48.予選1日目:煮えちゃうかい?
人間だったら落ちた途端に昇天してしまうこと間違いなしの極楽温泉(言葉通りの意味)。
そこにぷっかりと腹を上にして浮かぶナシェレットさんを足場にして。
勇者様の最後の足掻きが、幕を開けました。
……なんだか私達が勇者様を単に潰しに来ただけにも見えてそうですが、別に遊びたかっただけで勇者様のゴールを絶対に阻みたいって訳でもないんですけどね?
勇者様の気迫が真に迫っていて、何となく言い出せません。
うん、適当に遊んで満足したら、素直に背中を見送ろうって思ってたんですけどねー……
なんだか勇者様がやる気に満ちておられます。
ここ、期待に応える場面ですよね?
どうしてやろうかな、と胸が高鳴ります。
そんな中、まぁちゃんが煽りにいきました。
「そろそろ勇者をおちょくるのも飽きてきたな」
「いまサラリと本音言った!?」
「っつう訳で、今からちょいとトドメでも……」
「な、何をする気なんだ、まぁ殿!?」
明らかに勇者様の反応を釣る為の言葉に、見事引っ掛かる勇者様。
顔を引き攣らせる麗しの美青年と、にんまりと笑う妖しげな美青年。
凄まじい対立図式です。顔面偏差値的な意味で。
……この二人が対峙していると絵になりますね。
その分、ちょっとだけ私がこの場にいることに微妙な気分です。
私よりせっちゃんがいた方が、顔的には釣り合うと思います。
まあでも、折角の愉しいお仕事は自分でやらないと気が済まないですし。今更、ツラがどうとか気にしませんが。
「本音を言っちまうとあと五時間くらいは遊んでも良ーんだけどな?」
「やめてくれ。死んでしまう、止めてくれ」
「けど、なぁ……流石にこれ以上、リアンカの教育に悪ぃ目の毒が増えても困るし?」
ちらり。
まぁちゃんの流し目が、勇者様から逸れてサルファを見ました。
全裸に網タイツという異様な姿を、辛うじてまぁちゃんのお情けで免れたサルファを。
私に成人男性の全裸を見せる訳にはいかないと、まぁちゃんは止むを得ずサルファに衣服の提供を行いました。
奴は今、全裸に網タイツと腰ミノ装備です。
「………………」
「…………」
「……そんな訳で、そろそろ畳み掛けといきますか」
「く……っやむを得ない、か」
「えっ? あれ!? ちょっとなに、その態度! まぁの旦那も勇者の兄さんも人から目ぇ逸らして納得し合うとか! せめてこっち見てはっきり言いたいこと言っちゃおうよ!?」
「見られる訳ないだろう。見たくないから目を逸らしてるんだよ!」
「言えるかバーカ! 口に出して言いたくねぇんだよ馬鹿!」
「二人とも俺の扱い悪っ!」
「「黙れ全裸タイツ!!」」
「全裸じゃないですぅ! 腰ミノつけてまーす★」
「なんて目の毒だ!」
曰く公害レベルの目の毒に対して、美青年は二人揃って苦い顔。
早々にサルファの露出をどうにかしたいという気持ちは二人とも同じみたいで。
まぁちゃんは決然とした顔で、勇者様に宣言しました。
一刻も早く決着をつける気です。
「ここで宣言してやろう、勇者」
「まぁ殿、一体何を……っ」
「足場皆無の水上走法を習得出来なければ、お前は温泉に沈む」
「今、ほとんど不可能に近いことを言い出したぞこの人―!!」
まぁちゃんが平然と、それはもうサラリと無茶を口にしました。
どうやらまぁちゃんは勇者様に「アメンボに挑戦せよ」と言っているみたいですね!
それって人間に習得できることなのかな?
……人間かどうかちょっと?怪しい???勇者様なら、もしかしたら。
「いや、でも流石に死んじゃわないかな……?」
「大丈夫だろ、リアンカ。お前は勇者を信じろ」
「まぁちゃん……」
「ちょ……っと待てそこの二人!! 俺を置き去りにした状況のまま、無責任に変な信頼を寄せるのは止めて!?」
「まぁちゃん、私、間違ってた……そうだよね、お友達だもん。私ったら勇者様に不信を向けるなんて!」
「やめて!? 俺を追い詰めるのは止めてくれ、リアンカ!」
信じてこそのお友達、そうだよね? まぁちゃん。
「私、勇者様の無限の可能性を信じます……!!」
「流石に生命の限界に挑戦するのは無理だから!!」
勇者様が追い詰められた表情で無理無理と首を横に振っていますが……ううん、私は勇者様のお友達だからこそ信じましょう。
今まで数々の無茶と無謀と非常識を現実にしてきた、勇者様の可能性を。
「勇者様、私は応援していますから!」
「応援された!? それでも無理なものは無理なんだ!」
「大丈夫、貴方ならきっと……きっと、水の上だって焼けた石の上だって駆け抜けることができるから!」
「君は俺に一体何を求めてるんだ!? 何の修行をしろと……もしそれぞれ習得出来たとしても、その複合技は無理がある!」
「勇者様、ファイト!」
「だから出来ないって言っているだろう!?」
とりあえず私は水鉄砲を用意しましょう。
中に何を詰めようかな?
「まぁ殿、人間は水には浮かべても、水の上には立てないんだぞ!?」
「浮かべるんなら立てるだろ」
「無理だ!! 人間ってそこまで軽くはないから!」
「良いからやれや」
そして横暴魔王様は問答無用にやらかしました。
ひらり、軽やかな足取りで。
まぁちゃんはボートからナシェレットさんの上に飛び乗ると、勇者様の間近まで人外のスピードで急接近!
そのまま、無造作に勇者様を蹴り落としました。
落ちたー!!
死んだ!?
そんな観衆のどよめきが、空気を震わせて伝わって来そう。
更にサルファを蹴り落とそうとしましたが、奴も切り替えが早いというか行動が早いというか……
どうやらまぁちゃんが勇者様に無茶ぶりした時点で先の不穏を予測していたらしく、奴は既に動いていました。
勇者様とサルファを乗せて転覆しかけた、タライ舟。
二人は無理でも、本来一人だったら適正重量。
奴は勇者様が蹴り落とされている隙に、ナシェレットさんの上に引き上げられていたタライ舟で一人緊急離脱を図っていました。
わあ、行動が本当に早い。
ちょっと離れたところから手を振ってくる姿に、ちょっとイラっとしました。
「チッ……」
そして深追いはしない、まぁちゃん。
うん、本命は勇者様ですしね!
勇者様はいま、頑張っていました。
まぁちゃんに蹴りだされて、人間にはちょっと無理のある湯温の源泉に強制ダイブかなという瀬戸際で。
彼は肩に乗っていたカンちゃんを空に飛ばし、必死に羽ばたく烏の三本脚を握って着水を堪えています。
ナシェレットさんの鱗にひっかけられた片足が、見るからに攣りそう。
カンちゃんはアレでも神獣なので、そりゃ外見で測れる以上の重量を抱えても落ちはしないでしょうが……うん、凄い必死に羽ばたいています。
どうやらあれ以上の上昇は不可能そうです。
「し、死ぬ……っ! 頑張ってくれ、カン!」
『おなかすいたのー!』
「こんな時に食料要求!?」
『おいしい魔力をくれたらがんばる!』
「俺の魔力はさっき君にあげた分で一杯いっぱいなんだ……! 燃費悪過ぎだろう、君?!」
追い詰められた勇者様。
私は水鉄砲に笑い茸のエキス(幻覚・酩酊作用)を詰めました。
上手に出来るかな?
「……って、ちょっと待て! 君は一体何の準備をしているんだ、リアンカ!?」
「えっとですねぇ、笑い茸の――」
「はいストップ! 完全アウトだろう、その水鉄砲!」
「手を挙げろ! さもないと撃つぞ☆」
「この状態で手を挙げたら、どうなるか……わかってて言っているのか!?」
「勇者様ならきっとアメンボだって蛙だって超えていける……私、そう思うんです」
「この近づいただけで汗が止まらない凄まじい湯温を考慮してくれ! こんな煮え立った湯に着水したらアメンボだろうが蛙だろうが問答無用で茹で上がるから!」
「大丈夫、勇者様なら……」
「俺ならなんだって言うんだ!? 根拠のない信頼は時に重荷だってわかるかな!」
必死です。
勇者様、超必死。
だから私は勇者様に、にっこりと微笑みかけました。
「わかりました」
「え、なにを?」
「でしたら、勇者様……取引をしましょう?」
湯に落ちるまいと藻掻きながら……きょとんと首を傾げた、勇者様。
私はそんな彼に、ちょっとした救済を与えることにしたのです。
「もしも勇者様が今度、修行を数日お休みしてピクニックに付き合ってくれるなら……ここで切り上げても良いですよ?」
「!?」
ただし行先は、秘密です。
「さあ勇者様、どうしますかー?」
「……ちなみに、参加人数は?」
「えっと……まぁちゃん、どうする?」
「あ? 俺はなー……今年はちっと難しいかもな。武闘大会関係でなんだかんだ予定が詰まってっし。日程が決まったら日時だけ教えてくれ。行けそうなら行く。無理なら行かない」
「せっちゃんはきっと一緒に行ってくれると思うけど……勇者様、もしも皆の都合がつかなかったら二人、ってことになると思いますけど」
「あれ? 意外なんだけど……他の人の日程に合わせないのか?」
「ちょっと行きたい場所に、季節限定のイベントがありまして。目的が時期に左右されちゃうんですよね」
でも一人で行くのは味気ない。
誰かと行こうと思ってたんですけど……うっかり、他の人を誘うのを忘れていました。
半年も魔境を留守にしていたので、約束を取り付けていなかったのは仕方ありません。
折角だし、勇者様を誘おうとは思っていたんです。
去年は勇者様も魔境に来たばかりでバタバタしていて、ご案内は出来ませんでした。
だから、今年は誘おうかなと。
勇者様に初めて見るだろう景色をプレゼントです。
……まあ、でも。
武闘大会を目前にしてますます修行に力が入っているようで。
なんだかんだで今まで誘えなかったんですけど。
現にまぁちゃんに修行に連れ出されて、暫く帰って来ませんでしたし。
この調子で毎日が修行三昧なら、誘えないかなぁと思っていたんです。
誘ったら、試合に勝ちたい勇者様のお邪魔になるかなと。
でもこういう『条件取引』としてお誘いしたら、勇者様の心理的負担は少なくって済みますよね?
「それで勇者様? 私とピクニックに行きますか、行きませんか?」
「…………行く」
そう言って、頷いた勇者様。
でも彼の口元は、なんだかむにむにと複雑そうに動いていて。
私が見ていることに気付いてか、はっと最終的には口元を引き締めていましたが。
その奇妙な表情、一体どういう意味なんでしょうか?
リアンカちゃんの攻撃!
勇者様はピクニック???のお誘いを受けた!
……果たして、その行先は…………
a.生き地獄
b.天国に一番近い場所(物理)
c.人外魔境の奥地
d.血煙り温泉
e.エルフの素敵なダンジョン
f.素材採取ツアー
g.薔薇の園
h.魔族の街




