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「勝負ですわ!!」

すいません、調子に乗って安売りしてたゲーム買ったら『明々後日』に間に合いませんでした……

やっぱり面白いですね、ゲーム!!


……はい、どうでもいいですね、申し訳ない。

小さな休息を経たヤクモを連れて、俺は第10師団の稽古場へと戻ってきた。


「何なんですの!? わたくしとの、わたくしとの約束を違えるなんて!! おかしいですわ、おかしいんですわ!!」

「まあそうかっかするな、ミレア。今マーシュが……」


戻って来てみると、予想に反せずミレアが暴れていた。

ウォーレイさんが気遣って彼女を宥めてくれている様だが、もう既にリュートさんと彼女の副官であるライザさんはその場にはおらず。


シキさんは喚き散らすミレアと、それを抑えているウォーレイさんを傍から見て溜息一つ。


レンとアルセスはミレアには関せず、端に座って二人でキャッキャとおしゃべりに興じている。

話題自体は分からないものの、こういう姿は二人とも年相応だな……なんて場違いな感想を頭に浮かべながら隣にいるヤクモに目をやる。


「ボク、いつミレアさんと約束したことになったんでしょう……」


うんざりした様子でミレアを見ている。

そして大きく息をし、俺に一言


「……先輩とは、約束、しましたからね」


と聴かせるように呟く。

聞き取った俺も


「……分かってる。行って来い」


と答えておく。


ヤクモは頷いて、ミレアを目指して歩を進めた。

その存在に気付いたようで、ミレアを抑えていたウォーレイさんが安堵した表情を見せる。


「―お? ほらっ、ミレア」

「どうして―あら」


ヤクモの姿を認めたミレアの顔は一瞬ウォーレイさんのように安心した色を示したが、それは即座に憤怒に変わる。


「ヤクモさん!! 一体どういうことですの!? わたくしは『2時間後』と指定したはずですのに―」

「いや~すいませんミレアさん。ちょっと遅れてしまいました~」


ミレアにすべてを語らせず、ヤクモはぬけぬけとそんなことを告げる。


「な!? 『ちょっと』ですって!? わたくしがどれだけ待ったと―」

「うぐっ!!」

「え!? ちょ、ちょっとヤクモさん!?」


ミレアが自身の愚痴をぶつける前に、ヤクモがいきなり自分の心臓を鷲頭掴みにしながら膝を折る。


「フッ、ボクの体も鈍ったものです。この程度の、痛みで―ぐっ!!」


そうしてアホみたいな演技を続けるヤクモにしらーっとした視線を送り続ける俺・シキさんを余所に、ミレアは……


「ま、まさか、ヤクモさん、あなた、そんな体で……だから……」


さっきまでの怒りはどこへ行ったのやら、それだけでは意味を成さない言葉をポツポツと呟きながら顔面を蒼白にする。



信じよった……この子、アホや。



ヤクモはアホの子のリアクションに満足したのか、直ぐにケロッとした顔に戻って何ともなかったかのように立ち上がる。


「いや~やっぱり寝起きはキツイですねぇ~もう眠くて眠くて」


それを見たミレアの顔はキョトーン。


「……は? 寝起き? あの、ちょっと、ヤクモさん、あなた、体は……」

「はい? 体ですか? 眠気が辛いということ以外はピンピンしてますよ? 幸い先輩のおかげで悪いところは取り除かれましたしね~」


ヤクモの言葉が頭に浸透してきたのか、徐々にミレアの肩は小刻みに震えて行く。


「……で、では……あなたが遅れたのは」

「え~? だから寝てたって言ってるじゃないですか~。仕方ないですよね、誰しも眠りたい時はあるものです。―さて、ミレアさん。それでは決闘を……」

「もう許せませんわ!!」


顔を真っ赤にして怒鳴る姿は以前の任官試験の再来のよう。


「わたくしを、わたくしをここまで恥辱に塗れさせたのは先日のマーシュさん以来ですわ!!」

「へ~先輩はそう言った変態プレイがお好みでしたか。記憶にとどめておきますね~」


怒りが爆発したミレアは視界の外に置いて、ニヤニヤと俺を見てくるヤクモは無視。


「もうわたくし我慢なりません!! 堪忍袋の緒がブレアなのですわ!!」


だから意味分かんねぇっつうの。

ルー語でもまだもう少し理解できんぞ。


「この決闘でヤクモさん、あなたが負けたら今後、わたくしの言う事を聞いていただきますわ!!」


そこでヤクモは今迄よりも更に悪い笑みを浮かべてミレアを見る。


「それは構いませんが~。でも~、ボクだけ負けた時に罰が有るって言うのは不公平な気がするんですよね~」


こちらに近寄ってきたシキさんから「あぁ……またあの子の悪い癖が……」という声が聞こえてきた。


「フンッ!! わたくしが負けましたら今後あなたの活動に文句を―」

「それはそもそも当たり前のことですよ~だってボクはユウさんから『自由にしていい』って言われてるんですから~。―それにケチをつけているのはただのミレアさんの暴走に過ぎないのでは?」

「ぐっ!!」


そこに見解の差があるから決闘で白黒つけようと言うのが本来の趣旨だったと思うのだが、ヤクモはああすることによってミレアが一方的に悪いようにしたいらしい。

とすると……


「ですから~ボクが勝ったときの条件はミレアさんがボクの言う事を何でも聞く、という事でどうでしょう~?」

「な!? そ、それはいくらなんでも……」


さっきまでの勢いがまるで嘘のようにミレアは尻込みしている。

流石のミレアも『何でも』と言うのを認めるのはマズイらしい。

それを逃さずヤクモは更にいやらしい笑みを浮かべて尻尾を軽快に振る。


「あれあれ~? ボクを許さないんじゃないんですか~? ミレアさんは一度言ったことを撤回するような方だったんですかぁ~? 騎士、それも一つの隊を預かるような方がそんな人だったなんて知ったら、さぞかしユウさんは悲しまれるでしょうね~」

「う、うぐぐぐぅ……」


ミレアはとても悔しそうに歯噛みする。

……なるほど、このためにアイツはあんなアホみたいな演技までしてミレアを煽ったのか。

俺に「メリットが無いから褒めてくれ」とか言っときながら抜け目ないな……


ミレアが悩むような仕草をしていると、更なる追い打ちをかけるためにヤクモは動く。


「あ~、やっぱりミレアさんもダメなものはありますもんね~。あっ、いや、責めてませんよ? 誰だってダメなものの1つや2つありますよ~、ですから、ミレアさんがたとえ一度言ったことを簡単に(・・・)覆すような方でもボクは(・・・)気にしませんよ? 騎士としてはどうかと思いますがねぇ~」

「っ~~~~~!!」


ミレアは頭に血が上っていることがありありと分かるほどに顔を真っ赤にして言葉にならない呻きをあげる。

そして……


「分かりましたわ!!」


売り言葉に買い言葉と言ったように、ミレアは答える。


「え~? 何をですか?」

「わたくしが負けましたら、ヤクモさんの言う事を何でも聞いて差し上げます!!」


ヤクモは言質を取ったとばかりに口端を大きく上げて今迄で一番の笑みを浮かべる。

悪い奴だ……


「そうですか~。それを聞いて安心しました。―では、決闘と行きましょうか~」

「……負けなければいいのですわ、負けなければ……」


呪文のようにそんなことを繰り返し呟くミレアとは対照的に、ヤクモは何の気負った様子も無く自分の位置へと歩いて行った。


それだけで先が予想出来てしまう。

あ~あ……可哀想に……



ってかそもそもこの第10師団で各隊長の序列って基本的には実力順なんでしょ?

それでミレアは12番隊。

そりゃ隊長という地位にいる以上他の団員とは一線を画するんだろうがそれはあくまで隊長と一般的な団員の話。

この団員の中にヤクモは含まれていない。


唯一総隊長―第10師団で最も強い存在―であるユウさんと渡り合えると言われているヤクモと決闘するという事自体が無謀なのだ。



それをあのアホの子は分かっているのだろうか……


審判はシキさんが務めるようで、ヤクモとミレアの中間に立っている。


先程までだべっていたレンとアルセスはウォーレイさんとと共に俺の下に。

もう既に彼女達も結果が予想できているのか、それとも久しぶりにヤクモが戦う姿を見られるからか、その表情は晴れやかでいて、どこかそわそわとしている。


「必ず勝って、あなたに吠え面かかせて差し上げますわ!!」

「いや~、以前もそうでしたが、ミレアさん自信満々ですねぇ~。ボロボロに負かせたことは記憶からは消去されているんでしょうか?」


ヤクモが軽口を叩くと、ミレアが不敵な笑みを浮かべる。


「フフッ、わたくしとて、何も学習しない訳ではなくってよ!! 任官試験でレンさんに敗北し、わたくしは戦力を一新したのですわ!! わたくしの本気を見て無事に帰った一人だからと言って調子に乗っていると、痛い目を見ますわよ!!」


あ~。

あの時言ってた『7人』の内の一人ってヤクモのことだったんだ。

とすると、他の6人は順当に考えたらユウさん、オルトさん、ウォーレイさん、シキさん、アルセス、それにリュートさん、ってあたりかな……


そんな自信たっぷりのミレアに反して、ヤクモはどうでもいいことでも耳にしたと言うようにボケーっとして答える。


「あ~そうですかぁ~。ボクは特に以前と戦力的に変わったことは無いので。あっ、でも何ならハンデとかいります?」


ブチッ


「キレてないッスよ! これキレたら大したもんッスよ!!」と言ってあげたいのは山々だが、何かキレてはいけないものがキレたような気がする。


ミレアは口から炎でも吐きそうな勢いで怒り狂い、そのままパペット専用のアイテムボックスからパペットを取り出す。

しかし、取り出したものは本人が言った通り以前見たそれでは無く……おおぉぉ……


感嘆が漏れ出てくるほど圧倒的な巨躯。

見ただけで分かるほどの存在感。


確かに本物と比べるとそりゃ見劣りはするだろうが初めからパペットと知らされていたらこれでも十分だろう。


「わたくしの貯金を9割はたいて購入した最高級パペットの一つ―ドラゴン型パペット―であなたを葬って差し上げますわ!! 泣いて謝ってももう許してあげなくってよ!!」

『ギャウウゥゥン!!』

「へぇ~……これはまたスゴイものを持ち出してきましたねぇ~」


ヤクモは自分より何回りも大きな存在を前にしてもそのだら~っとした姿勢を崩すことなく視線を上げている。


「ほう、ドラゴン型か。本物のドラゴンの鱗や爪を使っている本格的なものだと聞く。さて、どれだけあれでヤクモとやり合えるか……」


ウォーレイさんがあのパペットを見て感想を漏らす。

それでも言ってることがヤクモが勝つようなこと前提って、ねぇ……


「では二人ともいいですか? ―始め!!」


シキさんの開始の合図を皮切りに、決闘が……と思っていたがヤクモは一切開始位置から動かない。


「どうぞどうぞ~。先手は譲ってあげますからもう何でもやっちゃってください」

「くっ!! 言われなくても行きますわよ!!」


ミレアは十指からその巨躯を誇るドラゴンパペットに次々と魔力の糸を繋げていく。

どうやらディールさんのように一人で何体も操るスタイルとは違って、エフィーに見せてもらったことがあるように、1体を操ることに集中するスタイルを採るようだ。


そして指を動かし、ドラゴンを動かす。

動かされたドラゴンは人体の3倍以上は有ろうかという右の前足を上げ、そのままヤクモを踏み潰そうとする。


本物と比べれば確かにその大きさは劣るものの、そんなもの踏み潰される側の小さな人間にしたらどちらも大差ない。

蟻にしてみれば踏んでくるのが子供だろうと大人だろうと変わらないのと似ている。


どうせ踏まれればペシャンコなのだ。


だがヤクモはそれでも動かない。

頑として動かず、避けるための初動すら見せない。


「はぁ~……もどきとは言えドラゴンですからねぇ~8本(・・)、と言ったところですか」


ヤクモが何やら呟いたかと思うと、小さな光がヤクモの右腕に宿る。

ある程度の光が形となって姿を現すと、ヤクモは剣を振りぬくようにしてそれを迫りくるドラゴンの足に放つ。


すると……


バサッ


今度はちゃんと切れてもいいものが切れる音が見学している俺達の耳に届く。

一方でヤクモを踏み潰す予定であったドラゴンの足がヤクモに届くことは無かった。


足の膝部分から先が丸太を切るかのように綺麗に切断され、ドラゴンから切り離される。


「凄い凄い!! 今のは!?」


俺の傍で見ていたレンがヤクモの一撃に興奮する。

アルセスは自慢げに鼻を鳴らし、今の攻撃を説明する。


「今ヤクモがやったのが、ヤクモの能力『刃魔法』だよ!! ヤクモが言った『8本』って言うのは、あの刃を創るために使った剣とか刀とかの本数なんだ!!」


ウォーレイさんも頷き、今のアルセスの説明を補足する。


「ヤクモは『刃』のついたものなら何でも良いと言っていた。普通は剣だが、その刃のついたものと契約して、体内に保管しているそうだ。魔力だけでも刃は創れるそうだが、それを任意の本数消費・消尽して生み出す刃はその分だけ威力・精度・鋭さなんかを増す」

「詠唱も無かったな。あれも『刃魔法』の特徴か?」


俺は疑問を投げかける。


「うん!! 詠唱も本当はいるらしいんだけど、それも刃の付いたものを消費すれば短縮できるんだって!!」


アルセスが力いっぱい頷く。


「ほう……」


面白い能力だな。


「な!? くっ!!」


ミレアは驚きの色を隠せない様だが直ぐに取り戻そうとドラゴンを操る指を動かす。


ドラゴンは3本の足で体勢を立て直し、肺に空気を溜めこむべく口を大きく開ける。

ブレスも撃てるのか? あのドラゴン擬き……


「あ~それ今の状況じゃ下策ですよ~。確かに足は一本落としましたが折角の巨体が無意味じゃないですか~。尻尾を振るなりした方がまだマシだと思うんですが……」


ヤクモはそんなことを言いつつその場から動かず待ち構える。

アイツ、あえて攻撃を受けるつもりか?


「あなたにとやかく言われる筋合いは無くてよ!! ―行きなさい!!」


ミレアが指示すると、それに応えるようにドラゴンは溜めこんだもの全てを吐き出す。

それはリゼルが使うような本物のブレスとは遠く、ただ空気を圧縮しただけのものだったが人一人を吹き飛ばすという意味では、威力は申し分ないと言える。


しかし……


「そんな無理なさらずとも……」


そう言ってはヤクモは自分の胸に右手を持って行き、まるで自分自身の体そのものが鞘だとでも言うように右手を振りぬく。


すると、あろうことかヤクモの右手には光の粒子から形作られた一本の剣が握られていた。


「契約した刃の付くものは顕現することもできる。だから普通に武器としても使えるようだぞ?」


ウォーレイさんが今のヤクモの行動を説明してくれる。

ヤクモは生み出した剣を手に「今度は……10本はいりますかねぇ~」なんて言いつつ襲い掛かるブレス(擬き)を迎え撃つ。


手に持つ剣に、先程のように輝きが集って行く。

そしてヤクモは剣を一閃。


ブレスは空気を圧縮したものなので色形などあるはずないのに、ヤクモを中心に真っ二つに分断されたのが見て取れた。

ブレスを放ったドラゴンにまでその一撃は届き、鼻にあたる部分に切れ目が入った。


「武器自体にも威力や鋭さは上乗せできるんだよ? 手に何かある方がヤクモはやりやすいって言ってた」

「なら普通ずっと持ってた方が良くない?」


アルセスの解説にレンが素直な疑問を呈する。


「う~ん……それがどっちも一長一短あるから時々に依るとも言ってたぞ……―あ、ほら、見てみろ」


その疑問に答えるべくウォーレイさんが例をあげようとした途端、ヤクモの手にあった剣にミシミシっとヒビが入って直後、粉々に砕け落ちる。

ヤクモ自身もさも当たり前だと言ったように柄だけ残ったものを捨て、ドラゴン目がけて走り出す。


「本来あの剣が引き出せる最も強い威力―つまり武器の性能としての限界だな―それを、刃魔法で一時的にとは言え引き上げたんだ。それが見ての通りの結果へと繋がるんだろう」


なるほど……


刃魔法の詳細がおぼろげながらも分かってきたところで、ヤクモが勝負を決するべく新たな武器を次々と創出する。


中には槍や斧なんかも見受けられるが、それらをドラゴンの足にそれぞれ突き刺し、縫い付けるかのようにしていく。


ミレアは何とかドラゴンの頭を動かしてヤクモを振り払おうとするのだがヤクモが動き回る素早さがそれをはるかに上回っていた。


元々猫の獣人という事もあって身体能力の高さは折り紙つき。

寄生虫に一部操られていたとはいえレンとやり合っている姿を見ているので今目の前で繰り広げられている光景にも素直に頷ける。


そして段上が、数え切れないほどの刃状の武器で埋め尽くされる頃になると、ドラゴンはその顔と尻尾以外動かすことができないようになる。

それはミレアと言う操る者がいようとも、だ。


もうここまで来ると人形使いとしてのメリットが無い。

後はもう敗北までのカウントダウンが始まる。


ミレアは延命を試みようと魔力の糸をドラゴンから切り離し、本来ハイエルフとしての十八番である魔法の詠唱を始める。

しかし間に合うはずも無く、距離を一瞬のうちに詰めたヤクモに、足を払われる。

そしてその倒れた喉元に、生み出した剣を突きつけられ……



「さて、ボクの完全勝利ですね。これで満足ですか~?」

「また、わたくしの……負け」


ミレアはぐったりとうなだれる。


ドラゴン自体の操作というのは特にどうこう言う程悪いわけでは無かったはずだ。

悪かったのは相手、だろうな……


横にいるアルセスはただ嬉しそうに顔を綻ばせている。

ウォーレイさんもこの結果が順当だとでも言いたげに何度も頷いている。


そして審判を務めていたシキさんは……少々複雑な表情で、勝者であるヤクモと俺を交互に見つめていた。

どうしたんだろう……そう言えばヤクモが帰ってきた時にも何だか難しい顔をしていたような気がする。


う~ん……


しかし今度もそのことについて深く考える時間は無かった。

ヤクモが突きつけていた剣を胸の中に納め直して、小悪魔のごとき笑みを浮かべる。


「ミレアさ~ん、敗北の余韻を味わっている所申し訳ありませ~ん。……負けたらどうなるか、忘れてません、よね?」


そう言ったヤクモの顔の悪いことと言ったら……

悪徳商人の方がまだ可愛い顔すんじゃないかなんて思う位だ。


ミレアはビクッと体を小さく揺らし、恐る恐る顔を上げる。


「ボクの言う事を『何でも』聴いて下さる、そうですよね~?」

「い、いや、それは!!」

「あれあれ~? 騎士であるミレアさんは一度言ったことを無視なさるんですか~? それは残念ですねぇ~。自分の言葉に責任を持てないような方が自分の部下であるなんてことを知ったら、どれだけユウさんが悲しまれることか……ああぁぁ、想像しただけでボクも胸が苦しくなります」

「ひぐっ~~~!?」


嘘つけ……

この上なく顔がニヤニヤしてんぞ。


ミレアの顔は、ヤクモが言葉を紡ぐにつれどんどん青ざめて行く。


そして……


「―……り、ましたわ」

「えぇ~、すいません、良く聞えませんでした。もう一度言っていただけますか~?」

「分かりましたわ!! このミレア・ウォントガルに二言は有りません!! 煮るなり焼くなり、好きにすればよろしくってよ!!」

「そうですか~それは安心しました~♪」


ヤクモが思案気に、人差し指を顎に当てて「う~ん」と悩む姿は見ていて可愛らしいのだが、恐らくその考えている内容は全く可愛いものではないだろう。

俺はレンやアルセス達に断りを入れて段上へと近づいて行く。


「そうですね~ミレアさん、とても美人ですし、体もとても魅力的です。胸の形も大きさも素晴らしいです」


お前の頭の中はオッサンか。

心でツッコみを入れながら更に彼女達に淡々と近づく。


「ミレアさんを抱きたいと思う男の方はさぞかし多いでしょうね~……ミレアさん、経験無いですよね?」

「ヒィッ!?」


ミレアは自分で自分の体を守る様にして抱きしめる。


「……そ、その……な、無い、ですわ」

「そうですか~それはまた好都合ですね~……いや~サボっていた時期が短くないものですから、それに武器を買うにはお金がいりますし、やっぱりお金は幾らあっても困ることは有りませんからね~」


次第にミレアの瞳は潤んで行くように見える。

気のせいか、体もまた小刻みに震えている。


はぁ~……


「では、ミレアさんには……」

「う、うぅぅ~~~~」


そこで……


ポンッ


俺はヤクモの頭に手を置く。


「……何ですかぁ~、先輩」

「そこまでにしとけ。もう充分だろ」

「マーシュ、さん……」

「ですが、ボクには『何でも言う事を聞いてもらう権利が』……」

「それを放棄しろとは言わんが、当初の目的は達成できたんだ。必要以上に今それで懲らしめる必要は無いんじゃねえの?」


そう言って俺は約束通り、ヤクモの頭に乗せている手を撫でるように動かす。


「凄かったと思うぜ? 隊長相手に圧倒じゃねぇか」

「うぅ、あうぅぅ~~~~」


ヤクモは撫でられるままに任せ、気持ち良さそうに耳をヒクヒクとさせる。

尻尾も機嫌の良さを表すかのように上下左右に動く。


「先輩……ズルいです……」

「何を言う。俺は約束を守っただけだ」

「……まあ良いです。半分冗談でしたし」


半分かよ。


頭のなでなでが終わった後、ヤクモはペタンと座り込んでしまったミレアに向き直る。


「……ミレアさん、ボクらは今度『ラセンの町』に遠征に行くことになりました。リュートさんの隊も手伝ってくれますが人手は多いに越したことはありません。それを手伝ってください」


ミレアはうるんだ瞳そのままに、ゆっくりと顔を上げる。


「そ、その……それで、よろしいのですか?」

「……先輩に感謝するんですね」


その一言だけ残し、ヤクモはその場を後にする。

そしてアルセスとウォーレイさんの下に帰って行った。

シキさんも遅れてその輪に向かっていく。


「……マーシュさん、その……ありがとう、ございます。おかげで、わたくし、その……は、初めてを、知りもしない、いやらしい男に捧げなくて、済みました……」


そうボソッと告げてきた女座りをしたミレアは、腕を縮こめながら頬を赤らめている。

コチラを決して直視はしないものの、横目でチラチラと俺の姿を捉えようとする。


……そんな反応見せんなよ、俺のこと好きなんじゃないかと思うだろ……


「気にすんな。アイツも別に本気でお前にそんなことさせようとしたわけじゃないさ。まあこれに懲りたらもう少し物事考えてから行動することだ」

「はい……そ、その……」

「ん? 何だ」

「わたくしは……そ、その、お金を払ってでも、抱きたい、と思える女なのでしょうか?」


何でそれを頬を赤らめながら俺に聴く……


「……美人な女を抱きたいと思う男なんて幾らでもいるだろうさ、それが初めての女なら尚更じゃねぇの? まあ今回は冗談で済んだが今後変な男に狙われないことの保障にはならんぞ。気をつけるこったな」

「そう、ですか……そうですわね。ありがとうございます。マーシュさん」

「おう」


ミレアは後片付けのために残ると言うのでそのまま残して俺は稽古場を去る。

……いや、手伝うって言ったよ?

でも「……そ、その……い、今は一人にして下さいまし! レンさんやアルセスさんならともかく……あ、あなたは駄目ですわ!! ……顔を、まともに、見られませんもの……」って言われたし。



……兜つけてフルフェイス姿なのに……




そうして出口付近で待ってくれていたヤクモやレンの下へと行く。


「先輩先輩、この後皆で打ち上げに行きましょう!! ボクの知ってる飲み屋はどうです?」

「あ、いいね!! お兄ちゃん、行こ?」


飲み屋にレンを連れて行くと言う発想が少々抵抗はあるものの、別におかしくは無いようだし色々と話したいこともある。

俺は頷いて返すことにする。


そうして幾らか言葉を交わしていると、どこからか俺を呼ぶ声が。


「お、おいマーシュ!!」


声のする方を振り返ると、そこには1番隊隊長にして鬼人、そしてユウさんがいない今実質第10師団を取り仕切っているオルトさんが。


何だろうか……


「おや、オルトさんじゃありませんか。どうかした……」


この中で一番近しい存在であるヤクモの接近にも気づかず、オルトさんは何だか緊張した様子。

え~っと……


「……なんだ? 何か俺に用事か?」

「あ、ああ!! い、今からちょ、ちょっと私に付き合え!!」


え~~~~。


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