58.予選(魔法なし)の部:ドラゴンスレイヤー
さあ、皆さまお待ちかね!
サルファを祭り上げる時間がやって参りました。
Let’s 血祭☆
第一撃は、ビームでした。
「うわぁ!?」
「……おや、避けましたか」
「いま、いまなんっ……!?」
颯爽と試合場に降り立った、薄紅がかった髪色の青年。
ほっそりとした体型を裏切る豪胆な一撃は、惜しくもサルファに避けられましたが。
飛び退ったサルファの足下。
避け難い足下を狙う当たりに彼のえげつなさがチラ見えしていますが、避けられては意味がありません。
サルファの代わりに、試合場の一部が真っ白な塩の塊へと変じてしまいました。
カーバンクルの族長エチカさんは、今日も絶好調のようです。
額の紅玉から発射された真っ赤なビームは、さり気無く殺傷力高めの様子。
命中した漏れなく塩の柱になるとか、避ける以外に対応のしようもありませんよね?
エチカさんは初っ端から殺しにかかっているとしか思えません。
「まぁちゃん、エチカさんってこういうのに参戦するんだね」
ちょっと私の印象と違いました。
勝手に持っていた印象ですけど、何となくエチカさんはもっと冷めて傍観するタイプだと思っていたんですけれど。
「んー……まあ、あいつも気になるんだろ。マルエルが最近義理の曾孫に当たる人間を鍛えてるって言ったら薄く驚いてやがったからな」
「それってやっぱり、戦闘狂種族の一員として現役当時は猛将と名高かったマルエル婆の弟子が気になる……ってこと?」
「いや?」
まぁちゃんが育てたジャガイモと鮭で作ったガレットを具に挟んだサンドウィッチを摘みつつ、私やまぁちゃんやせっちゃんとのんびり高みの見物。
何か動きがあったり面白いことがあった時、観客席に残っていればよく見えますからね。
本当にサルファにムカついたら、まぁちゃんに殴りに行って貰おう予定ですけれど。
ちなみにロロイとリリフは年下の子供を虐めるサルファにムカついたとかで、私がお願いする前に率先して殴りに行ってくれました。
奴の周囲は今、サルファの首を狙う子供に優しい猛者共で埋め尽くされているのですが……無理して近寄るのではなく、竜の飛行能力を生かして空から顔面を狙う方向性で行くそうです。
うん、ロロイもリリフも頑張って!
「エチカがなんでサルファを気にするかって……他に理由があんだろ」
「え?」
他に、理由……?
魔族を束ねる魔王として各部族の族長に対して詳しい情報を持つまぁちゃんなら、まだしも。
エチカさんの存在と立場事態把握したのが去年と最近の私に、そのエチカさんについて詳しい事情がわかる筈が……
「い、いきなり何すんのアンタ!」
「これは失礼を……名乗りを上げてからかますべきでしたか」
「いやいや論点そこじゃないからね!?」
「我が名はエチカ、カーバンクルの族長……であることは置いておきまして。実はごく個人的な興味で、この機会を好機と思い仕掛けさせていただこうかと」
「えっ」
「祖母が鍛えた武の力……とくと見させていただきましょう」
「えっ!!?」
→ サルファ は 混乱 している!
無言でじっと見上げたら、まぁちゃんがぽつりと言いました。
「……エチカの奴な、マルエルの孫息子。実の血の繋がった、な」
「え、ほんとう?」
思わぬところで、意外な人と意外な人に繋がりが……
というかマルエル婆、結婚歴やら出産歴やらがあったんですか。
素直に言うと、とっても意外です……。
それからも。
ええ、それからも。
勿論、サルファに殴りかかっていく人がエチカ族長一人である筈もなく。
間断なく、際限なく。
誰と誰が闘っているかなんて関係もなく。
まさに、乱闘。
入り乱れ、飛びかかり、折り重なり。
大勢の血の気も多いヒャッハーな方々やら何やらかんやら。
それはそれは見ていて思わず手に汗握るような色んな粒ぞろいの方々がサルファに襲いかかっていきました。
サルファ諸共、他の方にまで攻撃する勢いで。
お陰で、試合場の方は凄いことになっています。
私はまぁちゃんやせっちゃんと一緒に、淫魔さん達の牧場で作られたアイス片手に惨劇の光景を見下ろしていました。
「あ、まぁちゃん。このアイス美味しい」
「だろ? わっざわざ取り寄せた甲斐があったぜ」
「兄様ぁ、美味しいですのー」
「おう、よく味わえよ」
「ありがとう、まぁちゃん!」
「ありがとうですの、兄様」
「よしよし、お前ら本当可愛いな……ぶっちゃけ、サルファ小突きに行くより此処でお前らとまったりしてる方がずっと良いわ」
「せっちゃん、そのブルーベリーヨーグルト味のアイス、美味しい?」
「はいですの! リャン姉様のチョコも美味しそうですの……!」
「えへへ、美味しいよー? ね、せっちゃん? 私の一口あげるから、せっちゃんのも味見させて」
「はいですのー! せっちゃんも他の味、気になりますの」
「じゃあ、あーん?」
「あ~……ん、ですの!」
美味しいですのー!と大喜びのせっちゃんを撫でて、存分に愛でました。
うん、せっちゃんったら可愛いんだから……!
「ほらリアンカ、せっちゃん。口開けろ?」
「うむっ」
「みゅっ」
ほくほく顔でアイスをぱくついていたら、まぁちゃんが私達のお口にアイスを突っ込んできました……!
まぁちゃんが食べていたアイスは、抹茶味。
ホワイトチョコのソースがアクセントになっていて、これはこれで完成した美味しさ……!
「美味しい! まぁちゃん、私のも一口いる?」
「兄様、せっちゃんのも一口どうぞ、ですのー」
「あ? いや良い。俺はいらねぇから、お前らで味わいな」
「でもまぁちゃんから一口もらっちゃったし」
「ありゃ俺が勝手にやっただけだろ。お前らが美味いってんなら、俺はそれで良いんだからよ」
しれっとそう言って、もうこっちには興味のなさそうな顔をするまぁちゃん。
さりげなく私達から視線を逸らして、サルファのことを観戦する態。
もう、まぁちゃんってば……。
それがポーズだってことは、ずっと一緒に過ごしてきた私達には丸分かりです。
だから、私達も同じようにお返ししてあげることにしました。
今は様子を窺って、油断したところでまぁちゃんの口にアイスを突っ込んであげようと思います。
アイスが融けきる前に達成できると良いんですけどねー。
一方、サルファは。
「くぅらぁぁぁあああああえぇえぇえええええええええっ」
「嫌だっぴょ★」
「く……っこいつちょこまかと蚤のように!」
苛烈な勢いで大剣を振りまわす様は、まるで大車輪。
巻き込まれることもなく周囲に展開する男達は、言わずと知れた手練揃い。
大男の振り下ろした木槌は狙い過たずサルファの腕をへし折るかと思われたが、サルファは丁度挟み撃つ形で迫っていた大剣を逆に足場にして飛び退る。
へらへらと軽薄な言動とは裏腹に、その身のこなしは鋭く俊敏だ。
空へと駆け上がるかのような跳躍。
しかし既に何度目かのそれに、予測した者が当然のように現れる。
明らかに人間の背では無理のある高さから、横殴りの一撃。
放ったのは翼を生やした蛙頭の男。
空からの急襲組の中でも、特に打撃力に優れる武器を有した蛙男だ。
凶悪な棘付きの棍棒は、その気になれば鉄アレイをも粉砕するというが。
振るわれた棍棒は、サルファの腰椎を捉えていた。
バキャッと嫌な音がした。
無理な過負荷がかかったかのように、棍棒が蛙男の手元から折れていた。
「おま……っどういう腰骨してんだ!」
「俺もびっくり!」
「そのわざとらしい『おどろいた!』って顔や・め・ろ……!」
「てへ☆」
「なんでこいつ平然としてんだよ! せめて痛がれよー!」
殺人組手(武器の持ち込み可)は、まだまだ続く。
……が、
「………………延々、延々延々延々逃げ回ってばかり」
正直に称賛する気は全く、欠片も、ちっともありませんが。
そんな感情論を差し引いても、一時間近く周囲を埋め尽くす猛者から逃げ回り続ける回避の手腕は少しくらいなら褒めてやっても良いかな、という気にさせます。
ですが、それはそれ。
そして、これはこれ。
昔の人は良いこと言いました。
今の私の正直な心情を吐露しましょう。
「 飽 き ま し た 」
だって、延々。
本当に、延々。
サルファの奴が逃げ回っているばかりなんですよ。
変らない光景。
動かない展開。
逃げているだけのサルファ。
それを延々見せられ続けるのみの、私達。
これで当たるとかかするとか抉れるとか弾け飛ぶとかがあれば、まだ退屈せずに見ていられるんですが。
「飽きるっつーの……っ」
私の隣で、まぁちゃんもまたつまらなさそうに吐き捨てました。
ええ、同感ですとも。
私達は皆一様に、同じように飽いていました。
だからそろそろ、状況を動かす一石を投じてやろうかと思うんですよね。
私が自分から、わざわざ動かしてあげようというのです。
別にまぁちゃんに任せても良いんですけど……
全然変わらない展開に、ちょっと欝憤が溜ってしまったようです。
ここは腹いせも兼ねて、私が 殺 り ま す 。
サルファの社会的生命と名誉にトドメを刺してご覧にいれます。
こんなことで殺人に手を染める気はないので、命は取りませんが。
死なないことだけを運が良かったと思わせてさしあげましょう。
その為に用意するモノ、そのイチー。
えーっと……いまポーチの中って、嫌がらせに使えそうなの何があったかな。
「……まぁちゃん、納豆と大王イカ、どっちが好き?」
「その二択、関連性どこにあんだよ」
そう言いつつも、まぁちゃんが素敵な助言をくれたので。
私は投げるべく、大きく振りかぶりました。
ドラゴンスレイヤーを。
ドラゴンスレイヤー(酒)
かつてリアンカちゃんのご先祖様にして魔境最悪の酒豪として名を馳せた、アビシニアン村長を撃沈させるために魔王と薬師が開発したお酒が、今……!
サルファの回避&逃走手腕
実の親父さんを相手に培った技術が今、その本領を発揮中。




