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ここは人類最前線7 ~魔性争乱~  作者: 小林晴幸
試合開始のゴングが鳴った
59/122

57.予選(魔法なし)の部:サルファのボコり祭り開幕

感想を頂いて気付いたのですが、前話にせっちゃんの感想を入れ忘れていました。

反省して、この話の冒頭にいれております。



 サルファのあの酷い姿について、感想を求めた私にせっちゃんはこう答えました。

 こう……おっとりと、穏やかな微笑を浮かべたまま小首を傾げて。

「バタフライー?」

「バッターフライ? 揚げるの?」

「違ぇだろ、リアンカ。蛾だ」

「ああ、蛾!」

「いえ、リャン姉さん? バタフライって蛾でしたっけ……」

 釈然としない顔で物言いたげに見てくるリリフに、にこっと微笑みかけて。

 私とまぁちゃんは異口同音に言いました。

「「アイツは蛾で十分だ」」

「……はい」

 それにしても随分とこう、何と言うか……酷い蝶がいたものです。

 ああ、いやいや。

 蝶じゃなくって蛾でした、蛾。

「せっちゃん、バタフライ以外では何かない?」

「うー……ん? あ、血被襟巻大蜥蜴チカブリエリマキオオトカゲ(※魔境の固有種)みたいで格好良いですの!」

「「え……っ」」

 か、かかかかっこう、いい?

 カッコウが、良い?

 かっこーいい?

 いま、せっちゃんったら何を言ったのかしらん?

「待って、せっちゃん。それきっと錯覚! 錯覚だから!」

 言葉の意味を理解した途端、私はせっちゃんの両肩を握ってがくがく揺さぶっていました。

 まあ、私程度の非力な人間が揺さぶったところで、魔族の王妹(せっちゃん)はびくともしませんけど!

「――よし、あの軽業師は埋めよう」

 そして取り乱す私の隣では、まぁちゃんが顔ばかりは冷静な冷たい表情で、一つの決定を下そうとしています。

「きっと三年もしたら綺麗な花も咲くだろうさ」

 サルファを養分に咲く花は、何色でしょうか。

 髪の色は青黒くって、瞳は琥珀じみた黄褐色。

 そんな色の花が咲くようになるのでしょうか。 


「リャン姉もまぁ兄も、落ち着け」


 思考が横に逸れて「どんな花が咲くだろう?」と真剣に吟味していました。

 そうしたらロロイが、凄い呆れ顔で。

 私やまぁちゃんへの溜息を隠すこともなく、まぁちゃんにチョップを入れてきました。

「格好良いとは言っても、せっちゃんの言う『格好』の意味は野生の王国的な意味だろ。珍獣を見て格好良いっていう感覚なんだから、そう大げさに取るなよ」

 この場で冷静だったのは、ロロイだけだったかも知れない。

 リリフも困惑を隠さない顔でせっちゃんに言葉の真偽を問い詰めていたので、動じていないのは本当にロロイだけでした。




 あまりに酷い、この試合。

 勝敗の行方は掴めない……と言いたいところですが。

 冷静に分析すると、実は勝ちの目は明らかです。

「……まあ、サルファが勝つだろ」

「あー……やっぱり? そっか」

「癪だが、な。相手が只人の子供なら力量差は覆せないだろ」

 まぁちゃんがさらっと、当然の事実とばかりに言い切りました。

 そもそもサルファの奴、あんな軽薄ぶりなので普段は忘れがちですが。

 あんなのでも、そこそこやる(・・)っぽいんですよね。

 勇者様よりは弱いみたいですけど、マルエル婆に鍛……しごかれているだけあってか、実力は飛躍的に上がりつつあるようです。

 それに本人に自覚があるかは謎ですが。


 半年前にナシェレットさんの竜血を浴びちゃってますしねー。

 それはもう、いっそ盛大に。


 竜の血っていうのは、魔境でも定番のドーピングアイテムです。

 ただ竜に比べて実力差のありすぎる生物には強すぎる薬ですし、魔族にとっても寿命が延びたり老化が止まるなどの大きな影響を及ぼします。

 人間にとっては、明らかに『強すぎる薬(げきぶつ)』な訳で。

 だからこそ、早々簡単には手を出せないアイテムなのですが。

 多分サルファの身体も、竜の血が馴染むに従ってそろそろ人間さんさようならしつつある頃合いだと思うんですよねー……。

 どの程度の規模で人体改造の道を辿るのかはわかりませんが。

 

 竜の血を浴びたとはいえ、サルファの方が人間の領域を踏み越えていて、勇者様の方が肉体的には人間の範疇って言うのがちょっと納得いきませんけれど。

 

 サルファの現状保護者と言えるマルエル婆は、六百年前、竜の生き血を一気飲みして不老長寿となった方です。

 当然、サルファの変化にも気付いていることでしょう。

 だから最近はそれに見合った、相応の修行をつけていたんじゃないでしょうか。

 未来と過去を見通す魔眼の持ち主であるマルエル婆なら、そのくらいはするはず。


 それを踏まえて考えると、ですね?

 いくら修行にやる気がなかろうと、今のサルファの実力は半年前よりも随分と上がっているでしょうから。

 只人に、そう易々とやられはしないと思われた……の、ですが…………


「フィサルファード様、覚悟ぉぉおおおおおっ!!」

「うぉっあぶね!?」


 小柄な美少女、許婚ちゃん。

 彼女は薙刀と槍の中間のような武器を腰だめに両手で構え、サルファのどてっ腹目掛けて一直線に突撃していきました。

 わあ、正面突破☆

 一直線というか、何と言うか。

 あまりにも問答無用の突撃を喰らっては、受けるか避けるかするしかありません。

 それをしないと、サルファのお腹にトンネルが開通しそうです。

 許婚ちゃんのよく研がれた、薙刀っぽい刃物によって。

 サルファはあまりの猛突進ぶりに、咄嗟に宙返りで大きく後方に避けましたが。

 避けて正解でした。

 だってロロイが、こんな解説をしてくれましたから。

「アレ、竜の爪だな」

「え? とうがらし?」

「それは鷹の爪ですよ、リャン姉さん。そうではなく、あの女性がお持ちの武器……高位竜種の爪から研ぎ出されたモノのようです」

 ロロイとリリフの若竜コンビは、竜種の頂点種族の秘蔵っ子です。

 本人達は大人しく秘蔵されてくれる性格はしていませんが、実力があるのは間違いない。

 そんな二人が言うなら、確かなのでしょう。

 竜の爪から研ぎ出した、武器。

「……とんでもない物をお持ちなんですね」

「まさか偶然ってこたぁねーだろ」

 竜の生き血による力を手に入れた、女装男。

 それに相対する少女が竜爪の武器を持つ。

 何たる偶然というには、ちょっと出来過ぎt……


「よくぞ、避けましたわ」

「いやいや避けますのことよ?」

「……これはフィルセイス家に代々伝わる、竜爪。偉大なる御先祖様が竜殺しを達成された折に、一族にもたらされたもの。これさえ使えばどんな男もイチコロ☆だと叔父上様のお一人が仰っていましたわ!」

「いやそれイチコロ☆違いだろ!? イチコロ☆っつか一殺(イチコロ)★じゃん!!」

「今回は御先祖様の偉業に縋る意味も込めてお持ちいたしました……!」

「先祖の偉業に縋った求婚って何それ!?」


 あ、ただの偶然だったみたいですね。


 竜の血によって強靭な肉体を得たとしても、同じ本質に同じ力を持つ竜を素体に使った武器にはあまり意味がありません。

 人間の領域で作られたなまくら鉄剣如きはお肌ひとつで弾くけど、竜の武器でならバターみたいにサクッと切れるらしいですよ。

 ……と、この場でロロイ達が説明してくれたけれど。

 今サルファは試合場のど真ん中。

 孤独な戦いを強いられる奴に、その情報を教えてくれる存在は皆無。

 果たしてサルファはいつまで避け続けていられるでしょう?

 うっかり受け止めようと思ったその時が、まさしくサルファにとってイチコロ☆の瞬間です。

 これは……武器の利点によって勝敗の行方がわからなくなってきましたか?


 サルファは本能か何か、なんかそんな感じの直感によって「あの武器がヤバい」と悟ったのでしょう。

 許婚ちゃんによって薙刀(っぽいもの)が振るわれる都度、逃げの一手を選び取ります。

 ひらりひらりと翻ったスカートの隙間からチラ見えする網タイツ☆が目に毒でした。本気で。

 太腿のかなり際どいところまでなんて、見せないで下さい。

 そんなサービス、誰も望んでいません。多分。

「フィサルファード様! お逃げになるばかりでは、このシファニーナは引き下がりませんよ!」

「く……っそれじゃあ、奥の手☆」

 え、いきなり奥の手ですか?

 許婚ちゃんの武器から逃げ惑っていた軽業師は、このままでは埒が明かないことを理解したのでしょう。

 重い腰をやっと上げるというのでしょうか。

 奴は『切り札』なるものを切る為にようよう息を整えて……


「 し~ふぁぁちゃんっ パパよぉん♪ 」


 サルファの口から、聞いた覚えのない低音ボイスが響きました。

 崩れた気持ち悪い口調の中に怜悧な響きを保っているあたり、物凄く無駄に技術力溢れる呼びかけでした。

 さて、許婚ちゃんの反応は……


「い、いや……っ」


 OH……

 許婚ちゃんは両手で顔を覆い、試合場の中央で膝をついてしまいました。

 堪え難い衝動と闘っているのか、肩がぶるぶると震えています。

 とても過剰な反応ですが、一体何が?


「ち、父上様のお声で、そんなことを仰るなんて……!」


 どうやらサルファが発した声色は、あのお嬢さんのお父様のお声を模したものだったようです。

 っていうことは、サルファの叔父ですよね?

 身内の声を使って、なんて気色の悪いことを!

 

 ちょっと自分の身に置き換えて、考えてみましょう。

 今のあのサルファが、私の父の声を真似て、いやぁん☆とか言っちゃったら?

「………………」

 ……ええと、竹串ってまだありましたかね?

 今日は家に帰ったら、大急ぎで電気ウナギとムカデを取って来ましょう。早急に。 

「おいリアンカ? なに考えてんのか知らねぇが……顔がすげぇ怖い笑顔になってんぞ?」

「やだ、まぁちゃんってば☆ 笑顔が怖くなんてなるはずないよ……」

「怖い怖い、マジ怖いって……」

 とりあえずサルファが本気でそんなことをやらかした日には、私も裏表のない気持ちを込めて精一杯の贈り物をしようと思います。

 

「フィサルファード様……本気で、本気で私のことを疎んじていらっしゃいますのねっ」

「疎んじるってゆーかー……恨みはないが、みたいな? 俺はいつまでだって、自由な渡り鳥でいたいのさ☆」

 渡り鳥って雁か何かですかね?

 彼らは彼らで季節の移り変わりやら天体の運行やら編隊の構成義務やらで中々大変そうですが。

 一つ所に定住しないという意味では自由なのかもしれませんけれど、過酷な生涯じゃないでしょうか。

「私は、それでも、フィサルファード様が……っ」

 どうやったら十二歳であんなに思いつめられるのか。

 そう不思議に思ってしまうほど。

 あのお嬢さんは、泣きそうに必死な顔で。

 

 観客席からサルファへのブーイングがそれはそれは盛大に殺到しました。


 さりげなく「くたばれ」等々の罵詈雑言が響き渡ります。

 意味のわからない単語が多かったのか、私の隣でせっちゃんがこっくりと首を傾げました。

『――さあ、いよいよもって場が混沌として参りました!』

 場の空気が高まりに高まった頃合いを、見計らったかのように。

 満を持して、響き渡る声。

 魔法によって拡声されたのは、試合を見守っていた審判の声です。


『みんな、この憎ったらしい女装野郎に目のモノ見せてやりたいかぁぁああああっ!!』

 

 うぉおおおおおおおおおおおおっ、と。

 会場中に広く轟く、熱の入った野太い歓声。

 中には戸惑いながらも周囲に釣られた人もいるっぽいけど。

 歴代の大会を少なからず目にしてきた、常連さん達は違います。

 彼らは、待ってましたとばかり。

 ええ、待ってましたとばかりに。

 これから何が起きるのかを察して、怒りも悲哀も解き放つ雄叫びを上げたのです。


 そういえば魔族の武闘大会って、色々と掟破りだから。

 原則ルールは守った方がいいってことになっていますが、必ずしもそれが絶対じゃない訳で。

 何が言いたいかと申しますと。


 審判って、結構自由な裁量で動いちゃうんですよね。


 その場、その場で。

 ほら、この大会って飛び入り参戦や乱入が結構歓迎されちゃうっていう色々終わった思考回路がはばかる大会ですから。

 その時、そこを担当した『審判の自由な裁量』というものが許されている訳ですが。

 ただでさえ自由な魔族さん達のこと。

 いくら審判だとはいっても、そんな彼らに『自由』なんて名のつくものを許しちゃえば、マジで自由な事態に陥ります。

 良い意味でも、悪い意味でも。

 有態に言って、やらかしてしまう訳です。


『子供をいじめる野郎を許せるかっ!? 許せないだろう! っつう訳で俺の独断と偏見でルール変更のお知らせだ。たった今、この時を以って! 今試合の勝者はこの腐れ変態女装野郎に勝った奴だ!! こいつを殴り倒しさえすりゃ、誰だろうと勝者決定!』


 そして魔境の住民みんな等しく、子供には優しいというか甘いから。

 例えば強く育てるために敢えて厳しくしているとか……そういう理由があるならまだしも。

 何の理由も無く、正統性も無く。

 子供が一方的に虐められたり本気で嫌がるようなことを強要している場面に居合わせようものなら……

 問答無用で子供の保護に走るのが、子供に弱い魔族の(さが)

 子供を虐げる大人は、この魔境じゃ無事でいられません。


『それじゃあ俺が許す! 今から自由ルールだ。飛び入り自由の問答無用、あの女装野郎を殴りたい奴ぁ全員こっちに殴りに来やがれ!! この女装野郎を五体満足なまま逃がすんじゃねーぞっ!?』



 きぃん、と。

 頭に響く審判の声が試合会場全体に行き渡り。

 観客は両の拳を振り上げて歓喜の奇声を上げまくり。

 順次観客席のフェンスを乗り越えて試合場に乱入しようとする姿に、頭の処理能力を超えたのか……ぽかんと口を開けて固まる許婚ちゃん。

 そして許婚ちゃんよりも魔境に馴染みがある分、理解が早かったのでしょう。

 サルファが顔を盛大に引き攣らせ……お陰で、化粧面が更に面白いことになりましたが。

 そんなことよりもなによりも、と。

 形振り構わない取り乱しぶりで、サルファが混乱と恐怖に満ちた大きな絶叫を上げたのでした。


「え、えぇぇええええええええええっ!?」


 戸惑うその絶叫に、構う人はどこにもいない。

 むしろよっしゃやったれ、殴ったれと。

 乱入した観客達が、一気呵成に殴りかかっていきました。

 何だかサルファの勝ちの目が消滅したような展開ですね。

 でも多分、殴りに来た相手を全員返り討ちにしたらサルファの勝利になると思います。

 人の波が絶えた時、最後に立っていられたら勝ち……みたいなルール変更でしょうか。

 流石に全員逆にサルファが倒しちゃったら、審判も舌打ちしながらサルファの勝利を宣言することでしょう。

 ……という予想を踏まえて言います。

 

 サルファ、大人しく殴られろ☆

 五百発くらい☆





 今更ですが、この大会。

 審判を敵に回したり心情的にアウト判定くらっちゃったりすると、軽く命取りな事態に陥ります。

 そうなったらそれはそれはもう、簡単に。

 その場の勢いとノリだけで、審判が自由過ぎる特別ルールを適用してきますから。

 

 ……特別ルールを課せられた上で、それを跳ね除けた時にはちゃんと結果を試合に反映してくれるけれど。

 審判がその気になったら、割と本気で潰しにかかられます。

 まあ、そんなことは滅多にありませんけどね!

 勝負とか試合とか、大会を運営する魔族さん達にとっては何よりも尊重するカテゴリーに属する事柄ですから。

 そんな尊重されるイベントの中に水を差すなんて、よっぽどな訳で。

 今回はサルファのアレコレがあんまりにも酷かったこと。

 それともう二つ。

 味方をするなら奇矯な女装野郎より可愛い女の子の方だってこと。

 それから何より重要ですが、魔族が肩入れしたくなるような相手……即ち虐げられている側が『子供』だったということ。

 

 子供を庇護する習性を持つ魔族さんには、ね?

 それだけで肩入れするに十分な理由というモノです。


 これがせめて対等な扱いをした上での勝負だったり。

 ちゃんと真面目に相手を尊重して闘っていたり。

 そうしていれば、審判も大人しく試合の行方を見守ったでしょうにねー……

 サルファ、あなたはやり過ぎた。

 自業自得と諦めて、安らかに眠れ☆






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