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王子と一緒に……

何とか今日中に上げることができるのでホッとしてます。


「これはこれは、フィオム王子……」

「よい、あまり畏まられて騒がしくなると私がお忍びできた意味がない。楽にしてくれ」


フィオム王子は立ち上がって恭しく挨拶しかけたウォーレイさんを手で制してそう告げる。

「しかし……」と言って更に引き下がろうとするも、彼のお付きのメイドであるウィルさんがにっこりと柔らかくほほ笑んで「大丈夫ですよ」と付け足すと、ようやくウォーレイさんは納得した様子。


「畏まりました。それでは失礼して……」


そう言って、フィオム王子が俺の隣に腰かけ、同じように座ることを促されてから彼女もまた腰を下ろす。

彼女自身も本来は堅苦しいことは出来るだけ避けたいからなのか、先程引き下がろうとしたのは何とも形式的なもののように思えた。


「いや~、それにしても再び会いに来るまでに日を大きくまたいでしまったな、ボボッチよ」


再会できたのが嬉しいからだろう、彼はいびつに歪んだ顔を更に歪めて微笑みを示す。


「えーっと、その、あの、な……」

「ん? なんだ、あなたにしては歯切れが悪いな。言いたいことが有るならハッキリ言ってくれていいのだぞ、ボボッチよ」


……なんだ、当てつけか?

俺が嘘の名前教えてるからそんなに名前連呼してくんのか!?


「…………」


対面に座っているウォーレイさんからの視線も「早いこと言った方が良い」と告げている。

俺がちゃんとあの時訂正できなかったのが悪いんだけどさ……まあしゃあないな。


「あの、な……フィオム」

「ん? なんだ、ボボッチ?」

「その……俺……マーシュ……なんだ」

「…………は?」


鳩が豆鉄砲食らったような顔をしている……と思う。

とにかくフィオム王子は「何言ってんだコイツ?」と言いたそうな位呆けた顔だ。

それはどれだけ顔が歪になっていても何となくわかる。


その状態から戻ってきた彼は自分の思考を元に戻そうとするかのように頭を振り、俺に尋ねてくる。


「あ、あ~、そうか、なるほど、結婚したんだな、それで名前でも変わったのか?」

「その、非常に申し訳ないが、結婚はしていない」

「な、ならどういうことだ!? ボボッチじゃなく、マーシュだなんて……あ!! そうか、養子か!! 誰かの養子に……」

「……養子でもない」

「じゃあなんなんだ!! 何かの謎かけか!? それとも私をからかっているのか!?」


答えにたどり着けずとうとう「うがぁぁぁあ!!」と苛立たしげに声を上げて立ち上がる。

自分から騒ぎにしたくないと言いながら……ごめん、俺のせいだよね。


俺は傍で控えていたウィルさんの助けを借りてフィオム王子を宥める。

ボアのようにまだフーッ!!と鼻息が荒いのは仕方がないとして、とにかく真実を伝えることにする。


「……その、な、非常に言いにくいんだが…………俺の本当の名前は『ボボッチ』なんてものじゃないんだ。『マーシュ・マッケロー』ってのが俺が名乗っている本当の名だ」

「…………」


一応『俺が名乗っている』ということなのでそのことについて嘘はついていない。

勿論『マーシュ』と言う名も嘘なのだが……そこは…………まあいいじゃん。

今は『ボボッチ』なんて意味の分からない名前を訂正することが先決。


「……その、ということは……要するに、ボボッチ、というのは、あなたの、本当の名前では、ない、ということか?」

「本当の名前と言うか何というか……あれはあの場の雰囲気を和らげるために言ったかなり適当な名前、だったりして……」

「…………」


再び沈黙。

ウォーレイさんやウィルさんが口を開かないのは分かるが……ああ、誰かこの空気なんとかしてくれ!!


「その、本来は直ぐに言い出すつもりだったんだ、だがあの後色々あったろう? だから言い出すタイミングを無くして……」

「ぬぐぅぁぁぁぁぁ!」

「なっ!?」


もう地獄の底から聞こえてきてもおかしくない怨念の塊のような声にならない声がうねりを上げてフィオム王子から発せられる。

やっぱりご立腹ですか!?

再び「死罪にしてくれる~!!」コースまっしぐらですか!?




……と思っていると、王子は頭を抱えて一人発狂し出した。



「何じゃそりゃっ!? 私はそうとも知らず適当に考えられた名前を嬉々として口にしていたのか!?」

「フィ、フィオム様、そこまでご自分を責めずとも……」


すかさずウィルさんが落ち着かせようと王子の肩に手をやる。

だがフィオム王子は顔を羞恥にまみれたように真っ赤にさせて頭を振り続ける。


「寝る前なんて嬉しくて嬉しくて自分で気持ち悪いと分かっていながらも何度はにかみながら口にしたことか!? 『ボボッチ……ボボッチ……フフッ、頭に残る、良い名だ』って!!  自分で恥ずかしくて枕に顔を埋めまでしてるんだぞ!? 何だ、適当に考えられた名前を『……フフッ、良い名だ』って!? 私はアホか!!」

「王子、そんなことを……」


ウォーレイさんは直接表情には出さないが、薄らと憐みの眼をして彼を見ている。

俺自身も予想外にも死刑ルートを回避できたものの、目の前のフィオム王子を見ると何だか申し訳なくなってきたので、彼を宥める役目に回ることにする。


「ま、まあ落ち着けって。あまり騒ぎ立てると周りが何事かと思うぞ?」

「これが落ち着いていられるか!? ―ウィル!!」

「は、はいっ!?」


突然自分を落ち着かせようと奮闘していたウィルさんを呼ぶ。

呼ばれた側のウィルさんは驚いて声が裏返ってしまっている。


「私があの日から今日までお母様の墓前に語りかけた回数は!?」

「は、はい!! えーっと……68回だと記憶しています」

「その内新たな友ができて嬉しかった、という趣旨の話題はどれだけ出た!?」

「……102回程……でございます」


少し悲しそうに視線を泳がせながらもウィルさんは正直に訊かれたことに応える。

それを聞いてフィオム王子の顔がクワッとコチラへと向く。


「聞いたか!? 私はそれ程の回数適当に考えられたあなたの名前を墓前に語りかけていたのだぞ!!」


フィオム王子は最早自虐なのかやけくそなのか、独り変なテンションのまま芝居を始める。


「『お母様、聞いて下さい!! ……私に、また友が出来ました!! ハハッ、おかしいですよね、こんな顔した私に、また友が…………え? 名前? それがおかしいんです、“ボボッチ”って言う名前なんですよ? 聞いたことないです。ええ、ええ、笑っちゃいますよね!!』……アハハハハハ……」


ひとしきり乾いた笑いを続けると……



「って、バカッ!!」



おおう、見事にノリツッコミまでこなすとは……

この王子、なかなかハイスペックだな。



「アホだぁぁ……私はアホだぁぁぁぁ~~~~」



何だかこのままだと王子が自分で自分を貶め続けるんじゃないかと心配だ。

少々騒がしくしていることもあり、店の中もざわざわとこちらの様子を窺い始めるものも出てきている。


そろそろ全員で協力して王子を宥めすかすことに……







「「「「…………」」」」


落ち着きを取り戻したフィオム王子を含め、とりあえず皆改めて無言で席に付く。

ウォーレイさんが店と他の客に説明をしに行っている間に、俺とウィルさんで協力して王子を宥めた。


少々時間はくったものの、元はと言えば俺が言わなかったのが原因なので何とも言えない。

もし『マーシュ』も偽名だとバレだら今度はどうなるだろう……


考えただけで頭が痛くなってくる。

今は考えないように、というよりこっちはバレないようにしよう。



「……その、取り乱して済まなかった」

「……いや、こっちこそ言うのが遅れて悪かった」

「……お互いに今回のことを穿り返すのは無しにしよう。いいか?」

「……ああ、そうしよう」


こちらとしては突っ込んで聞かれないだけで十分だ。

原因は俺にあるのだがフィオム王子にとっては恥ずかしい出来事だからあまり思い出したくないらしい。



「―ん、んん。では、改めて、久しぶりだな“マーシュ”」

「……そう、だな。久しぶり」


ここは『久しぶり』で通した方が良いのだろう。

“マーシュ”として会うのは初めてなので恐らく『初めまして』でも間違いではないのだろうが……


「…………」


フィオム王子の目がそれを許さない鋭さとなっている。

彼の顔の非日常さと相俟って物凄い迫力だ。


話を替えた方がいいだろうと判断し、来訪の意図を尋ねることにする。


「それで、今日はどうした? 言っていたようにお忍びで会いに来たのか?」


質問を聞き、彼の視線から鋭さが緩和する。

表情も先程までとは異なり明るいものとなる。


「ああ、本来ならもっと早く会いに来たかったんだがな、今日明日位しか都合がつかなかった」

「そうか、まあそりゃ忙しいだろうからな、仕方ない」


何と言っても王子だしな、王ではないにしても色々とやることはあるだろう。

そう思って相槌を打ったのだが、どういうわけか王子は小さく頭を振る。


「ああ、いや、確かに忙しいと言ったら忙しいんだが作ろうと思えば時間を作ることは可能ではあるんだ。……問題は監視の目だ」

「監視……」


そう言われればまあそれも王子だし、の一言で納得が付いてしまう。

重要な人物であればあるほど監視を付けたい人物も出てくる。


「主にアレイア公爵ですね。フィオム様の妹君であらせられるレド様を推していらっしゃるアレイア公爵としてはフィオム様にご自由に動き回られてはあまりいい気はしないのでしょう」


フィオム王子の話を受け継いだウィルさんは、言い辛いこともズバズバと言ってしまう。

俺やウォーレイさんがいる前で言っちゃっていいのだろうか……まあそこは以前の件と併せて多少なりとも信頼できると思われているととっておこう。


「ふぅ~ん……ならどうして今日に限ってその監視の目が緩んでるんだ?」

「ん? 何だ、マーシュ、知らないのか?」


何だかその言い方だと知っていて当然のことをどうして知らないんだ、というニュアンスに聞えるんだが……

そんな無知な俺を庇うように、ウォーレイさんが申し出てくれる。


「いえ、フィオム様、知らないのも無理はないかと。我等第10師団において今回のことを知らされた者はほとんどいません。しかもマーシュはつい最近まで第10師団内で重要な問題となっていた件で殆ど留守にしていました。彼の耳に入っていないのはむしろ当然かと」

「そうか、確かに今回の件自体急に決まったことだしな、公示すらまともに出来ていないと聞く。まあそのおかげで今私は自由に動けるのだが」


フィオム王子もどうやら納得してくれたらしい。

俺の認識にある典型的な王子ならこんな一つのやり取りでも「ええい、私に意見するとはけしからん!!」とか言い出してもおかしくは無い。


それを特に気にするでもなくしっかりと耳を貸していた。

流石は王子…………うん、さっきのことは忘れよう。



それで、その話は良いとして……


「さっきから話に出てる『今回の件』ってのは何なんだ? 俺は知らないから置いてけぼりなんだが……」


誰にとは無しに尋ねると、フィオム王子が申し訳なさそうに頭を掻く。


「あ、ああ、すまない。失念してしまった。ちゃんと説明もしよう―ウィル」

「はい」


説明しよう、って言っときながらそこはウィルさん任せなんだ……まあ教えてくれるんならどっちでもいいけど。


「今回、フィオム様の監視を緩めざるを得ないことになったのはある意味間接的な要因と言えます。つまり直接的にフィオム様の監視を外してどうこうしよう、と言うよりは別のことをする必要があるから手が足りず、仕方なくこちら側に割く人員を減らさざるを得ない、ということですね」

「ふ~ん……でも公爵レベルとなれば人手なんて本来腐るほどいるんじゃないのか? それがそうしないと回らない程の事情、か……結構大事なんだな」


俺が口にしたことに、3人が首肯する。

そしてウィルさんが続ける。


「大事ですね。何と言っても……勇者のお披露目会ですから!!」

「勇者のお披露目…………ってあの勇者か!?」


あれだよね、なったが最後、絶対トラブルに巻き込まれること確定でそれでいてリア充街道まっしぐらの、あの!?


俺の驚いた声を耳にし、フィオム王子は冷静に告げる。


「あの勇者がどの勇者を指しているかまでは分からんが……まあ普通に暮らしていれば勇者なんて存在と出会う事も関わることも無いからな、驚くのも無理はない」


驚いた理由は厳密には違うのだが……まあそこは勘違いしておいてもらった方がいいか。

そこは別に訂正せずとも問題にはならないだろう。


俺が一時の驚きから戻ってくるのを確認し、ウィルさんは詳細の説明をし始める。


「この国にいるお二人(・・・)の勇者を国民にお披露目するんですよ。そこにはレド様、それに騎士団長のフォオル様も一緒に出席されます」

「レドって確か……フィオムの妹だよな?」

「ん? ああ、まあ腹違いではあるがな」

「それで確かフォオルって……」


ヤクモに訊いた話だと、確か騎士団長のフォオルはアレイア公爵の傘下の貴族に養子として迎え入れられたってことだった。


そしてそのアレイア公爵はフィオム王子では無くその妹のレド王女を推している……


勇者の話はまあそんなものかとも思ったが、確か以前ディールさんに見せてもらった、7大クランの合同会議の報告書では、召喚できたのは男の勇者1人だったはず……


俺は頭の中で整理した情報を元に、彼等に思ったことを口にする。


「……なんとも面倒くさそうな話になってるんだな。やっぱり政治絡みか? 勇者ってのも俺が知っている限りじゃ、そもそも召喚できたのは男1人だって話だしな……」

「「なっ!?」」


それを聴いたフィオム王子とウィルさんの反応は驚愕一色で染まっていた。

驚きでウィルさんなんかは言葉が出ない様だ。

ウォーレイさんに至ってはそもそも俺が言ったことについての情報が足りていないのか、今の発言の真意を二人に確かめようと視線だけを送っている。


「……い、いや、驚いたな……まさか召喚の話まで知っていたとは……」

「で、ですが……それなら話が早いのではないでしょうか、フィオム様?」

「……ああ、そうだな…………予定を変えるか。―二人とも、話はお披露目会を見ながらにしよう」


そう言ってフィオム王子は立ち上がる。

ウィルさんは言わずもがな、彼につき従うべく。

ウォーレイさんに視線をやると……


「お披露目会は1時間後だ。王宮の屋上から彼等が姿を見せ、私達民にお披露目するらしい。一応騎士団区からでも見えるが、今はフィオム王子について行こう」

「それはいいが……第10師団が殆ど知らされていないのって……」

「まっ、それも政治的な意味もあるんだろうが、良くも悪くも私達女だけだった第10師団は期待されていないんだよ。何事も」

「そうか……」


それ以上は話さず、フードを被り直して外に出た王子達に従って俺達も店を後にした……








そうしてフィオム王子に付き従ってついて行くと、「ここなら他の者の眼や耳を気にせず話ができる」と王子やウィルさんからお墨付きを与えられた場所に到着する。


空間としては狭くも無く広くも無く、4人がいても狭いと感じることは無い。

薄暗くはあるが外が明るいうちは視界が悪いと感じることも無く、建物の4階程の高さに相当するところだ。

張込み捜査する際に使う廃れたマンションっぽいという感想が浮かんでくる。



場所は意外にも冒険者たちがひしめく冒険者区だった。

この部屋のようなところに入るまでに何人もの冒険者たちとの交渉めいたことがあったが、ウィルさんが話をし、そしてそのうちの何人かには金を掴ませていた。

すると彼等は俺達には何も言わず素通りさせてくれた。


こういう裏のことも知っているところが何だか王子っぽい。


ここからなら王宮のテラスからでてくる人は目に入れることができ、それでいて誰かが俺達を視界に入れることも考えにくい。



距離的に言えば遠いっちゃあ遠いが声はまあ民に聞かせるつもりだと言うし、拡声器のような魔法かなにかでもあるんだろう。




そうして少し息をついていると、時間が来たのだろう、テラスに4人の人物が姿を現した。

それに伴い観衆の声が轟く。

公示がまともに出来てないって言ってたが、それでもこれだけの声が聞こえてくるのか……


表れた4人は男と女が2人ずつ。


男の一人はどこにでもいるような日本人の平凡そうな顔をしている。

髪は俺と同じく黒でいて、ワックスのようなものできめていた。


正確な高さは分からんが170~180cm位だろうか?

体型としても年齢的にも俺と酷く異なるという事は無いだろう。


正に勇者が着るような豪華で、それでいて性能としても感覚的に圧倒的だと分かるような防具を身に纏っている。

恐らく腰に差している剣もそれに引けを取らないものなのだろう。


俺の隣でじっと見ていたフィオム王子が抑えた声で告げる。


「……あれが勇者の一人、“ダイゴ・ソノハラ”だな」


ほう、あれが…………ってフィオム王子は勇者を見たことあったんだな。



そんな感想を浮かべた後、視線をその後ろに立っていたもう一人の男に移す。


首筋まで伸びた灰色の―どちらかと言えば黒が強い―髪をした俺よりは年上だが若い騎士。

デコが見えるよう前髪をオールバックにしている。

背は勇者の男よりも高く、もしかしたら190はあるかもしれない。

それでいてシュッとした体型はまさに理想的だと言えるだろう。


今迄自分でも騎士をして、更には総隊長や一般の騎士をも見てきたが明らかに風格と言うか、放っているオーラが違う。


若いと理解できるのにもかかわらずどうやったらあそこまでの威厳みたいなものを出せるのか不思議だ。

しかし一方で顔には柔らかさがあり、彼の周りにいるものを安心させる雰囲気すら放っているようにも思える。


今度は後ろでその豊満な胸を押し上げるようにして腕を組んで見守っていたウォーレイさんが俺に教えてくれる。


「あれは……間違いないな、騎士団長の“フォオル”だ」

「あれが……」


確かに勇者も気になるが個人的にはこの騎士団長を見た時の驚きの方が大きい……なんて言ったら王子達、驚くかな……


だってどう見ても勇者の男って日本人だよ!?

名前だってやっぱり日本人っぽいし、見た目もこう言っちゃなんだが俺とあんまり変わらないレベルだよ!?


それに比べたらあの騎士団長メッチャイケメン!!

ライルさんを見た時以来に感じたイケメンオーラを感じたんだよ、あの人からは!!

それでいて騎士団長でしょ? もう強いこと確定じゃん!!


多分あの顔でバカってことは無いだろうし、賢いんだろうな……



そうして人生の理不尽さに想いを至らせながらも、次の人物に視線を移すと……


「……やはり、ミズキ様は、お召し物をお着替えなさりませんでしたね」

「……そう、だな」

「あまり見ないような服装ですね……」


勇者の少年の隣に立っている女の子は、俺が元の世界で見慣れた高校の制服を着ていた(いや、俺の通っていた高校という意味じゃなくて、普通に日本の高校生が着る制服ってこと)。

少し短めにスカートを上げて、それでいて黒のニーソックスとは、見る者にとっては王道を攻めているといえよう。


ただ、俺のように制服姿の女子高校生を見慣れている者なら、彼女を見る際注目するのはその衣装では無く、流れるように腰まで伸びた黒い髪。

大和撫子を思わせるその謙虚な佇まいは見る者に安らぎを与える。


しかし、殊にこのように周りがお披露目とあって着飾っている中、高校の制服姿と言うのは俺にとっては浮いているように見える。

逆にフィオム王子やウォーレイさんにとっては見慣れない服装とあってか、違和感なく受け入れられているようだ。


……とは言っても、ウィルさんや王子の発言からすると、あの女の子はずっとあの制服姿なのだろうか?

もし彼女が同じように召喚されたのだとすると……いや、この仮定は今はいいか。


「あれは“ミズキ・タカマチ”。ダイゴ・ソノハラと同じく勇者だ」


あの女の子も……勇者か。

少年の勇者とは異なり、その表情に笑顔は無い。

視線は伏しがちでどことなく憂いを秘めているようにも見える。


恐らく年頃はそう変わらないはずなのにその一点のせいで俺よりも年上なんじゃないかと思わせる程だ。



今代の勇者は3人(のはず。胡散臭くはあるがそうでないとリンやユーリ、フェリアのことが説明できなくなる)。


とすると、3人の内2人がここにいることになるが……



……とまあ今はとにかく、思考に入る前に全員を観察することにするか。



彼女の後ろで、少年の勇者に熱い、とても熱い眼差しを向けている女の子。

恐らくあの中で最年少だろう。


少女とも呼べるその女の子は綺麗な薄桃色のドレスで着飾っており、サテンの手袋、そして頭には赤い宝石がついたティアラが載っている。



何より…………



「やはり……レド様はお綺麗ですね……」

「……何だ、ウィル、間違ってはいないが、それは私への当てつけか?」

「いえいえ、そんなことはございませんよ!! フィオム様も……その……そう!! ご立派なお顔をなさっています!!」

「……ウィル殿、それは何かのフォローになっているのか?」


と、そんなやりとりを他の3人がする位に彼女はとても優れた容姿をしているのだ。

先に見た女の子の勇者と対極のように煌びやかに輝くブロンドの髪。

毛先にふわりとカールがかかっていて、その容姿と相まって見る者を魅了する。



なにあの子……えげつない。

もし今迄にシアやアイリさんとか、色んな美人を見て来なければ俺も一目でやられていたかもしれない。


それ程までにレドという少女は美の神に恵まれているとさえ思えた。



なんだよ、自分が勇者なだけでなくそのお供にもう一人美人な勇者の女の子。

それだけに留まらずイケメンで人格者っぽい騎士団長に更には男に困ることないだろう美人の王女様までいるって……


どんだけあの園原って奴恵まれてんだよ、リア充氏ね!! 爆発しろ!!





勿論俺のそんな妬み嫉みなど意に解するなんてことは無く、お披露目会が始まって行く。




園原という勇者の少年が前に進み、腰に差していた剣を大袈裟に引き抜き、この国にいる全員に見せるかのように掲げてみせる。

そして一呼吸置き……告げる。


「……俺、ダイゴ・ソノハラって言います!! この国からは……その……滅茶苦茶遠い国に住んでました!! 16歳です!! まだ勇者になって間もない半人前で、いきなり出てきた俺に、皆もしかしたら信用できないかもしれません!!」


やはり想像した通りか、彼は特に拡声器のようなものを使っているわけでは無いのに声が響いてくる。

それ自体を確認するかのように、声が行き渡っているかを確かめるかのように、彼は声を張る。


一度、間を置き、「でも」と左へと顔を向け、続ける。


「俺だけじゃありません!! こっちの、女の子!! ミズキ・タカマチって言う、俺と同じ勇者です!! 俺だけじゃ頼りないかもしれないけど、勇者が二人もいるんです!!」


彼の声に呼応するかのように、観衆がどよめく声が漏れ聞こえてくる。

「おおぉぉぉ~~~~」とか「すげぇ、二人もいんのか」などなど。


そして再び勇者が語りだすと、そのどよめきは鎮まる。


「騎士団長のフォオルさんも助けてくれます!! 俺、こっちに来て色々と大変だったけど、フォオルさんに数え切れない位助けてもらいました!! 皆も、この人がいれば安心だと思います!!」


……何だろう、彼が明言せず『こっち』という言葉を使っているのはワザとなのだろうか?

異世界から召喚した、という事に言及することを避けている……いや、或いはそうするよう言われているのか……


「そして、レド王女も俺を支えてくれます!!」

「はい!! ……愛していますよ、勇者ダイゴ……」

「ちょ、ちょっとレド、こんなところで……」


「「「うぉおおおおおお~~~~!!」」」






このどよめきが何を意味するか、説明しよう。








……レド王女が勇者の頬に接吻したでござる。







……何これ、公共の場であいつ等何やってんの?

……何で他人のイチャラブ見ないといけないの?



もう帰っていい?



「はぁぁぁ~~~レドめ、全く……」

「大胆でございますね、レド様……」



頭が痛そうに顔を抑え込むフィオム王子を余所に、観衆の声は止まない。

それどころか今迄で一番の盛り上がりを見せる。


何とか場を収めようとするのは先程この場に来るまでに王子に聴かされていた第1師団の騎士達。

だがしかし聴衆は盛り上がる事しか知らないように二人を祝福、或いは更にはやし立てる。


勇者は顔を真っ赤にしながらも話を続けようと試みる。


「と、とにかくっ!! 俺、頑張ります!! 頑張って魔王倒して、この国を平和にして見せますから!!」




その一言で、観衆のボルテージはMaxにまで到達した。

そしてまたそれに応えるかのようにレド王女は勇者に抱き着く。





……もう勝手にしてくれ……



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