色々とお話があるようです。
分割したもう一方の片割れです。
「―はぁ、はぁ、はぁ―ヤクモ、それにマーシュさん」
「え!? シキさん!?」
―息つく暇もなく、入れ替わりのようにして狐の獣人―シキさんが俺達の前に駆けて来た。
「マーシュさん、オルトさんが探してます、今から一緒に―」
「シキさん……」
現れたシキさんを複雑そうな目で見るヤクモ。
そして……
「―シキさん、もうボクの前では……先輩をそう呼ばなくてもいいんですよ?」
「……え?」
突然のヤクモの告白にシキさんは呆然とする。
多分、今頭の中真っ白なんだろうな……
俺は助け船を出すべくどういう経緯でそうなったのか、順序立ててゆっくりと説明する。
「シキさん、落ち着いて聴いてください。―先程、ディールさんがいらっしゃいました」
「え!? ディールさんが!?」
前置きを置いたが、やはりシキさんは混乱する。
まあそりゃそうか……
「わ、私!! 何でもします!! タニモトさんの女にでも、性奴隷にでも、何でも!! だ、だから、ユウと離れ離れにしないでって、ディールさんに―」
「ちょ、ちょっとシキさん、落ち着いて!! 落ち着いてください!!」
「シキお姉ちゃん、大丈夫、大丈夫だから!!」
俺とレンで何とか落ち着かせようとする。
だがシキさんも必死なようで、俺達にすがりつくようにして懇願してくる。
「ユウと一緒にいさせて下さい!!」「ユウを、ユウを私達の元から連れて行かないで!!」と。
ヤクモが事情を知っていて、そしてディールさんと俺が会った……
―唯一俺達の事情を知っていて、そして手助けをしていてくれたシキさんにとっては、その二つだけでこうなることは必至だったのかもしれない。
ウォーレイさんから、シキさんが切羽詰ってる感じがするとは聴いていたが……
落ち着いて良く考えれば色々と矛盾していたり、そんなことありはしないのだが、彼女の中では自分はお払い箱。
そして代わりに元気になってユウさんの片腕として動いていた優秀なヤクモを俺に付ける―そんな構図が組み立てられていたのかも。
これはそんなにディールさんが彼女の中で悪者なのか、と評価するよりはそれ程ユウさんと一緒にいたいという想いと、そのためには俺の役に立たなければいけない、というディールさんとの約束が強いのだと思った方が適切だろう。
「シキさん、大丈夫ですよ」
「ヤク、モ……」
ヤクモが片膝をついて、そうして泣き崩れているシキさんの肩に手を置く。
「ディールさんはボクらからユウさんを取り上げようだなんて考えてません。これからはむしろユウさんのためにボクと力を合わせて先輩を助けて欲しい、って」
「じゃ、じゃあ……」
やはり出会ってそれ程経っていない俺の言葉よりも、長年の付き合いであるヤクモの言葉は絶大だった。
相対的に俺の言葉に重みが無いみたいな感じでちょっと悔しいがそれはそれ。
この場を収めてくれるヤクモに感謝しつつ、俺もそれに助力する。
「誰もあなた達からユウさんを取り上げたりなんてしませんよ。シキさんにはこれからも私達の手伝いをしてもらうつもりです」
「そ、そうですか……ありがとう、ありがとうございます……」
「いえいえ」
別に感謝されるようなことはしていない。
むしろ感謝されるべきはディールさんだろう。
ディールさんはユウさんだけではなくヤクモやシキさんたちのことをも心配している。
彼女にとってはユウさんは勿論大事なのだろうが、そのユウさんを形作る要素としてヤクモやシキさん達が欠かせないのだということも理解している。
だから俺達のこと以外でも色々と苦労しているのだろうが……それがまあ関係図としては伝わり辛いのかな。
シキさんからしたら、ディールさんは自分を救ってくれた最も大切な存在のそのまた親代わりなのだ。
自分が不適切な存在だと思われたらユウさんと離れ離れにされるかもしれない、と邪推してしまうのは仕方ないだろう。
「ちゃんとディールさんにも、シキさんが重要な役割を担っている、ということは伝わっているはずです」
「ありがとうございます、ありがとう……」
「先輩、こっちは大丈夫ですから先輩はオルトさんの所に向かったらどうですか?」
そう言えばシキさんが駆けつけた時にそんなことを言ってたな……
「じゃあ……任せても良いか、二人とも?」
「うん、こっちはボクとヤクモお姉ちゃんがいるから大丈夫!!」
「そうか、じゃあまた―じゃあシキさん、また後で」
その場を後にしようと踵を返したその時―
「あ、あの、タニモトさん!!」
―涙を拭いたシキさんに呼び止められてしまった。
尚も過呼吸気味になっているシキさんは伝えたいことを必死に言葉にする。
「わ、私、さっき、勢い任せみたいに、あんなこと、言っちゃい、ましたけど……」
「は、はい、何ですか?」
「嘘、じゃ、ないですから!!」
「え……嘘じゃないって……」
―そして次に言葉にしたことは俺にとってはやはりとんでもない言葉だった。
「タニモトさんの、役に立つって、意味では、下のお世話も、しても良いって、思ってますから!!」
「「「…………」」」
3人とも絶句。
で、俺を除く二人―
「「な、何言ってるの(んですか)!?」」
勿論こうなります。
「だ、だって……タニモトさん、ユウやヤクモを助けてくれた、恩人、ですし……それに、優しい、ですし……エッチな事位なら、全然……」
「―おい、マーシュ、どこだ!! どこにいる!?」
鬼のような叫び声で自分を呼ぶ人が。
しめた!!
ナイスオルトさん!!
「やっべ、オルトさんだ―悪い、ちょっと後頼むわ」
「あっ、先輩!! 逃げるんですか!?」
「お兄ちゃん、逃げるの!?」
さっき「任せろ!!」的なこと言ってたじゃねえか!!
俺はそそくさとその場を後にして、首を長くして待っていたオルトさんとの合流を果たした。
「それで……俺に何か用か?」
「うむ、本来なら先日あったフィオム……王子の件についてお前と話そうと思ったんだがな、緊急の用件ができた」
そう言えばフィオムをモンスター達と共に襲ったあの男の処分がどうなったかは詳しくはまだ知らなかったな。
だがその件では無いのか。
「緊急って?」
「騎士団長―フォオルより各師団の代表者が呼び出された」
「騎士団長……」
フィオムやフィオムの従者のウィルさん、それにウォーレイさんと一緒にお披露目会で見たあのイケメンか。
何だろう、緊急で各師団に知らせるべきことって……
「―ってか代表者なら俺じゃくてオルトだけでいいんじゃねえのか?」
「『二人ずつ来い』、ということなのだ。―だ、だからお前を誘った!!」
「いや、それでも俺じゃなくても……」
「な、なぜいけない!! わ、私はお前が適任だと思ったのだ!! そうだ、それ以外に、り、理由などない!! 私はお前がいいのだ!!」
ほんとかよ……
「あ、い、今のは、ただの言葉の綾だぞ!? お、お前がいいと言ったのは単にお前が私と一緒に行くのに適している、というだけでそれ以外の意味は……ごにょごにょ」
尻すぼみに勢いが弱まって行くオルトさん。
この人がこんな女の子らしい様子を見せるのはギャップがあって不覚にも可愛いと思ってしまうのだが、あまり多くは語るまい。
行きの片手間で、俺が気にしていたフィオムの件について、オルトさんが教えてくれた。
やはりフィオムを襲ってきたのは『バジリスクの毒鱗』の一味―それも幹部で間違いないらしい。
―だが、そこには“元”という前置きがつく。
男はプロウラという名らしいのだが、そいつは元は言った通り『バジリスクの毒鱗』の幹部だった。
そこから“元”という言葉がつくまでに至るには、少し冒険者内部の事情を知らねばならなかった。
七大クランは元は『ルナの光杖』、『シャドウの闇血』、『イフリートの炎爪』、『シルフの風羽』、『ウンディーネの水涙』、『ノームの土髭』、そして『バジリスクの毒鱗』の7つだった。
だが勢力争いで、突如として物凄い勢いで力をつけた新参の勢力が現れた。
―それが、Sランク冒険者で、且つ更に同じくSランク冒険者にして、ミレアの伯父にあたるグリードを口説き落とした“ルーカス”率いる『オリジンの源剣』だった。
『オリジンの源剣』はグリードを入れてもたったの6人。
“空術使いのティアーナ”
“『闇と手をつなぐ者』クロエ”
“リューミラル王国騎士団第1師団元総隊長 フラン・シュトレー”
“『魔導の理解者』フロウラ・コーティン”
そして……
―『オリジンの源剣』団長 “『千剣の使い手』ルーカス”―
他の6つ(『バジリスクの毒鱗』も含めるなら7つ)はどこも団員数が3桁を超える中、これはハッキリ言って異常だ。
それでも、Sランク冒険者が2人いると言っても良い実質、そして勢力争いで『バジリスクの毒鱗』を危なげなく蹴落としたその実力が認められ、『オリジンの源剣』は異例中の異例で、たった5人(グリードを入れると6人)で七大クランの一つに数えられるクランとなった。
―とまあ前提はそんなもんで、話は元に戻る。
Sランク冒険者が実質2人いるとはいえ、たった6人のクラン―『オリジンの源剣』に蹴落とされた『バジリスクの毒鱗』はクランとしての名声を次第に落としていく。
団長も別の人に変わり、何とか転換を図ろうとするがそれがまた逆効果に。
依頼者・クランの団員共に時間に比例して離れて行った。
今回フィオムを襲ったプロウラという幹部もその一人だったわけだ。
どうせ毒によってモンスターを使役する方法を持っているんだ。
それもその方法はほぼ独占的なノウハウと言っていい。
なら沈みゆく船に乗っているよりかは自分で一山狙う方が良いと考えたのだろう……
そこでどうして貴族を狙って金を欲するまでに至ったか、というのは個人的には大分間をすっ飛ばしてると思うのだが、真面目にコツコツ一からやって行くよりかは、バカな貴族一人を攫った方が早い・易い・旨いとでも思ったのだろうか。
それ以上は今後の取り調べに期待だな。
騎士団区最奥―それも、リュートさんのところみたいに日当たり最悪の立地では無い―にそこはあった。
騎士団長室
本来一つの師団の庁舎・宿舎の中に隊長・総隊長などの部屋が設けられているのだが騎士団長だけは別格。
騎士団長専用の建物が設けられ、そこの中は騎士団長が自由に内装を決めることができる。
他の師団では隊員とも兼用しているところを、騎士団長は丸々一つが自由なのだ。
それだけこの国での騎士団長が担う役割というのには重きが置かれているのだろう。
コンコンッ
オルトさんが前に出て、荘厳な雰囲気を放つ扉を叩く。
「どうぞ」
間を置くことなく中から若い男性の声が返ってきた。
―まあ、騎士団長本人だろう。
オルトさんは俺を見、しかし言葉を交わすことなく中に入る。
「失礼します」
「失礼します」
俺も流石にふざけるのは無しにして一応礼儀を通しておく。
そして目に飛び込んできたのは、外の様子から考えて一切期待を裏切ること無いものだった。
ウォーレイさんの部屋には入ったことはあったがそれとは明らかに一線を画する。
埃や床に本・資料が散らばっているという光景などは存在しない。
机・椅子は確かに年期がいっているが、それは古臭いという感じを一切感じさせない。
一目見るだけで造詣の深い者なら高級品だと分かるだろう。
斯く言う俺は特にそう言うわけでもないが、少なくとも安くはないだろうという予測はつけられるほどには質の高さを窺わせる。
部屋の造りとしても、先程までディールさんと共に密談をしていた場所とさして防音性が変わるわけではなさそうなのに、木造。
扉のノックの音以外、中には通さないんじゃないかとさえ思ってしまう。
だが変に密閉しているというわけでもなく、息苦しさを感じさせない。
まさに職人―匠の造りだな。
―そしてその椅子に腰を据える、この部屋の主―騎士団長のフォオルさんが手を組んで―ゲン〇ウポーズで俺達を出迎えてくれた。
「良く来てくれた。第10師団は君達二人か」
「は!! 第10師団総隊長ユウが代理、オルト、ただいま参りました!!」
「第10師団12番隊マーシュ、同じく」
「うん」
フォオルさんは満足したようにうなずく。
……改めて近くで見るが、座ってるのに凄い貫録だな。
前回は遠すぎてできなかったが、鑑定してみると前情報と違うことなく24歳。
24歳で騎士団長か……すげぇな。
そんな肩書持っていて尚且つイケメンだろ?
体型も筋肉がしっかりついてて、それでいて細マッチョみたいな感じ。
―もうこの人、人生勝ち組だろ。
女性だって選びたい放題なんだろうな……べ、別に羨ましくなんかないんだからね!!
「オルトは知らない顔というわけじゃないが……マーシュとはこうして話すのは初めてか」
「……はい」
一応騎士団長だし、礼儀を失してはダメかと丁寧に置く。
だがそれがどういうわけか、フォオルさんには面白かったらしい。
「―フフッ、騎士としての職務を忠実にこなしてくれるのなら、俺に対する礼節なんてのはどうでもいい。お前も堅苦しいのは嫌だろう?」
試すような笑みを浮かべるフォオルさん。
その笑みすらも絵になるイケメン……カ、カッコいいとか思ってなんかないんだからね!!
「……まあ、な」
「気にしないでくれ。気が詰まって言いたいことが言えないのはお互いにとって損失だ」
カッコいいだけじゃなく考え方も凝り固まっていない柔軟なものだ。
……こんな完璧超人みたいなイケメン、死んで欲しいだなんて思ってなんかないんだからね!!
「ん、んん。―それで、騎士団長。私達が呼ばれた訳は?」
オルトさんが、俺に釘を刺す意味も込めてだろう、咳払いして話を促す。
『騎士団長が認めたからと言っておかしなことは言うなよ?』という感じかな。
はいはい、分かってますとも……
「そうだな。本題に入ろう。と言ってもこれは個人的な関心もあるのだが、一つはユウのことだ。―ユウは、その、どうだ?」
フォオルさんはどこかに焦点を定める、という事はせず少し聴きづらそうに尋ねてくる。
そう言えばユウさんが怪我したのって確かフォオルさんとの密談の時だったよな。
それで『黒法教』―ディールさん曰く『シャドウの闇血』と繋がっている、ということだったが―に襲われたんだけど、ユウさんが騎士団長であるフォオルさんを庇った。
フォオルさんとユウさんは仕事柄上司と部下のような関係でもあるけれど、その前に密談の機会を設けようと思う関係―つまり師匠を同じくする兄弟弟子なのだ。
そう考えると、ハキハキとモノを言う印象があるフォオルさんがこのように曖昧に述べるのも分からなくはない。
「ユウは……無事、だと聞いています」
「本当か?」
「はい、3番隊隊長のシキがその目で確認していますので」
オルトさんの言葉は全くもって真実である。
ちなみに言えば俺もこの目で、この手でその無事を確かめている。
……この手で何をしたのかは言えないけどね。
「そうか……良かった」
オルトさんからそれを聴いて、あからさまに安堵した様子を見せるフォオルさん。
「“シオン”も“ヨミ”も見つからない。それに“ネム”も……」
シオンさんってのはまあ王位継承権第1位でフィオムの姉兼元騎士団長でもあるっていうスーパーサイヤ〇みたいな人だ。
ヨミさんは言わずもがな、俺がヤクモやミレア、それにリュートさん達に力を借りてこれから捜しに行こう、って言ってるSランク冒険者。
どちらもユウさんと同じくフォオルさんと兄弟弟子にあたる。
“ネム”って言うのは……もしかしたらディールさんが言ってたもう一人の行方不明者か?
この人は確実に捕まっている、という事がハッキリしてるっていう。
「勿論俺はシオンもヨミも、ネムだって全員生きてると信じてる。だからこそ捜索の手は止めないが……やはり拭いきれない不安もある」
?
今、一瞬……
確かにフォオルさんは心配している、という風な表情をしたのだが、何か、何かが引っかかった。
理屈では言えない、本当にただ感覚的なことになる。
それが何を意味するのか…………分からない。
フォオルさんが「心配している」と言ったことには多分間違いはないんだ。
そこは本当に心配している、という感情が伝わってきた。
だがどうにもそれだけなじゃない、何かもっと他のことがある……
根拠はない。
いや、しいて言えば俺が今迄人を見て来て「コイツ、本当のことは言ってるけど話すべきことを話して無いな……」ということを経験してきた勘だ。
例えるなら……そうだな、ディールさんのそれに似ているかもしれない。
ディールさんもよく嘘は吐いていない、でも詐術的なことを用いて騙されてくれることを積極的に願っている、という節がある。
フォオルさんに感じたのは、フォオルさんも嘘は多分吐いていない。
だけど何か言っている意味合いというか、ニュアンスと言うか、それの認識の齟齬を利用している、そう言う風に感じた。
ディールさんに言葉の使い方を(見て盗むようなやり方だが)学んでいなければ気付くことは無かっただろう。
……とか言っても特段具体的にどういう事かまではわかないんだけどね。
「だから、ユウのことも心配していたんだ。君達第10師団の隊員の口からそれを聴けて良かった。ありがとう」
「いえ、ユウは私達にとっても掛け替えのない存在ですので」
オルトさんは言葉通り、何でもないという風に返す。
それでこの話題については終わりのようだ。
「まああくまで今のは本題に入る前の枕のようなものだ。第10師団以外の師団にも伝えなければならないことを今から話す―これを」
フォオルさんはそう言って幾つかの紙束を二つに分けて俺とオルトさんに手渡してきた。
俺達はそれを受け取り、それぞれ目を落とす。
これ、は…………最近の逮捕者、それに指名手配犯、か?
昨日や10日前などバラつきはあるが、書かれているのはどれもこれもそう遡らない過去に逮捕された、それか指名手配を受けた者のリストだった。
俺達が目を走らせている間に、フォオルさんはこの資料を渡した意味について説明してくれる。
「最近忙しくてね。先日のお披露目会でも告げたんだがまた王都を離れることになる。―今までも俺が王都を離れることは多かったんだが、その隙を狙って色々とやっていた者がいたようだ」
「それ、は……このリストに書かれている者、ということではなくてですか?」
オルトさんがチラと顔を上げて尋ねると、フォオルさんは再び腕を組んで険しい顔をする。
そして短く頷いて曰く
「ああ……俺はこんな―なりふり構わず『犯罪者を仕立てあげろ』だなんて命令を出した覚えはないし、そんな命令を王より出された覚えもない」
だそうな。
「俺が調べただけでもこれだけ冤罪やその疑いのあるものが出てきた。―潜在的なものまで含めるなら少なくともこれの4倍はあるだろう」
「4倍も……」
フォオルさんは確かユウさんとの密会の以前にも王都を離れての仕事があったと聞く。
それに先日フィオム達と一緒に見た勇者―『ダイゴ・ソノハラ』と『ミズキ・タカマチ』のお披露目会では魔王討伐にはフォオルさんも同行するって言ってたし。
騎士団長とは言っても王都にいることはそう多くは無いのかもしれない。
…………ん?
「……ん、これって」
「ん? ―ああ、それな」
報告書の一枚に目が留まった。
そして俺が手を止めた一枚をフォオルさんが覗き込んで確認する。
「それが多分今回で一番被害を被った奴だろう―Bランク冒険者“カイト・タニモト”」
「…………」
「ほう……“エリクサーを用いずに状態異常を治す力”ですか」
「ああ、凄い力だとは思うが、それがかえって発見を遅らせた。―Sランク冒険者の“ディール”って人知ってるか?」
「あ、ああ……」
「“死神”とか“死の魔女”だとか色んな二つ名がついてるんだがどれもこれも彼女の力を恐れて冠せられたものがほとんどだ。―だが今回に限っては違う。“死霊魔術師”、つまり最もその分野において先を行っている学者として俺に意見書を送って下さった」
フォオルさんは、今俺達が読んでいる資料とは別に、それだけで厚さ2cmはするんじゃないかという紙の束を渡してきた。
……まだ羊皮紙とかを使ってるこの時代で、この紙の量は尋常じゃないな。
パラパラとめくって行くと、ディールさんの少々荒っぽい筆跡で、ヴォルタルカであったこと、それに関する事案の概要、前提知識、ディールさんの意見等がびっしりと書かれていた。
「他の簡単な事案もそうだが、どこかの誰かが、俺にまで回ってくる前に情報を色々と潰していた。勿論俺が王都にいない間にだ。だからディールさんの申し出は非常に助かった。水面下で行われていたら流石に俺にも分からないからな」
一世代違うとはいえ、やはり兄弟弟子だからディールさんとフォオルさんとは面識があるのだろうか。
今迄の話だとどちらともとれるな……
しかしそうか……
ディールさん、俺のためにそんなことをしてくれていたのか。
だから騎士団区に出向いてたわけだ。
正直そこまでしてもらえるとは思ってなかった。
ただこのことで、俺以外の無理矢理ひっとらえられた人にも恩恵が回るのなら……
俺はディールさんに感謝しつつ、結論を聴く。
「要するに、今回緊急に呼び出されたのはこういった指名手配の撤回、それと今後こういうことはするな、ということを伝えるためか?」
フォオルさんは頷く。
「俺が把握している限りでな。―おかしなことだ。本来騎士が使えるべきは王や国、そして民のどれか、それか全てだと言う話は出るのだが一貴族の意見を鵜呑みにして騎士が無辜の民を……」
沈痛な面持ちで告げる。
だが、それら全てを語り終えるには至らなかった。
―突如、何の前触れもなく扉が乱暴に開け放たれる。
「―っ!! これはどういうことですか、騎士団長!!」
「……ノックも無しに部屋に入ってくる礼儀知らずが誰かと思えば……―“どこかの誰か”の一人じゃないか」
フォオルさんの突き刺さるような視線に一瞬怯むも、闖入者はズカズカと足を進め、フォオルさんの机に紙をドンッ、と叩きつける。
誰だったっけ……このブッ細工な面、どこかで見覚えがあんだけど……
“オルゴール”君だっけ……いや、そんな趣溢れる耳触りのいい名前じゃなかったな。
“オイスター”君……いや、何か違う。
“ありオリはべりいまそがり”君…………多分どんどん離れてる。
“オニオンスープ”…………やべぇ、“オ”しか合ってないような気がする。
もういいや、“オリゴ糖”で。
「僕は、どういうことかと聞いてるんです!! どうしてこの僕が『第4師団総隊長の任を解』かれなければならないんだ!?」
オリゴ糖は必死に叫ぶ。
「……“オルゲール”、自分で分からないのか? 自分が何をしたのか」
ああ、そうそう、“オルゲール”だ!!
ヴォルタルカで会ったのはコイツだっけ。
……まあ今は俺のことをその時の人物だとは認識してないだろうけどな。
「何を!? 僕はちゃんと騎士としての仕事をしていたはずだ!! 第3師団への昇進の話があってもおかしくはないくらいだぞ!?」
オリゴ糖必死だな……
「ヴォルタルカでの件、本当に問題じゃないとでも思ってるのか?」
フォオルさんのナイフのように鋭い視線がオリゴ糖を射抜く。
オリゴ糖はたまらず後ずさる。
「まあ、そうだな……最先端を行ってる学者―“死霊魔術師”ディールが書いた意見書を読んで初めて俺も分かったことだからな。対象のBランク冒険者が行ったことが見抜けなかったというのは百歩譲って問題にしなくてもいい」
「な、なら!!」
フォオルさんの言葉に希望でも見出したのだろうか。
―しかし、そのオリゴ糖の希望はあっ気なく切り捨てられてしまう。
「だが!! 一歩抽象化して見てみるとどうだ? お前はこの件だけじゃなく沢山の民を力任せに捕まえてきた。その中には確かに本当に罪を犯した者もいるかもしれない。しかしそれが騎士としての権能を自分勝手に振る舞っていい理由にはならない!!」
「くっ!! お、お前だって!! お前だって究極的にはアレイア公爵が寄り親貴族だろうが!?」
オリゴ糖、遂に逆ギレ。
頭に糖分行ってねえんじゃねえのコイツ……
「僕はただ公爵やその下の貴族の人達に言われてやっただけだ!! 最終的にお前の養親のクロー侯爵だって、きっとこれを望んでる!! アレイア公爵のためになるんだったらお前がとやかく言う事じゃ―」
「お前は根本的なところで間違っている」
「っ!?」
フォオルさんが、オリゴ糖の言葉をピシャリと制する。
ってかバカだろコイツ、自分で思いっきり白状しちゃってるじゃん。
「俺達は『騎士』だ。公正・公平さを欠いた者など騎士に非ず。俺はクロー侯爵の養子である前に一人の騎士として仕事をしている。だからお前にとやかく言うんだよ、分かるか?」
「くっ!!」
本当に悔しそうに歯噛みするオリゴ糖。
酢昆布でも噛んどけよ……カルシウムもあるぞ?
「お前はあろうことか騎士団長である俺や王の命令など一切ないのに、徒に騎士としての権力を行使し、もって騎士としての信頼を失わせた。―よって『第4師団総隊長の任を解く』に十分の理由があると判断した―何か反論はあるか?」
「ぐぐぐっ……」
オリゴ糖は入ってきた時と同じようにフォオルさんの机を勢い任せに叩きつけた。
ドンッ
「ああいいさ、こんなクソみたいな騎士団、こっちから願い下げだ!! 辞めてやる!!」
訳:“私、スクールアイドル辞める!!”(又は“どうしてこんなにお客さん少ないの……―私、アイドル辞める!!”でも可)
「僕みたいな有能な騎士を辞めさせたこと、必ず後悔させてやるからな!!」
訳:“にっこにっこにー”(又は“意味は分からないけれど何か面白いこと言ってる”でも可)
「僕が一番優秀なんだ!! 僕が一番強いんだ!! お前も、ヴォルタルカで逃げやがったアイツも、絶対ぶっ潰してやる!!」
訳:“ハラショー”(解説:定型句。内容自体に意味があるのではなく、それをすること・言う事自体に意味があるという何とも体育会系染みた発想。これを言っとけばそれっぽく聞えるという何とも摩訶不思議な現象を指すことも有る。時と場合によっては“にっこにっこにー”との互換が可能。)
…………いやぁ。
オリゴ糖頭の中で弄るの面白い。
勝手に入ってきて勝手言ってオリゴ糖は出て行った。
乱雑に閉められた戸が放った音からは、オリゴ糖の興奮・激昂度が測り知れる。
フォオルさんは「すまないな」と俺とオルトさんに詫びを入れる。
「いえ、お構いなく」とオルトさん。
「蜥蜴の尻尾切りだという事は俺もよく分かってるんだ。先日の勇者のお披露目会で民の目もそちらに向いた。もう徒に彼等の目を逸らす必要も無くなった。だからこのタイミングで俺に情報が入ってきたってのも……」
「……だが、“死霊魔術師”の件もある」
俺は短くそれだけを告げる。
フォオルさんも分かっている、と言いたげに頷いてくれた。
「ああ……関係のない、守られるべき者がいるのも確かだ。だから色んな陰謀が渦巻いているのだとしても、俺は騎士団長として責務を全うする」
「……それを聴けて安心しました」
オルトさんには珍しく、頬を緩め、そして目尻を下げて微笑む。
「まだ騎士にも正義が残っているということを知れて私も嬉しい」
「ああ……それはよかった―正しいものが正しく、間違っている者が罰せられる―そんな世界でないといけない」
フォオルさんはオルトさんに答える、というよりかは自分自身に言い聞かせるように呟く。
そしてまた……
「間違っても……何もしていない正しい人が贄になるなんてこと…………あってはならないんだ」
この話の流れで、その言葉を告げることは何もおかしくはない。
―おかしくはないのだが……俺には先程のような違和感が感じられてしまう。
オルトさんには何ら違和感のあるものとは捉えられていなかったようだが、微妙に言葉を発する時の気持ちの入り様が違った。
24歳にして騎士団長なんだから人生の成功者だとか思ってたけど、もしかしたらこの人も色々と面白くはない経験をしてきてるのかもしれないな……
オルトさんが退出し、俺も後に続こうとした折、背中から声が。
「ちょっと待ってくれないか? 少しだけ聴きたいことがある」
フォオルさんに呼び止められた。
「ん? 何だ?」
本当はとても訝しんでいるのだが、それを出さずに「気にしてませんよ」オーラ全開で尋ね返す。
フォオルさんは真面目なご様子。
あまり茶化すことはすまい。
「……マーシュは……そうだな、騎士としての君ではなく、君という一人の人間に聴きたい」
また試すような、値踏みするようなジメッとした視線が俺に注がれる。
緊張……はしないが、今度も何だか言葉に違和感を感じてしまう。
……ここまで感じると流石に自意識過剰なのだろうか?
「君は……“ハーフエルフ”についてどう思う?」
「“ハーフエルフ”について?」
「ああ……」
ハーフエルフか……
この王国にいる限りは付きまとう問題だろう。
エフィーのことを受け入れることは俺にとっては前提だから、そこから出発しての意見になる。
ただ、率直に言ってしまっていいのだろうか。
わざわざ問題となっていることについて質問してくるのだ。
何か意図が……
「君個人の意見が聴きたい。それを言って君やその周りに何か不都合が及ぶようなことは一切ない。約束する。―ただ、聴きたいんだ」
「…………」
今度も何割かは返答で俺のことを試す、というような視線なんだが、残り全てがただただ真摯なものだと受け取れた。
本人が言った通り、ただ聴きたい。
自分の考えの参考にしたい。
そうしたものだ。
まあ別に出し惜しみするようなことでもない、か。
「特に忌避しているとかそう言う事は無い。騎士団長が俺個人に目を向けてくれた様に俺もその人個人を見るようにしている」
「じゃあ特に“ハーフエルフ”がダメだとか、汚らしいとか、そう言う考えはない、と?」
「ああ」
「……そうか」
フォオルさんは一度視線を外し、黙考する。
そして直ぐに戻し……
「ありがとう。参考になった」
「いや、気にしないでくれ」
俺はそう言って、礼をし、騎士団長室を後にした。
遅れました理由としてはそうですね……何かがあった、と言うよりはこれから何かある、という感じでしょうか。
そのための準備をしてまして。
近々活動報告もあげると思います。
その際にもう少し詳しいお話と……あまり皆さんにとっては面白くないだろう話も。




