65.予選(魔法なし)の部:神々の重い愛のあかし
最初はなんだかちょっと筆が進まなかったのですが……
勇者様がずばぁぁああああっとされちゃったあたりから、凄く指が走りまして。
長くなったので2回に分けて、次話は朝に投稿します。
私がパンパンと手を叩くと、私の意を汲みとったマリエッタちゃんが即座に騎士Bを再び空へと吊り上げました。
とても罪人っぽいお姿です。
どうしようかな、思わず悩みます。
もう誰も、私を止める人はいない……って感じでしょうか?
えっと、ここからどうしたら良いんでしょうか。
騎士Bはもう弱々しい抵抗しか出来ない様子。
これってどうやったら私が勝ったことになるのかな。
誰の目にも明らかなトドメを刺せってことでしょうか。
でも、どんな状態にしたらトドメになるのでしょう……?
よくわからなかったので、とにかく何かやってみる事にしました。
私は騎士Bに社会的なトドメを刺すべく、腰のポーチに手をやって……
まさかここで制止がかかるなんて。
いったい、誰が予想したんでしょうね?
勢い全てを吹っ飛ばすような爆音とともに、その方は舞い降り(笑)ました。
ええ、ええそれはもう……勢いよく地面に突き刺さって。
石畳の床がめっちゃくちゃです。
小さなクレーターの真ん中で、勇者様の長く伸びたおみ足が空に向けて己の存在を誇示しておられます。
わあ、勇者様ったら見事な逆立ちー……
頭がすっぽり、地面に埋まっちゃってるみたいですけど。
というか突き刺さってます。突き刺さってますよ!
ええと、この人……一体何しに来たんでしょうね?
「ゆ、勇者様―……」
こんな、見事に突き刺さっちゃって。
「逆さトーテムポールに職替えですか?」
「そんなわけあるかぁぁああああああっ!!」
あ。復活した。
相変わらず、勇者様の復活は早いようで何よりです。
そんな勇者様が、今現在。
絶賛、人質中な訳ですが……何やってるんでしょうね(笑)
「な、勇者様を人質(笑)にするなんて……要求は何ですか! え、えーと……スワンさん!」
「惜しい! 何か違う」
……顔は覚えているんです。顔は。
それからラーラお姉ちゃんの元彼という、驚愕の素情も覚えています。
でもそれ以外の……兎含めてそれ以外の衝撃が強すぎました。
お陰で名前がさっぱり出てきません。
何か白鳥っぽいって印象しかないんですが。
「それじゃあ……えっと、アルペジオさん?」
「遠くて近いな。さっきのスワンとどっこいどっこい」
「リアンカ、彼はアルビレオ殿だ。何故か今、俺を拘束している!」
「アルビレオだ。そしてこっちは人質だ」
「待て、どうして俺を人質にする!? 誰に対しての人質だ!」
「誰って、リアンカお嬢さんへの? 以前の態度から見て、かなり優秀な人質になるに違いないと厚く期待しているぞ」
混乱からか青いおめめを白黒させて、勇者様が藻掻きます。
でも肉食な白鳥さんはどうやらかなりがっちりとホールドしちゃってるようですね!
→ 勇者様 は にげられない!
「それじゃ人質交換の交渉だ」
「納得がいかない!」
「納得済みならそれは共犯、人質じゃなくなる。だから、納得が得られなくても俺は気にしない」
「尤もな言い分だが! それは尤もな言い分なんだが……! 俺が言いたいのはそんな事じゃないんだ!」
「都合が良かったんだ」
「は!?」
「リアンカ嬢ちゃんの気が引けて、快くトマトの身柄を引き渡してくれそうな奴が、丁度頃合いよくその辺に転がっていたから。これは利用しない手はないな、と……さあ、トマトと交換で売られてくれ」
「筋道が通っているようで全然道理が通っていないからな、その主張! あとトマトってなんだ、トマトって! モード卿のことか!? まだ彼は生きているから!」
ぎゃいぎゃいと白鳥さんの上腕に挟まれたままですが。
勇者様ったら楽しそうですね!
魔境には独特の感性で生きている方が多いので、勇者様のような律儀な方は貴重です。
まさか御自身が人質に取られている時まで、こんな律儀さを発揮してくれるなんて……。
身の危険にさらされてまでツッコミに尽力してくれる人はそうはいないんじゃないでしょうか。
白鳥さんは自由な感性のまま、うんと頷いて私の方を見ました。
勇者様はまだぎゃいぎゃい言っていましたが、無視する勢いです。
「さて、人質の活きも良いうちに話を進めるとして」
「進めるな!」
「……進めるとして、えーとリアンカちゃん」
「はいはい、何ですか?」
勇者様が私に対する人質で。
求められているのは騎士Bとの交換。
それに対する交渉を今から白鳥アルビレオさんがやってくれるみたいですが……一体、どんな交渉を持ちかけてくるんでしょうか。
さっきまではB許すまじの気持ちで一杯だったんですが……
素直になりましょう。
今の私は期待感の高まりにわくわくしていました。
いったい、彼は何をしてくれるんでしょう。
子供のように目を輝かせる私に。
アルビレオさんは言ったのです。
「そこのトマトとこの勇者の交換してくれ。要求に応じてくれないなら…………なにしようか」
何が効果的かな、と。
アルビレオさん、首傾げちゃいましたよ?
私はすかさず、叫んでみました。
ちょっとわざとらしくなっちゃいましたが。
「お願い! 勇者様の、勇者様の服を剥ぎ取ることだけは……! それだけは許してあげて! 特に背中なんて……許してあげて!」
「え゛っ」
「なるほど。声なきその訴え、確かに受け取った」
暗に「やれ」と言ってしまったような気もします。
うん、でも可哀想ですよね! お願い、許してあげて!
だって勇者様の背中には……お可哀想に、神々の刻印が刻まれているとかなんとか、そういうお話ですから。
ちょっと見てみたい、そう思わないでもありません。ええ、ちょっとだけですが。
そしてアルビレオさんは。
いろんな意味で優秀でした。
「――南無」
勇者様に真顔で言い置き、次の瞬間。
アルビレオさんは勇者様の手を掴み上げ、まるで踊るような軽やかさでくるっと背中側がこっちを向くように反転させました。
勇者様の望んだ動きではないでしょうに、相手の意思なくどう動かせば望んだ姿勢に移るのか……人体構造と反射作用をよく知った人の動きでした。
思わずアルビレオさんの意思通り、反転した勇者様。
その両手首はアルビレオさんが片手で頭上に掴みあげたまま。
白鳥さんのもう片手、空いている側の手が、勇者様の背を撫でるように素早く動きました。
たったそれだけで、劇的な変化が!
勇者様の服、背中側が……こう、ずばぁぁあああああっと!
「き、きゃぁぁぁああああああああああ!?」
驚いたんでしょうね。
ものすっごく驚いたんでしょう。
突然の事態に、勇者様が悲鳴を上げました。
でもきゃーって勇者様、女の子みたいな悲鳴ですよね!
前にもきゃーって悲鳴上げてた気もしますけど!
「す、すごい……凄いです、アルビレオさん! まさか綺麗に服だけ、勇者様本体には薄皮一枚傷つけることなく服だけ一閃に切り裂くなんて!」
あまりの早業、いえ神業に私は思わず拍手していました。ぺちぺち。
そして観客席からは女性のものと思わしき……黄色い悲鳴ってやつが、多重奏で一斉に私達の耳を直撃しました。折り重なって増幅された喜色に満ちた悲鳴が、耳をつんざく大音量。
むしろそっちの黄色い声が大打撃です。主に私の鼓膜に。
女性への危機感に苛まれ、悲劇に満ち満ちた人生を歩んでいらした勇者様は、女性から感じる身の危険には敏感です。
でも今はそれすら気にならないのでしょう。
己の、惨状に。
「な、なにをするんだ君はーっ!!」
今の勇者様は……何と言えば良いのでしょう。
山賊に身包み剥ごうと襲われたみたいな感じ?
両手を吊り上げるように、頭上でアルビレオさんに固定され。
その姿勢はさながら調理されるのを待つ鶏の如く。
此方に向けられた背中は、背骨の真上を走るように真中一直線に切り裂かれ……勇者様のアレな背中が丸見えです。
「あれが神々の刻印……これはひどい!」
そう、酷いんです。
皆様、覚えておいででしょうか。
勇者様の背中には……アレがあるんです。
服の残骸の下から覗く、予想以上に酷い刻印(爆笑)が
詳細を語るのは、少し可哀想なので憚られますが……
刻まれた図案は太陽神の太陽、美の女神の薔薇、愛の神のハート。
変ったところで幸運の女神の藁しべと、選定の女神の☝。
それらが複雑に絡み合いながらも調和をもたらし、面白いことに……。
神々の刻印でもある、それぞれの神のシンボル。
刻まれた刻印の大きさや面積範囲は、勇者様個人に干渉する神々の加護の大きさを表しているそうです。
より関心の強い神の刻印はより大きく、鮮やかに。……華やかに。
勇者様の背中、肩甲骨の間を占領するように大きく場を占めるのは太陽のシンボル。それも神の力を示すように、うっすら光っています。さすが、光と炎の象徴。
一番良いところを占領しているのを見るに、恐らく勇者様に一番に刻まれた加護は太陽神のものだった……ということでしょう。
背中がまっさらだったら、端っこじゃなくって真ん中に刻みますよね、絶対。だから良い場所を取った加護ほど、先に刻まれたものだと推察できます。
そこから考えるに、次に勇者様に刻まれた加護は……美ですね。絶対。
美の女神を示す薔薇は、一番良い配置を太陽神に取られた腹いせでしょうか……真中は取られた代わりに、と無言の主張を感じるほど広範囲に勢力が及んでいます。
太陽が真ん中にあるせいで太陽が主役に見えるのですが、それを取り囲むように刻まれた無数の薔薇。
鮮やかな明暗や微妙な色の違いが織りなす深み。
精緻な薔薇の数々は『美』の神だけはある美しさです。
多分、『美』を重んじた結果、先に刻まれた太陽神の刻印をないがしろにして全体の調和を崩すことは忌避したのでしょう。
色とりどりの薔薇は太陽に負けず存在感を放っていますが、太陽を殺すような色合いを避けていました。
金色をメインに、差し色で赤が刻まれた太陽。
周囲を彩り、勇者様の背中の大部分を占拠する青や緑、黄色の薔薇。
これも神の力によってか、薔薇の刻印から薄光の花弁がはらはらと舞い散っているように見えます。
華やか過ぎて、目に眩しい(笑)!
これだけでも意匠としては目立つこと、この上ないのですが。
更にこれに加えられた圧倒的な存在感……赤くピンクなハートマーク!
外側の真赤が、内側に向かって色の薄くなっていくグラデーションが良い味を出しています。
愛の神も、この完成度の中に割り込む……どころか、良い位置を狙って大胆にやらかしています。
太陽の三分の一から半分ほどの大きさのハートが、図案として違和感のない位置で目立っています。
一番大きなハートが陣取っている場所は、なんと太陽の真下。
しかも太陽の下部四分の一くらいの位置に被っています。
これ、絶対にわざとですよね……!
そのハートを中心に、小ぶりのハートが三つ。
全体が左右非対称となりますが、それが逆にアクセントとなって図案を引き締めているように思えます。
薔薇の印象を完全な背景にしかねない存在感ですが、不思議と薔薇の存在もハートを置かれることで引き立て合っているように見える……のは、神々の関係性によるものでしょうか。
伝承によると美の女神と愛の神は親子らしいので、その関係の濃さ強さと仲良し度が互いを引き立て合う結果に繋がっているのでしょうか。
ここまでの三つの刻印で、これ以上に何を足す余地が……と。
勇者様の背中は完全に占拠されています。
更に此処に刻印を足すとなって、幸運の女神や選定の女神は苦悩した……かもしれませんね。
完成度が既に高すぎて、ここに藁しべとか足さなきゃならないのは緊張や度胸を強いられてことと思います。
そしてどうやら幸運の女神は、堂々と割り込む図々しさは持ち合わせていなかったようです。
藁、完全な外周円というか……本気で模様と化しています。
太陽・薔薇・ハートの目立つ面々を取り囲む藁で編まれた円模様。
……うん、真中に割り込むことができなかったっぽい。
他の神の主張が強すぎて幸運の女神の刻印は完全に添え物と化していました。何と言うか……勇者様の背中を絵柄として見ると、全体を引き締める為の賑やかし程度っぽい感じです。
でもそれでも、幸運の女神様は頑張ったのでしょう。
正直、尊敬します。
だけど空気を読まなかったのは、選定の女神。
彼の女神が勇者様の背に刻印を刻んだのは、近年のこと。
勇者様が『勇者』の選定を受けた時でしょう。
その時に刻まれた加護の、指さしマーク。
これがかなり無造作に、適当に刻んだとしか思えない位置にいる訳ですが。
具体的に言うと、右の肩甲骨の上。
いきなりそこに、指さしマーク。
太陽やハートに被らない位置を選んだのでしょうが……何の脈絡もないせいで違和感を覚えます。
他の刻印の統一感が素晴らしいだけに、何ともアンバランスな!
それがむしろ面白いと思ってしまった、私の感性はおかしいでしょうか(笑)
互いに食い合って混沌となりそうなモノも、それぞれの大きさが同等ではない為に強く主張争いをすることもなく。
一応言っておくと、デザインとしての完成度は高かったです。
指さしマークさえ無かったら、ですけど。
しかし、本当に凄いというか……酷いというか。
勇者様の背中の九割は、肌色ではない色柄に占領されていました。
「うわぁ。勇者様、どれだけ神の愛に呪われてるんでしょうね……」
「なんだ!? 俺の背中にいったい何があるっていうんだ……! 人が見えないっていうのに気になる感想を口に出すのは止めてくれ」
「だったらご自分でも確認しておけば良かったじゃないですか。背中に刻印があるのはもうわかっているんですから、家にいる時にでも鏡で確認はできたと思いますよ?」
「か、確認なんて……怖くて出来るか! 何があるのか見なかったんじゃない、見られなかったんだ……!」
勇者様は、本気で怯えていました。
神の愛に脅かされ、加護に苛まれた人生=もうすぐ二十年。
どうやら大分、心情的に追いつめられるものがあったと見えます。
「しかし勇者様、今のお姿はだいぶ公序良俗に喧嘩を売ってますよ」
「真顔で何を言うかと思えば……誰のせいだ!」
「アルビレオさんです」
「差し向けたのは誰だーっ!!」
背中を剥いているので、苦しい体勢ながらもこっちに必死に顔を向ける勇者様。うん、全然こわくない。
今のお姿は大分、なんというか……間抜けというか、酷いというか(笑)
そんなお姿で必死になっているので、かなり可哀想に見えます。
それだけではありません。
勇者様の服の残骸具合が、何やら背徳的な方向で異様な雰囲気を醸し出していませんか?
普段は隠れている首筋から肩から背中から、がっぱり見えている状態で。
首に巻かれていた長めのスカーフも、服も背中で切り裂かれ、勇者様の白いお肌に纏わりつくのみ。
体の前面側は服も無傷なので、完全に身体から落ちることもなく。
腕の通された袖やら何やらに引っ掛かり、垂れ下がる。
辛うじてズボンが無事だったのは、アルビレオさんの情けでしょうか。
私としてもそこまで曝されていたら確実に困っていたので、下半身が無傷なのは有難いことです。




