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ミレアの様子が……

再び大変長らくお待たせいたしました。

カイト君の修行パートです。

とは言えこの一話で終らせたかったため……ハッキリ言って今迄で一番長いです。


ストーリー的にはあんまり進んでないのにこの長さ……書いてる方も疲れました。


皆さんもご注意ください。


あと、長いから、というわけではありませんが今回のお話が一番ネタをブッ込んだお話になっていると思います。


後半で色々と出てきますので箸休め程度に楽しんでいただければ。

恐らく一つ位は知っているネタがあるのではないかな、と思います。

『ラセンの町』へ出発してから2日が過ぎた。


距離があるとは言えこの行軍は少数精鋭なので、進む中出くわすモンスターに苦労することも無く、そのおかげでこの2日の間、大分進んだはず。


オルトさんが言うには、あと1日も歩けばウォーレイさんとアルセスが任務に就く村が、そしてそこから更にまた1日行くと目的の町―そう、『ラセンの町』へと辿り着く。



そこでSランク冒険者であるヨミさんの情報を調べる。

また、出来ればフィオムの親友だった女の子についても何か分かれば……


ヨミさんについてはこの町に寄った、という情報だけしかない訳だが、一方で“大賢者の遺産地”と言うペナルティーがある町、ということをそこに加えると……途端にこの町に何かあるのではないかとの疑いが出てくる。


そして更に、この町では他にも『先代の勇者の死体が上がった』なんて臭う話まである。


この2つは普通に考えれば何の因果関係もない別個の事件か出来事のように思える。



……ただ、怪しいことが2つ重なればそれは偶然なのだろうか、と引っかかりを覚えるものだ。


この引っかかり・疑問は大切にしなければならない。

例え最初の想定通り、この2つが別々の事象だとしても、この町『自体』に対する疑いが新たに浮上する。


それを突き詰めて行けば、いつか真実が……





とか言っとけば……何かまともな推理っぽいかな。


彼の有名な西の高校生探偵もこのようなことを積み重ねて事件を解決へと導いていたのだろうか……





―とまあそれは置いといて……


フィオムの親友の女の子は、確か元は『ラセンの町』の領主をしていた人の娘さんだという事だった。

弟もいるそうだ……ふむ、あまり情報が無いな。


でもまあ前の領主さんのことならちょっと位……何か情報が現地に残っててもおかしくはないと思うんだが。


そしてそこから娘さんへと……と言うのが理想だが。

……ただフィオムもフィオムでバカじゃない。


王子……いや、王女としての素質・能力共に秀でてはいるんだ、それに自分の国の領地についての情報なんてアイツが調べようと思えば調べられたはず。


そしてアイツは色々と調べたと言っていた……でも親友が約束の場へと来なかった理由は判明しなかったのだ。




出来るだけ早くその女の子を見つけてあげたいのは山々だが……ヨミさんと同じく、長い闘いになるかもな……


◇■◇■◇■


「ではな、何かあったらリュートから使いを出してくれ。こっちで何かあった時は……私がいつもみたくひとっ走りしよう」

「分かった。ウォーレイの身体能力なら直ぐだろうし……うん、それと、アルもしっかりね!」

「いや、それはこっちのセリフ……―ライザ、リュートのこと、しっかり見てないとダメだよ?」

「はい、お任せください。アルセス様」

「ちょ!?」



特に何事も無く進み、ウォーレイさんとアルセスはここで一時お別れとなる。

二人が任務に就く村へと到着したのだ。


本来ならそれぞれの隊の隊員を率いて任務にあたる訳だが、今回は少し事情が違う。


冒険者を雇う余裕のない村の近くに巣食う盗賊退治や、村ぐるみでの租税の隠匿を摘発するなど、特に大きなことをしないといけない訳ではないが、かと言って末端の隊員に任せられるものでもない。


まあ他にも細かい理由は挙げられるだろうが、要するに一番能力のある二人がサッと行ってサッと終わらせようと言う話なのだ。




「―じゃあね、マーシュ、レン。私、頑張ってお仕事直ぐに終わらせるから!!」


アルセスはクリクリとした可愛らしい目を輝かせている。


「うん!! ボクも頑張るから、アルもね!!」


そこでレンは、アルセスと両手を繋ぎ、互いにこれからやらねばならないことに向けて鼓舞し合う。


近しい年であるレンとはしゃいでいるその姿は実に年相応に見える。

それだけでもアルセスは満足げなのだが、俺にも何か言葉はないのかと視線を向けてきた。


「おう、こっちのことはあんま気にせず、自分のことに集中して怪我無くしっかりやってこい」


どれだけアルセスがその愛らしい見た目と異なり、大人の背丈以上もある大剣を操る実力者だとしても、この年の子なら、怪我無く過ごすことが何よりだと思う。


「分かった!!」


本人もそれで納得したのか、嬉しそうに大きく頷いてくれる。


「―では、行こうか、アル」


一連のやり取りが終わるのを見守っていたウォーレイさんの言葉を受け、アルセスは俺達から離れて行った。

そしてこちらに手を大きく振りながら先に村へと入って行ったアルセスを、ウォーレイさんが「やれやれ……」と言った風に後を追って行った。



「……ふむ、では私達も行くか」

「ああ」



こちらも、二人を見送って、オルトさんを先頭にして再び『ラセンの町』に続く道へと足を進めて行った……




◇■◇■◇■



「…………」



ん~……



「…………」



ん~~……



「…………」



ん~~~……



「先輩、先輩」

「んー?」


暗くなり始めた道中、俺の思考を中断させる呼び声がかかる。


「ちょっとミレアさん、いつに増して静かじゃないですか?」

「あ~……やっぱお前もそう思うか?」


ヤクモの疑問は今正に俺も考えていたことなのだ。

先頭を歩くオルトさんは偶にヤクモにからかわれつつも黙々と先を歩いてはいる。

ただ、そもそもオルトさんはペチャクチャと話しながら―みたいな人ではない。


一方でリュートさんやその副官であるライザさん達に話を転じると、ワーキャーと騒ぐリュートさんをライザさんが窘めるというある種いつも通りの光景が繰り広げられていると言えよう。



―で、だ。


「…………」


あの口を開けばリュートさんに引けを取らず騒ぎ立てるミレアが、王都を出た時よりほぼだんまりなのである。


食事や野営の準備などコミュニケーションんを否応なく求められる際には「はい」とか「ありがとうございます」だとかいう受け答えはちゃんとするのだが、それ以外だともう閉じた貝殻のように口を開かない。


「ミレアお姉ちゃん……何かあったのかな?」

「う~ん……普段やかましいミレアさんにこうも静かにされると、普段鬼のオルトさんが可愛こブって縮こまる位に面倒臭いです……」

「おい」


オルトさんの声がかかる。


「おや、どうかしましたか?」

「何が『どうかしましたか?』だ!! しれ~っと何事も無かったかのように!! ヤクモ、貴様―」


どこから聞き付けたのか―……いや、そもそもオルトさんが聞き付けるようヤクモがわざとそのような調子で言ったのだろう。


「そうやって直ぐに怒るから、周りから“鬼”呼ばわりされるんですよ~」


怒らせた側の言い分とは言い難いことを平気でのたまうヤクモはオルトさんの伸ばした手をヒョイと躱す。


そして彼女から逃げるようにして走り始めた。


「あっ、コラ!!」

「せんぱ~い、レンさ~ん、ボクはこれから鬼ごっこのようですので、そっちはお任せします」

「この、待てー!!」

「おいおい、鬼ごっこって……」

「えっと、うん、分かった!!」


からかいながらオルトさんから逃げるヤクモの顔の楽しそうなことと言ったら……


はぁぁ……




俺とレンは、追いかけっこを始めて走って行ってしまった二人を一先ず放置し、リュートさんとライザさん達の下へと向かった。


―どっちみちもう暗い、今日はここらで野営だろう。


駆けて行ったヤクモも、まあそのことを理解してなかったらあんなことはしない、か。



道中に宿泊するための施設か、それでなくても小屋か何かがあれば良かったのだが生憎と、今回の目的地までそのようなところはない。


強いて挙げればウォーレイさん・アルセスの二人と別れた村に泊まってから『ラセンの町』へと向かう旅人もいるようだが、俺達はそうはせず、先を急ぐことを選んだ。


少数精鋭とは言え隊長格がこれだけ一気に抜けるのだ、王都にシキさんが残っているとは言えできるだけ早く事を運びたいという気持ちも少なからずあった。



……と、言う事で、主にライザさんと相談して俺はレンや他についてきた隊員たちと野営の準備を進める。


その中でもミレアは必要なことだけを口にして、それ以外は手だけを動かしていた。



まあ丁度いい、この準備が終わったら少し話を聴いてみるか……




◇■◇■◇■




野営の準備自体はリュートさんが呼び出した寵姫の力もあり、直ぐに終わった。

見張りも彼女達が主に務めてくれるので夜に起きている必要があるのは大体1~2人以内で済んでいる。



ヤクモとオルトさんはただ単に追いかけっこに興じていただけでは無く、ちゃっかり薪なんかも拾って帰ってきては、ライザさんと明日以降のことについて話し始めた。



これは、ミレアのことは俺達に任せるということだろう。




ちなみにリュートさんは……



「ねぇねぇ、ユウはリュートのナイスバディにメロメロ~?」

『うん、勿論!! 僕はリュートのいやらしい体だけで朝昼晩何回でもイケるよ!!』



自分の世界に入っていた。



だから、ユウさんそんなゲスじゃねえよ……





「…………」




ミレアは、準備を終えて腰を下ろし、中央にある焚火をただただ眺めていた。

やはりその瞳・表情にいつものような元気はない。


う~ん……何か悩んでいる事があるのは明らかだが、果たして俺達の手に負えるものだろうか……




俺とレンは、顔を見合わせ、互いに頷いてミレアへと近づいて行った。



「―ミレアお姉ちゃん、隣いい?」

「―よう、ミレア、傍いいか?」

「へ? ……レンさん、マーシュさん? ―えっ、ええ!! どうぞ!!」

「うん、ありがとう! ―よいしょ」

「ふぅ……」



ミレアから許可も得たので適当にその場に腰を下ろす。

突然のことにミレアは驚いた様子で、腰を落ち着ける俺やレンを交互に見ながら軽く狼狽している。


リュートさんではないが、本当に自分の世界に入り込んでいたようだな……



「ぁっ……ぅっ……」


何か俺達に告げようとはするものの、それが言葉になることは無く飲み込まれる。

そしてそのまま話しかける以前のように黙り込んでしまった。


これは……結構重傷、か?


「―あの、ミレアお姉ちゃん……」

「は、はい!! 何でしょう!?」



レンがまず最初に切り込んでくれる。


「何か……悩み事?」

「え!? ―その、えっと……」

「ミレアお姉ちゃん……ずっと元気無さそうだったから、何か悩み事でもあるのかなって」

「レンさん……」


ミレアは真剣なレンの言葉を受け、胸の前でこぶしをキュッと握りしめる。


「…………」


俯かせている顔を僅かに上向け、ためらいがちに俺とレンを交互に見てきた。

ふむ……


「何かあるのなら話位聴くぞ? とは言え悩みは人それぞれだからな……確実に解決してやれるとは言えないが、少なくとも一緒に考えてやることはできる」

「マーシュさん……」

「ここまでは殆どの戦闘をリュートやライザが担当してくれたが、本来の目的―『ラセンの町』についてからは何が起こるかはまだ全く分からない」


王都を出発してからは確かに幾度かモンスターとも出くわし、戦闘になった。

だが、俺やミレアが何かするまでもなく先程別れたアルセスや、ヴァンパイアであるリュートさんやライザさんが積極的に働いてくれたのだ。


「だから迷ってることや悩んでることがあるなら今のうちに吐き出しとけ。その時になってうじうじされたら敵わん」

「うん!! ミレアお姉ちゃん、ボクもお兄ちゃんも、ミレアお姉ちゃんの力になるよ?」

「マーシュさん……レンさん……お二人とも……」



ミレアの目尻に雫が浮かぶ。

それとともに、微かに彼女の唇も震え……



「わたくし……わたくし……」



今迄シア達を初め色んな問題を聴いて来たのだ。


多少なりとも人生相談には慣れている。

妹相手じゃなくても人生相談位、やって見せる。

さあ、来るなら来い!!



声も震わせながら、彼女は少しずつ、少しずつ言葉を……










「その、わたくし……今回、人形パペットを持ってきていませんの」







「「……は?(え?)」」






予想外の告白に、俺もレンも、間の抜けた上ずった声で聴き返してしまった……




◇■◇■◇■



「……要するに、大枚はたいて買った新たな主力―竜の人形パペットをヤクモにボコボコにされて使い物にならない今、他に使える人形が無い、と」

「…………ぅぅ」

「はぁ~~~」


申し訳なさそうに縮こまるミレアに思わずため息が出てしまう。


レンも態度にこそ出さないものの、もう少し重たい話が来ると予想していたのだろう。

ミレアと俺に視線を行き来させつつ苦笑いを浮かべている。





ミレアが告白するには、勿論その竜の人形を買う前に主力にしていた人形は存在したものの、任官試験の際レンに大敗を喫したことを切欠に、使う事を止めていたのだそうだ。


そして、ヤクモの操る刃にズタボロにされた竜の人形を修理するのは存外金がかかり、元々この人形を買う事自体に多くの金を費やしてしまったために修理費を捻出することに苦労した挙句……



「はぁぁ~~~だからって人形全部担保として置いてくることは無いだろう……―お前、自分が一つの隊を預かる隊長だって自覚あるのか?」

「う、うぅぅぅ……」

「ま、まあまあお兄ちゃん……」


俺が言葉を紡ぐごとに何だかミレアが縮んで行くように感じる。

それを見かねてレンも助け船をと仲裁に。


別に怒っているとかそう言うわけでは無いんだが……


まあ、本人も気にしてるからこそ今迄言い出し辛かったんだろう。

ヤクモとの口論でも、尊敬するユウさんから隊を任せられていることに責任を持っているようだった。

……だからヤクモの挑発にも簡単に乗ってしまったとも言えるが。




「はぁ……ま、過ぎたことをとやかく言っても始まらん。―ミレア、お前、人形パペットを操る以外にも魔法は使えるんだよな?」


鑑定を使ってそのことは確認済みだが、知らない体で進めないといけない。


話を替えてやると、ミレアはあからさまに安堵したように表情を綻ばせて食いつく。



「は、はい!! わたくし、本来は魔法を使った後方からの支援の方が得意なのですわ!! 何と言っても『精霊魔法』を使えますもの!!」


さっきまでの萎れ具合がまるで嘘のようにミレアは胸を張って快濶に述べる。

はぁ……ただ後ろめたかっただけなんだな……


「わたくし、『フェールジア王立魔法学園』を首席で卒業しておりますの!! ですから、魔法に関しての実力は折り紙つきですのよ!!」


本当に自信満々に述べるその様子は逆に見ている方も清々しいくらいだ。

ただ、『精霊魔法』という聞き慣れない単語に頭の上で疑問符を浮かべるが、そこでは無い部分についてレンは尋ねた。



「えーっと……得意なんだったらどうしてそれで今迄戦わなかったの?」

「そ、それは……」



レンの疑問も、もっともと言えばもっともだが……




俺は、レンの質問に再びまごつき出したミレアの様子を見て、何となく事情を察する。





ミレアは、Sランク冒険者であるグリードと親戚関係にあること……

周りは、彼と自分を比較して見下していたこと……


そして『精霊魔法』という聴くだけで特別なものだと推察できる魔法を初めとした、本人もこれだけ自信がある魔法を使わず、詠唱が必要ない人形使いをしている理由……







「……前衛陣はしっかりしてるんだ。レンも、ヤクモも、オルトも、そして俺もいる。心配なくぶっ放せ」

「え? あの、その、そう、では……」


ミレアが自分の意図はそうではない、と言葉を選びながら否定しようとする。

俺もそれは分かっているので、それを示すために頭を振る。


「ああ、そう言う意味じゃない。今言ってるのは今回の編成の中でのお前の役割をしっかりとこなせ、って話だ。―お前、魔法には自信があるんだろ?」

「え? あの、はい……」

「だったら後ろから魔法でどんどん俺達を援護しろ。―今回は総隊長代理だって一緒なんだぜ?」

「あ……」

「あー……」


そこまで言って、ようやくミレアは漠然とではあっても俺の言いたいことを理解し出したらしい。

レンもレンで、自分で納得できるところがあったようだ、後は俺に任せようと完全に聴く姿勢に入った。


「活躍すればオルトはそれをしっかりと評価できるやつだ。端的な話、アイツがお前をできる奴だと認識すればそれは本来総隊長であるユウにもいずれ伝わるだろう」

「ユウさんにも……」

「ああ。それで、お前の活躍の場が増えることになれば、結果的にはお前が目指すところにも繋がるだろう」

「わたくしをバカにした者達を……見返せる」

「ま、それはお前次第だ。―どうだ、お前は自分のお得意の魔法を使えて最終的には目標達成にも近づける。……何ならおまけに親愛なるユウへの評価アップだってついて来るぞ?」

「…………」


ありゃ?


即答で「わたくし、やってやりますわ!!」とか息巻いてくるのかと思ったが……


ミレアはそこで何故か頬を赤らめて俯いてしまう。



「……ズルい、ですわ」

「あ?」


僅かに上目遣いをして俺を見てくる。


「マーシュさんはいつもいつも……本当に、おズルい方ですわ」

「……何の話だ」

「……お兄ちゃんはいつも通りだね」


レンにまでよく分からないことを言われてしまう。

くっ、何なんだ……



「とにかく!! もう大丈夫だな? 俺はもう行くから―」

「ま、待ってくださいまし!!」


待ったがかかってしまう。

そしてどこからともなく……



「しかーし!! 先輩はまわりこまれてしまった!! 先輩はオドオドしている!!」


うるせぇ!!


「あっ、ヤクモお姉ちゃん、お帰り!!」


ヤクモめ、意味の分からないタイミングで帰ってきやがる……


「どうしたの?」

「いや~先輩ならそろそろミレアさんの問題を解決なさっていると思ったまでですよ~―まあ、ミレアさんの方はまだ先輩と話したいことがおありなようですけどね~」


ニヤニヤしながら俺を見てくるヤクモに多少「この野郎……」と思わないでもないが……


「その……マーシュさん」

「……ちっ」


仕方ない、ヤクモめ、後で覚えとけよ……


「分かった。―レン、ヤクモ、お前達はリュートとライザの手伝いをしといてくれ」

「え~帰ってきて早々仕事させるんですか~? 先輩はまるでオルトさんのよう……」

「何か言ったか」

「げ」


まあ当たり前っちゃあ当たり前だが、ヤクモが帰ってきた以上、一緒に行動していたオルトさんもこっちに帰ってきたわけで……


流石にヤクモもここまでは想定外だったのか、額に冷や汗を滲ませて、そぉーっと声のした方向を振り返る。


だるまさんが転んだ……で済めばいいが、そこにいたのは自分自身で形容した通りの……







「あ、何だ、鬼でしたか」

「こらぁぁぁ!! ヤクモォォォ!!」

「ひぃやぁぁ!!」



二人は再び当てのない鬼ごっこに興じるようだった……



「……ボク、リュートお姉ちゃんたちのお手伝いして来るね」

「おう、頼むわ、レン」

「うん」



事の成り行きを見守っていたレンはポリポリと頬を掻いて……とりあえず見なかったことにしたようだ。

うん、レンは本当に良い子に育ってくれているな。



「あ、あの……マーシュさん」



そしてその場に残ったのは俺とミレアだけで……


「とりあえず……座るか」

「……はい」





■◇■◇■◇



「その、マーシュさん。本当に、本当にありがとうございます!!」


開口一番、ミレアは俺に礼を告げてくる。

別に大したことをした覚えはないのでわざわざこんなことを言われても居心地が悪い。


「あ~別に大したことはしてない。今回協力してもらうのはこっちだからな、『ラセンの町』で頑張ってくれればいい」

「は、はい!! それは勿論ですわ!! 」

「話はそれだけか? なら俺はこれで……」

「お待ちになって!!」


くっ、脳内でさっきのヤクモの「しかーし!!……」というセリフが再生されてしまった。

地味に腹立つな……


「何だ?」


ミレアはそこで何故か深呼吸し出す。


「すぅーはぁー、すぅーはぁー……」

「…………」

「すぅーはぁー、すぅーはぁー……」

「…………」

「すぅーはぁー、すぅーはぁー……」

「……帰っていいか?」

「ま、待ってくださいな!!」


立ち上がってリュートさん達がいるところへと戻ろうとしたが、腕を取られてしまう。

くそっ、話があるんなら早くして欲しいんだが……



いつもなら急かしたりはせず、相手が話すまで待つんだが、さっきのヤクモとの面倒臭いやり取りのせいで若干よく分からないテンションになっているのは否定できない。


アイツは人をかき乱すことの天才だな……

リンといい勝負ができるかもしれない。


いつも「鬼だ」「鬼だ」とからかわれているオルトさんが可哀想になってくる。



「わたくし、わたくし、マーシュさんにお礼がしたくって……」

「だから、別に大したことはしてないって。それに、そんなことを言うならレンもお前の相談に乗ったんだ。レンにだって……」

「もちろん、レンさんにも感謝しております!! ですが、マーシュさんには、以前のヤクモさんの際の恩もあります!!」

「……あれは」


元々ヤクモもミレアを見ず知らずの男に抱かせようだなんてゲスなことは考えてなかったはずだ。

ただちょーっとその時のミレアは一方通行と言うか、猪突猛進と言うか……


人の話を聴かないところがあったから、ヤクモがちょっとばかりお灸をすえたに過ぎない。


俺はそれが行き過ぎる可能性があったのを止めただけなのだ。

本来感謝されるべきことではない。


ただ……


「……そこで、わたくし、マーシュさんへのお礼として、マーシュさんの質問にお二つだけお答えしようと思っています!! 普段なら口を堅く閉ざして頑として話さないこともお話したいと思いますので何なりとお聴きくださいな!!」


もう既にミレアは質問を受け付ける気満々のようなのだ。

これを断るとまた後でぐちぐちと引き下がられることになる。


それに思っていた以上にまともそうな提案だったので俺としてはここで適当に何か聞いといてこの件は終わり、という事にしたい。



「そうか、2つってのはヤクモとの件と、さっきの相談の件だな、まあそのくらいなら……」

「……わたくしが、この胸の内に秘める想いも……今でしたら、お話しても……」




…………うん、早いこと二つ訊いてしまおう。

別に何でもいいってミレア自身が言ったもんね?

彼女が聞いて欲しいことに限定しなくても大丈夫だよね? 

うん。




「よし分かった。なら一つ目だ」

「は、はい!! 何なりと!!」


ミレアはグッと前に乗り出してくる。

……そんな期待した、でもやっぱりちょっと恥ずかしい……みたいな乙女の顔をされても訊く内容は変えないからな。


「ミレアは確か人形をアイテムボックスみたいなものに入れてたよな?」

「え? ……は、はい」



……そんな思っても見なかった質問が来た、みたいな顔は止めてくれ。

そう言う事をされるとこっちまで変な期待を持ってしまう……



「あれって結構……というかかなり希少なものだよな? ―どうやって手に入れたんだ?」

「……それ、は」


以前からこのことは機会があれば訊こうとは思っていたことだ。

エフィーが『六神人形シィドゥ・オ・ドール』と共に戦う以上、ミレアのように彼女達を持ち運べれば、エフィーはもっとできることが増えるだろう。


出来れば俺でも入手できるものであればいいのだが……



ミレアは質問の内容自体こそ不満そうだったが、自分で言ったことだったので渋々ながらも答えてくれた。



「それは……確かに希少なものでしょう。わたくしはこれをダンジョンにて入手しました」

「ダンジョンか……」


ふむ……やっぱりそこら辺になるのか。

ディールさんもアイテムボックスを迷宮で見つけたって言うし。


この世界では、大体レアなアイテムは迷宮・ダンジョンに潜るなりして手に入れるというのが主な手段となっているんだな。


ただ、ダンジョンとか迷宮とか、聞いたことこそあるものの、実際にどのようなものかと言うのはあまり良くは知らない。


と言うのもまあ必要に駆られなかったからという所が大きい。


でも、役に立つアイテムが発掘できるというのであれば今後積極的に利用することにもなるだろう。



そう思って、ダンジョンについてさらに続きを話そうとするミレアに先を促す。


「全てのダンジョンで、わたくしが手に入れた物を入手できるかと聞かれれば難しいでしょうが、中には希少度の高いアイテムを換金のために入手しようとする者も少なくありません」

「という事は……市場に出回っているという可能性も無くはないわけか」

「はい」


それ相応に値は張るだろうが、可能性が閉ざされていないという点では価値ある情報だろう。


「ちなみに……ミレアはそのアイテムボックス、どこのダンジョンで手に入れたんだ?」

「わたくし、ですか? わたくしは西の魔法学園にいた頃、近くにある“黄沿の軌跡”というダンジョンで入手しましたわ」

「へ~そりゃ凄い」


適当に相槌を打っていると、ミレアは機嫌を良くしたのか、更に饒舌になって話し続ける。


「そうなのです!! わたくしが初めて1人で潜って攻略を目指したのがそのダンジョンなのですわ!!」

「おお、1人でか。よく挑もうと思ったな」

「ふふん!」


自慢げに鼻を鳴らす。

もっと褒めろと言わんばかりに満足したような顔を見せてくる。

……あんまり褒めると調子乗るかな?


「で、それで奥まで潜ったわけか」

「はい!! ……ですが」

「ん?」


さっきまで調子づいていたミレアの表情に突然影が差す。


……何か浮き沈みが激しいな。



「わたくし、あの時は少し自分の力を過信していましたの。それで、少し、調子に乗ってしまって……」


……「あの時」と「少し」を強調しているのは、今はそうではないという事を言いたいのだろうか?


俺としては以前のミレアを知らないこともあるが、あんまり変わってないようにも思えるんだが。



「ふむ……それで、ピンチにでもなったのか?」

「はい!! それはもうわたくし、ここで人生が終わってしまうんではないかとすら思った位にモンスターに囲まれてしまって……ですが!!」


またか……


今度は沈みきったところから急浮上してきた。

何だ、さっきのはただの前フリか……


「そこに颯爽と現れて救い出して下さったのが……―そう!! ユウさんなのですわ!!」

「ああ、なるほど」


ここで彼女の話になるのか。

ユウさんのことを話すミレアは何とも恋する乙女のようにウキウキと、それでいてどこか恥じらいを持った顔をしている。



「わたくしを助けて下さった時のユウさんの素敵なことと言ったら、もう……ああ、まさにあれは運命のようで……」


まあ確かに、ユウさんがわざわざ西に出向くこともあまりないのだろうから、ミレアの言うようにそうそうあることではないのだろう。


「そりゃ良かったな」

「はい……―はっ!! ち、違うのです!! わ、わたくし、確かにユウさんのことはとても尊敬しておりますし、憧れてもいますが、それは、その、そうではなくて……」

「ん? いや、別にそこまで必死になって否定しなくても……お前、ユウのこと好きなんだろ?」

「はぅっ!? そ、それは……その……うぅぅ……」


熱の籠った弁舌はすっかり鳴りを潜め、耳まで真っ赤になって俯いてしまったミレア。

ミレアがユウさんに心底惚れてる事位、以前のヤクモとの口論でも明らかなのだから隠すこともないのに……



「…………そういうことでは、ないのです……マーシュさんは、分からず屋ですわ」



何故膨れて顔を逸らす……



本当に女性というのはよく分からん。




◇■◇■◇■



唇を尖らせて拗ねてしまったミレアの機嫌を直すべく、早々と話を替えることにする。


まあダンジョンに潜ることになるとしてもそれは今じゃない。

今はヨミさんを捜し出すという優先事項がある。


それに潜ったとしても必ず目当てのアイテムが入手できるわけでもない。


ヨミさんを捜し終わってから、エフィー達と相談して気長に行こう。




「それで、ミレア……二つ目の質問いいか?」

「……はい」


まだ少なからず先程の話を引きずっているミレア。

中々切り替えができないご様子だ。


むぅ……やはり早いこと話を替えてしまった方が無難か。



「二つ目に聴きたいことってのは……まああれだ―『精霊魔法』についてのことなんだ」

「『精霊魔法』……ですか」


さっきその話が出た時にも思ったが、『精霊魔法』なんてディールさんが書いた本には載ってなかった。

特別な魔法なんだろうという事はもう語感から分かる。


「ああ……その、大丈夫か?」

「はい……お話することは……大丈夫ですが」



何とも反応が鈍いな。

いや、話を切り替えたことについては多分成功してるんだ。


ミレアも顎に手をあてて少し考え込むような素振りを見せてくれる。


ただ何と言うか……思っていた以上に『精霊魔法』という概念自体に抵抗が無いと言うか……



俺が思っていたのとしては、『精霊魔法』はもっと何か秘術的な扱いで「余所者には教えるか!!」みたいなものだと……


でも何だかミレアの様子は俺の想像していたそれとは違っていた。

話すことそのものについては躊躇いこそないものの、どこか諦観に似た心情を感じさせる。




何故彼女がこんな複雑を極めた表情をしているのか……それが完全に分かるのは後少しだけ先のことになる。




「―いえ、マーシュさんがお望みとあれば、お話いたしましょう」

「……ああ、悪いな」


俺が何故『精霊魔法』について興味を持ったのか、などは特に深く追求してこない。

頭を振って俺に話すことを決めたミレアは、棒状の枝を手に取って地に何かを描き始めた。


人のようなものが……2人。


1人は特徴的な長い耳をしていて、直ぐにこれが何を表しているのかが分かる。その頭上に大きな大きな一本の木を付け足す。

そしてもう一方は……背中に羽が4つ生えた人で、最初の一人とは明らかに背丈が異なる。そしてこっちにはよく分からない、波のようなものを周りに描いている。


描き終えたミレアは、先ず一人目の人に、そして二人目にと順次指し棒のようにして枝を向ける。


「『精霊魔法』は私達“エルフ族”と、そして“妖精族”のみが使える特別な魔法です」


なるほど……こっちは“妖精族”か。


確かにファンタジーに“妖精”はありがちだよな。



「ふむ……何となくそう言われても納得はできるな。“エルフ族”も“妖精族”もどちらも魔法に長けた種族だと聞く」


以前もエフィーに聴いたことがあるが、“エルフ族”は長い寿命を持つ事から、多くの知識を蓄えている聡明な種族だ。その知識を活かして、複雑多岐を極める魔法の世界を解明しようと試みている―つまり、魔法に最も通暁している種族と言っていい。


“妖精族”はと言うと、こっちもこっちで魔法に長けているのだが、エルフ程頭がいいわけでは無い。だがその分彼等は本能的に魔法の巧い使い方を理解している。


“エルフ族”は過去の先祖から代々伝わる“知識”という体系づけられた伝承できるものがあるので、言わば一代に留まる能力ではない。


だが“妖精族”の能力は個々それぞれが本能的に、個人のセンス・才能として持っているものだ。

“エルフ族”も確かに繁殖にはあまり向かない種族ではあるが、“妖精族”のそれは他の追随を許さない程に群を抜く。


―つまり、極端に数が少ないのだ。



纏めると……



・人族(対比のため):魔法(中) 繁殖力(強) 知識(中) 

・エルフ族:魔法(強) 繁殖力(弱) 知識(強)

・妖精族:魔法(特) 繁殖力 (極小) 知識(中)



とまあ要するにこんな感じ。

こういう風に表みたいにしてみると、大体は案外上手いことバランスよくなっているものだ。



「はい、“エルフ族”も“妖精族”も、過去に精霊より認められて『精霊魔法』の使用を許されたのです。“エルフ族”は『木魔法』を、“妖精族”は『音魔法』をその際精霊たちより頂いたものだ、と」


ふむ……ミレアが描いたこの『大樹』と『音波』の絵はそのことを指してるのか。

ミレアはその後更に「もっとも、今では“エルフ族”が『木魔法』を、“妖精族”が『音魔法』を互いに教えあったのでどちらも使えるのですが……」と付け足す。


それは良いんだが……



「“認められた”……という事はやっぱり『精霊魔法』を使えるのは限られている、ということか? “エルフ族”と“妖精族”に」

「? 恐らくそうでしょう……と言うより、そもそも『精霊魔法』の素質が“エルフ族”と“妖精族”以外に発現しない、という話です」


ん?


「それは……言い換えれば、“エルフ族”と“妖精族”以外に『精霊魔法』を使える種族がいないのは『精霊魔法』の素質がないからなのか?」

「わたくしが知る分ではおっしゃる通りです。……『精霊魔法』の素質は過去、精霊たちのために力を尽くした“エルフ族”・“妖精族”の血縁に与えられるもの―つまり、エルフか妖精の血が流れていないと発現すらしないのです」


……なるほど。


そういうの、ゲームでもよくあるよね。

エルフ族固有の能力とか、人族じゃないと使えない必殺技とか。


つまりこの世界でいう『精霊魔法』っていうのは“エルフ族”か“妖精族”じゃないと覚える切欠すら与えられない秘伝の技、と。


「ちなみに……『精霊魔法』の素質がある奴は、どういう風に『精霊魔法』を習得するんだ?」

「それは……」


今度こそ、ミレアは伝えても良いものだろうか、という風に逡巡して見せる。

ま、普通ならそうだよな。


エルフか妖精しか覚えられないとしてもそれを他種族に教えられるか、と言ったらそれはまた別の話になるはずなのだ。


こうやって躊躇いを見せるのが本来の振る舞いだと言える。


……と、勝手な憶測を働かせていると、ミレアからは意外な返答が帰ってきた。



「……そ、その……マーシュさん」

「ん?」

「……わたくしが、その、何を話しても、おかしな人間だと、思わないで下さいませ」

「あ、ああ、分かった……」


分かったとは言ったが……え、何その前フリ。

とんでも話でもするつもりなの?

突拍子もないことには慣れているつもりだけれど……俺にも限度はあるよ?


ミレアは胸の前で両手をギュッと握りしめ、徐にそれを開いたかと思うと肩の上に持って行く。

添乗員さんが「こちら、〇〇でございます」とか言う時に掌を向ける仕草、みたいな感じ。

その手そのままに……




「……マーシュさん、見えますか?」




そんなことを突如として訊かれるのだ。


……え?



「……何をだ?」

「……わたくしの掌の上に、何があるか、ですわ」

「ミレアの掌……」



……え、何も見えないんだけど。

うそ、これ見えてないとおかしいの!?


……あれか、何かのドッキリ!?


皆がグルになって、見えてるものを見えない風に装って対象者を騙す、みたいな。



「……えーっと」

「いえ、そのご反応でよろしいのです……」


俺が答えに窮するところを見て、ミレアは自分で何か納得したように手を降ろしてしまう。


何か、何か答えなかったことがとてもマズイような気がしてならないが……



……え、マジでドッキリとかじゃいの?


手を降ろしたミレアは何事も無かったかのように俺に向き直り話を再開させる。


「『精霊魔法』の恩恵は多々ありますが……―先ず、『精霊魔法』を使えるようになると、精霊が見えるようになります」


淡々と語るミレアの様子からは、嘘を吐いているとか俺を騙すと言った素振りは一切窺えない。

……マジか。


「……ってことは、今さっきミレアの手の上には……」

「……はい、わたくしが親しくしている、風の精霊がいたのです」

「……そうか」


そう言う事か。

そりゃ、そんな実験する前に「変な人間だと思わないで」という前置きをするわけだ。


だって……


「……マーシュさんは、その……」

「ん?」

「わたくしのこと、おかしいとは、思わないのですか?」

「いや、そう思わないでくれって言ったのはお前だろ」

「それは……そうなのですが」


まあ、ミレアが心配そうにこちらを見つめる気持ちも分からなくはない。

なるほど……ミレアが得意そうな『精霊魔法』に頼るでなく、人形使いをしていた理由はただ単に自分だけの力で功を上げたい、というだけではなかったようだ。


「ははっ、逆にそっちの方が俺にとってはおかしいな」

「な!! マ、マーシュさん、笑わないで下さいまし!! わたくし、わたくし……」

「……安心しろ、尋ねたのは俺の方なんだ、俺は別にお前がおかしいことを言ってるとは思わない」

「マーシュさん……」


ま、俺は鑑定でミレアが『精霊魔法』を使えるという事を事前に知っていたし、さっきはドッキリかと疑ってしまったが、ミレアがこの状況で嘘を吐いても何のメリットもないと分かっている。


元の世界でもそう言ったことはよく話のタネになっていた。

マンガ然り、アニメ然り、ゲーム然り。


見えないモノを見えてしまう人というのは中々苦労するらしいと言う知識は既にあったのだ。

だから後はミレアが嘘を吐く状況かどうかを考えればいい。


そして俺はそれを否、と考えたわけだ。


……まあヤクモとかが絡んでたら話は変わってくるが。


「だから、気にせず続けてくれ」

「……はい、ありがとうございます」



ミレアはこれでようやく、本当に心から安堵したかのような様子を見せ、『精霊魔法』の説明に集中できるようだった……




◇■◇■◇■


ミレアの説明は、『精霊魔法』とはどのような力を使うものなのか、という説明からどのようにして『精霊魔法』を使うか、に移る。


「『精霊魔法』を使えない者は、先程実証してみました通り、精霊が見えません」


ミレアはもう先のことを気にすることもなく話を進めてくれる。

こちらとしても、ミレアが嘘を吐いてまで俺に精霊云々について騙そうと意図しているとまでは思ってないので、そうしてくれると助かる。


「それは……素質を持ってようと持ってまいと見えないものなのか?」


俺の質問で、俺が何を言いたいのかを感じ取ったのか、ミレアも頷いて飛んでいる部分を繋ぎながら解説する。


「はい、精霊が見えるかどうかは素質を持っているかどうか、の部分では無く『精霊魔法』を使えるかどうか、にかかって来ますから。―それでは、どのようにして素質を持っている者から、『精霊魔法』を使える者になるか、についてですが……それは主に3つの方法があります」



『精霊魔法』は精霊の力を借りて発動する魔法なのに、その精霊を見ることができないのならどうやってその魔法を習得するんだ、という疑問が普通なら沸き起こってくる。


今はその点についての説明だ。


「と言っても『精霊魔法』を使えるようになるかは最終的には精霊に認めてもらえるかどうかにかかって来ます。ですので、わたくしがお話する方法と言うのはつまり、どうやって精霊と話すことができるようになるか、という結果に到るまでの方法論になります」

「ふむ……要するに精霊と話すことができるようになるまでは何とかなるけれども、そこから後はその人次第、って訳だな」

「はい、その通りです」


ミレアが言ってるのは、つまり精霊を交渉の席に着かせる方法は幾つかあるけれども、その後、交渉事を成立させるのは自分の力で何とかしろ、と。


交渉と言えば相手には色んな者がいるだろう。

気難しい者もいれば豪気な相手だって……


相手に合わせてどういう風に交渉を持って行けばいいか、そこは交渉する者の腕の見せ所となる。


臨機応変に相手に合わせて考えなくてはならない。


……ただ、どんな相手だろうと共通しているところがある。





それは相手と話せなければならないということだ。


相手がどんなに頑固だろうと、どんなに変わり者だろうと、交渉の席についてくれれば説得の余地がある。

でも、言葉が通じない、或いは交渉すらしてくれないのであればそれこそ話にならない。


要するにミレアがこれから説明する方法とは、相手を説得する方法ではなく、その前段階―つまり自分達と精霊たちとが交渉する席に着くための方法なのだ。



「1つ目はわたくしのように、既に『精霊魔法』を使える者に精霊を紹介してもらうことです」

「紹介か……」


ふむ、分かりやすい。

つまり、既に相手方と仲良しの人に、そのお目当ての人を紹介してもらう、と。


社会の中でも良くある話だ。


ただ少し引っかかるところはある……



「紹介してもらうってのはいいが、それで精霊が見えるようになるものなのか?」

「そうですわね……紹介するだけでは確かに精霊が見えるようにはなりません……少し話が前後してしまいますが……」

「ああ、構わない」

「『精霊魔法』を使えるようになりますと、先ず第一に精霊が見えるようになる、ということはお話しましたね」

「ああ」

「それ以外にもまあ精霊が詠唱を補助してくれたり、希少なアイテムをくれたりと沢山恩恵はあるのですが……最もポピュラーで、そして最も初期に得られる恩恵と言うのが……精霊の魔力なのです」

「精霊の魔力……」

「ええ。精霊の魔力を貰えるかどうか―端的に言えばそれが『精霊魔法』を使えるか否かを左右することになります」

「……どういうことだ?」


少し要領を得ず、詳しい説明を促す。

ミレアは顎に手をあてて、考え込む素振りを見せて、顔を上げる。


「“精霊に認めてもらえれば『精霊魔法』を使えるようになる”というのは少しだけ飛躍があるのです」

「……その間に、一つか二つ何らかの過程があるってわけか」

「はい。精霊に認めてもらえれば―つまり、精霊と仲良くなれれば精霊は、先ず最初に自分の魔力の一部を与えてくれるんです」

「それはさっき言った恩恵の一つだろ?」

「はい、ですがそれはただ単に恩恵ということだけではなく、精霊の存在を認識するための前提条件ともなるのです」

「……つまり精霊の魔力を得られれば、精霊の存在を感じる事が出来るようになる、ってことか」

「そうです。精霊の魔力を体内に持つことで、精霊の存在を直に感じることができるようになる―それが『精霊魔法』を使えるようになる条件なのです」

「なるほどな……最低限精霊に認められないとそもそも精霊を認識するための魔力すら貰えないのか」

「ええ……それ以外にも精霊から与えられた魔力というのは膨大な量且つ純度を誇っています。それを用いた魔法は、普通に使用する際の何倍もの威力になります」


それは凄い……魔法の威力を跳ね上げてくれるのか。


しかもミレアの説明だと、精霊から貰った魔力と言うのは体内に持つことができるという。

イメージとしては自分の魔力を溜めている金庫とは別に、ダム程の大きさもある魔力の貯蔵庫を貰える、みたいなものだ。


「風の精霊から貰った魔力では、風の魔法にしか使用できないという制限がありますが……」

「ん? それだと……例えばミレアは風の精霊しか見えない、ということか?」

「ああ、いえ、そうではありません。精霊から貰える魔力は確かに各精霊の属性―おっしゃったようにわたくしで言えば『風』や『火』の属性を帯びています」


ミレアは俺の理解が追い付いていることを確認しながら言葉を紡いでいく。


「それは確かにわたくしが使える『火魔法』や『風魔法』の威力を上げることはできても、それぞれ風の精霊からもらった魔力を『火魔法』に、逆に火の精霊からもらった魔力を『風魔法』に用いるといったことはできません」


そこは俺も分かっている。

問題はその後なのだが……


「精霊が見えるかどうかは偏に“『精霊』から貰った魔力かどうか”という点につきます」


ああ、なるほど……


「端的に言えば精霊から貰った魔力は『火属性』とか『風属性』とかの前に『精霊』という属性を帯びている、みたいな考えなのか?」

「はい!! おっしゃる通りです!! ですので“精霊の存在を認識する”ということに限って言えば“『精霊』から魔力をもらった”という点だけで事足りるのですわ」


という事はつまり、『精霊魔法』を使えればどの属性の精霊から魔力を貰ったとしても全属性の精霊が見えるようになる、ってことだな。



「それで、話を戻しますと、精霊と話せるようになる方法の一つ目は『精霊魔法』を使える者に紹介してもらう、ということでした」

「ああ……それはそいつから魔力を分けてもらう、みたいな認識でいいのか?」

「……はい。―流石マーシュさん。今の説明だけでそこまでご理解いただけるとは」


うーん……確かにややこしくはあるが、一つ一つちゃんと追いかけて行くとそこまで難しくはない。

要はパズルみたいなものだ。



……あんまりパズル好きじゃないけどね。



「マーシュさんがおっしゃった通り、既に精霊の魔力を体内に宿している者に、その魔力を一部分けてもらうのです。ただ、そこで魔力を分け与えてくれた精霊の仮の許可を得る必要があるので……」

「そこに焦点をあてて『紹介』と言う風に表現するのか」

「はい」



ふむ……一時的な許可―さっきの例えで言うなら交渉の席に一時的に着く許可、だな。

相手の精霊としては既に仲のいい人から「この人、良いよ!」と言われたから、その人の顔を立てて「ふ~ん……ま、会ってやらんことも無いね」程度のことなんだろう。


紹介する側……―たとえばまあミレアとして―ミレアもミレアで仲のいい精霊に絶対に会え、とは言えないから自然と交渉に付く時間というのもミレアへの義理立て程度の時間となる。


つまりはミレアから分け与えてもらえる精霊の魔力の程度の多少に依る、ってわけだ。




「―では、2つ目ですが……」



ミレアの話は、2つ目の方法に移る。

何となく『精霊魔法』をどのようにして習得するか、という像が分かってきた。



「2つ目は各地に点在する“エルフの里”か“妖精の園(フェアリー・ガーデン)”に行く必要があります」


ほほう……どっちもまたファンタジーでは良く聞くような名前だ。

しかも多分、どっちも見つけ辛いところにあるんだろうな……


「“妖精の園(フェアリー・ガーデン)”についてはわたくし、あまり詳しくは知らないのですが“エルフの里”はエルフが隠れ里として使う場所でして、どこにあるのかと言うのはエルフ族の中でも、殆ど知らされていないのです」


おおう、やっぱりか。

まあ『精霊魔法』自体が必殺技とか秘術みたいな魔法に位置するんだ。


それを習得しようとなるとそれ相応に難しいことをしないといけないんだろう。


「その中に“精霊の碑石”というものがあります。これは初代のエルフの族長が精霊との友好を祝して送られたものだと言われていますわ。多分“妖精の園(フェアリー・ガーデン)”にも同じようなものがあるんだと思いますが……」

「ふむ……その“精霊の碑石”って言うのが2つ目の方法なのか?」

「はい。その碑石に“精霊を想い、願い、奉れば、精霊はそれに応える”と言われていまして……」

「“想い、願い、奉”る……ってそれだけか?」


何か随分とアッサリしてるような……

ミレアも俺の言いたいことは分かったようで、一度頷いて見せる。


「マーシュさんのおっしゃることももっともだと思います。ただ、碑石の前で祈りを捧げる位で精霊が魔力を与えてくれる、というのは虫の良い話のようにも思えるでしょう」

「ああ……でも、やっぱりそう簡単には行かないんだろう?」

「はい……と言っても碑石の前で祈りを捧げること自体はお話した通り―2つ目で問題となるのはむしろ違うところでしょう」

「……と言うと?」

「“エルフの里”というのはお話した通りエルフにとっては“隠れ里”なのです。これがどういう意味か……お分かりですか?」

「それは……余所者は入れない、みたいないことか?」

「はい、その通りです」


まあ……そうだろうな。


「マーシュさんのおっしゃる通り、原則としてエルフ以外が“エルフの里”に入ることはできないんです。それに、エルフだとしても“エルフの里”に出入りするには“エルフ族”の族長の許可が必要になります。エルフの中にも悪い者というのは当然存在しますから」

「その族長の許可ってのは……やっぱり出辛いものなのか?」

「はい……それもご想像の通りかと」


なるほど……

大体エルフの族長なんてのは気難しい人がなっているのが常だ。

エルフの里に入るのはつまり、かなり困難なことだと言える。


「要するに“エルフの里”に入ること自体が相当難しいから、それが『精霊』に認めてもらえること、という要件を代替しているってことだな」

「はい……それだけ“エルフの里”に入る事―言い換えれば、族長の許可が下りることというのは稀なんです」


同種のエルフですら“エルフの里”に入ることに族長の許可がいるんだ、他種族なんてもっての他だろう。



……ここまで来るとどうして『精霊魔法』を使える者が“エルフ族”と“妖精族”に限られているのか、というのが分かってくる。




ふむ……




「以上が、主な『精霊魔法』を習得する際に使う方法となります」

「え? 3つ目はどうした?」


俺が驚いた声を上げる一方、ミレアは特に驚いた様子なく答える。


「確かにわたくし、最初に3つと申し上げましたが、本来自分達でどうにかなる範囲というのは2つ目までなのです」

「だから“主な”って前置きがついたのか?」

「ええ……」

「……ちなみに3つ目ってのはそこまでとんでもない方法なのか?」

「ええ、とんでもないですわ」


マジか。


「先ず、3つ目についてお話する前提を確認しておきます―精霊には下級・中級・上級とそれぞれ位があるのです。普通“『精霊魔法』を使えるようになる”というのは『中級』の精霊に魔力を与えてもらう事を意味します」

「へ~下級じゃないのか」

「はい、下級の精霊、というのは『精霊魔法』を使えるようになっても姿を見えるようにはなりません……と言うより下級の精霊は目に見えない大きさ・姿をしているのです」

「……つまり姿が見えるような大きさなのは中級以降、ってことか?」

「はい」


更にミレアが説明するには、下級の精霊程数が多く、しかし力はそれ程強くない、というもの。

逆に上級に行けば行くほど強くはなるが数はそれ程多くはない。


だから精霊の力を借りる『精霊魔法』と言えるレベルなのは人間の側からも姿を確認できてコミュニケーションをとれる『中級』以降の精霊という事になる。



そして中級の精霊と仲良くなる―つまり『精霊魔法』を使えるようになった後、精霊とのコミュニケーションは続くわけだが、更に仲良くなって行くと、精霊から様々な贈り物があるという。


その中には一番最初に貰える精霊の魔力も含まれるわけだが……



「―『中級』の精霊が『上級』の精霊に昇華するための条件が、精霊の魔力を沢山溜める、ということなのですわ」

「ふーん……」


一度で貰える量がダムレベルなのに、それを更に溜めろ、と。


「……あれ? それが何で精霊が上級になるための条件なんだ?」


だって魔力は別に精霊が溜めるわけじゃないんだろ?

魔力が一定程度溜まってワーアップって理屈は分かるけど、それはパワーアップする側が溜めないと意味ないんじゃないか?


「そこはわたくしも少し疑問に思うのですが……―そこの所、どうなのですか?」


そう言って首を傾げながらもミレアは何もない空に言葉を投げかける。

え、一体何を……


―って……ああ、精霊に聴いてるわけね。



「ふんふん……なるほど……―何となくですが分かりましたわ」

「おお、そうか」


会話が終わったのか、ミレアは俺に向き直る。

普通なら、独り芝居しているようにしか見えないもんな。

……何かリゼルとの初期の頃を思い出す。


「精霊自身が力を貸す相手側にもどうやら条件があるようですわ。中級よりも強い、上級の精霊を使役するんですから、通常以上に術者の能力が必要なようです」

「その能力を図る目安として、どれだけ精霊から魔力を貰ってるか、と言うのを見ると言うわけか?」

「はい、恐らくそうでしょうね……わたくしはまだ合わせて3度しかもらったことがありませんが」

「へ~そう言うもんか」

「ええ……初めこそ『精霊魔法』を使えるようになるために魔力を与えてもらえるのですが、次にいつ精霊たちから魔力を貰えるのか……」

「そんなに貰えないものか?」

「…………」


ミレアは一度黙って何かを考え込む。

そして……


「希少なアイテムの方がまだ早い方です。……2回目以降の魔力は……わたくしは3年でいただけましたが、遅い方だと10年以上かかることもあるんだとか」

「マジか……それで、どれ位の魔力を溜めると上級の精霊になれるんだ?」

「精霊から貰える魔力は宝玉のような形をして体内に入るのですが……それが20~30個必要だと」

「……途方もないな」


だがそれもまた『精霊魔法』と“エルフ族”・“妖精族”の相性がいいことと整合する。

一つにつき何年もかかるようなものを、20、30集めないといけないのだ、そんなの寿命の短い人族とかにはとてもじゃないができっこない。


「ええ……とは言っても精霊1体につき20~30必要、というわけではありませんが」

「ああ、それは今迄の話からも分かる。―魔力の量ってのは術者の資格みたいなものなんだろ? 資格なら一つあれば全部の精霊について上級にしてあげることができる、ってわけだな」

「はい」



精霊の魔力を貰うためには、精霊に認めてもらわないといけない。

認めてもらうためにはまあ色々な指標があるわけだが、仲良くなったり、強くなったり……



逆に言うと、精霊から魔力を沢山貰っているという事はそれだけ精霊達に認められているということ。

それだけ精霊に認められているということは、つまり強くなった精霊を使役することになっても力不足ということはなく、精霊と上手くやって行ける……



―まあそんな感じか。


上手くやって行ける資格ってのは別に全員に対して別々のものを示さないといけない訳じゃない。

まあ漠然と言うなら……器の大きさ、みたいなものを示せればいいんだ。


沢山の魔力を精霊から貰える程の人間である、ということを。


「……ふむふむ、なるほどですわ」



ミレアはまた1人で何かブツブツと……ああ、精霊と会話中ね。



「わたくしが話している精霊もそうですが、中級の精霊は精霊に相応しい姿をしているんですが、上級になると、より人との仲を深めるために人に近い姿になるそうです」

「擬人化か……」



何それ……モンスター娘ならぬ精霊娘!?

おっしゃキター!!


って……いやいや、油断してはいけない。

そうやって「女の子の精霊!? 何それヤッタ!!」とか思わせといてとんでもない容姿をした精霊が現れる……今迄の常套手段じゃないか。



俺がどれだけ今迄そうやって安易な期待をして裏切られてきたか……リゼルの件を初め、枚挙に暇がない。



そう言う話もあるんだな、程度に留めておこう。


「上級の精霊ともなれば中級と比べて魔法の威力だけでも数倍に……1体だけでも1000人の魔術師に相当する実力があるとか」


ふむ、人間にとって最大級の魔力を持って使用した魔法でも、上級の精霊にとっては毛ほども無い、みたいな感じだな。


要するにあれか……上級の精霊にとっては人間の魔法使いなんて「…今のはメラ〇ーマでは無い…メ〇だ」的な扱いなんだろう。



「―とまあ色々と申しましたが、3つ目の方法に戻りましょう……」


そう言えばそうだったな、確か3つ目は1つ目・2つ目と違ってとんでもない方法だって話だったが……



「3つ目は……例えば、水の精霊と仲良くなりたいとしますわね」

「ああ」

「今迄お話した下級の精霊から上級の精霊まで、全てを一度に使役する方法がございます」

「……は? 何だそりゃ……そんな都合のいい方法が……」

「……水を司る精霊の長“ウンディーネ”と契約することです」

「…………」


……なるほど、その手があったか。


「水の精霊全ての長に相当する“ウンディーネ”と契約すれば、その下位に属するあらゆる精霊を従えるも同じなのです」

「そう言う事か……そりゃとんでもない方法だわ」


要するにあれだろ?

目当ての会社があるんだけどそこと仲良くしたいがために親会社買収しちゃうみたいなもんだろ?

それだけの実力があるんならまだいいが相手はその属性を司る精霊の長だ。


そりゃ突拍子もないわ。


「大昔、まだ魔族と人間の戦いが激しかった頃……火の精霊“イフリート”と契約した者がいる、と言うことが史実に残っております」

「とは言え、積極的に六大精霊と契約してまで……とは思わないだろうな」


この場合の『契約』とは多分、俺やカノンが使う『契約』とはニュアンスが多少異なっているんだろう。

『六大精霊』なんて大きな存在だ、もしかしたら俺の『契約』の手法では太刀打ちできないかもしれない。



「―なるほど、よく分かった。3つ目はまあ方法があるって言う話の種にはなるだろうが、実際には実現するのはほぼ不可能なんだろう」

「はい、ですからわたくしたちが『精霊魔法』について話すときは、1つ目か2つ目の話という事になります」



◇■◇■◇■



「『精霊魔法』の習得の仕方は以上になります」

「ああ……と言っても今迄のは精霊と仲良くなるための前座みたいなもの、だろ?」


結局は交渉の席に着けても精霊相手に「うん!」と言わせなければそれらの困難も全て水の泡である。


「精霊と仲良くなるには……どうすればいいんだ? ―ああ、いや、別に俺がどうこうって話じゃなくて、一般論でいい」

「そうですわね……」


ミレアの警戒を解くべくそのように言ったものの、欲を言えばそりゃ俺も『精霊魔法』を使いたい。

だって“エルフ族”と“妖精族”しか使えない代物だろ?


しかも何かの間違いで上級の精霊になることができれば……ミレアの言を借りるのなら一騎当千の力を持つって話だ。




そんな魔法を使えれば……何か必殺技っぽくない?

俺だけが使える……どこかの戦国トリップよろしく『御家流』みたいな?



まだ使えるかどうかも定かではないのに……そう考えると何だか妄想だけでもワクワクしてきた。



「仲よくなる方法もまた複数あるのですが……」

「あらら、そうなのか?」

「はい……ですがこれもまた主な方法がございます」

「ほう……」

「わたくしを例にしますと……わたくし、使える魔法の属性は『火属性』と『風属性』ですの」


まあ鑑定で既に知ってはいたが。


「……精霊の属性と一致している、か」

「はい……わたくしが精霊の存在を認識できるために行ったのは一番最初―つまり既に『精霊魔法』を習得していた者に紹介してもらったのですが……紹介してもらったのは火の精霊と風の精霊ですの」

「……つまり、その精霊の属性と、同じ属性魔法を使えることが……条件なのか?」

「おっしゃる通りです」


ミレアは大きく頷いて見せる。

ふむ……なるほど。


つまり……水の精霊を紹介されて、それで品定めされる時(例えで言えば、交渉の席にて精霊が椅子に座った時)、相手の属性と親和的な属性魔法―ここでは水魔法のこと―を使えれば、精霊に認めてもらえる、ということだ。


「まあわたくしのように一つ目の方法を採ったら、という前提になりますが」


中々に厳しい条件だ。

だってただでさえ『精霊魔法』の素質を要求するうえに、その方法だと更に他の属性魔法を持っていないといけないことになる。


この世界では一つでも属性魔法を使えれば御の字なのに……


とは言え、そもそも『精霊魔法』を使う事を予定されているのは別に俺のような人族じゃない。

属性魔法を複数扱えることがあっても珍しくはない“エルフ族”や“妖精族”が対象であって初めて条件たり得る丁度良さ……になるのかな?



「2つ目の方法―つまり“エルフの里”や“妖精の園(フェアリー・ガーデン)”にて碑石に願い奉る、と言う方法ですと仲良くなれる精霊の属性はランダムとなります」

「ふむ……それはいいが、2つ目の方法でも仲良くなれるのは1属性なんだろ?」

「ええ、そうですが?」


ミレアはさも当たり前のようにポカンと首を傾げる。

え~説明ちょっと飛んでるって。


「だったらさ、それ以外の属性の精霊とは仲良くなれないってことか? つまり……一つ目を例にとるとだな」


俺は先程のミレアの例えを思い出して自分の疑問を口にする。


「ミレアは『火属性』と『風属性』の魔法を使えたから火と風の精霊と仲良くなれたんだろ? とすると……逆に他の属性の精霊と仲良くなれる可能性ってのはもうないのか? 2つ目のも、1体と仲良くなったらそれで終わり、みたいに思えるんだが」


本来ならそれでも十分なんだろう。

精霊と一体とでも仲良くなれる……他の種族からすれば羨ましいことこの上ないはずだ。


ただどうしてもそれだけだとは思えない。

今迄のミレアの説明だと……そうだな。


以前Sランク冒険者になるためにはSランク冒険者2人の推薦が必要だと言うことをディールさんと『ルナの光杖』の団長―レイスさんとの会話を聞いて知った。

でもその理屈だとどうしても一人目二人目は条件を達成できない。


つまり初期の頃はSランク冒険者になるための条件と言うのはそれとは異なっていたはずなんだ。


それと同じで、多分最初に精霊と仲良くなった人と言うのはそんな方法ではなかったはずなんだ。

二つ目の方法にしても、その“碑石”自体が仲よくなった精霊から送られたものだと言う話だし、その前に仲良くなった人と言うのがいないとおかしい。


……だから、何か条件が確立していなくとも、もっと精霊と仲良くなれる方法があるはずなんだ。


その趣旨をもう一度ミレアに説明したところ……


「ああ、なるほど、そういうことですか」


ミレアも俺の意図するところを理解してくれたようだ。


「もっと純粋に精霊と仲良くなれる方法があるんではないか、ということですわね?」

「ああ」

「それなら簡単ですわ! 精霊と仲良くなることです」

「……は?」

「ですから、精霊と仲良くなればよろしいのです!!」

「…………は?」



同じことを繰り返されても、俺も同じセリフを繰り返さざるを得ない。




だって言ってることがトートロジーなんだもん……




精霊と仲良くなる方法を聴いてるのにそれが『精霊と仲良くなればいい』だなんて……


ミレアは尚も繰り返そうとする。

……何だろう、認識に齟齬があるのだろうか。


「あのな、ミレア……俺が聴いてるのは精霊と仲良くなる方法だ、なのにミレアの言い方だと『仲良くなるには、仲良くなればいい』って言う風に聞こえるんだが……」

「ですから、さっきからそう言っているではありませんか!! 精霊と仲良くなるには、精霊と仲良くなるのが一番なのですわ!!」

「…………」


ダメだ、よく分からん。

今迄の説明はしっかりと出来ていたから、折角見直していたのに……



……一つずつ確認して行こう。


「俺達は今、精霊と仲良くなる方法について話してるんだよな?」

「ええ!!」

「それで、ミレアは『精霊と仲良くなる』……そうすれば『精霊と仲良くなれる』と」

「ええ、そうですわ!!」


あ~、頭痛くなってきた。


「えーっと……―そうだ、仲よくなるって言うが、それは例えば……―精霊Aと仲良くなろうとしている時に、精霊Aと仲良くなれ、そう言う趣旨のことなのか?」


咄嗟に思いついた例えを出すとミレアは少々ポカーンとした様子を見せる。

そして一時停止から戻ったミレアは……




「そうではありませんわ!!」




明確に否定してくる。



ふぅ~ようやくお互いどこですれ違っていたのかが分かってきた。



「じゃあミレアが言う精霊Aと仲良くなるために『仲良くなる』っていうのは精霊Bとか精霊Cとかのことなのか? それはそれで新しい疑問が浮かんでこないでもないが……」


だってそうすると精霊Bと仲良くなるには精霊Cとか、精霊Dとかと仲良くならないといけない。

でもそのための精霊Cと仲良くなるには精霊Dとか精霊Eとか……以下略。


つまり永遠に仲良くなんてなれない、という結論が出てしまう。

……これなんのイジメパラドックスだよ。


亀と永遠に追いかけっこしているだろうゼノンもビックリだ。



「そうですわね……と言っても順序が逆ですかね?」

「逆? ……つまり……ああ」


そうか、変に難しく考える必要は無かったのか。


「一つ目とか、二つ目の方法で精霊と仲良くなってれば、他の精霊とも仲良くなれるってことなのか?」

「厳密に言いますと少し違ってくるのですが、要はそう言う事ですわ」


ふぅ……疲れた。


しかしようやくお互い同じ認識を共有できた……




◇■◇■◇■




「わたくしは未だにそう言った機会はありませんが、『精霊魔法』を使えるようになれば、自然と精霊の方から術者に近寄って来るそうです」

「それは1つ目の方法でも2つ目の方法でも差はないんだな?」

「ええ。ただ、精霊が近寄ってくるにも、やはり違うところで差は出て来るようですが」

「それがさっき言った『仲良くなる』ためには“他の”精霊と『仲良くなる』ってことか」


つまり沢山精霊と仲良くなってればそれだけ精霊も近寄ってくる。

人気者にはそれだけ惹かれ易いという事だろう。


「他には……たとえば一つ目の方法とは逆になりますが、『水魔法』を使える術者であれば水の精霊が近寄って来やすくなります」

「勿論それは『精霊魔法』が使えることが前提、だよな?」

「ええ」



なるほどな……これで大体『精霊魔法』の概要について分かった。


纏めると……



【『精霊魔法』が使えるようになるまで〔素質を持っていることが前提〕】

①既に『精霊魔法』を使える者に精霊を紹介してもらう→精霊の魔力を分け与えてもらう

②“エルフの里”or“妖精の園(フェアリー・ガーデン)”にて碑石に祈りを捧げる→ただその場所自体が見つけ辛い+“族長”に当たる難敵がいるので入る事すら困難

③例外的な方法:六大精霊と契約→過去、火の大精霊“イフリート”と契約した者がいるという史実あり→でもまあ無謀、というよりそれ以外の方法が分かってない(そもそもイフリートってどこにいるの? とか 大精霊との契約って普通とは違うんじゃない? とか)




【精霊と仲良くなるには〔精霊を認識できるようになってから、精霊との交渉をどうやってまとめるか〕】

①その精霊の属性にあった属性魔法を習得していること(土の精霊で言えば『土魔法』、光の精霊であれば『光魔法』を)

②碑石に願い奉る方法なら無条件で行ける

③他の精霊と仲良くなればなるほど、それ以外の精霊の気も惹ける→つまり、精霊に人気者なら他の精霊も「その人が気になっちゃう!!」と

④属性魔法を使えれば、その属性の精霊達から近寄ってくる→『精霊魔法』を使えることが前提なので、精霊達もその親和的な属性魔法と併せて近寄って来やすい……のかな。






とまあこんな感じだな。



ふむ。

整理してみるとよく分かるが……


この世界の精霊はデートしてデレさせる必要は無いらしい。

その分まだ良心的か。


ってかそりゃそうか、中級の精霊はまだ精霊に相応しい姿をしていると言うし、人型じゃない。

人型じゃない精霊に戦争デートも何もない、か。






「―以上で、『精霊魔法』の説明は終わりになりますわ」


ミレアは長い息をついて落ち着いた様子を見せる。

……お疲れさん。


「ありがとよ、助かった。他の魔法については多少の知識はあったが『精霊魔法』ともなると流石に話は変わってくるからな」

「いえ、マーシュさんのお力になれたのでしたら望外の幸せですわ」

「そっか……」


ミレアは本当に幸せそうな笑みを浮かべてこちらを見てくる。

……ミレアも、少々猪突猛進気味ではあるものの、根は優しい良い子なのだろう。



「「…………」」



沈黙が流れる。

別にその沈黙自体が嫌というわけでは無い。

むしろさっきまで話づくだったのでこうしてゆったりと落ち着ける雰囲気と言うのは有り難い。

ただ……


「…………(チラッ)」

「…………」

「(チラッ)……(チラッ)……」


時折盗み見るようにして送られてくる視線が何とも言えないこそばゆい気持ちにさせる。

何だよ……俺の鎧兜に何かついてんのかよ……



「ぁ……ぁぁ……」



ミレアはしきりに視線を送って来ては何か言葉を発するべく口をパクつかせる。

その様子は差し詰め、酸素を欲する金魚のようで……




何、何なの!?

そう言うのやめてくれる!?

こっちまでドキドキしちゃうだろ!!


どうせ期待させといて、そうしてどん底まで叩き落とすんでしょ?

分かってるっつぅの、ドキッとさせるのも全部女子にとってはどうと言うことも無い仕草なんでしょ!?


でもね、純情な男子はそれだけでも「あれっ、コイツ、実は俺のこと……」とか一喜一憂しちゃうんだからそこんところ気を付けろ!!


「あ~それ知ってる~!! 谷本君もそれ読んでるんだ~面白いよねぇ~!!」とか言って本読んでる時に体屈めて覗き込んでくるな!! ほんのり女子特有の良い香り漂わせるだけで、ゴ〇ジェット吹きかけられたゴキブリみたく一撃でコロッとやられちゃいますから!!


あと地味に『私と同じ趣味なんだ~』アピールは『気が合うよね、私達』か~ら~の~『私、谷本君に興味あるんだ!!』という2段跳び位飛躍した誤った帰納的推論を導いてしまうのでお控え願います!!


割とマジで!!




「……ぇ? ……その、えっと……」


―と、そんな青年男子共通の悩み(※但し、イケメンは除く)についての対策を考えていると、ミレアが再び独り言を呟き始めた。


「―えっ!? マーシュさんに、ですか!?」


ミレアは右肩の虚空へと視線を向けては驚いた声を上げてブツブツと……



―ああ、精霊と会話中ね……




「……わかり、ましたわ」



何だかよくは分からないけれど一先ず落ち着いたようだ。


―と、思っていると……



「マ、マーシュさん!!」

「ん?」

「わ、わたくしと、そ、その、握手してくださいまし!!」


何だ突然……


「……何でだ?」

「い、いいから!! 握手するのか、しないのか、どちらなのです!?」


何で逆ギレされるんだか。

ミレアはやはりよく分からないところで暴走するな……


「ああ、ああ、分かった分かった。―ほれっ、握手」


そう言って右手を差し出す。


フッ、今俺は小手をはめているのだ、綺麗な女子との握手などたわいもない。

素肌の接触ごとき、簡単にこなして見せるぜ!!


「っ~~~~!!」


当の言いだしっぺであるミレアはというと、おずおずと右手を近づけてくる。



…………本当に何なんだ。



そうしてミレアは、何か危険物にでも触れるかのように俺の右手を握りしめた。

小手越しにでも、ミレアの手が背丈に比して思った以上に小さく、そして柔らかな肉感をしていることが伝わってきた。



やっぱり、ミレアも女の子、なんだな……




―って、え!?



握っていたミレアの手から微かに伝わって来ていた彼女の体温とは、また別の何かが突如として流れ込んでくるような―そんな感覚に襲われる。


ただそれは何か異物が混入してくるような、そんな嫌な感じでは無く、温かい何かが体の中に……




……ってこんな言い方だと誤解を生むな。



「あっ、あっ、あぁぁぁぁ!! 温かいものが、わ、私のナカに、ナカに、入ってくるぅぅぅぅぅ!!」みたいな……



……そんなんじゃねぇからな?




あれだよ、寒いときに自販機の「あたたかい」飲み物(俺はおしるこ派だな)買って飲んだら「ホッ……」ってなる感じだよ。

決して変な意味じゃないからな!!


「ほ、本当に、マーシュさんの、中に……入って……」


俺の手を握っていたミレアも何故か本当に驚愕した、という顔を見せる。

いや、だからそういう言い方すんなって……



「っつうかミレア、何なんだ? これは一体―」



意図も分からず「握手してくれ」なんて言ってきたミレアに本心を正そうとした、まさにその時だった。



『おー。みえたみえたー』



―全く予想だにしていなかった俺とミレアの頭上から、突如として謎の声が降りかかってきた。


ギョッとして声のする方を向く。


すると……




『わーいわーい』




可愛らしく宙を飛び跳ねる50cm程の生物がいた。

……いや、この場合『正体不明の飛行物体』という意味では“未確認飛行物体”と言った方が良いのだろうか?



いや、『物体』と付く以上、生物にその定義は当てはまらないのか、それとも……



『ねー? みれあー、いったとおり、できたでしょー?』

「ええ、わたくしもビックリですわ。まさかマーシュさんに『精霊魔法』の素質がおありだなんて……―その、マーシュさん?」

「お、おおう」


思考の彼方へと飛んでしまっていた俺は、ミレアの呼びかけで引き戻される。


どうやらミレアと謎の飛行生物は知り合いの様子。

そして先程耳に入ってきた幾つかの単語を統合すると……




『うしゃー、おひゃー、ごひゅあー』



このアホっぽい奇声を上げてはしゃいでいるバカっぽい生き物は……



―どうやら『精霊』でいらっしゃるようだ。



「……ミレア、俺が見えているこの小さな生き物……は『精霊』でいいのか?」

「……はい、風の中級精霊ですわ」

『ちゅうきゅうー、ちゅうきゅうー!!』

「……この、アホっぽいのがか?」

「……ええ、このようなものでも一応歴とした『精霊』ですのよ」

『あははは、せいれい、せいれい!!』



ほんまかいな……




◇■◇■◇■


『うにゃー、おりゃー、ぐにゃー』


一先ず意味不明な言葉を口走っている精霊(仮)は置いといて、事態を整理すると……




精霊のお達しで、俺が『精霊魔法』の素質あんじゃね? ということがミレアに伝わる。

→一つ目の方法you試してみちゃいなよ!! と精霊軽いノリでミレアに試させる。

→ミレア、俺に精霊から貰った魔力を一部与える

→俺、精霊が見えるようになっちゃった!!(今ここ)





「……ちなみに素質が無い場合のことは全く頭の外だったから聞かなかったが……『精霊魔法』の素質が無い者に一つ目の方法―精霊の魔力を与えるってことをしたらどうなるんだ?」

「それは……本来精霊の魔力というのは人間の魔力とはことなり膨大な量且つ純度を誇るものです。『精霊魔法』の素質はその膨大且つ純度の濃い魔力を人間でも扱えるようにするために必須のもの―つまり」

『ぷぁあん!! あははははーおかしいおかしい』

「「…………」」



「あははは」じゃねえよ!!

このクソ精霊、舐めてんのか!?


コイツ、俺が素質持ってなかったらどうするつもりだったの!?

大量の魔力を扱いきれず、膨らみ過ぎた風船のように人が弾けるのも「またをかし」ですか!?



趣ねえよ!!

肉片飛び散って終わりだわ!!



「そ、その……フォローという訳ではありませんが、今までこの子が誰かを見てこのように興奮することも、一つ目の方法を試してみては、と進言してきたこともありませんでしたので……」


ミレアも自分がしたことの意味と言うのをちょっとずつだが理解し出したのだろう、かなり申し訳なさそうにポツンと佇んでいる。


「はぁ……でも、まあ何ともなかった訳だから怒りゃしないが……」

『わははは、ゆるしてくれたー、やさしーね!!』


ブチッ……


ヤバい、久しぶりにキレかけた。


『あはははー』

「マーシュさん……本当に申し訳ありませんでした……」

「いや、まあそれはもういい……―それより」


相手がリゼルよりもアホな以上、コチラが大人にならなければいけない。

俺は2枚の羽がついた饅頭みたいな体型をしている精霊を真正面に見据える。


「お前は……どうしてミレアに今回のことを提案したんだ?」

『んーーだって、できるとおもったからー』

「“できる”? それは……精霊の魔力を与えても俺が死なないって分かってたってことか?」

『そう!! えっへん!!』


羽を真ん丸な体の腰辺りに当てて、胸を逸らすようなそぶりをして見せる。

……偉そうに。



とは言え、精霊にはそう言う事は感覚的に分かるものらしい。

だったらまあ目くじらを立てて怒る事でもないのかもしれないな。


「なるほど……じゃあ次だ。―お前は風の精霊ってことでいいんだよな?」


ミレアが仲良くなった精霊は火と風ってことだった。

その内、体に羽が生えていると言ったら……まあ風の精霊と推測するのが妥当だろう。


『そうだよーかぜだ、かぜだ!!』


やはり風の精霊で間違いないらしい。


ふむ、さっきの一件はまだ割り切れない部分もあるが、とにかく。

そこまで分かれば……



「……なら、俺とも交渉、してくれるのか?」

『…………』


さっきまでのウザかったバカ騒がしさとは打って変わって、その質問をしたときだけは、風の精霊は黙り込んでしまう。


そうして羽をパタパタとさせながら俺だけをその眼に入れ……

そのギャップに思わず唾を飲み込んでしまう程に緊張が走る。



ゴクッ……



すると……








『うん、いいよー』

「簡単だな、おい。さっきのシリアスどうした」




俺の緊張台無しである。




『ぼくと、なかよくなろー』

「え、もう!? もっと何かこう、それらしい過程とかやりとりとか……」

『ぼくのまりょく、おくるねー』

「人の話聞けや」



コイツ俺と仲良くなる気ないだろ。



『むむむむむー、とりゃーーー』



羽や嘴をつけたお団子の精霊が呻ったかと思うと、その小さな体躯に似合わない、半透明の黄緑色をしたボーリング玉状の魔力がふわふわと俺の方に飛ばされてきた。


それは、先程ミレアと握手した時と似た、しかし根本的に異なる感覚を持って俺の体内に入り込んでくる。

うねりのようなものを上げて俺の体の中を暴れ回る感覚を覚えるも、魔力操作の要領で抑え込むことに成功し、次第に落ち着いて行く。


今回はもう誤解の仕様のない、明確なものだった。


「ファイトォォ、いっぱぁぁつ!!」と叫びたくなる栄養ドリンクとか、翼を授けてくれる『レッドブ〇』なるものを飲んだ後のハイの状態……そんな感じだ。



そして今回は明確に違和感のようなものを覚え、自分を鑑定してみる。



すると……





『精霊魔法』を習得していたのも明確な変化であるが、それとは別にMPの横に……




MP:362/303(+59) 【精霊の魔力玉(風):30000/30000】




なんてものがあった。

3万って……

あのボーリング玉の大きさでこれかい。



文字通り桁違いの魔力だった。

風の精霊から貰った魔力だから、風の魔法に関することにしか使えないが……



これは凄いの一言に尽きる。


体の中に自分の魔力とは異なる魔力を飼っていることになるのだが、それがもう金庫のレベルに留まらないのだ。


プールとかダムレベル。

エルフ族や妖精族はこんな力をくれる精霊と仲良くなれるわけだろ?

そりゃ数が少なくないと他の種族も割に合わねえわ。




「ふぅ……」



―とにもかくにも、ハプニングこそあったが何とか『精霊魔法』を習得できたな。


ミレアに紹介してもらって仲良くなった以上、この風の精霊については一緒に行動することはできないだろうが、まあ『精霊魔法』が使えればこれっきりで精霊と仲良くなれる機会が無くなるわけでは無い。



今後、じっくりと他の精霊と……




―そんなことを考えさせてもらえる程、俺に与えられた時間は多くは無かったようだ。




『おおぉー、かぜのやつがなかよくなったぞー!!』

『わたしも!! わたしもなかよしなるー』

『…………つぅーん、でも、わたしも……』

『うぅぅー、わたしもわたしもー!!』



いきなり周りが騒がしくなった―かと思うと、さっきまでは姿形が一切見えなかった未確認飛行物体が次々と姿を露わにする。


スライムのような液体が球状となっているもの、泥・土・岩が混じったゴツゴツとしたお団子のようなもの、クリスタルのような輝きを放っている氷の玉のようなもの、パチパチと周囲に静電気を放つ雷球状のものetc……



「な、なんですの!? これは一体……」

『おおぉぉ、みんなおひさしぶりーーー』


ミレアにも見えている、そしてついさきほど魔力を与えてもらった風の精霊の反応を見る限り、俺の周囲に現れた50cm程の生き物たちは皆全て…………




精霊……か。



『精霊魔法』を使えるようになって直ぐにこれか。

正直驚いた。


ミレアの話では『精霊魔法』を習得した後、確かに他の属性魔法を使えれば、その属性の精霊が近寄ってくることも有るということは聴いていた。


でもここまで電光石火に来るとは思っても見なかった。


漠然と「1~2年くらいかかるのかな~」みたいに思ってからな……



俺の周りには色とりどりの精霊達がひしめき合っている。

彼等は一目でどの属性の精霊なのかが分かるくらいに特徴的な体をしていた。

今この場にいるのは……


火・水・土・闇・光・氷・雷・癒・毒・古の10属性(風は除外)。


俺の属性魔法の数とほぼ符合する(『生活魔法』の精霊は流石にいないみたいだ)。

氷や雷、それに毒などこの世界では凡そ知られていないだろう属性の精霊についても存在したというのはかなり驚きだった。



「精霊ってこんなにいたんだな……」


そんな感心している俺を余所に……



『むむむぅぅ……まりょく、まりょくを~~~』

『つちの、それじゃあおまえがまりょくほしいみたいだぞ~~~』

『ぬぬっと、まりょくまりょくまりょく……』


それぞれが先程の風の精霊のように俺に魔力を送るべくうんうん呻っている。


「―ってお前等またか!? いいのかよ、諸々の過程すっ飛ばしてる気がするぞ!!」

『いいのいいの~~、おちかづきのしるしに~~まりょくをおおくりしまーす』

『まりょく、われにまりょくを……』

『いや、だからそれじゃあおまえがまりょくをほっしてるみたいだぞーーー』



俺の話など意に介さず好き勝手に話を進めては、魔力を送る手筈を整えている。





コイツ等……ほんとは俺と仲良くなる気ないだろ。





■◇■◇■◇



MP:362/303(+59) 【精霊の魔力玉(風)×5:150000/150000】

           【精霊の魔力玉(火)×5:150000/150000】

           【精霊の魔力玉(水)×5:150000/150000】

           【精霊の魔力玉(土)×5:150000/150000】

           【精霊の魔力玉(闇)×5:150000/150000】

           【精霊の魔力玉(光)×5:150000/150000】

           【精霊の魔力玉(氷)×5:150000/150000】

           【精霊の魔力玉(雷)×5:150000/150000】

           【精霊の魔力玉(癒)×5:150000/150000】

           【精霊の魔力玉(古)×5:150000/150000】

           【精霊の魔力玉(毒)×5:150000/150000】

           【精霊の魔力玉(木)×2:60000/60000】

           【精霊の魔力玉(音)×2:60000/60000】



各属性の精霊から魔力を貰うことは特に問題なく終了した。

―問題が起こったのはむしろその後だった。




問題……と言えるかどうかは分からんが、一つ目としては、11の属性の精霊と仲良くなった後、更に新たな精霊達が姿を見せだしたのだ。


ミレアの話では「精霊と仲良くなるには、精霊と仲良くなればいい」ということだった。

要するに精霊に人気者であればあるほど、他の精霊も近寄りやすくなる。


それで既に仲良くなった属性の精霊達が仲間を引き連れて戻ってきたのだ。

それで、各属性の精霊から貰った魔力の玉がそれぞれ5つになったのだ。


つまり、各属性の精霊5体とそれぞれ仲良くなったことになる。


ここまで来ると、もうカイト君大人気!! フィーバー入っちゃう!! 的に精霊が寄ってくる……かと思ったら限界はあるようでそれぞれが5体ずつに留まった。


この限界の数は……恐らく俺が使える属性魔法の数と関係しているのだろう、多分。


それでも総計55体の精霊から魔力玉を貰える、というある種の資格のようなものを揃えたことも有り、俺が持たない属性魔法―つまり木と音だな―の精霊も2体ずつ(計4体)が俺に魔力玉をくれた。






そして2つ目と言うのが……




『ありがとー!! 私達を上級にしてくれてー』

『こんなに早く上級の精霊になれるなんてー感謝してるよー!! 大好きー!!』

『お礼にー、ギュッてしてあげるー!! うひゃー、人間の男の子だー!!』

「…………」




……上級になった精霊達に大人気なのである。

合計59体もの精霊から魔力玉を貰ったのだ、既に彼女達が上級へと昇華するための条件を俺は十分に備えてしまったと言える。


そして彼女達は見事、たったの数時間にして上級の精霊になったのだ。


え? 別に上級の精霊になること自体は別にいいじゃんって?


……皆、覚えてるかい?

中級の精霊が上級になったらどうなるか……



中級の頃と比べて勿論アホっぽさが多少なりとも抜けているのは俺にとっては助かる事実だ。

それに明らかにこの子達は強くなった。


1体で1000人の魔術師と渡り合えると言うミレアの言もあながち嘘や誇大ではないことが感覚的に分かってくる。


じゃあ何が問題か……





『人間の体っておもしろーい!! うわぁぁ、お腹の上が何だか膨らんでるーーー!!』

『お山が二つだーー!! おおぅ、プルンプルンしてるぞーー!?』

『ふふん、私、知ってるーー!! これ、人間の“胸”って言うんだぜ!!』

『『『おおう、“胸”とな!?』』』






……精霊達が擬人化しちゃいました。

しかも皆女の子の体してるのに服を着てくれません(男だったらいいとかそう言う話ではなく)……

挙句、59人が59人とも全員が精神年齢10前後と来てまして…………周りにウジャウジャと湧きやがるのですよ。




体は最も近くにいたミレアを真似てか、本人たちが話しているようにそれ相応に膨らんだ魅惑的な双峰がある一方で、子犬みたいに無邪気にじゃれついてくる精神年齢とか……




この状況、どけんかせんといかん!!




俺のような純粋な青年男子にはこの取り巻く環境は毒そのものだ。

俺の周りで飛び回っている精霊達に一度キッパリと物言いしようとした。


だが―



「わ、わたくし、ちょ、ちょっと失礼いたしますわ!!」

「へ?」

「で、では!!」

『あー、待って―、ミレア―』

「ちょっ―」



止める間もなく、ミレアは風の精霊と共にそそくさと離れて行ってしまった。

その際チラッと彼女の表情が目に入ったのだが、何だか頬が熟れたリンゴのように赤く染まっていたような……



「何なんだ一体……」

『うー……エルフ族も、妖精族も、私達と仲良しは良いって言ってたー』

『そうそうー、私達と仲良し、素敵だぞーって』

『カイトー、精霊と沢山仲良しー!! エルフちゃん、キュンキュンしちゃった!!』


精霊達が口ぐちに俺の疑問に答えてくれるので必要な情報を抽出するのに多少根気がいるが、何となく分かってくる。


「要するに……エルフ族や妖精族にとっては沢山の精霊と仲良しだってことは一つのブランドみたいなもの、ってことか?」

『そーー!!』

『うぬ!!』

『うぇーい!!』


最後の精霊答えになってなかったような気がするが……


とにかく、今迄のことを全て見ていたミレアにとっては、精霊と仲良くなった俺を見て、思うところがあった、という事なのだろう。


それはいいんだけど……




……どうしよう、『マーシュ』は『火魔法』しか使えないのに、これじゃあ思いっきり他の属性魔法使えることバレバレだな。


いや、ミレアならもしかしたら他の慎重な人と違って本物の『マーシュ』がどういった人物なのか、とかあんまり知ってないかもしれない。

そうであれば誤魔化すことも……





『人間って“胸”のこと“おっぱい”とも言うらしいよー』

『おーーー!! おっぱいおっぱい!!』

『使い分けどうしてるんだろー?』

『どっちでもいいらしいよ~』



……騒がしいな……集中が途切れる。



えーっと……

ミレアが俺のことを『マーシュ』かどうかを怪しんだとして……

もう既にヤクモには俺がディールさんから依頼を受けた『カイト』という人物であるとバレてるわけだし、本当のことを言う、という選択肢も無くはないわけだが……


だって普通人族に『精霊魔法』なんて使えないわけだろ?

それなのに目の前で『精霊魔法』を習得しちゃったわけだし―




『うっしゃあー、一丁上がり!!』

『そうはさせるか!! ―お願いします、闇の皆さん!!』

『『『えー、お前は、完全に、包囲されている』』』

『き、汚い!! 闇の皆連れて来るのは汚いぞー!! 毒!!』

『『『大人しく抵抗するように。さもなくば投降の機会を剥奪する』』』

『うぇ!? 投降するために抵抗しないといけないのー!?』

『ふっふっふっ……』




―……うるさい。

ってか何の遊びしてんだコイツ等。


折角中級の時のアホっぽさが少し抜けたかと思ったら……



―っていかんいかん。

集中集中……



ミレアをどう誤魔化すか……



『ふっ、そんな甘っちょろいトリックで私達を騙せると思ったー? 私達も舐められたものねー』

『…………っ』

『2番はフェイク!! 正解は3番よー!!』

『なっ!?』

『フフッ、私達の勝ち、ね……―……あれっ?』

『…………ふっふっふ』

『な、何がおかしいって言うのー!?』

『引っかかったわね!! 2番がフェイクと思わせといて3番へと導き、そうして誤答へと誘い込まれたとも知らず……』

『ま、まさか……』

『そう、正解は918024番だったのよ!!』

『そ、そんなーーーー!!』

「どっから出てきたその数字!!」



思わずツッコんでしまった。

だってコイツ等の遊びマジ意味わかんねぇんだもん!!


ってか集中できねえ!!


俺は今迄溜まりに溜まったものを声を大にして吐き出す。



「あのなぁ、お前等!! 人が結構真剣に悩んでる時に、ちょっとは静かにするという気遣いが無いのか!?」

『『『えぇーーーーーー』』』


精霊全員で不満を垂れてくる。

コイツ等絶対俺と仲良くなる気ねえよ……


『だってーーー、カイトー、遊んでくれないんだもーん』

『そうだそうだーー!! カイトー、私達と遊ばないんだもーん、つまんなーい!!』

『とりゃーー!! カイトー、遊ぼー!!』


そんなことを言っては俺に群がってくる精霊達。

うっ、そこを突かれると痛いんだが……


「ダ、ダメなものはダメだ!! 今は忙しいってのはお前達も分かるだろう?」

『ふみゅぅぅぅ』

『うぅぅぅぅ』

『ぐすっ……』


しまった、精霊達が皆シュンとしてしまった。

強く言いすぎただろうか……



精神年齢はそこまで高くはないのだ、普段は子供っぽいが怒られるのは慣れてないだろう。


もう少し優しくしてやらないといけない、か……



「その、スマン、ちょっと言い過ぎた」

『うぅぅぅ、カイトー、怒ってないー?』

『カイトー、ぷんぷん、じゃない?』

『私達、仲良しー?』


瞳を潤ませて精霊達は俺に問いかけてくる。

中には俺の腰や首に腕を回してくっ付いてまで来る者も。



最後の仲良しかの質問には答えかねるが……



「ああ、怒っちゃいない。―むしろ俺も悪かった。今度纏まった時間が取れたらちゃんと遊ぼう」


そう言ってやると、精霊達から歓喜の声があがる。

良かった良かった……

最後の質問も別に答えることを必要として発せられたものでは無かったらしい。


『やったぁぁ!! カイトー、大好きー!!』

『イェーイ!! それでこそ我等がカイトー!!』

『分かってるぅ!! ブチュー』

「おい、よせよ、俺兜だぞ?」


なんて言いつつ、こうして積極的に接してくれる精霊達に親しさを覚えてくる。

だからこそ、ある種のケジメみたいなものとして言うべきことはしっかりと言っとかないといけないのだが、さっきの反省を踏まえて語気を弱めて盛り上がっている彼女達に語りかける。


「それと、ここでは俺は『マーシュ』だから。皆も『マーシュ』って呼んでくれ」

『『『はーーい!!』』』

「あと、精霊とは言っても皆歴とした女の子なんだからな、最低限の慎みは持って……」

『つつしみー?』

「まあ要するに、時と場合を考えて俺と接してくれってことだ―いいか?」

『『『はーーーい!!』』』


今度も元気のよい返事が返ってくる。


ふぅ……これで一先ず彼女達との接し方についてはだいじょう、ぶ……




―一息ついて何とはなしにゆっくりと振り返った俺は、絶句した。




「先輩……」

「お兄ちゃん……」

「マーシュ、お前……」

「ライザ、あれって……」

「しっ、リュート様……」








み、み、み……



見られちゃったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?




え、どこから!?

どこから皆見てたの!?


俺『精霊魔法』とか“精霊”っていう単語とかバンバン使っちゃってたよね!?

くそっ、もうミレアを誤魔化すとかそう言う段階の話じゃない。



全員に話すしかないのか……



今迄に見たことない程不安そうな表情をしたレンが、ゆっくりと、ゆっくりと歩を進めて俺の下へ。




そして……



ギュッ……



「―お兄ちゃん、ごめんね……ボク、ボク……」

「ど、どうしたんだレン!? な、何で泣いてるんだ!?」


レンが涙を浮かべて俺の腰にしがみ付いてくる。

な、何だ何が起こってるんだ!?


「ごめんね、ごめんねお兄ちゃん……」


レンは泣いて俺に対して謝罪するばかり。


「レン、落ち着け、落ち着いて俺に話してくれ……―何がそんなに悲しいんだ?」


俺はレンを宥めすかすべく頭を撫でてやるも、レンの目から流れる涙は止まらない。

ここまでレンを悲しませるなんて……一体何が……




「マーシュ……」

「ん? 何だオルト、スマンが今忙しい……」


オルトさんが俺の下に歩み寄って来て肩に手を置いてくる。

その顔は何とも言えない……憐みのような、それでいて優しい温かみを含めたもののようで……


「マーシュ、お前は独りじゃない。私達がいるさ」

「え? あ、ああ……」


何?

それ今言う必要ある?

励ます必要があるのは俺じゃなくてレンなんだが……



そうこうしていると、今度はリュートさんと副官のライザさんが対称的な様子で近寄ってきた。


「ねぇねぇ、ライザ、流石にリュートでも知ってるよ? ―マーシュみたいな人のこと、“ボッチ”って言うんでしょ?」


ぐはっ!!


「リュート様いけません!! 確かにマーシュ様のようなお方を世間では“ボッチ”と言いますが、こういう場合は温かく見守ってあげるのが世間の常なのです!!」


かっは!!


「そうなんだ!! ―リュートは“ボッチ”じゃないもんね、ねぇ、ユウ?」

『うん、そうだね!! マーシュ君とは違ってリュートは人気者だよ!!』


ごっほっ!!



リュートさんの辞書には遠慮と言う言葉など無く、一方でライザさんは気遣いが過ぎて逆に相手を傷つけるタイプ。


二人とも言葉が鋭利な刃物になるという事を知らないのだろうか……



「うぅぅ、お兄ちゃん、ゴメンね、ゴメンね……」



―っと、俺の深い心の傷は一先ず措いといて……



「レン、俺は大丈夫だから、何をそんなに謝ってるのか、俺に教えてくれないか?」

「お兄ちゃん……ボク、やっぱり、もっと早くに、お兄ちゃんの、お嫁さんになればよかった」

「お、おおう……そ、そうか」


どうしていきなりそんな話が飛び出て来たのかよく分からない。


「その、それは嬉しいが……」

「ボク、お兄ちゃんとずっと一緒にいるから!! だから、だから……」

「お、おう、何だ?」



レンが何を告げるのか少々不安に思いながらも、次の言葉を待っていると……







「もう、1人でごっこ遊びしないでもいいんだよ?」






…………へ?




「えーっと……ごっこ遊びって……」



何だか嫌な予感がヒシヒシとしてくるものの、聞かずにはいられない。



「ううん、いいの、お兄ちゃん、優しすぎるから、ボク達にも隠したかったんだよね?」

「いや、あのな、そういうことじゃなくって、そもそも……」

「ゴメンね、ゴメンねお兄ちゃん、気づいてあげられなくって……」


ダメだ、レンは俺に謝るばかりで肝心なところを答えてくれない。

何か、何か大事な部分を見落としている―そんな焦燥感にかられる。


だがそれが何かが分からない。

くそっ、何だ!?

何を俺は忘れているんだ!?




「……先輩」

「おお、ヤクモか!!」



この騒ぎを傍から見守っていたヤクモが、オルトさん達と入れ替わりに俺の肩にポンと手を置いてくる。


「ヤクモ!! お前はレンが何を気にしてるか……―ってお前聴いてるのか?」


ヤクモなら何か知ってるんじゃないかと期待して尋ねてみても、ヤクモは何も答えてはくれない。

それどころか、さっきから肩に置いた手を放そうとしないのだ。


「ヤクモ、お前は―」

「―……先輩」

「―って、ん? 何だ?」


ヤクモはフルフルと首を横に振って俺に言い聞かせるように……



「独りぼっち、カッコ悪くない!」

「何の話だ!?」



グイッとサムズアップしてそんなことを言ってくるヤクモ。

本当にコイツは何の話をしているんだ……



「いやいや、先輩、流石にボクでもあれは心配しますよ~」

「だからあれって何の話なんだ? もう少し具体的に言ってくれないと……」

「え゛」

「何故そこで声が裏返る」


ヤクモはとても気まずいものを見る目をして俺を見上げてくる。

何なんだよその反応は……


「……言って良いんですか?」

「だから、何をだよ?」

「……先輩、じゃあ、本当に、言いますよ?」

「おおう、遠慮なくドンと来い!!」

「本当の本当に良いんですか?」

「だから、しつこいな。良いって言ってんだろ」

「…………というフリですか?」

「誰がここまで来てそんなこと振るか!!」


全く……ヤクモはいつでもブレないな……


「すぅー―……では、言いますね?」

「おう」

「先輩……」

「何だ……」

「……先輩が架空の友達を作って独り寂しく遊んでいた姿に、ボクもレンさんも胸を激しく痛めています」

「……へ?」

「はぁぁ……こう言えば分かりますかね―んん。―先輩は……『皆歴とした女の子なんだからな!! 最低限の慎みは持ってくれよ!! キラーン』……とか大層恥ずかしいことをお独りでなさっていたんです」

「独りで?」

「はい、お独りで」


…………。


「先輩?」


……………………。


「先輩? もしもーし!! せんぱーい……」







ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!







精霊見えてなかったーーーーーーーーーーー!?

そりゃ心配されるわ!!



だってヤクモの言う通り、傍から見たら……


「ああ、怒っちゃいない。―むしろ俺も悪かった。今度纏まった時間が取れたらちゃんと遊ぼう」とか……

「まあ要するに、時と場合を考えて俺と接してくれってことだ―いいか?」とか……

「おい、よせよ、俺兜だぞ?」とか……







全部独り言!!

しかも俺メッチャ身振り手振り入れてた!!

何これチョー恥ずかしいんだけど!?




「レンさんやボクが先輩を心配する気持ち、少しは分かっていただけましたか?」


穴があったら入りたい思いでいる俺に、ヤクモは残念な人を見る目で語りかけてくる。

くそっ、まだだ!! 

まだ挽回できる!!


「いや、あれは違うんだ!! 『精霊魔法』についてミレアと話してて―」

「なるほどなるほど、そう言う設定ですか~。先輩を慕っている架空上の精霊の女の子達を創出してお独りで遊んでいたんですよね~?」

「誰がんなことすんだこの野郎!?」


エア友達脳内に召喚してトモちゃ〇なんて名前つけてねえよ!!

そこまで落ちぶれてねえわ!!


「……でも先輩、流石にあんなものを見せられた側としては……先輩が本当は友達が一人もいらっしゃらないとても寂しいお方なんだという認識に至るのですが」

「それは誤った認識だ!! ―少なくとも、俺には友と呼べる人が一人はいる!!」


そこだけは頑として譲らない。

ヤクモ相手ならライルさんのことを臭わせる位なら大丈夫だろう。


「本当ですか~?」

「ああ、誓って本当だ!!」

「…………」


ヤクモは疑わし気にジトーっとした視線を送ってくる。


くっ!!


ここで視線を外してはいけない。

視線を外したら何か疑わしいことがあるんじゃないか、と思わせてしまう事になる。


「…………」

「…………」


俺はヤクモから注がれる視線から決して目を逸らさない。

兜越しではあるが、それでヤクモの信頼を得られるなら……



―不意に、ヤクモがプイッと視線を外す。

よし!!



これで……






「先輩、それって月払いですか? それとも日給制ですか? ―まさか!! 時間単位でコロコロとっかえひっかえ……」

「払ってねえよ!? 誰が友達料なんて払うんだ!! お前舐めてんのか!?」




くそっ、ヤクモはどうしても俺をボッチで寂しい人間に仕立て上げたいらしい。

……いや、間違ってないけど。

間違ってはないけどさ……何かこう……



周りの人からそう言われると…………グサッとくるよね。


ぐすんっ、いいもん!! 俺だって、多分後、ひと月くらいしたら記憶にない幼少の頃に鍵を配った俺の許嫁とか偽の恋人とか和菓子屋の娘のあの子とかもう100人位出てくるし!!

多分過去の俺、「ザクシャ・イン・ラ〇」とか手当たり次第に言ってるし!!



ごめん、何だか…………何だか汗が目に染みるや。



「お兄ちゃん、ゴメンね? もう、お兄ちゃんを独りにしないから……ゴメンね? ゴメンね?」

「……ああ、ああ、俺が悪かった。これからは一緒にいてくれ、レン」

「うん、うん……」


無駄に抵抗しても徒にレンに心配させることになると、俺は誤解を解く事を止め……それを真実として歩いて行くことにした。


傷は浅くはないが…………甘受しよう。

俺もちょっと泣きたくなってくるわ……。



そうしてレンを宥めすかしていると……



ぴとっ……




「……え? どうしたヤクモ?」

「…………」


レンが胴回りに抱き着いているからか、ヤクモは背中からレンと挟み込むようにして腰にしがみ付いてきた。


「レンさんだけじゃありません……先輩、ボクも、結構心配したんですからね?」

「そうだよ、ボクら、お兄ちゃんが、あんなことしてて、すごく、すごく心配したんだよ?」

「ヤクモ……レン……」


……二人とも……


「でも、先輩、レンさんも言ってますが……ボクらが一緒にいますからね」

「うん、お兄ちゃん、ずっと一緒だから」

「ああ、ありがとな……二人とも」


失った尊厳的な何かは決して小さくないものだが……これはこれであり、なのかな……





『マーシュー、人間にもにんきー』

『人気だ人気だー!!』

『良かったね~』



……お前等、のほほんと来やがって。

この事態が誰のせいだと……



……半分以上は俺か。




「―おや? レンさん、ヤクモさん!? マーシュさん、どうかなさったのですか!?」

『おーっす、戻ったぞー』


ミレアと風の精霊が戻ってきた。



……そうだ、変に考えずにミレアを呼んで来ればよかったんだ。





その後、俺はレンとヤクモの二人については『精霊魔法』を習得したという事実を伝え、オルトさんとリュートさん、ライザさんたちについては……そのまま俺がボッチで寂しい奴という認識を正さずにいることにした。



ミレアの助力もあって二人の誤解は何とか解けたが……





それでも失ってしまった人間としての尊厳の幾つか……priceless






―その後、オルトさん達から送られてくる憐みを込めた生暖かい視線と……


『うしゃーー!!』

『やったぜ!!』

『くっそー、これで3連敗……仕方ない―闇の皆さん、お願いします!!』

『『それはナシだって!!』』



俺とミレアにしか見えない騒がしい旅のお供を加えて、ようやく『ラセンの町』へと辿り着いたのだった。

長すぎて間違いももしかしたら散見されるかもしれません。

発見された場合はご連絡いただけると助かります。


カイト君、致命的な勘違いを周りに生みそうになりましたね。

まあ周りから見えない可愛い女の子が沢山慕ってくれるんです、それ位の苦労はして然るべきかとw


今回のお話でここまで長くしたのは次話から本格的にストーリーが動き出す、と言う風にしたかったという意味合いが大きいです。


恐らく次話からは落下するジェットコースターが如くお話が進みだすはずです(この『恐らく』と『はず』という文言は重要です!! 誰しも予定通りにいかないことはありますから!!)。

早すぎて皆さんが何が起こったかよく分からない、なんて状況が起こらないよう注意して次話を描かせていただきます。



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