出発前
キリが良いのでちょっといつもよりは短めです。
===== レン視点 =====
「……つまり、マーシュは瀕死だったユウを救ってくれた恩人、というわけか、シキ?」
「……はい。本来なら皆さんにももう少し早く伝えられたら良かったんですが……」
「……マーシュ、何かあるの?」
「……うん、ちょっとお兄ちゃんの事情は複雑だから」
「「「…………」」」
ボクがそう言うと、皆黙ってしまう。
こんなにシーンとされても困るんだけどな……
「とは言え、先輩がボクらにしてくれたことを考えるとがみがみ先輩を責めることはできません」
ヤクモお姉ちゃんが助け船を出してくれる。
「ユウさんの手紙の内容は先程お話しました通り、ボクらみんなで先輩のことを手伝ってほしい、というものです」
「えーっと……リュート、難しいことはよく分かんないけどマーシュが助けてくれたのはヤクモだけじゃない、ユウも、ってことだよね?」
「はい、先程から何度もそう言ってますよ、リュート様」
「いや、だから確認だって、そんな憐れんだ視線は止めてよライザ!!」
「……リュート、頭の回転悪い」
「あうぅぅ……アルまでそんなこと……もういいもん!! せっかくリュートが一肌脱ごうと思ったのに!! ―ねぇ、ユウ?」
『うん、そうだね!! 僕もリュートのきめ細やかな白い肌が大好物だよ!!』
「「「…………」」」
また違った沈黙が流れちゃう。
話が進まないよ~!
「……とりあえずアホなリュートさんは放置プレイでOKです。―それで、先輩を手伝う、ということの具体的な話に移りますが……」
「ヤクモ、その前にオルトとミレアの二人は良いのか?」
ウォーレイお姉ちゃんの疑問はもっともだと思う。
まあお兄ちゃんと一緒に行っちゃったオルトお姉ちゃんは仕方ないとしても……
「う~ん……まあオルトさんにはボクが後から説明します。ミレアさんは……放っといてもいいでしょう。オルトさんをいじれない以上、ミレアさんにはそういうポジションにいてもらわないと」
「……いいのか? 独りだけ仲間外れで」
「大丈夫です! ミレアさんはボクとの決闘で敗れてますから。そうホイホイとボクの言う事には逆らい辛い状況にいますから」
「……まあお前がそう言うなら」
ミレアお姉ちゃん……ドンマイ。
「じゃあ話を戻します。―具体的には先輩はユウさんの代わりに“ヨミさん”を捜してます。ボクとレンさん、それにリュートさんとミレアさんの隊で2日後『ラセンの町』に向かいます」
「私は……その、王都に残り、他のことをしないといけません。ですので他の皆さんでマーシュさんを手伝ってもらえればと」
そうだよね……シキお姉ちゃんはあの“スラン”って人のことや、可能性が低いにしても王都でヨミお姉ちゃんを捜すんだし。
お兄ちゃんとユウお姉ちゃん、それにディールさんには関係がある、ということは皆に知ってもらったけれど、それはあくまで『ただ単に協力関係にある』ということと『ユウお姉ちゃんをお兄ちゃんが助けた』ということだけだ。
お兄ちゃんが実は『マーシュ』じゃない、ということについては、ユウお姉ちゃんのお手紙にも触れられてなかったからボクとシキお姉ちゃん、ヤクモお姉ちゃんも触れないようにしている。
ディールさんは別に話しても怒らないと思うけど、お兄ちゃんに内緒で何でもかんでも、って言うのは多分ダメなんだと思う。
「シキさんには協力者もいますので、ボクらは先輩の補助の方に力を入れたいかと」
「ふ~む……事情は分かった」
「……うん!! 私も!!」
ホッ。
良かった、ウォーレイお姉ちゃんとアルに分かってもらえたのは嬉しい。
「私とアルは北東に向かう予定だったが、後回しにしよう。確か……」
「うん、ラセンの町に近いところにまで行く予定もあったはずだよ、ウォーレイ」
「ああ、四六時中一緒というわけにはいかないだろうが近くの町にはいる。困ったことがあれば頼ってくれ」
「はい、ありがとうございます―リュートさんは……」
「いいもーん、いいもーん、リュートはユウと一緒だもーん……」
ユウお姉ちゃん人形とのお遊び真っ最中。
「…………」
「申し訳ありません、申し訳ありません!!」
「……いえ、ライザさんが悪いわけではありませんから。―上がこれだと苦労しますね……」
「……はい」
「はぁ……」
ヤクモお姉ちゃんは溜息一つつくと、面倒くさそうにリュートお姉ちゃんの耳元に口を近づける。
「リュートさーん、知ってますか? ―ユウさんって、彼氏がいる女性のことが好きらしいですよ~?」
ビクッ
「そうして3人で朝まで乱れるようなプレイをするのがお好みだって、ボク、以前耳にしたことがあったような無かったような……」
ビクビクッ
「ユウさん、自分のことを救ってくれた先輩がリュートさんの彼氏だと……興奮してリュートさんとも……」
ビクビクビクッ
……いや、流石にそれはおかしいでしょ。
その状況、普通キャットファイトになっちゃわない?
それでもリュートお姉ちゃんには効果覿面みたい。
「ふ、ふ~ん、べ、べっつにぃ~? リュートそんなこと知ってたし~」
「「…………」」
「リュート、別に興味ないけど、ユウやヤクモのこと助けてくれたマーシュには、ま、まあ感謝してるしぃ~」
「「…………」」
「し、仕方なしに、マ、マーシュと付き合っても、ま、い、いい、かな?」
リュートお姉ちゃん……正直すぎるよ。
「……リュートさん、じゃあちゃんと先輩の役に立ってくださいよ?」
「ま、まぁリュートに任せとけば余裕? っていうかもう終わったも同然?」
いや終るの早すぎるよ……
まだ始まってすらいないよ……
「……ライザさん、何ならボクが新しい仕事先紹介しましょうか」
「ありがとうございます……ですがこんなでも一応私の主人ですので」
ライザお姉ちゃん、でも『こんな』って言っちゃってる……
「ん、んん……では、オルトさんにはボクから伝えときます。―皆さん、よろしくお願いしますね」
ボクらはそれで解散となった。
===== レン視点終了 ======
『ラセンの町』に向かう日となった。
リュートさんはライザさんと他数人のヴァンパイアの女性だけを伴い、ミレアは俺やレン、ヤクモ、そしてこちらもまた3小隊程を従えて集合した。
他は後から合流する隊、そして先行している隊に分かれている。
リュートさんに至っては有事の際にはカノンのように召喚が可能なのでむしろ少数精鋭の方が理想なのだ。
数日前から先行して調べてくれていた隊の中で、帰還した隊からの報告はあったが……
「……ま、成果なしか」
「仕方ありませんね。私達が赴いて調べるしか」
やはりカギになるのは『ラセンの町』なのだろうか……
それとも俺達が考えたことは全く見当違いのことなのか……
―ん!?
と、悩んでいる暇を与えてくれないイレギュラーが発生する。
『索敵』を使っていたのだが、突如として引っかかる者が現れたのだ。
そう、本当に突如として。
普段なら円状に広げたその先っぽに引っかかり、そしてどんどん近づいて行くという過程を経るのに、今回はもう既に円の端からは数mも入られた後、スイッチを入れたようにいきなり現れた。
俺達が集合場所に使っている王都の門前からは幾分か隔てているが、ゆっくりと―とは言っても普通の人が走る位のペースで―近づいて来る。
勿論門前などは多くの者が利用するのでここまで来る者というのは少なくない数いる。
だが、俺が把握した奴は人や障害物を避けて、それでいて誰にも見つからないよう慎重に慎重にここへと向かっているのだ。
明らかに怪しい。
対象が一人とは言え、警戒せざるを得ない。
「すまん、ちょっとトイレ」
「え~先輩、流石にそれは無いですよ、来る前に済ませて来てください!」
「悪い悪い」
俺はそうして断りを入れ、正体を確認しに行く。
―10m
―7m
―4,3,2,1……
「っ!! 誰だ!?」
「キャッ!!」
野太い声で“キャッ!!”!?
違和感満点である。
“違和感”なんて評価対象があるテストなら花丸をあげたいくらいに違和感たっぷりの状況をつくりあげてくれたのは……
―って!!
「フィオム!? 何やってんだ!?」
先日のあの一件以来顔を合わせていなかったおうじ……お姫様だった。
……いや、今目の前にいるのはあの形容しがたい男の姿をしたフィオムなんだけどね。
それにしてもまさか『索敵』の感覚すら騙せるのだろうか。
恐ろしいな、ルナの加護を受けた『光魔法』の幻覚って。
「あ……―ッ!!」
「って!?」
フィオムは俺の姿を認めると、驚いて硬直した体を構わず動かして、俺に抱き着いてきた。
ってその体で!?
「カイト君、任務で王都を離れるって聞いて、どうしてもカイト君に会いたくって……」
「お、おう……」
フィオムは俺のことを『マーシュ』ではなく『カイト』と呼んでくる。
口調も完全にお姫様モードだ。
フィオムと遭遇したのが丁度家の壁などで人からは見えないように位置する場所だったので、それでもまあいいっちゃいいんだが……
―ものすっごい複雑。
いや、嬉しいよ?
フィオムの本当の姿ってすんごい可愛いんだよ?
そんなお姫様がこうして俺と離れるのが寂しいとか言って抱き着いてくれるなんてもう本来なら理性崩壊物だよ?
でも、でもさ……
―それを男の恰好で言うかね!?
分かってるよ!?
これはルナの加護を受けたフィオムの光魔法なんでしょ!?
俺の目の前にいるこのオークもゴブリンも白旗揚げるような男は俺に見せてる幻覚なんでしょ!?
本当は目の前に絶世の美少女がいるって言うのに……何だこれ!?
「カイト君、『ラセンの町』に行くんですよね?」
「あ、ああ……」
「……私の親友のお父上がご領主をしていたのも、『ラセンの町』なんです……」
「あ」
なるほど……
フィオムの親友のことと、重なっちゃったのか。
フィオムは確か親友が貴族だった。
でもその親友の1年に1度の家族旅行が突然途切れた。
それで、フィオムとその親友が会う機会は無くなってしまい、再び会う事が叶わないまま今に至る。
詳しいことは知らないが、同じように俺もフィオムの元からいなくなるかもしれない、と不安なのだろう。
俺はフィオムの頭に手を置き、そして安心させるようにゆっくりと撫でてやる。
「大丈夫だ。俺はただ任務に行くだけだ。フィオムを独りにしていなくなったりしない。何ならフィオムの親友のことだってできるだけ調べて来てやるさ」
「カイト……君」
「だから安心しろ。な? そんな不安そうな顔、フィオムみたいな綺麗なお姫様には似合わないって」
―そう、お姫様なのだ。
俺の各感覚器官が騙されているだけ。
目の前にいるのは男じゃなくて美少女……
目の前にいるのは男じゃなくて美少女……
「カイト君……ありがとう、ございます」
「ああ―って!?」
フィオムは俺のヘルムに手をかけると、口の開閉可能な部分を下げて俺の顔下半分を露出させる。
そして頬をそのゴツゴツな手で掴んで……
チュッ
「●ljof×■ふぁお*★giふぁw△!?」
「フフッ」
グギャーーーーー!?
“フフッ”じゃねえよ!!
フィオムさん、やるならその姿は勘弁してくれ!!
俺全く素直に喜べねえじゃねえか!!
くそっ、想像力だ!!
今こそ俺の全想像力をフルに働かせるんだ!!
これは現実じゃない……………………
こんなのは幻想だ………………
これは幻なんだ…………
本当にキスしてくれたのは見目麗しいお姫様なんだ……
―その後、半抜け殻となった俺、そしてどういうわけか加わったオルトさんを迎えて、第10師団の騎士隊は王都より北西―『ラセンの町』へと向かった。
===== フィオム視点 =====
「行っちゃった……」
カイト君、やっぱり優しい人だな……
こんな弱い私の心の支えになってくれる、とても頼りになるカッコいいひとだ。
キスも……しちゃいました。
自分の人差し指で唇に触れてみる。
ファーストキス……カイト君と……
そのことを思い出すだけで顔が火照ってきます。
一瞬のことだったけど、それだけでもとても気持ち良かった。
とても幸せな、フワフワした気持ちになってくる。
顔だけじゃなくて、体全体が何だか熱くなってきました。
私……
ああ、早く帰ってきてください、カイト君……
ドスッ
「「イタッ!!」」
あっ。
ボーっと歩いていた私の目の前で、二人の人がぶつかったようです。
どうやら双方ぶつかったのは男性のようで、女性が一人ずつそれぞれパートナーとしている。
どちらともにその女性と話していて前方不注意だったようですね。
全身に鎧を着飾っている人が手を差し伸べて声をかける。
「わりぃ、大丈夫か?」
そしてその手を掴んだのはフードを被ってはいるがぶつかった拍子に顎髭の生えたダンディズムな雰囲気を纏う顔をのぞかせた男性。
「いや、こちらこそ不注意だった。―ありがとう」
私も他人事ではありませんね。
妄想は帰ってからにしましょう。
カイト君、直ぐに帰ってきてくださいね?
現地で他の女の子と仲良くなんて……なりません、よね?
当たり前です!!
だってカイト君、私のことを「独りにしない」って約束してくれましたし、それに、その……キス、しましたし。
わ、私も自分にそれ程の価値があるとは思ってませんが、カイト君は私のことをちゃんと「お姫様」って言ってくれました。
お姫様が、その、キス、したんですから……その意味も、分かってくれてます、よね?
ですからそんな、カイト君が他の女の子と仲良くなるなんてそんなことある訳がありません。
そんなことは万が一にも…………いえ。
こんな私にも優しくしてくれるカイト君のことです、きっと色んな人に好かれるはず。
そうすると……
カイト君が他の女の子と仲良くなる、という見方は違いますね。
―悪いのはそんなカイト君の優しさを利用しようと近寄る悪い女。
フフッ、フフフッ……
カイト君……カイト君が私のことを守ってくれるように、私もカイト君のこと、微力ながらも全力でお守りしますからね……
妄想は帰ってからという自分の言葉も、すっかりその上から違う想像で塗りつぶされてしまった。
そのことに集中しすぎたために、勿論先程目の前で私に体を張って注意を促してくれた二組の事なんかも、直ぐに意識の端に追いやられてしまった。
「ちょっと、なにやってるんスか、旦那。潜入中っすよ? こんな往来で人とぶつかるとか頭と目ん玉ついてんスか?」
「うっせ、この鎧、前見辛いんだよ。お前みたいに便利な鼻もないし。後頭は関係ないから、このクソ犬」
「ああん!? ケンカ売ってんスか!? 買いますよ自分? さっさと払い溜めてる報酬払いやがれッス」
「すんません、俺が調子乗ってました。だからもうちょっと待ってください」
「フフン、どっちが上か分かればいいッス。さ、さっさと捜しちまうッスよ旦那」
「ウィ~」
「もう、どうしてぶつかったりなんかするんですか!? 一分一秒でも時間が惜しいっていうのに!!」
「す、すまない……」
「そうしてペコペコ謝るのもダメです!! それ、癖になっちゃってるんじゃないですか!?」
「う、うぅぅむ……直そうとは思ってるんだが……」
「ギルド長の職を辞めてから、色んな感覚が少し鈍ってるんでは?」
「う、うぅ……どれもこれも耳が痛い」
「もう……ほんと以前とは立場が逆ですね。あの時は私が注意される立場だったのに」
「すまない……あ」
「はぁ……もういいです。さ、お説教はここまでにして、早いとこ捜しましょう」
「ああ、分かっている」
===== フィオム視点終了 =====
===== ????視点 =====
「お疲れ様4人とも。これで一応の修行は終わりだ」
「はい!! ありがとうございます、チトセさん―……カイト」
「これで、これでカイトさんを捜しに……」
「エンリ様……ようやく、ですね」
「……ふぅ―フレアもお疲れ」
「はい、リクさんもお疲れ様です」
アイリさん、エンリ、それにゼノはそれぞれ修行を修了した余韻に浸るでもなく、悲願の目的についての話に。
リクさんは皆を迎えに来た私を気遣ってくれるが、3人はそれでいいと思う。
本当なら修行なんてせずに、カイトって人を捜したかったはずだ。
その想いをグッと抑えに抑えて今迄厳しい修行をしてきた。
終わった後はもうカイトって人のことだけを考えればいい。
私は別にそれで寂しいとかそう言う事は無い。
「アイリちゃん、エンリちゃん」
4人の修行を見ていたチトセさん―アイリさんとエンリのお父さんの知り合いだそう―が二人を呼んで、それぞれに腰から引き抜いた刀を手渡す。
「これ、は……」
「アイリちゃんのは『朱雀』。何度も何度も蘇る不屈の炎が特徴だね。で、エンリちゃんのは『玄武』。エンリちゃんは『聖騎士』のジョブをつけたから、玄武の絶対の守護とは相性がいいはず。貸したあげるから使って」
「え、こんな凄そうなものを……」
「い、いいんですか?」
「ん。別にいいよ? 俺の子供はちゃんとそれぞれ一本ずつ持ってる。息子の清隆には『青竜』渡したし、娘は元々『白虎』を持ってるから。―ああ、俺は別に何も持ってなくても大丈夫だし。いらなくなったら返しに来てくれればそれで。なんたってルージュの娘さんだから」
アッサリしてるな……チトセさん。
二人はしばし刀とチトセさんを交互に見て、そして頷く。
「「ありがとうございます」」
「うん。それで、これまでずっと修行を頑張ってきたご褒美と言うか、修行に縛り付けてきたために生まれた弊害を取り除きたいというか……とりあえず半蔵」
「ハッ」
犬人で『忍び』という職の半蔵さんが呼ばれた。
ほんと、いつもどこから突如として現れるんだろうね、この人。
半蔵さんは片膝をついた状態から立ち上がり、一つの巻物を取りだし、そしてその封を解いて読み上げる。
「―調査報告。“①対象『カイト・タニモト』に対する指名手配が解除された。リューミラル王国騎士団長フォオルによるものと推察される。②我等が頭首―ハイネ・チトセ様の従者が一体、アルタイルがSランク冒険者ディールとの接触前に、迎撃された。その際アルタイルは『ピンクの長い髪をしたアホそうな竜人が犯人だ』と供述。③数日後に催されるギルド本部での臨時総会の議案の一つに『アイリ殿のSランク昇進』が挙がる模様。”以上です」
「うん、ありがとう」
そうしてまたシュタッと消えてしまう。
……ほんと何者。
―しかしその疑問も吹っ飛ぶほどの情報を半蔵さんは持ってきた。
「そ、それは本当なんですか!?」
「カ、カイトさんは、もう誰にも追いかけられないんですね!?」
ゼノも興奮してはいるが、主人であるエンリ、そしてその姉であるアイリさんが自分の気持ちを代弁してくれるとリクさんと共に見守っていた。
「ああ、ちゃんと調べた。情報網も俺が直接出向いたものもあるから信用してくれていいよ」
「よ、よかった……本当に良かった……」
「姉さん、良かったです、本当に良かったです……」
「うん、うん……」
二人は抱きしめあって涙を流しながらも喜んでいる。
そりゃそうだろうな……
ひとしきり二人が感動の涙を流し終えたのを見計らってチトセさんは声をかける。
「恐らく君達が一番知りたいだろう情報―つまりカイト君がどこにいるかの鍵を握っているのは②だろう。それ以外はまあカイト君を探すタイムリミットが無くなったと思えばいい」
「はい」
「それで……チトセさん、その“ディール”って人は……」
「うん、アイリちゃんは幾らか知ってるとは思うけど、この人はSランク冒険者をしている。③のアイリちゃんのSランク冒険者への推薦状の二つの内の一つはこの人が書いたものだ」
「はい、それは先日『ルナの光杖』の団長からの書状で拝見しました」
「へ~そうだったんですか」
「それで、もうカイト君に対する指名手配が解けたから微妙に③は意味があんまりなくなってきたんだけど、それでも②は結構重要な意味があるんじゃない? ―確か聴いてた話じゃカイト君の仲間の一人にピンクの髪をした竜人がいたんだよね?」
その質問には、エンリが大きく首を縦に振って答えた。
「はい、ちょっと特殊な体をなさってますが、リゼルさんというカイトさんのお仲間です!!」
「それで、ディールさんの所に行くまでにその人物“らしき”人に迎撃された―勿論別人と言う可能性だってあるし、この二つに繋がりが無いということも有り得る」
「でも、それが今一番の有力な情報、なんですよね?」
アイリさんは間髪入れずチトセさんに訊ねる。
チトセさんも頷く。
「ああ。分かっているとは思うけど、Sランク冒険者としてのディールさんと、君達のお父さん―ルージュの知り合いとしてのディールさんは同一人物だ。この人は色んな情報を持ってる。だから俺もこの人を頼ろうとしたわけだ」
「つまり……現状カイトに一番近い可能性があるのは、このSランク冒険者“死霊魔術師ディール”と言う人」
「そういう事、だね」
アイリさんの要約に、チトセさんも我が意を得たりといった顔をする。
これで、これでもしかしたらアイリさんやエンリの笑顔が戻るかもしれない……
「フレア、ギルド本部には私が行こうかと思うけれど、クランのこと、悪いけどもう少しお願いね? 」
こうしてアイリさんに直接頼まれたら断れる訳が無い。
「はい、勿論ですよ! まあ任せて下さい」
「そう言えば……今フレアは主にどんなことをしてるんですか?」
「あ~」
ちょっとそこをつかれると痛い。
私が返答に困っていると、ゼノが小首をかしげる。
「……何か、あったんですか?」
「ああ、いや」
慌てて手を振って否定する。
「何かあったというより、何もないことが問題と言いますか……」
「何もない? なら問題ないんじゃないの?」
「いや、まあそうなんですけどね」
私が代理で『イフリートの炎爪』の団長を務めている間、驚くほどに問題が無かったのだ。
アイリさんやエンリ、それにゼノの想いを知って、団員皆が今迄以上に奮起した。
依頼はバッチリこなしてくるし、他のクランとの交渉だって非常にうまくこなしてくれる。
要するに私以外が滅茶苦茶頑張ったから、私は特に何もしなかったのだ。
……だからちょっとばつが悪い。
それを伝えると……
「そんなことないわよ、フレアが上から皆を纏めてくれる、皆それを知ってるからいつもよりも頑張れたのよ」
「私達のことを想って頑張ってくれたというのも嬉しいですけど、フレアが姉さんの代理をしてくれているということが遥かに大きな比重を占めてると思いますよ?」
「そうです!! フレア様は凄い方です!!」
「まああんまし気にしすぎることも無いんじゃない?」
皆……良い人だわ。
泣けてくる。
「フレアも少し位息抜きしてもいいのよ? 言ったようにギルド本部には私が行かせてもらうし……」
「そうです!! ―あ、そう言えばフレアのご家族はどうなさってるんですか? 一度位ご家族に会いに行っても良いと思いますよ?」
アイリさんとエンリの提案はとてもありがたい。
まあ普段なら断っているが、今回は……
「あ~、それなら一度だけ『ラセンの町』に行っても良いですか? 弟が今そこにいるんですけど、何か『力を貸して欲しい』って知らせが来て……」
「「『ラセンの町』……」」
その単語に複雑な表情をする。
二人は私の事情を知ってくれてるからなぁ……
こういう顔にしてしまうから、あんまり言いたくなかったんだけど。
「大丈夫です、以前の“イェルガ―”関連ではないと思いますから」
「そう? それならいいのだけれど……」
「フレア……行くにしても、気を付けて下さいね?」
「二人とも心配し過ぎですって!! 団長代理の仕事もあるんですから、サクッと行って、サクッと弟と会って帰ってきます!! ―そんなことより、皆は一刻も早く帰ってルヴィアさんに顔を見せてあげてください!」
ちょっと卑怯かと思ったが、話を替えるのに二人のお母さんの名前を出した。
団員の皆が頑張ったというのは嘘ではないが、ルヴィアさんが『イフリートの炎爪』の事務をほぼ一手に担ってくれたことも重要な事実だ。
だから私のことを気遣ってくれたように、4人―特にアイリさんとエンリには早くルヴィアさんと会ってほしい。
「……分かった。じゃあ、フレアも気を付けて行ってね?」
「はい、勿論です」
アイリさんの言葉に応えて、私は相棒のファイアドラゴン―ニーナの背に乗り込む。
エンリとゼノもこっちに来た。
アイリさんは、チトセさんから貸してもらった『朱雀』という刀を、ここに来た時の変態竜みたいに解放する。
そして姿を現した紅蓮に煌めく翼を持つ巨大な鳥に、リクさんと共に乗り込んだ。
朱雀が翼をはためかせる度に、その端々から火の粉があがる。
だが乗っているアイリさんとリクさんは全然熱そうじゃない。
ニーナの体も時々口から吐く炎で物凄く熱くなるけど、私のことは焼かない―とても温かく包み込んでくれるのと一緒なのかな。
そうして数時間程ニーナの背の上で揺られ、皆を送り届けた後、私は必要最小限の準備だけ整えて再びニーナに乗り、故郷―『ラセンの町』へと飛び立った。
常識と言う名のネジをどこかに置き忘れてきたのがリュートさんです……
ご指摘いただいて
チトセさんのセリフ「俺の子供はちゃんとそれぞれ一本ずつ持ってる。息子の清隆には『青竜』渡したし、娘は元々『白虎』を持ってるから。―ああ、俺は別に何も持ってなくても大丈夫だし」を追加しました。




