精霊さん達マジですか!?
ふぅ~思った以上にやはり時間がかかってしまいました。
素直に申しわけないです。
「ちょっと待て!」
お楽しみの所非常に申し訳ないが、精霊達にはお遊びを一時中断してもらう。
『ほえ?』
『なになに?』
『それも何かの遊びー?』
「いや、違うけど……」
彼女達も中断させられたこと自体には特に憤りを感じるでもなく俺の静止に興味を示してくれた。
精霊にとっては何でもかんでも俺を始めとした人間のすることが珍しいのだろうか……
俺は頭の中で彼女達が演じていた寸劇の内容を整理して、一つずつ尋ねて行くことにする。
「その、今やってたのは皆が隠れていた時に見たんだよな?」
『そうだよ~』
『見た見たー!』
『ずわっち!! あははは~!!』
今の質問の何が面白かったのかよくは分からないが、次に行こう……
「見たのは……人間の子供が遊んでいたのを見た、という事でいいのか?」
『うん、そうそう!!』
『面白そうだったー!!』
『だからマネしてみたー!!』
何とも軽いな……
しかし、やはりそうか。
精霊達はこの町の子供達が遊んでいる様子を見ていた、そしてそれを面白がってマネして遊んでいた…
「ちなみに……皆がやっている遊びがどういうものか、知ってるのか?」
『え~? ぜんぜーん!!』
『カイトー、知ってるのー!?』
『何なのこれー!? 教えて教えてー!!』
教えて欲しかったのは俺の方なんだがな……
意味なんて分からずただただ面白そうだから、マネしたんだろうな……
とは言え、これは非常に貴重な情報だ。
どれだけ人の口に戸を立てようと、そういう所って隠しきれない部分ってあるよな。
子供なら尚更だ。
その演劇内容を吟味すると、どうやらヨミさんはただ単にこの町に訪れていただけではない。
この町の人々にとって大切な存在たるドラゴン達を守るために戦っていたのだ。
子供達にしてみれば正にヒーローというわけだな。
ただやはり信じられないと言うか、俄かには納得できないのは……
『ぐ、ぐおぉぉぉ!! き、貴様!! 一体どうやった!! どうやってこの最強の勇者である私を殺した!?』
『フッ、お前が知る必要は無い……負けたお前が知っていればいいのは、正義は必ず勝ち、悪は負けるということだけだ!!』
『く、くっそおぉぉぉ!!』
俺が話を聴き終えたためか、中断されていた演劇が既に再開されていた。
ヨミさん役の精霊はズタボロの体を引きずってはいるが、決めポーズとばかりに拳を空にかざす。
一方悪役の精霊は悔しそうに地面に手をついて叫び声を上げる。
役に入っているところ悪いが……
―死んだのにセリフあんのかよ……
まあそこは子供のやるごっこ遊びだ、仔細についてツッコミを入れるのは野暮ってものか(子供達がごっこの過程で削いでしまったのか、それとも精霊達がマネする過程で欠落したのかは分からないが)。
俺のような部外者が理解すべきところはこの演劇の大枠―つまり、俺が今必死で探している“ヨミさん”が『正義』として描かれ、そして概して『正義』として描かれる存在たる“勇者”が『悪』としてとらえられているという事。
ヨミさんの情報が出てきたという事自体にも驚きではあるが、謎だとされていた勇者の死が、もしかしたらその死がヨミさんによってもたらされたのかもしれない、という事にも驚きを隠せない。
この『勇者』は“今代”の勇者ではなく、“先代”―つまり、ユーリやフェリア、リンがクレイと出会う前から既に勇者として活動していた人物だ。
今代の3人の内2人は既に先日、フィオムやそのお付きであるウィルさん、そしてウォーレイさんと一緒に見た『ダイゴ・ソノハラ』と『ミズキ・タカマチ』だ。
もう一人については未だに情報は無いが、少なくとも今話題に挙がっている『ヨミさんが殺した』とされる勇者は“先代”であり、“今代”が3人、という情報には影響はない。
そしてきっかけ、とまで言えるかどうかは分からないが、少なくともこの勇者が生きていたら次代の勇者―つまり今代の勇者が選ばれることにはならないはず。
この先代の勇者全員がいなくなって(物理的にこの世界からいなくなる―つまり『死ぬ』か、隠居するかの区別はともかくとして)、初めて今代の勇者が選ばれる。
ただ、その『選ぶ』ということも一義的ではなく、今代の勇者二人に代表されるように『召喚』という事情が絡んでくる。
だから少々ややこしくなってくるんだが……
そう言えば……リューミラルは勇者を“2人”召喚しようとしたものの、実際に召喚できたのは『ダイゴ・ソノハラ』1人、ということだったな。
で、勇者の枠は今代は3人(それは、つまりユーリ、フェリア、リンの3体と対応関係にある、という事)……
要するに、召喚で選べる・呼び出せる勇者の数、というのは限界があるのかもしれない。
そう考えてみると、それも当たり前の様な気がするが。
だって、幾らでも数を召喚で賄えるのならどんどん召喚するに決まってる。
今回のリューミラル王国がそうしたように……
じゃあそれに伴って、完全にランダムに選定される勇者の数、というのも決まっているのだろう。
例えば、勇者が1人の代で、その1人が既にランダムで選定されているのなら召喚で勇者を呼び出すことは無理、みたいな。
逆に今回のことを考えてみると、先ず勇者の椅子は3つ。
そして(召喚で)呼び出せた数は2(『ダイゴ・ソノハラ』と『ミズキ・タカマチ』の二人だな)。
とすると、残りの一つはランダム椅子、という事になるな。
そう考えればリューミラルが2人召喚しようとして、1人しか呼び出せなかった、というのも一応説明可能か(この場合、要するに既に3つの内1つがセフィナによって埋められていたということになる)。
勿論単なる失敗、ということで片づけることもできるが……
『お、俺を殺そうと、第2、第3の悪党がいずれやってくる……そうなればドラゴン達は再び脅威にさらされるだろう……』
『そ、そんなことないのー!!』
『そ、そうだそうだー!!』
『わ、悪い奴等は負けるんだぞー!!』
……っと、ついつい考え込んでしまったが、今は過去の勇者とヨミさんのことについてだ。
精霊達の劇が進行しているのを見て、思考を元に戻す。
クライマックスに差し掛かって、寸劇を見守っていた精霊達の熱も上がって行く。
……ってか悪役の一人称『私』から『俺』に変わってるし。
そう言う細かいところは本当に適当なのね。
『確かに、悪い奴がこの世界から消えることは無いだろう……』
『え~~!?』
『そんなーー!!』
ヨミさん役の精霊のセリフに、観客の精霊達から悲鳴の声があがった。
『しかし!! 私がいなくても、町の人達と、ドラゴンさん達との絆の力がある限り、お前達悪党が栄えることは無い!!』
『そうだそうだー!!』
『悪い奴は消えろ―!!』
『ち、ちくしょぉぉぉぉ!! ―バタリッ』
『『『よっしゃぁぁぁぁ!!』』』
勇者の精霊が再び(?)死んだところで、その寸劇は幕を下ろすこととなった。
精霊達からは拍手喝采で大変面白い暇つぶしとなったのだろうが、俺にとってはまた最後に気になる部分を残してしまった……
―ヨミさんがこの町に留まって最後まで町を守る、という終り方ではないのか。
俺が想像していたのは『私がこの町にいる限り、町の人達やドラゴンさん達には指一本触れさせない!!』みたいにヨミさん自身が悪と戦い続けるという終幕だった。
だから俺の希望的観測としては、何らかの必要があって『地竜の咆哮』をソルテールから招集したのはヨミさん、つまり俺達騎士相手に裏で暗躍している人こそ彼女だ……そうだったらいいなぁ、と思っていた。
確かにその場合ヨミさん自身と俺達が相対していることにはなるが、この町にいてくれることにはなる。
だが一方で、精霊達が見た、子供達のごっこ遊びができる限り忠実に描かれているなら、ヨミさんはこの町にはいないことになる。
ヨミさんがいないという事実にも肩を落とすことになるが……
―そうなると……俺達は一体誰を相手にしているんだ?
『地竜の咆哮』のあの“ランド”というイケメンも何となく怪しい感じはする。
それにもう少しこの町の人々自身の口から出た情報が欲しいところでもある。
風の精霊と共にアイツを見張っているはずのミレアや、先程子供たちがいるという森に向かったレンに期待しつつ、俺は俺のやるべきことをやろうか。
ヨミさんがこの町にいるいないにかかわらず、今現在この町が隠していること自体がヨミさんに繋がらないとも限らない。
ヨミさんがいないとしても、この町にとって大切な存在たるドラゴンを守るのに尽力してくれたヨミさんに恩を感じて町の人々が行動している、という動機も考えられないでもないからな。
要するに今回『男装している女性達を匿っている』ということとの裏には『ヨミさんへの恩義がある』という事が言えればいいのだ。
そうすれば、まだ彼女へと繋がる糸は切れない。
折角新たに彼女へと続く情報が出てきたのだ。
そう言った視点から攻めて行った方が見落としもせずに済むだろう。
ハズレならハズレで、それでもいい。
問題があって、それを解決できれば町の人達の信頼を得られる。
町の人達がヨミさんと関係があったことは恐らく事実なのだ。
純粋に信頼を得て直接話を伺う、というだけでも前進ではある。
とにかく、今は他の家にも本当に男装した女性が匿われているのか、というのを確認するのが先だ。
俺は考えるために緩めていた歩を再び進め、町の家を総当たりして行った。
◇■◇■◇■
結果的に言えば、精霊達の言は正しかった。
つまり、初めに訪問したルドルフさん宅以外にも、男装した女の子を匿っている家が幾つもあった。
勿論全部が全部と言うわけでは無いにしても、全部で合計41人、それを一つの家で2~3人匿っているのだから、最早この町全体で匿っている、ととってもいいと俺は判断した。
その殆どは10代20代の女性―要するにまあ若い、という共通点があったのだが、中にはまだ10代にすら達していない幼女と呼んでも差し支えない女の子さえ男装していた。
フィオムのような王族じゃあるまいし、全員が全員どうして一貫して男装をしていたのか……まああまり良い予感はしない。
マンガやアニメで、女の子が子供の頃から家の事情(家が道場とか、父親が厳格で「女々しい格好などされてたまるか!!」というような人だとか)で性別を偽る、ということはまあ見ないでもない。
フィオムもどちらかと言うとそれに近いのかな。
だがこれは恐らくそもそもが違う。
彼女達は共通してこの町の人間ではないのだ。
訪れた家の中には、普通にその家の家族として(例えばその家の長女や次女などとして)俺と相対した人も少なくなかった。
であれば、もしこの町の人であるならば別に性別を偽ることなく堂々としていたはず。
恐らく、そこはもし町の住民だとして偽って押し通した後、俺達がきちんと調べれば先ず住民でないことがバレる。
するとそこからこの町の人々が隠そうとしていることがバレてしまう恐れが浮上する―だったら最初から真実通り、つまり他の町から来た人だという説明をしよう、という事になったんだろう。
……まあそれも俺達騎士が、この町全体が彼女達を匿っているという事に気付いたら、という事になるが。
ふむ……とすると『ラセンの町』の最近の支出が何故か急に増えていたのは……公にできない人々を匿うのにどうしてもお金が必要だったから、なのだろうか。
まあそれが全てだとは言わないが、少なくともその一因を成していることは有り得る話だ。
そして彼女達が男装していることと、そうしてまで匿わなければならない理由とがどういった関係性があるかは……今後調べて行く中で明らかにしていくしかないな。
「ん?―ああ、先輩!!」
「マーシュ様、どうも」
「おう」
ヤクモとライザさんの二人が、俺を出迎えてくれた。
町の広場とは言っても俺達以外に町民は勿論いない。
俺達以外に人がいるとすると、それは……
「ん、んん~……」
「リュートさんはさっきまでは頑張ってたんですがね~」
「申し訳ありません……オルト様が去られたのち、即……」
寝ちゃったんだね。
「それはまあ……仕方ない」
「はい、ところで先輩……レンさんはどうしました? 姿が見当たりませんが」
ヤクモは背伸びをしながらも俺の後ろを覗きこんでそう告げる。
「それは……ってか、そう言えばそっちもオルトはどうした? さっき“去った”と言ったが……」
「それは……ですね……う~ん」
ヤクモは言い辛い、と言うよりは何を言うべきかを迷っているように顎に人差し指を当てて考え込む。
だが直ぐにそヤクモの思考は終了し、俺に一先ずの返答が返ってきた。
「とりあえずお互い現状報告と行きましょうか。―先ずライザさんからお願いしても良いですか?」
「はい、畏まりました」
「先輩も、それでいいですか?」
「ああ、それは構わないが……」
いつになく真面目に取り仕切るヤクモに少々面食らう。
ま、メンバーがメンバーだしな。
俺をちょこちょこといじってもそれをライザさんが収拾してくれるとは思えないし……
「それでは……―先ずミレア様が先程一度戻っていらっしゃいました」
おっと……
逸れていた思考を修正し、ライザさんの報告を聴くことに集中する。
「そうか……あいつは何て?」
「ミレア様が主に監視していた“ランド”という男が一度、町の外に出たようです」
「町の外に、ですか?」
「はい、他の団員は彼を外に出すために私達を出し抜こうと色々と画策していたようですが……」
「……まあミレアさんにはあまり意味はないでしょうね」
先を告げる言葉を詰まらせたライザさんに対して、ヤクモが捕捉を入れる。
俺はヤクモやレン、それにミレアにしかまだ教えていないが、ミレアが『精霊魔法』を使えるという事は一応第10師団内の上位の人達にとっては周知の事実ではあるからな。
一方でどれだけ連携が取れているクランだとしても、その中に『精霊魔法』を使える者がいないとミレアのやろうとしていることを防げるものは原則としていないことになる。
この町に来た時にざっと鑑定はしたが、エルフや妖精族なんていなかったし、まして『精霊魔法』を使える者なんて皆無だった。
ミレアは主に風の精霊を使って対象を監視していたんだ、ミレアがどうやって監視しているかを知る者すらいないのではないだろうか。
「―それで、その後は?」
「その後は、“ランド”さんは外にいた地竜と接触し、そしてまた町の中に帰ってきたそうです」
「ああ~そう言えば外にいましたね、ドラゴン」
「ああ、あれ、アイツのドラゴンだったってわけか」
「でもそうなると……その後のドラゴンってどうしたんですかね? そのランドさん本人は特にその後何も無く戻ってきたんですよね?」
「そうらしいな」
「となるとドラゴンが何かしら意味を持ってくるわけですが……そこのところは?」
「はい、おっしゃる通り、地竜が町を離れ、山へと向かったそうです。具体的にどこかはまだ特定できていないので今もミレア様が追跡中、とのことですが……」
「ふ~む……この辺りの山、となるとそれは“竜の碑石”位しかありませんが」
ヤクモが言ったのはあれだ、前の領主の際に現れた竜の親のための墓石を山に建てたって話だ。
「まあそこに向かったとみて良いだろう。詳しくはミレア待ちだな……」
「はい。―では次にボク等の報告ですが……ぶっちゃけ成果なしです」
「え゛」
「ちょっ、先輩、素で驚かないで下さいよ!!」
「あ、ああ、いや、スマン」
一切悪ぶれること無くサラッと言いよったことにも驚いたが、むしろあの真面目さの塊であるオルトさんとハイスペックなヤクモが組んでおきながら何も成果がない、という事にも驚いた。
やっぱり前回リュートさんの部下が一度来て調査しても、新たに得るものが無かった、というのが普通なのだろうか。
俺やミレアが使う『精霊魔法』が極端に情報収集能力が高いだけで……
「だって仕方ないじゃないですか~オルトさん、“調査の基本は足だ!! 足で調べるぞ!!”とか言って闇雲に歩いちゃいますし、それを修正しようとしたらしたでウォーレイさんが来ちゃってそれどころじゃなくなっちゃいましたし、仕方なかったんですよ~」
あれ?
「え? ウォーレイって……」
「ああ、先輩にはまだ言ってませんでしたけど、先輩と離れて調査してる時に、ウォーレイさんが突然来たんですよ」
「え? 村一つ分距離あったよな? 本当に走ってきたのか?」
「はい、そうみたいですよ? 若干息切れはなさってたようですが」
マジか……
「何かあったら一っ走りする」って言ってたけど……
冗談かと思ってた。
「でもウォーレイが来たってことは何かアルセスと調べてた村で緊急事態が起きたってことだよな? ―一体何があったんだ?」
「今正にそれをオルトさんに話してるんですよ。でも、ウォーレイさんもあまり何が起こっているかは把握していらっしゃらないようで……」
「具体的な問題がどう言う事かは分からないまでも、このまま放置するのはマズイ、という問題があったというわけか……」
本当にこの町にいると、色々と問題事が舞い込んでくるな……
もしかして、そのウォーレイさんが持ってきた問題って言うのもこの町のことと絡んでたりして……
面倒くせぇ……
問題が多すぎる。
一つずつ地道に解決していくしかないな。
はぁ……
「分かった。それもまあウォーレイとオルトの報告待ち、だな。―じゃあ俺達の方から報告を……」
と思ったら―
『カイトー!!』
『大変だよー!!』
「ん? ―っと」
突然声が聞こえたかと思うと、どうやらレンについていてもらった精霊達だったようだ。
これ、毎回毎回ビックリすんだよな……ああ、いや、突然現れる、という意味では無くて俺以外に声が聞こえていないということをできるだけ隠さなければ、って方向でだな。
俺は一先ず、頭を落ちつけて何が大変なのかを聴こうとしたのだが……
『レンレンが大変なんだよー!!』
『大変なんだよー!!』
『周りを囲まれちゃって、沢山の男にーー!!』
『囲まれちゃってーー!!』
「!?―っ!!」
「せ、先輩!?」
「マーシュ様!?」
「すまん、二人とも!! レンに何かあったみたいだ!! 行ってくる!!」
どうして突然そのことを知ったのか、という説明をする時間も惜しい。
俺は直ぐさま森に向けて駆けだす。
すると―
「先輩!!」
「何だ!? 今は時間が―」
「ボクも行きます!! 場所は!?」
ヤクモが駆けだした俺に即座に追いついて、一緒に森を目指してくれる。
「スマン!! 森だ!! ―ライザ、悪いがちょっと離れる!!」
「オルトさん達が来たら言っといてください!!」
俺とヤクモは後方離れた位置にいるだろうライザさんに向かって叫ぶようにして告げる。
「は、はい!! 畏まりましたー!! お二人ともー、お気をつけてー!!」
ライザさんも俺達に聞えるように普段は使わないような声量で返してくれた。
ありがたい。
「―先輩、それで、レンさんに何が? 精霊、ですか?」
ヤクモも走りながら、いつになく真面目な様子で俺に聴いてくる。
「ああ!! 何でもレンが周りを男に囲まれているらしい!!」
「ッ!?―野盗か何かの類でしょうか……」
「かもしれんが、具体的なことは分からん!!」
レンの強さなら野盗程度であれば、そもそも囲まれる前に倒してしまえると思うんだが、精霊達は戦闘の様子なんかは俺に告げずに『囲まれている』と言った。
という事は、レンが戦闘することを選択せずに、囲まれているままでいる、ということになる。
町の子供達が一緒にいるから戦えない、とか?
「皆!! 一体どういう状況なんだ!?」
俺はヤクモが傍にいることを気にも留めず、状況を報告してくれた精霊達に尋ねる。
だが―
『レンレン、囲まれて大変なんだよー!!』
『大変なんだよー!!』
『男が周りに一杯!!』
『一杯一杯!!』
こればっかりだ。
くそっ!!
「先輩、とりあえず急ぎましょう!!」
「ああ……」
ヤクモに促され、精霊への状況確認は終わりにする。
そして更に速度を上げて現場へと急行する。
変なことになってなければいいが……
■◇■◇■◇
「おい、お前!! 俺のお嫁さんになれよ!!」
「いいや、僕と結婚してくれ!!」
「お姉ちゃんは僕と結婚するんだ!!」
「え、ええとボク……」
森へと辿り着いた俺達が、武器を手に取る、なんてことにはならなかった。
その場で俺達が見たのは、同年代、若しくはそれ未満の男の子達に囲まれて珍しく狼狽しているレン。
「先輩、これって……」
「言うな、単に俺と精霊の意思疎通の問題だ……」
結論から言おう。
危ないことにはなっていないが、変なことにはなっていた。
『ねー!! 言ったでしょー!!』
『レンレンが男に囲まれてるー、って!!』
「ああ、確かに間違っちゃいないが……」
情報を提供する際には細部についてももう少し質を要求させて欲しいものだ。
精霊達とは後で心の通じ合いについて詳しくお話しするとして……まあとにかく。
子供達を人質にとられて、レンが薄い本で良く見られるような展開を要求されている、みたいな状況じゃなくて良かった。
状況を見るに、町の男の子たちが外、具体的にはこの森の中に出て遊んでいたという情報は正しかったようだ。
そこにレンがやってきたところまではいいが……
「レンってかなりモテるんだな……」
まだ幼い子もいるが、顔だけで言うなら悪くない男の子たちがちらほら見受けられる。
その子達から揃って言い寄られているというのは、レンが少なからず彼等にとって魅力的に映ったからだろう。
天使の里でのレンの不遇な扱いを見ている分、俺にとってはこの光景は何とも言えない感情が芽生えてくる。
子供とは言え、こういう風にレンを正当に評価してくれる人たちがいることを嬉しく思う反面、彼等が、レンは本当は天使であって、そしてそのことで色々と辛い思いをしてきた、という事を知ったらどういう反応になるのだろうかと不安にも思う。
「何を今更……」
隣で共に事の次第を見守っているヤクモがあきれたような声で呟く。
「レンさんは容姿もとても可愛らしいし、性格も優しい女の子です、気も利きますし、言う事ないじゃないですか」
「いや、それはそうなんだが……」
「先輩はもっと自覚すべきなんです。そういう可愛らしい女の子皆が先輩のことを慕っているということを」
「ヤクモ……って言っても皆が皆そうじゃないだろう。レンはそうかもしれないが……」
そう言うと、明らかに不満そうにしてヤクモは頬を風船のように膨らませて行く。
「ぶぅー、先輩はとうへんぼくさんです……」
「ああ?」
曖昧な言葉を先に使ったのはそっちだろうに……
「じゃあ今のうちに買っておいてください!! ボクを買っておくと、何とユウさんやオルトさん達も付けます!! セットで大変お買い得です!!」
「お前、それ勝手に決めちゃあダメだろ……」
「ぶぅ~。それはあれですか? ユウさんをつけても、おまけですらボクを買いたくないということですか? 自信無くしますよ……」
「いや、そう言うわけじゃなくてだな……」
「あのね、だからね、ボク……もう好きな人が……―あっ!! お兄ちゃん!! ヤクモお姉ちゃんも!!」
周りから言い寄ってくる男の子たちの対応にあくせくしていたレンが、俺達に気付いた。
それに合わせて俺達の会話も一時中断なわけだが……
「先輩の……全身鎧」
聞えるようにして呟かれる。
お前、まだそれを悪口として持ってくるか……
「誰だ?」
「今、レンちゃんが“お兄ちゃん”って……」
「“お兄ちゃん”? それって……」
彼等は一瞬ヤクモも視線に入れたが、『お兄ちゃん』と言うセリフと合致せず、今焦点となっている問題とは関係ないと判断したのだろう。
男の子たちの視線は一手に俺に集中する。
ふーむ……子供とは言え数があるからな。
あまり多くの視線に晒されることは面白いことではない。
レンが間を縫って俺の下に駆けより、笑顔で腰元にしがみ付くと、一層その視線の鋭さは増す。
中には舌打ちするものまで……
その表情からは「その笑顔を向けられていいのは俺だけなんだ」という怒りがありありと伝わってくる。
仮に百歩譲ってそうだったとしても……今度はお前等の中でも争いが起こるよ?
「お前……レンちゃんの何なんだよ」
男の子のリーダー格と思われる少年が物怖じせず俺に話しかけてくる。
ちょ、面倒くさいから喧嘩腰止めろって。
「俺か? 俺は……」
「お兄ちゃんはね!! ボクの一番大切な人なんだ!!」
ちょ!?
レン、それは本当に嬉しいんだが……
「レンちゃんの!?」
「一番!?」
「大切な人!?」
子供達の間に雷が落ちたような衝撃が駆ける。
レン本人の口から出た言葉だからだろう、相当ショックなようだ。
だが、そのショックは俺へと矛先を変え……
「こ、こんな奴のどこがいいの!? だって全身鎧だよ!?」
「先輩、全身鎧ですって……」
うるせぇ。
ニヤニヤと耳打ちしてくるヤクモは無視する。
ってか全身鎧って本当に悪口なんだね。
「そ、そうだそうだ!! そ、それにどうせ根暗なんだぜ!! 友達だって碌にいないに違いない!!」
他の男の子たちも、レンの言葉を否定したいためか、必死になって最初の男の子に同調する。
くそっ、ほっとけ。
憶測のくせに核心ついてくんな。
「女の子とだって、どうせ顔見て碌にしゃべれないんだぜ、コイツ!! きっと手の繋ぎ方だって知らないんだ!!」
うるせぇ、そ、そんなもんハワイで親父に習ったし!!
ボッチと接する時は視線を合わせず、一定以上離れてから接してくれよな!!
……近いと挙動不審になるし。
「鎧兜なのも、どうせ目が死んでるからだ!! きっとコイツのトラウマは『死んだ魚の目みたいだね』って言われることなんだぜ!!」
お前ら、いつ俺の過去を盗み見た!?
さては思念系統の能力者か!?
あれだぞ、何でもかんでも『死んだ魚の目みたい』って言えば俺の陰湿さが極まると思ったら大間違いだからな!?
きっと『手が冷たい人は心が温かい』みたいに『目が死んだ魚みたいな人は心の奥底に熱い信念を持っている』っていう真理を突いた言葉の遠回しな言い方なんだよ!!
だから俺は単に目が死んでるだけじゃないからな!!
「あの、その、谷本君。目が死ん…疲れているようだけど、宗教とか、神の救いとかに興味ないかな?」なんてクラスメイトに言われたこと無いからな!!
くっそ……お前等覚えてろよ!?
俺がデスノ〇ト拾った暁には、真っ先に名前書いてやるからな!!
死神の目とかいらないし!!
『鑑定』使ったからもう名前知ってるし!!
うぅっ……
「―お兄ちゃんのことを、悪く言わないで!!」
そんな子供相手に精神的に痛めつけられた俺を庇うように、レンは男の子たちに対して声を荒げる。
レン……
「お兄ちゃんは確かにあんまり女の子と接することに慣れてないけれど、それでもボクが一番辛いとき、助けてくれたもん!!」
「レ、レンちゃん……」
「お兄ちゃんはとっても優しい人だもん!! だから、お兄ちゃんのことを悪く言う人は、ボクが許さないから!!」
レンに凄まれて男の子たちは言葉を失う。
と言うか、血が引いたように顔面が青白くなる。
そうだよな……この年頃の男の子だと、好きな女の子に嫌われたりしたらショックだもんな。
その気持ちは俺も分かる。
好きな女の子かどうかは別として……女子から嫌われるなんて虐められると同じくらい男子が学校に行きたくなくなる理由なのではないだろうか。
俺も……幼馴染やその親友と色々とあったしな……
レンのおかげで心が温かな気持ちで包まれたように呆けていると、一人のリーダー格の男の子が、拳をブルブルと震わせていた。
そして、俯き、レンと顔を合わせることができないままでも何かうわごとのようにして呟く。
「……だって、だって」
「ん? なんですか?」
今迄事の仔細を見守っていたヤクモが声をかける。
すると、彼は感情が爆発したかのように……
「だって、そいつ!! 男の騎士だろう!? ヨミさん言ってたぞ!! 『自分は、男の騎士の人達に、捕まえてもらわなければならない』って!!」
「な!?」
「えっ!?」
突如として思っても見なかった展開になり俺だけでなくヤクモも驚きの色を隠せない。
「こうも言ってた!! 『それも、絶対に誰も助けに来ないような、そんな牢獄に……連れて行ってもらわないと、繋いでもらわないと』って!!」
色んな感情が渦巻いて、暴れて、爆発して……彼は頭の中で発する言葉の整理など全くできず、思い浮かぶままにぶつけてくる。
「お前が!! ヨミさんを!! 連れて行ったんだろう!! ヨミさんは何も悪くないのに!! 俺達を助けてくれるために勇者と戦っただけなのに!! それに、レンちゃんまで連れて行くつもりか!!」
ヨミさんのこととレンのことがごっちゃ混ぜになっているが、誰も彼の感情が爆発するに任せて飛び出る言葉を止めはしなかった……
最近はドラマも始まってますしね、ネタも盛り込んでみました。
ちなみに私はトラウマまでは行きませんが初対面で「目つきが悪い」「怖い」「何人か殺ってる目」とかよく言われます。
次は多分水曜日辺りですかね。
そのお話で大体問題の全体が概観できるかな、と思います。




