「また、ね」
「ふぅ、とりあえずは体力回復……ああ、安心してくれていいよ。今俺が飲んだ『エリクサー』は偽物だから。上物の体力回復薬兼一時的なドーピング薬だね。旦那はちゃんと1本ここではないどこかに本物持ってるはずだから。俺も最初はびっくりしたけどね。だって見た目まんま『エリクサー』なんだもん。……俺が自分で仕掛けたものなのに、案外気づかないものだな……」
「いやー、困った困った」なんて言いながらも全くそんな様子は見せず、あの軽薄そうな笑みを浮かべるチャラ男。
……こいつ、本当にどういうつもりだ。
「どうしてそれが本物でないと?」
「うん?だって本物だったら旦那は慎重だし、こんなケースも何もない状態で持ち運んだりしないよ」
確かに……
「……それにしても本当に流石だよ、風来坊君。まさか君が妹さんの護衛についていただけじゃなく、行方不明と思われていたクレイの姐さんとの繋がりまであったなんて。挙句の果てには『シルフの風羽』の切り札、ワイバーン隊まで使わせてしまった……君の凄さには本当に脱帽だよ。……どうだい、今からでも俺と個人的に組まないかい?」
表情は崩さずもその目は真剣な物であると思えた。
「……ヴィオランさん、あなたは本当に一体何がしたいんですか?」
「ん?何、とは?」
「……初めて会った日の戦闘中のあのいきなりのダウン……あれ、ワザとでしょう」
「……ああ、あれか。うん、確かにワザとだね。倒そうと思えば別に労せず倒せただろうと思うよ」
「それにその次の日のあの紙。あれも何なんです?何故あんなこと……」
俺はそこでハッとする。
「……もしかして、あいつに紙を渡したのも……」
「あいつ?……あーー!!君が戦った竜人さんね!そうそう、それも俺がやったよ。でも凄いな、それに気づくとは。あれはバレないと思ってたんだけどなぁ……」
……挙句それをやったのが全部自分だと認める始末。
こいつの行動には全く一貫性が見られない。
いや、ただ単に俺が気づいてないだけでこいつの行動を説明できるだけの事情が?
……それにしたって今の情報だけで説明するのはあまりに困難だ。
どちらにせよ……
「……それらを全て今ここで説明することはできないんですよね?」
俺は語気を抑えつつも、声に真剣さを交えて尋ねる。
「……そうだね、こればっかりは紙に書いて君に伝えてあげるってこともできないだろうね」
チャラ男も俺に合わせて真剣にそう答える。
「……そうですか、ではやはりあなたからのお誘いはお断りさせていただかなければなりませんね」
「……そうかい。まぁ大体予想はしてたけどやっぱり断られるのは辛いね。……それじゃあ仕方ない。さっき言った通り最終ラウンド、始めようか」
俺たちはそれぞれ武器を構える。
それを見て、チャラ男は慌てたように手を振って、
「ああ、違う違う、勘違いしないでもらいたいんだけど君たち全員を相手にして勝てるほどのパワーアップなんてしないよ、あの薬。せいぜい身体能力が幾らか上がるってくらいだもん。まともに君等とやりあおうなんて思ってないさ」
「……なら、どうするつもりなんです?」
「ここであのワイバーンたちが登場するんだよ。その数凡そ60体。あいつ等は今、ナギラの街を襲うよう命令されている。飛竜だけあって直ぐにあいつ等は街について攻撃を始めるだろうね」
「……何が、言いたいんです?」
「簡単なことさ。つまり最終ラウンドは君達対俺じゃなくて、君達対ワイバーンってことになるね」
「……そんなこと、させない」
今迄沈黙を保っていたクレイが前に出てきて、チャラ男に攻撃しようとする。
「……姐さん、別に俺はもう一回姐さん達と戦闘ってことでもいいよ。勝てはしないだろうけどそこそこ時間を稼ぐくらいのことはできる。……でもその間に街が崩壊しないといいね」
チャラ男はそう言って剣を構え、笑みを浮かべる。
「こうやって話している間にもどんどんワイバーンは街へと近づいているだろうね。……さあ、どうする?」
ちっ、こいつ……
「主殿!!」
「ご主人様!!」
「マスター!!」
「ご主人様!!」
『ウンディーネの水涙』の団員と戦闘していた皆が俺たちの下に駆けてきた。
「ご主人様、ワイバーンの大群の内の既に数匹が街に到達しようとしています!!」
「マスターやばいよ、このままじゃ……」
「ご主人様、恐らく召喚したもの本人を叩かねばワイバーンは止まりません!!この人に時間をかけていてもどうにもならないかと」
3人がそれぞれ状況を伝えてくれる。
結構事態は急を要するらしい。
……くそっ!
「……ヴィオランさん、非常に不本意ではありますが、あなたの相手をしている暇はないようです」
「ああ、そうなるように仕組んだんだもん。そうなってくれないと俺が困っちゃうよ」
「あなたは本当に一体……」
「色々と思うところもあるだろうけど……とりあえず、また、ね」
チャラ男がそう告げると同時に突如として3匹のワイバーンが出現した。
他にもまだいたのか!?ちっ……
チャラ男はまだ目を覚まさないメガネを抱えて、それに飛び乗る。
それを見た召喚士がすぐに命令して、ワイバーン達は行ってしまった。
くそっ、かまってる暇がないとは言え、目の前で見逃すしかないとは!
「アイリさん!!」
俺はすぐさま切り替え、アイリさんに声をかける。
「分かってる、私も向かうわ。エンリ、あなたは……」
「姉さん、私も行きます。……姉さんとカイトさんがいるところの方が絶対安全ですもの」
「エンリ……ええ、ちゃんとあなたのことは守るから……アンタも、ちゃんとエンリのこと守りなさいよ、カイト」
「はい、もちろんです!!」
「……アイリ、安心して。……クレイも、いる」
「ええ、あなたがいてくれると本当に助かるわ」
「じゃあ皆、急ごう!!」
「「「はい!!」」」
「ええ!!」
「……うん、いそごー」
「了解、マスター!!」
「うむ!!」
俺たちは速やかに街へと引き返していった。
「主殿、まずは1匹を無力化してくれんか!?」
街の近くにまで来て竜人女ことリゼルが叫ぶ。
「どういうことだ!?今は一匹ずつなんてそんな面倒なこと言ってられないぞ!?」
「ワイバーンの特性を『特性吸収(竜)』で吸収したいのじゃ!!そうすれば以降戦いやすくなる!!」
なるほど。
そういうことなら……
「よし、なら二手に分かれよう!!シア、エフィー、クレイはアイリさん達と一緒に先に街の防衛に向かってくれ、俺とカノンとリゼルで先ず1匹仕留めてから追いかける」
「かしこまりました。ご主人様、お気を付けを」
「……分かった。クレイ、頑張る」
「ご主人様、1匹とは言え相手は竜です、油断なさらず」
「ああ、分かってる。そっちも十分気を付けてくれ……よし、行くぞ、カノン、リゼル」
「了解、マスター!!」
「うむ、主殿のことは我に任せよ!!」
俺たち3人は近づいていたワイバーンに相対する。
シア達はちゃんとアイリさん達と共に先に向かったようだ。
可及的速やかに追いつかねば俺にはエンリさんを守るという約束がある。
だから目の前のワイバーンが例え竜だろうが何だろうが苦戦する暇などないのだ。
ワイバーンは腕が翼となっていて、今もそれをバサバサと上下に動かし宙に浮いている。
「ワハハハ!!」
その上に乗ってバカみたいに騒いでいる奴が恐らく召喚士だろう。
一人1匹しか召喚できないというわけではないだろうし、他にもワイバーンに乗って戦っている奴がいるかと言えばそんな奴も、見当たらない。
うーん、どうしてこいつだけワイバーンに乗って戦ってるんだろう?
召喚士がのこのこ前に出てきたら普通真っ先に狙われるだろう。
なのに何故……はっ!もしかして何かすごい作戦をこいつが担っている、とか!?
ならマズイじゃないか!!
早くこいつを倒さないと!!
「ワッハハハハハ、最近骨のある仕事が少なくてうずうずしていたところだ!!団長も良く分からん指示を出すもんだ、街への被害は最小限に留めつつもワイバーンを使って出来る限りの時間を稼げ、など。要するに街をぶっ壊せばいいってことだろう?まどろっこしい。街の一つや二つ、このリゲン様がこのワイバーンで吹っ飛ばしてくれよう!!」
……単純にバカだったわ。
おい、チャラ男、お前こんなやつクランに入れてていいのかよ!?
全く作戦の趣旨理解してないぞ、こいつ!!
それにしても団員に街への侵攻を極力回避させるってことはやっぱりワイバーンは逃げるための布石だったのか。
くそぉ、こんなことならやっぱり……
でもそのくせこんなバカを使ってるってところでチャラ男、お前という奴がまた良く分からなくなったぞ!!
はぁ、今はとりあえずこいつを倒して……
「マスター、マスター」
考え事の途中でカノンに呼ばれる。
「ん?どうした、カノン」
「あのねマスター、あのワイバーンの仔、何だか仲間にして欲しそうな目でこっちを見てるんだけど……どうする?」
「え!?何それ!?ドラ○エのスライムじゃなくて!?……うーん、どうするもこうするも……だってあのワイバーン、あいつの従者なんだろ?だったらどうしようもないんじゃ……」
「ギャウーン」
ワイバーンがこちらに向けて何か叫んだ。
あ、しまった。
『モンスター言語(会話)』使ってなかったから何言ってるかわかんなかった。
「ふんふん、なるほど……えっとね、『今自分に乗っかってる頭のいかれたガキを何とかしてくれれば』って言ってるよ!」
おお、そうか、カノンはずっと使用状態だから分かるのか。
それにしても頭がいかれた奴ってわかってんのに何で契約しちゃったんだろう、あのワイバーン。
「……むむ!それに、『さすれば主に忠誠を誓おう。こやつはただ卑劣な力で我を扱っている魔物使いに過ぎんからな』とも言っておるぞ!!」
「え!?お前も何言ってるかわかんのか!?」
「うむ、ドラゴン・竜限定じゃがな。他はなんとなくしかわからん」
≪姉じゃは面倒くさがりなので他のモンスターの言語を学ぼうとしませんでしたが、私は他のモンスターの話すこと分かる、です≫
おお、妹は姉に比べてハイスペックらしい。
良かった、姉がなんか色々と難ありっぽかったから妹ももしかしたらって思ってたが、意外と常識人だ。
上がポンコツなら下がしっかりするってのはどこも同じなんだな。
それにしてもあいつだけ召喚士じゃなく魔物使いらしい。
そりゃワイバーンにくっついてないとダメか。
「……まあそれならあいつを倒せばなんとかなるか。あいつは倒さないと街に被害を及ぼすだろうから、どっちにしても倒すことにはなる。とりあえずあいつを倒しちまおう」
「うん!」
「了解じゃ!!」
俺とリゼルが同時に奴に向かって駆け出す。
リゼルは何か槍のような武器を使うらしい。
姉は素手で闘っていたからこれは妹が使っていた武器、なのかな。
「む!俺様に向かってくる命知らずめ!いいだろう、このリゲン様が直々に相手をしてくれる、いけ、ワイバーン!!」
ワイバーンはバカに命令され、俺たちに向かって攻撃を仕掛けてくる。
仕方ない、多少のダメージは覚悟してもらわんと。
「今だ!!ウィンドブレス!!」
「ギャーン」
ワイバーンが命令に従って大きく口を開く。
「まずいぞ、主殿、ブレスが来る!!」
「任せろ、アイスウォール!!」
俺は自分たちの前に氷の壁を創出する。
だが、
「え!?なにこの大きさ!!マスターやり過ぎ!!」
今注いだのはほんの10分の1程のMPなのだが、目の前に現れた壁はワイバーンの体よりも2回りほど大きい、巨大なものとなったのだ。
しかもワイバーンの放った風のブレスは確かに氷の壁に直撃したのだが、氷の破片が飛び散る位で他にはビクともしない。
……ここまで強い物を作った覚えはないんだが。
「な!?ワイバーンのブレスが通用しない、だと!?」
バカも動揺しているようだ。
「とりあえず防げたんだから、文句は後で聞く。今はあいつを無力化するぞ、カノン、影であいつの動きを!」
「うん、分かった!」
「リゼル、お前は……」
「言わんでも分かっておる。我は奴の注意をひきつければよいのであろう?」
「ああ、その間に攻撃できればしてくれていい……行くぞ!!」
俺の言葉を合図に、隠れていた壁から飛び出し、俺とリゼルは駆け出す。
「アイスショット!!……あれ!?」
俺はクレイ戦で放った程度の氷の弾丸をイメージしたのだが、放たれたのはバスケットボール程の大きさをした複数の玉だった。
最早ショットというには生温いかもしれん。
「ギャウーーーン」
氷の玉のほとんどがワイバーンに直撃し、ワイバーンは体勢を崩す。
「はぁあ!」
その隙を逃さず、カノンが影でできた大きな手でワイバーンを捕える。
「てやぁー!」
リゼルは持っていた武器を棒高跳びの要領で用いて、宙に舞い、下からワイバーンを蹴り上げる。
武器を持っているのに、今の攻撃は姉の使っていた体術のようだ。
融合したらどっちもいけるってことなのか?
俺とリゼルの攻撃をもろに食らったワイバーンはフラフラになるも未だカノンの影に捕えられて身動きが取れないでいる。
よし、今だ!!
「おいリゼル、背中貸せ!!」
「うむ、了解した!!」
着地したばかりのリゼルに俺は注文する。
ふふふ、ムカデの時のお返しだ!
「ふん!!」
「せい!」
あれ!?思いっきり助走つけて蹴り飛ばしたはずなのに!!
リゼルの奴、あんな体しといて全く動じやがらねえ!!
くそっ、俺みたいに地に伏せる経験をさせたかったんだが……
まあ今はそれはいい。
俺は飛び上がってワイバーンに近づき、そして……
「さっき使いそびれた技だ、行け!ライトニング!!」
俺の手から放たれた電撃が間抜けな顔をしたバカに直撃する。
「ぐああああああああ」
うっわ、ヤバい!
さっきのことも考えて少し弱めに使ったんだが……あ、これ完全に死んだな。
バカは電撃を浴びた直後、すごい速さで痙攣しながら熱で焼け焦げ、そしてパタリと動かなくなった。
……今後威力の調整にもっと意識を向けた方がいいな。
バカが死んだあとのワイバーンはすぐに大人しくなり、回復魔法で治療してやった後、リゼルが『特性吸収(竜)』を使った。
すると、『特性転用(1)』だったのが、『特性転用(2)』になった。
詳細を見てみると、
【転用可能特性】
1:融合
2:風属性
となっていた。
ほう、面白いな、この能力。
確かめてみると、ワイバーンの風の能力が無くなったわけでもないらしい。
吸収ってことだけど、コピーに近いのかな?
とりあえず、ワイバーンが力を貸してくれるそうなので一応契約することにした。
そして、契約後すぐ、ワイバーンに乗せてもらって、俺達は街に戻っていった。
その頃上空にて……
「あ、しまった、リゲンを作戦から外すの忘れてた……まいっか。とりあえず逃げれたし。……それにしても逃げるためにワイバーン隊まで出撃させられたのは流石に誤算だったなぁ……でも、俺にここまでさせる男を見つけたんだ。……ちゃんと俺に感謝してくれよ?……『オッサン』。それにグレイスの旦那も一応ちゃんと回収したし『ルーカス』の頼みもちゃんと果たせてる……これで、いいんだよな?……『……』」
最後の『……』は名前を言っているのですが、まだ皆さんに公開する時期ではないのでボカしています。




