51.予選(団体戦):捕獲
「きゃぁん❤ 可愛いですのー!」
ラス君とジル君は、奮闘虚しくせっちゃんに捕獲されました。
元々臭害攻撃に最も身を曝していただけあり、動きもだいぶ鈍ってましたからねー……
おっとりとした性格のせっちゃんですが、その気になれば鋭い動きも可能な身体能力を持っています。
そんな彼女が、魔滅の縛鎖でもって捕獲した瞬間。
全身から大量の魔力を奪われ、ラス君とジル君の姿は一瞬で獣身となりました。
私もざっとしか知りませんが、獣人さんは力を得て変身能力と知性を獲得した魔獣が、人型種族と交わって発生した種族です。
人の姿も、獣の姿もどっちも彼らの本当の姿。
ですが自然治癒力などは、人間姿よりも野生の恩恵を受ける獣姿の方がずっと高いんだと聞いています。
つまり、極端に消耗したり回復の必要に迫られた時。
彼らは獣の姿になってじっと動かず、ひたすら回復を待つ習性があるとか。それこそ、本物の獣のように。
今回は一瞬で急激に魔力を奪われたことにより、肉体の方が反応したのでしょう。
思いがけない事態に驚いた体の方が、緊急事態だと錯覚してしまったようです。
元々魔力の少ない、獣人さん達。
急いで魔力を回復せねばと体の方が判断して、勝手に獣姿になってしまった……と。そういうことですね。
という訳で、現在。
せっちゃんの目の前にはちょっと大きなジャワマメジカとフクロモモンガがいる訳で。
動物が大好きなせっちゃんは、堪らず行動に出ました。
「姉様姉様! この子たち連れて帰りたいですの!」
「私は止めないよ、せっちゃん!」
「可愛いですのー」
「でもまぁちゃんに見つかったら確実に摘み出されるから気を付けてね!」
「はいですの!」
お誕生会の折り紙飾りみたいな鎖に縛りあげられた、まま。
せっちゃんの腕の中でマメジカとモモンガがあわあわばたばたと藻掻いています。
……紫色のガスマスクなんぞけったいなものを被っていては、せっちゃんの美少女ぶり凄まじいご尊顔も効果はありません。
せっちゃんが素顔だったら、今は動物なこの二人もここまで暴れられなかったんじゃないかな?
その仕草すら、動物好きには結構なツボなのでしょうが。
せっちゃんも目をきらっきらさせて微笑んでいることでしょう。
ほわほわの笑みは、見ていて幸せな気分になれる素敵笑顔。
今はガスマスクを被っているので、目にすることができなくって残念です。
二人は無力化に成功。
あと残るは二人。
レイちゃんとペリエ君。
身内といえど、勝負の世界は非情なもの。
ペリエ君の方はむぅちゃんが圧倒していて手も足も出せないみたいだし。
対してレイちゃんの方は、手にした剣で桃ガスマスクと鍔迫り合い中。
獣人の馬鹿力を相手に、モモさんが筋を痛めないか案じられます。
「……という訳で! 標的はレイちゃんに決定しました」
「な、なんだってー!?」
「おおう……レイちゃんも律儀だね、わざわざツッコミを飛ばしてくるなんて」
「ちょ、待て! リアンカ!?」
「レイちゃん……待てと言われて私が待つと思う?」
「……くそっ 何をする気だ!」
そんな風に言われて、明かす訳がありません。
想像の余地にレイちゃんが勝手に戦々恐々としてくれる状況なのですから、ここは黙っておいた方が精神的に楽しいことになるでしょう。
……さて。
私が気を引いている、その隙に。
めぇちゃんが背後から迫っているよ、レイちゃん。
「覚悟……!」
「!?」
動物って、喉の奥までがぼっと手を突っ込んだら、逆に口を閉じられなくなるそうだけど。
そんなことを思わず連想してしまった、その光景。
めぇちゃんの手も薬草採取用の手袋に包まれているので、噛みつかれたってへっちゃらでしょうけれど。
素手じゃないから気にしないとばかり、お構いなしに突っ込まれた、めぇちゃんの右腕。
私はその手に何が握られていたのか、既に知っています。
だってレイちゃんの背後で、振りかざす姿が見えましたから。
めぇちゃんが掴んでいたモノ。
掴んでいて、レイちゃんの口に突っ込まれたモノ。
本生わさび、ダイレクト。
自然の中での野性的な生活が培った、一瞬で毒物や劇物を判別するレイちゃんの味覚が悲鳴を上げる様……確かに見させてもらったよ。
実際、現実にレイちゃんの悲鳴が響き渡りました。
可哀想に。
でもこの隙を絶好の機会と見逃さず、剣閃を描くモモさん。
私も取り敢えず加勢に走り寄りました。
モモさんがレイちゃんに悶絶する暇も与えず、剣戟を響かせる最中。
私は真っ赤な煙の充満したフラスコを取り出して……
「!? さ・せ・る・か……っ!!」
私の動きを察知したレイちゃんが、動かせない両腕の代わりに柔軟な尻尾で私の腕を絡め取ろうと向ってきます。
ですが、それもまあ想定の範囲内です。
何しろ私は、レイちゃんが生まれた時から良く知る従姉のおねえさんなので。
レイちゃんが切羽詰った咄嗟の時、どんな行動に出るのかはとうに把握済みです!
だから私は慌てず騒がず、投げました。
「モモさん、パス!」
「えっ」
私の行動に意表を突かれたと、目を丸くするレイちゃんの頭上。
まあるく放物線を描いて、フラスコはモモさんの手に。
モモさんにまさかパスされるとは思っていなかったのか、レイちゃんが慌ててモモさんに何らかの対処を、と。
動転から私への注意が一瞬逸れた、その時に。
私はガスマスクの下でにこっと笑いました。
上機嫌に、弾む様な声音で死の宣告。
「レイちゃん、つーかまぁえた♪」
私は、私の方へと伸ばされたレイちゃんの尻尾を左手で鷲掴み。
そして右手には袖口に忍ばせていたミニサイズ注射器。
私よりもずっと動作性能に優れるレイちゃんに時間なんて与えてはいけません。
それが、わかっているので。
レイちゃんに宣告を下すと、同時。
私はレイちゃんの尻尾の動脈を指先で押さえ……
「ぷすっとな」
射しました。
……獣人のレイちゃんにはきっと刺激が強いから、量には要注意。
何しろ魔王をも僅かな量で昏倒せしめる『睡眠薬』です。
もしかしたら明日もレイちゃんには試合があるかもしれませんし。
効果が後に引かないよう……今夜のお月様が空のてっぺんに来る頃には目が覚めるよう、注入する薬品の量を加減する。
「お、おのれ……」
レイちゃんはその言葉を最後に、意識を失いました。
深い眠りに落ちたレイちゃんを、モモさんと二人で抱えて。
運搬がてら、絶叫調のむぅちゃん達に近づきます。
移動中、めぇちゃんがレイちゃんを白い花で飾り立て始めましたが、面白かったので放置です。放置。
やがて真っ先にレイちゃんへと気付いたのは、私達が接近中だった……クルペオのペリエ君。
一瞬、此方を愕然とした目で見て……顔を引き攣らせました。
「ちょっと、あのさ……レイヴィスに何したの」
嘘を吐く必要がないので、簡潔に正しく答えましょう。
「一服盛りました」
「注射っていう形でな……」
「うわー……」
気がついたら仲間が全員、捕獲済み。
そんな状況に追いやられたペリエ君の判断は素晴らしく迅速なモノでした。
未だ火の玉を飛ばしてお遊び半分に飛ばしてくる、むぅちゃんに警戒を緩めぬまま。
それでもペリエ君は両手を頭の位置まで上げて、審判を務めるベテルギウスさんに宣いました。
「――俺、棄権します」
試合が始まる前、そこは私なりに緊張もしていたんですが。
始まってみれば、どうということもなく。
これは仲間に恵まれたというべきですね。
可愛い従妹のせっちゃんに、普段から連携を取っている仕事仲間。
そして職場で共有している忍者。
こうして振り返ってみても、危うげなく。
チームプレーの勝利です。
こうして私達は。
初試合にして無傷での完全勝利という快挙を遂げました。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「おい、あれ見ろよ……」
「え、なにあれ」
ひそひそと、さざめく声。
……さっきから、俺の前を通りすぎる通行人はそろって同じ反応を見せる。
自分自身、客観的に今の姿を見たら正気を疑うだろうけど。
だが、リアンカに頼まれると、どうにも断るのが難しい。
この世でたった一人の女友達に、大分ほだされているせいだ。
――俺は、今。
獣の姿……というか動物の着ぐるみ姿で控室にいた。
ちなみに上半身はアライグマで、下半身はクリップスプリンガーという動物らしい。
そして前足(腕)はカンガルーだ。
この着ぐるみを作ったのはリアンカだけど……上半身と下半身と腕で違う姿にする必要があったんだろうか。
試合の部門ごとで違うテーマに沿った、仮装。
彼女は俺に、それを求めた。
だけど着ぐるみで戦えというのは……玄人向けの要望じゃないだろうか。
それも、団体戦というより油断の許されない部門で。
いつになく緊張しているのは、着ぐるみの性能に懸念があるから。
着てみるまで、こんなに動きにくいとは思っていなかった。
リアンカも凝りだすと際限なく凝るから……着ぐるみの足が、特徴的な蹄の形をしている。
……内部は高下駄状態。
より一層の不安定さが、歩き難さを増長させる。
こんな恰好の単独参加で、袋叩きにされないかが心配だ。
憂鬱な気分で、次の試合を待つ。
団体戦の部の、1試合目はとうに終わった。
2試合目がもうすぐ始まる。
待合室では勝ち残った猛者達が、次の戦いに備えて各々油断なく準備を整えている。
そんな中で、俺は一人。
団体戦なのに、仲間の一人もいない。
……心なしか、格好のことも含めて腫れモノに障るような扱いを他の参加者達から受けているような気がする。
俺は素知らぬ顔を決め込んで……まあ、着ぐるみなので顔は見えないだろうけれど。
それでも素知らぬ顔で、気を紛らわせるように他の参加者達の会話に耳を傾けた。
「――おい、聞いたか?」
「ああ、聞いた聞いた」
……ん?
何とはなしに耳を澄ませていたが。
控室の端の方に、顔を青ざめさせた一団がいた。
なんとなく張りつめた緊迫感が気になり、何とはなしに彼らに集中する。
「Aブロック、やべぇよな」
「俺、Bブロックで良かったわ……」
「馬鹿、それでも勝ち進んでいきゃ、どっかで遭遇する危険性があんだぞ!」
なんだろうか?
どうやら隣のブロックで何か……というより、彼らが恐れるような誰かが現れた、ということのようだが。
「………………」
何故だろう。
妙にAブロックで何が起きたのか、気になる。
胸の引っ掛かりを覚えて、彼らに直接尋ねてみようかとも思ったのだけれど。
「それでは次の試合~……『千匹皮』選手、『千匹皮』選手ー。お時間ですので試合場の方へお越しくださーい」
「……っと。わかった」
残念ながら、そう思ったところで次の試合がきてしまった。
これは次の機会が巡ってくるのを待つしかないな。
俺は情報を得る機会を諦め、ふかふかの着ぐるみに包まれた身をゆっくりと次の戦いが待つ場所に向かわせた。
勇者様。
彼はまだ、己の先に待ち受ける者について何も知らない。
全体的に見て、「戦い?」というクオリティ(笑)
普通にえげつないっすね!




