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結局、アルビレオさんにお任せするのはかなり勿体ないので。
月薬兎は交渉の末、私がゲットしました。
いや……だって、本当、素材そのままダイレクトに服用させようとしてるんだもん。
相手が騎士Bというのも勿体ないんですが、何より素材が可哀想です。
アルビレオさんとしては騎士Bの身体が回復し、なんとか武闘大会に出場できる程度になれば、それで良いらしく。
ええ、ひと肌脱ぎましたとも。私が。
そうすることで、月薬兎が手に入るならお安いご用です。
確かに月薬兎はそのまま使ってもある程度以上の効能が見込めます。
それでもやっぱり、薬を扱う者として言わせていただけば、素材そのまま使うよりも、いくらかの調整・精製等の処理を行ったら効果は飛躍的に上がるんです。
それを知っている身として、黙っているのは薬師魂に反します。
どんな病気や怪我も、本当ならじっくりと時間をかけて、自分の力で治した方が体には良いんですけれど。
魔法や反則的な薬を使えば、かなりの無茶ですが大体の怪我は治ります。それもかなり早く。
……でも実際、それは急を要する時や余程の重体時でもなければやりません。
自然に反した治療は、患者にかなりの無理を強いるからです。
本人に自覚はなくっても、回復を急がせる分の負荷がかかります。
……が。
私に騎士Bをそこまで案じる義理はありませんし。
患者の身を任されているラーラお姉ちゃんはともかく、ああ、あと正義感と善意の化身の如き勇者様を除き、この場で騎士Bへの無茶を案ずる人はいませんでした。
……うん、私達はともかく、ですが。
騎士C……貴方ぐらいは案じてあげても良いんじゃないですか?
あれ? 貴方達ってお仲間じゃないんですかね……?
何故か、騎士Cからのストップはかかりませんでした。
それを良いことに、私は手持ちの材料から月薬兎に合うものを選別します。
折角極上の素材がありますし、やっぱり狩って来たのはアルビレオさんですから。
彼に敬意を表して、騎士Bに使うのかと思うと勿体ないですが……勿体ない、ですが、ここは月薬兎を元に回復役を精製しようと思います。
ちなみに勇者様には急激な回復が無理に繋がることを説明していません。
ご本人もかなり頑丈ですし、謎の回復力を有していますからね。
魔境に来てからは私がたまに怪我の手当てなんかもしていましたが……瞬間的に傷が回復するような治療は受けたことがありませんから、知らなくってもおかしくありません。
うん、きっと知らないんでしょう。
わかっていて説明しない、私は確信犯です。
後はラーラお姉ちゃんにどうやって黙認してもらうか、ですが……
説得は、アルビレオさんが請け負ってくれました。
かなり適当な説得だったんですけれど。
「ラーラ、男だったらがつんと戦う時が来るんだ。この人間だってそれに備えてそろそろ起きなくちゃ、な」
「ベルガさん、武闘大会に出場するの……?」
「そりゃ武の祭典だし。男だったら当然出場するだろ」
「そっか、そうだよね……!」
――思った以上にあっさりと、説得されていました。
ああ、うん……そういえば、ラーラお姉ちゃんだって魔族です。
考えてみれば闘争心溢れる戦闘民族が、『戦う』を理由に掲げられて反対するはずがありませんよね……ラーラお姉ちゃん、かなり内気だから戦闘民族だって忘れそうになりますけど。
そんな訳で、作ってみました。
「うん、上出来!」
「……あの、リアンカ? それは何なのか、な……?」
「薬ですよ?」
「絶対に違う……!」
何故か勇者様に、納得がいかないと絡まれました。
何がご不満なんですか。
「どう見ても! どう見て、も……! それ、お香だろ!?」
「そうですよー」
「あっさり肯定された!?」
お香ですが、何か?
首を傾げる私に、不可解そうな勇者様。
どうも納得されていないみたいなので、私も仕方なしにご説明します。
「これはですねー……」
喉を負傷したベルガさんでも無理なく摂取できるよう、気体の形で吸入するタイプのお薬をご用意しました。
多分、液体や粉薬だと摂取時に喉に吸着して苦しいでしょうから。
ちゃんと薬効は保証致します。
「こうやってフラスコ(強化済み)の中で焚いて、こちらの管から出てくる煙を吸い込み続けるだけのお薬です」
「…………ずっと?」
「燃え尽きて完全に煙が出なくなるまで、ずっとですねぇ」
「それは……息が苦しいんじゃないか?」
「大丈夫! 摂取するのは私じゃありませんから!」
「って、おい!?」
何を言われても、既に作ってしまったモノは仕方がありません。
勇者様の抗議のお声は、爽やかに笑顔で黙殺しておきました☆
魔族の武闘大会。
それはほとんど全ての魔族が参加する、大きな大会です。
前にも言いましたけど、何らかの理由で戦えない者や、隠居老人、幼すぎる子供を除いた全員が、強制された訳でもないのに参加します。
あ、魔王城の軍人さん達は強制参加ですけど。
なんでも大会の総合順位で軍部内の序列が変動するそうです。
強くなくっちゃ上に登れない……実に魔族さんらしいですね!
規模の大きな武闘大会なんて、戦うことが大好きな魔族にとっては、待ちに待ち望んだお祭同然。
これがなかったらフラストレーションの発散が上手くいかずに、魔境全土でとんでもないことになるって噂です。
でも参加者が多すぎると、大変ですよね。
実は地区ごとに分けた予選大会が行われ、定まった本選出場者が魔王城のある魔境の中心地……つまり此処ですね! ここに集まって、さあ本戦という形式です。
当然の如く、魔族さん以外……他種族は予選出場者に含まれていません。
だったらどうやって参加するのか?という話。
実際にこの大会に出場する為、様々な種族の方が開催年は魔境の中心を目指します。
ハテノ村でだって、男の子達の通過儀礼扱いです。
例え実力が伴わなくっても、記念にしかならなくっても、一度は参加する。
それが村の男性陣にとっても当然と化しています。
じゃあ、一体どうやって参加するのか?
方法は二つあります。
遠い我が家の御先祖様……魔境に名を轟かせる、伝説の羊飼い『檜武人』フラン・アルディークは武闘大会の決勝戦に飛び入り参加で殴り込みをかけました。
それで見事に本来の優勝者をひのきのぼうで殴り倒し、当時の魔王さんと血戦に持ち込んだというのだから、我が先祖ながらバケモノです。
その頃は魔族以外の種族が魔族の武闘大会に参加することは、滅多になかったそうな。
うん、普通に考えて物騒すぎて、命が幾つあっても足りませんからね。
じゃあ今はどうなのかって言われたら、時代とニーズに合わせて変化したんだよとしか言いようがありませんけれど。
まあ、その故事にあやかって、実は突発的な飛び入り参戦は結構喜ばれます。そんな血の気の多いお馬鹿さんは大歓迎されます。
魔族さん達ってとことん好戦的だから、そういうハプニングは嫌いじゃないそうです。
だけど飛び入り参戦にも、ルールがありまして。
より強い相手と戦うことを望む魔族さんらしい、凄く問答無用のルール。
それは参加資格を持つ本来の出場者を倒してなり変わることです。
条件は一対一で倒すこと。
それさえ守れば、リストにない参加者がいきなり試合に出ても誰も止めません。
中には試合が始まった後で乱入して、本来の出場者両方を倒した猛者もいます。
うん、うちの御先祖様はやり始めた最初の一人ですが。
対戦相手もより強い相手に変わるのであれば、文句はなく。
おかしな話ですが、極めて平和的に対戦者がいつの間にか交代されていたという事態が発生します。
試合中も気が抜けないけれど、試合以外の時間も気が抜けませんね!
弱そうな参加資格者はばんばん狙われるそうですよ。
敗者復活を狙う、魔族さん(敗退者)に。
……うん、この本来の資格者を倒してなり変わるって方法、既に試合に負けた方にとっては敗者復活戦も同然なんだそうな。
本来の資格者を実力で打倒さえすれば、誰が乱入しても文句が出ないんだもん。
「倒せば良いんだろ!? 倒せば!」という理屈で動いているそうな。
本当に、つくづく魔族さん達は大雑把で、とても好戦的です。
さて、先に話しておいてなんですが、飛び入り乱入参戦は実は一種邪道的な参加の仕方です。
誰も彼もが許容していますが、一応は邪道です。
じゃあ、正道としてはどうやって参加するのか?
簡単です。
本戦に参加したい方の為に、飛び入り枠用の予選が行われています。
そんなのまどろっこしいと思った短気な方はなり変わりを最初から狙いますが、順当な手続きを踏んで参加しようとする異種族の方はこちらで勝ち抜き、本戦に参加するのが本来の流れ。
最近は他種族の参加希望者も増えてきたそうで、本戦に参加する為の枠は十二席用意されています。
――え? 本戦参加者は総勢で何人になるんだって?
あまり気にしたことはありませんが、第一試合から始まって、八回勝ち抜けば決勝だそうですよ!
頑張って下さいね、勇者様!
「は、はちかい……二の八乗? いや、八回戦って決勝なら九……か。…………………………ご、五百十二人?」
予選参加者はもっといますよ。
勇者様ファイト!




