111.【武闘大会本選:個人戦(武器なし)の部】勇者様と濡れ衣
突如六人に分裂……じゃない、増殖したヨシュアンさん。
勇者様が張った結界の中、半球型のキラキラ輝く光の壁に沿って縦横無尽に移動し続ける画伯(×六)は、良い笑顔であちこちから思い思いに勇者様へと風の斬撃を飛ばしまくっています。
手のひらサイズと小さめで、更に『風』なので目に捉え難い。
断続的にそんな攻撃を向けられる側から見ると、凶悪極りない攻撃です。
だけど画伯はきらっきらの良い笑顔。
なびくひらひらスカートとツインテ―ルが目に眩しいですね!
「まぁちゃん、ヨシュアンさん楽しそうだね!」
「おー、勇者は全然楽しくなさそうだけどな」
「むしろ精神的に息切れしてきましたね」
「勇者さんがんばーれ、でーすのー!」
六匹のうろちょろしゃこしゃこ逃げまくる的相手に、勇者様の尽きせぬ闘志にも陰りが見え始めたような気がします。
残弾が尽きる心配はないとしても、機動力の高い的がいきなり六倍とかやってられませんよね。
不屈の精神力で何とか膝をつくことなく攻撃を続けていますけど、どうしても狙いはさっきより甘くなってしまっていますし。
微妙に目が虚ろになってきているのは、私の気のせいでしょうか?
だけど精神的に追い詰められた時にこそ、真価を発揮するのが人間というイキモノだそうですよ?
それは勇者様にも言えることで。
こうして極限に追い詰められたことで……勇者様は更に上の段階へと成長しようとしていました。
うん、真価じゃなくって進化ですよね。それ。
「ちょろちょろ……」
「ん?」
「……ちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろちょろ、と」
勇者様が苛立ちの隠せない声で、叫びました。
「いい加減に……しろーっ!!」
その叫びと連動して、無意識に……でしょうか?
勇者様の魔力弓を握っていた方の腕が、大振りな動作で横に動きました。
それはまるで、ナニかを振り払うかのように。
次に起こった事象は、明らかにその動作に起因して発生しました。
――ごふぁっ
突如、ばらばらに移動し続ける六人のヨシュアンさんの前方、割と至近距離に……燃え盛る火炎が足下から燃え上がり、行く手を遮る壁として立ちはだかったのです。
「おわあ!?」
距離が近かったせいもあり、六人のヨシュアンさんはそれぞれ回避する猶予もなく。
結界壁をスケートリンクの様に滑って逃げていたことも災いとなりました。
慣性の法則が、良い仕事を果たしまして。
彼(ら)は踊る業火へと頭から突っ込んでいく羽目となったのです。
「わーっ!?」
ヨシュアンさんったらあわや焼き鳥の危機です。照焼きチキンかもしれません。
「おー? 勇者の奴、二種以上の魔法を同時展開か」
「しかも片方は単なる魔力弾とはいえ、異なる属性の魔力を並行して発動していますね」
「一気に成長した感すげぇな。成長期か」
「魔族に例えると一気に七歳から九歳程度にはなったでしょうか」
「まあ、十歳は超えねーかな」
「超えませんねえ」
そして心配しない上司とりっちゃん。
多分そこにはヨシュアンさんへの信頼があるんですよね。多分ですけど。
身近な主君がちっとも心配してくれないという、何となく可哀想な事件の後。
炎の壁を突き抜けたことで、破壊されてしまったのでしょうか。
ただの幻影は維持出来なかったのか、燃え残ったヨシュアンさんは――ただ一人。
消去法の有用性を信じるのであれば、アレが本物でしょうか……?
炎の壁を抜けて残ったヨシュアンさんは、あられもない格好をしていました。
防御が間に合わなかったのでしょう。
炎に巻き込まれ、焼けてしまったようで……
服が、燃えてボロクズの如き有様になっていました。
「いやぁ~ん、まいっちんぐ★」
あ、ほんものですね。うんうん。
全然参ってなさそう。
チラ見せなんて生温いことは言いません。
潔いまでにヨシュアンさんの肌は晒されています。
『――おーっとぉ、これはヨシュアン選手どうしたことか、見事な卵肌だあああっ! このつるりんっとした質感は、茹で卵といい勝負かー!?』
審判もちょっと焦っているのか、微妙におかしなことを言いながら慌てて手を打とうとします。
ええ、画伯の今の姿……公序良俗に反しそうなので。
私とせっちゃんなんて、即座にまぁちゃんやらロロイやらから目隠し喰らってますよ。一瞬チラッと肌色が見えたなぁくらいの感想で、実際に画伯の惨状がどの程度の規模なのかよく分かりません。
「……お? おー……」
「まぁちゃん、まぁちゃん? 一体どうなったの?」
「あに様ー、せっちゃんのおめめが見えませんのー」
「……よーし、お前ら。もう見て良いぞ」
「え、もう? 早っ」
ヨシュアンさんの肌色惨状が改善されるまで、目隠しされっぱなしかなっと諦めていたんですが。
意外と早く目玉を解放されて、思わずヨシュアンさんへと視線を走らせます。
ですが。
……あれ? 何も改善されていないような?
首を傾げながらも、どうしてまぁちゃんはもう良いと言ったのかと。
少し気が引けながらも、所詮は画伯だからと気を取り直して画伯の姿を拝見した結果。
ヨシュアンさんの危険なごく一部……とある局部に、視線を誤魔化すモザイク効果がかかっていることに気付きました。
ふぃ~っと息を吐き出しながら、満足気に汗を拭う審判。
試合が始まってからずっと場外に弾き出されっぱなしで、あまり目立ってはいませんでしたが……どうやら彼が良い仕事をしたようです。
でもね、でも、うん。
画伯の肌色面積に改善点を求める訳にはいかなかったのかな?
画伯の露出度は上がり、服は炭化して布としての体裁を見失っていました。曝された白い肩(しかし肌に火傷の痕跡は見えない)を、そっと自分で引き寄せる様に抱きしめて画伯があからさまな悲鳴を上げます。
ですが忘れてはいけません。
ヨシュアンさんは、強い火属性を有しています。
……炎の攻撃を防ぐのは、お手のものでしょう。
服だけ、本当に服だけ間に合わなかったみたいですけど。
………………間に合わなかったんですよね?
まさか、わざととかじゃありませんよね……?
「あちゃ、しまった……服全部駄目だね、これ」
画伯が流石に自分の手足に纏わりつくのみとなった布辺を摘まんで困った顔をします。
「ゆうs……クリスティーネちゃーん、俺のこと裸に剥いてどーする気ぃ?」
「な……っおr私が意図してやったみたいに! 人のことをヨシュアン殿と同じような変態みたいに扱うのは止めてもらおうか!」
「けど結果的に脱がされたのはゆう……クリスティーネちゃんじゃなくって俺だよねー? いやぁん、えっち!」
「違う! 俺は変態じゃない! これは不可効力だ! というかヨシュアン殿も良いからとっとと服を着ろ」
「自分が脱がせた癖に★」
「……そうじゃない! 脱がせたんじゃない、燃やしたんだ!」
「何それ新手のいじめ? やだ、こわい」
「いじめだと!? むしろ追い詰められてるのは俺の方じゃないか!?」
「全裸と着衣、服を着ている方が追い詰められているとはこれ如何に。え、クリスティーネちゃんってそういう性癖?」
「って違ぁああああああっう! わかってて言ってるだろう!?」
ですが、それと同時に勇者様を茶化すことも忘れていないようです。
下から煽られるようなアングルで計算され尽くした、悩殺☆もののお色気ポーズで何事か世迷言を吐いては、勇者様の神経を逆撫ですることに余念がありません。
ヨシュアンさんの服がつるっと剥けたことで野郎だと大々的に発覚してしまいましたからね。元々隠す気はなかったでしょうけど。
ですが視覚的な思い込みで勝手に騙されていた男性諸氏の悲鳴と怒号が耳に痛い。
恥辱と後悔と悲哀に満ちた、野太い絶叫。
頭を抱えて現実の無情さに悲嘆する野郎共と、それをニヤニヤ笑いながら眺める魔境の民。『カリスマ★エロ画伯』は魔境じゃ有名人ですからね、野郎を中心に。魔境の民なら誰もがその性別を知っていた筈です。こんなに沢山の人がいて、画伯の信の性別を教えてあげる親切な人はどうも皆無だったらしいという……面白いこと大好きな魔境の民の習性が如実に出てますね!
画伯って残酷ですね……これだけの野郎を惑わせるなんて罪作りな仕打ちを、と逆にいっそ感心しました。
「いい加減に服を着ろぉぉおおおおおおおおお!!」
まあ、一番追い詰められているのはどう見ても勇者様でしたけど。
発狂しそうな勇者様に、画伯はきゃらきゃら笑うのみ。わあ、悪質ー。
だけどヨシュアンさんにも、一応戦闘を続行させる意思はありました。
それは、勇者様が叫び過ぎて酸欠になったのか疲労困憊の態でしゃがみ込んでしまった時に、始まりました。
「うーん、やっぱり俺にとって一番優位に立ち回れる環境って……こうなっちゃうんだよね」
項垂れる勇者様を見下ろしながら、画伯がくふっと何かを含んだ笑みを浮かべて。
彼がくるりと指を動かすや否や。
見える試合場の様子が、挑戦的に難易度を上げてきました。
ヨシュアンさんが一体何をしたのか、私に魔法的なことはわかりません。
だけど結構な大技を使ったんだな、と。
私はまぁちゃんの表情から察しました。
そしてそれは、確かに大技でしたとも。
試合場の、ど真ん中。丁度中心に当たるところ。
そこから、ごぽっと。
ごぼごぼごぼっと。
水が噴き出し、溢れ出てきました。
明らかにヨシュアンさんの意図によるもの。
ただし、その真意はよくわかりません。
ただただ、ただただ。
試合場の床を割って水が湧いて出てくる。
「な……っなにを…………って、ただの水か!」
さりとて、溢れ出てきた水は勇者様を攻撃する訳でもなく。
本当にただ溢れてくるだけなのですが。
その水量が異常でした。
みるみる水位を上げて、あっという間に勇者様の膝よりも上に……!
「う、うわぁああああああああああああああああっ」
あ、勇者様が流された。
これが密閉された空間でなければ、あそこまで水位が上がることもなかったと思います。
ですがなまじ結界に『物理属性』が付いちゃっていたせいでしょうか。
流れ出した水は光の壁に阻まれ、試合場の外まで流出することができない。
結界という壁にぶつかり、堰き止められる。
いいえ、堰き止められて水量を増すだけじゃない。
結界の壁に沿って、上に登っていく……!
まるで結界の壁が、川の下流かと錯覚するような光景。
これと似た光景を知っています。
魔境の観光名所……逆さ大瀑布、下から上へ、地から空へと登る滝!
そうして壁に沿って重力に負けることなく上へ上へと向かう水は、やがて天頂に至るとそこから一本の太い滝となって試合場の真ん中へと降り注ぎました。
落ちてきた水は地面の水と合流し、再び結界の壁を上って天井へ。
何という無限ループ……!
試合場は、床から結界の壁、天井にかけて水の流れを受け……中空の空間を除いて、水に支配されました。
「これは……ヨシュアンにとっては、良いステージというところでしょうか」
「……ああ、うん。画伯、超イキイキしてんね」
ざっぱーん、と。
そんな豪快な水音を立てて跳ねる飛沫。
ヨシュアンさんが、立てた音です。
ヨシュアンさんが、跳ねました。
跳ねて飛んで、派手に全身で着水するその姿。
わあ、とっても楽しそう。
画伯の格好は先程まで公序良俗に反するというか、はっきり言って犯罪でした。
ですがそれも今は緩和され、直視に耐える姿と言えます。
服は相変わらずぼろぼろというか、むしろほぼ全裸でしたが。
水を得た魚、その下半身はいつの間にか魚のモノへと変じていました。
あ、うん……そのお姿なら、水なんて何の苦にもなりませんよね。
試合は新たな局面へと転じました。
水に足を取られ、激しく動きを阻害される勇者様。
その全身は濡れてしまった為でしょう……元から儀礼的なデザインで行動を阻害するような作りだった衣服が、水を吸って勇者様の身体に纏わりつきます。
それに対して画伯の方は、試合場を蹂躙する水を味方にざっぱざっぱと高速移動。
しかも大量の水に光は屈折するは、火は消えるはという勇者様にとっては大変不利な環境が整えられてしまった感じです。
勇者様の得意な魔法属性、思いっきり封じられてるんですけど。
ここから一体、どうするんですか?
剥かれた画伯よりも剥いた勇者様の方が精神的にダメージ喰らっていそう。




