36.予選1日目:ピンチの時のお約束
みるみる内にセルフで窮地に陥ったかと思いきや、逆に火責めを喰らいだした勇者様。
わあ、勇者様がこんがり焼けちゃう☆
……流石に勇者様も、あんな落とし穴の底なんていう空気の少なそうなところでキャンプファイヤーやっちゃったら窒息しそうな気がします。
えっと、勇者様って無酸素空間で生きられるような特技持ってましたっけ?
勇者様は偶には立ち向かうじゃなくって、逃げるって選択肢も検討した方が良いと思う。
なんでいつもあんなに素直に、難敵に立ち向かっちゃうんでしょうね?
穴の底で逃げ場がないのかもしれませんが、それにしたって勇猛果敢に頑張り過ぎです。
それが『勇者』の資質なのか。
それとも『ツッコミ』の性質なのか。
まあどちらでもそれが『勇者様』であることに変わりはないので、私はどっちでも構わないんですけどね。
それになんだかんだ、どんな無謀な勝負に突っ走っても勇者様が死ぬって気がしませんし。
命の無事が保障されている範囲内で本人が何をしようと、それは勇者様の自由ですよね?
「……くそっ こんなところで焼死体になって堪るか!」
「《SYAGYAGYAGYAGYA……!》」
「こんな不気味な嗤いに看取られて、堪るかー!」
それをいうなら看取るのではなく、介錯されるでは。
勇者様は、相変わらず凄い根性でした。
火を吹く植物という、何かを極めちゃった究極生命体を相手に孤軍奮闘。
だけどマンイーターの蠢く触手が、勇者様を抑えつけようと四方八方から……!?
炎に包まれながらも、燃えずに襲い掛かる邪悪な植物。
鋸刀で的確に勇者様を狙う触手以外にも、棘のついた触手や変な粘液性の何かを分泌しながら怪しい動きを繰り返す触手とラインナップが豊富に取りそろえられすぎです。
それらの触手が一斉に勇者様を襲ってるんだけど……
「…………???」
「ん? 不思議そうに首傾げてどうしたの、リアンカちゃん」
「状況的に見て窮地なのに、勇者様が危ない!って思わないのはなんでだろうね?」
「今までの勇者の実績だろ」
炎に包まれた逃げ場のない空間!
奇怪な動きと嗤いを繰り返す化け物!
人間の手数を遙かに超えて伸ばされる魔手!
そんな状況でも危うげなく見守っていられる勇者様って、色々と人間のレベルを超越した方だなぁと改めて思います。
今も手にした剣と鞘で襲いかかる攻撃を弾いたり、切り裂いたり……
……切り裂いた端から、触手が再生してますけど。
わあ、一つの切り口から四、五本ずつ再生してお得―……。
「あ、足に巻きつかれた」
「こうなると動きを阻害されて不利な状況っすね?」
「それより見ろ、火のついた触手で殴りかかろうとしてやがる」
「口の方はブレスの準備してるみたいだねー……」
「陛下もリアンカ嬢ちゃんもなんでそんな臨場感なく見てんだ? 親しい相手だったんじゃねーの? それともあの勇者のこと本当は嫌いなのか」
「え? ああ、そういえば。くぅ小父さんは勇者様のことあんまり知らないんだっけ」
「去年は大会の準備で忙しくしてたしな。勇者とは予選まで顔合わせたことなかったろ」
「くぅ小父さん、人間っていう範疇に囚われて考えるから勇者様のこと正しく見られないんだよ。あれが魔族の人だったら、あの状況どう見る?」
「あぁん? んだよ、そうだな……魔力の使い方がぬるいからそんな馬鹿みてぇな状況に追い込まれんだよ。ちんたら遊んでないでとっとと片付けやがれ!くらいは思うな」
「才能あるのに、魔法はからきしらしいですからねぇ、勇者様」
「そうこうする間に四肢に絡み付かれたっぽいけど、あそこからどうやって窮地を脱する気なんだ、彼奴」
「俺的にはもう少し……あと五分くらいあのままでも良いと思うけどね!! むしろ触手マシマシで☆」
……って、うわぁ!
ヨシュアンさんが急に元気になった!
楽しそうな顔で、クロッキー帳の上で猛烈に筆走らせてる!
「ヨシュアンさん……ちょっと紙面の方、現実を改竄し過ぎじゃない? 両手両足を捉えられただけの状況であんまり悲惨な絵にしちゃうと後で怒られちゃうよ」
流石に現実の勇者様はまだ首とかまで絞められてないし、実際に触手に首捉えられたら死んじゃうまで絞められちゃうよ!
ヨシュアンさんのクロッキー帳の方では、勇者様が今まさに『お婿に行けない』系の絵にされつつありました。女体化ver.で。
まあまだ荒くざっと全体の輪郭を描いたところみたいなので、具体的に何の絵かは現実の勇者様と見比べないとよくわかりませんけれど。
これから絵に細部まで肉付けしていくつもりなのか。
ヨシュアンさん……画伯が持参していたらしい絵の具セットを開き始めました。
水彩の淡いタッチで何を描くつもりなの、画伯。
彼のカリスマ性☆溢れる絵をまともに見たことって、実はないんですけれど……今日、私は勇者様という素体をモデルに描き上げられる絵を目撃することになるんでしょうか。
エロくないはずのない絵は、どんな仕上がりを見せるのでしょう。
そしてそれを見た時、私は平常心を保っていられるのかな……?
色々な意味で、衝撃的な経験を積んでしまいそうな気がします。
「ヨシュアン、てめぇ創作意欲に走る気ならどっか別の場所行けや」
「ここが特等席なんだけどなー……まあでも、陛下に逆らうほど俺はヤンチャじゃないつもりだよ☆ ここはご命令に従って……」
ふわっと。
ヨシュアンさんはその翼を広げ、上空へと浮かび上がりました。
「陛下を見下ろす不敬☆だけど、これでリアンカちゃんに絵は見えないでしょ。これで許してつかーさい、陛下☆」
「チッ……リアンカの目に入るようだったら、てめぇの羽根全部毟って燃やしてやっからな」
「わあ、容赦ない! みんな俺に優しく無さ過ぎだよ!」
「画伯……優しくしてほしかったら、相応の見返りが必要なんですよ?」
「純粋な目で言う事じゃないよ、リアンカちゃん!」
「私は当然のことしか言っていないよ、ヨシュアンさん!」
優しくしてほしかったら、優しくしてあげる。
優しくしてもらったら、優しさを返す。
これって一般常識じゃないの……?
「実践できてるかどうかは謎だよね、リアンカちゃん!」
「ヨシュアンさん、私は受け取る側にばっかりなる気はないし、私は沢山の人に愉快な人生の演出をプレゼントしてきましたよ!」
「――それを人は『恩を仇で返す』って言うんじゃね?」
「くぅ小父さんったら失礼ですね! ちゃんと親切には色々返してますってば。小さい頃、父さんに『何かをしてもらったら、何かを返してあげなさい』って言われたことは守ってます!」
「恩でも仇でも、少なくとも何かは返してるって言うつもりかよ……?」
「勇者様だって、修行を望んで身体的精神的鍛錬の毎日望むところって感じだったみたいなので試練を持って来てあげてたんですよ?」
「リアンカ、それ建前だろ」
「ううん、少なくとも最初はそのつもりだったって話」
「今はどーなんだよ」
「今は今だよ、まぁちゃん!」
少なくとも、勇者様がんばれーっとは思っています。
観覧席で私達が他愛もない話に盛り上がっている頃。
勇者様は千切っても千切っても絡み付いてくる触手と、燃え盛る火炎の中で更に火の勢いを増そうと口を開けるマンイーターに難しい顔をされていました。
「この、切っても切ってもきりのない……っ」
「勇者の兄さん、大丈夫~?」
「大丈夫な訳が……って、ちょっと待て」
あれ、今何か不自然な声が聞こえましたよ。
画面映像という区切られた範囲でしか勇者様の状況を把握できない私達。
画面に映っているのは勇者様だけなんですが……
えっと、他に誰かいたっけ?
しかも心なしか、なんかどっかで聞いた覚えのある声と口調だったような……。
勇者様とマンイーターだけっていう壮絶に嫌な二人きりじゃなかったんですか?
でも勇者様も、今ものすっごく怪訝な顔しましたよね。
頭痛を堪えるような顔で、勇者様が何故かご自分の頭上を振り仰がれました。
映像のアングルが、勇者様の動きを受けてか煽るようなアングルに変わって……
そうして、映ったモノは。
「どうして此処にいるんだ、サルファ!」
「はろはろ~☆ 勇者の兄さん、ご機嫌麗しゅう?」
「機嫌が良いように見えるんなら目医者に行け!! というかこの状況で現れるのがなんで君なんだ!?」
「うわーお。超☆世の理不尽を垣間見た!って顔してんね、兄さん」
勇者様、物凄く嫌そう。
物凄く、嫌そうです。
でも気持ちはわかります。
忌々しそうに勇者様が見上げた先……落とし穴の半ばにぶら下がっている奴がいます。
一体何処から吊るしたモノか、鉄鎖の……何かな、アレ。
どこからどうやって吊るしたのかも謎な鎖梯子っぽい何かからぶら下がるひょろ長い影。
そいつの名前は、サルファ。
半年前に消えた筈の軽業師が、なんでかこんなところにいました。
初対面で私の裸を覗くという暴挙を犯して以来、何故か妙に縁のある野郎ですが……
まさかこんなところでも現れるとは。
……というか機を見計らったような登場に、条件反射的に苛っとしました。
「まぁちゃん、サルファの実家に通報ってどう入れれば良いのかな」
「連絡先聞いときゃ良かったな、リアンカ」
「後で勇者様に聞いておこうか。確かサルファのお父さんと連絡先の交換してたはずだから」
「……半年前、んな余裕あったか?」
「私達の知らない間に、なんか「当家の愚息が申し訳なく……」って頭下げに来てたらしいよ。あとほら、動物園見にサルファの国行ったよね。あの時に念の為って住所確認してたみたい」
「あいつってホント細けぇよな」
「気遣い屋さんなんだよ」
本来魔王として気遣われる側にいる、まぁちゃん。
結構自分のことには無頓着というか大雑把なので、機会を逃さずマメに必要になるかどうかもわからない情報収集を行っていた勇者様に呆れている様子です。
おかしいな……勇者様だって本来は王子様なんだから気遣われる立場だろうに。
同じ王族で、この違い。
わあ不思議☆
……しかしこの状況下でサルファは何をしに現れたんでしょう?
足手まといにはならない程度にマルエル婆が鍛えていたでしょうけれど。
奴ってわざわざ勇者様を助けに現れるほど義理固かったっけ?
「サルファ、何の為に此処に……まさか、敢えてわざと落とし穴に落ちる趣味がある訳じゃ、ない、よ、な……?」
「勇者の兄さん、露骨な疑惑の眼差し止めようぜ? もっちろん、そこは勇者の兄さんを助けに来たに超決まってんじゃん☆」
「サルファに助け、られる……!?」
あ、画面の向こうで……勇者様が真顔で固まった。
予選レース開始時、リアンカちゃんは見ていなかったのでサルファの参戦を御存知なかった模様。
次回、窮地にやって来ちゃった助っ人☆
彼らは……というより勇者様は無事に落とし穴を脱せられるのであろうか。
そして脱出した勇者様を吹っ飛ばすのは?




