表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

161/189

オルトさんからのお誘い

ちょっと長くなってます。ご注意ください。

「今からか? 今からは……」


ちょっと付き合えとのオルトさんのご注文にしかし、俺は先約があるのを思い出してその主に視線を送る。

ヤクモは俺の視線を受けて……「テヘへ」じゃねえよ。

違う違う。そうじゃなくて……


幾らか「どうするんだ?」という視線を送っていると、意図が通じたのか、ヤクモは何も言わず、笑みを浮かべて一度だけコクリと頷いてくれる。


すまんな……


それを確認してから、俺はオルトさんに向き直る。


「付き合えって言ったが、具体的には何をするんだ?」

「そ、それは……」


しかし、何故かオルトさんはその質問には答えられず言い淀む。


「え、ええい!! とにかく、今からちょっとお前とやることがあるんだ!! 場所は稽古場!! 私は先に行ってるから、ちゃんと来るんだぞ、いいな!?」

「は? 『いいな!?』って……ちょ、ちょっとおい!!―……行っちまった」


彼女はそれだけ伝えると足早にその場を去って行った。

全くなんなんだ……いきなり来ていきなり用件だけ伝えて勝手に帰りやがって……

さっきのミレアじゃないがどいつもこいつもいい加減な。


しかしいつまでも溜息ばかりついていられん。

先約だったヤクモに謝罪も含めて話しかけようとするとヤクモは拳を突き上げて声高々に告げる。


「さて、先輩、それでは飲みに行きますか! 行きつけですし、今回はボクがおごっちゃいますよ!!」

「お前今の話聞いてたか!?」


お前さっき頷いてたじゃねえか。

俺のツッコミにヤクモは今度もしっかりと頷き、ヒョコヒョコと動く猫耳を指さす。


「勿論ですよ~! この耳が一言一句間違えず聞き捉えましたとも!!」

「なら何故そんな話になる。俺今からオルトに付き合えって言われてんだけど……」


ヤクモは「ああ~」と相槌を打って答える。


「差し詰め、オルトさんも先輩に決闘でも挑むつもりなんです」

「え? “決闘”って……何でだ?? 俺別に……」

「あ、いえ、オルトさんとさっきのミレアさんとでは決闘の持つ意味が違うんですよ。ミレアさんは恐らく問題解決のための手段のような位置づけなんですね、どうしてボクに怒ってきたのかは知りませんが」


嘘つけ……絶対コイツ分かってて言ってるわ。


「それに比べてオルトさんは決闘をお互いがお互いの力を認め合うための過程、そんな感じで捉えてるんだと思います」

「う~ん……要するに仲間と認めるための儀式みたいなものなの?」


傍で聞いていたレンが頭に疑問符を浮かべながら尋ねる。

儀式って言ったら少々大げさな気もするが里にいたレンには連想できるような似たものでもあったのだろう。


「まあそんな感じです。オルトさん、ボクのことを何とかしてくれた先輩を1人の仲間として迎え入れたいんですよ。さっきのあの態度からすると……」


そう言ってヤクモはオルトさんが去って行った方を慈しむかのような視線で見つめる。


「ですから、勝ち負け関係なく、決闘して、互いに力を認め合って、それでこれから先輩はもう仲間だ~、みたいなノリにしたいんでしょう。―ああ、それと多分その後オルトさんはボクのことについて感謝を述べると思います。……恥ずかしがりながらも」

「そうか……オルトが何をしたいかはまあ分かったが、ならどうして無視する方向に話が行くんだ?」


ヤクモはその質問に、恥ずかしそうにしながら頭を掻く仕草を見せる。


「……自意識過剰って言ったらあれですけど、多分オルトさんが先輩と決闘するきっかけなのはボクのことだと思うんですよ。それはそれでボクのことを大切にしてくれてるってことで嬉しいんですけど……何かこう、気恥ずかしいじゃないですか」


俺自身はそうは思わんが、ヤクモ自身は自分がきっかけでそうした堅苦しいことをされるのはこそばゆいってことか?


「オルトさんは不器用な方ですから、そうする以外できないんでしょう……ですから、ボクもボクなりにボク自身を貫くわけです!!」


ヤクモはお茶らけたように笑って見せる。

それはまるで恥ずかしさを誤魔化そうとするかのように。


「オルトさんはからかってなんぼな人です!! ですからあえて先輩にもボクと同じように接して上げて欲しいんですよ」

「それが終局的な理由か?」

「まあそれも一つですが……だって先に約束したのはボクとレンさんじゃないですか!! オルトさんは横入りです!! 職権乱用です!!」


片頬を膨らませて子供の用にブーブー言って見せるヤクモに、俺は大袈裟な程ため息をつく。


「はぁ~~。分かった、分かった。とりあえず今日は飲みに行こう。お前の言う通り約束自体はヤクモとレンの方が先だったしな。オルトは……まあ明日の俺が何とかするわ」


ダメ人間特有の明日の自分が何とかするという言い訳を、ヤクモはクスリと笑って答えてくれる。


「大丈夫です、オルトさんも本気で怒ったりはしないでしょう。言ったように形式上先輩のことを認めた、としたいがための決闘です。もう心の中では先輩のことを認めてるんですよ」


そして最後に「ですから、いざとなったら逃げても大丈夫です!! ボクもいつもそうしてますから」と冗談交じりに付け足す。


そんな軽い会話を弾ませながら俺とレンは、ヤクモの行きつけの酒場へと足を踏み入れた……







「ゴクッゴクッゴクッ……プハァ……美味しいですね、先輩!!」

「ああ、まあ俺は酒は飲んでないが料理が美味いことは確かだ」


空になったジョッキを店員さんに預けてヤクモはテーブルの料理に手を伸ばす。

勝手が分かっているヤクモが適当に注文したものなので俺もレンも何があるのか正確には把握していないが、レンが料理を口に運ぶ手を止めないことからも俺の言葉が間違いでないことが分かる。



酒場に入るまでに、ヤクモは簡単な外套を、レンは魔導師が着るようなローブを羽織った。

入店する際、どうしてヤクモがそうするよう俺達に言ったかは直ぐに分かったが……


「……どうですか、先輩、楽しんでますか?」

「ん? ああ、まあ偶にはこういうのも悪くは無い―レンはどうだ?」

「ボクもお兄ちゃんと一緒にご飯、とっても楽しいよ?」

「そうか」


俺は果汁を絞った少し酸味がきいたジュースのようなものを口の中にちょろちょろと流しながら周りを見渡す。


人の声が途切れることなく耳に入ってくる。

勿論近くの席の奴等の会話もそれには含まれるが、大体は大声で笑い合ったり、或いは酔っ払って怒鳴り声をあげたり……とまあ要するに楽しそうなのだ。


色んな奴がいる。

大きな剣を背負った重戦士だとか、杖を肩に預けてローブを着飾った魔法使いだとか、弓の弦の張りを確認しながら話に興じる弓使いだとか……


色んな奴がいて、その中に勿論冒険者も数多く存在するが、しかし騎士は今のところいない。

仮にいたとしてもヤクモやレンのように何かを羽織って外見から騎士だとは分からないようにする方が無難なのだろう。

騎士では無いにしても、俺のような全身鎧姿の屈強な男共もちらほら見受けられる。


こうして色んな奴がいる中、楽しそうな雰囲気を全員が共有している。

その中に自分達を取り締まる側の騎士がいると分かるだけでこの空気は壊れてしまうかもしれない。



ヤクモの気遣いを改めて知った後、もう一度全体を見回して一息つく。



……酒場来るの、久しぶりだな……



多分俺の記憶が正しければ酒場らしい酒場に来たのはライルさんのところ以来だ。

勿論ここは王都に構える酒場なのだから大きさだとか料理だとか、その他もろもろ比較すると違いは出て来るんだろうが酒場と言う意味では共通している。


足を踏み入れるまでは緊張と言うか、何と言うか、胸を圧迫するものがあったが、飲み食いし始め、ヤクモやレンとの話に入るとそれらの9割程は霧散してくれた。


意識的に避けてきたわけでは無いが、今回ヤクモに誘ってもらえたのはもしかしたらいいきっかけだったのかもしれないな……






そうして俺達は幾らか料理をつついては話をし、というのを繰り返していた。


その中には俺が食事をとる姿を見てヤクモが……


「先輩、しっかり口あるんですね。良かったです、先輩がデュラハンじゃなくて……」

「……お前、今迄俺がアンデッドだと疑ってたのか」

「……ソンナコトナイデスヨー。嫌だなあ……シンジテタニキマッテルジャナイデスカァ」

とか言って驚かれたり……


俺がヤクモの腰の刀を指摘すると……


「『刃魔法』についてはある程度もう分かってますよね?」

「ああ。ウォーレイやアルセスが概説してくれた」

「そうですか。では必要な部分だけ補足しておきます。一応ボクが契約して顕現できる武器は全部体内に保管してあるんです。ただこの刀は少々特別でして」

「? 特別なんだったら尚更保管した方が良いんじゃないの?」

「レンさんの言う事はもっともなんですが、この刀は他の武器と違って契約できないんです。ユウさんから貰った大事なものなのでボクもそうしたいのは山々なんですが……」

「へ~……じゃあその紐でグルグルに縛ってるのは?」

「ああ、それは相手に何かあるんじゃないか、と思わせるためです。まあ実際何かあるんですがこの刀は取って置きなんです」

「つまり切り札のようなものか」

「はい。『刃魔法』を使えば手を介さず空間上に刃を生み出すことができます。威力や鋭さ、その他もろもろの性能を引き上げることに使うことも。ただボクは本来剣・刀を使う方が強いんです」

「そう言えばそんなことも聴いたような気がする。だからどっちもどっちで一長一短あるって」

「はい。ですから、どっちかに偏らないよう『刃魔法』を使ってみたり、はたまた普通に刀を振るったりしてるんですが、この刀は本当に特別でして……―ミレアさんとボクの模擬戦見てましたよね?」

「うん!!」

「ああ、そりゃ」

「その中でボクの武器が壊れたシーンあったと思います。あれは武器本来の性能以上の力に引き上げてしまうから起こることなんですが、このユウさんから貰った刀は何と……どれだけ能力を引き上げようと壊れないんですよ!!」

「「…………」」


という、俺達二人には少々分かり辛い凄さを教えて貰ったりもした。

伝家の宝刀なので殆ど抜くことはないが、機会があれば見せると約束してもらった後、追加の注文の品が届いてまた更に食を進める。


そして話はヤクモ対ミレアの前に行われたウォーレイさん&アルセス対リュートさんに移る。



「そう言えば……お二人はリュートさんの守護者を見たんですよね?」

「うん、棺桶から出てきた時はビックリだったけど、犬の覆面越しに見えた髪はとっても綺麗だったね!」

「あれは何なんだ? 1体1体が隊長クラスだとは聞いていたがまさかアルセスやウォーレイと渡り合えるとは思ってもいなかった」

「まあウォーレイさんは本気では戦ってなかったでしょうけど……そこはいいですか。―あれはリュートさんやそのご先祖様が契約した真祖のヴァンパイアの寵姫だと聞いています」

「寵姫……あんなに強いのに?」

「強いから、とも言えます。リュートさんから聴いたんですが、そのヴァンパイアさんは美しく、そして強い女性を眷属にしていたそうですから」

「……ってことは、他の3体も全部女なのか?」

「そうらしいですね。ボクも実際に見たことが有るのは4番目の姫様までですが……と言うより本来は“7人”いたそうですよ、寵姫は」

「あれ? でもリュートお姉ちゃんって、確か5人しか……」

「はい、ボクもそれは気にはなってるんですけどね。寵姫が被ってる頭巾、あるじゃないですか」

「ああ、あの黒い犬っぽいやつか?」

「はい、あれは“アヌビス”という超レアなモンスターが死ぬ際にその魂は、死人が冥界に旅立つのを繋ぎとめる役割を果たすって言われていて……お二人はモンスターの属性って言われて分かりますかね?」

「俺は大丈夫だ」


契約をするためにはそこを基礎にしないといけないし、それに魔法を覚えるにも属性の棲み分けと言うのは役立つ。


「ボクも難しいところに行かなければ大丈夫かな?」

「そうですか。まあそこまで難しい話じゃないです。“アヌビス”の属性は闇なんですが、リュートさんの守護者以外の寵姫の一人は光属性だったそうなんです」

「つまりそのお姫さんとは属性的に反発したってことか? 火・水・土・風は調和もしないが反発もしない。闇は勿論闇と調和する」

「どうにもそうらしいですよ? 詳しいことはリュートさんに聞かないといけませんがどうにもアヌビス1体じゃ足りないようですね。ですから『今も死体が腐らないよう棺桶にずっと入れたままだ』って」

「へ~。じゃあ、もう一人の御姫様はどうしてるの?」

「それは、そもそも死体が無かったそうです。過去のリュートさんのご先祖様も見つけられなかったそうで、ですからその一人だけは真祖のヴァンパイアさんが契約に違反したんじゃないか、とか色々と言われているそうです」

「そうなのか……まあそうは言っても戦力的には5体でも十分強いだろうがな」

「そうですね、あの守護者たちは契約者―つまりリュートさんに危険が及べば及ぶほど本来の力を取り戻して強くなります。リュートさん単体ならいざ知らず、あの人達とリュートさんの組み合わせはボクも、ユウさんも戦いたくないという意見で一致してます」


その守護者はあくまでリュートさん本人を守るためにいる。

リュートさんはそれ以外にも副官のライザさんを筆頭に300を超える従者を従えているという。

カノンとはまた違った契約の恐ろしさを垣間見た気がするな……



その後粗方、注文し、テーブルに運ばれてきた料理は片付け終えた。

その余韻と言うわけでは無いが話自体もかなり弾んだのでここで話すような残る会話と言えば今度行くことになった『ラセンの町』についてだ。


どういう町かと言うのは先程資料に目を通したので大体は頭に入っていた。


今でこそドラゴンが姿を現したり、ヤクモが言ったように『先代の勇者の死体があがった』と言った注目を集めるような点があったのだが、以前はそうでもなかった。


“以前”と言うのは、統治者が代わる前後ということだ。

前の統治者の際には町は何の変哲もない普通の所で、名産と呼べるものも無ければ逆に主立ってダメな所も挙がらない。

ドラゴンが姿を見せたのはそんな所だった。


火竜が2頭現れ、その後数年して統治者が代わるのだが、その前後で様々なドラゴンが町の上空を飛んだり、或いは直接町の中に現れたり。


それらは共通して近くの山の中にある火竜の墓を訪れたという。

そして町には何もせず帰って行く。

最初こそ住人らはそのドラゴン達の奇行を訝しんだが次第に彼等はドラゴンの行動に意味を見出し、以前の火竜達のそれのように積極的に彼等を保護した。


勿論彼等を見世物にしよう、とかそういうことではなく、彼等が傷つけば医者を連れてき、彼等が空腹で倒れていれば餌を持って行く、そして彼等を悪用しようという輩がいれば冒険者に頼んだり、はたまた王都まで赴いて騎士に頼み込んで成敗してもらう、という風なものに留まる。


その後は今俺達が知る町の噂通りだ。

『先代勇者の死体』については俺の目的であるSランク冒険者の『ヨミさん』がいなくなったとされる期間の前後と重なるが、まあ一般的に言えば重視されるのはやはりドラゴンの方か。


「いなくなったニルヴァ子爵に代わって統治者となったヴィンセント子爵も良い噂の方が多く耳に入ってきますね。領民にも好かれているようです。あと、それに何と言っても最終的な親貴族はあのライトニング公爵です」

「え~っと……」


レンがイマイチ理解し切れていないようなので、ヤクモが捕捉する。


「最近までは貴族の力ってあまり重要視されてこなかったんですが、ある時を境に貴族が突然台頭したかのように力を振い始めたんです」


“有る時”……心当たりがあると言えばある。

俺はディールさんから聞いた話を思い出す。


ディールさん、ユウさん、それに今探しているヨミさんの共通した師にあたる“クベル”という人物。

その人、そしてその人の家そのものがすっぽりそのまま一日にしてなくなってしまった。


“クラウン家”はそれまでリューミラル王国の政治全般について裏方ではあっても圧倒的な権力を持って取り仕切っていたという。

その“クラウン家”が消滅したとなっては相対的に、他の貴族たちの権力は増すだろう。


その一件についても気にならないと言ったら嘘になるが、今その件はいい。

今俺がしなければいけないのはヨミさんの捜索だ。


「ライトニング公爵以外にも有力な貴族は3人いらっしゃるんですが一番力があると言われているアレイア公爵に追随する勢いで勢力を拡大していると言われているのがそのライトニング公爵なんです」


レンは感心したように大きく頷いている。

……一度の説明だけで理解できるってのもそれはそれで凄いな。


「へ~……そうなんだ。そのアレイアっておじさんとライトニングっておじさんはそんなに凄いの?」

「はい、アレイア公爵は利用できるものは何でも利用する、みたいな性格の方でユウさんはあまり好いてはいらっしゃいませんでしたが、それでも支持者は多くいます。自衛軍を多く備えていて、ソルテール帝国から多くの領地を奪ったイェルガ―伯爵や、現騎士団長の“フォオル”さんを養子として迎え入れたクロー侯爵なんかの実力者たちもアレイア公爵の傘下だと言って良いでしょう」


俺もそこまで詳しくはなかったので素直にヤクモの知識に感心しつつ頷く。


「なるほど……一方のライトニング公爵はどうなんだ?」

「彼は良政を敷く方で有名です。その人柄に共感して力になりたいと言う貴族の方も数多くいらっしゃいます。今回行く『ラセンの町』を治めるヴィンセントさんもですが、代表的な方で言うとそうですね~……西のフェールジア王国やソルテール帝国と独自の繋がりを持つヒュール伯爵や大商人の数人、それに冒険者を束ねるギルドマスターとも親しい関係にあるナイトバード侯爵辺りですか……―彼等がライトニング公爵側についている人ですね」



俺とレンはヤクモの解説が頭に浸透してきた辺りでようやく今回行く『ラセンの町』がどういうところで、政治的にどういう関係がありそうなのかが理解できてきた。


なるほどねぇ~……


そうして話の余韻に浸っていると、近くにあるカウンター席の方からか、あまり愉快でない声音と会話が耳に入ってきた。

俺達は誰とは無しにそちらのほうに顔を向ける。



「おいおい姉ちゃん、いいじゃねえか、俺達と飲もうぜ?」

「げへへへ、エロい体してやがるぜ……」

「ほんとにな……おい、朝には帰してやるからよ、俺達と遊ぼうぜ、な?」

「……放っといてくださいまし。わたくしは今、一人で飲みたい気分なんです」



カウンターに座って片手にお酒を持っている女性に、男性5人が言い寄っている。

女性は長い金髪に、肩が露出して胸が強調されるような大胆な服、タイトなスカートに膝丈のブーツを着て足を組んでいた。

男達には目もくれずちびちびと手に持ったドリンクを口に運んでいる。


「あ~……見事にチンピラに絡まれてるね」


レンが純粋な感想を述べる。


「そうですねぇ~あれは恐らく『バジリスクの毒鱗』の奴等ですね。肩の刺青がそうです」


ヤクモが指差した方へと視線をやると、確かに男達は皆一様に、肩に紫色の刺青を入れていた。

あれはモンスターのバジリスクだろうか? 

それにしてもちゃっちいな。


「『オリジンの源剣』に7大クランの座をとってかわられて以降面倒臭いことこの上ないことしかしやがりませんからね~……どうします、先輩?」

「う~ん……あの女性がアイツ等を鬱陶しそうにしているのは明らかだが……」


そうこうしている間にも男共は女性に執拗に話しかけては無視されるかキツイ視線を向けられるだけ。

だがそれらの態度もアイツ等を盛り上がらせる結果にしかなっていない。


「まあ応戦しないのも無理ないですかね~ボクがドラゴン型やっちゃったから多分ミレアさん、スペアの人形無いんでしょう」

「あ~……そうかなるほどなぁ…………って、ミレア!?」

「はい、あれ? 先輩、気づいてなかったんですか?」


そう言われて慌ててもう一度件の女性を注視する。

どこか憂いを秘めている表情、ちょっと髪先にウェーブをかけている金髪、そして見慣れない服装それら全てを一度頭からすっぽりと抜き去って自分の記憶にある彼女と照合すると、確かにミレアその人だった。


全く分からなかった……


でもそうか、あれミレアか……


「しゃあない、助けるか……あっ、でも無用な揉め事は避けたいな」


そう言って俺はレンとヤクモの着ているローブ・外套についているフードを被せる。


「これで良し……二人とも、いいか?」

「はい、まあ間接的にでは有れミレアさんが応戦できない状況を作ったのはボクですしね、これ位なら……」

「ボクもあれは流石に可哀想だと思う」


ヤクモは「では行ってきます。ボク達に任せて先輩はどんと構えて後からゆっくり来てください」と言って先に行ってしまった。

レンも俺に釘を刺し、その後を追って行く。


何故だろう、別に俺はミレアを助ける以外特に意図は無いのだが……


取りあえず危なくなったりするまでは見守るか。


なんて思っていると、フードを被ったヤクモが問題の地に辿り着いて開口一番……



「グヘヘヘヘヘ、おうおうおう、兄ちゃん達、いい女連れていやがりますね~。ちょっとボクらと遊びましょうよ……」


そして追いついたレンは……


「はぁはぁはぁはぁ……もうボク我慢できないよ、アイツ等、っても良い? ……じゅるり」


手で制して返すヤクモ。


「殺すのは止めておきましょう。先輩からは生かして捕えよとのご命令です。……まあ逃げるようなら殺さない程度に腕の2本や3本切っても構いませんがね、フフフフフ」







何故自分達から噛ませ臭プンプンさせる!?

三下感ハンパないんだけど!!

お前等それ完全に返り討ちに合うフラグだからな!!


レン、『じゅるり』とか涎出てないのに言葉で言うのやめなさい!! わざわざ空気読んでヤクモに乗っからんでもいいんだよ!!


それに逃げるの阻止するなら普通『腕』じゃなくて『足』切らない!? 何だよ『殺さない程度に腕の2本や3本切っても構わない』って!!

確かにそんなアホみたいなこと言うけどさ……



ほらっ、言われた男共だけじゃなく、ミレアもポカーンとしてるじゃないか!!

くそっ!!



俺は慌ててその場に駆けつけ、仕方なく二人の親玉を演じる。


「え? マーシュ、さん? どう、して……」


何だかミレアが言葉を漏らしたような気がしたが今は目の前のことを片づけることに集中する。


「フッフッフ、スマンなお主たち、そこの女は我が目をつけていた我の女なのでな。ここは大人しく引いてはもらえぬか?」

「な、なななな!? わ、わたくしが、マ、マーシュさんの、お、おおおおお女!?」


ミレアはボンッと音が出そうな程顔を真っ赤にしているがそれを気にする余裕も無く男共が新たに表れたふしんしゃに警戒心を抱く。


「な、何だテメェら!! いきなり現れていきなり意味の分からねぇこと言いやがって!!」

「そ、そうだそうだ!! その女は俺達のもんだ!!」

「じゃ、邪魔するようなら、い、痛い目にあわすぞ!!」


心配してチラッとミレアに視線を投げるも「わ、わたくしが……マーシュさんの……」と何やらよく分からないことを呟いているのでとりあえず放っといてもいいか。



ヤクモは「はぁぁぁ」と大きく息をついて小声で俺に告げる。


「折角自分達がどれだけアホみたいなことをしているかその眼で見せてあげようとしたんですが、どうしたら分かってもらえるんでしょうね……」

「あのなぁ……」


俺も溜息一つ。

はぁ……


男共は何に気圧されているかは知らないが動揺しながら、桜吹雪でも見せるかのように肩の刺青を前面に押し出す。


「こ、これが見えねぇのか!? 俺達は泣く子も黙る『バジリスクの毒鱗』だぞ!!」


少々酒場の中がざわつくも、ヤクモは何一つ動ぜず不敵な笑みを浮かべる。


「フッ、それがどうしたんですか? あなた達もあまり調子に乗らないことです。ボクらはあくまで表の住人。ボクらを仮に倒そうとも、暗黒裏四天王が控えて……」


……お前、そう言う設定好きだな。


そんなアホみたいなヤクモの脅しが何故か利いて、男共は2歩3歩と後ずさる。

……コイツ等本当に雑魚だな……



一触即発とまでは行かないまでも、コチラ優勢の空気が漂ってきた中、同じくカウンターに腰を下ろしていた全身鎧の男の声があがる。


「ちょーっといいかい?」


視線がその男に集まる。

俺よりも少し低い位だろうか、その男は軽さに重きを置いた鎧を身に纏い、立ち上がった後は俺達の間に割って入るかのように足を進めた。


何者かと訝しむ視線を気にも留めず、男は腰に差していた剣を引き抜いて地に突き立てる。


「あ~んまりこう言う事をがあがあと言いたかないけどね、必要以上に揉めるようなら騎士の介入も有り得るよ?? ん、どうする?」

「な!? き、騎士だって!?」


『バジリスクの毒鱗』の団員達は、『どうする?』という質問には答えず、『騎士』という一言に反応する。

突き立てられた剣についた紋章をしっかりとその眼に焼き付けてしまったのか、見る見ると顔が青ざめて行ったのは何も酒の酔いのせいだけではないだろう。


「じゃ、邪魔したな」

「ちっ、いい女だったのに……」

「お、覚えてろよ!!」


なんて捨て台詞を吐いてそそくさと退散していった。



何だかなぁ……



騎士の男は「ごめんよ~、直ぐ帰るからあんまり気にしないで、皆飲み直して!」と他の客に謝りながら俺達に近づいて来る。


「いや~、悪かったな、邪魔するつもりは無かったんだけど」

「いや、そんなことはない。ありがとよ」

「それにしても……さっきそこの御嬢さんの口から“マーシュ”って聞こえたんだけど」

「ん? ああ、それは俺のことだが……」


そう答えると、騎士の男は喜びの色を声に乗せて更に話しかけてくる。


「あ!! やっぱり!? ひっさしぶり~!! 俺だよ、俺俺」

「え? え~っと……」


どこのオレオレ詐欺だよ。


俺はディールさんから聴いているマーシュの交友関係から全身鎧の騎士がいたかを検索する。

しかし照合する人物は出てこない。


俺が聴き忘れたか?

それとも……


「あれ、覚えてないか? 俺だよ、俺、第1師団にいるスラン。いっや~、本当にひっさしぶりだなぁ~~元気にしてたか?」

「あ、ああ……」

「お前が戻ってきたとなると、これから王都も騒がしくなってくるな!!」

「そ、そうかもな……」

「いや~~~うずうずしてきた!! これで俺とお前のバーニングコンビの復活だぜ!!」

「お、おおう!! 燃え上がろうぜ!」


そうしてスランと名乗った男は無遠慮に肩を回してくる。

そんなに再会できたのが嬉しいのか、「はっはっは」と豪快に笑い飛ばしてバシバシ肩を叩いてくる。






…………誰、この人?

なんだよ『バーニングコンビ』って、意味分かんねぇ。

思わず勢いで『燃え上がろうぜ!!』とか言っちゃったけどもう語感から適当に言っただけだからね。



事の仔細を見守っていたヤクモやレンがちょいちょいと手を招いていたのでスランに断りを入れて彼女達に近づく。


二人はスラン本人に聞えないよう声を抑えてヒソヒソと尋ねてくる。



「先輩先輩、あの暑苦しそうな人、先輩の知り合いですか?」

「とっても仲良さ気に見えたけど……お兄ちゃんの知ってる人?」

「……………………いや、知らん」

「ちょっ、え~~~!?」

「お兄ちゃん知らない人なのにあんなに仲良さ気に話してたの!?」

「先輩『燃え上がろうぜ!!』とかノリノリで言ってたじゃないですか!! あれは何なんですか!?」

「いや、あんなに親し気に話しかけて来るのに知らんぷりもできないだろう」

「じゃ、じゃああの人は知らない人に知人のフリして話しかけてる、残念な人なのかな? それとも……」


レンが気遣わしげな視線を送ってくる。

恐らくレンも俺がディールさんから聴いていないだけで、もしかしたら彼はマーシュの知人なのではないかという可能性に思いを至らせているのだろう。

俺もそれが一番の懸念材料だ。


もし仮にレンが言った前者だとしたらコイツがアホだと言うだけで済ませられる。

だが俺とレンが懸念する方だとすると、俺がマーシュでは無いとバレる心配が生まれる。


ヤクモは頭も回るようだし、どういう訳か多少俺達の事情を知っても深くは聴いてこないでくれる。

でも他の者はそうもいかないだろう。



どうしようか……頭痛の種の処理について思考を巡らせていると、いきなりスランが「ぶへぇっ!」と言って吹き飛んだ。


呆気にとられていると、右足を大きく上げて蹴った後のモーションを取っている人物が。

どうやら女性のようで、スランを蹴った張本人らしい。

短髪の黒髪に、少し垂れた感じの目。

可愛いと言うよりは美人な顔立ちをしているが、体は無駄を完全に削ぎ落としたかのようにシュッとしていた。



あきれたような表情を浮かべていた彼女は、尻を突きだして伏しているスランを、ゴミでも見るかのような視線を送りながら溜息をついた。


「はぁ……この酒場ではもう十分必要なことは知れました。いらんことをしてないで、さっさと帰りますよ?」

「ちょ!! 帰す気あるんなら俺を蹴る必要なかったでしょ、えぇ!?」


痛そうに尻をさすりながらその女性に詰め寄るスラン。

しかし女性は面倒くさそうに対応しながら彼の首根っこを猫のように掴んで引っ張って行った。


「すいません、お邪魔しました。このバカのことは忘れて頂いて大丈夫ですので」

「バカって何だよバカって!! ―あっ、マーシュ、何か困ったことあったら俺んとこ来いよ!! 前みたいに二人で暴れてやろうぜ!!」

「お、おおう……」


結局何かを確かめる前に二人は酒場から出て行ってしまった。

その際も何やら二人で言い争いのようなものをしていたがまああの二人に限って言えば知り合いらしい。



本当に何が何やら……




その後、本来の問題の中心であったミレアを回収したのだが、彼女は終始顔を茹でダコのように真っ赤にさせて俺と視線を合わせることは無かった。


「……!? っ!!」


そのくせチラチラと視線は俺に送ってきて、合いそうになると直ぐに逸らす。


もう今日はよく分からんことが多くて疲れた。


自分達の部屋へと戻った俺達は直ぐに床に付き、眠りについた……








「……ん? ん~~……」


なんだかいつもより寝苦しい。

そろそろいつもの起きる時刻になって自然に目が開いてきたのだが、いつもとは違った違和感が俺を襲う。

頭も直ぐには覚醒せず、その違和感の正体を捜すのにしばし時間を費やしたがどうやら……え?


「んみゅ~……お兄ちゃん……あふぅ……」

「……先輩のトウヘンボクゥ……これでも、気づきませんかぁ」


レンとヤクモがこのクソ狭い寝床に入って来ていた。

レンはしっかりと俺の腕をホールドしており、ヤクモに至っては足を伸ばして絡めてきている。


突然のことに頭が混乱しそうになるも直ぐに自分の恰好を思い出して安堵する。


大丈夫…………今俺は全身鎧。

女の子のいい匂いや肌の柔らかさを感じて息子がパオ~ンすることも無ければ、チョモランマが如くそびえ立ったマイサンを見て女の子が悲鳴を上げる、なんて朝のお約束をこなすことも無い。


だがその分視覚的情報を得ようと脳が、目が、起きたばかりだと言うのに俺の意志とは無関係だと言わんばかりに活発に活動を始めやがるのだ。


レンはコアラのように俺の右腕を抱きしめているようだが、寝間着は上着しか着ておらず、下は可愛らしいパンツ一枚。


足を絡めている先を見つめると、どうやら俺の指先をあろうことかこすり付けているのだ。

眠っているようなので無意識的にだろうが『どこに』というのは…………お兄ちゃんがあまり感心できないところとだけ言っておこう。


ヤクモはヤクモで絡めた俺の足の太もも辺りにまたもや上下に動くようにこすり付けている。

『どこか』は……先輩と後輩のイケない関係が生まれる可能性を秘めている場所、とだけ言及することにする。


本来なら触覚的に俺がどうこうなることはないのだ。

視覚も必死に目を瞑って情報が入ってくることを遮断している。


だが……


「ア、アァン……お兄ちゃん……気持ち、いいよ……ひゃん」

「先輩……アソコ、ヒリヒリ、してきます……でも、気持ちいい、ですよぉ」



くそっ、耳だけはどうしようもないな。

兜を装着しているし、片腕はレンに取り押さえられている。


ヤクモが固有名詞を告げずあえて代名詞を使っているところがまた何とも言い難いモヤモヤを生む。



ああ、もう、仕方ない……







俺は二人を起こして事無きを得、悶々とした息子は宥めすかして朝の日課となっているレンとの修行に励むことに。



そこでようやく待ちに待った変化が訪れた。

レンとの修行を終えた後、『千変万化』の習熟度が100%を迎えたのだ。


ヤクモの一件の間でもレンとの修行は怠らなかったので順調に習熟度を上げていてようやく、と言ったところだ。


日にちもユウさんより数日早く完成させることができたし、『毒魔法』の習得においての艱難辛苦を乗り越えたので密度も相当濃いはず。


そうしてどんなスキルが得られたのかと年甲斐も無くワクワクしながらスキル欄を見てみると……




『千変万化+α』




と出た。





…………は?





何かの見間違えかなと思い、一度目をギューッと瞑り、そしてもう一度開いてスキル欄を見る。





『千変万化+α』





……………………は?





お前ふざけんなこの野郎!?

俺のワクワク感返せよ、殆ど変わってねぇじゃねぇか!!


何が『千変万化』だ、食品偽装が発覚して『……わが社の体質を一変させる必要が……』とかぬかしてる企業の方がまだ変わってるわ!!


ええい、肩透かし感が否めないが仕方ない。

どういう風に変わったのかを確認するためにスキルを鑑定してみる。



千変万化+α:『千変万化』の効果によってのみ習得可能。習得者にとって大きなきっかけを得ることにより新たなスキルに変化する。きっかけが特殊なものであればあるほど得るスキルの価値は上昇する。

一生に一度だけこのスキルの効果でスキルを習得可能(習得するスキルの価値が『千変万化』によって得られるものより高いことは確定)。




……ほう……


確かに前とは異なる部分があるな。

先ず時間的制限が無い。

それに修練もその密度も必要としない。


必要なのは俺にとって何かのきっかけのみ。

やることが依然と違って漠然とし過ぎている。


今度はどうすればこれが新たなスキルに変わってくれるのかさっぱり分からん。

まあそういうことについて悩む必要もあるから時間的制限が取り払われているのかも知れん。

ちょっと面倒くさいな……


そうは言っても『千変万化』と比較して良いスキルが得られることは確定してくれるようだ。

この『千変万化』→『千変万化+α』の変化が良い方向へと向かってくれたのは間違いないだろう。


それだけで今までの努力が何だか報われたような気になってくる。


それにスキルが鎧についているものでは無く、俺自身のスキルになったことも大きい。

ディールさんには変化したら後は兜以外は取っ払っていいと言われている。


修練自体は続けるが、この鎧を取り外してもいいんなら第2形態の俺を発動することも可能となる(まあ要するにただ脱ぐだけだけどね)。

重りを外して「今迄は3割で戦っていたに過ぎん。これからは……本気で行くとするか」みたいな感じ。


取りあえず時間的制限が無いんならゆっくりできるわけだ。

ディールさんに助言を貰っても良い。



とにかくあまり深追いせず、楽観的に構えようじゃないか。

そうして俺達は朝の修練を終え、自分達の部屋へと戻ろうという時……





「…………」






鬼がいる。

いや、鬼のような面をしたオルトさんがいる。


愛用の剣なのか、それを地に突き立てて、仁王立ちしている。

帰り道なので彼女の立つ場所を避けては通れないのだが、今の彼女に近づこうものは誰であろうと取って食われる、まさにそんな感想が浮かんでくるほどお冠なのである。


もう激おこ程度では済まされない。

彼女の怒りを表すと激おこぷんぷん丸、いやムカ着火ファイアー、もしかするとカム着火インフェルノにも到達するやもしれん(多分これ言ったら「ふざけてるのか!?」って更に怒るかも)。


それ位に怒っているという空気が50mは離れている俺達にも伝わってくる。



おいおい、どうやったらあんなに怒気を孕んだ人間が生まれるんだ……


「あんなに怒ってるオルトさんは中々稀ですねぇ……1月に1回の周期ですかね……」


距離が離れているので別に聞えやしないだろうに、ヤクモはヒソヒソ声で俺とレンに伝えてくる。


「もうかんかんだね、どうやったらあんな風になるんだろうね」

「さぁ? ……とにかく、あそこを通らないとボクら戻れませんから、できるだけ視界に入れずに素通りしましょう」


俺もレンも、ヤクモの提案に頷き素知らぬ顔をして歩き出す。

距離が近づくにつれ、怒りの度合いなんてものがあるのかは分からんが、それが膨れ上がって行くように感じる。



そして10mを切った折、鋭い、とても鋭い視線が突き刺さってくる。

レンが「うっ!!」と声を上げてしまったが俺がフォローして気づいていないフリを続ける。




残り5m……4m……3m……そこで……




「おい」




声がかかってしまった。

俺達は一端足を止め、互いの顔を見合わせる。

その際決してオルトさんを視界には入れない。


「……おい、ヤクモ、呼ばれてるぞ?」

「……いやいや、先輩こそ」

「お兄ちゃん、ヤクモお姉ちゃん……どうしよう~~」


レンが涙声で訴えて来るので俺は落ち着かせるために努めて冷静に振る舞う。


「いや、そもそも俺達なのか? 俺は全く心当たりが無いんだが―ヤクモはどうだ?」

「いや~、ボクもサッパリなんです。―レンさんはどうですか?」

「え、え~っとボクも無い、かな?」

「あ~~、ではやっぱり気のせいでしたか」

「そうだな、気のせいだな。うん、では行こうか」


そうして頷き合って止めた足を再び動かす。


彼女との距離が0になり、そして1m……2mと離れていくにつれ、俺達は安堵感を覚える。


ふぅ……何とか…………





「待て」






短く一言だけ。

「待て」がかかってしまった。

否応なしに足を再び止めざるを得ない状況になってしまったが何とか悪あがきをしようと俺は振り返り様こう答える。


「どうかしたのか? そんなに思いつめたような顔をして」


俺の悪あがきにヤクモも乗っかる。


「あれ~~、オルトさんじゃないですか、どうしたんですか、そんな鬼みたいな顔をして」

「鬼言うな!!」


カシャンと音を立ててもう一度剣を地に突き立てる。

そして俺達に向かってガンを飛ばして……


「『どうしたか』ではない。明らかにお前達を待ち構えていただろう。どうして逃げる?」

「いや~~、何のことでしょう? はて、よく分かりません……ねぇ、先輩」

「そうだな、俺も言っている意味がよく分からんが……」


オルトさんは舌打ちを一つ入れ、更に声音を落としてくる。

ドスの利いた声と言うのは正にこのことを言うのではないだろうか……



「百歩譲ってそれは良いとしよう……だが、私がここで待ち構えていた理由は分かるよな?」



心当たりがあるだけに冷や汗ものだがヤクモが昨日言っていたことも分からんでもない。

ここで日和ってしまうとそれが果たせない。


「えーっと……何かあったっけ?」


あえてすっ呆ける。

すると、今まで溜まりに溜まったものが爆発したようだ、オルトさんは烈火のごとく怒り狂い……


「何かだと!? 私はずっと待っていたのだぞ!? お前があれから幾ら経ってもずっとこないから、もしかしたら何かあったんじゃないかって、ずっと、心配して、心配して……」


その尻すぼみになって行く様子を捉えて、ヤクモはにやりと微笑む。


「おやおや~、オルトさん、怒っていたのかと思えば先輩のことが心配で心配で仕方なかったようですねぇ……」

「な!? ち、違う、そ、そうではなくて、だな……」

「許してあげて下さいよ~、ボクが先輩に言ったんです。オルトさんはからかうと、案外可愛いところもあるんだ、って」

「なななっ!?」


今度も彼女の顔はカーッと真っ赤に染まるがそれが怒りから来るものではないという事は様子からして明らかだろう。


オルトさんは手をじたばたとさせて狼狽する。


「ち、違うからな!? わ、私は貴様のことなど、欠片も心配などしていなかったからな!!」

「うわ~……典型的なツンデレさんですね~」

「ええいうるさいうるさい!!」


ビシッと俺を指さしてオルトさんは告げる。


「い、いいか!? 今日は私が迎えに行く!! だから今度は待っていろ、いいな、絶対だからな!!」


そう言って彼女はそそくさとその場を去って行った。


「……先輩、“絶対”待ってろですって」

「ああ……“絶対”待ってろ、って言われたな」

「そうだね、お兄ちゃんに、“絶対”待ってろ、って」






さて………………






逃げるか。

資料にと初めてマンガを大人買いしました。

21冊と比較的少ないのかもしれませんが……買った感覚は爽快でした!!


そうして調子に乗っていると……本棚に空きが無い(泣)。

買って読むことだけを考えていたのでそこは一切考えていませんでした。


皆さんも気をつけなはれや!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ