66.予選(魔法なし)の部:決着???
悲しい行き違いの結果、半裸に剥かれた勇者様。
その背を覆う神のご加護は、淡く燐光を放って存在を主張します。
わあ、神々しい。
しかし。
神々しいのは確かなのですが……
それ以上に背徳っぽい雰囲気を纏っているのは気のせいでしょうか。
……これ、魅了耐性のない女性の群れに取り囲まれたら、それこそ酷いことになるのでは。
このままじゃ勇者様のトラウマが更に増えちゃう!
予想以上に憐れっぽいお姿になっちゃったので、これは隠してあげた方が無難な気がします。
ちょっと勇者様の背中が見てみたーい、なんて。
ほとんど思いつきに近い好奇心で酷いことをしてしまいました。
何もこんな公衆の面前で、曝しモノにする必要はありませんでしたよね。
「御免なさい、勇者様……まさか、こんなに酷い(笑)代物だとは思わなくって」
「殊勝な態度で謝っているように見せて、ぐさぐさとトドメをさしにかかるのは止めてくれないか……?」
「そんな、トドメだなんて! 勇者様、ひどい……」
「く……っそんな傷ついたって顔をして! 俺の胸が痛むじゃないか……っ」
勇者様はとっても人が良くて、親切だと思います。
今のところ勇者様は何一つ悪くないんですけどね?
どうやら何も悪くないのに罪悪感に苛まれている様子。
切なげなそのお顔に、観客席の方から不穏な気配が漂います。
……勇者様、今日は無事におうちに帰れますかね?
帰りがけに肉食系の誰かに襲われないよう、その無事を祈ります。
「取り敢えず、勇者様のその目に毒☆なお姿をどうにか……」
困って呟いた、瞬間。
「よし、つまりこういうことか」
アルビレオさんが再び動きました。
その手はかなりの早業で。
此方が何の反応を示す間もなく。
瞬きする間もかけず、勇者様の上半身はまるっと剥がれていました。
胴体部分だけ、つるっと服がなくなりましたよ!?
下半身が無事なので、全裸ではありません。
あとよく見たら、袖も残っていますね!
肩口の辺りで引き千切られたのか、本当に袖だけ。
でもさっきより肌色面積が急上昇☆です。
おっとこれは状況が悪化した……!?
目を丸くする私と、勇者様。
勇者様は唇をわななかせ、言葉も出ないのか。
ただアルビレオさんの悪びれない言葉だけが響きます。
「中途半端な半脱げ状態がまずいのなら、いっそ潔く全部脱げば問題ないだろ」
「も、も、問題大ありだぁぁああああああっ!!」
「安心しろ、大丈夫だ」
「何がだ、何が!」
「ちゃんと弁償はする」
「そういう問題じゃないだろぉ!?」
「じゃあどういう問題が……?」
「くっそ……この顔、絶対にわかってない! 本気で俺の問題に気付いてないな!?」
「男が裸如きでぐだぐだ言うな。むしろ脱げ。普段からあんた、露出度少なくて暑苦しく見えるし」
「魔族の基準で言わないで下さいお願いしますっ!」
「そうですよねー……勇者様の問題は、ストーカーの増加に対する不安と貞操の危機に対する焦燥感がメインですもんね!」
「わかっていてもハッキリ言わないで! 俺のメンタルダメージがっ」
「そうか……お前は難儀な奴なんだな。どんまい」
「染々した口調が俺の心臓を抉る! 今の難儀の原因誰だよ言ってみろ!」
え、今の難儀の原因、ですか……?
それなら言うまでもないですよね!
「「アレ」」
私とアルビレオさんは、ほぼ同時に同じ人物を指さしていました。
マリエッタちゃんに逆さ宙吊りにされたまま、カリカちゃんにじゃれかかられている……騎士Bを。
というかあの人、いつの間にあんなタロットカードみたいな姿勢になっていたんでしょうね?
とても見事な吊られっぷりです。
そのTHE HANGED MANぶりを、勇者様は暫し無言で見ていました。
「……って、死ぬだろ! 死んじゃうだろ、リアンカ!」
「御安心を! ちゃんと半死半生ぎりぎりのところを見極めていますから。薬師の経験を活かして!」
「経験の活かし所、盛大に間違えてる!!」
「それよりも今の問題は勇者様のその格好ですよ!」
「待て、モード殿はあのまま放置か!? どう考えても明らかに、今最優先すべきは彼の救出だろう!」
「でも勇者様の格好は若いお姉さん達の目に毒ですよ。刺激が強すぎます!」
「誰のせいだ、誰の!」
「「ベルガ・モード」」
「その流れはもう良い!!」
「勇者様ったら、自分の格好に無頓着はいけません! 武闘大会は魔境の外からも大勢のお客さんが見物に来るんですから。知る人ぞ知る魔境の一大観光イベントといっても過言じゃないんですよ!?」
つまり、魔境の外の……状態異常耐性の低い方も大勢いらっしゃいます。
参加する為に来る人ですら、魅了耐性のない人は少なくないんです。
「つ、つまり……?」
「いつもの魔境のつもりでいると、うっかり勇者様が無意識にNO☆U☆SA☆TSU☆しちゃったお姉さんに夜道で襲われますよ! 貞操的な意味で!」
「い、いやだぁぁああああああああああああああああああああっ!!」
勇者様、絶叫。
そのまま何か過去の精神的外傷を刺激されたのか、暗く虚ろな眼差しになってしまいました。
かつてなく、その表情が荒んでいます。
ああ、これは本気で洒落になりませんね。
ちょっと脅し過ぎてしまったでしょうか……でも本当のことなんですよね。
いつもの魔境のつもりでいたら間違いなく危険なので、注意喚起しようとは思っていました。
でも今のタイミングじゃなくても良かったかもしれません。
このままでは勇者様が再び引籠ってしまいます。
何と言って正気に戻しましょう?
悩ましい問題です。
でも悩む必要はありませんでした。
観客席の方から、こんな声が聞こえてきたからです。
「――これを受け取れ、アルビレオ!」
それは、まぁちゃんの声でした。
涙が滲むほど、笑いに震えたまぁちゃんの声でした。
どうやら観客席でずっと爆笑していたらしく、顔は素晴らしく晴れやかな笑顔のまま……
まぁちゃんは、アルビレオさんに向かって何かを投げつけたのです。
それは、黒いナニかでした。
ふわりと広がったところを見ると、布の様ですが……
風に乗って受け取り難そうな布も、アルビレオさんは器用に掴み取りました。
私達の目の前で、それが何か……全容がはっきりします。
それは、黒い……下部がミニスカート状になった、バニースーツでした。
うわぁ、まぁちゃん。
これを着せろって言うんですね、わかります。
思わず観客席のまぁちゃんに視線を投げると、その隣でヨシュアンさんがぐっと親指を立ててウインクしてきました。
画伯、何というモノを……
素晴らしいチョイス過ぎて、勇者様の腰が砕けました。
だけどこれだけは叫ばずにいられないと、そんな風に。
勇者様は渾身の力で、大いなる絶叫を上げられたのです。
「お、お前ら……三人がかりで俺を追い詰めるのは止めろ!!」
画伯が数に入っていませんよ、勇者様!
どうやらヨシュアンさんの姿には気付いていないらしい、勇者様。
彼の苦悩に満ちた叫びは遙か、武闘会場の外にまで響いたのでした。
いつの間にか試合の行方は、曖昧あやふや、うやむやで。
結局どうなったのか?
それは騎士Bの棄権で終わりました。
私とアルビレオさんと勇者様はわやわや騒いでいる内に、目を回していた騎士Bは意識を取り戻し……現状を把握する余裕を取り戻していたようです。
完璧に勇者様に気を取られていた私は、全然気付きませんでしたよ!
こちらの気が逸れている隙にと、騎士Bが棄権を宣言して終了。
審判が宣言を受領しちゃったので仕方ありません。
そして私の本戦出場が決定致しました。
――辞退するつもりですけどね!
仕方ないなぁと、渋々Bの敗北宣言を受け入れて。
マリエッタちゃんを空に帰し、私はカリカを連れて試合場の外へ向かいます。
そんな私の隣には、げんなりぐったりした様子の勇者様。
「無駄に……というか試合よりも疲れた」
「御愁傷様です」
「リアンカ、君が言うな」
あんまりお疲れの様子なので、カリカちゃんの背中に乗せて差し上げました。
ここなら安全で、肉食系お姉様達の横槍も入らないでしょう。
それに思い至ったのか、勇者様も大人しくカリカの背に揺られています。
もしかしたら、本気で疲れているのかもしれません。
せっかくなので私も相乗りすることにして、勇者様の前にお邪魔します。
うん、この子は私のペットだけどね!
「だけど、意外だった」
「え? 何がですか」
進み出して少しもしない内に、後ろから声。
勇者様の溜息が、私の首筋をくすぐります。
「……ベルガ・モードをあんなにあっさり解放したこと、が。あの激昂ぶりだったから、もっと粘るかと思った」
「その場合は確実に騎士B死んでますよね」
「わかってたのか、おい」
私が騎士Bをあっさり手放したことが腑に落ちないと勇者様は言いますが、別に何も不思議なことはありません。
自分の口からは言いたくありませんけど、私もこれからどうしようかと戸惑っていたんですから。
まあ、自分では言いたくありませんけど!
ノリと勢いと怒りだけで試合を決めてしまったので、試合運びのやり方とか色々、全然わからなかったんですから。
戦う方法とかやり方とか、わかんないし。
人を意図的に、効果的に甚振る方法なんて知らないし。
騎士Bを痛めつけるにしても、手際よくなんて出来ないし。
うん、いじめは良くないですね。本当に。
人を痛めつけようなんて、慣れないことはするものじゃありません。
ああいうのは私、向いていないんだと思います。
私が直接手を出すより、他にやり様は幾らでもありました。
私はより適した人材にお願いして任せる方が向いています。
例えばまぁちゃんとか、まぁちゃんとか、まぁちゃんとか。
うん、まぁちゃん一択ですね!
でも力加減や効率的な方法とか、私よりずっとわかっているのは確かです。
そっちの方が確実に効果的ですしね☆
まぁ随分と他人任せというか、他力本願で情けないですけど。
「さて、勇者様」
「うん?」
「果たして本当に、私はあっさりと騎士Bを開放したのでしょうか……?」
「えっ」
でも、そうなんです。
私はやっぱり、他の人にお願いする方が性に合ってました。
「それはどういう……」
勇者様が怪訝さを全開にした声で、私に声をかけようとします。
そのお顔は、残念ながら位置的な問題で見えませんけれど。
でも顔が見えなければ、心も痛まず話をぶった切れます。
「あ、ほら勇者様! まぁちゃんやヨシュアンさんがいますよ!」
「え、あ、ああ……もう出口か」
「二人とも待ってくれていたんですねー」
私達にぶんぶんと手を振る、ヨシュアンさん。
まぁちゃんもひらひらと軽く手を振っています。
カリカちゃんがたたっと二人に駆け寄りました。
「試合見てたよ☆ リアンカちゃんはやっぱり戦いなんて人に任せてる方が似合うって思うな、俺」
「おう。リアンカは危ねぇことなんざ俺にでも任せとけば良いんだよ。お前は前に出ず、後ろに控えて笑ってりゃ良いさ」
「うん、慣れないことはするものじゃないって痛感しちゃったよ。でもそれより、画伯! 確認ですけど、どうですか」
「うん、お願いされてたことかな! ばっちりだって言っておくよ、お任せあれ☆ ほら、ちゃんとスケッチも沢山取ったし、動きのトレースも問題なく出来るようパターン分けも完了したし」
「流石は画伯、仕事が早いですね!」
にこっと良い笑顔で、画伯はぐっと親指を立てました。
小脇に抱えられたスケッチブックを自慢げに掲げてきます。
きっとその中には……試合中に見られた騎士Bのイロイロが描かれていることでしょう。
でも彼に対して、情けや容赦は無用だと思っています。
「…………スケッチって、まさか。リアンカ……?」
勇者様の指先が、軽く震えているのを感じます。
多分、彼の予想は間違っていません。
「今回の試合では色々なモノを武器に使いましたが……今も昔も、私の取れる奥の手は一つ。勇者様、私の最大の武器ってなんだと思います?」
「え、最大の……?」
「 伝 手 と コ ネ です」
「知ってたけど! それ知ってるというか今更明白な事実過ぎる!」
「勇者様、昔の偉い方は言いました。
――目には目を、歯には歯を。でしたら恥辱には恥辱を。
だから今回はとびっきりの恥を曝してもらえるよう、画伯にお願いしてみました☆」
「同害復讐法!? いや、やり過ぎだろ!」
「あの騎士さんにニーズがあるか不安だけど……そこは俺の腕次第☆ この技量で補ってみせるよ、リアンカちゃん! どんなマニアックなジャンルでもどんとこい☆」
「頼もしいです、画伯!」
「いや、既に色々やり過ぎてるから! 冷静に考え直せっ」
「え? 何を言っているんですか……ラーラお姉ちゃんから「もう充分」っては言われてませんよ」
「そもそも彼女試合すら見に来てないだろ!? 勝手に知らないところで報復されている事実を知らないのに、ストップの声がかかる訳がない……!」
「取り敢えず画伯の次の新作は、武骨な女騎士が恥辱に塗れるお話になる予定だそうです。詳しい内容は知りませんし、私は読む予定なんてありませんけど。でも、もし読む機会があれば感想よろしくお願いしますね? 騎士B本人に」
「もうやめてあげて! 止めてあげて、可哀想だから!」
「勇者様に可哀想って言われるなんて……! 勇者様、その言葉はBには過ぎます」
「それどういう意味だ……」
「だって今までを思うに、騎士Bなんかより勇者様の方がよほど酷い目に遭ってきている気がします。そんな勇者様に可哀想といってもらえるだけの資格が、果たして騎士Bにあるでしょうか……」
「回り回って俺にも酷いから、その物言い。絶対に自分よりも酷い目に遭った相手にしか言えないなんて決まりはないだろう!?」
「勇者様より酷い目……あ、そういえば予備の服の具合はどうですか」
「いきなり話を変えないでくれ……! 予備の調子は悪くないけれど!」
私の背後に座る、勇者様。
その必死な様子に、まぁちゃんが笑っています。
バニースーツよりはマシだからと、彼が着ているのは運営本部で借りたベテルギウスさんの私服で。
半裸ではなくなったものの、その実態は半裸コート。
コートを脱げば、即座に上半身『裸』がお目見えです。
何と言うか……変質者一歩手前ですよね!
何か、かなり危うい格好のような気がするのは気のせいでしょうか。
魔族の服は勇者様の私服より露出度が高い。
肩が出ちゃってる服とか、背中が空いている服とか。
そっちを貸されるよりはと、勇者様のこのチョイス。
半裸マントという選択肢もありましたが、勇者様はコートを手に取りました。
見た目が半裸ダイレクトよりはマシですが、ええ本当に。
勇者様本人はなるべく考えないようにして、気を逸らしていますけど。
でも勇者様の常識からすると……中々に精神的にクる格好なのでは。
首を傾げた私の耳を、再び勇者様の溜息がくすぐります。
深々と吐かれたそれを思うに……今日も勇者様の苦悩は根が深そうでした。
リアンカ・アルディーク
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