62.予選(魔法なし)の部:イタさ抜群☆素敵な日記(偽)朗読会
書いている内にちょっと迷走しました。
騎士Bが素直に大人しく私の要求を聞いたかというと、そんなことはなく。
微妙に顔を引き攣らせながら突貫してきたので、カリカちゃんに遊んであげてもらいました。
「カリカちゃん、ぱーんち!」
「がうっ!」
まるで温かく包み込む様な、大きく柔らかな肉球。
太くもふっとした前足が繰り出す、横殴りの一撃。
効果音をつけるなら「ぺいっ」というところでしょうか。
相手が武器を構えていようが何のその。
武装丸ごと、カリカちゃんの軽い一撃で横手に吹っ飛びました。
うん、あんなぶっとい前足が相手ですもんね。
重そうな鎧も意味はありません。
足から刈り取れます、足から。
……ついでに意識まで刈り取られなかった辺りは、騎士Bも中々やりますね!
でも傍目にアレです。
アレを思い出します。
猫に翻弄され、甚振られる鼠にしか見えませんね?
なんだか騎士Bが、玩具の鎧を着せられたハムスターに見えました。
カリカちゃんの甚振り方も、こう……本気で猫みたいで、こうちょいちょいって、ちょいちょいって感じ。
爪をひっこめている辺り、本気で遊んでいます。
終いにはよろよろ転ぶ度、上からぺちんっとカリカちゃんの肉球に抑えつけられたり転がされたり。
じたばたと藻掻く騎士Bは、完璧に抑え込まれてしまいました。
う~ん……カリカちゃんならこのまま試合終了に持ち込めそうですが、それだと私の溜飲が下がりません。
騎士Bにはもうちょっと恥辱を味わってもらいましょう。
私は効果的に騎士Bへの嫌がr……精神攻撃を行うべく、腰のベルトに挟んでいた道具を手に取りました。
まるで小型の棍棒にも見えますね。
あれ、ロッドって棍棒じゃなくって杖だっけ?
……まあ些細な違いですよね。うん。
空気に干渉する力の強い、風の魔法石が組み込まれたこの道具。
これが何かといえば、まぁちゃん特製の『拡声器』です。
さあ、騎士Bの恥ずかしいところを赤裸々に語る朗読会。
是非とも、皆さんには聞いていただきたいですよね?
「『あーあーあー……マイクテス、マイクテス。只今マイクのテスト中です。色は匂へど散りぬるを 我が世誰そ常ならむ 有為の奥山今日越えて 浅き夢見じ酔ひもせず……滑舌チェック問題なし!』」
んー……と、ん、よし。
調子良さそうですね!
「『――それでは、これより騎士ベルガ・モードの日記朗読会を開始致します!』」
カリカちゃんの肉球の下で、誰かが暴れ始めたようです。
全力で誰かさんは足掻いているらしく、震動がカリカちゃんの上にいる私にまで伝わってきますが……
楽しそうなカリカが嬉々として抑え込みにかかったので、あまり気にする必要はないでしょう。
この程度の揺れだったら、『本』を読むにも支障ありませんしね☆
「『――第1章 春野辺の乙女。
「やだ、遅刻しちゃう!」私は叫び、飛び起きた。
今宵は春祭りのダンスパーティなのに!
こんな日に寝過ごしちゃうなんて、私ったら☆
今年こそはアンディと踊りたい。緊張と期待で胸が震えちゃう。
昨日は遅くまで胸がドキドキして眠れなかったの……それがこんなことになるなんて!』」
おや? 会場中が無言ですね。
無言で、朗読に耳を澄まして下さっているようです。
ご清聴いただけるなんて光栄ですね。
どうやら続きも気にしてもらえているようです。
ええ、ここは期待に応えてちゃんと朗読を続行しましょう。
「『アンディと踊りたい子はたくさんいるのよ。
私だってそのひとり! アンディのたくましい腕に抱かれて踊ることを考えたら……もう! もう! 胸に頬なんて寄せちゃったりして!!
ああん、寝坊なんかしたら出遅れちゃう……!』」
私はなるべく情感を込めて、自分の声の女の子らしい部分を強調しながら文章を読み上げました。
ええ、いつもより若干声も高めです。
ぶりっ子みたいで自分の声もちょっと気持ち悪いけど。
でも今、この声で一番ダメージを喰らっているのは私ではないはず。
確かな確信をもって、私は『騎士Bの日記』を読み上げ続けました。
~ 一方、観客席 ~
「……あれが、ベルガの日記…………って」
気の毒そうな顔をする、エルティナ。
ちらりちらりと彼女の視線が彷徨っている。
「疲れてたんだろうか、ベルガさん。……精神分裂症、ってやつかもね」
さも気の毒そうな顔で尤もらしく語るのは、騎士Cことサイ。
仲間のことを案じているようでいて、口元がによっと歪んでいる。
その隣では騎士A……アスターが肩を震わせていた。
「ってか、あれが……アレってか、あ゛ああああ……」
何故か身悶え、頭を抱えるアスター。
その顔は絶望と羞恥で愉快な表情を刻んでいる。
彼は一つ、会場の多くが知らない事実を知っていた。
知っている『事実』を述べれば、ベルガ・モードの名誉はある程度復調する見積もりはあるのだが……
己自身の羞恥心と自尊心が故に、到底『事実』を暴露出来そうにない。
そんな彼の隣で。
ごく僅かな『事実』を知る一人であるサイが、小さく微笑みながらぼそっと呟いた。
「――というかアレ、アスターさんの『愛読書』ですよね」
「ぐは……っ」
騎士Cより騎士Aにクリティカルヒット!
騎士Aは胸部の奥深くに3,700のダメージを受けた!
「さ、サイ……なんでソレを知っている」
「この間、皆のお布団を干していたら枕の下から出てきましたよ。アレ」
「うぐっ な、なか……見たのか?」
「それは……まあ、騎士の仲間が枕の下に『愛憎のピンキィ☆パール~下克上プリンセス❤愛と袋小路の物語~』なんて題名の本を隠していたら……普通に気になりませんか?」
「…………ぐ、あ、あ、あ、あぁあああああ……」
「アスターさん、個人の趣味は人それぞれですから……ね?」
仲間の肩をぽん、と軽く叩くサイ。
青年の眼差しは随分と生暖かいものだった。
「……なあ、アレさ。ベルガの日記じゃなくってただの小説だって申告すべきかな」
「それは……そんなことをしようものなら、その場で内容を知っているアスターの私物だと特定されてしまいますよ?」
「何という二次災害! 巻き込み事故必至!?」
「あまりお勧めはできないかと。ここは黙っておいた方が被害も少なく済むのでは?」
自分の名誉と、仲間の名誉。
重すぎる天秤の傾きに、アスターはますます頭を抱えた。
枕の下に隠していた筈の、自身の愛読書がどこから流出したのか……リアンカに流した張本人たる、騎士Cのことを疑うこともなく。
さて、皆様はお気づきでしょうか。
私が読み上げているこの本が、どう考えても騎士職20代の野郎が書いた日記だと考えるには明らかな無理があることに。
実はこれ、カバーだけ騎士Bの日記なんですけど、中身は別モノなんですよね。
中身はなんだか鋭角的に精神を抉ってくる部類の痛い小説です。
騎士Aの愛読書って聞きましたが、あの人なに読んでるんでしょうね。
そしてそれを敢えて騎士Bの日記として読み上げているのは……勿論、故意ですが。
実はこれ、Bの名誉を失墜させようと騎士Cが提案した案の一つ。
……うん、とっても面白そうだったから案に乗っちゃいました。
それに……本命は、最後まで取っておくものですから。
まあ、最後には無駄にならないように、ちゃんと放出しますけど。
「『大慌てで、嫌になっちゃう☆ でも身だしなみをきちんとしないとアンディに振り向いてもらえないもの!
私はママに笑われながら、髪の毛を綺麗に巻こうと必死で鏝を当てたのよ。アンディの好きな女の子のタイプはくるくる縦ロールの女の子……セットの手は抜けないわ!
なのに、グレアムったら「姉貴、そんなに努力したって無駄に終わるさ」だなんて! もう、あの子ったら生意気盛りなんだから!
昔は……私の弟として引き取られたばかりの頃は、こんな子じゃなかったのに……』」
さて、気のせいでしょうか。
心なしか先程より、カリカちゃんの前足に抑え込まれた騎士Bの抵抗が若干どころでなく激しくなってきているようです。
何かを叫ぼうとしているようですが、顔面にはもろにカリカの毛皮が密着しています。
声も毛皮に吸収されているのか、何を言っているのかよくわかりません。
わからないなら、気にすることなんてありませんよね!
――さて、続き続き。
「『でもどうして、グレアム?
どうしてそんな目で私を見るの……?
そんな殺意と憎悪に満ちた、殺人鬼のような眼差しで。
真っ赤に染まった鋭い瞳で、夜ごと私をじっと凝視するのは何故なの。
……もしかしたら私の義弟には、破滅願望でもあるのかもしれないわ。精神科の先生にご相談した方が良いかしら。
姉さんはグレアムのことが心配よ!』」
もしもこれが本当に騎士Bの日記だったとしたら、精神科の先生にご相談がいるのは騎士Bの方です。
きっと、ご清聴下さっている観客の皆様もそうお思いのことでしょう。
まあ実際は騎士Bの日記じゃないんですけどね。
でもこれが妄想小説の類だったとしても、痛さが半端ないです。
「『私にビンタしたのね、メアリ……「真知子! あなた、アンディをジョルジュに盗られても良いの!?」そんなことを言われたって……ああ、でも! アンディを他の誰かに渡すなんて考えられない!
アンディを私のモノにする為なら……邪鬼王様にジョルジュの魂を叩き売ってでも!』」
……これ、本当に一体どんなお話なんでしょうか。
主人公の憧れの君と思しき男性が、40代オネエ系の魔の手に堕ちかけて……っていうか半ば堕ちちゃってるんですけど。
アンディ、どうした。何を血迷ったの。
何故かアンディがオネエ系おじ様のお宅に転がりこんで、血迷った主人公が黒魔術と妖怪の世界に走っちゃってるんですけど。
読んでいる内にだんだん意味がわからなくなってきました。
騎士Aはどこが面白くってこの本を愛読しているのでしょうか。
真剣に意味不明過ぎて、つい本の内容に没入してしまいました。
その間に、鎧の一部を外したことで何とか騎士Bが片腕の自由を確保していたことに気付きもせずに、ね。
「――それが俺の日記……ってそんな訳あるかー!名誉棄損にも程があるっ」
「!?」
あ、しまった。
注意が逸れた隙に、騎士Bが!
それは私が目を離した隙の出来事でした。
私が気付いた時には、どうやら隠し持っていたらしき短剣を騎士Bが振り上げて……唯一自由になる左腕で、ぐっさりと。
カリカちゃんの前足……皮膚の薄そうな指に、突き立てたんです。
「がぁあぁあああああああああああっ!!」
空に轟かんばかりの壮絶さで。
カリカちゃんの苦痛の叫びが耳をつんざいた。
思わずと反射行動でカリカの身体が暴れる。躍動する。跳ね回る。
私は振り落とされかけて、必死にカリカの毛皮にしがみ付いた。
「あ、本が……っ」
手に一瞬、力が入らなくなって。
小脇に挟んでいた本が……騎士Aの愛読書が、宙に跳ねた。
暴れるカリカちゃんの傍からさっと跳び退りつつ、騎士Bが空を舞う本をばしっと乱暴に鷲掴む。
顔を引き攣らせながら、怖い顔で騎士Bは本の各所に視線を走らせた。
これじゃカバーだけ別モノだって、すぐにバレちゃう!
いや騎士B本人にとっては明らかに内容別モノだったけど!
「これは……アスターの本じゃないか! 俺の日記じゃないじゃないか!! というかコレ渡したの誰だ。内通者はアスターなのか!?」
「――被害飛び火したーっ!?」
何やら遠く観客席のどこかで悲痛な叫びが聞こえたような……
いえ、今はそこ気にするとこじゃないですね。
目の前に絶賛お怒り中の騎士Bがいます。
「…………アルディーク嬢、悪ふざけが過ぎるのじゃないか」
「嫌ですね、ベルガさん。別にふざけていた訳じゃありませんよ?」
「じゃあどういうつもりなんだ」
「ただの嫌がらせです!」
「すっぱりと最低なこと言うんじゃない!」
騎士Bは怒りのせいで先程までの油断も隙も潰れてしまったようですが……まあ頭に血が上ったら上ったで、やり様はあります。
私だって名誉棄損くらいで許すつもりはなく。
まだ、奥の手があるんですよ?
覚悟を決めて下さいね、騎士B。
私は表面上にっこりと微笑み……
奥の手の一つに手を伸ばしました。
今日も変わらず、胸元で揺れているモノ。
私の動きに合わせて、ちゃりちゃりと跳ねる。
私がいつも身に付けている首飾り。
ペンダントトップは銀色の、小さな笛。
さあて、騎士B?
私のペットはカリカちゃんだけじゃありません。
是非、紹介して差し上げようじゃありませんか。
リアンカ・アルディーク
武器:カリカ
騎士Bの日記帳
拡声器
騎士Aの愛読書
???
???
最初は騎士Aの愛読書を「官能小説」にする予定だったのですが……まぁちゃんの反応が鬼神降臨状態に陥りそうだったので内容が迷走しました。なんだか謎のご本になっちゃいました☆




