59.予選(魔法なし)の部:最強のアルコール
さて皆さん、問題です。
かつての魔王とハテノ村の薬師が共同研究の末に完成させたという、魔境最強のアルコール『ドラゴンスレイヤー』。
どんな人でも一杯飲めばノックアウト☆のコンセプトの元に開発されたお酒です。
なんでわざわざそんな危険なお酒作ったのか、よく分かりませんけれど。
そんなお酒の銘柄が、どうして『ドラゴンスレイヤー』なんでしょう?
……前にも説明したと思います。
このお酒、竜にぶっかけて火をつけたらよく燃えるんですよ。
そりゃもう、メラメラと。
そして考えてみましょう。
私の目の前にいる標的は、真竜の生き血を浴びて身体的に強化された軽業師、サルファ……。
竜の力を得て強くなったとか、そんな感じです。
軽業師が強くなってどうするの、という気もしますけど。
さあ、此処からです。
ここからよくよく考えてみましょう。
竜の力を帯びた野郎に、竜を燃やしちゃうお酒ぶっかけたらどーなるでしょうか!
答えは実演で☆
「――という訳で、まぁちゃん!」
「おう、どうした」
「アレまぁちゃんのドレスだけど……駄目にしちゃっても、良いかなぁ」
サルファが着ているドレスは、まぁちゃんのドレス。
妖精の名付け親に出してもらった、『ナターシャ雄姉さま』のドレスです。
『ドラゴンスレイヤー』には酒精だけでなく、各種薬種やら何やらが混ざっていますし……ぶっかけた時点で、ドレス生命は御臨終を迎えることでしょう。
それを踏まえて、持ち物を壊して良いのか堂々聞いちゃう私。
自分でも、まぁちゃんに甘え過ぎているなぁって思いはするんだけど……
でもそんな私を、まぁちゃんは許してくれました。
「別に構わねーけど」
さらっと、平然と。
だけどニヒルな笑顔でまぁちゃんは「やっちまえ」と言いました。
「どうせもう着る気はねぇしな。女装する気もそもそもねぇんだが……もしまたしなきゃならなくなったとしても、あのドレスは着ねぇよ。俺は二番煎じを厭う性質なんでな。もしもドレス着なきゃなんねぇ……なんてことになったらその時はその時で潔く俺の寸法に合わせたドレスを新調してやんよ」
まぁちゃん、素敵……!
来るとも知れない未来。
もしもまぁちゃんが再び女装をする、なんてことになった時には……その時には、日頃の感謝も込めてきっと私がより豪華に鋭く尖ったドレスを新しく仕立て上げることを心に決めました。
まぁちゃんの白い御髪には何色だって似合うし、きっと仕立て甲斐もあることでしょう。
持主の許可も下りました。
だったら後はちゃっちゃとやってしまいましょう。
私はドラゴンスレイヤー入りの瓶を空高く放り投げました。
……と、同時に。
高らかに、怒号行きかう試合場に響けと声を張り上げます。
「――ロロイ!」
私の呼んだ名前に、即座に返る反応。
空から冷徹な目でサルファを見下ろしていたロロイが、私の声に反応して瞬時に此方へと顔を向けました。
目の中にあるのは、私の指示を待つ素直な好意。
……うん、やっぱり大きくなっていてもロロイはロロイです。
私に対する態度は、姿が変わっても欠片も変化しない。
私は私の指示を持つ若竜に、たった一言で指示を伝えました。
「――拡散!」
その一言で私の言いたいことは伝わると、確信があったから。
そして私の期待を、ロロイも裏切ることはなく。
私の言葉が響いたと同時に、ロロイの鋭い眼差しは私の指さす物体に……ドラゴンスレイヤーの酒瓶へ。
表面に書かれた達筆の文字……『龍殺し』が陽光の元、目に焼きつきました。
ロロイは水の竜。
液体状のものを操作するなら、寝ぼけていたって完璧で。
お酒は当然ながら、水の支配を受け入れました。
水竜の操作に従い、霧雨のような粒状の状態で、お酒がサルファの周囲に広がった。
……これだけ広範囲に及べば、いくら回避に長けたサルファだって避けることは不可能です!
水の矢とか、礫とか。そんな状態で狙わせても避けられるのが落ち。
だったら『点』の攻撃ではなく『面』の攻撃を試みるまで。
私一人の力じゃできないことですが、今ここにはロロイがいます。
ロロイがいなくっても、まぁちゃんがいるし。
私の狙いは過たず。
粒子状に拡散した液体……最強の酒の霧は、サルファの身体を呑みこんだ。
そりゃもう、引きずりこむように。
「わ、わひゃぁぁあああああっ!?」
混乱するサルファの悲鳴が、会場いっぱいに轟いた。
どうやらロロイがサービス精神旺盛なおまけを発揮してくれたみたいで……粒子状だったお酒が一部を再び凝固させ、霧の中でサルファの手足に絡み付いています。
これ幸いと拘束してくれたロロイは、とっても気の効く良い子ですね!
後でたんとご褒美をはずもうと思います。
錐揉み状態でお酒の霧にもっきゅもっきゅされている、サルファ。
見ているだけで悪い感じに酩酊しているのがよくわかります。
うん、霧ですからね。
呼吸するだけでどうしたって摂取してしまうのでしょう。
そこに、火をつけたらどうなるかな?
「どうなるかな、まぁちゃん? 竜みたいに燃えちゃう? それとも普通にアルコール着火?」
「あー……竜種の力が後付けだかんな。一時的にばふっと燃えて、身体能力の強化が一定時間無効……ってとこじゃね? あと身体は人間でも普通に燃えるだろ」
「おお……」
どうしよっかな、付けちゃおうかな?
少なからず好奇心が疼いてしまうのは、場合と状況による効能の違いを試験してみたいという薬師の職業病でしょうか。
「サルファ死んじゃうかな……?」
「あいつも中々しぶてぇけど、勇者ほどじゃねーしな」
「どうしようか迷っちゃいますね。サルファが死なないって確証があれば迷わず火を付けるのに」
サルファの生命力に不安があるばっかりに……
こういう時に迷わずに済む、魔境の頑健な魔族さん達は本当に良いなぁ……火を付けてもちょっとやそっとじゃ死なないって確証があれば、私も躊躇いなくやれます。彼ら基準に慣れていると、つい加減が狂ってしまいがちになるんですけれど。
「しかし、見事に人垣が割れたな」
「え?」
「ほら、見てみろ」
着火するか否か、火打石を片手に思い悩んでいたんですけど。
まぁちゃんが何やらこちらの興味を引いてくるので、私は顔を上げました。
まっすぐに試合場を……サルファ達の方を見て、言葉の意味を悟ります。
あ、人垣遠退いてる。
そうですよね、うん。
流石は魔境最強のアルコール……
かつては当代魔王も屈した、筋金入りの危険酒。
サルファを包み込むように展開する、ドラゴンスレイヤーの霧。
そしてその霧から遠ざかる様に、して。
サルファの周囲には、ぽっかりと無人空間が出来上がっていました。
……いえ、訂正します。
無人じゃありません。
地面にいました、地面に。
身動きが出来ない程に体が弛緩して、海月みたいになっている人達が。
サルファを包む酒霧に巻き込まれて、へべれけ酩酊状態に陥って地面を這い蹲っている方々を除いて、です。
お酒摂取を免れた方々は、安全距離を取って避難していました。
「一杯でどんな酒豪もノックアウト☆」は伊達じゃない。
どうしたものかと。
これは周囲の巻き添えが出る心配が減った今の内に、着火してしまえという酒を作った偉大な先人の思し召しだろうかと。
少し思ってしまったのですが……
まさか、そんな異様な状況を、待ちかねていた人がいようとは。
うん、私は欠片も思っていませんでした。
よっしゃサルファ殴っちゃると。
熱気と怒号とやる気に満ちた、歴戦のご面々。
……本来は誰よりも渦中にいた筈の、少女。
彼女が暴走した児童擁護の大人達に追いやられて、試合場の端にまで遠ざけられていようとは……誰が思ったことでしょう。
そういや姿、見ませんでしたよね。
目立つし目に残るしで、人目を奪いまくり☆だったサルファの鬱陶しさが前面に押し出されていたので、存在をすっかり忘れていましたよ。
サルファの、許婚ちゃん。
「――皆様、お退きください!」
裂帛の気合。
空気をびりびりと震わせるのは、稚い少女の声。
どうしたものかと誰もが今後のやりように思案した瞬間……意識の空隙。
そんな間合いであった為、誰もがサルファから彼女へと意識を引き寄せられた。
思わずといった態度で振り返る彼らが見たのは、小さな両手でしっかりと武器を握りしめ、二本の足でしっかりと立つ少女。
シファニーナ・フィルセイス。
若干垂れ気味の目をきりりと凛々しく引き締めて。
少女は走った。
一直線に、己が許婚の元へ。
やっぱりその両手に、しっかり握った武器を構えて。
少女の勢いと、気合いに、誰もが先の様子を窺ってしまう。
気の緩んだ瞬間であったことも手伝い、誰もが少女に気圧されて道を開けてしまった。
少女が駆け抜けた次の瞬間に、我に返った面々が大層慌てることになってしまったのだけれど。
「フィサルファード様、覚悟……!」
それはもう、結婚を望む許婚であるはずの相手を、首ちょんぱでもしかねない勢いで許婚ちゃんは走って行ったのだけど。
あれ、良いのかな……
制止なんてしようがない、観客席という遠い場所。
見ることしかできない私は、止めようがないので見守るばかり。
なんで周囲の野郎共は止めないんだろうと、ちょっと首を傾げながら。
慌てた声で、駆け抜けていった小さな背中に大いに焦って。
男達は背中を捕まえようと、動転した声を上げる。
「お、おい、ちょ……っ」
「やばっ!?」
「まずい、誰か止めろ!」
だけどその声は、許婚の姿しか目に入っていない少女を止めるには……大いに及ばず。
初動に遅れたとは言え、魔境に集うような猛者共の中を駆け抜けていける分を見るに……少女は確かに、父や叔父の薫陶によって一般的な騎士並には実力を得ていたのだろう。
うっかり油断した男達が取り逃がしてしまう位に。
それくらい、場合によっては初動の遅れというものは取り返しのつかない事態を招き寄せてしまうものである。
そして。
大半のモノ達の予想通り。
予想に違わぬ未来が訪れた。
「はぅ……っ?」
かくん、と。
まずは少女の膝が折れた。
腰が砕けたというのは、こういう状況を指すのだろうか。
意図せぬ身体の動きに、戸惑いの声が漏れる。
だけど少女は、もう駄目だった。
地面に座り込んだまま、立てはしない。
動揺を抑えようとしてか、無意識の内に深呼吸してしまう。
それは悪手だと、彼女以外の皆は知っていた。
大きく息を吸い込んだ、その瞬間。
少女は寝た。
ああ、意識を失うというか……泥酔して寝ちゃいましたね。
この結果を予想せずにいられた人はいたでしょうか。
いえ、きっと全員がわかっていたことでしょう。
どんな醜態を経たとしても、結果は同じ。
許婚ちゃんは、酔い潰れてしまいました。
ドラゴンスレイヤーの、霧の中で。
どんな酒豪もノックアウト☆……
こんな結果になっては、その煽り文句も虚しいばかりです。
どうやら彼女は状況を認識していても、理解はしていなかった模様。
そうですよね、ドラゴンスレイヤーに関する予備知識がないとわかりませんよねー……。
状況を見ていただけで前提となる知識もなく。
そして誰も説明なんて当然していませんでしたから。
見た光景だけで判断して、事情に明るくない許婚ちゃんは「なんだかわからないけどサルファが身動き取れないみたいで好機!」とでも思ってしまったようです。
皆が遠巻きにしていた理由を、もうちょっと考えてくれれば良かったんですけどね……。
遠巻きにしていたってことは、近寄れないってことなんですから。
場は、困惑に包まれていました。
サルファは過剰に摂取すまいと口元を布で押さえてドラゴンスレイヤーに抵抗していますが、皮膚やら目元など他の粘膜から摂取でもしてしまったのか意識が混濁する一歩手前。
それ以前に拘束されて、動くことも叶わず。
そして奴の試合相手である許婚ちゃんは完璧に酒に呑まれて戦闘続行不能状態。
わぁ、違う意味で収拾ついちゃったんじゃないですか?
両者共に討たれるという形で。
私のせいですが。
二人とも討ち取ったのは私とロロイ……というより酒なんですが。
これ、試合の判定どうなるんでしょうね?
誰もが先を問う顔で、審判の方を見ました。
安全地帯で試合……というか乱闘の趨勢を見守っていた審判が、鷹揚な態度で頷きます。
そして勿体ぶるような間の後、万を持して審判は宣言しました。
『シファニーナ選手、サルファ選手、両者戦闘続行不可能!
よって勝負の判定は引分! 引分となります……!』
……と、ここで終わればまだ良かったのですが。
審判は続けてこうも宣言してくれちゃった訳で。
『両名を倒した決定打を放ったのはハテノ村のリアンカ・アルディーク嬢! 次点で真竜ロロイ選手。ですがこれは個人戦(魔法なし)の部! その規定に基づき、魔法を使ったロロイ選手を反則として!
この試合の勝者は…………………………リアンカ・アルディーク嬢―!!』
え。
…………試合、私が勝っちゃったんですけど。
どうしましょうね、まぁちゃん。勇者様。
どうやら次の試合には、選手として私が進むことになるようです。




