26.予選開会式という名の説明会(※任意参加)
せっちゃんのお願いで、突如参加することになってしまった武闘大会。
私としても初の出場になっちゃうんですが……更に、せっちゃんは魔族の予選が行われる段階でエントリーしていなかったということもあって私達は慣例通り、他種族用に開かれている予選からの参加になるんですが……
普通に考えて、私ってただの足手纏いですよね?
お荷物にしかならない、私。
加えて、せっちゃん。
うん、二人だけでの参加は無謀かな。
そう思ったので、伝手を頼って他の面子を揃えることにしました。
残念ながらレイちゃんは既に仲間達と団体戦の参加手続きが終了しているとのことなので……現時点で確実に、絶対に団体戦に参加していない『お友達』。
それでいて私やせっちゃんのフォローが出来る相手。
……心当たりは、僅かでした。
それでも心当たりが『ない』訳じゃないあたり、私の人脈も捨てたものじゃありませんよね?
「――という訳で、お願い☆」
そう言ってつきだした私の手には、月薬兎の毛皮で作った兎耳。
世界一勿体ないウサ耳です。
相手の了承は、二つ返事でいただけました。
やっぱり持つべきものはお友達ですね?
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
そんなこんなで、準備をしている間に日にちは過ぎて。
そうこうしている間に、迫りくる期限。
いよいよ予選会の開会式という今日の良き日。
トーナメント表が貼り出される日でもあります。
各部門で試合日が重ならないように日程は調整され、予選全てが終わるまでに1ヶ月近くかかります。
その間に既に出場の決まった魔族さん達は出場枠をかけて決闘を申し込んでくる挑戦者をいなしたり、呑気に屋台巡りを行ったり、他種族の手強い好敵手を探して予選の見物をしたり。
まあ、概ね平和に過ごします。
魔族さんは、ですけど。
そんな日の朝早くに、勇者様は帰ってきました。
まぁちゃんの引くリヤカーの中。
膝を抱えてのご帰還です。
うん、何があったの。
余程、厳しい修業だったのでしょうか……
あの、勇者様が。
忍耐力とか根情とか我慢強さとか、そんな感じの諸々が山脈の如く堅固に聳え立っていそうな、勇者様が。
なんだか覇気がないというか……呆けてるようにしか見えないんですけど。
こんなボロボロに精神が擦り切れた様子の勇者様を見ると、哀れに思えてなりません。一体、何があったというのでしょう。
疑問符を浮かべていただろう私に、まぁちゃんがとっても素敵な笑顔でぐっと親指を立ててくれました。歯がキラン☆って光ったよ!
「まぁちゃん、勇者様の修行は……ドレス修行は終わったの?」
「任せとけ。今なら嫁に出しても恥ずかしくねぇぜ。淑女にだって劣らねぇよ」
「よ、嫁に出されて堪るか……」
そう仰る勇者様のお声にも、いつもの元気が見当たりません。
「勇者様……頑張ったんですね」
「く……っそんな目で、そんな目で俺を見ないでくれ」
そう言う声も何だか憔悴していて、元気がありません。
そっと勇者様のお側に膝を付き、頭を撫でて差し上げます。
……うん、頭を撫でてあげたくなるくらい思うところが。
「勇者様……大丈夫ですか」
勇者様は虚ろな眼差しで私を見上げ、弱々しい……儚い笑みで仰いました。
「……『黒歴史』というモノは、こうやって出来ていくんだな」
「わあ……『他人から刻まれる』系なら沢山持ってそうですけど、『自分がなんかやらかしちゃった』系の黒歴史は珍しいんじゃないですか? 勇者様の場合」
品行方正な、(本来は)思慮深い王子様。
おまけにやむをえない事情(女難)故に用心深く、注意深く、これでもかというほど慎重に生きてきた(が、それでも女難は防げなかった)勇者様です。
自分の言動が直結する黒歴史って、勇者様にはあまりなさそうですよね?
……代わりに、トラウマ系の黒歴史は誰よりも多そうですけど。
生ける屍の勇者様をリヤカーに乗せたまま、私達は移動しました。
向かう先は武闘大会予選会の開会式……というか魔族ルールに疎い他種族からの参加者さん向け全体説明会の会場です。
一応、名目は予選開会式になっているので、まぁちゃんの席もどどんと用意されています。まぁちゃんも予選出場者も参加は任意ですが、今回は勇者様もいますし、大人しく参列しましょう。
勇者様もまだ武闘大会の規則には明るくありませんからね。
試合が始まってから後悔することのないよう、説明は大事です。
ちなみに開会式が始まった時点でとりあえず参加者の受け付けは終了。
もう開会式に出ようが出るまいが参加者の組分けは終了しているので、説明を聞く必要がないという人は参加しなくても構いません。
魔族じゃなくても魔境の住民だから何となくわかるという人や、もう試合に参加するのも何度目かだから説明を聞く必要はないって人達は開会式の存在すら忘れ去っていたりします。
聞かなくて大丈夫なら、聞かなくって良いんですよ。
大体が魔境に不慣れな余所からの参戦者さん達が主な対象だし。
なんか魔族の試合ルールは余所の……他の種族さん達が行う試合のルールに比べて、大分種族性があるというか独特だそうです。
先に言っておけよ……!という不満を抑え込む為にも、勇者様には心静かに拝聴していただきましょう。
という訳で、説明がより聞きやすいよう特等席をご用意しました。
「ほら、勇者様❤ ここからなら良く説明の声も聞こえますよ!」
「……あのな、リアンカ」
「はい?」
「ここは特等席じゃなくて、『主賓席』って言うんじゃないか?」
「そうとも言います」
「せめて否定してくれ! 嘘でもいいから」
「嘘でも構わないんですか?」
「……すまない、嘘だ。だがもう少し婉曲表現を身につけよう。リアンカは素直すぎて、時々心臓が破裂するかと思うんだ……」
「??? まぁちゃん、勇者様が私のこと素直だってー」
「そっか、良かったな。けど多分、褒め言葉とは紙一重だぞ」
「えーと……素直なのは良いことですよ、ね?」
首を傾げてそんなことを言ってみたら、勇者様ががっくりと肩を落としてしまわれました。
勇者様が遠い目で見回す、こちら。
場所は予選開会式会場の、雛壇檀上。
魔族の実力と地位を有した小父さん(見た目は若い)数名が座っている中のど真ん中最前列です。本来まぁちゃんの為に用意されていた席の隣に、急遽私達の場所も作ってもらいました。
元々気まぐれなところのある『魔王』の席も、用意はしつつ参列するかどうかはその時のまぁちゃんの気分次第。
だけど時によっては、こんな風に予定にない人間が増えることもありますよね。
まあ、そもそもまぁちゃんの席として用意されていたのは幅広のソファなので、私と勇者様が両脇に失礼してもまだ余裕がありますけど。別に新しく椅子を増やしてもらったりした訳じゃありませんし、構いませんよね?
さあ、勇者様。魔王様と同じソファでお話を拝聴ですよ!
まぁちゃん用ということでとっても上質な良いソファです。
ふあふあのソファの上、私は感触をまったりと堪能していました。
勇者様の方は、どうしてか肩身が狭そうでしたけど。
「…………悪気がないって、本当に性質が悪い」
しかしいざ説明が始まるとなると、やっぱり参加する身として真剣に耳を傾けないではいられないご様子で……
開会式の始まりを告げる為、檀上に現れた一人の魔族。
その姿を見止めた勇者様はハッと息を呑み、自然と居住まいを正していました。
雛壇中央に出て来たのは、私も知る魔族の方でした。
外見は人間でいうなら二十代後半くらい。
実年齢はその数倍ですけど。
実年齢と外見が乖離した方特有の、掴みどころのない雰囲気。
人間からするとちぐはぐな印象で、得体が知れないと思う人も多いかもしれません。
冷静沈着な空気を纏った、落ち着いた身のこなし。
感情の起伏が感じられない顔。
柔らかな直毛の髪は、たぶん膝のあたりまであるでしょうか。
さらさらと動きに合わせて揺れる髪の色は白。
それもまるで塗り潰したかのような真っ白です。
身に纏った衣装は露出過多で軽装を好む魔族には珍しく、その服装は厚手の生地で作られたずるずるローブ。
魔族じゃ儀典礼の時くらいしか着ない格好です。
でも表情が落ち着いているせいか、纏う雰囲気が静かなせいか、何故か魔族じゃかなりの厚着なのに涼しげに見えるこの不思議。
アレですかね、常に白いローブがデフォルトだからでしょうか。
……まあ、魔族なので他の種族の方が着用するローブに比べると無意味な部分に切れ込みが入っていたり、何故か肌の一部が露出していたりしますけど。
いっそ上品な気風を漂わせ、静謐な眼差しで説明を聞きに来た予選参加者を睥睨する、魔族。
何だか久々に見ましたよ、あの人。
日常的に厚着なのに、全体的に涼しげという珍しい魔族さん。
彼は唖然と見守る予選参加者に向けて第一声、こう言い放ちました。
「――今から予選開会式もとい説明会を開始してやるから無駄口叩かず拝聴しな。何度も説明するのは面倒臭ぇから一度で聞き覚えろよ手前ぇら」
わあ、予選参加者さん達のお顔がますます唖然としたモノに!
表情は静謐、纏う空気は涼しげ。
冷静で落ち着いた物腰の、(比較的)露出度の低いお兄さん。
こう……慇懃無礼な丁寧語口調が似合いそうな外見何ですけどね?
だけど私は知っています。
あの人の口調って、こう……粗野というか乱暴というか。
魔族には珍しくありませんが、口悪いんですよね。あの人。
雰囲気にかなりミスマッチなので、より口の悪さが際立ちます。
しかし魔族さんというのは胆の太い方が多いので、向けられる何とも言い難い視線を気にもせず、彼は続けました。
「俺は今期武闘大会運営委員会、運営委員長をやってるクウィルフリートだ。別に覚えなくても構いやしねぇが、呼び間違えた奴はタコにすっから気を付けろよ」
がしがしと首筋を掻きながら仰る、クウィルフリートさん改めくぅ小父さん。
外見は全然小父さんじゃないけど、幼少期からの関係性から私は小父さんとお呼びしております。
「そんじゃ進行さくさく行くぞ。まず今大会全体に共通するルールの説明だ」
周囲の感情を置いてきぼりにしたまま、さくさく進むくぅ小父さん!
大した前振りもなくいきなり本題が始まって、予選参加者さん達がわあっと慌てています。
中にはしっかり聞こうとメモ帳まで取り出す人がいますが。
……でも、大したルールがある訳じゃないんですけどね?
「大会のルールはそう難しぃもんじゃねえ。どこの大会でも一般的に掲げられてんじゃねぇか? この大会のルール、それは
意 図 的 に 殺 す な 。以上、そんだけだ」
それだけで説明の全てだといわんばかりに、一区切りを置くくぅ小父さん。
「………………は?」
私から見てまぁちゃんを挟んだ位置から、勇者様の声。
呆気にとられたようなお声には、戸惑いが滲んでいます。
何か質問があるんでしょうか?
クウィルフリート
全身真っ白な、ともすれば雪の様な印象を与える青年魔族。
外見二十代、実年齢不明(100歳は超えていない模様)。
嫁は人間で一児の子持ち(意外と子煩悩)。
反抗期なのか最近家に帰ってこない息子が悩みのタネ。




