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ここは人類最前線7 ~魔性争乱~  作者: 小林晴幸
全部門合同蹴り落とし障害レース
47/122

45.予選1日目:Let’s go タライ!



 現場は酷いことになっていました。

 はい、私とまぁちゃんが実行犯です。

 でも魔王陛下がご無体なさるのって思えば結構普通のことですよね?

 だからセーフ、セーフ!

 え? 村娘がそれをやっちゃ駄目だろ?

 何のことですか? ――聞こえない、聞こえなーい!

 

 そんな訳で、私とまぁちゃんによる蹂躙劇(笑)はまだまだ続きます。


 しかし相手もさることながら……やっぱり勇者様は賢いですね。

 愛らしい猫耳も、凛々しくピンと真っ直ぐに立ち上がります。

 私達が洒落にならない矢を射ってくるので、対策を立ててきたようです。

 それが単純(シンプル)な手なんですけど……単純な分、馬鹿に出来ません。

 シンプルって、それだけ無駄が削ぎ落されているっていうか……大体汎用的に効果的な手段だっていうのが通説ですよね?

 それが今回も適用されてしまいました。


 勇者様は同じ蹂躙劇に居合わせた被害者の皆様に声をかけ、示し合わせて一緒に走り始めたのです。

 手に手に、弓を弾いたり防いだりする為に武器や楯……盾がない人は急場しのぎにマントを腕に巻いて布の楯に仕立てたりと、弓矢対策に装備を整えて。

 勇者様の指示に合わせ、見事な統率力と団結で以てこの局面を切り抜けようという意気込みのようです。

 協力体制、助け合いの素晴らしさを見せてくれるのでしょうか。

 私は背中がうず……と疼きました。

「ね、まぁちゃん」

「なんだ、リアンカ」

「あの一固まりになって走っている集団に投網でも投げつけてみたら面白そうな気がする!」

「おお、別に良いんじゃね?」

 勇者様ったら……周到な準備を重ねて待ち構えていた私達に対する、これは挑戦なのでしょうか。

 問題点を挙げるとすれば、投網を綺麗に投げるには私の腕力が不足しているということですが……いざとなったら、まぁちゃんに助けてもらいましょう。


 私がボートの底の方からずるり……と網を引張り出すと、勇者様の顔が露骨に固まりました。

 ねえ勇者様、一網打尽って言葉を知ってる?


「そぉーれっ♪」


 私の投げた網は、しっかりと勇者様に狙いを定め……

 ……た、つもりだったんですけれど。

 やっぱり私の投げる力が足りなかったようで、その手前にいた三人くらいしか餌食に出来ませんでした。

「一応、回収はしとくか……」

 そして網に絡め取られた三人は、即座にまぁちゃんによって回収されました。

「いらっしゃいませー」

 結果、ボートの乗組員が三人増えましたよ!

 現状を簡潔に表せば素巻きですけれども!


「手加減なしか――っ!」

「どうして私が格上(・・)の相手である勇者様に手加減するんですか? むしろ胸をお借りする立場だと思うのですが……」

「確かに個々人間の実力差ならそう見えないこともないけれど! そもそも君、まぁ殿とペアできてるじゃないかぁあ!」

「勇者様ならこんな局面でも切り抜けて奇跡を見せてくれるって信じてる!」

「なんだその信頼!? リアンカ、信頼って一方通行じゃ駄目なんだよ!」

「勇者様、私達の信頼は一方通行ですか?」

「…………」

「こんな事態に陥ったこと、勇者様も「リアンカ(わたし)ならやる」と心の底で信じて(・・)いたんじゃありません?」

「も、黙秘権を要求する……!」

「語るに落ちたぞ、この勇者」


 折角の網ですけれど、私の腕力で一回目はふいにしてしまいました。

 新しい網を矢ストックの下から探す傍ら、勇者様が私の意識が逸れたことを見てか、賭けに出ます。

「あの丘を越えれば、ゴールはすぐのはずだ……!」

 どうやらまぁちゃんの脇を擦り抜け、一目散にゴールを目指すおつもりのようで。

 まぁちゃんが本気を出したら、そんな容易に抜かせる筈もなく。

 それどころか開始一分と経たずに全員捕獲されていても私は驚きませんが。

 今のまぁちゃんは一応、それこそ『手加減』中で。

 更に言えば両手はボートを抱えて塞がり、足が自由なのみ。

 まぁちゃん本人にしっかり捕まえようという積極性がないので、勇者様達は割とあっさり横を抜け……


 そして、丘を駆けあがり。

 天辺に到達したあたりで、勇者様が膝から崩れ落ちました。


「ここ昨日まで、平地だったはずなのに――――っ!!」


 困ったように耳をひよひよと揺らしながら、勇者様は地面に頭突きでもかましそうな勢いで叫んでいます。

 納得がいかない、と。

 釈然としない、と。

 こんな現実ありなのか、と。

 アリです。

 全て大ありです。

 それが此処、魔境であるならば。


 勇者様の目の前に広がるモノ。

 一緒に見ている訳ではありませんが、それが何かは知っています。

 今、彼の前には……ゴールに向けて並行するように走る、滅茶苦茶に隆起した二列のミニ山脈が続いていました。

 しかもぐつぐつと煮え立つ不吉な音を立て、もうもうと湯気を上げるお湯が、二列の山脈と山脈の間を満たしています。

 それは不思議で、奇異で、とても自然に出来上がった光景には見えませんでした。


 まあ、犯人はタナカさんなのですが。


 皆様は覚えておいででしょうか。

 私がこの障害レースをゴールした時、タナカさんを乗り付けていたことを。

 そのタナカさんが、ゴールの時に勢いあまって地形変動させてしまいました。

 いわゆる、スライディングで。

 あの巨体でがりがり地面削られたら、それは地形も変動しますよね!

 しかも深く抉られた地面の下から、温泉が噴き出しました。

 急激に湧き出す様子は、間欠泉かという勢いでしたよ。

 今はお湯もたっぷりと抉れた地面の間に溜って、湧き出す勢いも落ち着いたようですが。

 目の前に広がるお湯は、たっぷり全て源泉かけ流しです。

 ただし湯温が生身で心地良いと思える温度を遙かに超えているようですが。

 アレに浸かったら、確実に煮えると思います。

 言葉通りの意味で。

 私だったらそのまま浸かりたくなんてないですね、死んでしまいます。


 ……と、まあそんな厄介な地形なのですが。

 タナカさんがスライディングゴールを決めたお陰で、厄介ながらも二つのミニ山脈と温泉はゴールまでまっすぐに続いています。

 本来なら魔族さん達が準備していた、別のトラップコースだったそうなのですが……全部タナカさんの生み出した衝撃や彼の体重が乗った滑り込みによって薙ぎ払われ、魔族さん達が用意していたトラップの類は無に帰したようです。

 それならそれで急遽地形を魔法を駆使するなり何なりして大急ぎで元に戻し、出来る限りの修復と新たな罠を設置するところなのでしょうが……

 誰かが……というかベテルギウスさんが言い出したそうです。

 このままで良いじゃん、こっちの方が面白そうだし……と。


 そんな訳で障害レース、最後の障害はタナカさん謹製です。

 関与した私としては、こんなとんでもない地形を乗り越えていかなければならない彼らの苦労を思うと胸が痛いですね?

「どうしろと……こんな場所をどうしろと!!」

「諦めるのは早いぜ、勇者の兄さん~?」

「だけどサルファ! こんな踏破に苦労しそうな場所で、まぁ殿の足から逃げ切れるのか!?」

「いや、まぁの旦那とか明らかに手加減してくれてんじゃん。ってことは、こっちに行動の余地は残してくれるってことじゃん? 一方的に空から絨毯爆撃とかされない限りは逃げきれるっしょ」

「なんだこの説得力……流石、実家から逃げ続ける男」

「逃げることに関しちゃ、この魔境でだって他の追随は許しちゃわないよ☆」

 サルファの考えが若干合っている、という事実が癪ではありますが。

 やっぱりこういう悪戯は相手に若干の余裕がありつつ、反撃なり防衛なりの反応をしていただく余地があってこそ面白いんじゃないでしょうか。

 私達は私達なりのルールに則り、行動理念を持っているつもりです。

 無抵抗の相手を一方的に痛めつけるのは主義に反します!

 そこらへん、相手の様子を見て加減はシビアに行いますよ?

「ぎりぎり生かさず殺さずの見極め得意そうだしね、リアンカちゃん☆」

「それは何の慰めにもなっていないってわかっているのか……!?」

 

 そうこうする間に、それでも希望を取り戻したのでしょう。

 勇者様は迷いの滲んだ眼差しで、活路を見出そうと目を走らせます。

 その甲斐あって、ですよね。

 勇者様は、しっかりちゃんと見つけました。

 この障害物の、正しい乗り越え方を。

 というか、その為に魔族さん達が笑いながら用意したブツを。

 ミニ山脈を踏破するか空を飛ぶ以外に道はないかと絶望していた勇者様達も、素敵なモノを見つけたようです。

 それは何なのか、ここに告げましょう。


 タライ舟です。

 

 ちゃんと人数に行き渡るよう、大量に丘の下……温泉手前に積んであります。

 重ねれば場所も取らず、収納も簡単☆

 タライ舟は収納の面ではとても効率的で優秀な乗り物ではないでしょうか。

 しかも櫂だってしっかり用意されています。

 タライ舟の傍に、大量に立てかけられた櫂。

 ですがどうしてでしょう、私には一瞬それが別のモノに見えました。


 様々な異文化が入り混じる、南方諸国。

 そこの一部地域で一般的な食器として用いられる、とてもシンプルだけど使いこなせば便利な代物。


 私には、あの櫂が『 お 箸 』にしか見えない。


 勇者様がやりきれないといった様子で、地面を殴りました。

 動揺を示すかのように、彼の猫耳がぴこぴこと揺れます。

 時として妙な分野に物知りな勇者様。

 彼は、知っていたのでしょう。

 南方諸国の一部に、遠い昔から伝わる伝承(サーガ)を。


「俺達は一寸法師かぁぁあああああああっ!!」


 でもね、勇者様。

 御椀じゃないよ、タライだよ。


 安定感の足りないタライに乗って、流される。

 Good luck、勇者様!







リアンカちゃんがボートに乗せられていたのは、まさにこのためだったのです。

→ 温泉(とっても源泉かけ流し)

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