これは……
すいません、ついさっき書き終わったばかりです。
度々遅くなってしまい申し訳ありません。
返事は返ってこない。
俺は生活魔法で最低限の明かりをつける。
明りが灯りその姿がハッキリと顕わになる。
アイリさんのお母さんは窓を開け、そこに腰掛け外を眺めていた。
……何も知らない人が見たらその姿に見とれたり、美しい等といった感想を漏らすことだろう。
……ただ、色々と事情を聴いている俺からしたら異様な光景であるとしか映らない。
アイリさんとエンリさんが依頼等で家を空けることが多いので、その際には常に『イフリートの炎爪』の団員がアイリさん、エンリさんと合わせて2人は家にいることになっている。
今日はアイリさんもエンリさんも依頼でこの街を離れていたので、さっき俺が気絶させた二人は『イフリートの炎爪』の団員ということになる。
……そして、さっきまでその団員が同じ部屋にいたというのに、彼女は今起きて外の景色を見ているのだ。
精神がおかしい、とは言っても起きたり食べ物も食べたりする、とは聴いていた。
……だが、これは明らかにおかしい。
こんなことを言っては何だが、こんなに人らしい仕草があったなんてことは聴いていない。
以前俺がここに上げてもらった際、話が終わった後隙を見計らってお母さんを鑑定した。
名前:ルヴィア
人種:人族
身分:貧困民
職業:魔法使い
性別:女
年齢:34歳
Lv26 状態異常:特呪1 特呪2 特呪3
HP:51/61
MP:77/100
STR(筋力):33
DEF(防御力):28
INT(賢さ):60
AGI(素早さ):30
LUK(運):17
『詠唱保持』、『火魔法』
アイリさんのお母さんの症状が状態異常のせいだと断定した俺は回復魔法での治癒を試みることに。
だが、その話を聴いてその日に治せてしまっては俺が治したということがあからさまに過ぎてバレてしまうだろうから時間を空けて訪れることに。
そして今、もう一度鑑定し直してみた。
……おかしい。
以前鑑定した時は『特呪』は『2』までしかなかった。
……1つ増えている。
それが何を意味するのか……
回復魔法に状態異常治癒がついていてもあまり良い予感がしない。
「……外はとても綺麗ですね」
……そんな声が聞こえた。
この部屋には俺と彼女しかいない。
俺が言ったのではない以上、自然それは彼女から発せられたことになる。
……しゃべ、るのか!?
俺は内心驚きつつも彼女から視線を外さずにいる。
彼女はしかし、こちらを向かない。
「……あなたは、アイリさんとエンリさんのお母さん、でいいんですよね?」
また沈黙か、と思われた矢先、彼女がようやく俺の方を向く。
振り向いた彼女の顔は以前見た、生きているかどうかの判断すら危ういものとは似ても似つかない、ちゃんとした表情、笑顔を浮かべていた。
そして……
「君が言っていることは恐らく正しいと同時に間違ってもいます。私は今、アイリ達の母であると同時に違う人物でもありますから」
「それは……何かの謎かけですか?」
俺は素直に思ったことを口にする。
「いえいえ、ごくごく単純なことですよ。肉体と精神が違う、と言えば想像つきますか?」
「な!?ってことは今しゃべっているあなたはアイリさんとエンリさんのお母さんの人格じゃ、ない!?」
「ご名答!!その通りです!」
女性は何とも嫌な笑みを浮かべてそう返してくる。
……なんてことだ。
確かに異世界で魔法も存在するのだが、そんなことが……
一度もアイリさんのお母さんと話したことが無いのだが、このやりとりはとても違和感がある。
……こんなこと言うのもおかしなことなのだが、あの綺麗な顔からあんなおかしな表情が出るってのがほとんど初めて見るのに、全く慣れない。
今しゃべっている人の言うことが正しいということなのか……
「それにしても、あの男嫌いのアイリがここに君を連れてきた時は流石に焦りました~」
「……それは、私が以前ここに来たときもあなたがアイリさん達のお母さんの中にいた、ということですか?」
「ええ、まああの時は人格として表に出ることはできませんでしたけどね」
「あなたの仰りようですと、随分前から体の中にいた、という風に聞こえますが」
「……ほほう、流石アイリが認めるだけはあります。中々鋭い洞察力ですね……おっしゃる通り、私はかなり前からこの体の中にいました」
「……それはあなたが死んでから、ですか?」
「…………ちなみにどうしてそう思ったのです?」
「アイリさんから聴いた話では、ある男性が開発した魔法によってアイリさん達のお母さんの精神が壊されることになったそうです。これは私の憶測ですが、肉体と精神が別々だなんて恐らくこの世界では見られないことだと思います」
……リゼルのことは例外でいいだろう。
「ただこの世界の常識では無くても、個人が開発したものならあり得る。そして、その魔法を放った男性はもう既に亡くなっている。……これらを総合的に判断したら、その男性が、自分で開発した魔法によって、攻撃した対象に入っていると考えるのが妥当、でしょう」
中の人格の者は俺の話すことに終始沈黙を保ったままに聞く。
そして話し終えると、その顔にまたあの嫌な笑みを浮かべ、手をたたき出す。
「いや~、すごいですね、君は!本当に流石です。アイリが連れてくるのも分かる気がするよ」
「否定、しないんですね」
「……ええ、君が言ったことは事実ですから。でもまあ一応自己紹介はしておきましょうか。……私が、アイリとエンリの父親であるエモルです。どうぞよろしく、カイト君」
コイツが……
……自分で考えを述べてはみたが、俄かには信じがたいことだ。
今、目の前にいるのはアイリさんが殺したと言っていたその本人。
コイツ自身もそれを認めている。
「申し訳ありませんが変態とよろしくするつもりはありません。色々と言いたいことはありますが、どうして今まで出てこなかったんです?死んだ際から今まで機会はあったのでは?」
「変態とはひどい言いぐさです。まあそれはどうでもいいですか。……機会、でしたか。それがね~、そうともいかないんですよ~。死んだ私が人格として表に出るには大量の魔力が必要になってくるんです。それをちょっとずつ宿主からもらって溜めていたわけでして。最近になってようやく必要な分溜まったんですよ~。……ああ、宿主に自由に動かれると回収率が悪いんで精神を壊させていただいたんです。それが特呪1、ですかね」
……確かに質問したのは俺だが、聞いていないこともペラペラとしゃべる。
「私とアイリさんの話を聴いていたということは、あなたが過去行った行為のところも聴いていたということですよね。それらは全て事実ということですか?」
「ええ。……カイト君、君には大切な人はいますか?」
唐突にそんなことを尋ねてくる。
……正直面倒なこと極まりない。
本当なら今すぐにでもコイツを消し去って終わりにしてやりたい。
だが聴けることは全部聴いておかなければ。
そのためには面倒な問答もにも付き合ってやらないと。
「……ええ。いますよ」
「そうですか。……私もね、とぉっても大切な人がいるんですよ」
顔から笑みが消えている。
声はアイリさんのお母さんのものだが、やはりどれだけ雰囲気を整えても違和感は拭えない。
「……私はね、この体の持ち主……ルヴィアのことが大好きだったんです。……もちろん今でも大好きですよ?……だから、私は彼女にも私のことを愛して欲しかった」
……ん?どういうことだ?
夫婦だったんだじゃ?
それとも望まぬ結婚だった、とかか?
「……だが、彼女の心は私の方へは向いていなかった。いつもアイツに向いていた……」
話が見えない。
しかも段々俺に話している、という感じではなくなってきた。
鏡に向かって話しているかのようだ。
最早その目は誰も捉えてはいない。
「アイツがいなくなって、チャンスだと思いました。傷心している彼女の心に入り込めば彼女も私を見てくれる。そう思って頑張りました。研究以外やったことのない私が酒場の店員から雑用仕事までそれはもう必死でしたよ。彼女に振り向いてもらおうと……ですが、私がどれだけ頑張ろうと、どれだけ必死に働こうと、いなくなってもアイツは彼女の心を……私はそこでもうダメだと思いました。それからは全てにおいて堕落する一方でした。いっそ死んでやろうかとまで思ったくらいです。……でもそこで助けてくれたのもまた彼女でした。まだ彼女は私を見捨ててはいなかったんだ、そう思いました。……そこで私は考えました。彼女の心がアイツから離れないのなら、いっその事壊してしまえばもう彼女の心が誰のものになることもない。そして私が彼女の人格になれば彼女の体も誰にも渡すことなくいられる」
……狂ってる。
正気の沙汰じゃない。
恋は盲目なんて言うがコイツはそんな生易しさで済む話じゃない。
……これが人間が備え持つ『理性』を放棄した結果だ。
「……アイリも私の想像通り男嫌いになって男性に近づかなくなって、彼女の前に余計な男性を連れてくることもない……そう思っていたんですが」
また目の焦点が俺に定まった。
……今のことを聴いて、見方を変えたって俺はどうしてもこれが一人の女性に尽くそうとした美談とは受け取れない。
アイリさんは目的のための道具としか考えられていない。
……ふざけている。
同情も共感も一切できないし、するつもりもないし、したくもない。
「……カイト君、アイリとエンリは私の子なんですよ?私の血がかよってるんですよ?……そんなダメな人間なんかとこれからも付き合う必要はありません。今すぐ二人との関係を切って、以降私達の前に姿を現さない方がいいです」
挙句二人をダメな人間とまで言う始末。
もう、いい……
「……私が誰と付き合うかは私が決めます。あなたがとやかく言うことじゃない」
「いやいや、親切心ですよ~、私の血なんかを受け継いでいる……」
「それが余計なお世話だと言っているんです!!親が誰であろうと私はアイリさんとエンリさんの全てを受け入れますし、親が誰であったって二人が私と過ごしてきた時間が嘘になることはありません。……ですから、私が二人と関係を切るなんてことはありませんね」
俺はそう言って近づいていく。
「おっと~、どうするおつもりですか?そのお覚悟はカッコいいですが、実質君ができることなんて何一つないんですよ?……この肉体を、つまりアイリ達の母親を攻撃すれば共々消し去ることになります。お優しい君にはそんなことできないでしょう?……それにこの状態異常は完璧だ。これは私が編み出した最高のものだ!これを治すのは実質エリクサーでないと無理!!1つ手に入っても消せるのは1つ。奇跡的に手に入っても3つも同時に入手するなんてことは絶対に不可能だ!!……だからあきらめて消えてくれないかい?」
「嫌です。あなたが消えて下さい」
俺は回復魔法を展開する。
「はは、何をしだすかと思えば!!ただの回復魔法じゃないか!!そんなもの、何の意味が……な!?ぐ、ぐふっ……ど、どうして……」
二人のお母さんの姿で吐血する。
「……あなたに教える義理も義務も無い。アイリさんとエンリさんの二人を何とも思わないあなたのような屑に、ね」
「……は、はは、当たり前、です。アイツの子供なんて、どうでもいい、に決まって、る。……私にとって、の全ては、彼女、ただ一人、なのですから。……愛しています、よ、……ル、ヴィア」
……奴は最後にそんな言葉を残した。
彼女の体から灰色の煙のような物が抜け出て行った。
そこで、人形の糸がプツリと切れたように倒れた彼女を抱きとめる。
俺はもう一度回復魔法をかけてから念のため鑑定してみる。
名前:ルヴィア
人種:人族
身分:貧困民
職業:魔法使い
性別:女
年齢:34歳
Lv26 状態異常:特呪2
HP:8/61
MP:77/100
STR(筋力):33
DEF(防御力):28
INT(賢さ):60
AGI(素早さ):30
LUK(運):17
『詠唱保持』、『火魔法』
恐らく『特呪3』がアイツが表に人格を出して憑依したことだったんだろう。
『特呪1』はアイツが説明していた通り、お母さんの精神をおかしくするもの。
ならこれで恐らく……
それはともかく、2度回復魔法を使って治癒したのだから、アイツの言っていた通り、一度で一つしか治癒しないような状態異常となっていたのだろう。
もう一度回復魔法をかければ……いや、ちょっと待て。
……回復魔法を使ったのにHPが回復していない。
それどころかさっき鑑定した時より減っている。
『特呪』を解呪する度に減るってことだったのか!?
……なんて魔法を開発しやがったんだ。
しかもこの減りから考えて『特呪2』は恐らくHP回復無効化。
もしその通りなら、今もう一度解呪してしまったら二人のお母さんは……
「……アイリさんとエンリさんのお母さん、悪い悪夢は去りました。これからは今迄一緒にいてあげられなかった分、アイリさんとエンリさんと一緒にいてあげてください……最後の一つは体力が自然に回復してから、また」
俺は彼女を抱きかかえ、ベッドに寝かせる。
どうか少しでもいい夢を……
俺はその場を後にした。
孤島に帰り、皆が寝ている建物に。
建物ができたとは言え、まだ個室にし切るまでとは行っていないので、皆で大きな部屋で雑魚寝となっている。
……まだ仕切ってはいないので一応広さはあるのにシーナも含めた皆が一か所に……俺が寝ていたところに集まって俺の掛布団を掴みながら気持ち良さそうに眠っている。
俺は、この子達を守るためにも……
俺は掛布団を取ることなく、一人そのまま壁にもたれて眠りにつくのだった。
===== ????視点 =====
私とエンリは今、二人で急いでヴォルタルカの街まで戻っている。
二人で依頼終わりに集まり、エンリに稽古をつけていたところにクランの連絡便で衝撃的な内容が飛び込んできた。
『二人の母 容体急変』
これを見た途端、私は立ちくらみに襲われた。
エンリが支えてくれたが私は動揺を隠しきれなかった。
……エンリに心配させてしまったかな。
だが今はそれを反省している暇すら惜しい。
エンリも気が気でないようだ。
直ぐに用意できる馬車で一番早い物を借り、ヴォルタルカへと向かう。
普通どれだけ飛ばしてもここからは4時間かかる。
お願い、もっと速く!!速くして!!
それから御者に無理を言って急がせ、3時間にまで縮めさせた。
その分馬を潰してしまったが、それは後から何とかするわ!
今は、お母さんが大丈夫か、それしか……
私とエンリは最大限の速度で駆けた。
いつもならこんなに息が切れるものかと言う位まで。
周りの反応など一切気にせず。
そうして家が見えてきた。
私達は扉を乱暴に開け、部屋に駆けこむ。
「お母さん!!」
「母さん!!」
中に入って私たちが見たものは……
「……アイリ、エンリ……」
「……お母、さん?」
「母さん、私たちのこと、分かるん、ですか?」
「ゴメンね、二人とも、お母さん、今までアイリとエンリにとってもひどいことしてたね。ゴメンね、ダメなお母さんで、本当にゴメンね」
「お母さん……お母さん!!」
「母さん!!」
私達はベッドで涙を流しているお母さんに脇目も振らず飛び込み、その後3人で一緒にかれる位まで涙を流し続けた。
良かった……本当に良かった……
その後、今までの空いてしまった家族の時間を埋めようと色々とお話をしようとしたんだけれど、お母さんが「二人に大事な話があるの」と言って私達に話を聴くように促す。
私達は姿勢を正してお母さんの話を聴くことにする。
「その、ね……二人のお父さんの話なんだけど」
「…………」
私はその言葉を聴いて背中が凍るような思いがした。
アイツを殺したことを……でも直ぐにその思いは消えて行った。
カイトが言ってくれたことを思い出した。
……大丈夫、私は全部受け入れる。受け入れてみせる。
「……二人のお父さんは実はね……あの人じゃないの」
「……え?アイツじゃ、ない?どう、いう、こと、お母さん!?」
「……アイリ、だからアイリは全然気にすること無いのよ。……お父さんは違う人だから」
「母さん、姉さん、何の話なの?」
エンリは私達の話が分からず、疑問に感じたらしい。
「……エンリには、もう少ししたらちゃんと話すね。だから今は聴かないで。お願い」
「……母さんがそう言うのなら」
お母さんが優しくエンリを諭す。
エンリも今はそれで納得してくれる。
……凄いな、お母さんは。
「……それでね、続きなんだけど、二人の本当のお父さんはエンリが生まれて直ぐに『やらなければいけないことがある』って言って旅に出て行っちゃったの。『必ず帰る』って言ったんだけど、お父さんはそれから帰って来なかった……」
「お母さん……」
「お父さんがいなくなってあの人が二人の父親代わりになるって言いだして。私とお父さんと仲良しだったからお母さん、断れなくて」
「…………」
「……でもね、お母さんは信じてるの。お父さんはお母さんとの約束は一度も破ったことが無い人だったから。きっと今もどこかで生きていて、お母さんに怒られるのをビクビク怯えながら私たちの下に帰る準備をしてるんだって」
「……母さん、お父さんは立派な人だったの?」
「ええ、お父さんはとっても素敵で立派な人だったわ。……二人のお父さんはちゃんと立派な人だったのよ。だから安心して」
お母さんは私にウィンクしてくれる。
「……うん。ありがとう、お母さん」
「ううん、お礼を言わなくちゃいけないのは絶対お母さんの方だと思うな。だってお母さんがダメになっちゃってからもお母さんの世話、二人でしっかり見てくれて……お母さん、とってもうれしかった」
「お母さん、記憶があるの!?」
「うん、ダメになっちゃったお母さんをその中で見ていたって感じかな。二人が一生懸命頑張ってくれてるのに、お母さん何にも出来なくて、とっても悔しかった」
「で、でも私!私、お母さんとの約束、破っちゃった……破って冒険者になっちゃった」
色々と気がかりなことがある中でもそのことは特に気がかりになっていたことの一つだ。
お母さん、怒るかな……
「……アイリ、気にする必要は無いのよ、むしろアイリが冒険者になっていなかったら、お母さん、今もダメなままだった」
「そ、そんなこと!!お母さん、今ちゃんと治ってるんじゃ……」
「……お母さんを治してくれたのはね、アイリが連れてきたあの優しい男の子、『カイト君』なの」
「え!?カイトさんが、母さんを!?」
「カイトが!?どういうこと!?」
「……お母さん悪い病気にかかってたんだけどそれを魔法で治してくれて、それでも今すぐに全部治すのは無理だから、お母さんの体力が戻ったらまた……って言って帰っちゃったの。カイト君、お母さんが見たり聞いたりしてるって分からなかったみたい、一人で悪い病気と闘ってくれて……その時もアイリとエンリのことを悪く言う悪い病気に向ってとってもカッコいいこと言ってたな。……親が誰であろうとアイリやエンリの全てを受け入れるし、二人が俺と過ごしてきた時間が嘘になることは無い!って。お母さん、お父さん以外の男の人をカッコいいって思ったの初めてだったな……」
「カイトさんがそんなことを……って母さん、いくらカッコいいからってカイトさんはダメですからね!!」
「カイトが……」
全く知らなかった。
一緒にお母さんを助ける方法を探そう、なんて言っておいて、一人で全部してしまった。
それも、そのことを私に言って恩を着せるではなく、むしろ自分がやったということすら最後まで隠し通すつもりなのかもしれない。
カイト、あなたは本当に……
「姉さん、泣いてるんですか?」
「い、いいえ、別にそういう訳じゃ……」
「……アイリ、アイリが冒険者になっていなかったら、カイト君と出会うことは無かったのよ。そしたら、お母さんが元気になることも。……だから、アイリ、冒険者になったこと、気にするどころか、もっと喜びなさい?」
「う、ん、うん、うん。……あり、がとう、ありがとう、お母さん」
「フフフ、姉さん、泣き虫さんですね」
「ええ、でも、アイリ、エンリ、嬉しいときはいっぱい泣いた方がいいとお母さんは思うな」
「はい。姉さん、嬉しいときはいっぱい泣いて、その後はいっぱい笑ってくださいね?姉さんはやっぱり笑ってる方が素敵なんですから」
「そうね、二人ともお母さん似だから、笑ったらとても素敵よ、きっと」
「うん、うん……」
その後、エンリも笑っていながらも涙を流し、お母さんもそんな私達を見て目に涙を浮かべて笑っていた。
それからは実に久方ぶりの私とエンリとお母さん3人での食事をとって、お母さんの体力がまだあまり戻っていないこともあり、これから先、もう2度と離れないという想いを込め、3人同じベッドで狭いながらもその近さをとても嬉しく感じながら眠りについたのだった。




