61.予選(魔法なし)の部:強いペットの育て方魔境式
灼熱を思わせる、銅にも似たとろみのある光沢。
赤味の混じった黄金に見えるのは、太陽光による錯覚だろうか。
滑らかな毛皮を風に波立たせ、試合場の真ん中に獣は降り立った。
まるで燃え上がる炎のように。
……というか、実際に燃えていた。
試合場の真ん中で、衆目の目にさらされる獣の威容。
見ただけで他者を圧倒する、その姿。
体長は目測で5mに届くか、といったところだろうか。
長い尾が蛇のようにゆらりと揺れる。
そのまま立っているだけで、人を見下ろす程の体高。
全身に揺らめき立ち上る、影炎を伴った黄金の光。
一流の服飾関係者が唾を呑みそうな見事な毛皮は、真っ当な生物にあるまじきことに、炎を孕んで燃え盛っている。
そして獣の最大の特徴……口元から伸びた大きな牙。
重戦士のふるう大剣にも劣らない。
凶暴な暴力を象徴するような、しかしどことなしか洗練されたような……鋭く研ぎ澄まされた獣性の剣が、威嚇するかの様に空気を切り裂いた。
どう見ても、その姿はただの獣に非ず。
魔獣……魔境では珍しくもない、異形の名が観衆の脳裏に走った。
それも明らかに、大物だ。
魔の力を宿した、恐るべき獣。
獰猛な野獣の目には理知的な光がある。
そう、本能的に暴れ回るだけではなく、知性を有しているのだ。
それだけに手強く、高位の魔獣と知れる。
だが油断ならない筈の恐るべき獣の傍で……状況にそぐわぬ優しげな微笑みを浮かべる者がいる。
獣を隣に従えて。
彼女は叫んだ。
「カリカちゃーん、GO!!」
びしっと対戦相手……騎士ベルガ・モードを真っ直ぐに指さすのは、一般的な目線で見ても可愛い村娘。
ほっそりとしていながらも局地的に豊かさを宿した肉体が、大仰な動きに連動して「ふるん」と揺れた。
だが、対戦相手はそれどころではなく。
少女の姿など目に入らぬとばかり、目前に悠然と立ち姿を披露する獣に見入るばかり。
観客席のどこかから、凛々しさを秘めた男性の叫び声が聞こえた。
「ちょっと待てぇぇえええええええっ!!」
騎士ベルガがその叫びに同感だと思ったか、否かは……あいにくと誰も知ることはない。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
さあ、いよいよ待望の!
騎士Bを粛s……打ちのめす機会が巡って参りました。
とりあえずラーラお姉ちゃんの為に地べたに額を擦りつけて命乞いをするまで許してあげる気にはなれません。
だけど私には、それを成し遂げるだけの手段が足りないのも、また事実。
泣き寝入りはする気もさせる気もないけれど。
でもまぁちゃんの庇護の下に大事にされてきた私が、たった一人で、自分の力だけで力も体力も技術も戦闘面で勝る騎士を相手に何とか出来るとは思えないんです。
思えたちゃったらソレは過信も良いところでしょう。
うん、自分を過大評価するのは失敗の大前提です。
だから私は素直に、冷静に、細かく、自分のやれることや出来ることを見極めて戦況を分析しました。
結果、私の持てる最大戦力を投入しようと思った次第。
そこで連れてきたのがコチラ、剣牙虎のカリカちゃんです。
年齢は推定1歳未満。
まだまだ成獣とは言えませんね❤
「――ちょっと待てぇぇえええええええっ!!」
何やら外野からどこかで聞いたような、何やら抗議めいた叫び声が聞こえてきたような気がしましたが……
多分、気のせいですよね。
うん。きっと気のせい。
……勇者様、自分の試合はどうしたの?
いやいや、まさか。
勇者様が予選如きで敗退するとは思えないので、やっぱり声に聞き覚えがある気がしたのは錯覚でしょう。
~その頃、観客席~
「あ? おい勇者、てめぇ試合はどうした。なんでこんなとこに居んだよ」
「……まぁ殿。実は試合の進行が殊の外早く進んで……決勝の時間が前倒しになった挙句、試合開始直後に対戦相手が棄権したから早く終わったんだ」
「おお、そういや噂になってんぜ。対戦相手が自分に見惚れて茫然自失状態になってる内に瞬殺する魔性のプリンセスが現れた……ってな。名実ともに魔境の姫君たるうちのせっちゃんを差し置いて良い度胸じゃねーか」
「さも俺が自ら望んでそう呼ばれるに至ったかのような物言いは止めてくれ。全力で不本意だ! これは風評被害じゃないのか!?」
「事実だろ」
「…………俺の心は今にも砕け散ってしまいそうだ」
「そんで五秒で復活すんだろ。燃費良いよな、お前の心臓」
「本気で取り合ってないだろ、まぁ殿」
「いんや、本気だぜ? お前なら挫折しようが心が折れようが即日立ち上がるって。保証しても良いぜ?」
「なんなんだ、その信頼は……。まあ、とにかく。Bブロックで戦っていたサルファの末路が気になって、可能な限り素早く着替えて観戦に来たんだが…………俺の気のせいじゃないよな? なんで試合場のど真ん中にリアンカが立っているんだ!?」
「あ? そりゃリアンカがサルファとその嫁(仮)を征して決勝戦に勝ち進んだからだろ」
「なんでそうなった……!!」
勇者様の理解及ばぬ、決勝戦へと至った過程。
それを知らないからこそ、青年はより心配そうな顔をする。
「リアンカは、大丈夫だろうか……戦闘能力はないんだ、怪我をするかもしれないのにどうして止めなかったんだ。まぁ殿」
「本人がやるっつったし。俺、教育方針は基本放流なんでな。やりたいことをやりたいようにやらせて、まずくなったら手を出すことにしてんだよ」
「本人の性質と土地柄的に、多いに問題のある教育方針だなっ!」
案じるように、試合の行方を見定めようと試合場に目をやった。
例えいかなる結果となろうとも……目を逸らすことだけはするまい。
ぎゅっと拳を握り、そう決意したのだが……
彼は割とすぐに目を伏せ、試合の展開から目を逸らすことになる。
唖然とした、騎士B。
開いた口は塞がらず、口の端がひくひくと震えています。
目に混じる驚愕と畏怖の感情に、私もカリカが讃えられているかのような気分を感じて鼻高々です。
「な、な、なっ……その獣は何だ!?」
「サーベルタイガーのカリカちゃん0歳です!」
「年齢がおかしいだろう……いや、サーベル、タイガー……?」
「はい。そして私の武器です」
「審判! しん、ぱーんっ! これは認められるのか!?」
「あ、そこはもう既に確認済みですよー」
「YES. 魔境にゃ魔獣使いや、意思を有した武器だってあるんだ。主人の意のままに従うってんならそりゃ強力な武器と変わらないね!」
「な、なん、だと……!?」
「あと陛下がリアンカ嬢の背後で微笑んでたし?」
「審判!?」
ずざっと思わず一歩後ずさっちゃう、騎士B。
だけど怖れ戦いても私は許しません。
そう、この人を社会的に立ち直れなくするまでは……!
その為になら身の丈を超えた試合だろうと、カリカちゃんでも何にでも頼って有利な状況で大望成し遂げてみせようというものです。
本当はまぁちゃんが武器として認めてもらえたら、私も使う気満々だったんですけどね。
~数時間前・運営本部~
「魔王は武器に入りますか!」
「それただの代理戦闘!!」
……残念なことに。
本当に残念なことに、『パワーバランスがおかしくなるから魔王は参加できない』という規定を持ち出されて訴えは棄却されました。
運営に認めてもらえなかったので、仕方がなく次善の策としてカリカちゃんを連れてきた訳です。
最近、成長期ですからね☆
見違えるくらいに逞しく成長したので、カリカちゃんでもまあ大丈夫でしょう!
何しろほんの数週間でこんなに丈夫に育ってくれたんですから。
ビバ☆成長期!
少しでも早く魔境に馴染めるよう、色々と試した甲斐があります。
そう、魔境という慣れない環境。
そんな中でカリカちゃんが少しでも早く馴染める様、私も色々考えたんです。
結果、昼間はせっちゃんのペット達と一緒に魔境の野山に放流。
魔境で最も濃密な魔力を有する覇者の代名詞:まぁちゃん……あるいはせっちゃんに添い寝してもらうという短期集中コースで成長を促しました。
昼間は野山、夜は魔王城という毎日なので育ちきるまでの間は中々触れ合う機会もありませんでしたが……
久しぶりに魔王城まで迎えに行ってみれば、とても大きくなったカリカがいました。
やっぱり竜卵の成長促進に大いなる実績を持つ魔王の魔力は格別なのでしょうか。
まぁちゃんの寝室に残留する魔王の魔力と、まぁちゃんの添い寝効果。
魔境で最も魔力的に好条件の環境に短い間とは言え身を置くことで、カリカちゃんは見違えるほどの成長を遂げたのです。
うん、気がついたらまぁちゃんの魔力を取り込んで魔獣になってました。
ここまでさせる気はなかったんですが……あれぇ?
予想外の結果でしたが、今は好都合なので万事OKです。
私は滑らかにもふっとしたカリカちゃんの毛皮に抱きつきました。
そのまま背に上り、跨ります。
カリカちゃんの毛皮は燃えていましたが……カリカちゃんの意図したモノ以外に燃え移ることはありません。
なんでもこの炎は実態のあるものではなく、魔力によって制御されているんだとか。
何だか不思議な感触で、不思議な感覚でしたが。
私はカリカちゃんの背の上、納まりの良い場所に身を置いて。
そうしてから、改めて号令をかけました。
「カリカちゃん、GO!」
「くそ……っやるしかないのか!」
「騎士b……騎士ベルガ、この期に及んで甘いことを言っていられる保証が、果たして貴方にあるんですか!?」
「どういう意味だ……?」
のそっと緩やかに、一歩二歩。
助走をつけて、弾むような躍動感に身を躍らせて。
カリカちゃんが駆けだします。
騎士Bの背後を狙うかのような、やや大周りの軌道で。
ですが相手もそれなりに戦闘経験を積んだ騎士。
易々と背後は取らせまいと、彼は常に私やカリカちゃんに神経を尖らせて防御姿勢の兆しを見せます。
そんな彼の神経を、平常心を木端微塵に粉砕する『兵器』を、私が有しているとは思いもせずに。
だから私は、躊躇いなくそれを取り出しました。
騎士Bの心をへし折るのです!
「騎士び……ベルガさん! これ何だと思いますか?」
騎士Bに取っても軽々に手は出せないだろう、カリカちゃんの背の上。
敵を寄せ付けない安全地帯で、私はポーチから取り出したソレを掲げてみました。
声に引かれて此方を確認した騎士Bの目が、ぎょっと見開かれます。
思わずとばかり無意識に上げられた右手の動きが、彼の動揺を現しているのでしょう。
わきっと、まるで求めるような動きで。
彼の手は私達の方へ伸ばされかけたのですから。
「な……な……な、ななっ なんでそれが此処に!?」
「ふふ、声がひっくり返っていますよ?」
「そんなことはどうでも良い! なんで君がソレを持っているー!」
青かったり赤かったり白かったり。
騎士Bの顔が何とも曰く言い難い色で取り取りに彩られましたよ、レインボー。
私が掲げた『武器』が、余程の影響力を持つという証明ですね。
そう、私はこの『武器』がどれほどの威力を持つのか知っています。
私の両手はしっかりと『武器』を……革で装丁された一冊の書物を握っていました。
……いいえ、表現が正しくありませんでしたね。
私は両手で、一冊のノートを握っていました。
【ベルガ・モードの日記帳】という名の、騎士B専用の精神破壊兵器を。
一応、中身は既に確認してありますが、内容は結構赤裸々な割にあまり面白くなかったとだけ今は言っておきます。
何だか随分と回りくどい上に言い訳がましい表現の文章ばかりでしたが、ラーラお姉ちゃんに対するセクハラ行為の数々も拾い読みしただけで多く読み取れました。何があったのかを確認するだけで、あまりに酷い痴漢行為の数々。奴を変態と罵る以外に何と呼べばいいのか真剣に悩みます。
ラーラお姉ちゃんが可哀想で、途中からは読むのも不快でしたが。
それでもこの辺がツボかな、と思った部分にはいつでもページを開けるよう、しっかりと栞を挟んでありますけどね!!
こうなったらとことん社会的に抹殺☆しちゃうぞ♪
「し、寝室の鍵付きチェストに仕舞ってあったはずのソレを、どうして貴女が持っているんだ!」
「ふふ……鍵をつけたくらいで安全だと錯覚するなんて甘いですよ、騎士b、ベルガ。うちの村は治安が良いのがウリですが、勇者様ハウスには交渉次第で情報を流してくれる素敵な協力者がいるんですから」
「い、一体誰だーっ! 俺の日記を持ち出した奴は!」
「当然ですが教えてあげません、今後の為に!」
「な、再犯予告か!?」
ちなみに協力者とは勿論、騎士Cのことです。
この試合に出ることを決めてすぐ、接触を持って何か騎士Bの精神に揺さぶりをかけられるような弱点か何かに心当たりはないか尋ねてみました。
そうしたら1時間くらい後にこの日記帳を自主的に持って来てくれたんです。
おまけに「朗読会、楽しみにしていますよ。本番にはエルティナも誘って皆で見に行きますから。ベルガの健闘ぶりを思うと微笑ましくなりますね」と温かいお言葉までいただいちゃいました。
うん、騎士Cはよくわかっていると思います。
相変わらず、彼の騎士Bへの対応は塩の含有率が凄まじいですね?
「さあ騎士B、お仕置きの時間です! 『朗読会』の開催時刻を少しでも遅くしたのでしたら……そうですね、この鼻眼鏡とウサ耳を装着してもらいましょうか」
「じ、自分が何をしたというんだ!? 貴女は悪魔か!」
「……少なくとも、天使ではないですね? ですが婦女子の敵には言われたくありません! 可憐なお姉さんを泣かせた罪は公序良俗が許したって私が許しませんからね!?」
あんなに可憐なラーラお姉ちゃんを泣かせたという騎士Bは、確実に悪者だと思います。
ラーラお姉ちゃんに頼まれた訳でもないので、これは私の完全なら私怨であり、一方的な八つ当たりも同然ですが。
それでも乙女の敵は、酷い目に遭って当然だと思うんです。
だから、騎士B。
とりあえずは鼻眼鏡です。
話はそれからですからね!
リアンカ・アルディーク
村娘/薬師
武器:カリカ(攻撃力A+、脅h……説得力A)
騎士Bの日記帳(メンタル攻撃力S、説得力S)
???
???
???
???
リアンカちゃん
「勇者様、ほらほら見て下さい! 魔境に帰りついた頃は中型犬くらいのサイズだったカリカちゃんが……ほら、こんなに大きく!」
勇者様
「育ち過ぎだろ?! この数週間で一体何があった……!」




