表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

木枯らしは吹かない

作者: 藤谷とう




 付き合って三年。

 長いのか短いのかわからない、そんな微妙な時期に彼の移動が決まった。


 ──西野くん、困ってる人放っておけないけど、人の意見素直に聞くタイプじゃないからさあ、いつも人が辞めた支店に向かわされるんだよねえ。彼、タフじゃん。仕方ないよ。とうとうきたかって感じだし。あとさあ……


 同僚の友人A曰く、ある程度の新人教育と職場改革をして本社に戻るのが彼の仕事でもあることを聞いた。

 私の感想はひとつ。


 そんなんしらんがな。




「って言われてもなあ、言われたらやる。それが社会人だし」


 彼がおでんの鍋を見ながら言う。

 彼のマイエプロンがうちに持ち込まれたのは、付き合って二ヶ月目だった。コンビニ弁当の容器に見てられなくなったそうだ。


(りく)くんが変な関西弁に染まったら嫌いになるかも」


 頭にチョップが落とされる。痛くない。彼は「んー」と考え、私を見下ろした。


「というか、あなたは一緒にいてくれる気はないの?」


 彼を見上げるといつも首が痛い。


「他人がついていくもんなの?」

「確かに」

「突撃ならする。なんと玄関に赤いヒールが!」

「えー、俺赤いヒール履けるような人を捕まえられるかな?」

「じゃあ、革靴。先輩、相談のってほしくてぇ」

「〝いいよー、会議室とるわ!〟」


 玉子をコロと転がすと、ぷかりと丸い大根が見える。彼が丁寧に面取りした大根が、しっかりとしみてまた隠れた。


「浮気者」

「どこが?」

「喧嘩しよ」

(うみ)ちゃんには勝てないからやめとく。あと、結婚しよ」

「……しない」

「えー! なんで?!」

「冗談に聞こえた」


 うそだ。

 不意打ちに耐えられなかった。

 彼は神妙に「そっか」と言いながら、ハッとしたようにちくわを菜箸で取る。


東野(ひがしの)(うみ)さん。俺と、結婚してください」


 ちくわの穴を向けられた私は、そっと左手を……


「なんでやねん!!!」

「おお! 本物ー!」

「やめてよ! 必死で関西弁消したんだから! ただでさえ異動で地元に戻らなくちゃいけなくなった……の、に?」


 あれ。

 にこにこと笑う彼の顔を見上げて、理解する。


「もしかして……知ってた?」

「ヤバそうな支店見つけるのに苦労したー」


 呆気にとられていると、おでんのクツクツという間抜けな音に混じって、ニュースの天気予報が聞こえてきた。



『──西の陸地に高気圧が、東の海に低気圧ができる〝西高東低〟の気圧配置となった本日、木枯らし一号が発表されました』



 二人して笑い出す。

 今年も、私たちの間に木枯らしは吹きそうにはない。






 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
朝から、きゅんっ、をありがとうございます……っ! ちくわ向けられたらうっかり指を入れちゃうかもしれない……!
これは「せんえも」的なショートですね。二人の日常が続きますように。そんな祈りを捧げたくなる一本でした!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ