木枯らしは吹かない
付き合って三年。
長いのか短いのかわからない、そんな微妙な時期に彼の移動が決まった。
──西野くん、困ってる人放っておけないけど、人の意見素直に聞くタイプじゃないからさあ、いつも人が辞めた支店に向かわされるんだよねえ。彼、タフじゃん。仕方ないよ。とうとうきたかって感じだし。あとさあ……
同僚の友人A曰く、ある程度の新人教育と職場改革をして本社に戻るのが彼の仕事でもあることを聞いた。
私の感想はひとつ。
そんなんしらんがな。
「って言われてもなあ、言われたらやる。それが社会人だし」
彼がおでんの鍋を見ながら言う。
彼のマイエプロンがうちに持ち込まれたのは、付き合って二ヶ月目だった。コンビニ弁当の容器に見てられなくなったそうだ。
「陸くんが変な関西弁に染まったら嫌いになるかも」
頭にチョップが落とされる。痛くない。彼は「んー」と考え、私を見下ろした。
「というか、あなたは一緒にいてくれる気はないの?」
彼を見上げるといつも首が痛い。
「他人がついていくもんなの?」
「確かに」
「突撃ならする。なんと玄関に赤いヒールが!」
「えー、俺赤いヒール履けるような人を捕まえられるかな?」
「じゃあ、革靴。先輩、相談のってほしくてぇ」
「〝いいよー、会議室とるわ!〟」
玉子をコロと転がすと、ぷかりと丸い大根が見える。彼が丁寧に面取りした大根が、しっかりとしみてまた隠れた。
「浮気者」
「どこが?」
「喧嘩しよ」
「海ちゃんには勝てないからやめとく。あと、結婚しよ」
「……しない」
「えー! なんで?!」
「冗談に聞こえた」
うそだ。
不意打ちに耐えられなかった。
彼は神妙に「そっか」と言いながら、ハッとしたようにちくわを菜箸で取る。
「東野海さん。俺と、結婚してください」
ちくわの穴を向けられた私は、そっと左手を……
「なんでやねん!!!」
「おお! 本物ー!」
「やめてよ! 必死で関西弁消したんだから! ただでさえ異動で地元に戻らなくちゃいけなくなった……の、に?」
あれ。
にこにこと笑う彼の顔を見上げて、理解する。
「もしかして……知ってた?」
「ヤバそうな支店見つけるのに苦労したー」
呆気にとられていると、おでんのクツクツという間抜けな音に混じって、ニュースの天気予報が聞こえてきた。
『──西の陸地に高気圧が、東の海に低気圧ができる〝西高東低〟の気圧配置となった本日、木枯らし一号が発表されました』
二人して笑い出す。
今年も、私たちの間に木枯らしは吹きそうにはない。




