今度はどなたですか!?
遅くなりました。
申し訳ありません。
朝、気怠い体を起こして状況を確認する。
……ふむ、事後、3人の部屋でそのまま寝てしまったようだ。
生きてるな、俺。
途中本当に体力の限界が来ると思ったがどうやら持ちこたえたらしい。
シアは俺の横で気持ちよさそうに眠っている。
エフィーは同じベッドで眠っているカノンにコアラのように抱きついている。
可愛いなぁ。
……うーむ、幸せってこういうことを言うのかな?
この子たちの未来を守るためにも、俺は……
さて、今日はどうするかな、特にやりたいこともない。
まぁゆっくりするか。
3人が起きてくるまでボーっとして時間をつぶす。
昨日チャラ男にもらった紙を眺める。
一枚目はあいつの言っていた通り3人の団長との連絡の取り方が書いてある。
……これって結構すごいことだよな?
七大クランの内の3つの団長と連絡を取れる方法を手に入れたんだ。
まぁできれば使う機会が無い方が俺としては嬉しいかな。
アイリさんのも書いてあるけどいいのかな?勝手にもらっちゃって。
「男に私の連絡先を知られるなんて!」みたいにならないかな?
……うん、アイリさんには知られないようにしよう!
二枚目の紙を手に取る。
ふーむ、パッと見、意味不明な文字列になってるが、これ何かの暗号か?
『①くりしらしんりわり ②あけくにいかふく ③はいのて ④かとかうみみばみかかつ』
『①パンツ→ツンデレ ②走る 5と5 17と4 ③ハゲ→フサフサ ④フサフサ→ハゲ』
ほんとにパッと見は意味不明だ。
……ふーむ、でもじっくり見てみると、何となくだがわかってきた。
上と下の数字の同じやつが対応してるんだろう。
「……ますたぁ、あぁ、ラメェ、尻尾の先っぽのとこは敏感にゃにょ……」
「……ごしゅじんさまぁ、キツキツ、で気持ちいい、ですかぁ?」
うわっ、ビックリした!
……何だ、カノンとエフィーの寝言か。
本当にどんな夢見てんだ!?
気持ちよさそうだし起こさんよう静かにやらんとな。
一つずつ考えてくか。
上:①くりしらしんりわり
下:①パンツ→ツンデレ
ふむ、恐らく下の段が何かのヒントになってるんだろう。
『パンツ』と『ツンデレ』……
何か共通性でもあるのか?
うーん、ゲームやアニメでツンデレのヒロインが風かなんかでうっかりパンツ見せちゃったとかしか思い浮かばん!
でもその思考過程だと『ツンデレ』が前提の要素となってしまう。
①パンツ→ツンデレ
これの書き方からすると、『パンツ』が前提にならなければいけないはずだ。
とすると……何だろ?
『パンツ』から『ツンデレ』、『パンツ』から『ツンデレ』……
うん?
これ普通にただのしりとりか!?
ってことは『し』と『り』を取ればいいのか!
上:①くりしらしんりわり から『し』と『り』を……
上:①くらんわ
となった。
うーん、これを『クラン』とするなら間違っては無さそうなんだが、最後の『わ』が余計だ。
あっ!これも『最後』にあたるから取ればいいのか!
じゃあ①は『クラン』だな!
ふぅ、こういうのって気づけば簡単だよな。
……何で選んだ語が『パンツ』と『ツンデレ』なんだ!?
この世界でのしりとりってこれがポピュラーなのか!?
「リンゴ→ゴリラ」じゃなくて「パンツ→ツンデレ」で始めるんだ!?
……誰か起きたら聞いてみよう!
よしっ、次!
上:②あけくにいかふく
下:②走る 5と5 17と4
今回②のヒントは数字、か。
『5と5』、『17と4』の前に『走る』。
数字ってことからするとその数字が上の字と対応しているってのが普通だろうが、このままだとそりゃ意味をなさない。
ふーむ、やっぱり『走る』がカギだな。
『走る』……run、dash、jogging、奔る、駆ける……×!?
そうか!『走る』は『駆ける』と言い換えることができる。
四則計算の内の『×』と『駆ける』をかけてるのか!
……自分で言っといて何だが「かけるかける」うるさいな!
『5と5』、『17と4』をそれぞれ掛けたら、『25』と『68』。
これは『25』、『68』と読むんじゃなくてそれぞれの数字が対応している番号だと考えるべきだろう。
とすると、2番、5番、6番、8番目の字を見ればいいのか!
……これ俺が元の世界で算数をちゃんと習ったから解けたんだろうけどこの世界では難問なんだろうな。
もし俺が計算できなかったらここで止まったことになるのか。
上:②あけくにいかふく
これの2番、5番、6番、8番目の字を取ると……
『けいかく』、つまり『計画』となるのか!
おおー!①と合わせると、『クラン 計画』となる。
これって、もしかしたら……
俺は暗号解読を続けることにする。
上:③はいのて ④かとかうみみばみかかつ
下:③ハゲ→フサフサ ④フサフサ→ハゲ
③と④はヒントが似通っているから一気に考える。
共通のキーワードが『ハゲ』と『フサフサ』か。
……なんか最近髪の毛ネタ多いな。
③から考えれば、まずハゲからフサフサになるって言うのは鬘でも被るのか?
いや、植毛っていうことも……
……これ普通に『髪が増える』ってことでいいんじゃないかな?
つまり『か』と『み』を足してやれば!
あー、でもどこに足せばいいかわからん。
『はいのて』のどこかに入れれば俺の理解できる言葉になるんだよな?
……まさか!
『はかいのみて』、『破壊の御手』か!?
とすると逆に④は『か』と『み』をとってやれば!
④かとかうみみばみかかつ
……『とうばつ』、『討伐』か!!
繋げると、『クラン 計画 破壊の御手 討伐』!!
マジか!?くそっ、あのチャラ男、俺になんてこと伝えやがる!!
もろ計画の根幹部分じゃないか!
しかもよりにもよって相手が『破壊の御手』って!!
だからか、俺の考えが変わった時のためにって一枚目を渡したのは!
普通、あそこまで断ってたら時間が経とうが意見なんて変わらんだろう。
それをあのチャラ男はこうやって……
くそっ、やられた!
ここまでするなんて!
……とは言っても俺自身まだ『破壊の御手』について良く知っているわけじゃない。
ただあのゴリラとかハゲからいい印象を抱いていないというだけだ。
エフィーに言ったことの逆の考え方ができるが、個人が悪いからと言って全体が悪いという事にはならない。
だから一概に『破壊の御手』が悪だと決めつけることは危険だ。
……それに、これが真実だって保証は無いんだよな。
チャラ男が俺を勧誘するための嘘だって可能性もある。
俺が解読して知ったという過程はあるにしても情報の元手はチャラ男だ。
そもそも俺一人勧誘するために計画の内容教えて……いや直接教えてるわけじゃないか。
こういうのってどうなんだろう?
アウトじゃないのか?
でもこのことは俺とチャラ男しか知らないわけだし……
バレなきゃいいって精神なのか!?
……やっぱりチャラ男だな。
「……んー、ごしゅじんさま?」
「あー、シア、悪い、起こしてしまったか」
「いえー、らいじょうぶれす」
シアは瞼を擦りながら呂律の回っていない舌で答える。
しまったな、興奮して少しうるさくしてしまったか。
エフィーとカノンもじきに起きてくるな、これは。
……3人にはまだこのことは黙っとくか。
まだこれが本当のことかも分からんのに余計なことを教えて混乱させたくない。
3人が起きてきて、遅めの朝食をとる。
もう時間的には昼を回ってる。
朝昼兼用だな。
皆眠たそうだがその顔はどれも幸せそうだ。
あのカノンでさえも俺に嬉しそうに笑顔を向ける。
……ついにデレ期が来たか!?
その後、部屋に集まり、今日の予定をどうするか相談する。
俺も含めて皆疲れてるだろうから今日もあまりハードなことは避けて軽く討伐依頼を受ける位でいいんじゃないか、という案で落ち着いた。
コンコン
そうして、ゆっくりと準備をしている時、不意にドアがノックされる。
ん?誰だ?3人は一緒にここにいるし……、となるとまたチャラ男か?
「はい、どなたですか?」
…………
あれ?返事が返ってこない。
え、何、怖い!
怪奇現象!?それとも俺への刺客!?
……どっちかはドアを開ければ分かるんだが、後者だといきなり襲われることも有り得る。
「……3人とも、用心してくれ。もしかしたら俺を狙ってる奴かもしれない」
「ではご主人様はお下がりください、私がドアを確認します」
「そうだよ!マスターは下がってて!」
「いやな、こんな狭いところじゃ後ろでも前でもあんまり変わらないだろ。どっちにしても刺客なら戦闘になるんだからいつも通り俺が前の方がいいだろ」
「ですがご主人様、やはり後ろの方が……」
コンコン
またノックの音がする。
……これで怪奇現象説は薄くなったな。
2回も同じ現象が続くのは中々観念し辛い。
とすると……
「……3人とも、大丈夫だ、安心しろ。こんなところで俺はやられたりしない。だから、な?」
3人とも少し不満そうだが納得してくれたようだ。
「はい、わかりました。……ですが、お気を付け下さい」
「マスター……怪我しちゃ、嫌だからね?」
「ご主人様、何者か分からないのです。用心して下さい」
「ああ。……じゃあ、空けるぞ!」
片手は腰に下げた剣に当てながらも、俺は扉をそっと開ける。
そこにいたのは……
「……何度もノックしてるんだから扉位早く開けなさいよ」
「へ?……アイリ、さん?」
自分でも間抜けな声だったと思う。
全く予想だにしていなかった人が目の前に現れて多少なりとも困惑してしまった。
仏頂面のアイリさんがそこに立っていたのだ。
……うわ、やっべ、名前で呼んじゃった!
罵倒される!どうしよう!?
そう思って目を瞑り、身構えていたが、あの罵声が飛んでこない。
……あれ?おかしいな。
思いっきり罵られると思ってたのに。
いや、別に期待してたわけじゃないぞ!
俺にそんな性癖は無いからな!本当だぞ!!
「……あの、すいません、私、名前で呼んでしまったんですが、怒らないんですか?」
恐る恐る尋ねてみる。
「……そう言えばそうね。あんたの声があまりにも間抜けだったからつい忘れてたわ」
「そ、そうですか」
「……とりあえず入ってもいいかしら?」
「も、もちろんです。ささ、どうぞ」
アイリさんは躊躇なく部屋に入ってくる。
まぁシア達もいるしそこは気にしないのか。
「それで、本日はどう言った御用で?私ではなく彼女達にですか?」
「一応両方に、なるかしら。……朝、ヴィオランが私に会いに来たわ」
「ヴィオランさんが、ですか」
「ええ、出発の挨拶。それとあんたのことについて」
「…………」
「あんた、やっぱり計画には参加しないのね?」
「……ええ」
……ここで計画の内容、つまりは『破壊の御手』について切り出すのは昨日の今日ではあからさま過ぎるだろう。
下手したらチャラ男に迷惑がかかる。
別にあいつに恩義なんかないがこういうところはしっかりとした方がいい。
「……今から話すことは私個人としての話よ、それを踏まえた上で聴いて」
いきなりそう切り出してくる。
俺だけでなくシア達にも顔を向けるアイリさん。
「……わかりました。3人もいいか?」
「「はい」」
「うん」
「……私には一人、妹がいるの」
……いきなりエンリさんのことか。
ここは知らぬ存ぜぬの風来坊で押し通す!
「ほう、妹さんが」
「ええ。……私のたった一人の大事な家族よ」
「そうですか。その妹さんがどうかなさったんですか?」
「……今回クランの団員のほとんどが計画に参加することは全クラン一致でもう周知のことなの。……ただ、私はあの子をこれに参加させたくないの」
「……そのことを他のクランの方は?」
「グレイスとヴィオランにはここに着く前、個人的に会って頭を下げたわ。その分私が死ぬ気で働くって言って。……二人とも納得してくれたわ」
「そうですか……」
あれだけ男嫌いのアイリさんがメガネとチャラ男に……
団長としてのプライドだってあるだろうし、何よりも大の男嫌いだ。
そのアイリさんが個人的頭を下げてまで頼んだんだ。
……それだけアイリさんの中ではエンリさんが大切な存在なんだろう。
大切な人を危険が伴う計画に参加させたくないという気持ちは俺にも良くわかる。
けどクランの団長というアイリさんの立場じゃそれを実行するのは中々難しいんじゃないのか?
「……そのですね、それは『イフリートの炎爪』の方々は?」
「……妹本人以外には話したわ。皆も私の気持ちを理解してくれたし、協力してくれるって言ってくれた。あの子はこのクランの中じゃ皆から愛されてるから。だから皆で示し合わせてあの子には知られないように動けているの」
ふーん。クランの団員さん達も納得して協力までしてくれてるんなら別に問題ないんじゃないか?
他のクランの団員たちが知ったら怒るかもしれないが、団長が納得してるんなら伏せるなりして知られないようにはするだろう。
「……なるほど。妹さんを大切に思っていらっしゃることは大変良くわかりました。私にも大切な人を危険に遭わせたくないという気持ちは良くわかります。……ただ、どうしてそのことを私達に?」
「……エンリは……妹はその計画当日にあの子のパーティーメンバーとクウガー遺跡の調査依頼を受けてもらうことになってるの。もちろん計画のことは伏せて。依頼自体は難しい物じゃないから危険自体は低い。けど……」
「なるほど。そりゃ、計画を進行しているまっただ中ですからね。依頼自体が簡易でも何かあるんじゃないか、と心配にはなりますよね」
「ええ……。護衛をつけることも考えたけどただでさえエンリのパーティーを計画から抜けさせるのだからクラン内ではこれ以上他のことに割く人員はいないの」
そうか、それに他のクランや冒険者に依頼を出せば何か勘付かれたりそれで足元を見られることにもなる。
下手に情報を漏らさないためにもそれはできないのか。
だから……
「……なるほど、私達にお話し下さったのはつまりはその妹さんの護衛をして欲しい、ということですか?」
「簡単に言えばそうね。あんたはクランにも入ってないんだし、さっき確認したけど今回の計画にも参加しない。だったら……」
「ただ、よろしいのですか?アイリさんは男性嫌いでしょう?それなのに大切な妹さんの護衛を昨日今日会ったばかりの男である私に頼んでも?」
「……どうして私が男性嫌いだって知ってるの?」
うわ、しまった!
エンリさんから直接聴いたんだけどこれ知ってたらマズイか!
突き詰めていったら俺がエンリさんと知り合いで俺の名前がバレてしまう。
……でもあのモンスター討伐の話をアイリさんがエンリさんにしたら普通気づくよな?
あれ以来まだエンリさんと会ってないのかな?
それにしてもどうしよう。
……いいや、適当にごまかしちゃえ!
「そ、そりゃ分かりますよ!あれだけ私やグレイスさん達と女性への当りが違うんですから!」
「……そう、やっぱり分かるわよね。あれだけあからさまにしてれば……」
おお、意外とごまかせた!
「まぁそういうことは人それぞれですし、私がとやかく申し上げることではないでしょう。……それで、よろしいんですか?男である私が、妹さんの護衛についても」
「……あんたの言う通り、私は男が大嫌い!できることなら誰一人として頼りたくなんかない!……でも私はなんとしてもあの子を守りたい!なのに今私にはあの子につけてあげられる人員がもういないの。私的に動かせる人員も全て計画に回してしまっている。もうこれ以上はどうしようもないの。男は信用できない!……けど、奴隷なのに生き生きとしたその子達を従えるあんたとしてならまだ信用とまではいかなくても悪いことにはならない、と思う。あんたとその子達の実力はあの戦闘で十分わかった。……だから、お願いします。私の妹を守って下さい」
居住まいを正して真剣な表情を浮かべ、頭を下げるアイリさん。
「ちょ、ちょっと、頭を上げて下さい。それに私にそんな丁寧な言葉づかいも不要です!」
「いいえ、今までクランを成長させるためにも何度もしてきたことよ。それにあの子のためならこの位何ともないわ」
「アイリさん……」
思わずポロリと彼女の名前を口に出してしまったけれども彼女は怒らない。
……それだけ彼女のエンリさんに対する愛情は本物なんだ。
「「ご主人様……」」
「マスター……」
3人が不安そうに俺とアイリさんを交互に見ている。
3人もアイリさんの気持ちを受けて俺がどうするか心配なんだろう。
俺は……
「……いやー、申し訳ありません。実はその日、スケジュールが埋まってまして。ですからあなたのご依頼はお受けできません」
「え?何を……」
「「ご主人様!?」」
「マスター!?」
アイリさんだけでなく3人も驚いた顔で俺を見る。
「……私はその日、クウガー遺跡に向かい、遺跡を調査する依頼を受けなければならないという大事な用があるんです。ですからあなたのご依頼をお受けすることはできないのです」
「え、それって……」
「日程さえ分かれば……う、うん、今のはただの独り言です。お気になさらず」
「あんた……」
この言い回しは確かに相当回りくどい。
でもこうすれば俺が私的にやることだから形式的にはアイリさんが気負う必要は無くなる。
アイリさんの私兵ということでもないから後で俺のことが知られても問題になることもない。
後は……
「これは責任を負わないということではありません。目の前で女性が困っていたり危ない目に遭いそうなら手を差し出すのは当たり前のことです。ですから私はやるからには全力で取り組みます。私は男ですから信用しろとは申せませんし、この言葉を使うのは好きではないのでほとんど使用することはありません。ですから使う際はそれ相応の覚悟を持って挑みます。……必ず妹さんを守って見せると約束します。……私が約束を果せたらその時は男性全てとは言いません。ほんの少しでも構いませんので男性に対する認識を見直して見て下さい。お願いします」
……なんか「妹さんを僕に下さい!」ってお姉さんに言いに来た奴みたい。
意外にもアイリさんは目に涙を浮かべ、顔を横に向ける。
「……や、やっぱり、あんた、男のくせに生意気ね。……妹のことをよろしくお願いします。…………そして、ありがとう」
最後は本当に小さな声だった。
ハキハキとしゃべるアイリさんからは想像もつかないような声だった。
……それでも俺にはハッキリと彼女の感謝の言葉は聞き取れた。




