王子と一緒に……2
今回も少々長くなります。
※終盤多少下ネタのようなものが入ります。直接的な表現はできるだけ避けてはいますがお気を付けください。
「僕達は、今後魔王を倒して……」
今演説しているのは騎士団長の“フォオル”さんだ。
勇者の少年“ダイゴ・ソノハラ”は後ろに下がってレド王女とイチャついている。
見せられるこちらとしてはイラつくことこの上ないがフィオム王子が横で真剣に話しているのでそちらに集中する。
「……二人は“クラウン家”という言葉について知っているか?」
俺は軽く頷いて見せる。
ウォーレイさんはしばし顎に手をあてて、頭を振る。
「……一応名前だけはユウ―うちの総隊長に聴いてます。しかし実際にどういったものかと聞かれると……」
「うむ、分かった。じゃあ軽くそこから話そう……」
今回は説明をウィルさんに任せるではなく一から全部フィオム王子自身が務める。
俺もディールさんから聴いたことのある内容を、彼は淡々と語って行き、ウォーレイさんは無言で彼の話に聞き入る。
その間もお披露目会はつつがなく進行している。
聴衆の歓声も止まずにここまで響いてくる。
「……と、言うわけで、“クラウン家”は代々王国を支えるためにとても大きな役割を担っていたのだ。……主立って言及されることは無いがな」
「そうだったんですか……」
ウォーレイさんは深刻な表情で佇む。
未だに聞えてくる観衆達の騒がしい声とはとても対称的だ。
「で、話を戻すが、その“クラウン家”が滅んだ事実と言うのは、私達のように上に立つものとしては非常に深刻な事態だった。それだけじゃない…………シオン姉様のこともある」
隣で語っていたフィオム王子の表情に影が差す。
“シオン王女”……リューミラル王国の第1王女にして、今民衆の前で語っている騎士団長フォオルさんやユウさん、それに俺が今探しているSランク冒険者のヨミさんと同じ釜の飯を食って修行していた同胞でもある。
そしてフォオルさんの前には騎士団長まで務めていた、という事だったはず。
「シオン姉様は私やあそこにいるレドと違ってあらゆる面に秀でていた。強く、美しく、そして圧倒的なカリスマ性。女性で騎士団長を務めるのもシオン姉様が史上初だった―そんなシオン姉様がいなくなられた穴を塞ぐのは容易なことでは無い」
「今はフォオル様が騎士団長を務めていらっしゃいますがそれで全てが解決したかというと……そうではないでしょう」
ウィルさんは決して表情を緩ませずありのままの事実を語るように告げる。
フィオム王子も彼女の付言に同意するように頷く。
「うむ、フォオルは良くやっているがそれでも姉様がいなくなられたことは、王国にとっては甚大な被害なのだ。リューミラルはこの10年内で多くのことを失ってしまっている―そこで求められたのが代わりになるものだ」
そうして顎で今王宮のテラスに立っている俺と変わらない二人の人物―勇者を差す。
「誰からその話が出たのかは分からないが、異世界にいる勇者を召喚して代用すれば、という話になった」
そこでウォーレイさんは何か気になることが有ったのか、恐る恐る手を上げてフィオム王子の話を制する。
「その、一つ、良いですか?」
「ああ、何だ?」
「私の知識に間違いが無ければ……勇者を召喚することは、この国の禁忌に属するはずでは?」
フィオム王子はその指摘を受けて苦々しい表情に。
「……ああ、その通りだ。表向きの理由としては他世界に干渉する召喚術は、召喚したその後の影響が把握しきれず危険だ、ということだ。しかしその実態は…………召喚に必要な術に膨大な魔力を要するのだ」
ん? 実態って言っても魔力云々の話なのか?
なんて疑問を持った俺を制するかのようにフィオム王子は続ける。
「勿論それには隠さなければいけない程の裏がある…………5千人だ」
「は? 5千人って…………っ!? まさか!?」
ハッとした俺に、王子はただ頷いて肯定を示す。
「…………術を発動するのに5千人の“命”がいるんだ。召喚した後の影響も確かにどうなるか分からないところがある。実際に今起きている魔力過多なんて勇者を召喚する際とは真逆のことが起きているわけだし、モンスターの凶暴化や異常繁殖も決して見逃せないことだろう……しかし」
「現実に問題が起こっていることとあえて自分達から問題を起こすことは違う、か」
「その通りだ……私達が関与しないところで起こった問題を鎮めるのに犠牲が出てしまうのと、私達が自分達で能動的に犠牲を生み出すのとでは似ているようで意味合いが全く異なる。後者をポンポン許してしまうようなものは最早国としての体を成しているのか……」
下を向いて口を閉じたフィオム王子を見、ウィルさんが話の後を引き継ぐ。
「本来の正当な手続きとしては禁忌を禁忌でなくすための民意を形成し、そして禁忌から外した後にまた勇者を召喚しても良いのかどうかを諮りにかける。そして承認を得られてから、となるのでしょう。……しかし、今回は事が事です、それにシオン様やクラウン家のことで王や他の貴族の方々も浮き足立ってしまったというのが事実でしょうね」
「……ライトニング公爵もしたたかに反対したとは聴いている。しかしそれ以上にアレイア公爵が一手も二手も先を行っていた。まるで今起こっていること―シオン姉様のことや、クラウン家のことによって起こる影響―それら全てを予期していたと言うように彼の思う通りに事が運んでいるのだ」
「今回勇者を召喚しようと言い出したのも、フィオム様はアレイア公爵だとお思いなのです」
ウィルさんの言葉に王子は「うむ」と短く頷く。
「王も今回ばかりは超法規的措置だと言わんばかりに『1万人を納得できる方法で用意できるのなら……』なんてことを言ったそうだ。そしてその1万人を用意したのは…………やはりアレイア公爵だった」
「1万人……勇者二人分、ってことですか。それにしても1万人用意してしまうところがまたアレイア公爵の凄いところですね……」
「……その1万人の出所ってのは……分かってるのか?」
辺りの盛り上がりに反して、俺達4人がいる部屋の中はしーんと水を打ったように鎮まる。
俺の質問に、フィオム王子は直ぐに答えることは無く一度唾を飲み込む音を鳴らす。
そして俺達の方を向くことなく俯きがちに口を開いた……
「…………“奴隷”だ……召喚するために使われた1万人は恐らくアレイア公爵が金で買った“奴隷”だろう。王や他の貴族たちを納得させられて尚且つ数を金で揃えられるとしたら……そこしか辿り着く答えは無いだろう」
「奴隷……」
「……そう、か……」
ウォーレイさんと俺はそれ以上二の句を告げることができなかった。
彼女にしてみればユウさんに助けてもらったとは言え元は奴隷だったのだ。
俺以上に感じるところも一入なのだろう。
俺自身だって程度の大小はあれど、思うところはある。
この世界に来て、ライルさんの従業員の人達から始まり、俺と一緒にいてくれるシア、エフィー、カノン、リゼル、シーナ、そしてレン……まだ出会ってはいないが増えていた3人。
この世界で生きる以上“奴隷”に関する問題を避けては通れない。
彼女達……いや、恐らく今後彼女達『だけ』には留まらないだろう。
十中八九今以上に増える、と思う。
ただ、願わくば今直面しているような規模の話について何足も飛んで考えなければいけないようなことは避けたいのだが……
増えるとしても一気にドカンと数を増やすことは多分俺もしないし、皆も多分しない。
今回のように数人が増えて、また更に数人が……と言ったように段階的なのだ。
本当、一度に1万人って……途方もない数だよな……
そうして何とも言えない、静まり返った雰囲気だけがこの部屋を満たしていく中、話は本題の本題、矢面に立っている勇者たちに移る。
「二人召喚しようとしてできたのはマーシュが先程言ったように一人―ダイゴ・ソノハラだった。本来一人の召喚を成功しただけで彼等にとっては満足すべき状況なのだろうが更に棚から牡丹餅が如く都合のいい状況が舞い降りてきた」
「……ミズキ・タカマチ―彼女ですか」
ウォーレイさんは、お披露目会が始まって以来、終始笑顔を見せずふさぎ込んでいるもう一人の勇者を見やる。
同じく彼女を心配そうに見やるウィルさんは頬に手をあてて首を横に傾ける。
「ミズキ様がこの国にいらしたのは本当に最近なのです。同性という事もあり、私がお話させていただく機会もあったのですが、ずっとお辛そうになさっていて……ですがダイゴ様が同郷とお知りになると多少は希望と言うか、そう言うものが出てきた様で…………」
「ほぉ~……あの勇者はやっぱりこの国が呼んだわけじゃなかったのか……それで、来たのは最近……」
なるほどなぁ……まああのダイゴって勇者と同郷ってのは名前とかで何となく分かってはいたが、重要なのはむしろ『最近別の所から来た』勇者だということだ。
「要するにこのお披露目会はどっちかと言えばダイゴ・ソノハラよりもミズキ・タカマチを見て欲しいんだろうな、民衆には」
俺の発言にウォーレイさんが納得したようにうなずいてくれる。
「……既成事実を作りたい、というわけか。彼女が自分達の国の勇者である、ということの」
フィオム王子は嫌気が差したかのような視線を、勇者や騎士団長のフォオルさん、それにレド王女……と言うよりは彼等が立っている後ろの方に送っている。
「王宮の中から、アレイアはさぞかしほくそ笑んでこの光景を見ているのだろうな……1万の犠牲を出してでも、いや、そもそも犠牲とは思っていないのかもしれないな……」
「かも、しれませんね……」
ウィルさんも同意する。
「シオン姉様がいれば、あるいはフォオルと力を合わせて、このようなことも起こさなかったかもしれないが…………まあ考えても仕方ない、無い物ねだりだ」
「ですがアレイア公爵が緊急でもこのような催しを推しているのは理解できます。公爵と言えど1万もの数です。奴隷とは言え消費した額は少なくは無いでしょう」
「だろうな……だから是が非でも勇者を自分の配下―まあ勇者達にその認識があるかどうかは定かじゃないが―に組み込みたいんだろう」
俺達が、観衆の放つ熱意とは程遠い、冷ややかな視線を送っている先ではレド王女が今後の予定などを話している。
それを見てフィオム王子は話を替え、彼女について言及する。
「……どうやらレドはダイゴ・ソノハラにお熱なようだし、戦力としては勇者二人に我が国が誇る騎士を統括する騎士団長もいる。フォオルの実力は私もシオン姉様も認めるところだ。魔王とやり合うと言う意味では十分な戦力だろう」
「レド様は王位継承権の順位は確かにフィオム様のお次ですが魔王討伐という実績を勇者が持ち帰って来たら、王は一考なさるでしょう。おっしゃったようにレド様と勇者ダイゴ様は親しい仲にあるようです。それに……」
ウィルさんの何とも言い難い微妙な視線がフィオム王子に注がれる。
特に嫌がるでも無しに、その視線から逃れることなくフィオム王子はハッキリと告げる。
「……ライトニングには申し訳ないが、そもそも私は王位に興味が無い。確かにレドよりかは施政に通暁しているという自負はあるが、逆に言えばそこの辺りがアレイアにとっては気に食わないのだろう。自分の手の中で納まってくれる、意のままに操れるレドの方がやりやすいのだろうな、後見人とかの位置から王国を動かしたいのかもしれん」
「そうなのか……じゃあフィオムが継承権を放棄しないのは……」
俺が少々遠慮がちにそう質問すると、フィオム王子は視線をどこという事は無く、遠くを見つめるようにしながら笑顔を作る。
「…………亡くなったお母様への、ちょっとした義理、みたいなものだな」
「そうか……」
それ以上下手なことは流石の俺でも言えず、ただ俺達の静寂と、賑わいを忘れることが無い民衆の声だけがその場を包んでいた……
その後は特に重要な話をするでもないお披露目会を見物するのは、折角自由になったのに時間の無駄だとフィオム王子が打ち切り、彼に従うままに俺達はその場を後にした。
ちょっとナイーブになってるのか、フィオム王子は自ら先頭を歩いて俺達にその顔を見せないように振る舞う。
彼にとっては友達や母親が占める比重は相当大きいらしい。
俺とウォーレイさんは気を使って彼を後ろから見守り、特に声をかけるでもなくただついて歩いている。
だが彼の従者であるウィルさんはやはり自分の主が沈んでいる姿を見るのは忍びないのか、「……よし!!」と気合を入れて彼の隣まで足を速めて行った。
「フィオム様!!」
「ん? どうかしたのか、ウィル?」
「これから、お風呂に入られてはいかがですか?」
「……は? 何故突然風呂になる? せっかくの機会だ、見回りたいところもあるのだが……」
「フィオム様、疲れた時はお風呂に限ります!! いつも私達侍女を気遣ってお風呂を進めて下さるじゃないですか!! 因果応報です!!」
いや、何となく言いたいことは分かるのだが因果応報って言うか、こういう場合?
「確かにそれはそうだが……あの、別に私を気遣う必要は無いんだぞ? 風呂なんて……」
フィオム王子は尚も否定の言葉を並べようとする。
しかし、ウィルさんは止まらない。
忠誠を誓う主のためならその主自身が断っていてもなんのその―
「そうだ、マーシュ様と一緒に入られてはどうですか!?」
……周りを巻き込むことすらも厭わないのである。
何でこっちに振ったし!?
え!? 俺にも王子を気遣って風呂入れってこと!?
ウィルさんは高性能なメイドらしい、視線を一切送らず雰囲気だけで俺に圧をかけてくる。
別に断ったら殺される、とかそういうプレッシャーでは無く何か「空気読めよ」的なものを幾らか緩和させたようなもの。
周りの空気を察知する能力に俺が長けているということすら彼女は折込済みなのか……流石王子直属のメイド。
しかし、その突然の無茶振りに即座に驚愕を示したのは俺では無かった。
「え゛っ!? マ、マーシュと!? わ、私がか!?」
「はい!! いかがでしょう!?」
今度は首をこちらに向けて意志を確認してくる。
……王子声裏返ってたけどいいの?
「え~っと……その、俺、一介の騎士だし、流石に王子と風呂入れってのは……」
一応バレたら絶対にダメ、とまではいかないができる限り顔バレは回避すべきことではあるのでもっともらしい言い訳を述べてみる。
ただ…………
「フィオム様とマーシュ様はご友人であられるのでしょう!? 何を躊躇われることが有るのでしょうか!?」
そうだよね~そこんところ突かれるとこっちも痛いわけで……
まあ要するにウィルさんとしては「つべこべ言わず王子の気晴らしに付き合え」ってことなんだろうな……
顔バレだけ何とかできるのなら断る理由は別に無いのだが……
二の足を踏んでいるのは俺だけではないようで、フィオム王子も俺とウィルさんを交互に見ながら戸惑いを隠さない。
「た、確かに私達は友だから、い、一緒に風呂に入ると言うのはおかしくは無いのかもしれないが、し、しかしだな、男同士とは言え……」
「そうです、フィオム様、男同士、更に言えばご友人同士です!! 『逆に!!』『一緒に!!』『入れない!!』というのはいかがなものでしょう!?」
ウィルさんはフィオム王子に詰め寄る。
説得の対象をどうやら主人へと移したようだ。
もう彼女の言葉の端々に「一緒に入って来い!!」という意図がビシビシと伝わってくる。
色んなところを強調してそれをフィオム王子へと語りかける。
そして王子はと言うと……
「あ…………あぁ~~~~~~~~~!!」
何かを納得したような声を上げて何度も大きく頷いて見せる。
「な、なるほど~…………―そ、そうだな、うん、やっぱり入ろうか!! なっ、マーシュ!!」
「は!? おい、どうしたフィオム、いきなり裏切りか!?」
「い、いや、や、やはり男同士の付き合いと言ったらふ、風呂だろ風呂!! い、一度男同士で、は、はは裸の付き合いをすれば私達の絆もより深まると言うか、お、お互いについて確固たる信頼を疑わなくなると言うか……」
……言っていることはもっともらしいがどうにも胡散臭い。
フィオム王子も視線が空中を右往左往して俺と合わせようともしない。
何だかな……
そして挙動不審のフィオム王子は尚も言い募ろうと「ただ!!」と付け足して自分の顔を指さす。
「私は見ての通りこんな顔だろう? 体もこの顔に違わず酷い有様なのだ!!」
「それ自分で言うか……」
「私自身が言うにはいいのだ!! それで、だ!! せっかくあなたと、と、共に、ふ、風呂に入るのにこの体をあなたの目に入れて不快な思いをさせてはだ、台無しだろう!? 私も普段から気を使って、侍女以外には体を見せないようにしているんだ!! だ、だから『風呂に入っている間、お互いにお互いの体は一切見ない』という決まりを設けないか!? そうすれば皆が幸せだぞ!?」
それ一緒に入る意味あんのか……
とは言え、その決まりはこちらにとっても悪いことだけでは無い。
俺自身顔バレを避けるために役立つのは確かだ。
一度俺が兜を外して風呂に一緒に入れば殊にフィオム王子に限って言えば、俺の兜を被っているという事実を少なくともおかしい、と警戒する気持ちは薄れる。
もしかしたらこの一回を乗り切れば俺の全身鎧姿がおかしいものではないという事を今後援護してくれるようになるかもしれない。
よし!!
そうして俺達はウィルさんの突飛な提案に乗って一緒に風呂に入ることになった……
もう既にさきの話の成り行きを見守っていたウォーレイさんと、ウィルさんが手配したメイド達が準備を行っていたようで、総合区の奥の隅の隅に位置する一つの風呂屋を訪れた。
お披露目会も寄与してなのか、あまり客入りが望めないようなので「数時間ではあるが簡単に貸し切れたよ」とウォーレイさんが言っていた。
そもそもこの世界では風呂は一般に普及されているものでは無く、言わば娯楽に分類される。
しかし、この王都では歓楽区ができる前に風呂は総合区に相次いで建てられていた過去があり、その名残で今も一般客を顧客層に狙っている入浴施設は総合区に存在するのだ。
俺と王子が入浴する予定なのはその中でも隅っこに存在するところなのでやはり人気はあまりないのかもしれない。
だがそれも含めて王子は王都の中にある施設を使いたいのだろう。
まあ無理に金に物を言わせられても対応に困るし、こっちの方が俺も気が楽だ。
貸し切りだし、ウォーレイさんやウィルさんは俺と王子が気兼ねなく入れるよう外で有事に備えて待機してくれている。
だから実質フィオム王子さえ乗り切れれば俺の顔がバレる心配は無いと言っても良い。
兜は…………外すか。
最悪バレても王子ただ一人だけだ。
王子自身も自分の体をあまり見られたくないそうだし自分で決めた決まり位守るだろう。
ここは王子を信じて俺も仮面を……いや兜を外すことにする。
久しぶりに顔全体に新鮮な空気が舞い込んでくる。
勿論視界や呼吸のための空気を確保する穴自体はあったもののなんとも閉鎖的なヘルムを被っていたためか、頭全体が何と言うか、精神的に不安定だったというか新鮮な空気を求めていたというか……
まあとにかく『索敵』で近くにフィオム王子以外がいないことを確認しての第2形態の俺を解放するのは本当に久しぶりだ(本来の姿が『第2形態』って言うのは何か複雑な気分だけど魔王や竜〇様は変身する時こんな爽やか且つモヤモヤした、なんて矛盾に満ちた気持ちを併存させていたのだろうか)。
一応マナーとして大事な所だけは手拭いで隠して中に入る。
先に王子は中に入っており、入り口とは背中を向けていた。
中は俺達二人しかいないこともあってか、とても広く感じる。
元の世界で言う銭湯に当たるわけだが、勿論シャワーや捻ればお湯が出てくる蛇口などない。
その分と言ったら語弊があるかもしれないが、浸かるための湯船のスペースは広めに設けられており、7割あるかないか程だ。
とは言っても体の垢を落とすための洗い場程度は存在し、王子はそこに腰かけていた。
王子は振り返ることなく視線を足元に落とし、俺が近づいて来ることを確認するように声を放つ。
「……その、私達は友、だとは言え…………見たら、ダメ、だからな?」
「……ああ、分かってる」
俺も別に意地悪するつもりは無い。
王子が率先して守っている以上俺も王子の体をジロジロと見ることはせず、できるだけ薄目を保ち、『索敵』を頼りに近づく。
「…………マーシュ、背中、だけ、洗いっこしないか? それだったら私は…………構わないのだが」
尚も王子は振り返らず、どこか遠慮がちだ。
まあ背中だけなら……無くは無いか。
友達同士とか親子だと背中の洗いっこをしている描写はよくある。
背中を向ける以上王子も顔が見えるわけじゃないし…………あっ、髪の色はバレるか。
でも髪の色だけでそこまで神経質にならなくてもいいかな?
あまり見慣れない黒髪だとは言え、言い訳なんていくらでも立つし。
「あの時はちょっと若気の至りで染めてたんだ~」とか…………はちょっとキツイか。
まあ逆に髪に固執し過ぎても逆に怪しいかも。
ここは王子を信じて堂々としとくか。
「おう、良いぞ? フィオム、他人の背中とか洗えるのか?」
多少すり替える意味も込めて茶化すように話を振ってみる。
「わ、私だって友一人の背中くらい洗ってみせるさ!! 見てろぉ~!!」
「いや、洗ってもらうのは背中なわけだから見えはしないんだが……」
とまあそんなことを言いつつも満更でもなく背中を向けてフィオム王子の前に腰を下ろす。
王子は俺が座り込むと「う、ぅゎぁ……」と小さく息を漏らして、どうやら俺の背中に見入っているようだった。
「ん? 何だ? やっぱり王子ともなったら他人の背中は見慣れないか?」
からかうような調子で尋ねてみると、王子は慌てたように手を動かし始めた。
「す、すまない!! あなたの言う通り、ちょ、ちょっとビックリしてて……」
「はは! そりゃそうか、なんたって普通は洗ってもらう側だもんな!!」
「そ、それもあるが……その…………マーシュの背中、結構、大きいん……だなって」
大きい?
まあ背は低くは無いから自然背中も大きくは……なる、のかな?
その後はどちらがしゃべるではなく王子が黙々と俺の背中を洗っていってくれる。
正直言うともう少し力強くしてくれると丁度いい具合になるのだが……まあ色んなことが初めてなんだろう、王子にしてもらえると言うだけでも相当特殊なのだ、贅沢は言うまい。
ただ、こんな『友達として』背中を洗ってもらっていると……どうしてもライルさんのことを思い出してしまうなぁ。
あの時は……そう、『記憶喪失』と偽ってたっけか。
今は記憶喪失では無く普通に別人を装ってしまっているわけだが、こうして疑似的にでも友がいたら、という状況を演じていると、やはりこう、思うところが出て来てしまう。
もし、ライルさんが目覚めていたら、こうしてライルさんと背中を流し合う日もあったのだろうか……
頭の中でそんな情景を思い浮かべては色々とシミュレーションする。
……いかんいかん、ついつい感傷的になってしまった。
何だろう、娘に背中を流してもらってはその将来に思いをはせて涙を滲ませる、みたいなことに似てるのだろうか?
……いや、今は王子にしてもらっているのだらか考えるのなら『娘』じゃなく『息子』か。
どうして娘が先に出て来てしまったのだろう……ああ、まあちょっと背中を擦る力が物足りないかな、みたいにさっき考えてたからかも。
「……マーシュ、どうだろう? 上手く洗えただろうか?」
大体擦り終えたのか、フィオム王子が背中越しに尋ねてくる。
「ああ、十分だ。初めてにしては良くできてたんじゃないのか?」
「そ、そうか!?……ふぅ……良かった」
後ろから安堵の息が漏れたのが聞えてくる。
「よし、じゃあ今度は俺がフィオムの背中を洗おう―後ろ向いてくれ」
「あ、あ゛あ゛!?」
「……大丈夫か? 声完全に裏返ってんぞ?」
「だ、大丈夫だ!! ……そ、その、背中……だけ、だぞ?」
静まり返った浴場の中、フィオム王子の小さく確認する声が響く。
……そんな警戒せんでも……
「分かってる。男の前を洗い合う趣味なんてねえよ」
「そ、そうだな!! その通りだ!!―で、では……………………た、頼む……」
「おう」
背中を向けたフィオム王子をゴシゴシと力強く擦って行く。
「い、痛い痛い!!」
「お、おう、そうか、スマン。ちょっと強すぎたか……これ位ならどうだ?」
「あ、ああ……これなら…………うん、気持ちいい」
そう言われたので今の力の具合を保って再開させる。
自分の際に弱く感じたので少し強めにしたら丁度いいかな、と思ったのだが……
やはり王族は肌も王族に合わせた作りらしい(いや、知らんけど)。
しばらく擦っていると、とあることに気付く。
「フィオムは……意外と背中は小さ目、かな? あっ、これ言ってよかったか?」
「っ!? ―あ、ああ……だ、大丈夫だ。別に気にしてない」
ん?
今少し間があったような……まあいいか。
フィオム王子の背中は何と言うか……見た目は普通っぽいのだが擦っていると見た目以上に狭く感じると言うか、とにかく言葉にしたように小さく感じたのだ。
男に向かって背中が小さいって言うの、まずかったかな?
まあでも本人もああ言ってるし……
「それにフィオムが言ってたようには感じないな」
「え? それは……どういう……」
「言う程おかしいか? むしろ綺麗な肌してるんじゃねえの?」
フォローもしっかりと入れて置く。
……ってまあこれも男が言われて嬉しいかと言われたら何とも言えないが……
「そ、そう、か!? ……あ、ありがとう……」
「おう」
「…………ん……んぅ……ぁぅぁ」
「おいおい、変な声漏らすなよ、褒めただけだろ? それとも背中を洗ってもらうのが気持ち良かったのか?」
「あ、ああ……す、すまない!!」
「ん? まあいいけど……男の感じてる声聞いても何も楽しかねぇからな」
「そ、そうだよな!! わ、悪い、我慢する!!」
いや、我慢するって言われると複雑なんだが……
それだと「感じてますけど頑張って我慢します!!」って宣言に聞えなくもないし……
フィオム王子は宣言通り我慢するために手で口を押えて何やら必死に声が漏れるのを抑えている様だ。
「…………ぅぅ…………ぁ、ぁぁ…………」
「…………」
なんだよ、背中弱いのか?
時々手で押さえていても抑えきれない声が漏れてきたり、体をちょくちょくクネらせているのでどうにも洗っている側としては相当に居心地が悪い。
……本当に男が感じている姿とか見て喜ぶ需要とか俺には無いよ?
その後、王子が感じているのを必死に抑え込んでいる様子を後ろから感じ取らなければいけないと言うよく分からない拷問染みた時間がようやく過ぎ去り、互いに離れて他の洗っていない部分を洗い終え、風呂に浸かる。
この時もフィオム王子は互いの体を見ないように、背中合わせで浸かることを提案してきた。
別段反対する根拠も必要もなかったので承諾する。
足を湯船に入れると……何ともぬるい。
だがゆとりに幾数年浸ってきた俺にとってはこんなぬるさ程度では生温いのだ。
体全体を浸けるとようやくお湯に浸っているという実感がわいてくる。
はぁ……そう言えばディールさん言ってたっけ、エフィーと一緒にお風呂作ってくれるって。
毎日とまでは行かなくても偶に入れるようになってればいいなぁ……
「…………なあ、マーシュ」
「ん? 何だ?」
前触れなく話しかけてくる王子に俺は冷静に対処する。
「……その……裸の、付き合い、を、今、している、訳だよな?」
「……まあ、そうなるな……」
なんだ?
愛の告白とかいらないからな?
この全裸の場面でそれは本当にシャレにならねえから。
アホな、しかし割と真剣な考えをしている俺は放っとかれ、しばしの静寂が流れる。
「…………少し、話を、してもいいか?」
「ん? …………結構真面目な話か?」
「真面目……かどうかと聴かれると少し自信は無いが……私にとっては大事な話だな」
「そうか……おし、どんと来い」
「ああ……ありがとう」
やはり俺の考えが単にアホだったらしい。
フィオム王子は真面目な話をしたかったようだ。
ゆっくりと彼は話し始める。
「……その、今からは私はこの国の王子としてではなく、一人の人間“フィオム”として話す。それを踏まえて……聴いてくれ」
「おう、分かった」
本当に真面目な雰囲気が伝わってくるので茶化すようなことはしない。
こういう場合は急かすのも無しだ。
彼が話したいタイミングで、話したい内容を話すまで待つ。
そして彼は再び口を開く……
「その、な……私も最初から―つまり生まれた時からこのような容姿では無かったんだ」
「へ~そうなのか?」
「ああ。まあいつこうなったか、というのは今は置いておいてだな……―昔は……少なくとも周りと左程変わらない容姿をしていたはずだ」
「…………そうか」
「ああ。それで、その今とは違う、昔の容姿の頃、今のあなたのように心を許せる友と呼べる存在が……私にも一人だけ……いたのだ」
「一人……か」
「うむ。一人だ。昔の私は、今のこんな容姿とはまた違った意味で難物だったんだ……要するに人見知りでな」
「へ~……今のフィオムからは想像もできないな」
顔は……まあ置いておくとして、今迄感じたフィオム王子の性格は少なくとも社交的だとは思う。
それが以前は容姿が綺麗だった……と言うのならもしかしたら容姿が激変したことが今の性格に繋がっているのかもしれない。
「ははっ、もうウィルかシオン姉様以外の人には寄り付かなくてな。9割はそのどちらかの後ろに隠れて日々を過ごしていた」
ここでウィルさんの名前を出す、という事は彼女は今話題となっている人とは違うわけだよな。
まあそれでも二人の間にただならぬ信頼感があるのは俺でも分かる。
だからまあなんていうのかな……俺とシア達との関係が、大切だと言う意味ではそうだけど、それが俺とライルさんとの関係とはまた違うという意味なんだと似ている感じ、かな。
「そんなある日、あなたに会った日と同じような感じで、お忍びで外の世界を知りたいと、そんな気が狂ったかのような日が有ってな。ウィルに頼んで連れ出してもらったんだ―その時に出会ったのが彼女だった……」
彼女……という事は女性か。
もしかしてフィオム王子の初恋の人、だったりして。
いや流石に違うか?
「彼女は王都に住んでいた訳では無く、1年に1度の家族旅行で偶然に王都に遊びに来ていたという。だから彼女との出会いは本当に偶然なんだ。私が外の世界を知りたいと思う日が1日でもズレていればあの出会いは無かった……」
え?
嘘っ、何か本当に運命の出会いって感じだ!!
まあそれならそれで別にいいんだけど……
「1年に1度か……本当に偶然だな。どんな娘だったんだ?」
表情自体は勿論見えないが、耳に入ってくる声はどこか懐かしそうでいて、過去を顧みては自分の記憶を確かめているかのようにゆっくりしたものだった。
「彼女は何と言うか……あなたとはまた少し違った感じの不思議な人だった。有る時は領主の娘だからということだけでは説明がつかないような聡さを時たま見せたり、はたまたある時はそんな自分を誇るでもなく世界を偏った見方で捉えては変に悟った風になったり……」
なんだそいつ……いや、フィオム王子の目の前だから口に出しては言わないが……
変な奴だな。
「だがそれでいて別に内気だと言うわけでもないんだ。いざというときの行動力は目を見張るものがあった。私が危ない目に遭いそうなときはなんだかんだ言いつつ体を張って助けてくれたし、ああそれに家族のこともとても大切にしていた。弟や母君のことを大切そうに語っていたしな」
ますますよく分からない人物像が頭の中で渦巻いているんだが…………ところで最後にお父さんが出てこなかったのってツッコんだらダメな所なのかな?
ツッコんだら藪蛇になっちゃう奴なのかな?
そこのところを逡巡している内に話は次に移ったらしい。
フィオム王子の声音が1、いや2オクターブ位下がったように感じた。
「1年に1度だけという少ない期間だったが私達は決して細くない絆を互いに結んでいた―そう思っていたのは私だけだったのかもしれない」
お、おおぅ……ここか、ここからか。
恐らくフィオム王子の話の最大の地雷原がここなのだろう。
これは慎重に聴かねば……
「私が最初からこの容姿だったわけでは無い、と言ったな?」
「ああ。さっき言ってたな」
「この容姿になるきっかけがあったのだが……丁度その年……彼女は毎年会う場所に定めていた所に……来なかったんだ」
「…………」
俺は下手な相槌を打つのは避け、彼が続きを話すのを待つ。
フィオム王子は2呼吸ほど間を空け、再び重い口を開く。
「その日はずっとその場所で待っていたのだが……来なかった。もしかしたらその年は何か事情があって無理だったのかもと思い、その年以降もまた、待ったのだが……彼女とは以降……一度も顔を合わせていないし、消息も……分からない」
「そう、か……」
う、うぅぅ……思っていた以上に……重い、話だった…
フィオム王子も何とも自嘲気味に自分で話を続ける。
「少ない回数だとは言え、彼女と接して分かっているはずなんだ。彼女の人柄なら、この容姿に変わろうと……彼女自身の気持ちは変わらない。それまで通り接してくれるはずだ、と。だが……来てくれなかったということと、その年が自分の容姿が変わってしまった年と合致しているという状況証拠がどうしても……私にそれを納得させてくれないんだ」
「そっか…………」
王子は今度は空元気なのか、小さく笑っては自分を慰めるかのように告げる。
「まあもう一度彼女に会いたくない、と言ったら嘘になるが今は私も色々と大人になった。割り切ることも……多少なりともできるようにはなった。この容姿をしていても……あなたとも―マーシュとも出会えたし悪いことばかりでは無かった」
「……そう言ってくれると俺としては有り難い」
「そうか……こちらも…………聴いてくれてありがとう」
「いや…………なあ、フィオム」
「ん? 何だ?」
これは……話すべきなのだろうか?
「いや、なんでもない」と言ってフィオム王子の話を聴くだけで終わらせても何もおかしいことは無い。
ただ…………
フィオム王子が話したことを聴いて、俺もフィオム王子にあの話を聴いて欲しい、と一瞬ながら思った。
どこか似ている、そう思って……
ピチャッ、ピチャッ、というお湯を自分の体にかける音が聞こえる。
自分ではない以上、フィオム王子なのだろう。
俺が話さないことを疑問に思っているのだろうか?
このまま話さないとその方がおかしいことになる。
……そこでふと、今自分のいる場所が湯船の中だということに思い至る。
今自分はマーシュとしての鎧を全て取り払ってこの中にいる。
勿論マーシュとしての演技という精神面での鎧は取り外すことはできずにいるのだが……
折角フィオム王子が心の底を打ち明けてくれたのだ。
修学旅行の夜の定番ではないが、自分の秘密を聴いてもらうにはうってつけの場面だろう。
演技とは言え今は友人としてこの風呂に浸かっているのだ。
……マーシュとして浸かっていて、尚且つ谷本海翔に戻り切ってしまわない、そんな丁度二人の中間としてなら……或いは……
俺は自分が招いた沈黙を打ち破るべく閉ざしていた口を開く。
「……俺の、話も……聴いてくれるか?」
「あなたの? ―……よし、分かった。聴こう」
「ありがとよ―…………その、な……どこから話すべきか迷うが……」
「…………」
王子は先の俺と同じく急かさず茶化さず、黙って俺が先を話すのを待ってくれる。
俺は頭の中で何を話すべきか、何を聴いてもらうべきかを考え、整理しながらちょっとずつ、一言ずつ拙い言葉を紡いでいく。
「俺も、過去に、すっごい大切な人……―まあ親友だな―がいたんだ。俺と初めて友になってくれて、そして親友になってくれた人だった」
「……そうか、あなたにも、大切な人が……」
「ああ…………俺も昔のフィオムみたいに、それまで親しい人なんか一人もいなくってさ、それだけじゃない、その場所は、俺が初めて訪れる場所でもあったんだ。何て言ったらいいか……―そう、文字通り右も左も、それこそその土地の常識すら分からない生まれ立ての赤ん坊みたいな状態で出会ったのがその人だった」
「ほう……あなたにもそんな状態があったんだな、意外だ」
「そうか? まあそんなもんだったんだよ、俺は……それで、最初は俺も何もわからないから色々と情報が欲しかったわけで、でも俺は完全によそ者。それに何一つ分からないと言う不審者のお墨付きだ。―だから、その人に話しかけた時、ちょっとした嘘を吐いてしまったんだ」
「……嘘、か…………その人はその嘘に気付いたのか?」
「いや、気づいたって言うか……後でキチンとそのことを白状する機会があったんだが……その人は、それも入れて……全部を含めて俺みたいな人間を受け入れてくれた。『親友になってくれ』とまで言ってくれた」
「そうか……人格者、だったのだな」
「ああ……町の人からも頼りにされていたし、2人いる妹さん達も凄く慕っていた。とても良くできた皆のお兄さん・兄貴分って人だった」
「そうか…………男性、か」
俺はそこで一端話を止め、何呼吸か間を置いてから再び話を始める。
「……ある日、その人と一緒に、盗賊のアジトから、捕まっている人達を助け出す、って言う依頼を受けたんだ。その内容自体は……こなしたんだが、その時にあったトラブルで…………その人が、目を覚まさない、体になってな」
「…………」
「死んではいないんだ。アジトから出た後上級のポーションを飲ませた。……傷は全部完治している。医者も異常は見当たらないって診断だった。でも……だからこそ、どうしたら目を覚ますのかも分からないとも言われた」
「そう、か…………」
今回はちょっと俺が重い話……しちゃったかな?
フィオム王子も相槌打ったまま黙っちゃってるし……
なので、俺は鼓舞するかのように調子を一つ上げて話を続けることにする。
「えーっとな、確かに自分の力がもっとあれば、なんてしてもしょうがないたらればばっかりしてきたが、言ったように別に死んだわけじゃない。ただ眠っているだけだ。いつかは目覚めるかもしれない、もしかしたら、目を覚ませる方法が見つけられるかもしれない……俺もそう信じて今迄生きてきたし、それはこれからも変わらない」
「そうか……やはりあなたは―マーシュは凄いな」
「そうか? 『こうしよう!!』って決めて、その通りに生きてるだけだ。特別なことは何もしていない。それを言うならフィオムも凄いと思うぜ?」
俺なら容姿が酷く変容して、そのせいで自分の大切な人が離れて行ったという状況証拠が揃っていたら、それだけでもう膝を折ってる。
今自分の容姿のことも受け入れてこんなにも立派に生きているフィオムは純粋に凄いと思う。
背中からは、今回は自嘲ではなく、少し恥ずかしそうな調子の声での笑いが聞こえてきた。
「ハハハ、そう言ってもらえると幾らか私の人生も救われるよ。ただ、私も別に凄いことをしているというわけでは無い。あくまで自分にできる範囲のことを理解し、そしてそれを実践している、それだけだ……」
「それだけ、か……他の奴に言わせればそれだけのことが凄いんだろうけどな」
「フフッ、それはマーシュ、あなたもだよ」
「そうか?」
「ああ、そうだ」
「……はっは」
「……フフッ」
「「ハッハッハ!!」」
どちらが先に、というのは無く、お互いが無意識に笑い出すのが重なって、滴がしたたり落ちる音だけが響く浴場内を賑やかにする。
そしてひとしきり笑った後、彼がまだ余韻冷め止まぬような調子で告げる。
「フフッ……私達は、似た者同士なのかもしれないな」
「……まあ、かもしれないな。あっ、でも身分は全く違うぞ? 片や王子、片や騎士だからな」
少し茶化したように言葉を述べてみると、フィオム王子は少し拗ねたような口調で返してくる。
「それ位は分かっている。と言うより今はそんなところは問題にしていないだろう? って言うか分かってて言っているだろう! そういう変に茶化したりするところは全く似ていない!! 私は至って真剣なんだ!!」
「はっは、悪かったよ、またいつか背中洗ってやるから勘弁してくれ」
「む、むぅ~~…………本当、だな? 次も……二人っきり、だぞ?」
「はいはい二人っきり二人っきり。別に男に興味ねぇから、んなもん普通に約束してやるよ」
「あ、当たり前だ!! 男に興味があったら……その…………困る」
「んなマジに返してくるなよ、逆に気持ち悪い」
「んな!? 私は、その、別におかしなことは……」
「分かったから、ほらっ、もういいから機嫌治せよ」
「や、約束したからな!!」
「はいはい分かった分かった。約束約束。…………チョロ、簡単に許してくれた」
「な!? おい今なんて言った!?」
「え? フィオム優しいな、って。こんな罪深い小悪党を許してくれるとはさぞかし慈悲深いんだろうなぁって…………ププッ」
「欠片も思ってないだろう!? こらっ、待て、話を…………」
そうしてウィルさんが企画してウォーレイさん、そしてメイドさん達実行『フィオム王子の気晴らしお風呂大作戦』は、小一時間の少々騒がしくなった秘密の暴露会となって幕を下ろした…………
帰り際、満足げな王子から「明日の同行も頼めるか?」と聞かれ、素直にうなずいた。
レンはフィオム王子とは顔見知りだし、ヤクモは……まあアイツなら同行しても邪魔にはならないだろう。
むしろ王子と気が合うかもしれない。
どっちみち明日はウィルさんが所要があるようで抜けるそうなのだ。
だからできるだけフィオム王子の脇は強者ぞろいで固めたい、しかし王子の自由時間をぞろぞろと大勢のメイドで闊歩というのは何か違う。
従って少数精鋭はむしろウィルさん達にとっても望むところだそうで、わざわざ「明日もあなたとウォーレイを借りることになるのだ。私の方から第10師団の代表には伝えておこう」とまで言ってくれた。
その時何かを忘れているような気がしたのだが風呂上り、とてもいい気分で俺も浮き足立っていたのかもしれない、すっかりそんな疑問は頭の隅に追いやられた。
ウィルさんからも自分の主の顔が、風呂に入る以前よりも数段晴れやかになっていたことを随分感謝された。
別れ際もフィオム王子が見せた清々しい表情はたとえ容姿が酷く歪んだ歪な形や、焼けただれのようなものや凸凹凹凸その他etc……あったとしても俺の頭の中にしっかりと焼き付いた。
……騎士団区、第10師団の自分の部屋へと戻ってきた。
二人がウォーレイさんから頂いたお金で買い物に出ていたのだが、俺よりも遅くなっているのだろうか……部屋に入っても誰もいなかった。
流石に女の子の買い物が長いからと言って俺よりも遅くなることは無いかと思ってたのだが……なんて思っていると、言伝を預かっていた5番隊―つまりリュートさんが隊長を務める隊の隊員から、ヤクモ・レンのそれぞれの伝言を聴いた。
ヤクモ曰く『レンさんとの買い物は終わったのですが、急にやることができたので今日は戻れません。明日の夜までには帰るので、先輩、ボクのセクシーな服装、楽しみにしててくださいね?』だそうな。
そしてレンは『お兄ちゃん、ごめんね、ヤクモお姉ちゃんとお買いものが終わった後、ちょっと知り合いの人と会ったから……今日はその人と宿に泊まると思う。買った服は明日帰った時に見せるから、心配はしないでね?』とのこと。
別に誘拐云々とかは心配していないのだが……ヤクモはヤクモでちょっと心配だ。
アイツとの出会いが出会いだからな、もしかしたら何かまた抱えているのかもしれない。
明日帰って来たらちょっと注意してみた方が良い。
とは言えヤクモ自身飄々としてるがしっかりとした奴だ。
特に心配せずとも普通にやることやって帰ってくるのかもしれない。
…………だがレンの言伝の方はちょっと気になる。
レンは閉鎖的な、しかもその里の存在が殆ど知られていない場所に住んでいた天使だ。
そのレンに……知り合い?
『心配するな』という事だが内容が内容なだけに……すまん、レンよ。
兄は心配だ……
う~ん……もしかして俺の知ってる人かな?
でもそれだとわざわざ『知り合い』とせず名前を伝えれば……ああでも言伝と言う伝達手段を用いる以上第三者に俺達しか知らない人物の名を言ってしまうのは憚られるか。
仮にそれが『シア』だとしよう。
恐らく十中八九シアを知る人物はこの王都には1人いるかどうか位だろうが、問題はそこじゃない。
シアが俺の奴隷だという事が問題なのだ。
シアからズルズルと俺の存在が表だって、そこからマーシュと言う人物は実は谷本海翔が演じているだけだとバレれば……
とまあ今のは単なる仮定に過ぎないのだがレンが会った『知り合い』と言うのが、そういう配慮を要する人物でないとも限らない。
そう考えると幾分不安は紛れた。
とは言ってもレンが俺を心配させないがために嘘を吐いている、という可能性が消えたわけでは無いがまあ明日になれば分かることだ。
多少の不安は残るものの、それら全てを誤魔化すかのように風呂場での出来事を抱いて俺は眠りについた……
『カイ……ト……カ……イト』
……え?
ライル……さん?
もしかして……目覚めたんですか!?
俺の期待したこととは確かに違わないはずなのだがどこか様子が違う。
ライルさんが……俺の名を呼んでいる。
ライルさんはあの日俺と出会って間もない頃のようにシャキッとした感じで草原のど真ん中に大の字で立ち塞がっていた。
……いや、ライルさん本人だけでは無い。
…………俺とライルさんしかいない―つまり男二人しかいない―凡そこの状況でたってはいけないものまでもがたってしまっている。
ライルさんはそれを誇示するかのように腰に手をあて、そして俺の姿を認めては顔を上気させる。
『……カイト……たったよ。俺がたったよ』
……そうですね、たちましたね……
クラ〇やライルさん本人が立ち上がってくれただけなら喜ばしいことこの上ないのだが……
その『取り扱い注意』と書かれた看板を首からぶら下げていそうなライルさんに対峙している俺は、恐る恐ると言った調子で尋ねてみる。
『そ、その……ライルさん……あえて聴きますが……どうして……たったんです?』
俺と対峙しているライルさんは「言わせんなよ……」と言わんが如く顔を俺から逸らし、手を染まった頬に当てる。
何とも乙女チックな仕草に……流石に吐き気を催した俺は…………しかし吐けない。
『そんなの……カイトとのことを想像して……興奮してしまったからに、決まってるじゃないか……』
Oh~really!?
もう駄目だ、ツッコミが追い付かない!!
ここは逃げるしか……なっ!?
逃げようとした俺の足が金縛りにでもあったかのようにミリとして動かない。
事態を重く見た俺は即座に下を見やる。
すると……何と足がほぼ丸々埋まってしまっているのだ!!
くっ、何だ、これは!?
大根のように埋まってしまっている足を何とか引っこ抜こうと手を地面に付くと、何と今度はその手までも地面に吸い込まれていき、四つん這いのような形になってしまう。
四肢を何とか動かそうと試行錯誤するも梃子でも抜けてくれない。
そうしている間にもたちあがったライルさんは頬を上気させたまま、たってしまった伸縮自在の男の如意棒を誇張させてどんどんと近づいて来る。
やだ、やめて!!
来ないで!!
今度は声までもが奪われて、俺の悲痛な叫びは誰にも届かない。
これだからレイプものは見ちゃったら後を引くしダメなんだよ!!
くそっ、最初はちょっとした興味本位だったんだよ!!
スレを漁ってたら、『見たら意外とイケるよ!?』ってあったから……くそっ、何が『イケるよ!?』だ!!
1週間くらい本気でこっちは罪悪感に苛まれたんだからな!?
そんなバカなことを考えている間にライルさんは俺の目の前に……立ったと思ったら徐に俺の背後に回る。
そして甘い声で囁く……
『カイト……さっき掘って欲しそうだったろ? だから……俺が…………カイトの全部…………掘ってあげるよ』
それ違う!!
普通に地面を掘り返したかっただけ!!
なに「上手いこと言った!!」みたいになってるの!?
全然うまくねぇよ!!
ふざけんな、んなくだらねぇギャグにもなりきれねえもので俺の純情を……ってこっち来ないで!!
あかんで!?
それ絶対あかん奴!!
痴漢あかん!!
やめて、こないで、いや、誰か、助けて……い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~!! …………へっ!? ここ、は……」
さっきまでの地獄のような光景がまだ自分の周りに存在していないか半信半疑の俺は必死に辺りを見回す。
ここは……騎士の部屋……で、俺、と、ヤクモと、レンが…………そ、そうか…………はぁぁぁぁ~~~。
ようやく今自分がいる世界が現実のものだとわかって心の底から安堵のため息が漏れる。
マジ良かったぁぁ、いやほんと、今回はもうマジ人生終わるかと思った。
2度目の人生早々に終了して、新たな人種へと生まれ変わる一歩手前だったな……あれ。
いや、本当冗談じゃないよ、マジでダメな奴だからね!?
芸能人とかが偶に言う「俺、マジこの人とだけは共演NGッス」とかよりもダメだからね!?
俺の中で共演させたらダメな部類で言うと、もうトップ独走しすぎて2位以下追い付こうとするの半ばで諦める位だから!!
本当碌な夢見せやがらねぇな、俺の脳。
自分自身に言い聞かせるために何度も何度も『あれは本当にNG』ということを反復し続ける。
そっち系のことを抜いてもああいう冗談はダメ。
だってなんか夢の中でライルさんが『カ……イ……ト……』とか呼んだら『夢って、自分の記憶の情報を整理してるんだよ?』なんて知識があっても何か期待しちゃうじゃん!!
流石にライルさん自身が起きたってことが無くても、それを告げるなんか超常的な予知とか、それを誰かがそういう魔法的なものを使って知らせようとしてくれた、みたいな。
そうやってぬか喜びに終わるんだからさ、こういう夢は今後本当にNGね?
わかった、脳?
はぁぁ……折角昨日いい気分で眠りにつけたのに、今のだけでどっと疲れたわ……………………へ?
『どっと疲れた』拍子に頭を垂れる。
しかし垂れたのは勿論『頭』。
一方で視界に入ったものは垂れるどころか……悪夢の中で猛威を振るった時のようにいきりたっていた。
そして時折雨に打たれて震える子犬の如くブルブルビクビクと震えてはその存在を示してくる。
俺はそんなつもりは毛頭ないのに、まるで解き放たれる時が来るのを今か今かと待ち構えているかのようだ。
……危うくカウントダウンまでしかけた。
この事実に俺は逆に何故か冷静に頭を働かせて考えることができた。
…………最近、忙しかったからなぁ……むしろレンとヤクモがいない今日で良かった。
それにまだ発射口は開いていない。未発射で済んでいる。
これが夢精にまで至っていたらと思うと……そっちを考える方が頭が混乱して来るな。
このことをシアとかに知られたらまた心配かけて、余計な苦労させるんだろうな……
はぁぁ……また頭痛の種が増えてしまった。
取りあえず俺は一端その話を自分の中で打ち切り、着替えることに。
昨日はレンとヤクモがいない、と兜以外の重装備は取っ払って、軽い寝間着を久しぶりに着ていたのだ。
まあ昨日は少しテンションもおかしかった。
『千変万化』がちゃんとスキルとして(『千変万化+α』という形ではあるけれども)俺のものになったということも少し羽目を外す一因となっていた。
今日からは色々とある問題は少しずつ解決していって、夏休みの課題の如く溜めないようにしよう。
そうして心機一転、しかしいつもの朝の訓練は行うべく一人、稽古場へと足を向けると…………
『悪いことは、ずっとは続かん。ちゃあんと、お天と様は見とるんしゃい』みたいな分かるようで分からないようなおばあちゃんの一言が、ちゃんと世界の理の一つに組み込まれていると信じていた時期が……俺にもありました。
「…………」
〇月×日△曜日 晴れ
お父さん、お母さん、先立つ不孝をお許しください……
ボクは、初めて、この目で………………
……鬼を見ました。
今朝の占いで「幼馴染と再会する機会が!! 積極的に外に……」って出たんですが…………
そもそも幼馴染いないんですけど!?
いない幼馴染とどうやって再会すればいいんですかね!?
内容私にとって突飛過ぎてラッキーアイテム見忘れましたわ!!
別に占いを信じてるわけじゃありませんがこれは流石に無茶振りしすぎじゃ有りませんか!?
「幼馴染……思い……出した!!」とか言って思い出せばいいんですかね!?ワールドブ〇イクな前世とか!?
そもそも占い自体は信じていないのに前世は信じろとか……最近の占いは手加減が無いです(涙)。




