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ヤクモ、お前何やってんだ……

キリの良いところで一度切ります。


「せ、先輩、どうしてここに……」

「いや、それは俺の方が訊きたいんだが……」


ヤクモがいたのはスラムの中でもその最奥、それに多少開けた場所とは言え、あちこちに獣の群でも通ったかのような爪の鋭い痕や半壊した建物などが散見される所だった。


人が凡そ済むには適さないだろうスラムの中でもここは特に酷い。


俺は視線を移してヤクモの傍にいる異形の姿をした4体を見る。

中には見慣れたモンスターによく似た姿をしたものもいれば、初めて見るものも。


真っ黒な毛並みを持つライオン程の大きさをしたのは……ケルベロスだろう。

カノンの相棒であるベルを見て来たから多分そうだ。


二本の曲がった角を持つ、唯一直立しているのはミノタウロス、かな。

だが普通のミノタウロスとは違い、何だか……体がとても人っぽい。


いや、ミノタウロスなら最初っから人っぽい生物じゃんという感想もあるだろうが、別にあのミノタウロスに限った話じゃない。


あそこにいる兎にしても確かにデカいが、これもあのケルベロス程の体躯があるにも関わらずその手足の先っぽがとても人間のもののように繊細な指の形をしているのだ。

肉球やモフモフした毛はその足には生えていない。


残った1体が多分一番人間のような姿をしているのではないだろうか。

くちばしが尖っていて、広げれば4メートルくらいになるのではないかという立派な翼があるのだが、やはりそれはモンスターの体の中に人間っぽさが同居している。


足も鳥のそれのように木の枝みたいに直ぐにポキッと逝ってしまいそうな細さはしておらず、これも先の例に漏れず人間の肉の付いたようなしっかりとした足をしている。


一見したらモンスターで間違いなさそうなのだが、よ~く見てみると何だか人間っぽい……




「それは、その…………―ッ!?」

「な!?」



答えに窮していたヤクモの横を滑りぬけるようにして、4体の内の一体―ケルベロスが俺達に飛びかかってきた。

まだ状況が飲み込めていない頭に更に混乱を招く事態が畳み掛けてくる。


「マーシュ様!! ―『聖女たる我が声に応え、その力を分け与えたまえ』……」


それはまた一瞬の出来事だった。

「この王都では『マーシュ』と呼ぶように」と告げていたこともありセフィナは俺の名をそう叫び、レンが俺を守ろうと飛び出るその前に、両手を重ね合わせて祈りを捧げる。


すると、セフィナの胴の辺りが白く発光し、その光が円となって周りに展開する。


複雑なこの世界の文字が書き連ねられている魔法使いが使うような詠唱の魔法陣とは異なり、光の円の中にはただ六芒星が一つ。

そこから現れた、シミ汚れ一つない純白の鎧を着飾った騎士が、襲い掛かってきたケルベロスを迎え撃とうと剣を抜く。




ガキィーン!!




だが2つの刃が交差したのは……



「ま、待ってください!! この子達は……」

「ヤ、ヤクモ!? お前、無事か!?」

「ヤクモお姉ちゃん!!」

「っ!? 騎士様、剣を引いてください!!」

『…………』


ガシャン、と鎧の鈍い音を鳴らせるとともに、白の騎士―白騎士がセフィナの命令通り剣を引く。


「……さ、ティーロも爪を引いて。大丈夫です、この人達は危ない人達じゃありません」

「……え!? ゴ、ゴメンなさい!!」


な!?

普通に人語をしゃべったぞ、あのケルベロス!

ってか自分が俺達を襲おうとしたことをまるで分かってなかったみたいな反応だな……


どういうこった……


「良いんですよ、気にしないで下さい……ふぅ」


2体の激突を回避すべく間に入ったヤクモの手からは、恐らく『刃魔法』で創り出した2本の剣がボロボロと崩れていく。


そしてケルベロスに優しい声をかけたヤクモは、一つ小さく息をついてから俺達―とりわけ白騎士に守られるようにして立っているセフィナに複雑そうな目を向けて来る。


「……その、ボクも話さないといけないとは思うんですが……その人何者ですか? まさか『白騎士』を呼び出せる人と先輩が知り合いなんて……」

「……まあ、その……何だ。そう、あれだ、あれの人だ」

「……何ですか、あれの人って……先輩の頭の方があれなんじゃないですか……」


おい。


「はぁ……とりあえず、今はいいです。じゃあ、どこから話しましょうか……」

「……あそこにいるのは、モンスター、ではないんだな?」


ヤクモの対応、そしてあのケルベロス自身が発した言語が俺にそう判断させた。

そしてその判断が間違いでないことを、ヤクモは頷いて示してくれる。


「そうです。あの子達は歴とした人です。……皆、獣人なんです」

「……そうか」

「……えっと、じゃあ、あの姿は……」


レンが堪らず疑問を口にする。

ヤクモは直接その疑問に答えることはしないが、いつになく真剣な様子で『あの子達』に視線をやる。


「……あの子達は、その、ボクと同じなんですよ。この大陸で活動している『黒法教』っていう宗教団体の犠牲にあった子達なんです」

「犠牲にあったって……」


ディールさんから聴いた話じゃ、確か無事生き残ったのはヤクモだけってことじゃ……

また、そもそも『黒法教』とヤクモとの関わりについて詳しくは知っていないレンもあまり理解できていない様子。



俺は認識していることを確認すべく、ヤクモに『黒法教』について知っていることを告げて行く。








「……ってことだよな?」

「はい。大元、つまり『黒法教』が発足したのは先輩が言った通り、魔法を使えない者でも魔法を使えるように、という理由です。そして最も被害を被ったのは勿論、魔法を使える素養が一切ないボクやあの子達獣人です」

「それで、その……言いにくいがお前が第2次実験で唯一成功した生き残りなんだよな?」


ヤクモは自分自身については特に気にする様子もなく素直にうなずく。


「そうです。それでボクは『刃魔法』を手に入れました。ただボクの実験と時期を同じくして先代の将軍―あ、当時は一武将だったそうですが―『チトセ・ハイネ』という方がヒノモト国で一斉掃討を行ったので、今活動している『黒法教』はその時この大陸に逃げた生き残りでしょうね」

「……つまり、あの子達はヤクモお姉ちゃんの時『まで』の実験の被害者じゃなくって、それ『以降』にあった実験の被害者、ってこと?」

「はい。で、本来ボクの時のように失敗した人と言うのは生きていないんです。ですがやはり時・回数を重ねれば進歩もあるみたいですね」


ヤクモがこのような哀しみの目をしているのを見るのは稀だ。

さっきのように襲い掛かってくることがなくなり、身を寄せ合っている4人を見てヤクモは眉を寄せている。


「……ボクが直接実験のその場にいた訳では無いので伝聞に過ぎないのですが……最初はボクのように人体には何の変化も無く、魔法だけが身に着いたそうです」

「4人ともか?」

「はい。ただ時間が経つにつれ……徐々に顔の形が変形して行ったり、理性を失ったり……」

「要するにモンスター化して行ってる、ってことか」

「…………」


4人の変容してしまった子供たちから視線を逸らさず無言で頷く。

ふーむ……また難しい案件だな……






「……その、ウチら……」

「ん?」


眉がギュッと寄っていただろう俺達に4人の内の一人―ミノタウロスの女の子(かな?)が仲間たちから離れて近づいてきた。


「あ、ウチ、その、“ミクバ”って言います。一応この子達の……リーダー、みたいな」


“ミクバ”と名乗ったミノタウロスの女の子は忙しなく視線を左右に動かし終始緊張した様子。

指を使って無意識に手遊びしてしまっている所を見ても、人とはあまり接することがない子なのかな、という感想が。


「で、どうした? 何かあったのか?」

「えーっと……その……ウチ……」


やはりリーダーと言っても彼女達の中では暫定的なものなのか、ハッキリ言ってあまり頼りになるとは思えないもどかしさ。


だがあまりキツく言うこともできないので仕方なくヤクモに顔を向ける。



「大丈夫ですよ、ミクバ。知ってることがあったら話してください」

「あ、はい、ヤクモさん……」



彼女は何度も何度も深呼吸を繰り返し、そうして自分を鼓舞する。

キュッと目をつむって、そうして力強く見開いて少しずつ話し始める。


「あ、あの、ウチら、最初は何にも体に起こらんかって、魔法もできるようになったから『成功体』って言われてたんです!」

「……成功『体』、か。あまり良い響きはしないな」


たとえそれが成功例が出た、という事でも何となく彼女達を実験体、もの、と言う風に扱っていたニュアンスが感じ取れてしまう。


「そ、それで、でも、こういう風にモンスターみたいな体になって行って、偶にさっきのティーロみたいに突然何かようわからんようになって暴れてしまったり……そうなってきてからは『予備体』って呼ばれて……」


“ティーロ”とは多分俺達に突然襲い掛かってきたあのケルベロスの子のことだろう。

ヤクモの話を併せ考えると、理性がどんどん失われて行ってるのかもしれない。


……でもベルは同じケルベロスでも結構自我というか、理性と言うか、他のモンスターと比べても知性はあったように感じる。

それは別に出会った当時からだから時を経、ダークドラゴンのお母さんから力を与えてもらって進化しても変わらなかった。


じゃあこの子達はどう説明すればいいんだろう……

そもそも最初からモンスターだったのと、人がモンスターに寄って行くのとはやはり別なのだろうか?



「……それで、ミクバ、あなた達は実験とかについてはどれだけのことを知ってるんですか?」

「あっ、はい! それで、ウチらは何やようわからんけど、魔核って言うのと、魔族の人が出す虫? みたいなものを体に入れたら大丈夫やから、って言われて」


うーむ、魔核か。それに裏には魔族も関わっているのか。『虫』というのにも心当たりがないでもないし。

まあそれだけ大きな事をやろうとすれば色んな奴を巻き込まないとダメなんだろうが……


「……そんなあからさまに怪しい言葉を信じたのか?」


別にこの子に対してどうこうと言いたいわけでは無いのだが、ミクバは尻尾を力なくペタンと項垂れさせる。

ミノタウロスの顔をしていても表情はちゃんと人間のそれで、今にも泣きそうな程に落ち込んでいる。


「う、うぅ……その、ウチも流石におかしいな、とは思ったんです。でも……周りのみんなが……」

「……殺された、んですか?」


ヤクモは気を使ってか、遠慮がちに、がしかし、言葉については率直にして尋ねる。


「逃げたり、逆らったりした子らは、皆殺されて……だから、ウチらも従うしか、なくて……」

「なんて野蛮な……」


セフィナが本当に信じられないと言った様子で口元を両手で覆う。


「……最早最初からの大義名分も本当に都合の言い様に曲解されているんでしょうね。『魔法を使える者を増やす』という目的が正当化しちゃってるんですよ、ボクらみたいな子供だろうと殺しちゃってもいいと」

「……科学の進歩には、犠牲はつきもの、か……」


この世界に科学と言う言葉が普及しているかどうかは兎も角、目的のためなら手段は問わないという思想・思考は共通したものがあると言っていいだろう。

そう言う奴等はどこにでもいる。


そしてそれはディールさんやその兄弟弟子の方々がヒノモトで粛清しようと、考え方さえ残せば後に続くものと言うのは必ず出てくるのだ……っと?



「おい、その腕……」

「え? ……ああ」


ミクバのまだ人間の皮膚をしていた部分の腕が、急にこんもりと不自然に盛り上がる。

そして人間のものとは思えない膨らみを持ってそれがそのまま彼女の体の一部に。


それを指摘したのだが、ミクバはいつものこと、と言う風に驚きを見せずに対応する。



「また、モンスターに一歩近づいてしまいました。はは、どうしましょう、ウチ、これお嫁に行けるのかな……」


だが、その後自嘲気味に苦しそうに笑って見せるその姿は、とても見るに堪えないもので、セフィナは堪らず涙を流す。


「う、うぅぅ……」

「セ、セフィナお姉ちゃん!!」


レンが彼女の手を掴み、優しく握りしめてやる。


「す、すいません……」

「いえ、ウチはむしろ、嬉しいですよ……泣いて下さる人が、いるなんて……こんな姿ですし、ね」


俺自身は先日自分が見ているものが本当の姿では無いのだ、というとてもファニーな経験をしているし、それまでにもリゼルやその他諸々見てきているために免疫が結構出来ている。


だがセフィナは違う。

聖女・巫女として過ごして、そして突然奴隷になって……


彼女自身辛い思いはしてきているはずだが、こうして他人の悲しみを自分のものとして一緒に悲しむ。



……最初こそ感受性が強いのか、みたいなバカなことを考えていたが、この子は純粋にただ優しい子なのかもしれない。

人の痛み・悲しみに寄り添って本人より先に涙を流して……


そりゃ『聖女・巫女』なんてものに選ばれる位だ、心が清らかなのは折り紙つきなのだろう。

こんな心も容姿もキレイな子とエッチなことができて純粋に嬉しい気持ちが無いと言ったら嘘になるが、正直戸惑っていたのも事実。


でも、昨日のことも本当に俺の体を心配してのことなのかもしれないな(その心配する事実があったのかどうかは別だが)……。



……俺なんかとは大違いだな。



セフィナはまた、昨日の俺の時のように直ぐに立ち直り、目をゴシゴシと擦って涙を拭って顔を上げる。



「私が何とかします!! ―騎士様」

『…………』

「え、えっと……」


突如として『何とかする』と言い出したセフィナに対し、動揺を隠せないでいるミクバ。

後ろに控えていた3人も程度の差こそあれセフィナに対して戸惑っている。


―……と。



「う、ぐぁぁああ!?」

「!? き、騎士様!!」

『……!!』


先程のように、今度もまたケルベロスのティーロがいきなり頭を抱えたかと思うと、再び俺達向けて飛びかかってきた。

それをこちらもまた白騎士に命じ、しかし今度は剣を抜かさず素手で止めさせる。


白騎士はその目にも止まらぬスピードを用いてティーロを翻弄し、後ろをとったと思うと上からのしかかるようにして抑え込む。


ティーロは暴れようと試みるが白騎士は一切動じない。


お、おおおぉぉ……



「落ち着いて、ゆっくりでいいのです。さあ、意識を強く持って」

「う、うあ、ああ……」


セフィナは物怖じせず、白騎士に押さえつけられているティーロに近づいて行く。

そして耳元で優しく語りかけている。



「…………あれ、また、ティーロは、やって、しまったんですか?」

「大丈夫です、誰も、傷ついていません。落ち着いて、私の声にゆっくり耳を傾けて……」



意識が戻って行くのを確認すると、セフィナは白騎士を上からどかせる。

そして……


「私に任せて下さい。私が何とかします!!」


先程自分が言ったように、4人を何とかするために自分から彼女達の下へと近づいて行ってあれこれ試し始めた。


「……あのシスターさん、凄いですね」

「……まあ、確かに」



ああして落ち着き払って、自我を失った者に対処できるところは流石だと思う。

聖女とか巫女だとかとはまた別に看護みたいなことにも手馴れているんだろうか。


それに解決の糸口があるのかは措くとしても、ただ人を助けたいと思って行動に移せるところもまたあの子の優しさを感じさせる。


シアに暗闇から助け出してもらったことで、セフィナ自身思うところもあったのかもしれない。

元々人を助けたいと思う心が強かった所、自分が助け出された経験が合わさってより純粋に自分の手で誰かを助けてあげたい……



多分そこには汚い打算や他の意図など存在しない―本当にただ、誰かを助けたいという純粋な気持ち―ただそれだけの想いでセフィナは動いている。



でき得るならば、彼女のその想いが無駄にならないよう本当にあの4人を助けることができれば……








「……それで、ボクは先輩やレンさんに助けてもらう前に、彼女達のことを耳にしたんです。この王都の近くで密かに『黒法教』が獣人の人体実験を行っている、と。ですからボクが一人で潜入して助け出したんです」

「一人でって……ヤクモお姉ちゃん、その時戦ったりした、よね?」

「はい、そんなに大きな基地ではなかったので、まあざっと100人程は切ったでしょうか」

「……無茶し過ぎだよ」

「……レンに同意だな」



今俺とレンは、ヤクモから話を伺っている最中だ。

セフィナが4人に対してあれこれと試している時間、彼女達の事情について知っている限りを聴いておこうということである。



「じ、自分は、今迄女の子らしいことやったことなかったので、可愛い服とか着たいです!!」

「……私は、大きくなって、その……お嫁さん、なりたい」

「そうですか、きっと可愛らしい服も似合うはずです。素敵な殿方を見つけてお嫁さんになりましょう、そのためにも、元の姿に、戻して見せます!!」




セフィナは今、毛並み輝く兎のラン、それに怪鳥の姿をしたリーリアに、話をして励ましながら白騎士と共に回復魔法をかけている。

偶に先程のように自我を失い暴れ出しそうなものが出れば白騎士に命じて適切に対処していた。


芳しい成果こそ上がらないものの、彼女の献身的な対応に、4人ともすっかりセフィナに懐いてしまっている。

ヤクモはヤクモで彼女達を『黒法教』の魔の手から救い出したという事実、それに自分達と同じ境遇ということがあり4人から絶大な信頼を受けているようだがセフィナに向けられるそれとはまた違ったものだろう。



「先輩達に助けてもらってからもちょくちょく顔を出しては食事とか少ないですがお金をあげていました」

「まあ、確かにモンスターの姿して王都内を自由に出歩く、とはいかないだろうしな」

「はい、騎士団区で匿う、ということも今ならもしかしたらとは思うんですが、あの時はボク自身誰にも頼れない状況でしたし、そうすると誰にも騒がれず、としたらもう勝手知ったるスラムしかありませんでした」

「うーん……あれ? じゃあどうしてお金をあげてたの? 偶に王都内をうろうろしてたの?」

「いえ、外套を被らせても流石に目立つ外見です。変わってるのは顔だけじゃありませんからね。―スラム内のゴロツキの中にもまあお金さえ出せば色々とやる奴もいるんです」

「ああ、じゃあその人たちにお遣いを頼んだりしたってこと?」

「はい。基本ボクが空いている時は食料を買って持って来て、どうしても外せない用事なんかができたらあの子達にお金を預けてたんです」

「ふ~ん……なるほどな。ってことは俺達が来た時は丁度その食料やお金を渡してたってわけか」

「そう言う事ですね」






「ふん!! ん~~!! やぁ!!」

『……!!』

「お、お姉さん、大丈夫ですか?」

「ウ、ウチらのことなら気にせんと、少し休んだら……」

「だ、大丈夫です、必ず、必ず私が……それより、二人は、元の姿に戻ったら何をしたいですか?」

「……ティーロは……ティーロはよく分かりません。でも、まだ恋、したことないから……」

「はは、ウ、ウチも、ティーロみたく、誰か好きな人できて、恋愛でも、してみたい、です、ね。でも……」

「なら、その夢をあきらめないで!! 私が、私が……」



彼女達の体からいきなり体毛が鬱蒼とし出したり、或いは歯が獣のそれのように鋭さを持った牙となっても、セフィナはとにかく諦めずに本当に自分のできるあらゆることを試している。

先日のことで新たに使えるようになった『巫女の祈り』のコール・白騎士でない方―エンジェルソングも歌った。


効果としては自分の周りにいた者で、セフィナが指定(つまり、使用する対象を選択)した者を、全能力値を一定時間3割上昇させ、さらにあらゆる状態異常を治癒する、というものだった。


一度歌っただけでも相当セフィナの疲労が溜まったようだし、それだけの能力なのだろう。

俺やユーリ以外にも状態異常治癒の能力を使える者が仲間になってくれたのは正直とても助かる。


だが、殊に今回に限ってはその力の効果も意味を成さなかったようで、我を忘れ襲い掛かってくる頻度こそ増えたものの、彼女達4人が元の姿に戻ることは無かった。



それでもセフィナはあきらめずに続けていた。

遠目から見ても疲労の色が濃くなってきている。


額から流れる汗や、そのために自分の服が透けてしまっていることをも気にしようとせず、魔法なりなんなりを止めようとしない。





「……多分、ボクの推測ですが、彼女達が体内に埋め込まれた魔核それ自体が、自分自身の体の外形とも関係しているんだと思います」


ヤクモは一所懸命に汗水垂らしているセフィナや、その善意に少しでも応えようと必死に自我を保とうとする彼女達から目を逸らさず冷静にそう告げる。

俺も今日は特に変な考えをするでもなく、真剣にそれに対応する。


「魔核が外形に……つまり埋め込まれたのは例えばあのミクバって子なら見た目の通りミノタウロスの魔核ってことか?」

「多分そう言う事だと思いますよ。ボクもですから何か『刃』に関係するモンスターの魔核を埋め込まれたんだと思います」

「じゃあリーリアちゃんなら鳥さんの、ティーロ君ならケルベロスの、ランちゃんなら兎さんだね?」


……ん? 

レンの言ってることは俺も考えたし確かにそうなのだろうが……


何か……どこかに違和感があったような気がする。

だがその違和感の謎も、ヤクモが続きの言葉を述べたので直ぐに頭の片隅に追いやられてしまう。


そのことに早いこと気付いとけと後でしっかりと後悔することになるのを、その時で言う過去の俺はまだ知らない……



「―で、ボクが潜入して助け出す際に耳にしたことから推測すると、恐らく奴等はボクみたいな完全な完成例が出来上がらなかった場合の保険としてあの子達を捕え続けていたようです」

「つまり、完成例が出来ればお払い箱だった、ということか」

「はい……幸いその結果が出る前にボクが救出しましたけど」

「……そいつ等、本当に酷いね」


普段滅多に本気で怒らないレンが、静かに憤っているのを肌で感じる。

俺も顔にこそ出ないがこの世界に来て出会った奴の中でもとりわけ酷いな。


元の世界にある宗教団体も含めてすべてがそうだとは言わない。

だが俺の中では『世の中の差別されている人すべてに平等を!!』みたいに謳っている宗教団体に限ってその内実がキャッチフレーズに伴っていないという認識となってしまっている。


今回だってそうだ。

『魔法を使えない人たちに魔法を使えるようにしよう!!』という実に耳にさわりの良いことを喧伝しながらその実、本当に欲しているかどうかも分からない、或いはそんなこと望んでもいないような人まで巻き込んで自分達の都合のために利用する。



その犠牲になっているのが今、セフィナが必死で何とかしようとしているあの子達と、そして俺とレンの傍で沈痛な面持ちを浮かべて目を逸らさず見守り続けている、この猫人の女の子なのだ。



宗教自体を否定はしない。どの時代どの世界にもいるだろうし、無くてはならない者もいるだろう。

それを生業として生きている者だっているし、心の支えとしている者だって少なくないはず。


セフィナにしても、何となく信仰心のようなものが強く、そう言った面から俺に対して敬意を払っているようにも思える。



だがその信条・考え方一つ歯車が噛み合わなくなったり、歪むだけで、正しい使い方をした場合以上に甚大な被害を及ぼす。


今目の前で起こっていることや過去日本で起こった凄惨な事件が良い例だろう……








「はぁ、はぁ、はぁ……んぁ、はぁ、はぁ……」


セフィナ……


「お姉さん……」

「も、もう……いいよ……」

「よく、ありま、せん……私が、私が…………あっ」

『……!?』

「あ、危ない!!」



力尽きた様に体を倒しかけたセフィナを、一番近くにいた兎のランと白騎士とが同時に抱き留める。

セフィナ!? くっ……




慌てて俺達も駆け寄る。

意識こそあるものの、セフィナは力を使い続けていて疲労の色が非常に濃い。

こんなに疲れるまで……




「……ごめん、なさい……私、助けるって、何とかするって……言ったのに……口ばっかりで…」

「うんん、自分達、そんなこと全然気にしてません。むしろとっても嬉しかったです」


ライオン程の大きさのするランが他の3人を見回す。

その視線を追うセフィナが見たのは……モンスターの容姿をしているにも関わらず笑顔で満ち溢れた人の顔をした子供達だった。



「……お姉さん、一所懸命ティーロ達のために頑張ってくれて、本当にありがとう」

「ウチら、別に姿が戻らんのは、今更ですし、結果が重要では、ないと思います、うん!」

「……そう、かも。嬉しいことに、変わりは無かったし」

「皆さん……う、うぅぅ……ごめん、なさい……元に戻してあげられなくて、ごめん、なさい……」


セフィナは堪らず抱えられたままに嗚咽を漏らして泣き出してしまう。

それでも4人はどこか晴れ晴れとした清々しい笑顔でセフィナの謝罪に答える。


「お姉さん、お姉さん、元気出してください!! 自分達、モンスターの体になって行ってからヤクモさんに助けてもらったこと以外、久しく嬉しかったりすること無かったんです。お姉さんと出会えて、自分達、本当に嬉しかったんですよ?」



兎のランは、取り繕ってという事は無く、本心で、心の底からそう思っていると言う風にボディーランゲージを精一杯駆使してセフィナを励ましにかかる。


「……はい、はい、でも、でも……」


セフィナはセフィナで彼女達の好意を素直に受け取ろうとする自分もいる中、やはり助けられなかったことを悔いている自分もいるようで……


恐らくそれはただ単に自分が言った手前助けられなかったことが後ろめたい、という感情とは違い、彼女自身純粋に目の前で困っている人を―しかも自分よりも幼いだろうまだまだ助けるべき存在である子供を―助けられなかったという想いがとても強いように感じる。


本当に助けようとして全力を尽くしたからこそ悔しくて悔しくて彼女は堪らないんだろう。

一つの失敗に悲しみ、落ち込み……




この子は純粋過ぎる。




見ていて応援したくなる素直さ・真っ直ぐさがあるが一方でそれは見方を変えると危うさにもなる。


この失敗で罪悪感に押し潰されてしまわないだろうか、腐ってしまわないだろうか……





「……まあ、自分に心残りがあるとすれば、やっぱり可愛い服を元の姿に戻って着れない、位ですが……」




―ランが二の句を告げようとしたその時、何故かそれが引き金を引いたかのように彼女の目の色が変わる。

それは本来ならその後があって初めてセフィナを励ます意味を持つのだろうが、そこで区切られた言葉は明確な棘となってセフィナの胸を締め付ける。


「うぅ……うぅ……」

「!? うぐっ、ぐぁあぁぁぁ!?」


ランを皮切りに、ケルベロスのティーロ、ミノタウロスのミクバ、そして怪鳥のリーリア全員が激しい頭痛に苛まれるように頭を抱え込む。



「い、いやあぁぁぁぁ!?」

「う、うぐぅ、あたまが、われる、痛い!」

「ウ、ウチ、死にたくない、人として、生きていたい……」



彼女達の悲痛の声はそのまま助けられなかったという事実を責める弾丸となってセフィナの胸を貫いて行く。


勿論彼女達にセフィナを責める意思など無いだろう。

―そう、意思がないからこそ今こうしてすれ違いが生じてしまいそうなのだ。



さっきまでは単発ずつ、つまり一人だけの気がおかしくなってそれを白騎士が止めるという1対1の構図ができていたので俺達が見守り、そしてヤクモの話を聴くのに集中できたわけだが今はそうはいかない。


セフィナは4人からの言葉を受けて呆然自失としているので動けない。


白騎士は命令が無くてもセフィナを守ろうとはするがそれは彼女が自分の主であるからこそだ。

つまりセフィナが命じない以上、セフィナを守ること以外に何かをするわけでは無い。


それは、自分の主に襲い掛かってくるものを、生かそうとする意思が無いこと―つまり返り討ちをも厭わないことを意味する。



くっそ!!



俺達は言葉を交わすことなくセフィナを守り、そして彼女達4人を殺させないために即座に駆けだす。


「来て下さい、『飛竜』!!」

「てやぁ!!」

「っらあ!!」


ヤクモは契約して体内に飼っていた刀を、レンはいつも持っている愛用の槍を、俺は妖刀ではなく普通の剣を抜いてそれぞれ応戦する。



くっ、なんつう力だ……



今迄修行を積んで来た俺でも後ずさってしまう。

手に伝わる衝撃が尋常じゃない。


それに……


「っ、せぁぁ!!」

「せい、はぁ!!」

「ちっ、手数が、足りない!!」


相手を傷つけずに、という前提がある以上、力では互角かそれ以上となると、手数で相手を上回るしかない。


だが単純に数で相手に上回られているのだ。

俺、レン、ヤクモの3人に対して俺達に攻撃してくるのは兎のラン、怪鳥のリーリア、ケルベロスのティーロ、そしてミノタウロスのミクバの4人……一人分足りない。



攻撃こそ素手ではあるが相手はそんなこと意に介さない。

単純な殴打がダメなら鋭い爪・牙を使ってとモンスターの部分の利点を理性の無いながらに本能的に理解して攻めてくるのだ。



くっそ……こうなったら……




俺は対峙しているミクバを一度跳ねのけ、大きくバックステップを踏む。

そしてもう自分がマーシュとしてこの王都にいる、という事は一時無視して俺自身の能力を使う。



「来い“サクヤ”!!」



眩い光を伴い、召喚陣の中から一人の巫女服姿の女性―『六神人形シィ・ドゥ・オ・ドール』の上位存在であるサクヤが姿を現す。


サクヤは普段のドジな面を感じさせない立ち回りを見せる。

いきなり呼ばれたことに一切の動揺を示さず、冷静に周りを見渡し、そして呼び出した俺の声に耳を傾ける。



「そいつ等は敵じゃないんだ!! 倒さずに持ちこたえてくれ!!」

「了解しマシた、ご主人サマ!! 『武器創出ウェポンクリエイト』!!」


そうして創り出した3mはあるんじゃないかと思えるような巨大な盾を武器として、俺と替わるようにして前に飛び出る。


「ヤクモ!! そいつは味方だ!! 今は気にせず行動してくれ!!」

「っ!! 分かり、ました!!」


サクヤの存在を唯一知らないヤクモに叫び、状況を伝えておく。



サクヤは基本的な能力値は俺と大きく開きがあるわけでは無いが、一点、この場において効果を発揮する能力値が飛びぬけている。


「ッ!! セア、らアァ!!」




サクヤは機械という体に似合う圧倒的な防御力がある。

そして物理攻撃に対しても滅法強いボディーをしているのだ。


モンスターの力をそのまま利用して突っ込んでくる4人に対しても一人で2人、3人と相手をできる程に彼女は防御に徹している(恐らくあのスキルは『武器』として呼び出せれば、後は防御に使おうとサクヤの勝手なのだろう)。



その隙を活かして俺は直ぐにセフィナの元に駆けつける。

地面にぺたんと座り込んで、本物のモンスターのように暴れている4人を諦めたような目をして見ている。


俺は彼女の肩を掴んで強く揺する。


「おい、セフィナ!! しっかりしろ!!」

「我が神……私は、私は……」

「あの子達に諦めんなって言っときながら自分が真っ先に諦めてどうする!? まだ終わった訳じゃないんだぞ!!」

「ですが……ですが……」


あれだけ俺のことを『神』だなんだと呼んでおいて、こう言うときだけは俺の言う事を聴いてくれない。

……それだけ本気で彼女達を助けたいと願い、そうしてそれに自分が失敗したことにショックを受けているのだろう。




くそっ、だったら……




「俺を信じろ!! お前が『神』だ何だと崇める俺が何とかしてやる!!」


これでどうにかなったらまた信仰心が深まるかもしれないが、彼女をここで腐らせてしまうよりかはよっぽどマシだ。

……俺が我慢するだけでどうにかなるんだ、言わない手は無いだろう。


すると、セフィナの目に光が少しだけ戻ったような気がした。


「……我が神が、何とか……」

「ああ、そうだ!! だから、お前も……」



俺がなお言い募ろうとした時、背後で戦っているだろう音が、突如として止む。

それを不審に思い振り返ってみると……4人の手が止まり、その眼には意志が戻ったかのような力強さを持って、セフィナをしっかりと見据えていた。


―以前のヤクモみたく、一時だが意識が戻ったのか!?


「……お姉さん、自分達のために、そこまで、苦しんでくれて、悲しんでくれて、本当に、ありがとうございます。自分達は幸せ者ですね」兎のランが……


「……ティーロ達、ヤクモさんに、セフィナお姉さんたちに、出会えて本当に良かった」ケルベロスのティーロが……


「……これだけ想ってもらえるなら、モンスターの体のままでも、悪く、ないかも」怪鳥のリーリアが……


「はは、ウチは流石に戻りたかったけどなぁ……でも、ウチらの間で、これだけは、共通認識ですよ、セフィナさん」ミノタウロスのミクバが……



4人全員がセフィナに優しい瞳を向け、そしてこの光が差し込まないスラムの中で、キラりと光るものを目尻に宿し……



「……ヤクモさん、ウチらを助けて下さって、食べ物とかお金とか何から何までしてくれて、ありがとうございました」

「……自分達、セフィナお姉さんみたいに、優しくて、素敵な大人に……なりたかったです」

「「「「っ!?」」」」




その言葉をまたトリガーとして、彼女達はまた元に戻ってしまったように暴れ始めてしまう。

そしてレン、ヤクモ、サクヤはそれを抑えるべく戦ってくれる。


サクヤがその性能を活かして頑張ってくれているとは言え、俺は出来るだけ早く戻れるようセフィナの説得を急ぐ。


「セフィナ、聴いたか!? お前のやったことはあの子達に届いてるんだよ、ただ結果が伴わなかっただけだ!! そんなこと、この世界では良くあることだ、一回だけでくよくよするな!!」

「届いて…………くれていたのですね」

「ああ、それに、今からお前の失敗を俺が帳消しにしてきてやる!! 『何とかする』って言葉が、ただの口だけのものじゃないと、俺が証明してきてやる!!」

「カイト……様」


今はもう名前で呼ばれたことは取り上げる要素じゃない。

それよりもセフィナの目にどんどん力が戻って来ていることを取り上げるべきなのだ。



俺はセフィナを立ち直らせるべく……一言告げる。






「俺に任せろ。俺が何とかしてやる!!」

「カイト様……はい、はい、ありがとう、ございます!!」




セフィナは涙を流しながらも立ち上がる。

俺もそれを見て、戦闘してくれている3人に合流する。




「騎士様!! 彼女達を怪我させずに無力化させます!! 素手でお願いします!!」

『……!!』


セフィナは白騎士に命じるとともに、再び『巫女の祈り』を発動させ、レベルⅡのエンジェルソングを歌う。


体の底から力が湧きあがるような感覚を覚え、自然と体が軽くなって行くように感じる。


セフィナ自身にもその効果は及ぶようで、更に白騎士と共に戦闘に自らメイスを持って参加する。


これで6対4だ。


数を上回った今、俺がちょっと抜けても何とか回るだろう。


「スマン、皆!! 少しの間だけ時間稼ぎを頼む!! 俺が4人を助ける方法を考える!!」

「了解しました、先輩、よろしくお願いします!!」

「お兄ちゃん、ボク達が絶対に守るから、お願い!! 4人を助けてあげて!!」

「畏まりマシタ、ご主人サマ!!」

「私は、我が神を信じてただ武器を振います!!―騎士様!!」

『……!!』





4人と白騎士が戦闘に入ったのを見届けてすかさず俺は『鑑定』を発動する。



今日の夜か、それか明日にまた上げますので。



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