンカ……本当にこんな時間から出かけるのか?」

「今から行かないと間に合わないので!」

「何があるって言うんだ、何が。それに、やっぱり俺達だけなのか」

 他に誰か同行者はいないのかと、勇者様がきょろきょろ周囲を見渡します。

 ですが、残念なことに。

「みんな何かしら用事が入っていたみたいで……ロロイなんかは、それは残念がってましたよ」

「そ、そうか」

「ええ。用事が済んだら勇者様に感想を聞きに行くって言っていました」

「………………」

「あれ? 勇者様、どうしたんですか?」

「いや、なんでもない……迎撃の備えは常に構えておかないと、な」

武士(もののふ)の心得ってやつですか、それ」

「まあ……そんなようなものかな」

 なんでこんな時に、心得の話になるんでしょうか。

 一体どこから連想されたのか、何が飛躍しちゃったのか……。

 状況にそぐわない考え事をするだけの余裕があるのは結構ですけど、私に対して失礼じゃありません?

 他のことを考えるのは、一緒にいる人に失礼ですよ。

 少しはこっちのことも深く考えてほしいので、ちょっとだけ情報を開示しようか迷います。

 そうですね、ヒントぐらいは良いでしょうか。

「勇者様、今日の行き先ですけどね? 聞きたいですか?」

「秘密じゃなかったのか?」

「ヒントぐらいなら教えちゃいますよ! 私達がいま向かっているのはですね、コキュートス地方の――」

「よし、帰ろう」

「ええ!? ちょ、早いですよ勇者様!」

「いや、帰ろう」

「そんな、どうしてですか……?」

「どうしても何も……コキュートス地方ってアレだろう!? あの気持ち悪い磯巾着が出る……」

「それはコキュートス地方の沿岸地域です! 私達が行くのは内陸の方なので、磯巾着は出ませんよ。たまにしか」

「待て! いま最後、小声でなんて言った!?」

「とにかく、磯巾着の心配は無用ですから!」

「リアンカ、頼む! 本当のことを言ってくれ……!」

 情けなく眉をへにゃっと下げて、口元を震わせる勇者様。

 まぁちゃんは勇者様も問題なく磯巾着を仕留めていたって前に言っていましたが……仕留められるのに、この不安そうな顔は何なのでしょう。

「大丈夫ですよ、勇者様。磯巾着が出たら忌避剤撒いてあげますから」

「そんな便利なモノがあるなら早く言ってくれ!」

「でも前にコキュートス地方に行ってもらった時は、磯巾着を狩りに行ってもらったんですよ? 忌避剤の情報は要りませんよね?」

「…………」

 「それに私達が向かうのは、コキュートス地方そのものじゃありません。コキュートス地方と、お隣のエーリューズニル地方の境目あたりが目的地になります」

「そこに、何があるんだ?」

「それこそ、着いてからのお楽しみですよ!」

 私がにっこりと笑うと、勇者様もにこりと笑いました。

「俺が命の危機に陥る前に、出来れば警告くらいはしてくれ」

「もう! これは楽しい楽しいピクニックですよ? 命の危機なんて、そんな……精々、八つか九つくらいしかありませんよ!」

「あるんじゃないか! やっぱり、あるんじゃないかー!」

 往生際の悪い勇者様を引きずって、私は問答無用で歩きます。

 目指す先には黒々と闇を広げる……雰囲気満点の森が存在を主張していました。

 私は迷わずそこに向かいます。

 足下の道は、そちらに続いているのですから。

「――さて、勇者様」

「ああ、なんだ」

「此方の森の別名をお教えいたします」

「No! その物言い、わざわざ教える意味はなんなんだ!」

「この森はですね、川鼠の森というんです」

「かわねずみ……? それは泳ぎの得意なモグラの仲間の、カワネズミのことか?」

「ええ、そこでお尋ねしますが勇者様」

「なんだ?」


「 激流下りは好きですか? 」


 ――それから、十分後。

 森のど真ん中をぶち抜く大きな激流の流れに身を任せ、必死に罵声を上げることで意識を保とうと努力する勇者様のお姿が川の波間に見えました。

「勇者様ー、生きてますかー!」

「がぶぼべべぶがふ……っ(※翻訳不能)」

「だから命綱はしっかりって言ったのに……って、命綱は解けたんじゃなくって石に擦れて切れちゃったんでしたっけ」

 本当に勇者様は土壇場で運が悪いと思います。

 激流を悠々と魚の如く泳ぎ、下る。

 全長三mの水棲土竜(もぐら)、ジェニファーちゃんの背に乗った私は、勇者様のお姿を見失わないように慌てて後を追跡しました。

 ジェニファーちゃんは大人しいけれど、そのお友達のジャスミンちゃんは気が荒いですからねー……

 勇者様には二匹の気性を紹介した上で、どちらに乗るかちゃんと聞いたんですけど……自分が気性の荒い方に乗るなんて言うものだから、この惨事です。

 私のことを気遣ってくれたんでしょうけれど、川鼠に乗り慣れた私には無用の心配だったと思うんですよね。正直な話。

 激流下りの川鼠便は便利ですけれど、熟達した技術がなければ苦労するところが玉に瑕です。

 取敢えず、第一の目標地点に到達する前に勇者様を引き上げないと!

 下手したらこのまま……勇者様は海まで行ってしまうかもしれない。

 死んじゃう心配だけは、何故か全然湧いてこないんですけどね。


 何とか勇者様を引き上げて、辿り着いた森の終着点。

 川原で勇者様はへばっておられます。

 五体倒置でない辺りは余裕があるのかもしれませんが、四つん這いでぜーはー。

 全身から滴るどころでなく水がぼったぼたびっしゃびしゃ流れ落ちて行きます。

 私は全身見渡しても髪の毛先と足首の先くらいしか濡れていないのですが。

 私と勇者様の、この濡れ具合の差はなんでしょうね?

 ジェニファーちゃんが人を乗せるの上手かったのか、勇者様の運命が無残なのか。

「勇者様、この川は激流だから手綱を離しちゃ駄目だって言ったじゃないですか」

「あのレベルの流れを激流(・・)で済ませるのか、君は」

「なんたって此処、まぁちゃんの曾々お祖父ちゃんが呑まれて行方不明になった河の支流ですから」

「ちょっと待て」

 全身で疲労を体現し、項垂れていた勇者様がはっと身を起こしました。

 真剣な彼の麗しいお顔が、何だか微妙に引き攣って見えます。

 勇者様、どうしたんですか?

「いま、初耳の情報が出たぞ、おい。まぁ殿の先祖って魔王だろう、なあ」

「魔王が溺れるような川なら、勇者様が溺れるのも仕方ないですかね?」

「先に言おう? な、リアンカ……そういう大事なことは、もっと早く」

 勇者様が何やら切実な顔で訴えてきます。

 でも……あれ? 私、言っていませんでしたっけ?

 首を傾げる私の様子に、何を思ったのか。

 勇者様が深~い溜息をついてしまわれました。

「きゅ」

「きゅー」

 私達を川縁で背から下した、ジェニファーちゃんとジャスミンちゃん。

 川鼠便は森林内の範囲に限って運行されているので、彼らとは此処までです。

 此処まで運んでくれたお礼に、報酬の果物を渡しましょう。

「きゅきゅっ」

「きゅーっ」

 二足立ちした全長三mのモグさん達に、爆裂パインアップルと誘惑メロン。

 すごくあまいよ!

 受け取った二匹は、嬉しそうにきゅっきゅと鳴いています。

 そのままバイバイするみたいに、手を振って私達を見送ってくれました。

「さあ、勇者様! 先に進みましょう、まだ道は長いんです」

「……魔王すらも溺れる川を自在に泳ぐ彼らは一体」

「川鼠さん達です」

「それは見ればわかる。大きさは規格外だけどな」

「まぁちゃんの曾々お祖父ちゃんがカナヅチだったのかもしれませんよ?」

あの(・・)まぁ殿の近親だぞ……?」

「それに魔王が溺れたポイントはここよりもずっと急流です。条件が違うんですから、此処に生息する生き物と比較しても無意味ですよ」

「しゃ、釈然としない……魔王は環境に適応した生物に泳ぎで負けるような存在なのか?」

「勇者様は鯨に肺活量で勝てるんですか? 勝てたら良いですね! 勇者様のちょっと良いとこ見てみたい♪ よし今度海に行きましょう!」

「未だかつてない無茶振りされた!」

 何はともあれ、森一つ分の距離を短縮できました。

 まだまだ越えるべき障害はあります。

 山あり谷あり蟻地獄あり、です!

 そこは勇者様にも、ちょっと頑張ってもらいたいですね!


「さて、それじゃあ勇者様! 次はあっちのお山に登りましょう。巨大ムササビのコロンちゃんって可愛い毛玉がいるんですよ?」

「……って、滑空か!? 空を飛ばせる気なのか、リアンカ!?」

「勇者様、滑空は空を飛ぶ訳じゃないんですよ?」

「否定は無しか! 空を行く必要があるのなら、リアンカの可愛がっているマリエッタちゃんを呼べば良いだろう!?」

「勇者様……もっと情緒を楽しみましょう? マリエッタちゃんで一気に目的地まで行っちゃったら、ピクニックになりませんよ」

「川鼠やムササビの背に乗るのが、リアンカの……魔境の情緒なのか」

「はい」

「即答か! 少しは躊躇ってほしかった……! というかそれピクニックじゃない!! ピクニックじゃないから! これが情緒って嫌な情緒だな、魔境!」

「勇者様は元気ですね~……この調子なら、ちゃんと…………踏破、出来ますよね?」

「なんかいま、ぼそっと不穏な呟きがーっ!!」



 目指す場所は、コキュートス地方とエーリューズニル地方の境目。

 【蒼焔女王の薔薇園】と呼ばれる、魔境でも指折りの景勝地です。

 ……まあ、もっとも?

 景色が良いのも、人が来るのも。

 一年の内で一日だけ……なんですけどね?


 それ以外の時はとてもじゃないけど、近寄りたくありません。


 蒼焔女王と呼ばれた、太古の魔王。

 例の黒い逸話集を見るに、かなりぶっ飛んだ魔王だったとか。

 彼女が愛したという薔薇園は……中々に、物騒ですから!

 


 

 


こんな調子で山あり谷あり奈落あり♪

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