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絶対……だって

「さて……逃げるか」

「はい……逃げちゃいましょう」

「うん……逃げよっか」


意見は一致した。

取りあえず迎えに来ると言うオルトさんに捕まる前に逃げることにする。


さっきオルトさんと会うまでは正直半信半疑なところもあったが、ヤクモが言っていたことも今なら分かる。


仲間として迎え入れてくれると言うのは嬉しいっちゃあ嬉しいが堅苦しいと感じることもある。

ヤクモのようにからかって対応するのもアリだろう。



俺達3人は意見の一致を見たところで一先ず自分達の部屋へと戻り、朝食を取った。

その後必要な準備だけ整えそそくさと隠れるようにして騎士団区を離れて行った……






ユウさんから『自由にしていい』と言われているヤクモが共に行動してくれることも有り、俺とレンは特に固定された仕事を与えられることなく自由に動くことが出来ている。


勿論5番隊のリュートさんや12番隊のミレアと協力してSランク冒険者のヨミさんを捜すという目下の目的はあるのだが、それは今は彼女達が出した調査隊の帰還待ち。


俺達が行く『ラセンの町』が一番遠い。

だから比較的近い距離にある町を攻めて成果が上がれば入れ違いを防げる。


派遣した彼女達が戻ってくるまでは王都を見回ることになる。




7つある区の内、人が比較的多く、オルトさんと遭遇しにくいとヤクモの助言があった総合区をぶらつく。

ヤクモとレンは出店を覗いては可愛らしいファストフードや装飾にキャイキャイとはしゃいでいる。


「ヤクモお姉ちゃん、こっちどうかな?」

「むぅ……それも中々可愛いですね……」


花柄をしたブローチのようなものを見せ合っては互いに感想を述べ合ってる。

こう言うところは二人ともやっぱり女の子だな。

いや、別に今迄女の子だとは見てなかったというわけでは無いんだが……


そりゃもちろん二人とも俺からすれば超が付く程可愛い女の子だ。

普段は距離が近いからか、ふとしたこういう何気ない場面で、いつもとは違う一面を発見するっていうの?


そうして「あっ、俺だけがこの子の知らない一面を知ってる!!」なんて勘違いしてその子にアプローチすると「……私のこと、良く見てるんだね」というストーカーを疑う冷めたひと言を「キャピィ!! 嬉しいな~、私も、私のことをよく見てくれてるあなたのこと、ちゃぁんと見てるよ!!」という誤訳に取ってしまい、果ては「……コイツ、俺のこと好きなんじゃね?」という行ってはいけない道(勘違い)への一歩を踏み出してしまう。


その先へと進んでたどり着けるのは勿論「私も……あなたのことが……」なんて甘い甘い天国ではない。

「は? 何勘違いしてんの? っつかキモ!! 谷本マジウケるんですけど~」という決して塞がることのないトラウマを抱えて生きることになる地獄行きへの切符なのだ。



……ああ、なんだろう……よく分かんないけど、目頭が熱いや……




「……んぱい、……先輩?」

「お兄ちゃん? お兄ちゃんってば!?」

「おっ、おおう、スマン」


二人が心配そうな視線を俺に向けていた。

レンはその小さな手で俺をゆすってくれている。


安心させるようにその手を取って握ってやるもその表情から不安はとれない。


「先輩、どうしたんですか?」

「いや、ちょっと考え事してただけだ。二人が楽しそうにしてたから俺だけ何もすることないなぁ~って」


それは別に嘘では無い。

考えていたことも特に面白いようなことでも重要なことでもないのだ。


「本当に?」

「ああ」

「それならいいけど……」


どうやら引き下がってくれたようだ。


「それで、ショッピングはもういいのか?」

「あっ、はい、いいというかなんというか……」

「ん?」


何だろう、要領を得ない。

ヤクモは少し困ったような表情で頭を掻く。


「え~っと……あそこにウォーレイさんを見かけたのでどうするか先輩にお伺いを立てようと思ったんですが……ほらっ、あそこ」


ヤクモが指差した方向へと視線を投げる。

別に俺にどうこう聴かなくても、ヤクモにとってはウォーレイさんは気心の知れた人物なのだから話しかければ……そう思ったが確かにそこにはどうするかを躊躇う状況が。



「会いに来るなんて、イケない子達だ」

「ウォーレイ様……」

「私、どうしてもウォーレイ様にお会いしたくて……」

「う~む、今日は私も忙しいんだがな……」

「ああ、ウォーレイ様を困らせるつもりは……」

「申しわけありません、ウォーレイ様……」



ウォーレイさん相手にうっとりした視線を送る女の子が2人。

その女の子達に大人な振る舞いで対応しているウォーレイさん。


ヤクモにとっては見慣れた光景なのだろうが、俺やレンと一緒にいるときどうすべきかは判断しかねるらしい。

う~ん……っとどうしようかと考えていると、ウォーレイさんの視線が不意にこちらに向く。


ウォーレイさんは俺達の姿を認めてると、女の子達に別れを告げて俺達の下に向かってくる。

女の子達はそれで不満げになるでもなく、自分達から離れていくウォーレイさんにうっとりとした目を向け続ける。


「はぁぁ~……ウォーレイさんも相変わらずですね……」


やってきたウォーレイさんに、ヤクモは深いため息を吐く。


「そう言われても変わらないものは変わらないんだ、仕方ないさ」


あっけらかんと手を広げて彼女はそう返す。


「よう、3人お揃いでお出かけか?」

「明確な目的があってぶらついてるわけじゃあないが……まあそうだな」

「ほう、うらやましい、両手に花じゃないか」

「は、花だなんて……えへへへ」


レンは素直にウォーレイさんの言葉に照れている。


「はぁぁ……そういう言葉を使ってるから女の子が寄ってくるんですよ。天然なユウさんじゃあるまいし、少しは自嘲したらどうです?」


ヤクモは先程の光景をも踏まえてウォーレイさんを窘める。


「ハッハッハ、ユウが聞いたら拗ねるぞ?」


顔とお腹を手で覆って豪快に笑う。


「ユウさんは自覚が無いからそれ位の方が良いんですよ」

「ハッハッハ、違いない」


楽しそうに会話するヤクモを見て、ウォーレイさんの表情は緩んで行く。

そしてヤクモに近づいて無言で頭を撫でる。


「な、何ですか?」

「……いや、何でも無い」

「そう、ですか……」


撫でられるヤクモも最初は訝しんだが直ぐにその緊張を解き、彼女に撫でられるままになる。

少しくすぐったそうにしながらもウォーレイさんがその手を退けるまで何も言わなかった。



「ふぅ……さて、ところでマーシュ」

「ん? 何だ?」


ヤクモとの触れ合いを終えたウォーレイさんが改めて俺に話しかけてくる。


「明確に何かやることが有るわけでは無い、と言ったな?」

「まあな」

「なら私に少し付き合ってくれないか? 話したいことが有る」

「話したいこと……ねぇ」


チラとヤクモとレンに視線をやる。

二人とも俺に任せると言ったように頷いて返してくれるも俺の心境は些か複雑だ。


何しろ同じように「付き合え」と言ってきたオルトさんを無視してこのようにぶらついているのだ。

内容が異なるとは言えそうしてウォーレイさんと一緒にいるところをオルトさんに知られるとどうにもばつが悪い。


それを踏まえてからかうのも一つの手だと言いたげにヤクモは笑顔を浮かべているがどうしよう……


そんな不安を感じ取ってくれたのかどうかは分からないが、ウォーレイさんは一つの提案をしてくれる。


「フッ、私も一応仕事があるがそれをすっぽかすことになる、誰かに見られない場所を用意しよう。落ち着けるいい場所を知っている」


そして彼女はヤクモとレンの手にそれぞれ、そこそこするだろう分のお金を握らせてウィンクを一つ。


「これはマーシュを借りる分の給金という事にしよう。これでマーシュが驚くような服でも二人で買って来い」

「ウォーレイさん、この額は流石に……」

「偶には私にも懐が深いという事を示させてくれ。気にするな、これ位で私の財政事情が揺らぐようなことはない」

「ウォーレイさん……そうですか、では有り難く。レンさんも、いいですか?」

「ボクは……うん、ヤクモお姉ちゃんが良いなら」


二人は手渡されたお金を大事そうに仕舞う。


……こう言う事をかっこよくできるからああして女の子にもモテるんだろうな……同性なのに。

ユウさんとはまた違った人気がウォーレイさんにあることも納得である。



「それで、マーシュ、いいか?」


もう周りもその気なのに俺だけごねるわけにもいくまい。

というよりそもそも断る明確な理由も無いし、何よりここでお買い物のチャンスを取り上げるとレンとヤクモがかわいそうだ。


「ああ、構わない」

「そうか、ありがとう―では行くか」

「ああ」


そこで俺とウォーレイさんは二人と別れた。





ウォーレイさんが良く使うと言う茶屋の奥に通されて対面に座る。


茶屋と行っても単なる甘味所とは違い軽食・昼食も提供しており、昼時までは客が途切れることなく賑わう。

木で出来た店の中は何だか森の中にいるようないい匂いが漂ってきて客の多さに関わらず落ち着ける雰囲気も出ている。



ウォーレイさんは頼んだ分の飲み物が届けられると、それを一口だけ口に含める。

あまり俺に緊張させないためか、柔らかな笑みを浮かべ軽く笑って見せる。


「ふぅ……まああまり堅苦しいことは抜きにしたい。私が君と話したいことは主に二つだ―ヤクモのことと、そしてシキのこと」

「…………」

「ヤクモのことは、まあ分かると思うが、感謝の気持ちを直接君に伝えたかった。ヤクモとああして楽しく語らい合える日が来たのは、君のおかげだ、マーシュ。―ありがとう」


ウォーレイさんは自分で言ったように堅苦しくはしたくないのか、軽く頭を下げる。


「あんまり気にすんな。俺はただオルトに言われた条件をクリアしただけだ。その条件がただヤクモを何とかすることだったってだけでだな……」


尚も言い募ろうとした俺に、ウォーレイさんは優しく微笑みかけてくる。


「フフッ、偶然だろうが何だろうが、君がやってくれたことは私達にとってはとても重要なことなんだよ。自覚が無いかもしれないがね―それだけ、私達はヤクモのことを大切だと思ってるんだ」

「なら、今後アイツとの隔絶があった時間を埋めるように尽くしてやれ。俺に感謝云々を伝える必要なんてない。今後も俺がどうこうできるとは限らん。同じようなことが起きないよう、アイツのことを大事にしてやれ」

「マーシュ……フフッ」

「なんだ、何かおかしかったか?」

「いや、君はオルトとはまた違った意味で頑なだな」

「……俺は全くそんなつもりは無いんだが」

「いいや、君は頑固だよ。いや、頑固と言うか……そうだな、何かに拘っているとでも言うのか……まあ悪いとは言わないが、それだと君のことを想う人は大変だな、と思ったまでさ……だから、ヤクモも、君の傍にいるのかも……」

「ああん? 一体何を……」


何かを言いかけたウォーレイさんは頭を振って「いや」と撤回する。


「何でも無い。君がそう言うのなら今は有り難く、ヤクモのことを大切にさせてもらおう」

「ああ、そうしとけ―それで、シキのことって言うのは何だ?」


あまり長引かせても面白い話にはならないだろうと手早く話を打ち切る。

そして話題を替えるべく二つ目の話に移る。


「ん? ああ、シキのことは、そうだな……」


彼女は一気に語るではなく、話の転換を確かめるかのように飲み物に手を付ける。

そのようにして頭の中で何を話すべきか整理しているのか、視線を宙に向けて時折ひとりでに頷いている。


「特にこれと言って確証がある話では無いんだが、最近シキの様子がどうも気になってな」

「気になる……って言うと、具体的にはどういう?」

「ああ、マーシュは時期的に知っていないと思うが、総隊長の護衛を終えて帰ってきた時から何だかアイツは焦っているように見えるんだ」


総隊長の護衛を終えて……ああ、ユウさんをディールさんの下に送り届けた後のことだな。

俺達と別れて先に戻ってもらった。

それで、俺やレンが来ることに備えて色々と動いてもらっていたわけだが……


「焦ってる? ん~……焦っているかどうかは分かりかねるが、確かにアイツの調子がどことなく変だな、と思うときはある」

「だろう? それで、おかしいからアイツに『どうしたんだ?』って聞いたらアイツ、何て言ったと思う?」

「いや、分からん……」

「『……男を悦ばせる方法を知ってますか?』ってさ」

「…………」


……シキさんが、そんなことを?

確かに思い返してみれば何だか変な様子がちらほらあったように思うんだが、そんなことをウォーレイさんに相談するなんて……


「私もビックリしてな、聞き返したら『いや、なんでもない』って言われて……」

「いや、なんでもないことは無いだろう」

「だろう? だから私も色々と考えたんだが……」

「ふぅむ……ん? そこで、どうして俺なんだ?」

「いや、別にお前がアイツにどうこうしたとは疑ってない。アイツは焦ってはいたが別に脅されているって感じでは無かった」

「う~ん……とすると、更にどうして俺にそれを話すのかが分からんのだが」


本当に分からないので首をひねりながら自分の飲み物を口に入れる。

少し苦みの利いたこの世界で言う紅茶のような飲み物だ。


一度味覚から気持ちをリセットしようという感じで飲み物を飲んではみたが、それでもやはり心当たりが無い。


ウォーレイさんはしかし、何とも言えない表情をしながらも首を横に振る。


「いや、しかしアイツがあんなことを告げる程に親しいか、恩を感じているだろう男となるとマーシュ以外私は知らない」

「…………」

「私の直感と、君の人柄を信じるならシキは別に脅されてあんなことを述べたわけでは無いという事になる。とすると……」


ウォーレイさんも俺のように自分の飲み物を口に含む。

そしてコップをテーブルに置いて、少し真剣な視線を俺に向ける。


「アイツの性格は私も良く知っている。何か恩を感じるとそれを返さずにはいられないような奴だ。そのせいでユウに助けてもらったのに、もう一度ユウのために奴隷になろうとまで言い出したことも有る位だ……―もしかして、君はヤクモのこと以外で、何かアイツを助けたことが有るんじゃないか? それも、ヤクモのことに匹敵するか、それ以上のことで」


っ!!

跳ねた心臓を落ち着かせるため必死に冷静を装う。


鋭い、とても。

ユウさん自身から聴いていた前評判に違うことなくウォーレイさんは油断ならない人だった。


彼女自身も核心をついたことを疑わない表情だ。

まさか敵では無く味方だと思っていた人物から真っ先に疑われることになるとは……


「君が前に騎士だった時か、はたまた君が再び騎士になってからか……まだどちらだとは言えないが私は君が何か重要なことをしたと思っている。シキが私達にも黙っていなければならないようなことで、それにヤクモのことと同程度、若しくはそれ以上のことだとすると……」


まずい……

このままでは真相に辿り着くのも時間の問題だ。


名探偵に追い詰められていく犯人の気持ちが今なら手に取るように分かる。


ディールさんからはバレそうになったり、話す必要があると感じた場合は俺の判断に任せると言ってもらっているが、どうする……



恐らく真相に近づくべく頭をグルグルと回しているだろうウォーレイさんに負けじと必死にどうするかを悩む。





…………が、しかし、そんな俺達のそれぞれの思索は突然の来訪者―共通の知人―によって中断されることになった。



「ん? おおう、いたいた、ようやく見つけたぞ、ボボッチよ」

「ご無沙汰しております、ボボッチ様、ウォーレイさん」


へ??

『ウォーレイ』ってウォーレイさんのことだよね?


じゃあ『ボボッチ』って…………誰?



俺達の疑問に答えるように、訪れた人物は被っていたフードを取る。


「私だ私、フィオムだ。久しぶりだな、会いたかったぞ、ボボッチ」


ああ、そうそう、フィオム王子に、そのメイドさんのウィルさんだ!!

忘れることの無いその焼けただれのようでいてそれでいて歪に膨れたりもしているその顔を見て、今度は伝え忘れていたことを思い出す。






……そう言えば王子に本名言ってなかった。


明日、若しくは明後日(予定では明日、文量が多くなりそうなら明後日)にもう一度あげられそうです。次話で新たな登場人物が。

ようやくあらすじの予定の一つが達成できそうです。

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