……誰?
さてまた、声の主は一体!?
「……そこまでだ、二人とも」
「……アンタ、どういうこと?」
「……さぁ、ご本人に聞いてみれば?」
私は声の主を見、そしてヴィオランに尋ねる。
とぼけたように答えるヴィオラン。
「……アンタ、アイツはどうしたの?」
「ふむ、中々に手強い相手だった。今まで戦った竜人の中でも1,2を争う位の強さだったな、あの竜人は」
「……まさか、アンタ……」
「いや、ただ単に倒しただけだ。殺してはいない……まあ手傷は負わせたがな」
「そう……で、どうしてアンタはヴィオランの方に近づいていくの……『グレイス』」
声の主、グレイスはメガネの位置を直しながら私の質問に答える。
「ふむ、何やらおかしなことになっているようだな。何でもヴィオランが『破壊の御手』の実質の黒幕、だとか……」
「アンタ、聞いてたの。……ええ、バカが自分でそう言ってるわ」
「おいおい、バカは無いだろ、バカは!……まあそれに関してはそうだわな、俺がそう言った」
「……それでどういうことだ、ヴィオラン」
「どういうことも何も、そのままの意味だろ」
「……ふむ、聴き方が悪かったようだな。……何故俺のフリをしたのだ、と言うことを聴いている」
「…………」
ヴィオランは問いかけに答えようとしない。
「……グレイス、アンタ自分が何を言ってるか分かってんの?」
「ああ。俺はヴィオランとは違っていつでもまともなつもりだ。今の質問も俺は至って真剣に尋ねたつもりだぞ?」
グレイスはそう言ってまた更にヴィオランに近づいていく。
「……グレイスの旦那、そりゃ酷いぜ、俺だってまともな時だってちゃんとあんのに」
ヴィオランも同じようにグレイスに近づいていく。
……武器も構えようともせず。
「……そう、そういう事。だからアンタはそっち側に」
「ああ。紹介が遅れたな。……改めて言っておこうか。俺が『破壊の御手』を実質裏から動かしていた所謂覆面の男だ」
そう言って懐から本当に覆面を取り出す。
「……なるほどね、元々アンタら初めからグルだったってこと」
やっぱり男なんて……
「ふむ、概ねお前の想像通りと言っておこうか。だが俺にも解せないことはある。ヴィオラン、どうして俺のフリをして先にアイリと交渉しようとした?」
「…………」
「答えられないのか?」
ヴィオランは俯いて顔をあげようとしない。
しばらく沈黙が続くかと思われた。
だが、
「……ハハハハハ、いやー、悪い悪い、旦那、ごめんね!俺が交渉終わらせれば色々と旦那に有利に事が運ぶかと思って何とかマネしてみたんだけど、直ぐにアイリにはバレるし、断られるしでもう散々だったよ。即興で他人のマネなんてするもんじゃないね、いや参った参った!」
そう言って仮面をポイと捨て、おどけた様に答えてみせるヴィオラン。
「……まぁアンタ等が組んでようが組んでまいがどっちでもいいわ。それで、どうすんの?」
私は剣を構える。
「ふむ、やはり流石だな、七大クラン二つに裏切られても尚そのように向かってくるか。だが……」
グレイスはそう言って不敵な笑みを浮かべる。
……正直気持ち悪いわね。
「アイリさーん!!」
私を呼ぶ声がする。
これは……
3番隊の隊長がこちらに駆けてくる。
「どうしたの?」
「『破壊の御手』の残党狩りをしていた我等『イフリートの炎爪』と『ノームの土髭』の団員が『ウンディーネの水涙』にいきなり攻撃を受けました!!」
「!?」
「フフフ、どうやら始まったようだな」
「アンタ……やってくれたわね」
「ヴィオランの件は今は後回しにしよう。……さて、アイリよ、さっきの続きと行こうか?」
「……どういうことかしら?」
「……クウガー遺跡」
「!?」
「フフ、ハハハハ!この単語にやはり聞き覚えが有るか。そうだろうなぁ、本当は妹はこっちにいるんだもんなぁ!!」
……ちっ、このメガネ!
「……え!?どういうこと、旦那!?だってアイリは……」
「それは俺が聴きたいのだがな……お前にも使いを出して知らせたのだぞ、『奴の妹がいるのは東の森ではなく、クウガー遺跡だ』と」
「あれ!?そうなの!?…………そう言えば何かグレイスの旦那の部下が数人死んでたって報告は受けたような……早朝だったから旦那に知らせる時間無かったけど」
「……それは本当か?」
「いや、こんなことで嘘つかないって!……何なら実際にその報告しに来た俺の部下に直接聴いても良いぜ」
しばらくヴィオランの目を見て考えるグレイス。
「…………ふむ、今はまあいい。それならお前が知らなかったことも分からんでもない。……アイリの工作に危うく騙されるところだったが、俺が部下を総動員して調べた結果妹の居場所を知ったのもかなり遅かった。確かに俺が部下を使わせた時間も早朝辺りだったからな」
……そのまま騙されたままでよかったのに。
「さっきはヴィオランのバカの取引の仕方にはあきれただろう。何しろ刺客を送ったところには妹はいない。帰結として人質が100%いない状態だったのだからな。だが、今状況は変わった。妹がいるところには実際に刺客が放たれているのだ。これで人質がいる可能性が0から大きく上がったな。……さあ、アイリ、改めて取引をしようか」
「……アンタはさっきの私達のやりとりをある程度は見ていたのね。……じゃあアンタは何で私と組みたいの?」
「ん?何か勘違いしているようだな。これは命令だ。お前に拒否権は無い。……まあだがしかし答えてやらんことも無い。……前々から俺は男嫌いで誰一人男を寄せ付けないお前を俺の女にしてみたいと思っていたのだ。」
「……は?」
「……え、旦那、それマジ!?」
「当たり前だ!お前の容姿は間違いなく俺の知る中で最も上位に入るものだ。スタイルも俺好み。頭の回転も申し分ない……フフフ、アイリよ、俺に見せてくれ!!男嫌いのお前が、俺に、泣きながら跪いて許しを請う姿を!」
「…………」
「ふふ、恐怖で声も出ないか。……このままお前が頷かねばいきなり強襲を受けたクランの団員達や、お前の妹はどうなるだろうなぁ?」
……自分で取引って言っておいて何が「拒否権は無い」、よ。
そろいもそろって……
「……アイリが落ちれば七大クランの3つがそろうことになる。『ノームの土髭』も3つのクランで攻めればまず間違いなく落ちる。フフフ、ようやく、ようやく俺の時代が……」
「グレイス団長!!」
グレイスの部下が慌てた様子でグレイスに報告に来た。
「……ほうら、状況報告だぞ、壊滅的な状況を知ってからじゃ手遅れになる、早く俺に跪くことをお勧めする……それで、状況は?」
「は、はい!そ、それが……」
「何だ!!ハッキリしろ!!」
「は、はい!!『イフリートの炎爪』と『ノームの土髭』は我々の攻撃に即座に対応、逆に我々が押されている状況です!!」
「な!?」
「……フフ」
「な、何がおかしい!」
「ハハハハハハハハ!……久しぶりにこんなに笑わせてもらったわ。ありがとう」
「く、ど、どういうことだ」
「あのね、バカでもアンタ等仮にも七大クランの団長なんでしょ?そんな奴等が普通総指揮からいきなり最前線に来る?」
「く、そ、それは……」
「まずグレイス、アンタが来た時点で私は緊急事態2,3,4のどれかが起こり得ることを想定して、と各隊に伝えたわ。もちろん、アンタ達に気付かれないよう。2は1つが裏切ること、3は2つ、4は全部ね。ああ、ちなみに1は私に何かあった時よ」
「だ、だが……」
「もちろん、『ノームの土髭』にも同じような指示は出しているわ。……アンタ達のどちらかが総指揮からいなくなろうとしたらそれは裏切りの合図と思って、とね」
あの時、テリムに渡した紙の中にはそういった内容を書いておいた。
だから『ノームの土髭』の対応も早かったのだろう。
別にテリムを信用していたわけではない。
手紙を渡した時の様子の変化も観察して総合的に判断し、怪しいと思ったらその時は全部敵と思えばいいだけのことだった。
「私は別にアンタ達の中に裏切り者がいるだとか、敵がいるだとか、そんなことは全く確信なんて持ってなかったわ。ただ、どんなことがあっても対応できるように私、それから『イフリートの炎爪』の団員達は普段から鍛えてあるのよ」
「くっ……」
グレイスは悔しそうに地団太を踏んでいる。
「……おかしな話ね、あのテリムって奴の言ったこと、アンタ達覚えてる?」
「……何のことだ?」
「……俺は覚えてるよ、あの最後の作戦会議の時のこと、でしょ?」
「ええ」
~その、あの、何と言いますか、皆さん、結構自由に話されますよね?……普通クランの団長でしたらもっとお互い牽制しあったり情報の探り合いなんかしたりなんかして……~
~こんな時だからこそ本音じゃないと伝わらないことだってあるんです。委縮して縮こまっていたら何もできなくなります。それが一番怖いことだと僕は思います~
「……自由に話してるとか言って、私達3人は誰一人として本音なんてしゃべってなかったのよ。皆、相手の腹を探り合って、ただ牽制しあってただけ。……本当に本音でぶつかってたのは案外あの団長代理だけだったのかもね」
「…………」
「……はは、耳が痛い話だねぇ~」
「さて、グレイス、アンタへの返答がまだだったわね。……まずヴィオランにも言った通り、人質で取引したいんならその人質を連れてきなさい。それは刺客が本当にエンリ達のところに行ったとしてもそうじゃなかったとしても変わらないことよ。……この目で確認するまでエンリが本当に人質になった可能性は五分五分なんだから。それに、アンタ達が色々こそこそやってるように私も色々やってんのよ。……エンリには1パーティー護衛がついてる。だから人質になってる可能性はさらに下がるわね。後、やられそうなのはアンタなんだから別段団員達が人質、という事にもならないわね。最後に……私は確かに男が大っ嫌い。だけどアンタみたいなプライドだけ高いただのメガネ野郎はそれ以下ね……まだアイツの方が……。だからアンタなんかに死んでも屈することは無いわ!」
私は二人に向けて剣を構えなおす。
「くそっ、ヴィオラン、お前の兵を当てろ!!」
「無茶言わないでよ、旦那。旦那が言ったんじゃん!攻撃する兵力は『ウンディーネの水涙』だけで十分だって」
「ちっ、この、役立たずが!」
「えー、そりゃないぜ!」
「さ、どうすんの?戦うの、それとも尻尾巻いて逃げる?」
「アイリ!!」
リクが走ってきて私の横に並ぶ。
「そっちは大丈夫だった?」
「ええ、ソトが死んで、奴隷の人達も抵抗を直ぐに止めてくれた。ちゃんと保護したから安心して」
「そう。じゃあ悪いけどこっちを手伝ってくれるかしら?面倒なことになってるから」
「……そうみたいだね。七大クランの団長相手、か。結構きついかな」
「大丈夫。いつも私と稽古してたじゃない。……あのメガネを任せてもいい?時間を稼ぐだけでいいから」
「きついと思うけど、何とかやってみる」
「ええ、お願い。……さぁ、どうするの?」
黙ったままの二人に問いかける。
「……やれやれ、やっぱりやるしかない、のかな?」
ヴィオランはそう言ってまたあの長剣を構える。
だが、グレイスは動かない。
「ちょ、旦那、どうすんのさ!?」
「……くく、くくくく、ハハハハハハハハ!!」
いきなり大声で笑いだすグレイス。
流石にヴィオランも戸惑っている様子だ。
「流石だ、アイリ、まさかここまでしてくれるとは思ってもいなかったぞ。それでこそ俺の女にし甲斐が有る」
「鳥肌立つようなこと言わないでくれる?アンタに名前を呼ばれるの本当に気持ち悪いの」
「ふふ、そんなこと言ってられるのも今の内だ。……アイリ、取引の続きをしようじゃないか。今度はちゃんとお前に選択させてやろう」
「だから、さっきも言った通り……」
「……俺は今、『エリクサー』を持っている」
「!?」
「……なっ!?自分で持っていたのか……」
「どういうわけかは知らんが、お前が『エリクサー』を求めていることは知っている。そして、俺は今お前が喉から手が出る程欲しているその『エリクサー』を持っていると言っているのだ」
そう言って、懐から何かを取り出す。
ひし形をした薬瓶の中に青い液体が入っているのが分かる。
……私が知っている知識からすると、確かにあれは『エリクサー』だ。
「お前の妹が人質になっている可能性とこのエリクサーを合わせて考えろ。……どうだ、俺と取引するか?」
『エリクサー』。
私が今まで探し求めていた物。
それがあればお母さんを助けられるかもしれない。
そうすればまたエンリと、お母さんと、一緒に……
アイツに体を差し出せばお母さんが助かるんだ。
私はそれでも……
でも、それじゃあクランの皆は……
今まで守ってきた彼女達が以降守られる保証はあるのだろうか。
私自身はどうなってもいい。
でも彼女達、そしてエンリは……
「わ、わた、私は……」
「ふふ、そうだ、それでいい。俺の下に……」
今までこんなこと無かったからもうどうすればいいか分からない。
どうすればいいの!?
どうすることが正解なの!?
どうすればお母さんと皆を助けられるの!?
……もう、何も、分かんない。
「アイリさん!!」
私が何もかも分からなくなり、そうしてグレイスの下に近づこうとした時だった。
どこからか、私の名前を呼ぶカイトの声が聞こえてきた。
===== ????視点終了 =====
次話で主人公がアイリさんのところに辿り着くまでを書きたいと思います。
……もしかしたら2話使うかもしれませんが。




