54.サルファなど歯牙にもかけていないのだけど
そして、とうとう(サルファの)運命の一戦を翌日に控えた本日。
私は本日もとびきり素敵に仕上げた勇者様……改め、『蒼衣の神女クリスティーネ』様の試合に付き添うべく試合会場の選手控室まで赴いていました。
本当は観覧席から拝見する予定だったんですが……出掛けに勇者様が木にヴェールを引っ掛けて鍵裂きなんぞ拵えてくれたお陰で、試合開始時間までの一杯いっぱいを控室で繕いものに精出す羽目となってしまいました。
今日の試合は個人戦(武器なし)の部。
参戦する勇者様の本日のテーマカラーは『蒼』……
仮装のモチーフははっきり言って修道女です。
一般的な修道女に比べて、明らかに装飾過剰な改造が施されていますけれどね!
紅薔薇様に続いて、二つ目の女装テーマになります。
本式修道女とは節々に違いの生じる、なんちゃって修道女ですが。
勇者様の変装として、修道女は以前にもやったネタです。
ですが、衣装のデザインをやりながら実際の姿を目にすることの叶わなかったヨシュアンさんから「この目でちゃんと完成度を見てみたい……!」と主張されてしまいました。
いつも何かと良くしていただいていますし、ご協力いただく機会も多いことですし。
ここはいつも有難うという感謝を込めて、ヨシュアンさんへのサービス的な感じで勇者様の仮装テーマの一つにぶち込みました。
勇者様、アナタの犠牲は忘れない。
修道女ver.の衣装を纏った勇者様を前に、スケッチブックに筆を走らせていた画伯の満面の笑みが忘れられません。
それはそれは良~い笑顔でした。
画伯、輝いてる……!
流石は美少女顔、物凄く可憐で愛らしく見えましたよ。
中身さえ、知らなければ。
本当に、中身さえ真っ当なら。
そうだったら、もっと眼福と思えたんでしょうけどね。
勇者様の試合開始までの、僅かな時間。
もう観覧席に向かう時間もありませんし、今から行っても試合のよく見える場所は粗方他の観客に抑えられた後でしょう。
この広い会場で、他の皆と合流するのも大変だし。
仕方がないのでここまで来たら、開き直りです。
思いっきり特等席……試合の舞台間近の付添席で観戦してやりましょう。
一応、『蒼衣の神女』の正体が露見する切欠、つまりは勇者様との接点を可能な限り薄くするべく、私も顔を隠す努力をしてみます。
顔よりもなお強く同一人物だと自己主張してくれる赤毛をどうしたモノかと思いましたが、そこは勇者様のヴェールの修復が終わらなかった際に被せようと思っていたカツラを使用することにして。
勇者様……じゃない神女さまが試合に姿を現すと、観客席から凄まじい怒号が上がりました。
ブーイングの嵐……じゃありません、歓声です。
もっと詳しく言えば、女装勇者様へと向けられる野太い声のラブコール(爆)
わあ、さっすが勇者様。
凄まじい大人気ぶりです。
予選の試合日程もまだ二巡目だというのに。
各部門の有力選手達としてピックアップされている人達の中には、今回が初出場の『紅薔薇』や『蒼衣の神女』が既に名を連ねています。
既に彼女(笑)達の試合を目にした観客(主に野郎)の中では、人気を二分する存在になっているみたいですよ!
その信奉者は既に一大派閥と化しているとか?
それぞれ『紅派』、『蒼派』と称して華やか麗し貴婦人と清楚でストイックな修道女のどちらが素晴らしいかを巡り、舌戦や殴り合いが開催されているようです。
その二人が、同一人物だとも知らずに(爆笑)
ちなみに勇者様の他の仮装にも固定のファンが出来上がっております。
ファンクラブ的な団体が存在しないのは、『千匹皮』くらいじゃないでしょうか?
まあ、見た目が怪しい謎のキメラ着ぐるみですからねー。
その技量に感心して、応援を寄せる暑苦しいオジサン達はいるそうですが。
私は見ていませんが『千匹皮』が試合の中で、何でも見事なニードロップとアックスボンバーを炸裂させたとかで。
見た目やキャラ性への人気はともかく、技の冴えは見せつけちゃったようです。
……勇者様、着ぐるみですからね!
もこもこの手では剣など握れる筈もなく、苦肉の策で強引な立ち回りを演じているようです。
着ぐるみの大柄な姿じゃ小回りの利く動きなど出来ようはずもなく、結果として大胆な大技の連発を余儀なくされているようです。
うん、試合相手の懐に潜り込むとか、細かい作戦は通用しそうにありませんからね。着ぐるみが原因で(笑)
苦心しながら立ち回る勇者様も見てみたかった気がします。
「――もし、少しよろしいですか」
「え?」
勇者様の活躍を目で楽しみながら、試合相手のお兄さんが嬉しそうに殴られる姿が気持ち悪いなぁとか思っていた時です。
何やら、聞き覚えのない声をかけられました。
今私がいるのは、絶賛試合相手を殴打中の勇者様が良く見える付添席。
ここまで足を向けられるのは大会関係者か、試合参加者か……
くりっと後ろに首を向けてみれば、私の視線に何故かびくっと肩を震わせた少女が一人。
烏の濡れ羽色という言葉を連想する、綺麗な黒髪の女の子でした。
魔境では見慣れぬ衣装は人間さん達の領域のモノなのでしょう。
勇者様の国でも見たことがないので、大陸西方の国のモノではなさそうです。
……でも、何となく。
似た感じの印象を受ける衣装が頭に浮かびました。
結構見慣れた、男性ものの民族衣装。
目の前にいる少女の衣装の、丁度男性版……といった印象を受ける服を私は知っています。
目の前にいる少女の歳の頃は、十二歳ほど。
若木のような印象の、幼さが残る顔立ち。
ここまで符号が揃えば、私にだって思い当たります。
「サルファの許婚ちゃんだ」
「っわたくしのこと、御存知でしたの?」
「いや、服の印象似てるし」
「……わたくしはシファニーナと申します。お察しの通り、フィサルファード様の婚約者です」
「その許婚ちゃんがわざわざ声をかけてきたってことは、私のことを知っているのかな?」
私の方には、わざわざサルファの許婚に声をかけられる謂れなどはありません。
というか、本当に何の用で声をかけて来たんでしょう。
「ええ。髪色は違いますが……リアンカさんですわね? フィサルファード様は貴女にご執心だとお聞きしております」
…………。
………………。
……えっと、これって「うちの亭主に手を出してんじゃないよ泥棒猫!」的な牽制に来たとか、そう言うことでしょうか。
もしもそうだとしたら、それ全くの見当違いなんですが。
「ええと、聞いたって誰から?」
「フィサルファード様と交流のあるハテノ村民百余名にお聞きしました」
「うわー、力の入った下調べ……サルファ相手に情熱的だねぇ」
どうしよう。
サルファの為にそんな暇なことを真面目にやらかすお嬢さんが、こんなところにいるなんて……!
えっと、どうしたらサルファの為にそこまで出来るの?
そしてハテノ村の百余名は、サルファが私に執着しているとの見解を表明したんですね……一体誰だ、答えた奴。
もう勇者様の試合どころではなく。
困惑している私がいました。
本当、この子は何のつもりで私に話しかけて来たんだろう。
まさか、本当に『泥棒猫』?
もしもそうなら言いがかりも良いところです。
いざとなったら侮辱罪で訴えますよ。まぁちゃんに!
そうなった場合、きっとまぁちゃんがサルファに因縁つけてボコボコにしてくれるんじゃないかな。
「わたくし、貴女にお聞きしたいことがあるのです。――フィサルファード様のことを、貴女はどう思っていらっしゃるの?」
「よーし、これって名誉棄損ですよね! 待ってろサルファ、覚悟しなさい! 私の心の痛みを晴らすべく、まぁちゃんに顔面『凹』にしてもらうから!」
「え……あの、どうなさったの?」
いきなりテンション転調させてヤケクソ気味に叫んだ、私。
許婚ちゃんにとっては思いがけない反応だったようで、私が取り乱したとでも思ったのかおろおろしています。
誰か人を呼ぼうとでもしたのか、目はうろうろと周囲を彷徨っていました。
魔境では、この程度の反応を返されたからと言って動揺する人は皆無です。むしろ便乗するなり、ツッコミを入れるなり、乗ってきます。
……うん。そうですか。
これが勇者様の言う『普通の子』か。
なんとなく納得して、私は感心の頷きを返していました。




