お前なぁ!!
狼人の男共が俺達に襲い掛かってきた。
とは言っても何かガイストって奴が他の狼人達に命令してたけど、アイツは一人で俺を殺すつもりらしい。
ってことは逆にシアに他の19人が向かってしまうことになる。
シアは生かして捕えることが命令らしい。だから殺されることは無いのでそこは一先ず安心か。
ま、そうだったとしても俺は早急に屑の親玉を倒す必要があるわけだ。
……どうやら竜人女(名前は忘れた)はこの戦闘に参加しないらしい。
何か成り行きを呆然と見ている。
まだ竜人女と狼人達との関係性が分からん以上こっちにとっては好都合だが。
さて、どうやってコイツ等を狩るか……
「フフフ、戦闘のエリート一族の次期族長候補である俺にケンカを売ったことを後悔させてやる。お前は直ぐには殺したりしない。シアの目の前で残虐に……」
「ああ、ご託はいいから」
何だろ、最後まで聞いてやった方がいいのかもしれないが、正直面倒くさい。
俺は屑の話を無視し切りかかる。
キン
むっ、防がれたか。
腐っても屑だな。
「くっ、お、お前、俺が話してる時にいきなり襲いかかってきやがって、無礼だぞ!俺は次期族長候補なんだぞ!!」
バカだろコイツ。
今から殺そうとする相手に何を求めてるんだ!?
とは言え、不意打ちでも防がれる。
伊達や酔狂でエリート一族名乗ってない、か。
なら……
「ブラックダイス!!」
「はっ、何を意味の分からない単語を……」
俺が飛び退いたところに屑が駆け込んでくる。
ちょうどそこに正方形をした真っ黒な箱を作り出す。
……ぐっ、確、かに、入ってくる魔力の量が半端じゃない。
下手をすると魔力の吸い込み過ぎで体がおかしくなるかもしれん。
何度も使うのは避けるべき、か。
闇魔法自体はきちんと発動した。
屑はまんまと俺の企みに嵌り、真っ暗な闇の中に閉じ込められる。
あっ気ないな。
こんなんが次期族長なんて終わって……いや、シアを手放した時点でもう終わってたか。
人相手に使うのは初めてだがまあ最悪でも閉じ込めておく位はできるだろう。
「……んだ!?……れは!?……せ!!……から出せ!!」
少しだけ声が漏れてくる。
よし、自力では出て来れないらしい。
後は精神がぶっ壊れるまで放置でいいや!
俺はシアの方を見る。
「く、くそっ、ど、どういうことだ!こ、攻撃があ、当たらない!!」
「どうなってんだよ!!嘘だろ!?ぐぁっ」
「ハッ、たぁ!」
シアが2本の剣を操り、19人の元同郷の者達を次々と切っていく。
……圧巻だ。
本当に同じ里の出身なのか!?
それほどまでにシアの動きが洗練されている。
シアとコイツ等を見ていると『醜いアヒルの子』の話を思い出す。
無駄な動きが一切無く、相手の隙をついてどんどん攻撃を入れていく。
俺が屑とやりあっている間にもう半分くらいに減ってるんじゃないか!?
……これ、俺が入ると邪魔になるかも。
俺は近接戦闘には参加せず、魔法に専念してシアを援護することにする。
『パーティ恩恵(リーダー)』でエフィーの『支援魔法』を使う。
もちろん俺には『無詠唱』があるから直ぐにシアに魔法をかけてやる。
「スピードライン!!」
シアの体が淡い緑の光に包まれ、光が収まると、シアはさっき以上のスピードで奴等を翻弄する。
……最早奴等はシアの姿を目では追えなくなっている。
切られた後で初めて自分がシアに切られたのだと認識し、そして倒れていく。
HPも低くはないはずなのだが、シアの攻撃が的確なところを突きすぎているのだ。
残り1人もあっ気なくやられた、いや、そう言っては可哀想か。
シアが凄すぎるんだ。
「……ふぅ……ご主人様、こっちは終わりました」
シアが最後の一人を切り終えてこっちに駆けてくる。
全く疲れた様子を見せない。
……本当にすごいな。
「お疲れさん。……悪いな、シア。あんなこと言っといて俺何もしてないわ」
「そんなことありません!……ご、ご主人様が一緒にいて下さるだけで私は……」
シアが体をくねくねさせる度に尻尾も揺れている。
赤くなった頬を手で押さえて俺から顔を逸らすシア。
乙女だな。
……本当にシアは可愛いなぁ。
「……そうか。まぁシアのおかげであっさりと終わった。やっぱりシアは頼りになるな。……ありがとう、シア」
「ご主人様……はい、ありがとうございます!今後もご主人様のためだけに精一杯頑張らせていただきます!!」
「い、いや、別におれだけのためだけじゃなくてもいいんだぞ!?シア自身の幸せのためとか、色々……」
「ご主人様の幸せが私の幸せなんです!ですから私がご主人様のためだけに頑張らせていただくのは至極当然のことです!!」
「お、おう、そ、そうか。分かった」
シアの必死そうな剣幕に押されてついつい了承してしまったが、まぁシアがそれで喜んでくれるならいっか。
さて……
「おい、お前、お前はどうするんだ?」
俺はただただ呆然としていた竜人に尋ねる。
闘い中、狼人に力を貸さなかった辺り、コイツとアイツ等は完全な協力体制ではないらしい。
コイツ自身は別にシアの心の傷になったとかじゃないから戦う必要が無いならそれに越したことは無い。
……どうでる?
「我は……」
俺の問いかけに答えようとする竜人女。
そこに……
「……ガー、……ゴー……、……ブギャー、……jdしぅ……ghふぇ……wなjg」
意味を成さない声のようなものが黒い箱から上がる。
あっ、忘れてた!!
所々声の大きさの問題というよりは最早言語として成立していないために聞き取れないというものの方が多いような気もする。
……完全に精神的に死んだか。
ブラックダイスを解除する。
そこには最早さっきまでの威勢が本当のものだったのだろうかと疑う位無残な姿をした屑がいた。
口からは泡を吹き、目は白目をむいて自分の体を自分で傷つけた痕が複数見受けられる。
痙攣してピクピク動いているその姿はどこか浜に打ち上げられた魚を思い浮かべさせられる。
……哀れだな。
しかしここまでの威力があるのか……いや、威力が凄いのかコイツの精神力が弱すぎたのか分からんな。
……うーん、今後も実験が必要かもしれん。
ただ困ったな。目的としては1回目の調査隊のことやさっきのモンスターの奇声、それに狼人等が何でいるかを聴きたかったのに全員倒しちゃったからもう聴けるのが竜人女しか残ってない。
ふーむ、話してくれるのかな?
竜人女はさっきから何かを迷っているようだ。
……やっぱり何か訳アリっぽい。
はぁ、面倒事は勘弁して欲しいんだが……
「おい、お前、とりあえず……」
「ショバーーー」
俺が竜人女に近づこうとしたその時、変な声と共に足元を何かが這う。
何だ、ムカデ、か?
「そ、そやつは!?」
「うん?何だ、知ってるのか、お前?」
竜人女が驚いて飛び上がるような反応を見せたので、俺は奴に尋ねてみる。
「い、今すぐ、そやつを殺すのだ!!」
「はぁ?どういうことだ?」
「いいから、早く!!手遅れになるぞ!!」
「手遅れ、って……まさか!?」
「ご主人様!!恐らくそいつがあの奇声の元凶です!!」
エフィーがスケルトンの後ろから叫んでくる。
「えっ!?エフィー、でもあんな小さな奴からあんな大きな声……」
カノンが横でエフィーに疑問を呈する。
「そやつは良くわからんがいきなり巨大化するのじゃ!!」
竜人女がそのカノンの疑問に答えながらこちらに走ってくる。
「巨大化って……」
カノンは答えを聴いても俄かには信じられない感じだ。
俺自身も信じられない気持ちは分からんでもないがさっき感じた直感を信じてこのムカデ(?)を殺しにかかっていた。
だが……
「えっ、嘘!?」
俺が剣で切り倒そうとする刹那、見て取れるほどの魔力がムカデに集まっていく。
そして、目の前で起きている以上信じないわけにはいかない。
どんどんムカデの体が大きくなっていく。
マジか!?
でもおかしくね!?
大きくなれるんなら何でこんなピンポイントで巨大化すんだよ!!
もっと前からしとけ!
くそっ、鬱陶しい!!
俺はこいつが巨大化しきる前に攻撃に入る。
……変身シーンなんて最後まで待ってられるか!!
「フレイムランス!!」
ぐっ、ま、た!
さっきの支援魔法の時はそこまで辛くは無かったが、今回のはまた負担が大きい。
使う魔力によってやっぱりかかる負荷は違うのか。
エフィーとカノンには戦わせるのは……
俺が放った5本の炎の槍は激しく燃え盛り、巨大化したムカデ野郎に突き刺さる。
「グギィーーーーー」
よし、効いてる!!
やっぱり虫には『火』だよね!!
小学校で皆やったよね!
虫眼鏡で昆虫(主に蟻)に光を集めて当てたらどうなるかって実験。
……ごめん。反省はしてる。
でもやっちゃったもんは仕方ないじゃん!!
開き直るわけじゃないけどさ、今も時間は進んでんだよ!!
過去には戻れないんだよ!
だったら人の好奇心の尊い犠牲になった虫達のためにも俺は前を向かねば!!
うん、俺、頑張る!!
魔法が効いたからか、ムカデの巨大化も止まる。
それでも戦車くらいはあるんじゃないか!?
……これで巨大化がもっと続くかもしれなかったと考えるとゾッとするな。
だが、こんな目の前の巨大ムカデに臆することなくシアも討伐に向かう。
エフィーとカノンも最初はびっくりしていた風だったが今は立ち直っている。
……うちの娘達は逞しく育ったなぁ。
元の世界だったらこんなキモい生き物見たら女子は卒倒するだろう。
……お前、俺といい勝負かもな。
「ハッ、テイッ、たぁ!!」
シアの片方の剣は火、もう片方は風の属性だ。
風の方は与えてはいるものの、大きなダメージとは言い難い。
よし!
「シア!風の方を解放しろ!魔法を送る!!」
「はい!……はぁ!」
シアの剣から風魔法、スラストウィンドが発動される。
俺はそれを見計らって、シアの剣に向け魔法を放つ。
「受け取れ、シア!……ファイアボール!!」
うっ、さっき、よりはマシか。
シアは解放した剣でそのまま俺の魔法を吸収させる。
そしてそのまま巨大ムカデに突っ込んでいく。
俺も遅れずにまた今度もエフィーの『支援魔法』を借りてシアを援護する。
「パワーオグメンテ!!」
今回はシアの力を増幅させる。
シアの体を赤い光が包んだのち、シアの猛攻が始まる。
「はっ、せい、やぁ、たぁあ!」
「ギャイーーーー」
シアの一撃一撃が奴の体の殻を抉っていく。
見た目かなり頑丈そうに見えるも、シアが攻撃するとプリンをスプーンで分けているかのようにどんどん体を穿っていく。
スゴイな、まさにシア無双だ。
そして、そこに……
「カイトさん、助太刀いたします!!」
エンリさん達が突入してきてくれた。
ちょっと微妙なタイミングだけど、このムカデはイレギュラーだからまいっか。
「はい、シアが奮闘してくれてます。もう少しで倒せそうなんで一気に攻め倒しましょう!!」
「分かりました!!……ゼノ、エナ行きますよ!!メルは出来る範囲で援護を」
「はい!!」
「了解!」
「分かりました!」
更には、
「我も加勢するぞ!!今回だけは手伝ってやる!」
竜人女もコイツの退治には協力してくれるらしい。
おお、頼もしい!
今だけは敵対せずにコイツを何とかすることを優先するか!
「背中を貸せい!!」
俺に向けて叫ぶ竜人女。
上から目線のしゃべり方はこの際目を瞑ろう。
「おっし、任せろ!!」
俺は言われたとおり少ししゃがんで踏みやすいようにする。
「よし!……ふん!!」
「おがぁ!」
竜人女が俺の背中を蹴り、空中へと飛び上がる。
一方で俺はその反動で地面に蹴りつけられる。
どんな脚力してんだ!?この馬鹿力!!
お前本当は着ぐるみかなんか着てて中にオッサンか何か入ってんだろ!!
「グギィーーーーー」
シアやエンリさん達が猛攻を加えているムカデの上空に竜人女が到達する。
そこから……
「せやぁーーー!!」
おお!!
体を回転させながら最終的には踵落としに持って行った!!
回転の力(?)かは良くわからんがそれをムカデ野郎に叩きつける。
「ギガァーーーーー」
ものすごい断末魔が空間中に響き渡る。
そして……
メキメキッ
へ?今の音……何!?
ムカデは動かなくなった後、急激にまたもとのように小さくなって行く。
「こやつは何故か倒しても倒しても死なんのじゃ!こうやってさっきも2回狼人共が退治してもまた復活して直ぐどこかに消えてしまう!!」
竜人女が叫ぶ。
それマジか!?
何、ただの巨大化するムカデかと思ったらゾンビ系だったの!?
復活(?)かどうかは知らんがそんなことされたら堪ったもんじゃない!
俺は自分の体に鞭打ち、小さくなった後のムカデに魔法を使う。
「とりあえず今は凍っとけ!!アイスグラッセ!!」
ムカデを中心にして大きな氷の玉が出来上がる。
ムカデは凍結し、完全に身動きを封じられた。
……身動きだけじゃなく復活もこれで何とかなればいいが。
俺は念のため、氷の玉を土魔法によって作り出した硬い土で覆い、更に、簡易版のブラックダイスでまた包み込む。
ふぅ、結構厳重に保管したがこれで大丈夫だろうか?
メキメキメキメキ
え……何の音なの!?
「ス、スゴイぞぉーー、主よ!あやつを封じてしまいおった!!」
竜人女は興奮してその場で一人で舞い上がっている。
メキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキ
件の不穏な音のする方に皆が目をやる。
皆の視線は竜人女の足元、つまりさっきまで竜人女がムカデに踵落としをくらわせていたところに向く。
「うん?どうしたのじゃ、皆の衆よ、我の足元に何かあるのかぇ?」
何かってそりゃ……
メッチャヒビ入ってますやん!!
「何で敵のお前がそんなフランクに俺達に話しかけてんの!?」とかそんな疑問は今はもうどうでもいいんだよ!!
この遺跡そんな脆いの!?それともあの竜人女の力がおかしいだけなの!?
「……おい、竜人女、お前それ以上そこから動くな!!いいか、絶対だぞ!!」
「な、何故じゃ!!敵とは言えさっきは一緒に戦った仲であろう!?」
竜人女は俺の静止を聴かず、俺に近づいて来ようとする。
「ち、違うんだ!!今は『押すなよ!いいか、絶対押すなよ!!』の時じゃないんだよ!!マジなやつだからな、今回は!?」
「な、何を言っておるのか全く分からんぞ、お主!!……なぜ我を仲間外れにしようとするのじゃ!?」
「んなもん敵だからでいいだろうが!!いいから、いいから動くんじゃねえ!!」
「い、嫌じゃ!!我、我も……」
ビシッ
……あ、終わった。
今の竜人女の動きが決定打だったようだ。
俺達の足場が崩壊していった。
「なっ、足場が!?」
「バカ野郎~!だから言ったじゃねぇか!!」
「そ、そんなこと言われても……」
「お前時々誰かに『残念だな』って言われたことないか!?」
「な、何故それを!?」
「もうコイツ嫌だ!!」
そんなことを話しながら、俺達は抵抗虚しく重力に任せるままに落下していくしかなかった。
シアと竜人女大活躍ですね!




