「勝負なさい!!」
思った部分まで進みませんでしたので一回ここで切ります。
また明後日か明々後日にでもあげようかな、と。
「やはり帰っていらしたのですね、ヤクモさん!?」
いきなり現れたミレアは一直線にヤクモ目がけて足を進める。
なんだ突然……
「おや、ミレアさん、どうかしましたか~?」
恐らくミレアのお目当てであろうヤクモ本人は一方で呑気なもんだ。
首をキョトンと斜めに傾けてミレアに疑問を示す。
「どうかした、ではありません!! 帰っていらしたのでしたら早々にわたくしの隊長室を訪れるべきではありませんか!? あなたはわたくしが隊長を務める12番隊に属しているのですよ?」
ああ、なるほど。
そのために来たのか。
まあ言いたいことは分かるんだが……
「えぇ~? でもボクもボクで忙しいんですよ~。えぇっと…………ほらっ、今迄サボり気味だった分を取り返すために今奮闘中なんです!! ミレアさんへの報告を忘れてしまう位に」
「閃いた!!」とでも言いたげにヤクモは人差し指をピンと立てて言い訳をのたまう。
……おい、今大分考える間あったぞ。
「あ、あらそうなんですの? 熱心なのはいいことですわね」
嘘っ、あれで通じるんだ!!
俺も即嘘だと分かるようなものでミレアを掻い潜ったことはあるが……
単純と言うか何というか……
だが、それだけでは終わらないようだ。
ミレアは感心したような表情を再び引き締め直してヤクモに言う。
「では今からわたくしと共に仕事をしましょう!! 折角戻っていらしたんですから、わたくし自身のお手伝いをしていただきますわ!!」
ヤクモは今度はあからさまに不満な態度を隠さず眉を八の字にしてぶぅたれる。
「結構ですよ~。ボク、先輩と一緒にいますし、仕事もちゃんとしますから」
「そうは問屋がアンドレーなのですわ!!」
いや意味わからんから。
「わたくしは親愛なるユウさんから一つの隊を任せて頂いているのです!! その隊員のために頑張るのは隊長たるわたくしの責務なのですわ!!」
あぁ~……言いたいことは分かった。
要するにユウさんへの義理か。
良いかっこしたいっていう意味合いもあるんだろうけど、まあ本人は真面目なんだろうしね。
それをヤクモも理解しているんだろう、うんうんと何ども頷いて理解を示す。
ミレアはパーと花が咲いたように笑顔になり、胸の前で手を合わせる。
「まあ!! では分かって―」
「―でもですね」
ヤクモは全てを言わせず、ビシッと人差し指を立ててミレアに切り返す。
「それを言うならボクはそのユウさん本人から『ヤクモの好きにして良いよ』と言われています。ですからボクはボクの好きなように動く権利が有ります」
「な!? そ、それは……」
『ユウさん』という単語を出されたからか、それともヤクモ自身の言ったことにも一理あると思ったからか、ミレアは一歩も二歩も下がって呻っている。
ヤクモは追い打ちをかけるかの如くにやりと口端をあげる。
その二人の姿は追い詰める側のライオンと追い詰められる側のか弱い小鹿か何かに映った。
「おやおや~? ミレアさんは総隊長でもあり、自分をピンチから助けて下さったこともあるユウさんの言葉を無視するんですかぁ~?」
「うぐぐっ!!」
「そんなことになったら、さぞかしユウさんは悲しまれるでしょうねぇ~。信頼して一つの隊を任せたのに、そのミレアさんが、自分の言った言葉は無視した挙句、自分勝手な意見を隊員に押し付けるなんて」
「うぐぐぐっ!!」
もう敗北一歩手前まで迫ったところでしかし、何故かミレアはクルリと振り返り、成り行きを見守っていた俺を指さしてくる。
「マ、マーシュさん!! あなたで構いません!! あなたがわたくしを手伝ってくださいな!!」
は? 何で俺がとばっちりくらうの?
そんな俺の疑問を口が発する前に、ヤクモがさっと立ち上がってミレアと俺の間に体を入れる。
「先輩はあれです。……そう、ボクの先輩なんです!」
「そ、それが何か……」
「ですから、ユウさんが『自由にしていい』と言ってくれたので、ボクは先輩と一緒にいます。逆に言いますとですね、先輩がいないとユウさんがボクに認めてくれた『自由にしていい』が成り立ちません。それでいいんですか~? 先輩を連れて行くと、ボクは泣く泣くユウさんにそのことを報告しなくてはいけないことに……」
「き、きぃぃー!! わたくしが正しいのに、わたくしが正しいのに!!」
ミレアは初めて会った任官試験の時の如く地団太を踏んで悔しさを全身に表す。
確かにヤクモの言ったことはどこか有っているようで、間違っているとも思えるものだがすぐにそれが指摘できない。
言葉を巧みに操っている。
そのヤクモをチラと視界に入れると、彼女の猫の耳はピコピコと前後に動き、尻尾はユラユラと忙しなく揺れている。
ヤクモの視界には自分と相対しているミレアは捉えられておらず、頬をほんのりと朱に染めて横目で俺を見ている。
「……先輩、何か言って下さいよ」
「……何かって何を」
「……何かしゃべって下さいよ。ボクだけ何か恥ずかしいじゃないですか。一人だけ恥ずかしいことぶっちゃけちゃったみたいで。先輩も恥ずかしい過去の10や20カミングアウトして下さいよ」
「何故俺だけカミングアウトする桁が違う!?」
「当たり前です!!……乙女の、恥ずかしいことを聞いたんですから……」
「はぁ? 恥ずかしいことっつったって大したこと言ったか? せいぜいミレアを上手く躱したなって位で……」
そう言うと、ヤクモの頬は風船のように膨らんで行く。
更にミレアの時とはまた違った不満げな顔をして俺から視線を逸らす。
「ぶぅ……先輩はトウヘンボクさんです」
しかし、ヤクモの言葉が俺の耳に届く前に、いきなり発せられたミレアの言葉がそれを遮ってしまった。
「―勝負ですわ!!」
「はい? 何をいきなり―」
「もう我慢なりません!! 勝負で白黒つけるのですわ!!」
「えぇ~」
「『えぇ~』ではありません!! いいですか!? 2時間後に稽古場にいらしてください!! そこで決着をつけますわよ!! ふん、ですわ!!」
そう一方的に言ってミレアは踵を返して出て行った。
「「…………」」
台風のように去って行ったミレアを、5番隊隊長のリュートさん、それとその副官のライザさんは唖然として見送った。
一方で俺は、当事者となってしまったヤクモに視線を送る。
「はぁ~……面倒くさいことになりました」
本当に面倒だと言いたげにヤクモは肩を落とす。
「勝手に来て、勝手に決めて、勝手に出て行ったな」
「ミレアさんはミレアさんでユウさんへの義理を果たそうと必死なんでしょうけどね~。巻き込まれる方はたまったもんじゃありませんが」
「どうするんだ? 戦って白黒つける、なんてこと言ってたが」
「正直ダルいことこの上ないです。……サボっちゃいましょうかね……」
「おいおい……」
そうして不安な言葉を残したヤクモは、2時間後、有言実行することに。
「……どうしてヤクモさんは来ないのですか?」
もう既に稽古場で1時間以上待ちぼうけを食らっているミレアは苛立たしげに腕を組んでは周りの俺達に疑問を投げかけてくる。
ヤクモのことだ、宮本武蔵のようにミレアを油断させて、なんて考えておらず自分の言葉通りどこかでサボっていやがるのだろう。
「……きっとあの子のことです。どこかで昼寝でもしているんでしょうね」
この騒ぎを耳に入れ、仲裁でもしようと駆けつけてきたシキさんが俺の隣で俺と同じ感想を囁く。
「ヤクモお姉ちゃん、マイペースだね。クレイお姉ちゃんみたい」
「ああ、そうだな」
レンはシキさんとは逆の位置からヤクモについて俺に意見を漏らす。
「何故ですの!? 何故ヤクモさんは来ないのですか!!」
ミレアは癇癪を起した子供の用に同じことを繰り返し繰り返し……
「あれ? マーシュだ!!」
「ん? おう、アルセスか」
そんなミレアを憐れんで見守っていると、稽古場の入口より4番隊隊長のアルセスが入ってきた。
俺の姿を認めるや、その顔に笑顔の花が咲く。
「ほう、シキとリュートもいるのか。それにミレアも……珍しい組み合わせだな」
「お? ウォーレイもか」
アルセスの後ろには、2番隊隊長を務めるブルータイガーの獣人、ウォーレイさんの姿が。
「ふぁぁあ、リュートは何か成り行きで。―そっちは?」
リュートさんは眠たそうに欠伸を噛み殺しながらアルセスとウォーレイさんの訪問の理由を尋ねる。
それに答えるようにウォーレイさんはアルセスの頭を一度ポンと撫でる。
「アルが休憩の合間オルトに手合せを、という約束をしていたらしいのだが急にアイツに仕事が入ってな。私はその代理だ。暇だったところを捕まってしまった」
「あ~……オルト、今結構忙しいからね~」
「マーシュ達はどうしたの? 皆も訓練?」
「それは……」
どう答えたものか。
アルセスのその濁りなき瞳を前にして「いや、そうじゃない」と言ってもいいのだろうか。
それだけでない、ミレアに一方的に決めつけられたとは言えヤクモが決闘に来ずにサボっている、なんてことをこんな純粋な子に伝えても……
「ヤクモさんがわたくしとの決闘に来ないから待っているのですわ!!」
そんな俺の配慮はなんのその、ミレアはあっと言う間に事実を述べてしまう。
だがそれでアルセスが失望した様子を浮かべるでもなく……
「あ~……ヤクモ、面倒くさがりだから。ウォーレイと一緒だね!」
やはりいつもの如くなのか。
もう既にアルセスもヤクモのサボり癖は承知だそうだ。
「フッ、アルも言うようになったな」
「へへ~。……それで、ヤクモが来るまでここはまだ使わないんだよね?」
「ん? んーまあそうなるな」
ヤクモが来ないと決闘は始められない以上アルセスの言う通り特にここでやることは無い。
「どうしてヤクモさんは来ないのですの!?」と言い続けているミレアの代わりに俺がそう答えておく。
「そっか。……ねえ、リュート」
「ん~、なに~アルー?」
アルセスは眠そうに佇んでいるリュートさんの目の前にトテトテと近づいて行く。
「最初はウォーレイと手合せするつもりだったけど、リュート、一緒にやらない?」
突然の提案にリュートさんは目を大きく見開き、パチパチと幾度か瞬きを繰り返す。
「…………え? リュート?」
「うん!! ウォーレイとアル対リュート」
そのアルセスの提案は俺に疑問を持たせるに至ったが直ぐにリュートさんの確認でそれは氷解する。
「……それは、『リュートと』と言うよりリュートの『守護者たちと』って言う事でいいんだよね?」
その時の彼女の表情は初めて会ったときから見せてきた残念なものでは無く、一人の戦う戦士として、もしくは一つの隊を預かる隊長としての顔だった。
「うん!! リュートとやるんなら2対1になっちゃうし。だからそれでいいよ!! ……私も本気出すし」
「そっか……分かった」
リュートさんはそれきり何も言わず、ただ位置について二人の準備が整うまで腕を胸の下で組んで待っていた。
アルセスが『本気出す』と言った意味も直ぐに分かり、彼女は背負っていた訓練用の大剣では無く、しっかりと刃も付いているバスターソードを新たに手にして戻ってきた。
「あれは……アルが仕事や大事な時だけ使う、ユウに貰った武器なんです」
シキさんが隣で説明してくれる。
それを見て、当事者であるウォーレイさんも近寄ってきた。
「ふぅ、ちょっと手合せするのが、結構大事になったものだ」
手を広げてあきれたように語るも、彼女の顔はそんな下の子を見守るお姉さんのように穏やかだ。
「あんたも当事者だぜ? いいのかそんな気軽で」
「ハハッ、本人たちがやる気なのはいいが全員が全員闘争心剥き出しだと抑える役目がいない。私は気軽にやらせてもらうさ」
ウォーレイさんはそう言って懐からナイフを2本サッと取り出す。
とても様になった姿でカッコいいなぁ……
「……ウォーレイさんはこれでも本気になりませんか」
そんな感想を浮かべていたので、何かシキさんが漏らしたような気がしたのだが聞き落してしまったようだ。
それはそうと、彼女らの準備が整ったようで、バスターソードを構えるアルセスとナイフ2本を優雅に携えるウォーレイさん、その対面にはもう既に眠気など消え去った様子で対峙しているリュートさんが。
このままではどんなにリュートさんがやる気になっているとは言っても2対1の構図になってしまう。
しかし……
「……じゃ、行くよ。―お願い“二姫様”!! “四姫様”!!」
リュートさんが右手を大きく前に突き出す。
俺やカノンが契約した従者を召喚する際とは異なり、彼女の前に魔法陣は一切出現しない。
代わりに、大きな光の円が2つ地面に宿り、その光はそれぞれ赤、緑に変色する。
その光の円からそれぞれ1つずつの棺桶が姿を現す。
出現した棺桶には、この世界で“2”・“4”に当る数字が振られていた。
人の手を使わず、棺桶は突如として開く。
その中から表れた者は、古代エジプトの壁画に描かれていそうな格好をしていた。
どちらも頭には黒い犬の頭を模した被る覆面のようなものが。
そして腕や足、女性の象徴でもある胸元を使用感のある白い包帯でグルグルと巻いていた。
“2”から出てきた、覆面から漏れている燃えるような赤い頭髪をした女性は指先が歪に伸びているグローブをはめている。
一方で“4”の、なびく長い緑の髪をした女性は出てきた時には手にしていなかった(棺桶には大きさ的に入りきらなかっただろう)巨大なハンマーを細い腕一本で担いでいる。
二人が醸し出す異様な雰囲気はどこか、ジョーカーやディールさんが召喚したリッチを目にしたときと似ている。
薄ら寒いと言うか、何と言うか……
それを感じ取ったのか、アルセスは自分の身の丈ほどもあるバスターソードを握り直し、そして……
「マーシュ」
「ん?」
アルセスは俺を向いて微笑む。
「私、頑張るから、見ててね!」
「……おう」
俺の返答に満足したのか、アルセスはリュートさん―正確にはリュートさんを守る様にして傍に控える二人の女性―に向き直った。
リュートさんはそれを確認して女性二人に何かを言い聞かせる。
「―じゃ、そういうことで。二姫様、四姫様、お願いね!!」
「「……(コクッ)」」
「じゃあ始めるよ。二人とも、いい?」
「うん、私は大丈夫だよ」
「私も、いつでもいいぞ?」
アルセスとウォーレイさんの準備を確認し、審判を務めるライザさんに顔を向ける。
ライザさんは頷き、中央から全体を見据える。
「では、模擬戦を開始したいと思います。―始め!!」
その合図で、一斉に動き出す。
その中でも真っ先に相手へと近づいたのは意外にもウォーレイさんだった。
彼女は一直線に“4”、つまり長い緑の髪をした、巨大ハンマーを持つ女性をへと向かって行った。
腰から一本更にナイフを取り出しては彼女に投擲し、自身も変わらぬハイスピードで迫って行く。
だが……
バシッ!!
「むっ」
「…………」
“2”の女性、つまり紅蓮の短髪の女性が歪なグローブでそのナイフを掴み取った。
ウォーレイさんはそれを確認して、地を横に蹴る。
グローブの女性もそれに伴って跳ねる―と同時に。
「剛落!!」
彼女が先程まで立っていた所にアルセスのバスターソードが叩きつけられる。
あの任官試験の時とは比較にならない程の轟音を立てて地を穿つ。
「…………」
「アル!!」
「大丈夫!! ウォーレイはそっちを―うっ!!」
直後、長髪の“4”の女性が巨大ハンマーを横薙ぎに振う。
巨大とは言えアルセスとは距離があり届くはずの無い攻撃は、しかし、風の衝撃となってアルセスを襲った。
アルセスが以前見せた『衝撃刃』のハンマー版のようなものだ。
アルセスは受けることはせず、その衝撃を迎え撃つ。
彼女の声を背に聞いたウォーレイさんは“2”の女性に向けて駆ける。
そして両手のナイフを振う。
対する女性は投擲されたナイフを掴んだ手とは逆の手を突きだす。
そのグローブからは、円状の炎が浮かび上がり、直径で言えば30cm程であるその炎を盾のようにしてウォーレイさんの縦横無尽に繰り広げられるナイフを防いでいく。
スピードだけで言えばシアをも上回るかもしれない速度で攻撃を仕掛けるウォーレイさんを、女性はしかし片手の小さな炎の円の盾だけで掻い潜って行く。
そして幾度の攻防の後、女性は最初に掴んだナイフに力を入れる。
すると……
「む!? しまったな。そう来たか」
ウォーレイさんは3度バックしてナイフを十字に構える。
「ウォーレイさんは二姫様が戦う様子を今迄に幾度か見ているはずですからどんな攻撃が来るか分かったんでしょう」
横でシキさんが今のウォーレイさんの行動を説明してくれる。
その説明の通り、女性は大技をかますようで、掴んでいたナイフをそのグローブ上で高熱を持って溶かし、その溶けた物質を地面へと叩きつけた。
すると、彼女の反対の手に浮かんでいたものとは規模が段違いの炎の円が彼女の周囲を囲み、そして水面に石を投げいれた時のようにその炎の円は広がって行った。
「アル!! スマン、そっちに攻撃が行く!! ―はぁ!!」
炎の円はナイフを十字に構えていたウォーレイさんを通過する。
その際、大きなダメージは食らわなかったもののウォーレイさんのナイフを両方とも吹き飛ばした。
反動もあるようで、大きく腕も仰け反っている。
「ウォーレイ!? ―はぁああ!!」
それまで“4”の女性が繰り出す巨大ハンマーと応戦していたアルセスは力任せに彼女を押し返し、両手でバスターソードを地へと叩きつける。
今度はアルセスの生み出した衝撃波が円状に広がる。
その衝撃波と炎の円が衝突し、爆発を生む。
煙が彼女達の姿を覆い隠してしまい、状況がつかめなくなる。
そして…………
俺は、3人の模擬戦(正確にはリュートさんの守護者が戦っていたので4人)を見終えた後、自分の部屋へと歩を進めた。
ドアを開け、中を覗くとそこからは規則正しい寝息が耳に入ってきた。
「すぅ……すぅ……」
ヤクモが、出会った時と同じように足を大きくM字に広げ、壁に背を預けている。
そして肩に一枚だけ上着をかけて眠っていた。
シキさんが言った通りになったなぁ……
俺は更に会った時と同じく彼女に近づいて行く。
しかし、今回は異なり、どれだけ距離を縮めようともヤクモは目を覚まさない。
本当は起きてて、俺を試してるんじゃ、みたいなことも頭に浮かんでそっと近づいたり、今度はダダッと勢いづけて近づいたりして緩急をつけてもヤクモの寝息は規則正しいままだ。
俺は一呼吸置いてヤクモの目の前に腰を下ろす。
そしてぐっすりと眠っているヤクモを頭から下まで眺めてみた。
……マズい、コイツ、足広げ過ぎだ。
自分がスカートだってこと忘れてんのか?
……中、丸見えだぞ。
胸元も暑いからか知らんがはだけ過ぎだ。
谷間も見えそう……っと待て。
俺は一度部屋を見回して俺達以外に誰もいないことを確認し、改めてヤクモから視線を逸らす。
そしてもう一度心でため息をついて、ヤクモを起こすことにする。
「……おい、起きろ、ヤクモ」
出来るだけ彼女の方は見ない。
それも胸元と足元。
それと調和する限りでヤクモの肩の位置を確かめながら掴んで揺らす。
「……んん~……ん? ……先輩、ですかぁ?」
反応が有ったので顔を向けると、ヤクモの眼が薄らと開いていた。
「おう、俺だ。起きろ」
「ん~~~……先輩、ここはボクが、引き受けます。ボクに任せて、先輩は先へ……」
「何を引き受けんだ何を。―いいから起きろ。ほら」
さらに肩を揺らす力を強める。
「ん~~~……先輩が、起こしているボクは、四天王のボクの中でも、最弱……」
「意味わからんわ!! 何のこと言ってんだよ!!―はぁ……お前、もう起きてんだろ」
肩を揺らすのを止める。
そしてヤクモの眼を覗き込む。
すると、本来眠っているものなら有りえないような動きで頭が90度横に向き……
「…………オキテナイデスヨー」
「…………」
「嫌ですね~、先輩の方が眠ってるんじゃないですか? 目開けたまま眠ってるなんて器用ですね、先輩」
「起きとるやんけ!!」
「ふぁあ!?」
変な関西弁でツッコんだらヤクモを驚かせてしまったのか、ヤクモはビクンッと耳を動かせて可愛い声を上げながら(変な意味じゃないよ?)抗議してくる。
「い、いきなりなんですか!? 先輩、ボクが寝てたらどうするつもりですか!! 今ので起きちゃいますよ!!」
「んな仮定知らん!! 現にお前起きてんじゃねえか!!」
「……何のことですか~♪」
……知らんぷりしやがる。
今度はヤクモに見せつけるよう盛大に溜息をついてから話を切り出す。
「はぁぁあ……まあ寝てたこと自体は良いとしてだな……―いや、本当は良くないんだがな―兎に角そこは措いといて、何でここで寝てんだよ。お前、まだ部屋移したこと他の誰かに言ってないんだろ?」
「それは……そうですね、言ってませんね」
「シキに聴いたぞ? お前、どこでも昼寝すんだろ? わざわざここで昼寝しなくても……」
「それは……」
何か答えに窮しているかそれとも他の理由からなのか、ヤクモは何も言わない。
「お前、誰にも言ってないここで昼寝するってことは、要するに俺かレン以外起こしに来れないってことだぞ? レンは今アルセスとウォーレイと一緒にいるから、実質俺しかいないってことになる」
「……先輩に、……起こして、もらいたかったから、ですよ」
今度もヤクモは口でボソボソ言ってるだけで俺に聴かせるつもりは無いようだ。
「ん? ―まあそれもいい。今後はシキとか、お前と親しい奴も分かるようなとこで寝た方が良い」
あんな無防備な姿して、しかも下着なりなんなりが見えるまま寝られたら、こっちはたまったもんじゃないからな。
「……先輩に気付いてもらうのは中々難しそうですね」
「何をだ?」
今回は俺に聞えるよう発せられたので、尋ね返す。
「いえ、何でもありません―ところで先輩はどうしてボクを起こしに来てくれたんですか?」
「それはお前自身がよく分かってんじゃないのか? ―ミレアがもうかんかんだぞ」
それを聞くと、子供が嫌いなピーマンでも口にしたかのように苦い顔をする。
「う~~~面倒くさいですよ、先輩ぃ」
「面倒くさいって、それ昼寝してすっ呆けた奴の言う事か」
「えぇ~!? 先輩だって思いませんか?」
「まぁ……同情はできるが……」
ヤクモはそう言ってやると目をキラキラとさせて飛びついてくる。
「ですよねですよね!? 先輩、ボクと代わって下さい!! ボクの靴磨かせてあげますから!!」
「お前は何故それが交換条件になると思った!?」
「えぇ~ドMさんな先輩なら凄く良い提案だと思ったんですが…………」
その話まだ引っ張ってたのか……
あきれていた俺を余所に、ヤクモは突然弾けたかように飛び上がる。
「そうだ!! 先輩が磨く時、ボクはミニスカート常備というのはどうでしょう!? チラリズムをご所望ならガーターベルトを一緒に着けても構いませんよ? パンツも白い太もも秘密の花園も本人の同意があるので合法的に食い入るように見れて一石二鳥です!!」
「お前は何の話をしているんだ!? 会話が噛み合ってないように感じてるのは俺だけなのか!? なぁ!?」
ヤクモは可愛く頬を膨らませる。
目も拗ねているようで一方では上目遣いにこちらを見てくる。
「ぶぅ……先輩は文句が多いです。これだけでも結構勇気がいるんですが」
「そんなところに貴重な勇気を払わんでいい」
一度大きく息を吐いた後、ヤクモは尖らせていた唇を元に戻して話を替える。
「―それで、話を戻しますけど、やっぱりミレアさんと戦わないとダメなんですかね?」
「ダメと断言するわけじゃないが……なんだ、何か戦いたくない理由でもあるのか?」
「理由って言うか……逆にボクに戦うメリットないじゃないですか。勝ってもミレアさんが大人しくなるだけです。それは別にボクがのらりくらりとサボ……―知恵を振り絞って回避すればいいだけです。戦う理由がありません」
本人も真正面からサボると認めるのはばつが悪いのか……
「あぁ……まあ言いたいことは分かる。それこそアルセス達みたいに普通に手合せ、とは違うわけだしな」
「さっきもアルとウォーレイさんの名前が出ましたが……二人がしていたんですか、手合せ?」
「ああ、いや。最初はそのつもりだったそうだが、なんか成り行きでリュートの守護者と2対2になってたな」
「へ~……で、結局どうなったんですか?」
「途中まではアルセスとウォーレイが押してたが、何か最終的にウォーレイが『疲れた、今日はこれ位にしないか?』って終わらせたな。だから勝敗はつかなかった」
「そうですか、ウォーレイさんらしいですね……」
「まあその組み合わせ自体はアルセスが急に言い出してな。俺もその場にいてビックリした」
「アルは……その時、先輩を……」
「ん? 俺が、何だって?」
「いえ……」
それきり、ヤクモは黙ってしまって、何か考え始めた。
それを邪魔せず、急かさず、俺は待つことに。
そして……
「……先輩」
「ん、何だ?」
「……ボクが、勝ったら、その…………褒めて、くれますか?」
「は? 褒める? ……ああ、ミレアとの勝負の話か?」
「……はい、そうです」
ヤクモはこちらを見ようとしない。
だがこちらを向いているヤクモの左頬はほんのり赤みがかっていて……
「……褒めるだけでいいのか?」
「……できれば、頭も撫でてくれればなお良しです」
「……分かった。その程度なら問題ない」
そう言ってやるとまたヤクモは俺の顔を正面に捉えてくれる。
「それにしても、戦う理由がそんなんでいいのか? ―ああ、まあ勝ったらミレアが静かにしてくれるってのもあるが……」
ヤクモはその疑問には答えず、俺を置いて先に外を出ようとする。
「おい、ヤクモ!?」
慌てて追いかける俺に対して、彼女が呟いた言葉が空気を揺らすことは無かった。
「良いんです…………女の子は、好きな人に頑張る姿を見て欲しいものなんですよ、先輩」




