侯爵、名誉挽回なるか!?
あんまりお話が劇的に進展する、という感じではありません。
私自身の記憶喚起の意味合いも強くなってます。
今後もできるだけ定期的に書くようにはするので、そこはご容赦ください。
「ぐゎあぁぁぁぁ! なんで私の時に問題が山積するんだ!!」
「ど、どうしましょう!? わ、私……」
フレアは頭を抱えだすし、フィオムはフィオムでいつもの凛とした姿勢など吹き飛んであたふたしている。
……大変そうだけど、俺も一応関わっていることだし、他人事だと放置することはできない。
さて、どう収集を付けるべきか。
「――そうか、そういえばフィオム様は、女性だった」
どうするか、と考えていたところで、俺の背中から声がした。
――クロー侯爵だ。
それは演技でも何でもなく、純粋に今思い出したという驚きに溢れていた。
……どういうことだ?
「……あんたは、今、それを認識したのか?」
「ああ……どうしてそんなに大事なことを私は勘違いしていたんだ――フィオム様が、男児だなんて」
侯爵は、先ほど自分が素っ裸だったと自覚したとき以上に愕然としていた。
「――……やっぱり、そのことがあやふやになってたのは、おかしなことじゃなかったっぽいな」
周りの困惑振り、そして目の前の侯爵の様子を見て、ランドがどこか確信をもって俺に話しかけてくる。
姉であるフレアを一応無事にここまで連れ帰ってきたことも助けてか、もう俺に対する敵対心みたいなものは消えていた。
「……そうみたいだな」
一度館を離れ、被害を受けていない庭の草地に落ち着くことにする。
そこまで運んできた侯爵を、ゆっくりと背中から地面に降ろした。
しかし、侯爵は降ろされたことも殆ど気づかなかったくらいに、フィオムの件について、考えていた。
……自分の素っ裸事件は良いのかよ。
「……フィアナ様の仕業、ですね」
侯爵は結論に至ったというように、一度頷いて、それ以外考えられないとフィオムにそのことを尋ねた。
「……私自身も、全てを理解しているわけではありませんが」
今のフィオムの回答は、フィオムがどういう経緯で女性であるのに男性として振舞っていたか、ということではないだろう。
その名前は以前、俺もフィオム自身の口から聞いたことがあった。
フィオムのお母さんの名だ。
フィオムが男性として振舞っているのは、このお母さんの意志が大きく関わっているって話だった。
背景にはリューミラル王国の政情が大きく絡んでいる。
女性は“ルナの加護”という特殊な力を得られる場合がある。
その分、王位につくよりは軍事の責任者についたり、あるいは政略結婚に利用されたりする傾向にあった。
その分相対的に、男性だったら王位に近い。
まあ場合によりけりだが。
そんな中、フィオムのお母さんは考えた。
フィオムには、自分で自分の好きな人を選んでほしい、添い遂げてほしい、と。
そこで一計を案じた。
フィオムが男性として、しかも他国からはあんまり魅力的に映らない人物として振舞えばいいんじゃないか、と。
「……フィアナ様は、大変優れた能力をお持ちの方でした。歴代の“ルナの加護”持ちでも随一の『惑わし』で――」
侯爵が過去を懐かしむように目を細めて、そう口にする。
……侯爵、フィオムのお母さんと面識あったのか。
話は戻って。
先ほど、俺たちが侯爵を背負いながら外に出ようとしていた時のことを思い出す。
あの時、普通にフィオムは女性の姿をしていた。
しかし、侯爵は全くそのことについて言及しなかったし、気にしてすらいなかった。
だが、ランドが来て、ランドがフィオムの性別について言及した。
その時に、初めて、侯爵はフィオムの性別について、認識した、という感じだった。
――まるで“フィオムが『女性の姿』で、なおかつ『性別の話題が上がる』ことがあって初めて、フィオムの性別について意識が行くよう誘導されていた”というように。
そうすると、このフィオムの性別を隠す、ということについては特段心配はいらないことになる。
先ず、今フィオムが女性の姿でいること自体が、この後すぐに修正できることなのだ。
フィオムが男性に見えるようにするだけで、そもそも性別を疑うという発想が出てこないからな。
この話が全て終わった後、彼女は直ぐにでも“ルナの加護”のある光魔法を使うだろう。
「――あの頃が王国は最盛期だった。クラウン家が柱となり、私たち貴族も、もっと純粋に、王国や民のことに気を配っていた」
「ですね……あの頃は、まだ、シオン姉様もいらっしゃった」
フィオムは、あまり表情を変えず、クロー侯爵が述べることに頷いている。
「そうでしたね。――シオン様の居場所、公爵ならあるいは知っているやもしれません」
「な!?」
フィオムの性別の話をしていたら、侯爵は、とんでもないことを口にしだした。
シオンの居場所――つまり、今行方知らずの第一王女で、腹違いだがフィオムのお姉さんだ。
ちなみに、勇者ダイゴ・ソノハラと懇意にしている第三王女のレドってのとも一応姉妹ではある。
「……それは、アレイア公爵、という意味か?」
俺は確認する意味で、念のため、そう問う。
「……ああ――おっと、勘違いしないでほしいが、私は別に自分の保身のために言ってるんではない」
クロー侯爵はどこか悟ったような表情で、そう前置きした。
今にも侯爵に問い質さんばかりのフィオムを、フレアが何とかなだめている。
そんな様子を眺めながら、侯爵は語りだした。
「今回、私はおそらく、本当にマズイところを、君らに救われたのだろう。流石にそこは履き違えたりしない」
「…………」
フィオム自身は、自分も助けてもらった内の一人だったからか、何とも複雑そうな顔をしていた。
だが侯爵はそれを見てはおらず、侯爵自身も複雑な心境を感じさせるようにしながら続ける。
「フィオム様は重々承知していらっしゃると思うが、私は所謂アレイア公爵派閥の一人として数えられている」
フィオムに、というより、この場にいる俺たち全員に聞かせるための前提を確認するように、侯爵は丁寧に述べていく。
「勿論私自身もそうだと思っている。ライトニング公爵のことを、自分のボスの憎き政敵だと認識していたよ」
そこはどこかお道化るようにして語る。
認識『していた』という風に過去形で述べる辺り、自分が今後の政争には参加できそうにないと悟ったような感じだった。
自分自身の認識に間違いがないかどうか確認する意味も込めて、俺は言葉にする。
「確か……ライトニング公爵はフィオムを推してるんだよな?」
「……はい。私にはその気はないのですがね」
フィオムが頷き、補足してくれた。
「今回、私がクロー侯爵の別荘へと赴いたのも、一応ライトニングの顔を立ててなんですよ」
クロー侯爵はフィオムの言葉に薄く笑う。
それは別にフィオムをバカにするという意味ではなく、むしろこうなってしまった自分自身を嘲笑っている、という感じだった。
…………なんか真面目そうな話なので、先ほどまでの素っ裸事件については掘り返さないが。
「入れ知恵ですか。なるほど……あの方らしい――それで、私や、アレイア公爵は建前はともかく、裏ではレド様を祭り上げようとしておりました」
……こうまで素直にベラベラとしゃべってしまうのは、大丈夫なのだろうか。
だが、俺の心配はいらないことだったらしい。
「……ですが、私を始め、全ての公爵傘下の者は、重要な部分については何も知らされません――本当に大事なことは、全てあの人だけが知っている」
ここが、一番重要な点だというように、侯爵はしっかりとフィオムを見据える。
「本当にシオン様をお探しになりたいのでしたら、アレイア公爵の元まで、辿り着かなければなりません――私のような小物で満足せずに」
それはただ単に物理的距離という意味で、公爵へと謁見せよ、という意味ではない。
おそらくちゃんと何かアレイア公爵を話の席につける材料を見つけてから行かないと、相手は応じないぞ、と侯爵なりにエールというか、ヒントをくれているようだ。
「……わかりました。――オルト」
「はっ、は!!」
フィオムは自分で自分に納得を付けるように目をつぶり、一つ頷く。
そして傍で様子を見守っていたオルトさんを呼んだ。
「侯爵の王都までの護送は任せます」
「は!! お任せください。その任、必ずや成し遂げます!!」
この話が終わった後のことについては、俺たちが侯爵を王都まで護送していくことになった。
その後のことはまだ決まってないが、そこは代理をしているオルトさんが中心となっていくだろう。
「今回、何が起こったかはの詳しい説明は、結局王都に着いてからの話になるだろう――それと……これは騎士諸君に言っておく」
侯爵は今度は少し遠い目をして、俺たちに焦点を合わせずに、忠告をする。
「――……アレイア公爵に限らず、“フォオル”にも気を付けることだ」
「……フォオルって、確か騎士団長様、だよね?」
今の今まで自分は外野だからと積極的に加わらなかったフレアが尋ねた。
まるで信じられないことを聞いた、というように。
侯爵は言い間違いでも何でもないというようにうなずいた。
「ああそうだ。君らの知っている、あの騎士団長様のフォオルだ」
わざわざ侯爵はフレアと同じように“様”と付けて反復した。
それがかえって嘘でも何でもないんだぞ、と言っているみたいに聞こえる。
「……仮に気を付けるべきでも、今、フォオルは魔王討伐の任に着いたばかりですよ?」
フィオムはフィオムで信じられないとばかりに、侯爵に反論するようにそう尋ねた。
それを受けても、侯爵は全く動じない。
自分の今後についてはもう完全に諦めたというか、悟ったようになっていた。
一方で、自分とは別の人物に対する忠告については、頑として譲らなかった。
その対比が、とても印象的で、何か不気味な感じがした。
「……私の認識が間違ってたらごめんなさい。――その騎士団長って、確か、養子で」
フレアも、俄かには信じがたいというように、おずおずと告げる。
それも切れ切れで、尋ねていることに少し自信がなさ気なのが窺えた。
「……あれは、私に御せるような器ではない。あいつの養子話も、元々は公爵から勧められたのだ」
「アレイア公爵が、あなたに、フォオルの養子話を?」
フィオムが信じられないとばかりに、今侯爵から出た話を繰り返した。
だが、もう侯爵は頷くことも、首を横に振ることもしない。
それが返って、今までの騎士団長に関する話を、強く肯定しているように感じられた。
オルトさんが移送の準備を進めるため、侯爵を連れてその場を離れていった。
俺たちはしばらく動けず、沈黙がその場を支配していた。
それを破ったのは、あの語られた衝撃とも言える話に直接関係がなかったフレアだった。
「こんな空気で言うのも悪いんだけど、私もあなたに言うことがある――ねえ、アイリさんやエンリ達にもう一度、会って。カイト・タニモト」




